この小説はオリ主ものです。オリ主は自分で勘違いするし勘違いもされます。
桜通りの吸血鬼さん——表
もう、ご先祖様はあちらでお待ちになっているのだろうか。
全く持って、そうとしか思えない人生である。
きっかけは、澄み渡る青空が綺麗な五歳の誕生日。
単刀直入に言おうではないか。
俺は、「死神」らしきものにとり憑かれたのだ。
近所の空き地で遊んだ帰り、ふと肩に違和感を覚えた。
視線を向けると、そこには手乗りサイズの死神が腰掛けていたのだ。
大層にも黒色のマントを風になびかせ、鎌を振りかざしたままこちらに笑いかける。
ホラーやオカルトといった類が大嫌いな俺は、奇声を上げながら脱兎の如く家へと疾走した。
放心状態の両親に、俺は異常事態を訴えた。
しかし、両親には死神らしきものは視認できないらしく、こちらに不憫そうな視線を向けるだけだった。
それから俺と死神、一人と一体の意味不明な共同生活が始まったのだ。
数日の間、右肩に居座るそれを見る度に奇声を上げていると、両親にとある病院に連れて行かれた。
両親は終始真顔で何度も頷き、お医者さんは眼鏡を持ち上げてから静かに首を振った。
それから死神の仕業と思われる、命掛けの不運に見舞われてきた。
喜び勇んで赴いた遊園地。楽しいはずのアトラクションは、地獄の遊戯と化した。
ジェットコースターでは安全レバーが外れ、観覧車に乗ればとてつもない突風に煽られる。
それだけではない。平和な通学路でさえも、死神の力は止まる事を知らない。
横断歩道を渡れば、とち狂った飲酒運転ドライバーが突っ込んでくるのだ。
まさに不運という名の、エスカレーターに乗っていると言えよう。
しかし、持って生まれた悪運なのかは到底理解できない。できないが、それらの度重なる危機は、余りに出来すぎた偶然の重なりによって救われていた。
そして事件は、麻帆良学園高等部一年生となった春に、唐突に起きた。
どういう事!?
なにしてんすか幼女さん!?
茂みに伏せてその凶行を食い入るように見つめていた。
黒色のマントを羽織った金髪の可愛いらしい幼女が、中等部の制服を着た少女の首筋に噛み付いていたのだ。
角度が違えば、それはただのアブノーマルな関係の女性達だと、無視を決め込むことができたかも知れない。
しかし、しかしだ。
俺からの角度では、はっきりと見えてしまったのだ。
少女の首筋に無情にも突き立てられた、鋭利な牙が。
涼しい風に桜の花びらが舞い落ちた。
まるで、幻想の世界に入り込んでしまったかのように思える光景だが、幻想などではない。
眼前に起こっている凶行は、紛いなき事実なのだ。
ま、まるで吸血鬼が生き血を吸っているような……。
心で呟いたとき、脳裏に鼻で笑っていたある噂が、友人の声色で再生された。
ヒサキ知ってるか?
桜通りに吸血鬼が現れるらしいぜ。
桜通りに吸血鬼が現れるらしいぜ。
桜通りに吸血鬼。
よし、確認しよう。
何事にも、確認が大切だと言えよう。
ここは桜通りか?
間違いなく桜通りです。
あれは吸血鬼か?
断定はできないが、死神もいるのだから、吸血鬼だっているのではないだろうか。
そのとき、ある違和感を捉えて、気づいた。
それは、十年来の腐れ縁と相成った死神がいないのである。
一年、三百六十五日、まるで背後霊のように肩に腰掛け続けた無法者の姿がない。
ま、まさかあの傍若無人な死神が、吸血鬼に恐れをなして逃げだしたとでも言うのか……?
身体が芯から萎縮していくのを感じた。
汗がとめどなく流れていくと言うのに、肌寒かった。
それが、指し示すことは一つだろう。
つまりあの吸血鬼らしき幼女さんは、死神に怯えられるほどの存在、だと言うことであった。
いやいやいやいや!
ないない!
死神は漏れそうで、トイレにでも行ったんだろ……?
トイレに行くどころか、ご飯を食べているところも見たことはないが……。
頭では否定しようとするが、見れば見るほどその吸血鬼への恐ろしさが増していく。
脳裏に鮮明なまでの映像が浮かんだ。
その禍禍しいまでの鋭い牙により、干からびるまで血を吸われて、無残にも変わり果てた姿にされてしまうのだ。
即座に決断をした。
こ、怖ぇ……!逃げよう……!
