第六夜:戦争の前兆
青年は軽快な足並みで町を歩く。背中には奇妙な形をした何か。布で包まれている為、それが何かは分からない。
蒼い髪、青い瞳。身長は低く、背中のそれと比べると荷物の方が明らかに大きい。服は銀色を基調した十字架 の入っているコート。
見た目からして、歳は大凡十四から十五と言う辺り。あまり見ない服を着ている為か、周りの人からの好奇の視線が注がれる。
どちらかというと、青年というよりは少年と形容した方があっているのではないかと思える姿。しかし、実際の年齢は二十歳前後である。
「ま、待ってくださいよー」
慌てたように後ろから声がかかる。追いついて来た長身の女性は息を整えながら青年に続く。
青年は振り返ってその女性を視界に入れ、指差す。
「お前、遅い。もうちょっと早く行動、できねーの?」
妙な所で区切る話し方をしながら、青年は眠そうに大きく欠伸をし、また前を向いて歩きだす。
「そ、そんなこと言われても……私だっていろいろと都合と言うモノが……」
腰まである長い黒髪を振りながら、青年の後に続く。
ぼそぼそと自信なさげに話すので、青年からすれば相手するのも面倒なのだ。
そんな時、青年は動きを止めた。女性はそれを訝しがって口を開こうとするが、次の瞬間には爆音が耳に届いた。
町を破壊しつつ、弾丸が放たれる。青年はそれを避けながら冷静に分析する。
「奴さん、が来た。やっぱりいた、か。AKUMA」
ボール型、数体現れたLv1のAKUMAを視界に入れ、背中に背負っているソレを取り出す。
直径15㎝、全長180㎝程度の杭に持ち手、使用者を守るための装甲、射出機を無理矢理くっつけたような少々不出来な感じがする武器。
「イノセンス発動。『銀の杭打ち機 』」
発動と共にソレが淡く白い光に包まれ、神秘的な輝きを魅せる。
「あ、アクマ!? こ、ここじゃ無くて、もうちょっと南じゃ無かったんですかぁっ!?」
慌てたように話だし、分かりやすくパニックに陥る。大丈夫かこいつ? と青年が思ったのも間違いでは無い。
「お前、は隠れてろ。邪魔」
それだけ告げ、魔法で身体強化を施し、町を三次元的に駆ける。
タ、タンッ。と町の建物の壁を走り、AKUMAの頭上へと飛んだ。
射出する武器である以上、射程距離はそれなりに長い。だが、この武器に関しては近づいた方が威力は断然高い為、AKUMAに撃たれる危険性を持っていても近づき、放つ。
「ぶっ壊す」
小さく呟き、青年は武器を構える。扱い慣れた動作で狙いを定め、ある程度距離が近づいた段階で、放った。
高速で射出された杭はAKUMAのボディを貫き、破壊する。他のAKUMAから放たれた弾丸を装甲で受け流しつつ、また町を駆ける。
体に似合わない長大な武器だが、重ささえ感じない様な動きを見せて走り回る。いや、実際に重さは無い 。
大抵のイノセンスの適合者は、対アクマ武器の重さを感じない。シンクロ出来る神の使徒である以上、何らかの加護は存在すると言う事だ。
逆に言えば、適合者で無ければそれ相応の重さが発生すると言う事でもある。
射出された杭が何処からともなく装填され、別のAKUMAに狙いを定め、放つ。真正面から放たれた杭はAKUMAの体を貫いて爆発させ、破壊する。
「後三た、い」
面倒だと言わんばかりのダウナーなテンションで次々と杭を放つ。空中で魔法陣を足場に移動し、弾丸を避けつつ破壊する。
魔法も多少使えるが、イノセンスを使った方が手っ取り早く、簡単だ。そもそも攻撃魔法も魔法の射手程度しか会得していないのだし。
「終了、だ」
最後の一体を破壊した事を確認したうえで、そう一人ごちた。
