遅くなりましたが、裏話の幕引きでございます。
裏話4 盗賊達の挽歌
南アメリカ大陸西海岸にある無数の小島。その一つに亡国機業に奪われたVFは置かれていた。
「さて、じゃあ行きましょ。ISの反応はないみたいだけど……隠してるだけっていう可能性も十分あるから、気をつけてね」
「おう!」
ナターシャ・ファイルスとイーリス・コーリングは頷き合い、真正面からの突入を敢行した。
……突然の話であるが、ISとVFの運用理論には、そのスペックや実用経験上、いくつかの定説が存在する。
「くそ、アメリカか!」
「気づいてやがったのか!?」
「と、とりあえず逃げるぞ! VFを使う!」
その一つ目が「閉鎖空間ではVFはISに対して圧倒的に不利になる」というものだ。ただでさえ様々な点から不利な点があるのに、さらに不利になるということである。
考えてみれば至極当然のこと。図体がでかい方が箱の中では動きにくいに決まっている。
彼女達は次々と敵を鎮圧し、VFの格納庫へと向かった。
「おかしいわね、ISが出て来ない………」
「予想してあらかじめ逃げていた………か?」
疑問を抱きつつも油断せずに進撃する。
以前と違って今回は陽動の心配はないに等しい。
前回の事態を教訓として、既に主要なVFの基地および研究所へのISの派遣が行われている。
さらにVF開発者の桜井和人はIS学園という通常事態においてはほぼ完全に閉鎖された空間にいる。
後ろの心配を一切せずに進めるのだ。
話は戻るが、定説とは、一つ目がある……ということは二つ目、三つ目もあるということである。
「宇宙まで逃げ切っちまえばこっちのもんだ!」
「ISじゃVFにゃあ追いつけねえ! ずらかるぞ!」
「ま、待て! 俺を置いていくんじゃねえ!」
そう、二つ目は「開かれた空間では、ISはVFを
勿論、VF初の模擬戦で行われたように限界まで真正面から戦えば、ダメージを受けつつもISに軍配が上がる。だが、エンジンの馬力差から、最大速度には凄まじい開きがある。バイクが最高速において自動車を上回れないことと似たようなものだ。
つまり………VFが逃げに徹すれば、ISはVFに追いつくことは出来ない。
「ち、このままじゃ何匹か確実に逃すぞ!」
開かれていく格納庫に焦ったイーリスが叫ぶが、ナターシャは落ち着いていた。
「大丈夫よ、そもそも私達だけでどうにかするつもりなんてない。……あとは任せたわよ、ジーク隊と助っ人さん」
『了解!』
故に第三の定説として、VFが最初に生み出された国、アメリカではこう言われた。
「VFと敵対する場合、閉鎖空間においてはISをもって攻撃し、開放空間においてはVFを持って当たるべし」
と。
しかしそれは、言い換えれば「VFを倒しうるのはVFのみ」ということになる。ISがISによってしか倒せないのは変わらないままだが、VFもまたVFでしか倒せないという、ある種のダブルスタンダードが発生したのだ。もちろんVFの方には「開放空間では」、という但し書きがつくが。
その解決方法は、未だに見つかっていない。否、今後見つかる可能性があるのかどうかすら不明である。
それに気づいた国は、ごく一握りに過ぎないのだろうが。
ジーク隊……
そこには園宮僚平や桜野瑛花の姿もある。
バトロイド形態で待機していた彼らは、全身のミサイルの砲門を開き、敵をロックオンして、
「
隊長の一言で装填された全弾を放った。
凄まじい勢いで無数のミサイルが空を舞い、敵VFを包囲する。
その圧倒的な火力は大幅なダメージを与えたが、しかしそれで沈むことはない。とっさに張った
だが、その程度のことは予想済みである。
彼らは着弾を確認する前から既にファイター形態へと変形し、敵のもとへと向かっていた。
次々とガンポッドを浴びせかけ、時に一瞬だけバトロイドへ変形してピンポイントバリアパンチを叩き込む。
