第1話
今、自分の目の前には唐草模様のパイナップルに似た果物、のようなものがある。
喰うべきか、喰わざるべきか。
……能力の前に、自分が生き残る為に喰うしかないと分かっていても、迷うものだった。
だが、喰わねば生き残れまい。
平和な日本という国で、別段格闘家なんてものをしてた訳でもない運動不足気味のサラリーマンだった自分では、このワンピースの、島のひとつでは……。
それはある日突然起きた。
自分はその日、普通に仕事をして、ノルマノルマと煩い上司と、コストがかかるから値下げしろばかりの取引先に表では神妙な顔で頭を下げて、腹の内で悪口雑言を投げつけ、ダーツの的にして過ごす。そんな何時もの一日が終わり、ようやく一週間が終わった、明日は休みだと少しほっとした気持ちでベッドに転がり込んだ、筈だった。
目が覚めたのは周囲の煩さと暑さだった。
おかしいなあ、まだ初冬で肌寒いぐらいだった筈なのに、間違ってエアコン暖房ででもつけたか?と目を開けた俺の目に飛び込んできたのは。
ジャングルだった。
当たり前だが、しばらく頭が周囲の状況を理解出来なかった。
しばらくぼんやりと周囲を見回し、混乱し、それから慌てて立ち上がり……その視点の高さに違和感を感じた俺は自分を見下ろして……今度こそ絶叫した。
俺は別に自分が身長180越えのすらっとした絶世のイケメンで、バランスの取れたけれど鍛えられた体を持つスポーツマンなんていう馬鹿げた妄想を言うつもりはない。
だが、それでも俺は180に迫る身長はあったが……まあ、夜遅くまである仕事に、深夜に健康など考慮してない、ほか弁やら出来合いの惣菜を適当に買って食うという生活が体にいい訳もなく、少々お腹が悲しい事になってきていたが、それでも成人男性だった筈だ。
……なのに、今の自分はどうだ。
確かにお腹とかがぺっこり凹んだのは嬉しい。うっすらとだが、腹も割れてる。ここからきっちり鍛えていけば……とは思うが、明らかに『子供』なのだ。
まあ、不幸中の幸いというべきか、性転換まではしてないみたいだった。
漫画とかでなってしまう奴がいるのは知ってるが、現実に起きたらショックで呆然としてしまうと思う。
とにかくだ。
今の俺は身長は推測ながら、140以下。
服装はベッドに倒れこんだ時は、面倒なんでスーツの上下だけ脱いで、下だけパジャマに。上はカッターのままでネクタイだけ外してた、筈だったのに、今自分の視界に見えるのは、至極簡素な、そう囚人服のような(念の為に言っておくがシマシマ模様じゃないぞ)ベージュの服だった。
もしや、と髪を何とか確認してみるが、どうやらこちらは黒のままのようだ。
……瞳の色は分からんが。
……さて、あれから(多分)島を彷徨った。
島と判断したのは、波の音がしたので歩くとすぐに、海に出たからだ。
より正確には見回しても海ばかり。振り返っても左右を見ても……。
いや、希望を持て、俺。
きっとここは半島かどっかなんだ……。
……そんな風に思おうとしていた時もありました。
あの後、海岸を歩いていたらバッタリ出くわしたデカイ獣。
猿にも似た……けれど牙が口元からゾロリと覗いたソイツは俺を見るなり、襲い掛かってきた。
……ゴリラは優しい動物だから、威嚇はしても実際に襲い掛かってくる事はない、だから威嚇した時は逃げちゃ駄目だ、という話があるんだが……俺は逃げた。
いやあ、鈍感な日本人の俺にだってわかったよ?
……この大ザルもどきが俺をご飯にしようとしてるって!!
本来海岸というのは走りづらい。
そういう意味では、海岸は逃げるには相応しいフィールドとは言えないが……考えてみて欲しい。
未踏と思われるジャングルで、猿の形をした怪物と追いかけっこするのとどっちがいいか。
……まだ海岸の方がマシに思えて、俺は必死に海岸を逃げ続けた。……日が傾く頃には一周していた。
だから、俺はここが島なんだと諦めるしかなかったんだ……。
え?猿はどうなったのかって?
喰われました。
猿が。
俺が逃げ続けて、本当によくここまで逃げ切れたなあ、本当に人の生存意欲も馬鹿にしたもんじゃない。でも、そろそろ限界だ……もうこれまでか、って思った時、俺を追いかけるのに夢中だったせいで注意が散漫になっていたんだろう。突然猿が横合いから襲われた。
ヒトデに。
いやあ、眼を疑ったよ?