他にいない事を確認したうえでイノセンスの発動を解き、布で包んで見えない様にして背負う。そうしながら、あの女は無事か。と思い出す。
忘れられていた女はというと、AKUMAの攻撃から逃げ切った様で、軽く息を切らしつつも青年の前に現れた。
「ビックリしました。この辺にもAKUMAが居るんですね」
「連中はどこにでもい、る。それより、もっと南だろ、う。任務先」
「あ、はい。えっと、ここがグラニクスですから……ヘカテスからもう少し先に行った場所で、結構な数のAKUMAを発見したそうです。後二人のエクソシストが道中で合流予定。その後討伐の流れですね」
「……どうに、も。キナ臭い、な」
ポツリと漏らす呟き。小さな疑問。
そもそも、この辺りではAKUMAは殆ど見かけていなかった。どちらかといえば、この北の方面で大量のAKUMAが見つかった事もある位だ。
龍山山脈の辺りは伯爵の根城とも言われており、実際そこに行って帰って来た者はいないと聞く。エクソシスト達も一度討伐隊が編成されたが、かなりの数のAKUMAを発見して中断せざるを得なかった位だ。
しかも、最近は連合と帝国の中が著しく悪くなっている。何と形容すればいいのか分からないが、誰かが そうさせている様な 感じ。
戦争の被害にあわない様に、AKUMAを退避させたとも取れる様な不自然な動き。ここ最近帝国内と連合内、アリアドネー領でのAKUMAの被害が少なくなっているとも聞く。
上層部は、伯爵はエクソシストに恐れをなしたのだ。等と馬鹿な事を抜かしているようだが、そんな事は連合のエクソシストは誰も信用していない。
所属は違っても、エクソシスト同士で連絡を取り合う事がままある。敵は同じなのだ、情報は提供する事もある。上層部はいがみ合っている所為でまともな連携や連絡が取れないのだが。
そこから得た情報。
「…………」
予想が正しければ、近々大規模な戦争でも始まるかもしれない。だが、人同士で争うのには興味は無い。イノセンスはAKUMAを破壊する為に存在する。
人を殺す為の武器では、無い。
「ともかく、AKUMAを破壊するだ、け」
戦争は聖職者の領分では無いと、青年は考える事を放棄した。
●
1980年。魔法世界、メガロメセンブリア北部。とある巨大施設。
その中を、資料に目を通しながら歩く一人の男性がいた。短い金髪、金目に低い鼻。特徴的なモノは特に無い、普遍的とでも形容すべき顔。
体は細いが、持っている資料の量を見る限り其処まで非力という訳でも無い様だ。何せ、四十センチはあろうかという紙束を片手で持っているのだから。……魔法で筋力の底上げはしているが。
「班長、ご苦労様です」
「おう、御苦労さん」
「班長、お疲れーっす」
「おう、お疲れ。お前等ちゃんと寝ろよ?」
労いの言葉をかけてくる班員。寝不足の所為か眼の下のクマが凄い事になっている者もちらほらといる。
珈琲を飲んで何とか誤魔化してる感じで、数名目がうつろで起きてるかどうかも怪しい者もいる。ソレを見て苦笑しつつ、他の部下に運ばせる。
倒れないだけマシな方か。と一人ごちて、歩を進める。
コンコン、とノックをしてドアを開ける。中には自分と同じように白衣を着た女性。その傍には白いローズクロスの入った制服。
爆睡しているのか、机に突っ伏していてノックの音も聞こえていない。
揺すっても起きず、声を出しても起きない。どうしたもんかと頭を悩ませ、結論を出した。
「局長、元老院が来てますよ」
「ジジイ共は追い返せぇぇぇ!!」
勢いよく顔を上げて叫ぶ。長く黒いストレートの髪がなびき、貞子の様に顔の前に垂れる。名前が書かれたプレートが床に落ちて音が鳴り、ソレを男が拾う。
