第七百二十五話
地上からプルシリーズの悲鳴を聞きながら私は新たな実験を試みていた。
「……これではダメだな」
出来損ないのホログラム――いや、ホログラムにすら達していない。無数のノイズが走り、輪郭は常に微妙に揺らぎ、形を保とうとしては崩れ、崩れては再構築を繰り返している。
それは人の形をしているようでいて、しかし“人”というカテゴリに入れるにはあまりにも不安定で、存在そのものがガラスに爪を立てて引っ掻くような、不快でざらついた思念を発している。
私はララァ・スンの“影”をじっと観察しながら、深いため息を吐いた。
「私ですら“声”が聞こえないとなれば、他の誰にも伝わらないだろうな」
思念の一部はかすかに伝わってくる。だが、あまりに断片的すぎる。
喜怒哀楽の輪郭が辛うじて感じられる程度で、およそ対話とは言えない。あまりにも心許ない精度だ。
……もっとも、呆れている感情ははっきり伝わってくるのだが。
いったい何に呆れているのかは分からないが、不完全な精神残滓のくせに、失礼な態度である。
「とはいえ、アムロ不在でここまで具現化できたのは大きな進歩だ。こればかりは、私たちでなければ不可能だった」
ミソロギア2の一角――その全方位をサイコミュF型で埋め尽くし、更にそのサイコミュF型で回路を構築して複合型サイコミュとしてようやくコレだ。
本来なら、これだけの設備を使えばもう少しまともな“感情を発する亡霊”くらいは再現できる予想だったのだが見事に外れた。まぁ研究をしていればこれぐらいのことは日常茶飯事ではあるが。
「費用対効果は最悪……どころか、笑い話にもならないな」
ジオンやネオ・ジオンが避けるのは当然。連邦ですら躊躇するであろう規模の投資を必要とする研究をそう簡単には許可しないはずだ。……いや、連邦の上流階級なら、死後の生命だの魂の永続などに興味を示せば財布の紐が緩む可能性はあるか。前の世界で不老処置を持ち込んだとき、彼らがどれほど貪欲に金を積んできたかを思い出せば、それは大いに有り得ることだ。
だが、彼らが本気でここまでの設備を揃えるかは別問題だ。
寿命を延ばすことには必死なくせに、彼らは費用対効果や即物的な成果ばかりを求める。本質的な研究には向かない連中だ。成功する可能性が低いと判断すれば、すぐに予算を切り捨てる。
もっとも――
「彼らが本気で研究を始めても、研究者とニュータイプ両方に恵まれた天才が現れなければ150年はかかる。普通の手段では生きていられない時間だ。ある意味正しい選択だ」
思念の具現化は精神という未知の領域。
『ニュータイプ』の研究を主軸としている私ですら目の前で揺らぐこの影がその未知の領域への小さな小さな第一歩にすぎない。
ニュータイプを『兵器運用』が主体としている連邦はスタートに立っている……いや、ベクトル違い研究していることでむしろマイナススタートの可能性まである。
「しかし、この規模でこの程度の成果……コロニーを丸ごとサイコフレーム化すればあるいは……いや、余計な存在まで具現化してしまうか」
兵器としてならサイコフレームを媒介とした“共鳴”によって、意識体を呼び出すことは理論上可能だろう。反面、規模を拡大すればするほど、対象は曖昧になる。
特定の誰かだけを具現化するのではなく、“有象無象の思念”が集まることになるだろう。現段階ではそれを制御可能かどうかは不明であり、最悪は暴走して文字通りの意味で全滅してしまう可能性は低くない。
実際、今の状況ですら、ララァ以外のノイズが混じっている気配がある。彼女の思念が不快なざらつきを帯びているのも混線している影響だろう。
「……あまり好みではないが、とりあえずはララァ・スンの具現化を優先するか」
本来なら、汎用性のあるプロトコルを維持したまま研究を続けたかった。
他の人物の具現化も視野に入れて設計していたのもそのためだ。しかし、とりあえず今は手段を選ばず具現化を優先すべきか。まずはララァを完全な形で具現化する。
そのためにプロトコルを一時的に――「……専用化だ」
私は端末に指を走らせ、プロトコルの枝を切り落とす。
汎用性を犠牲にし、ただ一点――ララァ・スンという存在に焦点を合わせるように知りうるパーソナルデータを叩き込む。
入力を終えて再び起動。
すると先程よりは幾分かスムーズに、そしてノイズのわずかに落ち着いているように感じた。
影は揺らぎながらも、輪郭を保とうとする意志を示す。
その瞬間、私の脳裏に微かな“声”が響いた。言葉にはならない。だが、確かに“呼びかけ”だ。
「フッ」
費用はともかく、僅かな試作回数でこの成果は上々だと私の気分も上がる。
『聞こえているぞ』
そう伝えると影は震え、次の瞬間、強烈な感情が押し寄せてきた。
――怒り、悲しみ、そして、慈しみ。
矛盾する感情が同時に流れ込み、私の精神を引き裂こうとするそれらを耐えながら、笑いが漏れる。
「やはり、完全な具現化には至らないか。予想範囲内だ。だが、これは突破口となるだろう」
影は揺らぎながらも、先程よりも確かに“人”の輪郭を象るのを見て確信する。
