東の海の革命軍5
たしぎは激しい戦闘に巻き込まれていた。
既に防衛線はガタガタ。
革命軍は余程周到に準備していたのだろう。酒や食事に仕込まれたのは雇われ者だけでなく、正規の兵も同じ。まともに動けるのはごく僅か。
更には内部からも裏切りが発生した事による影響によって、そんな僅かに残った者も、そうした人間が出る事を想定して待機していた裏切り者達によって次々制圧されてゆく。
「はあっ……はあっ……」
荒い息をつきながら、たしぎは隠れつつ歩を進めていた。
狙いは革命軍の指揮官。
海賊もそうだが、頭を潰すというのは状況を混乱、上手くすれば逆転の一手となりうる手段だ。
実の所、この集団はそれぞれに戦術目標が与えられた上で、最終的な目標やその為の方法、どこまでやるかなど全て事前の手順が決められていた為に、革命軍の指揮官を討ち取った所で最早止まるはずもないのだが、そんな事をたしぎが知る由もない。
そうして、彼女が見つけたのが……。
(……あれ、なの?)
周囲とは明らかに異なる服装。
刀の発祥の地、ワの国風の服装を身に纏い、その手には刀。その拵えを見た瞬間、たしぎは頭に血が昇る。……普段の彼女ならばここまで瞬時に、という事はなかったかもしれないが、現状が現状だ。
ましてや、相手は指揮官、周囲の兵は指示を受け、一時その傍らを離れた……今が好機!
そう判断すると、たしぎは一気に駆け寄り、時雨を抜き放つ。
甲高い音がして、たしぎの時雨が受け止められる。
その相手の獲物は……。
「やはり……業物「深海」……」
「ほう、見ただけでこいつの素性を見抜くか」
ざんばら髪に、ワの国の羽織袴、その上に衣を引っ掛けている壮年の男性だ。
もっとも、今のたしぎに、そんな事を気にしている余裕はない。
「しかし、斬りかかってくるという事は……いや、見た目からして、雇われた賞金稼ぎの1人、という所か。彼らには大人しく眠っていてもらうだけのつもりだったのだがな」
はっきり言ってしまえば、革命軍としては王族貴族さえ倒せれば、後の面々をどうこうするつもりはない。
賞金稼ぎらは雇われただけで、今後の付き合いも考えると無傷で解放した方がいい。
兵士らは頭がいなくなれば、敢えて抵抗しようとは考えないだろうし、下手に彼らを皆殺しにでもしようものなら、今度はこの国を海賊から守る盾がいなくなる。
極力、無傷で。
それが、王国打倒の為の鉄則だ。王族貴族以外にも多数の血が流れれば、当然怨みも生まれるし、国力も下がってしまう。
とはいえ、たしぎには今は関係のない話だ。踏み込んで、斬りつける。
それを相手が受け流し、体勢の崩れた彼女の刀を弾き飛ばそうとする。
しばらく双方打ち合っていたが、腕でいえば、革命軍の剣客の方が明らかに上だった。たしぎが戦えているのは、相手がなるべく怪我をさせまいと無力化を狙っているからに他ならない。
それが分かるだけに、たしぎとしては悔しさを噛み締めざるをえない。
「あなた達は……」
だから彼女は声を出す。
打ち倒して聞く事は最早適うまい。
「何故、平和な国に乱を起こすの……!貴方達悪党がこの国を荒らすなら、私は……止めたい!」
悪党の手にした名刀を取り戻すと謳った所で、この様だ。
「……平和な国か」
それでも、相手も何か思う所があったのだろう。
会話に乗ってきた。
「ならば、聞こう。この国の何処が平和な国だというのだ?」
「?何を……」
問われた意味が、たしぎには分らない。
戦乱に怯える事もなく、海賊に悩まされる事もなく、民が剣を握らずに暮らせる国、それのどこが平和な国ではないというのか。
彼女からすれば、そう思う事でも、他者から見れば、また別の光景が見える。
「貴様は知っているのか?この国で一欠けらのパンがなく、飢えて死んでいく子供達の姿を!」
「……え?」
たしぎはそんな光景は見ていない。
たしぎが見ていたのは、精々表の一歩裏道程度。
更にその陰。
普通に訪れる人間は足を運ばないよう国の人間が注意を促している、入り込んだ場合は責任を持てない犯罪者の巣窟とされている大規模なスラム街が、この国には存在する。
国の顔たる港から上陸し、表の店で食事を取り、すぐに雇われた彼女はそこでの、この国の顔を知らない。
「ぶくぶくに肥え太り、食いきれぬと箸すらつけられずに捨てられる食材の山を!」
「飢える我が子に一欠けらでもと、貴族のゴミ捨て場に忍び込んで、貴族のものに手をつけたと殺される親の姿を!」
だから、彼女はそんな事は知らない。
知らないが故に、ショックを受ける。
呆然とするたしぎに、尚も彼は事実という名の剣を叩きつける。
「貴様がそれを正義というならば、構わん。我々は悪でも構わん」
「だが、奴らの掲げる自分達の為だけの、腐った正義には断じて負けん!負けてはならんのだ!」
吼える相手に、たしぎは何ら反論出来ない。
彼の言う事を虚偽だと決めつける事は簡単だ。
だが、それが真実であったのなら?