『アリシア・J・クロート』と書かれた名前プレートだ。メセンブリーナ連合第十三機関、局長。
髪を後ろに戻し、近くに置いていた髪留めで一つに結び、班長と呼ばれた男を見た。男はプレートを戻している途中でアリシアの方を見る。
「……で、ジジイが来たって? ぶっ殺せ。あんな老害なんざ居たってな、百害あって一利なしって奴だ」
寝起きで相当不機嫌な顔をしながら、そんな事を口走る。中間管理職としては致命的な言葉になるのだろうが、生憎とこの女性にそんな言葉は通じない。
歳は見た目からして二十歳前後。かなり若い。
「来てません。起きないからです。で、これ仕事ッス」
「眠らせろ。せめて後一時間で良いから眠らせろよクライド君」
眠気が取れていないが、鋭い目つきでクライドと呼ばれた男を見る。アリシアの眼の下にはクマが出来ており、どれだけ多忙か分かる。
「俺も寝て無いんです。我慢してください。で、長門 からの報告ですが」
「長門? ……ああ、『杭打ち』の」
数秒考えつつ、結論を出す。眼が覚めたばかりで頭が回っていない様だ。
「AKUMA討伐には成功。唯、ウイルスにこそ感染していませんが、右手に重傷を負ったと」
資料をめくりながら、次々と報告を続ける。怪我をした、という部分で若干詰まりつつ、続けていく。
「原因は?」
「味方と一般人を庇った事による怪我。庇われた探索部隊 の女性及び一般人は無傷です」
「ふむ、出来ればエクソシストにこそ怪我をさせたくないのだがな」
「それ以外は全員軽傷で済んでいます。……やはり、治癒魔法を覚えさせた方がいいのでは?」
「私個人としてもそれは上に言ったさ。だが、そんな物は部下にでもやらせろ、そんな事をしている暇があるならエクソシストにAKUMAを殺させろ。って言っててな」
溜息をつきつつ、手元の資料をクライドに投げた。
『エクソシストの魔法技術について』と銘打たれた資料だ。パラパラと目を通すと、作戦時に置いてエクソシストの生存率と戦闘能力の向上を掲げたプランと言える。
「これは?」
「私が考えたモノだ。だが、あのジジイ共め、読む間もなく却下して来やがった」
忌々しい、とでも言いたげに顔を歪める。元老院が嫌いというのは、この辺りに原因があるらしい。
「確かに治癒魔法を使える部下を連れていくのもいいが、それだけでは不十分だ。そもそも、対AKUMA機関が新旧両世界に置いて、大規模なモノに分類すれば四つもあると言うのも問題だろうな」
イノセンスの激しい争奪戦。派閥が分かれた所為で、敵が千年伯爵に留まらなくなってしまった。
部隊を編成してイノセンスを回収させに行っても、帝国やアリアドネー、更には旧世界の組織まで動いている。
理由など、考えるまでも無い。千年伯爵に対抗する為に、だ。
どの道適合者はどれだけ探そうと一人しかいないのだし、どこが持とうと同じだという持論を、アリシアは持っている。
百九のイノセンス。同数の適合者。
ソレに対し、無数のAKUMA。千年伯爵。
未だどの勢力にも、ノアは見つかっていない。滅多に表に出てこないのだから当然と言えば当然なのだろうが。
協力すべきだと要請してはいるが、上層部のいがみ合いの所為でソレもうまくいかない。
大きなものだと、六年ほど前に百人単位で死亡者を出したイノセンス争奪戦もある。結局、ソレは漁夫の利を狙っていたアリアドネーに回収されてしまったが。
これでは、伯爵の思い通りだ。
残った者が、死んだ者を求めないとは限らない。AKUMAにならないと言い切れない。
戦闘し、戦死者を出す度、AKUMAは増えていく。上層部はそれを知っている筈なのだ。