何で陸にヒトデが、とか、サイズが違うだろう(一辺5mはあろうかというジャンボサイズ)、とかまあ思う所は色々あったんだが……裏面が口だらけの牙だらけなのを見たら、もう何か言う気持ちなくして、逃げましたよ。
でも、この逃走劇、無駄じゃあなかった。
走る中、何とか逃げるのに使えそうなものはないかと必死に周囲を探っていた俺は、家らしきものを目撃していた。
周囲が暗くなる前に、そこへ……!
残り僅かな体力を振り絞り……。
辿り着いた。
廃墟だった。
と言っても、より正確には「もう」誰も住んでいない建物だった。
そう、人影を探した俺が見つけたのは白骨化した一人分の遺体だけだった……。
まあ、幸いというべきか、この建物自体はかなり頑丈に作られていたし、襲撃を受けた様子もなかったので、ここで一泊した。
内心不安だらけだったんだが、おそらく動物達にとってもこの既に白骨化した人物はかなり畏れる相手だったのかもしれない。
それが確信出来たのは翌朝、彼が遺した手紙というか日記というか……それらを読んでからだった。
そして、これによって自分がワンピースの世界に来たのだと、遺されていたものと合わせて確信するに至った。
ONE PIECE。
自分も始まった当初から読んでいたジャンプの人気漫画だ。
海賊王ゴール・D・ロジャーの最期の言葉をきっかけに大海賊時代を迎えた海の世界。
……冒険と、そしてそれを上回る危険に満ちた、平和な世界とはかけ離れた争いに満ちた世界だった。
漫画で読むならドキドキしながら読めても、自分がそこに当事者としているとなると不安で一杯になった。
ああ、念の為ながら、自分は何故かワンピース世界の文字は読めたし、試しに白墨を(インクは既に乾ききってて使えなかった)使ってみたが、文字も書けた。これが分かった時、どれだけほっとした事か……。
まあ、話を元に戻すが、どうやらこの遺体は、嘗てCP(サイファーポール)所属の工作員だったらしい。
……若い頃は出世を目指し、或いは権力をふるうのが楽しくて、裏仕事もこなしてきたらしい。
或いは天竜人が気に入った女性を、結婚式場から旦那を殺して奪ってきたり。
或いは政府の恥部を隠す為に、それをスクープしようとした記者を闇に葬ったり。
etcetc……。
だが、年を取ると、それらが辛くなったらしい。
若い頃は平然と行えた行為が段々と心を苛むようになり……やがて、ある任務でドジを踏んで死んだように見せかけ、彼は逃げた。
死んだように見せかけたのは、彼が長年裏の仕事に関わって、政府のヤバイ情報も多数握っていたから、らしい。
ただ、その辺は本人曰く「どうでもいい事だろうから」書いていなかった。
……ほっとした。
この世界のヤバイ事柄なんて聞いたって、自分の身が危険になるだけなのだから……。
で、まあ、この無人島で彼はひっそりと生きてきた訳だが、最後に何か遺したくなったらしい。
誰が来るという訳でもないだろうが、もし流れ着いたなら、何か利用出来るものを遺してあげようと思ったらしい。
別段、罪滅ぼしなんてのじゃないとも書いてあった。どうせ死んだら地獄行きは今更変わらないと。
でも、遺されていたものは本当に有難かった。
水場の場所などを記した島の地図。
島の植物、その中でも各種の道具に使える植物や食べられる植物、逆に危険な植物のマップと絵(かなり上手かった)。
島の動物に関する同様の資料。
そして……。
彼が修めていた武術、基本武術や武器の扱いに加えて、六式を修得する為の鍛錬方法。
更に最後の任務で手に入れた悪魔の実。
悪魔の実に関しては、彼が遺した遺書の最後にこうあった。
『もし、貴方が今生き残る力がないならば、きっとこの悪魔の実は貴方の力となるだろう。残念ながら、私もこの悪魔の実が如何なる力を持っているかは知らないが(省略)食べるかどうかは貴方が決めるといい。きっと食べるべきかどうかは既に分かっているだろうから』
そう分かっている。
まず、この島が無人島だという事が確定出来てしまった。
となれば、誰かの助けを得る事は出来ない。自分で頑張るしかない。
武術の教本はあるし、武器も火薬とかを使う銃器はともかく、使えるものもあるだろうが、自分には今を生き残るだけの技量がない。修得するにはそれなりの時間がかかるだろうし、それまで生き延びねばならない。
