ええ、以前言った例の大騒ぎです。今回はちょっと長め。
十一話
「もうすぐブリュンヒルデが来るんですって!」
「サインとかもらえるかなっ?」
「ナタル、どんな感じだったの?会った事あるんでしょ?やっぱりかっこいい?」
「うーん、まあかっこよかったけど。でもそんな長い事会ってた訳でもないしね。カズに聞いたら?彼、ブリュンヒルデの弟君と親友よ?」
「「「え!?そうなの!?」」」
いきなり詰め寄られた。ナタルさん……。
「まあ、事実ですけど」
「じゃあ、ブリュンヒルデってどんな人?」
「そうですね、まずブリュンヒルデと呼ばれるのがあまり好きではありません」
「そうなの?」驚かれた。
「はい、言ってました。それと、私生活の方はかなりずぼらです。脱いだYシャツとか床に放り出しっぱなし。一夏…彼女の弟、俺の親友ですが、そいつがいなければかなりだらしなくてひどい事になっていたでしょう。あいつ、家事得意ですから」
これ、言ってるのばれたら殺されるな、多分。
「なるほど、全てにおいて完璧な人なんていないってことね」
「そういうことです。」
しみじみという代表候補の一人にもっともらしく頷いてみせる。
「ああ、それと、これは忠告ですけど」
「なーに?」
「あの人その分仕事はきっちりまじめにこなしたがる人なので、千冬様〜とかブリュンヒルデ〜とかってきゃーきゃー騒いだりすると嫌われます。訓練の間は最初から最後までまじめで通した方が好感度上がりますよ」
「そっか、ありがと!がんばってみる!」
「もちろんですが、俺にいろいろアドバイスされたーとか言わないで下さいよ。秘密でお願いします」
軽く唇に右手の人差し指を当ててウインク。おや、皆の顔が赤い。まあいいや。
「「「……うん!」」」
「さて、私が諸君を短期間ではあるが鍛えることになった織斑千冬だ。諸君をより強く鍛え上げるのが私の仕事だ。解ったら返事をしろ。解らなくても返事をしろ。私の言葉には返事をしろ」
「「「「はい!!!!」」」」
「あの言葉、いっつも使ってんのかなー」
『私に聞かれても……』
訓練が終了し、俺がメンテナンスを終えて汗を拭ったところで、横から声がかかった。
「少しいいか?」
「ええ、大丈夫ですよ、千冬さん」
振り返って返事をすると千冬さんはふっと頬を緩めた。
「久しぶりだな」
「そう、ですね。時折日本に遊びに行った時、見事に予定がかみ合ってなかったですからね」
「ああ、そういえばそうだな。」
そこで突然、思い出したように千冬さんは言った。
「そういえば、あの時は助かった」
「え?どの時ですか?」
「一夏が誘拐された時のことだ。お前があらかじめ彼女達…ナターシャ・ファイルスたちに護衛を頼んでおいてくれなかったら手おくれになっていたかもしれない。…感謝する」
「……『黙っといて』って言ったのに……」
「安心しろ、一夏には言っていない。あいつがあの二人をわざわざ護衛のために引き合わせたなんて思ってもいないだろう」
「…そうですか」
「……ここで研究を?」
「……ええ、まあいろいろと」
機密もあるので口を濁した。
「なら少し聞きたい。IS支援可変戦闘機部隊というのを知っているか」
「……」
「無論黙っているつもりだ。あの事件も『なかった事』になっているしな」
「……知っています。あれは、俺が作りましたから」
「!……そうか。ならテストパイロットの
「っっっ!!!!!」
………忘れてたー!
そうじゃん確かあのとき知られるとまずいからアップル研究員の名前勝手に使って声まで借りて中尉とか適当に名乗ったんだった!
どうしよう。
A.ここでばらす→かなり気まずい。かなり確率は低いが一夏に知られる可能性がある。
B.口裏を合わせてもらう→失敗した時のリスクは高いが、うまく行けば完全隠蔽成功。
……よし、B案で!