なのに、争いを止めない。
「叩くべき敵は、目の前にいるのにな」
「歯痒いですね。俺らも、こんな事しか出来ませんし」
「だが、イノセンスに選ばれ無かっただけだ。我々にも出来る事はある」
机に足を組んで乗せ、背もたれに思いっきりもたれかかって背伸びをする。不自然な体制で寝ていたせいか、体の其処彼処が痛む。
肩や肘等を動かしながら、クライドの持って来た仕事に目を通す。
元老院が嫌いではあるが、アリシアはかなり有能だ。だからこそ、元老院も彼女を切れない。切る事が出来ない。
「……今度は、イギリスの奥地でイノセンスが見つかったか」
「アリアドネーが既に確保に向かっている様ですが、帝国はまだ動いて無い様です」
旧世界の情報は入ってくるが、其処まで詳しいものでは無い。
何故か、と言えば、魔法を知らない一般人がいる旧世界では、公に捜査を行えない。魔法バレという危険性がある以上、魔法バレの危険が無い新世界で過ごした者達は、大雑把に仕事をする事が出来ないのだ。
それに比べ、旧世界の組織は自分達が住んでいる世界の事だけあってスムーズに行える。
イノセンス自体が旧世界にしか無い物であり、希少価値が異常なまでに高い。AKUMAを壊す事は魔法でも出来ない事は無いが、難しい。
相性とでもいうのだろうか。戦闘に置いて、イノセンスでやれば簡単に倒せるLv1のAKUMAも、魔法でやれば厄介な敵となる。
「アリアドネーが動いたのはいつだ?」
「大凡三日前。旧世界にわたるゲートが開いていない為、今の段階では立ち往生しているみたいですね」
「なら、まだ間に合うだろう。探索部隊 を招集、部隊編成して直ぐに旧世界に送る」
旧世界の組織に渡れば、イノセンスを解析される可能性がある。別に構わないが、ソレを過剰に騒ぎたててメガロに不利益になると厄介だ。
「それと……こっちは、AKUMAの討伐か。エクソシストで今動ける奴は何人いる?」
「元帥含め十二名中二人は行方不明。連絡の付く七名は任務中、残り三名は待機していますが、けが人です」
「……七人の内、傷が少ない奴は?」
「元帥を除いて、大凡二人です」
次の任務は、かなりの量のAKUMAがいるらしい。帝国やアリアドネーにもエクソシストは居るが、人数は連合より少ない。
アリアドネーは質で劣るとは考えていないし、帝国は大規模な魔道兵器を用意してもいる。エクソシストが多いと言う連合の利点 ではあまり意味が無い。
「……ウチの妹である行方不明のバカ一人含む元帥達は、今は旧世界を回っている途中だったな」
適合者は一人しかいない。だが、新旧両世界合わせてもイノセンスの数は変わらないが、適合者の可能性のある人物は増える事になる。
端的に言って、二つの世界を行き来する必要性があるのだ。
とはいえ、AKUMAは擬態できる。現代の町でその姿をさらせば、瞬く間に世界中はパニックに陥るだろう。
ソレを起きない様に処理するのも、元帥の仕事の一つだ。
ちなみに言っておくと、もう一人の行方不明者は普通のエクソシストである。
「怪我が治るまで待つしかあるまい。今行っても怪我を増やすだけだろう」
凛とした雰囲気でそう告げる。
連合は人使いが荒いな。とアリシアは一人ごちた。
全くです。とクライドは同意した。
そんな時、誰かがノックもせずに慌てた様子で走って入ってきた。
「どうした、そんなに慌てて」
「きょ、局長! た、大変です!」
息を切らしながら話す為、聞きとり辛い。一旦深呼吸させ、落ち着かせてから話させる。
男は驚きに染まった顔のまま、告げた。
「ソラリス元老院議員が……帝国領内で、亜人の子供を殺しました」
あとがき