襲われている少女には確かに罪悪感を覚えたが、俺には荷が重すぎる。
流行りの草食系男子を自認している俺には、助けることなど不可能であった。
喧嘩など、親と口でしかしたことがないのだ。
心の中で静かに合掌した。
少女よ、申し訳ない。
俺が助けられると仮定するならば、相手が昆虫クラスの貧弱さでなければ不可能なんだ……!
伏せたまま、匍匐前進でその場から離れる。
恐ろしさに固まった身体には相当に辛いが、気になどしていられない。
平和な日常を取り戻すためなのだ。
背に腹は代えられないと言えよう。
しかし、その時であった。
脳裏に死神の愉しそうな笑みが浮かび上がった。
慣れない匍匐前進などを選んでしまったのと、恐怖心で焦り狂っていたのが原因か、右足が茂みを蹴り無情な音を立てた。
固まった。
さながら、時が止まったかのように思えた。
ば!ばかやろう!
頼むから気づかないで吸血鬼さん!
即座に胸の前で掌を合わせた。
神様でも、いまなら死神でも構わない。
必死にお願いした。
しかしそれは、無慈悲にも叶うことはなかった。
「誰だ!」
はは、わかってたけどね……。
神様なんているかよ……!
傍若無人な上、悪辣さを振り撒く死神と、吸血鬼風な幼女さんはいるけどな……。
ゆっくりと転身して、吸血鬼さんの動向を伺ってみた。
こちらの方向を訝しんだ目で探しているようだが、右往左往する視線から気づいてはいないようであった。
しかし、こちらに探しに来られたら、身動きのとれない俺は一貫の終わりだ。
見つかるのは、時間の問題と言えよう。
もう、こうするしか方法はない!
頼んだぞ神様、死神様!
祈るように、声を上げた。
「にゃ〜」
昔から得意としていた猫の声真似を発動したのだ。
友人が笑ってくれるのが嬉しくて、精進してきた業だ。
確率は極めて低いが、勘違いしてくれる可能性もある。
これが現状、俺のベストだと言いたい。
吸血鬼さんを、食い入るように見つめた。
万感の想いで見つめた。
「なんだ。猫か」
信じた!信じたよ!
神様はいたんだね!
心で感涙し、口許に笑みを浮かべながら吸血鬼さんを見やった。
「フッフッフ…」
神様は悪戯がお好きなようですな。
どれだけこの私めがお嫌いなのですか?
吸血鬼さんがしてやったりの表情でこちらの方向ではなく、まさしく俺が怯えて隠れている場所、一点を睨みつけていたのだ。
万事休す、とはこのことだろうか。
しかし、おいそれと姿を現す訳にはいかない。
姿を現すということは、つまり死に直結しているのだ。
まだ死にたくなんかない。
手を繋ぎたいし、キスだってしたい。
色んなことを、してみたいのだ。
打開策を練る俺を、吸血鬼さんが嘲笑った。
その笑みはしいて言うならば、害虫を潰すか否かを逡巡している笑みのように思えた。
吸血鬼と言う、絶対の存在から発せられる殺気というものなのだろう。
顔面蒼白である。
身体がさながら、縄で岩石にでも括りつけられたかのように固まった。
心拍数が盛大に唸り、煩わしいほどに鼓膜へと響いた。
「そうか。出て来る気はないようだな?
わかった」
な、何がわかったんすか?
な、なんなんすか?
吸血鬼さんが懐からゆっくりと、試験管らしき物を取り出した。
毒々しい色をした液体が恐ろしかった。
不適な笑みで試験管をまざまざと俺に見せ付けたあと、唐突に叫びながら投げつけてきた。
「魔法の射手(サギタ・マギカ)!
