第十夜:進み続ける時の針
あれから一カ月が経った。
元帥であるクレアはあの後直ぐに、
「ちょっと派手に暴れ過ぎたから、連合に目を付けられるかもしれないし、ここでお別れよ」
と言って去って行った。連絡を取れるようにしておいたので、恐らくまた会う機会があるだろう。
目的は同じ。千年伯爵を倒す事。
イノセンスを使わずにLv3を倒せるナギ達は、戦力としては申し分ない。クレアからしても三人は掘り出し物だった。
その三人は町の宿で休み、連合からの指示を受けて何度か戦場で戦い、名を馳せた。AKUMAとも何度か戦い、その度にボロボロになりつつも勝利していた。
その中でエクソシストとも知り合いとなり、連絡を定期的に取る位仲の良くなった者達もいる。
戦場では高速で戦闘を終わらせ、出来得る限り最低限の人的被害に抑えようと動いていた。
そして、連合からの連絡を受けて、ナギ達はオスティアへと向かっていた。
帝国が『聖地奪還』と称して侵攻を行っている事はナギ達の耳にも入っている。
今はまだ連合が戦っているだろう。だが、ひとたびそれが崩れる事になれば、あっという間にオスティアは落ちる。
原因は国力の違いでもあれば、兵力の違いでもあるし、王であるアベルが違和感を持たれない程度に戦術などを帝国に流しているから、と言う事も含めてだ。
死人を増やす事が伯爵が戦争を起こした目的と取ってもいいのだ、出来得る限り戦闘を長引かせ、兵力を互いに削ぎ落す必要がある。
連合の兵を増強して送る、という事も、紅き翼は連絡を受けていた。
だが、安心は出来ない。元々亜人と唯の人間では地力に差がある上に、場所が場所。グレート・ブリッジまで攻め落とされれば、後は帝国のなすがままにされるだけだ。
正規兵もいれば、義勇軍の様に招集した者達もいる。戦場はオスティアだけではないが、今世界で一番注目されているのはオスティアだった。
そして、現在。
遠くに見える戦火を忌々しく思いながら、ナギは更に速度を上げる。
「オイ、飛ばし過ぎだ! 幾らなんでもばてるぞ!」
「だが、いそがねぇと完全に落とされるぞ!!」
詠春の言葉に、怒鳴り散らす様にナギが返す。
多数の鬼神兵に戦艦。精霊砲を積んだ最新鋭の魔道兵器だ。恐らく帝国が連合の壁を突破して侵攻を始めたのだろう。
「ですが、今急ぎ過ぎて着いたときにバテバテでは、役に立つ者も立ちませんよ」
冷静に、アルが告げる。血が上った頭を冷やせと、言外に告げる言葉だ。
「……分かってる」
数日前まで、連合が駐屯しているからと楽観視していた自分が恨めしい。人が死ねば、それだけAKUMAが作られる可能性があると言うのに。
「クソッ、気にいらねェぜ……」
苛立ちを抑え、魔力を確実に使えるように練り上げながら、ナギは呟く。
その時、前方で放たれた精霊砲が"何か"にかき消された。
帝国の通信が夜空に響き、遠く離れたナギ達にまで聞こえてくる。情報の秘匿など考えていない。圧倒的な量で攻め落とす気でいる。
『精霊砲全弾消失!』
『消失だと!? 王都の魔法障壁では無いのか!? まさか……!』
『広域魔力減衰現象を確認……減衰速度加速中、間違いありません。"黄昏の姫御子"です!!』
帝国の連絡が聞こえたナギは、それに疑問を抱く。
「黄昏の姫御子……なんだってそんなモン!?」
「歴史と伝統が売りの小国では他に手は無いでしょう」
「だが王族だろ? まだ小さな女の子だって聞くぜ」
苛立ちが増す。そんなことまでして、自分の命を守ろうとしているのか、と。