大戦編へと突入しました。にじファンでのこの時代はナギ達の描写が多かった訳ですが、ノア側の視点を増やしていく予定です。
……遅れないと良いんですが。
青年は軽快な足並みで町を歩く。背中には奇妙な形をした何か。布で包まれている為、それが何かは分からない。
蒼い髪、青い瞳。身長は低く、背中のそれと比べると荷物の方が明らかに大きい。服は
見た目からして、歳は大凡十四から十五と言う辺り。あまり見ない服を着ている為か、周りの人からの好奇の視線が注がれる。
どちらかというと、青年というよりは少年と形容した方があっているのではないかと思える姿。しかし、実際の年齢は二十歳前後である。
「ま、待ってくださいよー」
慌てたように後ろから声がかかる。追いついて来た長身の女性は息を整えながら青年に続く。
青年は振り返ってその女性を視界に入れ、指差す。
「お前、遅い。もうちょっと早く行動、できねーの?」
妙な所で区切る話し方をしながら、青年は眠そうに大きく欠伸をし、また前を向いて歩きだす。
「そ、そんなこと言われても……私だっていろいろと都合と言うモノが……」
腰まである長い黒髪を振りながら、青年の後に続く。
ぼそぼそと自信なさげに話すので、青年からすれば相手するのも面倒なのだ。
そんな時、青年は動きを止めた。女性はそれを訝しがって口を開こうとするが、次の瞬間には爆音が耳に届いた。
町を破壊しつつ、弾丸が放たれる。青年はそれを避けながら冷静に分析する。
「奴さん、が来た。やっぱりいた、か。AKUMA」
ボール型、数体現れたLv1のAKUMAを視界に入れ、背中に背負っているソレを取り出す。
直径15㎝、全長180㎝程度の杭に持ち手、使用者を守るための装甲、射出機を無理矢理くっつけたような少々不出来な感じがする武器。
「イノセンス発動。『
発動と共にソレが淡く白い光に包まれ、神秘的な輝きを魅せる。
「あ、アクマ!? こ、ここじゃ無くて、もうちょっと南じゃ無かったんですかぁっ!?」
慌てたように話だし、分かりやすくパニックに陥る。大丈夫かこいつ? と青年が思ったのも間違いでは無い。
「お前、は隠れてろ。邪魔」
それだけ告げ、魔法で身体強化を施し、町を三次元的に駆ける。
タ、タンッ。と町の建物の壁を走り、AKUMAの頭上へと飛んだ。
射出する武器である以上、射程距離はそれなりに長い。だが、この武器に関しては近づいた方が威力は断然高い為、AKUMAに撃たれる危険性を持っていても近づき、放つ。
「ぶっ壊す」
小さく呟き、青年は武器を構える。扱い慣れた動作で狙いを定め、ある程度距離が近づいた段階で、放った。
高速で射出された杭はAKUMAのボディを貫き、破壊する。他のAKUMAから放たれた弾丸を装甲で受け流しつつ、また町を駆ける。
体に似合わない長大な武器だが、重ささえ感じない様な動きを見せて走り回る。いや、実際に重さは
大抵のイノセンスの適合者は、対アクマ武器の重さを感じない。シンクロ出来る神の使徒である以上、何らかの加護は存在すると言う事だ。
逆に言えば、適合者で無ければそれ相応の重さが発生すると言う事でもある。
射出された杭が何処からともなく装填され、別のAKUMAに狙いを定め、放つ。真正面から放たれた杭はAKUMAの体を貫いて爆発させ、破壊する。
「後三た、い」
面倒だと言わんばかりのダウナーなテンションで次々と杭を放つ。空中で魔法陣を足場に移動し、弾丸を避けつつ破壊する。
魔法も多少使えるが、イノセンスを使った方が手っ取り早く、簡単だ。そもそも攻撃魔法も魔法の射手程度しか会得していないのだし。
「終了、だ」
最後の一体を破壊した事を確認したうえで、そう一人ごちた。