だから……。
感謝して、覚悟を決め。
自分は悪魔の実を口にした。
拙い。
エグミは酷く、口に残り。
体は吐き出せと訴える。
けれど、自分は無理に口の中に押し込んだ。
少なくとも。
悪魔の実は毒ではない。食べられる。……空腹と脱水症状寸前で死にそうな自分にはそれで十分だった。
とはいえ、さすがに口の中がたまらなかったので、水場でがぶがぶと飲み干して……。
まだ、えぐみが残ってる気もするが落ち着いてきた。
さて、そうなると気になるのは、自分が食べたのが如何なる悪魔の実だったか、だ。
悪魔の実は大きく分ければ三種類。
超人系。
獣人系。
そして、自然系だ。
自然系が最強と謳われているし、実際物凄く強いが、他のだって十分強い。例えば、海賊白ひげのグラグラの実だって、超人系だというし、白ひげの一番隊隊長マルコは獣人系悪魔の実の能力者だ。
それに……。
原作どおりなら、自然系の悪魔の実なんて、殆ど残っちゃいないだろう。
煙、雷、砂、氷、光、闇、火、マグマ。
風はドラゴンくさかったし……。
後は霧、水…は悪魔の実に反するから除くとして、自然現象となるとぱっと思いつくようなものはそうそうない。
さて、そうしてみると、はたしてアレは何だったのか……。
同じCP所属のロブ・ルッチなどは身体能力が純粋に向上する獣人系こそが六式使いには最高なのだと主張していたが……さて。
とばかりに自分の右手を見詰めて、発動させようと意識したその瞬間。
どろりと。
腕が銀色の液体へと溶けて崩れた。
慌てて、拾おうとしてもつるつると更に細かく崩れてしまう。
はた、と気付いて念じるとどうやら自在に動くようで、戻れと念じてみると……腕は銀の光沢などどこにもない、普通の腕へと戻った。
「……なんだ、こりゃーーーーーー!?」
呆然と叫ぶ。
超人系悪魔の実。
メタメタの実、モデル水銀(マーキュリー)。
それが自分が喰った悪魔の実だと理解するにはもう少し時間が必要だった。
今、自分の目の前には唐草模様のパイナップルに似た果物、のようなものがある。
喰うべきか、喰わざるべきか。
……能力の前に、自分が生き残る為に喰うしかないと分かっていても、迷うものだった。
だが、喰わねば生き残れまい。
平和な日本という国で、別段格闘家なんてものをしてた訳でもない運動不足気味のサラリーマンだった自分では、このワンピースの、島のひとつでは……。
それはある日突然起きた。
自分はその日、普通に仕事をして、ノルマノルマと煩い上司と、コストがかかるから値下げしろばかりの取引先に表では神妙な顔で頭を下げて、腹の内で悪口雑言を投げつけ、ダーツの的にして過ごす。そんな何時もの一日が終わり、ようやく一週間が終わった、明日は休みだと少しほっとした気持ちでベッドに転がり込んだ、筈だった。
目が覚めたのは周囲の煩さと暑さだった。
おかしいなあ、まだ初冬で肌寒いぐらいだった筈なのに、間違ってエアコン暖房ででもつけたか?と目を開けた俺の目に飛び込んできたのは。
ジャングルだった。
当たり前だが、しばらく頭が周囲の状況を理解出来なかった。
しばらくぼんやりと周囲を見回し、混乱し、それから慌てて立ち上がり……その視点の高さに違和感を感じた俺は自分を見下ろして……今度こそ絶叫した。
俺は別に自分が身長180越えのすらっとした絶世のイケメンで、バランスの取れたけれど鍛えられた体を持つスポーツマンなんていう馬鹿げた妄想を言うつもりはない。
だが、それでも俺は180に迫る身長はあったが……まあ、夜遅くまである仕事に、深夜に健康など考慮してない、ほか弁やら出来合いの惣菜を適当に買って食うという生活が体にいい訳もなく、少々お腹が悲しい事になってきていたが、それでも成人男性だった筈だ。
……なのに、今の自分はどうだ。
確かにお腹とかがぺっこり凹んだのは嬉しい。うっすらとだが、腹も割れてる。ここからきっちり鍛えていけば……とは思うが、明らかに『子供』なのだ。
まあ、不幸中の幸いというべきか、性転換まではしてないみたいだった。
漫画とかでなってしまう奴がいるのは知ってるが、現実に起きたらショックで呆然としてしまうと思う。
