モーガン討伐記4
殴り飛ばされたクロだったが、実際のダメージは少なかった。
喰らう、と理解した時点でカヤを諦め、後方へと自ら飛んだからだ。そのまま、クロは凄まじい速度で走り去ったが、モーガンは即座に追う、という事は出来なかった。
これで彼がただの一兵卒というなら、それでもいいのだが、今の彼は指揮官だ。
海兵を村人の護衛と追撃とに分ける。
副官に護衛部隊の指揮を預け、村人らに歩み寄った。
村人らは、というとなかなかに盛り上がっているようだ。
どうやら幼馴染なのか、鼻の長めの少年と少女が何やら仲が良さそうな雰囲気で、会話を聞くとあの少年が先程の一撃の主らしい。
ただ、どうも……話自体は妙な方向に流れているらしく……。
『成る程、口先だけの小僧ではないようだな!だが、カヤが欲しければ儂を倒してゆくがいいっ!』
『貴方っ!いきなり何を言ってるんですか!?』
暴走する旦那を妻と思われる女性が張り倒している。
思わず笑いを堪えてしまう。
どこも、旦那はなかなか夫人に頭が上がらないのは変わらないようだ。子供達は子供達で真っ赤になっている。
「失礼、少しよろしいかな?」
とはいえ、延々見ている訳にもいかない。
ひとまず逃げたクロを追跡する事と、警備に海兵の半数を残していく事を伝え、その後、残る半数を率いて、モーガンはクロの追撃に向かった。
一方、クロは、といえば、既に目的地に辿り着いていた。
ジャンゴ海賊団、元クロネコ海賊団の元へ、だ。
何故、ここに、といえば、海軍がいるからだ。
元より、例え1年船を離れようが、キャプテン・クロの統制はそうそう乱れはしない。
命令に従い、海軍の軍艦を発見した時点でその様子を探っていた。
そうして、その船が海軍本部から来たらしい、という話を聞いた時点で、彼らは軽いパニックに陥ってしまった。
『おい、どうしよう!?まさか、海軍本部が俺達狙ってるんじゃ!?』
という訳だ。
無論、過大評価も甚だしいのだが、きっちりと新たな船長として君臨出来るような奴が船にいれば、クロが陸に上がった時点でそっちに実質的な権限が行ってしまう。
それが起きなかったのは、クロの統制が優れていたというのもあるが、それ以上にクロを上回るリーダー的存在がいなかった、という事もある。
結果どうなったかといえば、不安に駆られた彼らは海軍に先んじて、この島に到着していたのである。
もちろん、その後海軍がやって来た事により完全にパニックに陥った彼らをクロは面倒ではあったが、宥めていた。
とはいえ、海軍がいる状況で船を出させる訳にはいかないので、入り江に隠れさせていた訳だが……。
「殺してやる……」
久方ぶりに両手に武器をつける。
『猫の手』と呼ぶ、この武器は指の先に刀がついている手袋と考えればいい。
当然、こんな武器をつけている間は指がつかえないから、眼鏡の位置を直す時も、掌で直す癖がついていた。
実を言えば、戦闘ではなく逃げる事も考えた。
臆病以前に、やり合った所で何も利益はないからだ。
だが、船の出航というものは、時間がかかる。
部下どもは『しばらく大人しくしてるしかねーや』とばかりに、降りていた。それを人員を集めて乗せ、錨を揚げ、帆を展開し、船を動かすのと海兵達が走って追いかけてくるのとどちらが早いか。
間違いなく、後者だろう。
そして、それなら、追いつかれた時点で海賊側の戦闘態勢が整っている方がまだマシだ。
ジャンゴの催眠術に関しては特に何も言わなかった。
ここでジャンゴを処罰した所で利益が何もない、という事もあるし、少し落ち着いて考えれば催眠術が使えるのが世界にジャンゴだけというはずもなし。それに、催眠術はそこまで絶対のものでもない。
別に頭の中身をそっくり書き換える訳ではない。
そんな事が出来るとしたら、悪魔の実ぐらいだろう。
何らかの要因、例えばショックな事であるとかで唐突に忘れていた事などを思い出す事もあるし、催眠術を使われたと気付けば同じ催眠術を使える人間を用いて解こうとする事も可能だろう。
どんなものでも完全なものなどない。
あの時点ではジャンゴの催眠術はきちんとかかっていたし、事実1年余は誰も追っては来なかった。
(また一からやり直ししかないな。とりあえず、海軍の奴らは殺して、シロップ村の連中にも死んでもらわねえとな)
あの長っ鼻野郎はじっくり嬲り殺しにしてやる、そう思う。
ウソップの事は知っていた。
嘘つきではあったが、村人は何故彼が嘘をつくのか知っていたし、村人達にとっては憎めない存在、という奴だった。
だが、それだけにどこまでが本当で、どこまでが嘘か分かりにくい少年だった。
見方を変えれば、自身の実力を隠していた、とも言える。
まあ、いずれにせよとりあえずは……。
「来たか……」
海軍の連中を殺してからだ。
モーガンを先頭として、近づいてくる海兵らに海賊達も臨戦態勢に入る。
ただし、大抵の連中は岩陰などに隠れている。
銃という奴はこれで結構面倒で、一定以上の連中には効果が殆どないのは確かだが、逆に言えば普通の奴には効く。真正面から打ち合いなどしていては、命が幾つあっても足りない。
故に正面から立つのはこちらは4名。海軍は1名。
海軍側にはモーガン海軍本部大尉。
海賊側にはクロ以下ジャンゴ、シャム&ブチのニャーバン兄弟が静かに立つ。
互いに言葉を交わす事はない。
本来ならばクロとしては全員での攻撃を仕掛けたい所だが、クロの最強の攻撃は連携攻撃など不可能だ。
それに普段連携を取っていない者同士がいきなり連携を組んだ所で、よほど相性がよくない限り、むしろ状況は悪化する。
故に、ブチがまずは駆け出す。
シャムの得意技は武器といえば腕に斧が固定されているだけのモーガン相手には有効ではないからだ。金品を盗んだ所で意味はないし、さすがに武器は……あれは盗めないだろう。
ただし、連携しての攻撃は意味がある。
だからこそ一拍遅れて駆け出す。
そこへ。
「嵐波!」
大きく右腕の斧を振りかぶったモーガンが渾身の力を込めて、斧を振り下ろす。
距離は十分あったのだが……。
何を、と馬鹿にする間もなく、放たれた真空の斬撃が慌てて避けたブチの陰、ブチの巨体に隠れての奇襲を仕掛けようとしていた、だがそれ故に自分も前がよく見えなかったシャムに襲い掛かり。
「へ?」
気付いた時には直撃を喰らっていた。
吹き飛ばされるシャムを見ながら、モーガンは呟いた。
「まずは1人」