モーガン討伐記6
【SIDE:海軍】
「何!?それで……そうか」
短距離用の電伝虫で前線と連絡を取り合っていた副官が声を荒げた。
実の所、後方待機していた隊は、村人の護衛任務だけが仕事ではなかった。
今回は、まんまと逃げていたと思われるキャプテン・クロの再捕縛が任務だ。何しろ、海軍側がまんまと騙されて、1度は手配を解いてしまった以上、再度手配を上げるのは海軍の面子が丸つぶれだ。何が何でも、海軍が捕縛しなければならない。
対象がはっきりしている為、モーガンや副官はクロの戦い方をあるだけ手に入れ、対応策を考えた。
ある程度予想していたとはいえ、まさかいきなりシロップ村で出くわすとは思わなかった為に、その為の準備が整っていなかった為に、かといってゆっくり準備していては逃げられる危険があるから、と先遣隊とは別に後から急ぎ運ぶ事になっていたのだ。
だが、その作業を行なう為の海兵が、キャプテン・クロの攻撃で怪我をした、との報告が入った。
こうなると、彼には及ばないが誰か……そう考えた時、ふと思いついた事があった。
褒められた事ではないかもしれない。だが、確率を少しでも上げられるなら……そう考えた副官は……。
【SIDE:クロネコ海賊団】
「いいか、そーっとそーっと、静かに急ぐんだ」
ジャンゴはクロがモーガンとの戦いに向かう前に自分に命じていた事を必死にこなしていた。
もちろん、部下達も必死だ。
ちなみにシャムはブチが決死の思いで回収してきて、今は一足先に船の中だ。
今回の件ではクロから聞いた話では、自分達が襲撃を掛けていない場所から逆にこの村が気付かれたのだという。
さすがに、キャプテンのいる場所には怖くて襲撃なんかかけられなかったのが原因ではあるのだが……あの船長がそんな言い訳を聞いてくれるか、これが終わった後どうなるか考えただけで恐ろしい。
全員、一丸となってとにかく、これ以上不機嫌の種を作らないよう全力を尽くしていた。
【SIDE:戦闘中の2人】
2人の戦闘は長期化していた。
クロが高速移動を繰り返している間は、モーガンは【鉄塊】で耐える。
クロが停止した瞬間に、その位置を確認し、【剃】で移動をかけるのだが、何時停止するかが分からない上に、視線で『どこだ?』と探して、見つけてから移動する為にどうしてもタイムラグが生まれてしまい、その結果としてその間にクロに再度動き出されてしまう。
その繰り返しだった。
両者とも内心では焦っている。
だが、それを表に出す程愚かではない。あくまで表は悠然と、裏では状況の打開の為にそれぞれが打った手が何時完成するかが勝負の鍵になっていた。
そうして、先に準備が整ったのは海軍だった。
戦闘の中、恐るべき正確さで、薄い煙幕弾が飛来した。
戦場の各地に着弾したそれは、煙を発生させたが、それは薄いものだった。
(……どういう事だ?)
クロは不審を感じた。
クロの攻撃は無差別広範囲だ。煙幕が展開されようが、別に関係はない。むしろ、煙幕など展開しては海軍側の方が困るだろう。それにそもそも煙幕自体が確かに狙いこそ正確に見えるが、明らかに薄い。
これでは十分な煙幕としての役割を果たす事は出来ないだろう。
周囲がよく確認出来ないので、一旦停止した瞬間。
クロは目の前にいた斧を振り下ろす姿に戦慄した。
種は簡単だ。
煙というのは確かに視界を狭める。
だが、同時に煙の流れはその中で動く者の動きに追従する。
滅茶苦茶に動かれ続けたら、その内また分からなくなってしまうが、今回は幸いクロ自身も疑問を感じたのか早々に停止してくれた。そして、クロがあの速度で動いている間、周囲が見えないという事は彼自身の動態視力があの速度に追随出来ていない、すなわち【剃】で動けばそれを見る事は出来ないという事。
煙の動きを目で追い、斧を振り上げて構え、停止した瞬間に移動して、後は振り下ろす。
何度も使えない、下手をすれば1度しか使えない奇襲だったが、その機会を見事に捕らえた。
(殺った……!)