氷の17矢(セリエス・グラキアリース)!」
飛来する試験管が空中で破裂した瞬間であった。
言いようの知れない恐怖に覆い込まれた。
度重なる危機に相対してきた直感が、激しく警鐘を鳴らした。
あれは死ぬ。
なぜ死ぬのかなど到底理解など出来そうもないが。
死ぬ。
あれに当たったら死んでしまうのだ。
遊園地に行って安全レバーが上がったことや、とち狂った飲酒運転ドライバーに轢かれそうになったことがあった。
その時の感覚と同様、まるで自分自信が闇に覆い込まれてしまうような感覚。
恐ろしさに目を閉じてしまったが、精一杯跳んだ。
跳ぶ事で避けられるとは思わなかった。
しかし、もうその選択肢しか浮かばなかったのであった。
足元から荒れ狂う突風が吹き上がった。
突風は凄まじく、身体ごと吹き飛ばされてしまう。
空中で激しく回転しているのか、目を開くと青い空と地面が交互に見えた。
その様を眺めながら、短かった人生を嘆いた。
親父、母さん、すまない……。
まさか人生十六年、息子が吸血鬼に殺されてしまうなんて思わなかっただろうね……。
生を諦め、目を閉じようとしたときであった。
両足にかかった衝撃で、回転し続けていた視界が定まったのだ。
唖然として、掌を幾度も開いてみた。
身体は動くようであり、痛みなどもない。
どうしてか、スニーカーが所々凍っていたので、恐ろしさから咄嗟に地面を踏み付ける衝撃で割った。
な、何が起こった?
目前にて、吸血鬼さんが目を白黒とさせていた。
傍に倒れている少女の顔に桜の花びらが落ちた。
胸が動いていることから生きてはいるようだ。
そのことに安堵して、思考が冴えていくのを感じた。
どうやっても理解は出来そうにないが、いつもの悪運かなにかで助かったようであった。
や、やったー!
助かったー!
俺の悪運グッジョブ!
しかし、直ぐさま打開策を練らなければならない。
まだ目前の吸血鬼さんという危機は去っていないのだ。
死にたくはない。
なんとかしなければならない。
脳を最大限に回転させて、光明を待つ。
まず初めに、逃げるという案はノーである。
先ほどのさながらドライヤーを凶悪化したような突風は、吸血鬼さんの試験管から起こったものだと考えられた。
それをもう一度投げられてしまったら、なす術なく変わり果てた姿になることは明白である。
背を見せて逃げると言うことは、突風を起こしてくれと示しているも同然であった。
ふと思った。
未だに目を白黒とさせているところを見ると、吸血鬼さんは突風で俺を殺せると思い込んでいたのからではないだろうか。
それはそうだ。
一番俺が、死ななかったことに驚いているのだから。
もしかしたら、と思えた。
俺と言う存在は、吸血鬼さんの心中では、自らの突風を打ち破った強者に見えているのではないだろうか。
その可能性は極めて高いように思えた。
ならば強者の演技をして、こちらに手を出すと怪我をするぜ作戦はどうだろうか。
まさに名案ではないか。
しかし、しかしだ。
その考察が勘違いであった場合において俺は、逆上した吸血鬼さんに、無残にも殺されてしまうだろうことは容易に想像できた。
さながら、命のかかった綱渡りのような、重い決断をしなければならない。
しかしもう時間も、選択肢も、残されてはいないのである。
やるしかない!
恐怖で竦み上がっている身体に鞭打って、まるで些細な事だと言った風な笑みを浮かべた。
「フフフ……吸血鬼よ。
なにをそんなに驚いているんだ?」
顔が緊張感からか、カッチカチになっているが気づかないでほしい。
「なに……?」
吸血鬼さんの小柄な体が、さながら巨大化したかのように見え、強烈な殺気のようななにかに射抜かれた。
な、なにこれ……。
すげぇ怖い……。
洒落にならないが何とかこらえねばならない。
「貴様は何者だ?その制服は高等部のものだな?
魔法生徒か……?いや貴様の顔など見た事がない……」
吸血鬼さんが、訝しむ視線で嘘は許さんと睨みつけてきた。
魔法生徒、とは一体。
草食系男子ですとは言ってはだめだよな……。
一瞬面食らってしまったが、無理矢理演技を続けた。
「それは……知る必要がないことだが……しいていうなら草、いや一般生徒だろう」
危なかった……。
テンパって普段のように草食系男子と言いそうになった……。
唐突にも、吸血鬼さんの目つきがより一層、鋭利になった。
緊張が走った。
まさに蛇に睨まれた蛙状態であった。
「一般生徒だと……?
貴様、私をおちょくっているのか?
魔法の射手(サギタ・マギカ)の風圧を足場に虚空瞬動を行うなど、一般生徒にできると思っているのか……?」
ざきたまぎか、とは一体。
こくうしゅんどうとは一体。
なんなんだそれは……?
吸血鬼語かなにかか……?
吸血鬼さんが不敵に口の端を吊り上げた。
「貴様、私を誰だか分かっているのか?