Side 織斑千冬
翌日、私は『アインヘリヤル』の訓練所にいた。隣に研究所が併設されている。かなり大掛かりだ。
「どうも、お久しぶりです。ミラード・アップルと申します」
目の前にいるのは白衣を着た細い男。確かにあのとき通信で聞いたのと同じ声だ。
「…パイロットだったのでは?」
「普段はここで研究員をしてます。テストパイロットは副業ですが、あのとき私しか空きがなくて」
「そう、か。あの時はありがとう。助かった」
「いえ、仕事ですから」
見れば見るほど怪しく感じた。こんなひょろいのがあんな機動とか出来るのか……?和人がやった方がまだ自然に見える。
「良ければまた乗って見せてくれないか」
「!え、ええ。許可が下りれば」
「なら頼む」
かなり動揺していた。……なにかある、な。
Side end
「どーするんですか!?操縦とかやった事ありませんよ私!」
「許可を出してもらわなければ……」
「絶対おもしろがってOK出しますよあの人!」
「だが、許可願いを出さなかったとバレたらそれはそれでまずい」
「え、じゃあ……」
「乗れ、部門長命令だ」
「えええええええええ!?」
「安心しろ、俺が遠隔操作してやる」
『……あなたもなかなか鬼ですね』
「それほどでもない」
Side 織斑千冬
一週間後、アップル氏が実機に乗る日になった。
が、乗る時の様子がおかしかった。
何だろう、腕が震えている?
それなのに機動は見事だった。流麗で、変形もうまくこなしているように見えた。
そこでふと私は気づいた。
「そういえば、和人は?」
「サクライ部門長ならさっきトイレ行きましたよ」
「……そうか」
横目で遠くにあるシミュレーターを見る。
いつもと変わらず動いているようだった。
「…なるほどな」
その後で和人が戻ってくる。
「お疲れ様、だな。和人」
「へっ?トイレ行ってただけですけど」
「……いや、なんでもない」
Side end
その日の夜、俺はいつものように部屋に戻ろうとしていた
エーネに頼んで実機にシミュレーターの動きをリンクさせ、そのシミュレーターを俺が操る事で遠隔操作していたのだが、
「意外と大変だったな」
まあ、アナログとデジタルの違いがあるから仕方ないか。
「何がだ」
と俺の呟きに答える声があった。
千冬さんがそこにいた。隣まで歩いてくる。
「え、いや別に」
「……別に隠さなくてもいい。あのときミラード・アップル中尉を名乗って援護してくれたのはお前なのだろう、和人?」
「……どうしてそう思うんですか」
俺の問いに千冬さんは苦笑いを含んだ答えを返した。
「VFのパイロットは別に名前を隠したりしていなかった。それなのに名前を偽る必要があったということは、知られたくない事情があるという事だ。どう見ても彼はパイロットには見えなかったしな。……彼らを問いつめたら観念して教えてくれたよ、お前が開発最初期からテストパイロットを兼任し続け、ISとの戦いで引き分け同然に敗北した事、今でも最強のVFパイロットであることを、な」
「……『アインヘリヤル』の隊員の名前を名乗るべきでしたね」
俺も観念して苦笑した。それに対し千冬さんは真面目な顔で問うた。
「……これも、一夏のため、か?」
俺も真剣に答える。
「……ええ、負い目とか感じられても嫌ですから」
「全く……あいつはいい親友を持ったよ」
千冬さんはまた苦笑していた。
「これからも私の弟を頼む」
「言われるまでもありません。あいつといると楽しいですから。それに俺が困った時にはあいつに助けてもらうつもりですし、ね」
数週間後、千冬さんはどこかへと去っていった。
…余談ではあるが、訓練中まじめに訓練を受け続けた代表候補達が、訓練の終了後にサインをねだると、千冬さんは苦笑しつつも快くサインしてくれたらしい。
「そうそう、すごいね織斑教官」
「へ?」
「サインねだった時に『これもアイツの差し金か?』って言ってた」
「もちろん否定しといたけど、確実に見抜かれてるね」
……恐ろしい人だと、改めて思った。
千冬さんパネェの巻でした。
感想誤字脱字等あればよろしくお願いします。
そろそろ一巻です!