ドッグファイトを挑むものもいたが、
『くそ、ふざけんな! 機体の性能は同格のはずだぞ!?』
「………パイロットに差がありすぎなんだよ」
傍受した通信の向こうで喚く声に僚平は呟くように言って、操縦桿を引きつつ緩やかに横に倒す。
敵は一瞬だけ、僚平の姿を見失ったが、即座にハイパーセンサーによって見つけ出す。
いつの間にか後ろにいる、第三世代VFの姿を。
『な……!』
バレルロール。
第二次世界大戦期より存在した、相手の後ろをとる
先ほどのわずかな一瞬が致命的な敗北を生み出す。
「じゃあな」
自分は、その一瞬を決して作らない。
決意しつつ、僚平は犯人に冷徹に砲口を向け、躊躇い無くトリガーボタンを押した。
シールドエネルギーが0になり、不時着するのを確認しつつ、辺りを探ると、宇宙への逃亡を続ける機がわずかにある。
『ジーク隊に通達。これより部隊を2つに分割する。ジーナス、ワイルダー、お前達は隊を率いてISと協力、犯人確保。一人たりとも逃すな』
『『了解!』』
『日本から来たカップル、もう少し付き合ってもらえるかい?』
『……カップルではありません』
「はは、いいですよ。お望みなら月までだろうとどこまででも」
隊長の冗談まじりの頼みにぶっきらぼうに答える瑛花。フォローのためもあって僚平が軽口で答えると笑い声が聞こえた。
『Fly Me to the Moon、「私を月まで連れて行って」ってか。分かってるねえ、若いの!』
が、その笑い声は突如現れたエネルギー反応によって遮られる。
『……すまんが、行き先は月より遠くなりそうだぜ』
『フォールド反応………!』
隊員が揃って苦い顔をする。第三世代では短距離フォールドの機能を備えている。……といってもあくまで試験途中の機体の「短距離」なので太陽系を出るどころか土星までもたどり着けない。
『予想入力座標………木星軌道、ゴサマー環付近と思われます』
『よっし、追っかけるぞ! フォールド航行、準備!』
エンジンがうなりを上げ始める。推進器を動かす時とは違う、どこか高い音だ。
惑星などの大質量体の近くではフォールドは難しいとされている。
そもそも、フォールド航法とは空間を「入れ替える」ことによって超光速で移動する方法なのだ。精密な計算が必要であり、強い重力などの不安要素はなるべく排除するべきなのである。
……が、そこは桜井和人謹製、抜かりは無いのであった。
ハイパーセンサーによる空間歪曲の計算の精密性は高く、地球上からでもフォールドの計算ミスは無い。
無人機等を利用した安全性等の確認もしっかりと行っている。
『航行開始!』
数機の姿がその空間から掻き消えた。
着いた先は木星付近。アンモニアの雲に覆われた美しい惑星と、それを囲う無数の塵や岩塊で出来た環が見える。
その中にわずかに煌めく不自然な光があった。敵VFの噴射炎だ。
『美しさに気を取られて引っ張られるなよ、ブラックホールほどじゃないにせよ重力の井戸に落ちたら圧壊するのに変わりはない』
『了解!』
『岩塊の間ならビビって攻めて来ないとでも思っているようだが、勘違いであることを思い知らせてやる。行くぞ、ブレイク!』
言葉に従い、部隊は一斉に散開した。
桜野瑛花は、ハイパーセンサーでの計算に従いバトロイド形態で近くの岩影へと潜んだ。
静かに敵VFへと狙撃銃を向ける。
今は相手の警戒範囲外だが、気づかれれば即座に警戒される。そうすれば二度と命中は無い。
故に、
(……一発だ)
ハイパーセンサーの表示形式が狙撃専用に書き換えられる。
木星という巨大重力場による弾道歪曲を前提とした弾道計算。
ニュートン力学および航宙力学による相手の軌道予測。
デブリ等の影響。
引き金に指をかける。
全てのデータによって眼前のターゲットカーソルは忙しなく動き回り………、