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
賞金額600万ドルにして、闇の福音(ダークエヴァンジェル)と呼称される真祖の吸血鬼だぞ?」
賞金額600万ドルと真祖の吸血鬼は、理解できる。
しかし、だあくえばぁんじぇるとはなんだろうか。
いや、ダークエヴァンジェルと言う言葉なのかも知れない。
たまらず吹き出しそうになったが堪え、顔を背けた。
危なかった……。
……その厨二病を患っているお方特有の言い回しはやめてほしいよ。
だが、吸血鬼さんのペースに合わせる訳にはいかない。
不敵な笑みを返すと、さも驚いている風な手振りで言った。
「賞金額600万ドルの真祖の吸血鬼か……。
初めからわかってはいたが……やはり風評以上の実力者のようだな……。
その危なっかしい魔力……敵にまわしたくはないな」
「フフン……貴様にもわかるようだな?」
吸血鬼さんが尚も嘲るように笑った。
俺も、つられて口許に笑みを浮かべた。
このままなにか、仲良くなれそうな雰囲気であるが、吸血鬼さんを侮ることは即刻、命取りに繋がるだろう。
ここは強気でいかねばならない……!
「だがな、その実力をもってしても俺は倒せない」
「ぬ……?」
「ほらよ」
胸ポケットから万年筆取り出すと、吸血鬼さんへ有無を言わさずに投げた。
回転する万年筆を掴むと、不思議そうに訝しんでいる。
「なんの魔力も感じないが……貴様、なんの真似だ?」
俺は物々しい様で、両手を挙げて天を仰いだ。
「わからないだろうな?」
「なに……?貴様!」
吸血鬼さんは、騙されたと思ったのだろう。万年筆を握り潰そうとするのを、片手で制止した。
「止めておいた方がいい。それは……爆弾だからな」
「貴様……!」
嘘なんです。
吸血鬼さん、本当に申し訳ない。
これが俺の編み出した作戦だ。
なんの変哲もない万年筆。それを爆弾に見立てて優位に立ち、その内に逃げよう作戦であった。
一つ言いたい。それは俺だって、こんな陳腐な作戦が通用するとは思ってはいない。
しかし、吸血鬼さんだって自分の命は大切なはず、なのだ。
これまでの俺の演技という種が実り、実力者だと勘違いされているならば可能性はある。
さあ、どうだ……!
万年筆をこちらに投げようとする吸血鬼さんへ、言葉の追撃をかけた。
「お前が手を離すと、起爆するようになっている」
「貴ぃ様ぁー……!」
「周囲二百メートルほどは塵になるときいたが?」
吸血鬼さんは怒りにその小さな身体を小刻みに揺らしていた。
さながら、親の敵と言わないばかりに、万年筆を射抜くような視線で睨みつけていた。
全て真っ赤な嘘だというのにも関わらずにだ。
思惑通りの展開に、少々、図に乗ってしまう。
「フフフ……どうする?エヴァンジェリンよ」
「ググググ……」
吸血鬼さんは、心の底から悔しいのだろう。
顔を真っ赤にして小刻みに震えていた。
「まあまあ、落ち着け」
「私にここまでの屈辱を味合わせたのは貴様で三人目だぞ……!
地の果てまで追いかけてくびり殺してやるからな……!」
その形相やまさに、般若のようであった。
内心怯え、冷や汗を流しながらも、愉しげに吸血鬼さんを見つめた。
「俺はお前の敵ではない。
いや、同類とでも言っておこうか」
「なに……?」
吸血鬼さんの表情が一転し、訝しむようにこちらを見つめた。
「貴様は……つまり、私と同様の悪の魔法使いだとでも言いたいのか……?」
「フッ……。
悪は一つではない。お前にならわかるだろう?」
吸血鬼さんは、長い間黙り込むと顔を上げた。
その口許には、愉しげな笑みが張り付いていた。
「ではエヴァンジェリンよ。
また機会があれば会おうじゃないか」
そう言い放ち、背を向けて静かに歩きだした。
俺、今、凄く格好いいよね?
背後から吸血鬼さんの声が聞こえたが、無視を決め込んだ。
悪役とは去り際もクールなものなのだ。
そのままゆっくりと歩いていき、建物を右に折れた。
その瞬間、図に乗った天罰かなにかなのだろうか。
俺の体が、その場から消えた。
マンホールが開いていたため、下水道に落ちてしまったのである。
痛む腰をさすりながら上空の穴を睨みつけると、気づかなかったのか業者のおじさんがマンホールを閉めようとしていた。
「ち、ちょっとおじ」
暗闇に包まれた下水道内で、俺は情けなくも助けてと叫んだ。