とにかくだ。
今の俺は身長は推測ながら、140以下。
服装はベッドに倒れこんだ時は、面倒なんでスーツの上下だけ脱いで、下だけパジャマに。上はカッターのままでネクタイだけ外してた、筈だったのに、今自分の視界に見えるのは、至極簡素な、そう囚人服のような(念の為に言っておくがシマシマ模様じゃないぞ)ベージュの服だった。
もしや、と髪を何とか確認してみるが、どうやらこちらは黒のままのようだ。
……瞳の色は分からんが。
……さて、あれから(多分)島を彷徨った。
島と判断したのは、波の音がしたので歩くとすぐに、海に出たからだ。
より正確には見回しても海ばかり。振り返っても左右を見ても……。
いや、希望を持て、俺。
きっとここは半島かどっかなんだ……。
……そんな風に思おうとしていた時もありました。
あの後、海岸を歩いていたらバッタリ出くわしたデカイ獣。
猿にも似た……けれど牙が口元からゾロリと覗いたソイツは俺を見るなり、襲い掛かってきた。
……ゴリラは優しい動物だから、威嚇はしても実際に襲い掛かってくる事はない、だから威嚇した時は逃げちゃ駄目だ、という話があるんだが……俺は逃げた。
いやあ、鈍感な日本人の俺にだってわかったよ?
……この大ザルもどきが俺をご飯にしようとしてるって!!
本来海岸というのは走りづらい。
そういう意味では、海岸は逃げるには相応しいフィールドとは言えないが……考えてみて欲しい。
未踏と思われるジャングルで、猿の形をした怪物と追いかけっこするのとどっちがいいか。
……まだ海岸の方がマシに思えて、俺は必死に海岸を逃げ続けた。……日が傾く頃には一周していた。
だから、俺はここが島なんだと諦めるしかなかったんだ……。
え?猿はどうなったのかって?
喰われました。
猿が。
俺が逃げ続けて、本当によくここまで逃げ切れたなあ、本当に人の生存意欲も馬鹿にしたもんじゃない。でも、そろそろ限界だ……もうこれまでか、って思った時、俺を追いかけるのに夢中だったせいで注意が散漫になっていたんだろう。突然猿が横合いから襲われた。
ヒトデに。
いやあ、眼を疑ったよ?
何で陸にヒトデが、とか、サイズが違うだろう(一辺5mはあろうかというジャンボサイズ)、とかまあ思う所は色々あったんだが……裏面が口だらけの牙だらけなのを見たら、もう何か言う気持ちなくして、逃げましたよ。
でも、この逃走劇、無駄じゃあなかった。
走る中、何とか逃げるのに使えそうなものはないかと必死に周囲を探っていた俺は、家らしきものを目撃していた。
周囲が暗くなる前に、そこへ……!
残り僅かな体力を振り絞り……。
辿り着いた。
廃墟だった。
と言っても、より正確には「もう」誰も住んでいない建物だった。
そう、人影を探した俺が見つけたのは白骨化した一人分の遺体だけだった……。
まあ、幸いというべきか、この建物自体はかなり頑丈に作られていたし、襲撃を受けた様子もなかったので、ここで一泊した。
内心不安だらけだったんだが、おそらく動物達にとってもこの既に白骨化した人物はかなり畏れる相手だったのかもしれない。
それが確信出来たのは翌朝、彼が遺した手紙というか日記というか……それらを読んでからだった。
そして、これによって自分がワンピースの世界に来たのだと、遺されていたものと合わせて確信するに至った。
ONE PIECE。
自分も始まった当初から読んでいたジャンプの人気漫画だ。
海賊王ゴール・D・ロジャーの最期の言葉をきっかけに大海賊時代を迎えた海の世界。
……冒険と、そしてそれを上回る危険に満ちた、平和な世界とはかけ離れた争いに満ちた世界だった。
漫画で読むならドキドキしながら読めても、自分がそこに当事者としているとなると不安で一杯になった。
ああ、念の為ながら、自分は何故かワンピース世界の文字は読めたし、試しに白墨を(インクは既に乾ききってて使えなかった)使ってみたが、文字も書けた。これが分かった時、どれだけほっとした事か……。
まあ、話を元に戻すが、どうやらこの遺体は、嘗てCP(サイファーポール)所属の工作員だったらしい。
……若い頃は出世を目指し、或いは権力をふるうのが楽しくて、裏仕事もこなしてきたらしい。