「合いました」
一致を確認した瞬間、引き金を人差し指で思い切り強く引いた。
目の前で、VFの右翼に穴があく。エネルギーが0となり、貫通したのだ。
動きを止めたVFを尻目に、単純な狙撃から後方からの射撃支援へと切り替える。
味方の高速機動の間を縫うように、針に糸を通すことの10倍は難しい射撃が次々と敵のVFに突き刺さった。
『ヒュウ、やるね嬢ちゃん! 惚れちまいそうだ!』
「ありがとうございます。お断りします」
あっさりとつれない言葉を返されたパイロットは苦笑した。
二分後。
残った敵のVFは僅かに一機。シールドエネルギーもほぼギリギリだ。
包囲網を作り、じりじりと追い詰める。
冷や汗を顎から滴らせつつも、亡国機業の男は強がって笑みを浮かべる。
「へ、へへ……どうせシールドを零にする以外できないんだろ? コイツはお前らにとっても大事な機体だからなあ! 」
『いや? そうでもないぞ?』
ジーク隊の隊長の軽くも冷淡なものを秘めた言葉に男の笑みが凍りついた。
『なにせ作成者直々に「叩き潰せ」とのオーダーがあり、ウチの政府も追認しているからな』
かたかたと指が震えるのを必死で押さえ込み、
「だ、だが今までお前らは殺さなかったじゃねえか! それは殺しはダメってこ……」
『何を言っている? もう既にお前の仲間は何人も死んでいるぞ』
冷えきった声に逆に震えが止まり、呆然となる。
『「パイロットを捕える時は油断するだろう」などと思うやつがいることは予想済み。だからこちらは
「う、う………うぁアアアアアア!」
亡国機業の最後のVF構成員は絶叫とともにろくに狙いも定めずにミサイルをまき散らし、機関銃を連射しながら突っ込んだ。
「その先は地獄の入り口になる」と半ば壊れた理性で考えながら。
そしてその考えは間違ってはいなかった。ミサイルを撃墜し、特攻してくるVFを睥睨するのは、隊長であった。
ガウォークに変形してひらりと躱し、さらにほぼ連続的にバトロイドへと変形して真横を通り抜けんとする機体に銃口を向ける。
キャノピーへの短い連射。それだけで、機体を砕き、パイロットを絶命させるには十分だった。
「……ふん」
迫り来る後味の悪さを鼻息一つでかき消す。
「ご苦労だった、帰投する」
『了解!』
一部捕縛された犯人を連行しつつ、ジーク隊は地球へと進路を取った。
こうして、亡国機業は当面は大きな活動がほとんど出来ないであろうと予測できるほどの大きなダメージを受けた。格納庫に僅かに残っていたデータから、さらに相手を追い詰める辺りは「世界の警察」の面目躍如と言えよう。
しかし、一つだけ懸念が残っていた。
ISもVFも、未だに一部は未発見のままなのである。
暗雲がまだ完全には消え去っていないことを理解しているアメリカと日本は、ISとVFの統合運用基地の準備をより積極的に進めることとなった。
そして、一方で。
「これを掘り出す……ですか?」
『そう。頼んで大丈夫か?』
「そりゃ、こっちはあなた直轄の研究室ですし、必要なら政府と交渉して実行しますけど……」
『なら頼む。発見したら、
「分かりました。しかし一体……何に使うんです?」
『多分、鍵だよ』
「鍵?」
おうむ返しに問い返すミラード・アップル研究員の前に展開された画面の向こうで、桜井和人は真剣な顔でこう答えた。
世界をひっくり返しかねない言葉を、口にした。
「ああ。まだ完全に確定した訳じゃないんだが………。
NGシーンとかも考えついておりますが、それはまた後日。
最後の部分を見れば分かるでしょうが、いよいよ終幕が近づいております。
オリジナルな展開が存在する……というか超展開になってしまいそうな予感もしますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。