モーガンは思ったが、クロもさすがだった。
全力で後ろに下がり……だが、完全には間に合わなかった。
「……以前はお前の右腕を奪った、今回は俺の左腕、か……腹の立つ話だが、これでお相子という所か?」
そう、モーガンの斧はクロの左腕を、その二の腕半ばから先を切り落としていた。
向き合った際、斧に一番近いのは左腕になる。それ故に逃げ損ねた、とでも言えばいいのだろうか?
もっとも、モーガンにしてみれば仕留めたと確信したのに、左腕一本で逃げ切られた、という思いが強い。
煙作戦とて、元々は対クロ対策に悩む中、ふとモーガンがスモーカー准将の事を思い出して提案した事がきっかけだ。とはいえ、むやみやたらに大量に煙幕弾を撒き散らしてもこちらの視界が狭まるだけ。
狙撃手を用いて、戦場の計算された場所に狙って、必要なだけの煙幕弾を撃ち込む必要があった。
が、その肝心の狙撃手が戦闘開始早々に負傷。
これを副官は民間からの協力で最終的に賄った。
……もう、お分かりだろう。
ウソップの見事な狙撃術に目をつけ、一応腕を確認したが、問題ないレベルと判明した時点である種の強制協力要請を行なった。まあ、ウソップ自身が先程の自分の行動に自信をつけていた事もあり、おだてられては結構あっさり協力を了承したのだが。
そして、ウソップは見事に期待に応え、指示通りの場所に指示通りの煙幕弾を着弾させた。
その結果が、今、目の前の光景だった。
「降伏しろ。俺がかつて負ったのと同程度の傷とはいえ、もう戦えまい」
かつて、自分が負ったからこそ分かる。
単純に攻撃力が半減しただけではない。
血止めが出来ぬから、腕からは血が今尚滴り落ち、必然的に体力が奪われてゆく。血止めをしようにも、クロの右手には未だ武器が嵌ったままだ。これでは、腕を紐で縛るなどの止血作業も出来ない。かといって、武器を外している余裕はない。
体力が落ちれば、それは持久力の低下を招く。
このまま我慢比べをした所で、先に限界に達するのはクロだろう。
「ふっ……くだらない事を言う。そうした所で、こちらの未来などないだろう?……表向きは処刑された身だ。改めて秘密裏に処刑されるか、インペルダウンに放り込まれて、世間からは抹殺。そんな処か?」
「………」
モーガンとしても否定出来ない。
海軍の汚点とでも言うべき今回の事態だ。既にキャプテン・クロは処刑された、という事になっている以上、改めて処刑した所でどこからも文句は出まい。
「……それに遅れたが、こちらの準備も出来た」
「なに?」
瞬間、クロが駆けた。
また襲ってくるか、とモーガンは警戒する。煙はといえば、元々モーガンの視界を極力遮らぬよう薄く展開されていた。既に風に流され、消えてしまっている。
だが。
「っ!しまった!」
モーガンの視線が海上を捉えた。
そこには点々と海に浮かぶ数隻の小船。その先にはクロネコ海賊団の母船『ペザン・ブラック号』。
小船を跳ねるようにして、跳ぶ人影が1つ。キャプテン・クロだ。
そして、『ペザン・ブラック号』は出航準備を整えている。
……どうやら海軍と海賊では目指す所が違ったようだ。海軍側があくまで相手を捕縛乃至殺す為に活動したのに対して、海賊側は逃走する為に活動したようだった。まあ、そもそも双方の基準が違うから当然なのかもしれないが。
(……【月歩】があれば、追えたのだが……嵐破では船まで届かんし、船を沈める事も出来ん)
可能なのは、同じように小船を伝って追う事だが……。
銃撃されれば、それだけで足止めされる。【鉄塊】は極々一部の例外を除けば、かけたまま動けるような技ではないからだ。
そのモーガンの視線が、船に辿り着き治療の為に部下が駆け寄るクロと絡んだ。
(逃がさん。いずこへ逃げようとも追って、必ず捕らえる)
(この腕の借り、必ず返す)
互いに相手への殺意を叩き付けたが、それも一瞬だった。
そのまま海賊船は出航してゆき、反対の港まで戻らねば軍艦のない海軍はそれを見送るしかなかったのである。