彼の語る声に虚偽は感じられない。そうして、ふと彼女は気付いたが、先陣こそ武装集団が取ったようだが、その後に続いて入ってきている人影は明らかに民衆ではないだろうか。
私服のまま、武器も包丁だったり、めん棒だったり、単なる杖だったりと色々だが、それでも長年の怒りを叩き付けんとばかりに我先にと貴族街へ、更にその先の王宮へと突入してゆく。
……つまり、自分が守りたいと思っていた人達に支えられているのは、むしろ革命軍なのではないか?
その王宮もどうやら内部呼応した者達がいたようで、既に突入を許しているらしい。
「あ……」
そんな光景を見て、自分の思いへの困惑と叩きつけられた真実が痛くて。
思わず、たしぎはへたり込んでしまう。
その様子を見て、男はそのまま彼女に背を向け、自身の役割を果たすべく歩み去った。
その背を追おうと思う気持ちは、今のたしぎにはなかった。
たしぎは激しい戦闘に巻き込まれていた。
既に防衛線はガタガタ。
革命軍は余程周到に準備していたのだろう。酒や食事に仕込まれたのは雇われ者だけでなく、正規の兵も同じ。まともに動けるのはごく僅か。
更には内部からも裏切りが発生した事による影響によって、そんな僅かに残った者も、そうした人間が出る事を想定して待機していた裏切り者達によって次々制圧されてゆく。
「はあっ……はあっ……」
荒い息をつきながら、たしぎは隠れつつ歩を進めていた。
狙いは革命軍の指揮官。
海賊もそうだが、頭を潰すというのは状況を混乱、上手くすれば逆転の一手となりうる手段だ。
実の所、この集団はそれぞれに戦術目標が与えられた上で、最終的な目標やその為の方法、どこまでやるかなど全て事前の手順が決められていた為に、革命軍の指揮官を討ち取った所で最早止まるはずもないのだが、そんな事をたしぎが知る由もない。
そうして、彼女が見つけたのが……。
(……あれ、なの?)
周囲とは明らかに異なる服装。
刀の発祥の地、ワの国風の服装を身に纏い、その手には刀。その拵えを見た瞬間、たしぎは頭に血が昇る。……普段の彼女ならばここまで瞬時に、という事はなかったかもしれないが、現状が現状だ。
ましてや、相手は指揮官、周囲の兵は指示を受け、一時その傍らを離れた……今が好機!