他にいない事を確認したうえでイノセンスの発動を解き、布で包んで見えない様にして背負う。そうしながら、あの女は無事か。と思い出す。
忘れられていた女はというと、AKUMAの攻撃から逃げ切った様で、軽く息を切らしつつも青年の前に現れた。
「ビックリしました。この辺にもAKUMAが居るんですね」
「連中はどこにでもい、る。それより、もっと南だろ、う。任務先」
「あ、はい。えっと、ここがグラニクスですから……ヘカテスからもう少し先に行った場所で、結構な数のAKUMAを発見したそうです。後二人のエクソシストが道中で合流予定。その後討伐の流れですね」
「……どうに、も。キナ臭い、な」
ポツリと漏らす呟き。小さな疑問。
そもそも、この辺りではAKUMAは殆ど見かけていなかった。どちらかといえば、この北の方面で大量のAKUMAが見つかった事もある位だ。
龍山山脈の辺りは伯爵の根城とも言われており、実際そこに行って帰って来た者はいないと聞く。エクソシスト達も一度討伐隊が編成されたが、かなりの数のAKUMAを発見して中断せざるを得なかった位だ。
しかも、最近は連合と帝国の中が著しく悪くなっている。何と形容すればいいのか分からないが、
戦争の被害にあわない様に、AKUMAを退避させたとも取れる様な不自然な動き。ここ最近帝国内と連合内、アリアドネー領でのAKUMAの被害が少なくなっているとも聞く。
上層部は、伯爵はエクソシストに恐れをなしたのだ。等と馬鹿な事を抜かしているようだが、そんな事は連合のエクソシストは誰も信用していない。
所属は違っても、エクソシスト同士で連絡を取り合う事がままある。敵は同じなのだ、情報は提供する事もある。上層部はいがみ合っている所為でまともな連携や連絡が取れないのだが。
そこから得た情報。
「…………」
予想が正しければ、近々大規模な戦争でも始まるかもしれない。だが、人同士で争うのには興味は無い。イノセンスはAKUMAを破壊する為に存在する。
人を殺す為の武器では、無い。
「ともかく、AKUMAを破壊するだ、け」
戦争は聖職者の領分では無いと、青年は考える事を放棄した。
●
1980年。魔法世界、メガロメセンブリア北部。とある巨大施設。
その中を、資料に目を通しながら歩く一人の男性がいた。短い金髪、金目に低い鼻。特徴的なモノは特に無い、普遍的とでも形容すべき顔。
体は細いが、持っている資料の量を見る限り其処まで非力という訳でも無い様だ。何せ、四十センチはあろうかという紙束を片手で持っているのだから。……魔法で筋力の底上げはしているが。
「班長、ご苦労様です」
「おう、御苦労さん」
「班長、お疲れーっす」
「おう、お疲れ。お前等ちゃんと寝ろよ?」
労いの言葉をかけてくる班員。寝不足の所為か眼の下のクマが凄い事になっている者もちらほらといる。
珈琲を飲んで何とか誤魔化してる感じで、数名目がうつろで起きてるかどうかも怪しい者もいる。ソレを見て苦笑しつつ、他の部下に運ばせる。
倒れないだけマシな方か。と一人ごちて、歩を進める。
コンコン、とノックをしてドアを開ける。中には自分と同じように白衣を着た女性。その傍には白いローズクロスの入った制服。
爆睡しているのか、机に突っ伏していてノックの音も聞こえていない。
揺すっても起きず、声を出しても起きない。どうしたもんかと頭を悩ませ、結論を出した。
「局長、元老院が来てますよ」
「ジジイ共は追い返せぇぇぇ!!」
勢いよく顔を上げて叫ぶ。長く黒いストレートの髪がなびき、貞子の様に顔の前に垂れる。名前が書かれたプレートが床に落ちて音が鳴り、ソレを男が拾う。