或いは天竜人が気に入った女性を、結婚式場から旦那を殺して奪ってきたり。
或いは政府の恥部を隠す為に、それをスクープしようとした記者を闇に葬ったり。
etcetc……。
だが、年を取ると、それらが辛くなったらしい。
若い頃は平然と行えた行為が段々と心を苛むようになり……やがて、ある任務でドジを踏んで死んだように見せかけ、彼は逃げた。
死んだように見せかけたのは、彼が長年裏の仕事に関わって、政府のヤバイ情報も多数握っていたから、らしい。
ただ、その辺は本人曰く「どうでもいい事だろうから」書いていなかった。
……ほっとした。
この世界のヤバイ事柄なんて聞いたって、自分の身が危険になるだけなのだから……。
で、まあ、この無人島で彼はひっそりと生きてきた訳だが、最後に何か遺したくなったらしい。
誰が来るという訳でもないだろうが、もし流れ着いたなら、何か利用出来るものを遺してあげようと思ったらしい。
別段、罪滅ぼしなんてのじゃないとも書いてあった。どうせ死んだら地獄行きは今更変わらないと。
でも、遺されていたものは本当に有難かった。
水場の場所などを記した島の地図。
島の植物、その中でも各種の道具に使える植物や食べられる植物、逆に危険な植物のマップと絵(かなり上手かった)。
島の動物に関する同様の資料。
そして……。
彼が修めていた武術、基本武術や武器の扱いに加えて、六式を修得する為の鍛錬方法。
更に最後の任務で手に入れた悪魔の実。
悪魔の実に関しては、彼が遺した遺書の最後にこうあった。
『もし、貴方が今生き残る力がないならば、きっとこの悪魔の実は貴方の力となるだろう。残念ながら、私もこの悪魔の実が如何なる力を持っているかは知らないが(省略)食べるかどうかは貴方が決めるといい。きっと食べるべきかどうかは既に分かっているだろうから』
そう分かっている。
まず、この島が無人島だという事が確定出来てしまった。
となれば、誰かの助けを得る事は出来ない。自分で頑張るしかない。
武術の教本はあるし、武器も火薬とかを使う銃器はともかく、使えるものもあるだろうが、自分には今を生き残るだけの技量がない。修得するにはそれなりの時間がかかるだろうし、それまで生き延びねばならない。
だから……。
感謝して、覚悟を決め。
自分は悪魔の実を口にした。
拙い。
エグミは酷く、口に残り。
体は吐き出せと訴える。
けれど、自分は無理に口の中に押し込んだ。
少なくとも。
悪魔の実は毒ではない。食べられる。……空腹と脱水症状寸前で死にそうな自分にはそれで十分だった。
とはいえ、さすがに口の中がたまらなかったので、水場でがぶがぶと飲み干して……。
まだ、えぐみが残ってる気もするが落ち着いてきた。
さて、そうなると気になるのは、自分が食べたのが如何なる悪魔の実だったか、だ。
悪魔の実は大きく分ければ三種類。
超人系。
獣人系。
そして、自然系だ。
自然系が最強と謳われているし、実際物凄く強いが、他のだって十分強い。例えば、海賊白ひげのグラグラの実だって、超人系だというし、白ひげの一番隊隊長マルコは獣人系悪魔の実の能力者だ。
それに……。
原作どおりなら、自然系の悪魔の実なんて、殆ど残っちゃいないだろう。
煙、雷、砂、氷、光、闇、火、マグマ。
風はドラゴンくさかったし……。
後は霧、水…は悪魔の実に反するから除くとして、自然現象となるとぱっと思いつくようなものはそうそうない。
さて、そうしてみると、はたしてアレは何だったのか……。
同じCP所属のロブ・ルッチなどは身体能力が純粋に向上する獣人系こそが六式使いには最高なのだと主張していたが……さて。
とばかりに自分の右手を見詰めて、発動させようと意識したその瞬間。
どろりと。
腕が銀色の液体へと溶けて崩れた。
慌てて、拾おうとしてもつるつると更に細かく崩れてしまう。
はた、と気付いて念じるとどうやら自在に動くようで、戻れと念じてみると……腕は銀の光沢などどこにもない、普通の腕へと戻った。
「……なんだ、こりゃーーーーーー!?」
呆然と叫ぶ。
超人系悪魔の実。
メタメタの実、モデル水銀(マーキュリー)。
それが自分が喰った悪魔の実だと理解するにはもう少し時間が必要だった。