「おまたせ〜♪」
伊雅達の緊迫した雰囲気の中、能天気な声が響いた。
九峪である。
「お待ちしておりましたぞ、九峪様」
(能天気な事で…)
(何を考えてるのかしら?)
(見た目通りの方ですね)
(だから猿轡外してよ)
上から順に亜衣、星華、衣緒…以上(私も入れてよ〜)
九峪は伊雅の傍らまで歩いて近寄った。それに続く清瑞と伊万里
「伊雅、何処まで話を進めてるんだ?」
「ワシ達の素性は話しました。九峪様の事はまだ…」
「そうか…伊雅…ちょっと」
さっきの能天気な顔とは一転してまじめな顔で伊雅にもっと近づくように手招きした。
(伊雅…星華さんは王族みたいだぞ)
(?!なぜお分かりになられたのですか?)
驚いている伊雅に理由を話した。
少し熱がこもった
(だって、亜衣さんや衣緒さんは星華さんを崇めている傾向がある。もしかしたら火魅子候補かも)
(なんですと?!)
「キョウ、ちょっと星華を見てやってくれ」
キョウに聞こえる程度に言った。
「わか……!!!!」
キョウの顔の色を変えて、気が狂ったように変な飛び方をして九峪の顔の前で止まった。
「九…」
「わかった」
「たまには最後まで言わせてよ」
「やだ、と言うより分かりやすいんだよ」
「いいんだ、いいんだ…どうせボクは……」
拗ねたキョウは放置して、伊雅に向き直った。
(確認とれたよ、間違いなく火魅子の資質を持ってるよ)
(なんと?!)
伊雅は火魅子の資質の事にも驚いていたが、それを確認もせずに言い当てた九峪にも驚いていた。
(伊雅はとりあえず星華さんが耶麻台国の王族であるかを確認してくれ)
(わ、わかりました)
(くれぐれも俺が言った事は内緒だぞ)
伊雅は頷いて答えた。星華に話をしようと振り返ろうとしたが、九峪がそれを止めた。
(それと、伊万里…彼女も火魅子の資質を持つ者だ)
(なに?!真ですかそれは?!!)
(ああ、間違いない。天魔鏡で確認したからな)
信じられなかった。
伊雅はこれまでどれだけ火魅子の資質を持つ者を探しても見つからなかった。
それに比べ九峪は伊雅と会って本格的に探そうとする以前に見つけてしまったのだから信じられないのは無理はなかった。
(じゃ、頼んだよ、伊雅)
そう言われて、現実に戻ってきた。
(九峪様は神の使いだ…今更驚く事でもないか…)
今度こそ星華達に振り返り、期待に胸を躍らせながら訊いた。
「星華殿…あなたは耶麻台国の王族なのですか?」
「「「!!!」」」
三人…星華と亜衣、衣緒は驚きで一瞬固まった。
一番早く復帰したのは星華だった。
「は、はい。そうです…なぜ、わかったのですか」
伊雅は一瞬九峪の方を見ようとしたが途中でやめた。
「亜衣殿の星華様への言葉遣いや態度で…」
「なるほど、さすが伊雅様だ!!」
亜衣は改めて伊雅を尊敬した。自分達の救出作戦は伊雅が立てたという事になっている。しかも、伊雅は先の戦いで二十人近くを倒しているのを知っているので伊雅は副王で知力、武力共に万能と言うイメージになっている。
ちなみに、九峪と九峪の罠では倒した数は五十人ぐらい倒していたから九峪の方が倒した数は多いのだが…
「ところでそちらの九峪…様は何者でございますか?」
九峪を神の使いと知らない亜衣はとりあえずは『様』付けにはしているが口調は残酷までに冷たい。
「ああ…俺は耶麻台国八柱神が一人、天の火矛の遣いだ」
九峪は胸を張りながら言った。
その場は静まり返り誰もを開かなかった…いや、口を開いてはいる。だが、そこからは声は出なかった。
十秒ぐらいして
「「「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」」」
「あぐうぐぅ〜あぐうぐぅ〜はうふぐふ?」(神の使いだ〜神のお使いだ〜何のお使い?)
