さて、予告どおり舞台裏の話など。
裏話編は基本的に三人称で通します。
裏話1 収奪
IS学園が学園祭を行う数日前のこと。
日本、茨城県は小美玉市、百里基地。
茨城空港とも呼称されるそこは、首都防空の要であり、そこには最新鋭の戦闘機が配置されていた。
そう、「いた」。過去形である。
現在の国防の主戦力となるのはISであり、滑走路を必要としないそれは運用においてより扱いやすい場所、より首都の近くへと置かれた。戦闘機は予算を食う邪魔者、無用の長物とされて整備場に置かれ、時折訓練に使われるときにしか日の目を見ない………言ってしまえば日陰者となった。
つまり防空の役割はすでになく、国防における意味はすでになかった。……最近までは。
そう、これもまた過去形である。
とある一人の天才の手により、戦闘機は形を変えて進化し、再び颯爽と国防の場へと飛び出してきた。
無論、かつてISが一人の天才の手によって生み出され、国防に用いられるようになったときと同様、反発は多かったものの、その能力は反対者達が苦虫を噛み潰しつつも認めるしかないものであった。
国防の、首都防空の要、その一つとして息を吹き返した百里基地には十数機の
従来の戦闘機と一線を画し、ISにすら肉薄しうると目されているその機体は厳重警戒の下にあり、強奪はもちろん潜入も並大抵の者には許さない状況に常にあった。
そう、並大抵の者には。
しかし……………。
「は、邪魔だッつってんだこのカス共! いいからさっさと道をあけろってんだよ!」
「………」
深夜、民間機は訪れること、飛び立つことのない時間。
わずか数名の集団によって、今この地は大混乱に陥っていた。
それは、並大抵ではない戦力、すなわちISを保有していたためである。
「な、それはアメリカの第二世代、アラクネ………!」
「ではまさか例の組織か! なぜここを……!」
「みんな、あともう少しの辛抱だ、応援を呼んだ、もう少しすればISが」
その指揮官の言葉は強制的に遮られ、二度とその次の言葉が出てくることはなかった。
指揮官の頭をIS装備の機関砲で吹き飛ばして遮った女は苛立たしげに舌打ちする。
「ち、早く済ませねえとまずいな……遊ぶのはやめにするか」
直後、女の周囲に今まで操っていた二脚とあわせて8つの装甲脚が現れ、その先端が開く。
八門の機関砲という途方もない火力になすすべもなく防衛部隊は倒されていく。
嗜虐の笑みを浮かべながら女は砲火の中を歩み、ついに目指していた格納庫へとたどり着いた。
そこに何人かが続く。
無理やりこじ開け、邪魔しようとするものを無造作に吹き飛ばしつつ、周辺を確認。
「……ちっ」
数機がすでに出ている。外に出た途端に袋叩きになる可能性もある。
「まあ、いいや。知ったことか」
即座にVFのコクピットに向かう。キャノピーをこじ開け、アラクネのシステムによってVFのシステムをハッキング、書き換えていく。
「ふん、楽勝だな」
他の数機にも同様の処置をして、そこに女に従っていた者たちが乗り込む。
女も同様に乗り込み、アラクネのシステムをVFのシステムと直結させて起動させる。
発進直後弾雨が来るかもしれない、ならば最初に他の奴を行かせてみるか……と考えていたが一向にその気配がセンサーから感じ取れない。
と疑問を抱いていた矢先に通信が入る。
『……さっさとしろ』
「うっせぇ、エム! 殺すぞ!」
毒づきつつ、女はVFを発進させた。
外に出てみると、一機のISとそれを取り囲むVFがじりじりとしつつもうかつ攻撃は出来ないようにお互い牽制しあっている。
即座にその場にミサイルを撃ち込んだ後に離脱する。エムに直撃する可能性も考慮していない。
『く、それは我々の物だ、返せ!』
「知るかよクズが!」
通信に入ってくる罵声に吐き捨て、女は……亡国機業工作員「オータム」は後ろに数機のVFを引き連れ離脱し、反応もすぐになくなった。
その直後、航空自衛隊のVFが対峙していたISも姿を消した。
応援のIS部隊がたどり着いたとき、襲撃者達はもう影もなかった。
この大失態は世間には隠蔽され、アメリカに極秘に事件における第二世代ISについての詰問と共に速やかに伝えられるのみとなった。
アメリカ合衆国某州某所の夕方。
連絡を受けてすぐに、大統領は二人の人間を呼び出していた。
「それで、今回の事態の対応策だけど」
筋骨たくましい男性……国防長官は淡々と答える。
「はい、不信感をあおらないためにも、『アラクネ』については伝えておいた方がよろしいでしょう。また、VFを管理する施設にISの配備を考える……もっと言うとVFとISの置き場を統一してしまった方がよろしいかと」
「待って下さい。私はその意見に反対です」
パンツスーツの女性……軍用IS統括官が口を挟む。掛けた銀縁眼鏡には神経質な光が宿っていた。
ちなみにこの女性、VFの導入に最後まで反対していた人間の一人である。
「ISとVF、両方を同じ場所においておくということは様々な場所で発生する災害やテロに対して一つの場所から飛び立つために対応しづらくなるという問題があります。それにVFとIS両方を狙って基地を襲い、VF狙いが陽動でISが本命だった……ということもありえます。何より、そもそもその案は莫大な費用がかかります。また、別に不信感を抱かれたところでたいした問題にはなりません。『わが国では確認していない』の一言で押し切れば済む話です」
「規模の縮小も考えるとそこまでの費用にはならないと思うが。飛行場は別々に用意できるしさして問題もあるまい。そして……桜井博士は今日本にいる。不信感を抱かせるような真似をしたら最後、国際問題どころではない、VFの研究開発を放棄する可能性すらある」
「それ以上に真実を告げればアメリカの権威が失墜します! それにVFパイロットたちの手で貴重なIS操縦者が汚されたらどうするつもりですか!」
女性はヒステリックに叫ぶ。桜井和人、国における最高級の財産と同等以上の価値を持つ存在を「それ」扱いされた国防長官は鼻白んだ。理屈を言っているようで、結局のところ彼女にとってはISが一番大事で、VFを下らない物だとしか思っていないのだ。
「……とにかく、これからも同じ襲撃が各国で続く可能性があるわ。国防長官の案を採用します。……これは大統領命令よ」
大統領が額にしわを寄せ、じっと二人を見つめると
「「……了解しました」」
二人とも敬礼した。もっとも女性の方はかなり不満そうだったが。
以後、軍用IS統括官はVFを統括、管理しているアメリカ宇宙軍司令との交渉の度に、環境、待遇などについて細かく口を挟んでVFとISの基地の統一を遅らせ、結果的にそれは一つの大事件を引き起こすことになる。
今回のはあくまで準備段階です。裏話の空気は基本的にシリアス。
さて、次回はそんなシリアスを徹底的に打ち砕きかねない学園祭編第一回。乙女のプライドを守ろうとする者達と、乙女のプライドを単騎でへし折ろうとする者の一見穏やかそうで実は途轍もなく壮絶な戦いが幕を開けます。