『アリシア・J・クロート』と書かれた名前プレートだ。メセンブリーナ連合第十三機関、局長。
髪を後ろに戻し、近くに置いていた髪留めで一つに結び、班長と呼ばれた男を見た。男はプレートを戻している途中でアリシアの方を見る。
「……で、ジジイが来たって? ぶっ殺せ。あんな老害なんざ居たってな、百害あって一利なしって奴だ」
寝起きで相当不機嫌な顔をしながら、そんな事を口走る。中間管理職としては致命的な言葉になるのだろうが、生憎とこの女性にそんな言葉は通じない。
歳は見た目からして二十歳前後。かなり若い。
「来てません。起きないからです。で、これ仕事ッス」
「眠らせろ。せめて後一時間で良いから眠らせろよクライド君」
眠気が取れていないが、鋭い目つきでクライドと呼ばれた男を見る。アリシアの眼の下にはクマが出来ており、どれだけ多忙か分かる。
「俺も寝て無いんです。我慢してください。で、
「長門? ……ああ、『杭打ち』の」
数秒考えつつ、結論を出す。眼が覚めたばかりで頭が回っていない様だ。
「AKUMA討伐には成功。唯、ウイルスにこそ感染していませんが、右手に重傷を負ったと」
資料をめくりながら、次々と報告を続ける。怪我をした、という部分で若干詰まりつつ、続けていく。
「原因は?」
「味方と一般人を庇った事による怪我。庇われた
「ふむ、出来ればエクソシストにこそ怪我をさせたくないのだがな」
「それ以外は全員軽傷で済んでいます。……やはり、治癒魔法を覚えさせた方がいいのでは?」
「私個人としてもそれは上に言ったさ。だが、そんな物は部下にでもやらせろ、そんな事をしている暇があるならエクソシストにAKUMAを殺させろ。って言っててな」
溜息をつきつつ、手元の資料をクライドに投げた。
『エクソシストの魔法技術について』と銘打たれた資料だ。パラパラと目を通すと、作戦時に置いてエクソシストの生存率と戦闘能力の向上を掲げたプランと言える。
「これは?」
「私が考えたモノだ。だが、あのジジイ共め、読む間もなく却下して来やがった」
忌々しい、とでも言いたげに顔を歪める。元老院が嫌いというのは、この辺りに原因があるらしい。
「確かに治癒魔法を使える部下を連れていくのもいいが、それだけでは不十分だ。そもそも、対AKUMA機関が新旧両世界に置いて、大規模なモノに分類すれば四つもあると言うのも問題だろうな」
イノセンスの激しい争奪戦。派閥が分かれた所為で、敵が千年伯爵に留まらなくなってしまった。
部隊を編成してイノセンスを回収させに行っても、帝国やアリアドネー、更には旧世界の組織まで動いている。
理由など、考えるまでも無い。千年伯爵に対抗する為に、だ。
どの道適合者はどれだけ探そうと一人しかいないのだし、どこが持とうと同じだという持論を、アリシアは持っている。
百九のイノセンス。同数の適合者。
ソレに対し、無数のAKUMA。千年伯爵。
未だどの勢力にも、ノアは見つかっていない。滅多に表に出てこないのだから当然と言えば当然なのだろうが。
協力すべきだと要請してはいるが、上層部のいがみ合いの所為でソレもうまくいかない。
大きなものだと、六年ほど前に百人単位で死亡者を出したイノセンス争奪戦もある。結局、ソレは漁夫の利を狙っていたアリアドネーに回収されてしまったが。
これでは、伯爵の思い通りだ。
残った者が、死んだ者を求めないとは限らない。AKUMAにならないと言い切れない。
戦闘し、戦死者を出す度、AKUMAは増えていく。上層部はそれを知っている筈なのだ。
なのに、争いを止めない。
「叩くべき敵は、目の前にいるのにな」