(いい加減もうちょっと別のリアクションを取れよ)『すいませんです』
九峪は空耳が聞こえたが特に気にしなかった。
星華や亜衣、衣緒は信じられなかった。
九峪に対して
(敵に追われている途中に休憩するような人が…)
(あんな小さい胸でスケベ顔をしてたこの人が…)
上が亜衣、下が星華。衣緒はもう考えない事にした。
亜衣はもっともだが、星華は少し間違ってるような気がするが…
「あれ?なんで羽江ちゃんまだ猿轡してるの?」
亜衣が止める暇も無いくらい素早く猿轡を取り外した。
「「「「「あ」」」」」
星華や亜衣達、伊雅と清瑞までも間抜けな声を上げた。
「ひっく…ひっく…びぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜亜衣の鬼〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
今まで溜め込んでいた物を吐き出すように羽江は泣き始めた。
周りにガラスがあったら割れるぐらいの声量だった。ある意味方術より破壊力があった。
急いで亜衣は皆に耳栓を配った。
もちろん外した本人である九峪にはくれなかった。
だが九峪は何も聞こえていないかのように羽江に近寄り、頭を撫でながら言った。
「よしよし、可哀想に…俺で良ければあっちで遊ぼうか?」
「え?!いいの?!じゃあ神の国の事教えて!!!!」
「ああ、いいよ。星華さん達は忙しいだろうから…伊雅、キョウ後は頼んだよ」
鞄の中から天魔鏡を出し伊雅に渡して、羽江と一緒に移動した。
伊万里も付いていこうとすると、清瑞が肩を掴み、行かせまいと行く手を阻んだ。
伊万里達が沈黙の戦いを繰り広げている間に九峪は羽江を連れて離れていってしまった。
伊万里は肩を落とし、清瑞は、してやったりと言った顔で伊万里を見ていた。
「亜衣…九峪様は…色んな意味で神以上の存在ですわ」
「え、ええ、そう…ですね…」
「わ、私もそう思います」
羽江は泣き始めると3時間は収まる事はなかったのだ。
亜衣が怒ろうと褒めようと謝ろうと何をしようとも収まった事など一度も無かった。
それを九峪は十秒で機嫌を直したのである。それはまさに神業以外に言いようがなかった。
三人は色んな意味で神の使いと認めた。『そんな事で認めるなよ』
「ところで、キョウとは?」
(ここにいるのが全員ではないのか?)
亜衣は周囲に気を配り誰かいないか探りを入れていた。
「キョウ様出てきてくだされ」
「は〜い、初めましてボクがキョウです。これでも神器の一つ天魔鏡の精なんだ」
天魔鏡からキョウは出て、胸(?)を張って名乗った。
「「「!!」」」
突然天魔鏡から出てきたキョウを見て星華達三人は驚き、慌てて平伏した。
(ボクって本当はこれほど偉いんだよね)
最近九峪に苛められてばかりだったのでプライドがなくなっていたキョウだったので、今は感無量の喜びを噛みしめていた。
(これでちょっとはボクの立場も変わるかな!!)『それはない』
あまりにもキッパリと言われキョウは、肩を落とした…が今は少なくとも目立っているので、すぐに気をとりなおした。
「失礼いたしました」
代表として星華が謝罪をした。
「そんなに気にしないで。とりあえず顔を上げてくれるかな?話ができないから」
星華達は恐る恐るといった感じで頭を上げた。
「星華殿、あなたは火魅子の資質をお持ちのようだが…」
伊雅は内心では興奮と喜びで溢れていたが、口調はいつもと変わらない。さすが副王といったところだ。
星華の顔には驚きの色はなかった。
「はい、存じております」
簡素に答えてはいたが実は心の中では不安であった。
小さい頃に火魅子の資質を持っている事を教えられ、火魅子になる為に勉強も努力もした。だが火魅子の資質を持っている事を言われたのは小さい時だけであった。耶麻台国が滅びて周りには亜衣や衣緒、羽江しかいなかった。
勉強をしている途中で、ふと思った。
(私は本当に火魅子の資質を持っている者なの?)
確証は何処にもない。小さい時からそう言われて育って、それが当たり前であった。だが大人になって不安に襲われた。
亜衣達は星華の事を火魅子の資質を持っていると疑いはしなかった。
だが、それでも不安なのである。
「一応確認の為に天魔鏡を覗いてくだされ」
天魔鏡を持った伊雅が星華に近づき天魔鏡を預けた。
星華が天魔鏡を覗き込んだ。
そこには、はっきりと星華の姿が映った。
「おお!!正しく火魅子の資質をお持ちになられている!!」
伊雅は改めて感動した。
(火魅子候補が二人…それに九峪様、天魔鏡…もはや無理だとあきらめかけていた耶麻台国復興が目前じゃ!!)