そう判断すると、たしぎは一気に駆け寄り、時雨を抜き放つ。
甲高い音がして、たしぎの時雨が受け止められる。
その相手の獲物は……。
「やはり……業物「深海」……」
「ほう、見ただけでこいつの素性を見抜くか」
ざんばら髪に、ワの国の羽織袴、その上に衣を引っ掛けている壮年の男性だ。
もっとも、今のたしぎに、そんな事を気にしている余裕はない。
「しかし、斬りかかってくるという事は……いや、見た目からして、雇われた賞金稼ぎの1人、という所か。彼らには大人しく眠っていてもらうだけのつもりだったのだがな」
はっきり言ってしまえば、革命軍としては王族貴族さえ倒せれば、後の面々をどうこうするつもりはない。
賞金稼ぎらは雇われただけで、今後の付き合いも考えると無傷で解放した方がいい。
兵士らは頭がいなくなれば、敢えて抵抗しようとは考えないだろうし、下手に彼らを皆殺しにでもしようものなら、今度はこの国を海賊から守る盾がいなくなる。
極力、無傷で。
それが、王国打倒の為の鉄則だ。王族貴族以外にも多数の血が流れれば、当然怨みも生まれるし、国力も下がってしまう。
とはいえ、たしぎには今は関係のない話だ。踏み込んで、斬りつける。
それを相手が受け流し、体勢の崩れた彼女の刀を弾き飛ばそうとする。
しばらく双方打ち合っていたが、腕でいえば、革命軍の剣客の方が明らかに上だった。たしぎが戦えているのは、相手がなるべく怪我をさせまいと無力化を狙っているからに他ならない。
それが分かるだけに、たしぎとしては悔しさを噛み締めざるをえない。
「あなた達は……」
だから彼女は声を出す。
打ち倒して聞く事は最早適うまい。
「何故、平和な国に乱を起こすの……!貴方達悪党がこの国を荒らすなら、私は……止めたい!」
悪党の手にした名刀を取り戻すと謳った所で、この様だ。
「……平和な国か」
それでも、相手も何か思う所があったのだろう。
会話に乗ってきた。
「ならば、聞こう。この国の何処が平和な国だというのだ?」
「?何を……」
問われた意味が、たしぎには分らない。
戦乱に怯える事もなく、海賊に悩まされる事もなく、民が剣を握らずに暮らせる国、それのどこが平和な国ではないというのか。
彼女からすれば、そう思う事でも、他者から見れば、また別の光景が見える。
「貴様は知っているのか?この国で一欠けらのパンがなく、飢えて死んでいく子供達の姿を!」
「……え?」
たしぎはそんな光景は見ていない。
たしぎが見ていたのは、精々表の一歩裏道程度。
更にその陰。
普通に訪れる人間は足を運ばないよう国の人間が注意を促している、入り込んだ場合は責任を持てない犯罪者の巣窟とされている大規模なスラム街が、この国には存在する。
国の顔たる港から上陸し、表の店で食事を取り、すぐに雇われた彼女はそこでの、この国の顔を知らない。
「ぶくぶくに肥え太り、食いきれぬと箸すらつけられずに捨てられる食材の山を!」
「飢える我が子に一欠けらでもと、貴族のゴミ捨て場に忍び込んで、貴族のものに手をつけたと殺される親の姿を!」
だから、彼女はそんな事は知らない。
知らないが故に、ショックを受ける。
呆然とするたしぎに、尚も彼は事実という名の剣を叩きつける。
「貴様がそれを正義というならば、構わん。我々は悪でも構わん」
「だが、奴らの掲げる自分達の為だけの、腐った正義には断じて負けん!負けてはならんのだ!」
吼える相手に、たしぎは何ら反論出来ない。
彼の言う事を虚偽だと決めつける事は簡単だ。
だが、それが真実であったのなら?
彼の語る声に虚偽は感じられない。そうして、ふと彼女は気付いたが、先陣こそ武装集団が取ったようだが、その後に続いて入ってきている人影は明らかに民衆ではないだろうか。
私服のまま、武器も包丁だったり、めん棒だったり、単なる杖だったりと色々だが、それでも長年の怒りを叩き付けんとばかりに我先にと貴族街へ、更にその先の王宮へと突入してゆく。
……つまり、自分が守りたいと思っていた人達に支えられているのは、むしろ革命軍なのではないか?
その王宮もどうやら内部呼応した者達がいたようで、既に突入を許しているらしい。
「あ……」
そんな光景を見て、自分の思いへの困惑と叩きつけられた真実が痛くて。
思わず、たしぎはへたり込んでしまう。
その様子を見て、男はそのまま彼女に背を向け、自身の役割を果たすべく歩み去った。
その背を追おうと思う気持ちは、今のたしぎにはなかった。