「歯痒いですね。俺らも、こんな事しか出来ませんし」
「だが、イノセンスに選ばれ無かっただけだ。我々にも出来る事はある」
机に足を組んで乗せ、背もたれに思いっきりもたれかかって背伸びをする。不自然な体制で寝ていたせいか、体の其処彼処が痛む。
肩や肘等を動かしながら、クライドの持って来た仕事に目を通す。
元老院が嫌いではあるが、アリシアはかなり有能だ。だからこそ、元老院も彼女を切れない。切る事が出来ない。
「……今度は、イギリスの奥地でイノセンスが見つかったか」
「アリアドネーが既に確保に向かっている様ですが、帝国はまだ動いて無い様です」
旧世界の情報は入ってくるが、其処まで詳しいものでは無い。
何故か、と言えば、魔法を知らない一般人がいる旧世界では、公に捜査を行えない。魔法バレという危険性がある以上、魔法バレの危険が無い新世界で過ごした者達は、大雑把に仕事をする事が出来ないのだ。
それに比べ、旧世界の組織は自分達が住んでいる世界の事だけあってスムーズに行える。
イノセンス自体が旧世界にしか無い物であり、希少価値が異常なまでに高い。AKUMAを壊す事は魔法でも出来ない事は無いが、難しい。
相性とでもいうのだろうか。戦闘に置いて、イノセンスでやれば簡単に倒せるLv1のAKUMAも、魔法でやれば厄介な敵となる。
「アリアドネーが動いたのはいつだ?」
「大凡三日前。旧世界にわたるゲートが開いていない為、今の段階では立ち往生しているみたいですね」
「なら、まだ間に合うだろう。
旧世界の組織に渡れば、イノセンスを解析される可能性がある。別に構わないが、ソレを過剰に騒ぎたててメガロに不利益になると厄介だ。
「それと……こっちは、AKUMAの討伐か。エクソシストで今動ける奴は何人いる?」
「元帥含め十二名中二人は行方不明。連絡の付く七名は任務中、残り三名は待機していますが、けが人です」
「……七人の内、傷が少ない奴は?」
「元帥を除いて、大凡二人です」
次の任務は、かなりの量のAKUMAがいるらしい。帝国やアリアドネーにもエクソシストは居るが、人数は連合より少ない。
アリアドネーは質で劣るとは考えていないし、帝国は大規模な魔道兵器を用意してもいる。エクソシストが多いと言う連合の
「……ウチの妹である行方不明のバカ一人含む元帥達は、今は旧世界を回っている途中だったな」
適合者は一人しかいない。だが、新旧両世界合わせてもイノセンスの数は変わらないが、適合者の可能性のある人物は増える事になる。
端的に言って、二つの世界を行き来する必要性があるのだ。
とはいえ、AKUMAは擬態できる。現代の町でその姿をさらせば、瞬く間に世界中はパニックに陥るだろう。
ソレを起きない様に処理するのも、元帥の仕事の一つだ。
ちなみに言っておくと、もう一人の行方不明者は普通のエクソシストである。
「怪我が治るまで待つしかあるまい。今行っても怪我を増やすだけだろう」
凛とした雰囲気でそう告げる。
連合は人使いが荒いな。とアリシアは一人ごちた。
全くです。とクライドは同意した。
そんな時、誰かがノックもせずに慌てた様子で走って入ってきた。
「どうした、そんなに慌てて」
「きょ、局長! た、大変です!」
息を切らしながら話す為、聞きとり辛い。一旦深呼吸させ、落ち着かせてから話させる。
男は驚きに染まった顔のまま、告げた。
「ソラリス元老院議員が……帝国領内で、亜人の子供を殺しました」
あとがき
大戦編へと突入しました。にじファンでのこの時代はナギ達の描写が多かった訳ですが、ノア側の視点を増やしていく予定です。
……遅れないと良いんですが。