(よかった…本当に…)
星華は安堵した。
自分が火魅子の資質を持つ者であると確認できた。
亜衣達は当然の顔をしている。
星華が火魅子の資質を持つ者なのか?などの疑問などもった事は一回もなかった。
「それで星華様、こちらの伊万里様ですが…」
星華は多少緩んだ顔だったが、それを引き締め話を聞いた。
「伊万里様も星華様と同じ火魅子の資質を持つものです」
星華達は驚いて声がでなかった。
伊万里は気まずそうに伊雅の後ろに立っていた。
清瑞に限っては顔を青くしていた。
(わ、私…火魅子候補に喧嘩を売ってしまった!!ど、どうしよ、どうしよ。潔く切腹でも)
と言った感じで焦りまくってる清瑞だった。
それを察した伊万里は清瑞に近寄り耳打ちした。
(それほど気にしないでください。火魅子候補ではありますが、私は九峪様の役に立つ為に
なっただけですから。星華さんが)
伊万里は笑顔で清瑞に言った。
これで一つ借りが出来てしまった、と思いつつ
(……九峪に迷惑を掛けるなよ)
(ええ)
にこやかな顔で答えた伊万里に清瑞は苦笑した。
清瑞は嫌味で言ったつもりなのだが伊万里は真意として受け止めたからである。
「伊雅様、今からどちらに向かわれるんです?」
「予定ではワシ達が隠れていた隠れ里に行こうと思っているのだが…」
そんな伊万里と清瑞とのやり取りに気づかず星華と伊雅は話を進めていた。
「わかりました。でわ、すぐに出立を?」
「それはそうなのじゃが…」
「何か問題でも?」
伊雅が何か迷っているのを見て星華は尋ねた。
「九峪様は体力が著しくないのでございます…」
「「「ああ、なるほど」」」
これは予め九峪と伊雅が打ち合わせて『無能な神の使い』を演じる上での特徴の一つだ。
清瑞と伊万里も聞かされているので平然としている。
星華達は、しきりに納得している。それを見て、伊雅と清瑞、伊万里は星華達は九峪の思い通りに進んでいる事を確認した。だが、清瑞と伊万里は少し不愉快だった。
「でわ、先ほどと同じように私が肩を…」
伊万里は普通の調子で言ったつもりだが、他の人から聞けば嬉しさが混じっているのが用
意にわかった。
そして、亜衣の目が光る。
「いえ、うちの衣緒に九峪様を背負わせましょう!」
「え、私?!なんで私が…」
衣緒が抗議をしようと口を開いた。衣緒には亜衣の意図が見えたが反論をしないではいら
れなかった。
(神の使いを背負わないといけないの!そんな恐れ多い事私にしろと!!しかも男性を…)
亜衣は火魅子候補である伊万里にこれ以上点数を稼がせたくないのは衣緒にも分かった。だが、それとこれとは別だ。
衣緒は今までろくに男性をろくに話したことがなかった。話したことがあると言っても自分より年上だ。ろくに男性と話したことがない上に背負うのを嫌がるのもわかる。
だが…亜衣は笑っていた…いや、笑っているのは顔だけで、目が笑っていない。
それを見て、衣緒は背中に寒気が走り鳥肌がたった。そして衣緒は折れた。
「わ…わかりました…」
(あの目は…私が昔、殴り合いの喧嘩になった時…その時は私が圧勝した後の復習を誓った時の目だ…それから一年大事な物が次々無くなるし、なぜか倒れそうにもない巨木は倒れてくるし…地獄は死んでからではなく生きている間にあるって事が分かったのはあの時かなぁ)
悲惨な目にあった、あの頃の事を思い出すと狗根国軍の中に突撃した方がよっぽど楽だろうな。そんな風にも思えた。
そんな事を衣緒が思っていることも知らず、満足そうに頷いている亜衣だった。
伊万里というと表では平然とした顔ではあったが
(清瑞さん以上に邪魔されそうだ)
内心では亜衣の事を敵だと判断していた。
そんな事を思いながら亜衣を睨んでいると、亜衣もこちらを睨み返してきた。
(あちらもそう判断したみたいだな)
「でわ、九峪を呼んできます」
話が大体まとまったのを確認して清瑞は走り出した。
伊万里は迷いなく九峪が羽江と一緒に行った方向と逆の方向に向かって走っていくのを見て思った。
(清瑞さん…いったい何処に行ってるんだろ?それとも九峪様が何処に行ったのか知っているのだろうか?)
『知っています』
(なぜ知ってるの!!)
『それは世界の七不思議です』
(…そんなものなの世界って?)
『はい、そんなものです。気にしないでください』
そして清瑞が帰って来た。後ろには九峪と羽江がいた。
羽江は九峪に肩車をされて上機嫌だった。
「う、羽江!!」
亜衣は慌てて近寄って、言った。
「羽江は子供なんだ、それほど気にする必要はないよ」
羽江を肩車したまま、お馴染み九峪スマイルをしながら言った。
亜衣はそれでも納得がいかなかった。
それを感じた九峪は仕方なく羽江を降ろした。
亜衣は安心した顔をした。
「え〜もうやめちゃうの〜」
羽江は不満げな…というか不満を漏らした。
「また今度ね」
羽江の頭を再び撫でながら言った。
「ぜっっっったいだよ!」
そういうと羽江は星華が居る方に向かって走っていくのを見ながら、伊雅に話しかけた。
「で、どうなったの?」
「はい、最初の予定通り里を目指す事にしました。上乃殿と仁清殿は、清瑞とワシが運びます」
「わかった。じゃあ俺は…」
「九峪様は衣緒の背中に…」
「え」
亜衣の嬉々とした声が耳に入ってきた。
九峪の計画では伊万里に肩を借りながら歩くはずだったのだ。
(しかも、いつの間にか『背負う』事になってるし…まあ、問題はないか)
衣緒を見ると顔が多少赤くなっていた。
「じゃあ衣緒さん、よろしく」
「よ、よろしく」
衣緒は軽々と九峪を背負った。
(凄い筋肉だな…力だけなら伊雅よりあるな)
女性に対して無礼な事を言っているな、と思ったが、実際その通りである。
衣緒の得物は金槌で、しかも普通の男性では持ち上げれないほどの重さである…を片腕で持ち上げ木の枝のように振り回すのである。
「さて、参りましょうか」
伊雅が一同に話しかけると頷いて答え、走り始めた。
走り始めてから一時間が経過しようとしていた。
「……もうそろそろ休憩にしない?」
衣緒の背中に乗っている九峪が言った。
(あなたは走ってもないのに何が休憩ですか!)
亜衣は罵倒したかったが相手は神の使いだから無理である。
衣緒は九峪に賛成だった。大の男を背負って歩くのには限度がある。
「わかりました…でわ、10分ほど休憩にしよう」
『ここで変更のお知らせです。前までは「刻」で表していましたが今度からは分や時間にしますのでご了承ください』
伊雅が仁清を降ろしながら言った。それに習うように清瑞も上乃を降ろした。
さすがの清瑞も上乃を抱え上げた状態での獣道は辛いようで汗ばんでいた。
九峪も衣緒から降りようとした…タイミングが悪かった。
衣緒も九峪を降ろそうと屈もうとした。二人は同時に動いた事によってバランスが崩れた。
「あ」
バランスをとろうと九峪は何か掴もうと手を伸ばした…それが運の尽きだった。
手は衣緒の胸を掴んでしまったのだ。
九峪は弁解もする間もなく
「キャ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
衣緒の悲鳴と共に胸を掴んでいた九峪の手をとり、一本背負いを決めた。
一本背負いだけならまだしも連動で鳩尾にエルボーを決められ、九峪は泡を吹きながら気絶した。
「「九峪様!!」」
「九峪!」
「お兄ちゃん!!」
伊万里と伊雅、清瑞なぜか羽江までが慌てて駆け寄った。
羽江は九峪が神の使いという事を忘れて『お兄ちゃん』と呼んでいる。
こんな状況なので誰も突っ込まなかった。
衣緒は星華と亜衣に怒鳴られていた。いくら反射的にとった行動とはいえ、神の使いに暴力を働いたとなれば、本来ならその場で斬り捨てられるか、切腹を申し渡される所だが…今は、貴重な戦力を減らすような事をしないし、誰もそこまで責任をとれなどと言う様な者はここにはいなかった。…伊万里と清瑞は殺気を発していたが…
「さて、もうそろそろ行きますかな?」
九峪に特に怪我がないのを確認した伊雅が言った。
元々九峪が言い出した休憩なので10分も経っていないが、誰も異論を唱えなかった。
伊雅と清瑞は仁清と上乃を抱えあげた。
衣緒は先ほどと違い九峪を背負う…のではなく肩に担ぐようにした。
「でわ、出発!!」
九峪は、気持ちよくすやすや寝ていた。
伊雅や清瑞は忘れているが九峪は昨日から(第2話から)全然寝てないのだ。
しばらくは安らかな眠りにつかせてあげようではないか。
そして、九峪はとうとう隠れ里に到着するまで起きなかった。