人間なら、誰しも死ぬ事は恐怖だ。死とは終わりであって、それ以上でもそれ以下でも無い。だからこそ畏怖し、何に変えても自分の命を守ろうとする。
「戦争ですからね……向こうの真の目的も、恐らく。それに少女の年齢も私と同じで見た目通りとは……」
アルがそう言う。兵器として扱われるような存在である以上、それが人間である以上、生き延びる事に必死な物は者は、是が非でもいついかなる時も使える様にしておきたいのだろう。
例え強力無比な精霊砲でも、彼女の力を持ってすれば防ぐ事は容易い。
だが、それは純粋な魔力などを使った魔法攻撃に限ってのことだ。純物理攻撃には意味を成さない。
●
アスナは、心の中で小さくため息を吐く。
"この力"を使うのは、正直言ってあまり気分がいいものでは無い。無理矢理魔法陣で増幅させ、防御結界として展開する魔法無効化の壁。やろうと思えば陣そのものを破壊する事は容易だ。
ここしばらく、暇なときにエヴァから魔法を習っているため、これ位は可能だ。
純粋な物理攻撃に弱いと言う弱点はあるが、それを差し引いても十分にお釣りが来るくらい強力な能力。
代償として、アスナは命を削る事になる。使えば使う程寿命は縮まっていく。
しかし、オスティアの身の保身を考える者達は、それを許さなかった。
犯罪者、死刑囚、奴隷。何でもいい。それらの命を吸い取り、人工的でいて生命のエネルギーとなるそれを、アスナへと移したのだ。
それによって体の成長は止まり、薬で体の調子を整える様な状態を何十年も続けている。
(といっても、この体にダメージが来るだけで、"ボク"自身には何の意味も無いんだけどね)
"夢"のノアであるアスナは、本体がその名の通り"夢"の中にある。メモリーに直にダメージを与える様な攻撃で無い限り、死ぬ事は無い。
今も口から血が流れているが、それだって痛みなど存在しない。傷ついた所で、また直ぐにでも修復は可能だ。人前でそんな真似はしない様、千年公から言いつけられているが。
不審に思われると困る、と千年公は言ってたなぁ。と、迫りくる鬼神兵を見て何ら動じることなく考える。
どうせ痛みなど無い。潰されたとしても、また体を形成すればいいだけだ。人形の様な体に意識をフィードバックさせているに過ぎないのだから。
そう思っていた。だが、次の瞬間には鬼神兵が真っ二つに切られていた。
鬼神兵が手を伸ばした段階で、既に回りにいた者たちは殆ど逃げ出している。最奥の秘密だと言われる黄昏の姫御子を置いて。
「そんなガキまで担ぎ出すこたぁねぇ。後は俺に任せときな」
浮遊術で空中に浮かび、杖を構えて強大な魔力を練る。
「お、お前は、紅き翼 ……千の呪文の……」
「そう、ナギ・スプリングフィールド! またの名をサウザンドマスター!!」
「自分で言ったよコイツ」
ナギがカッコつけて杖を振り、役者の様に振り返って叫ぶその様を、詠春は随分と冷めた目で見ていた。
アルはクスクスと笑い、ナギを見ている。
鬼神兵ならば容赦は要らないし、手加減もいらない。
「さぁて、行くぜ。百重千重と重なりて走れよ稲妻 『千の雷』!!!」
膨大な魔力が練られた雷鳴が轟き、爆音が響く。雷撃は鬼神兵たちを薙ぎ倒して破壊し、優勢だった帝国軍を押し返す。
詠春は近くの鬼神兵を斬り裂き、アルは重力魔法で戦艦を緩やかに墜落させる。
「おや、漸く『千の雷』をあんちょこ無しで使えるようになりましたか」
「まぁ、大軍では一番使うだろうしな。後あんちょこ無しで使えるのは『雷の斧』とか位か。『雷の暴風』はまだだ」
明らかに普通とは魔法の詠唱を覚える順序がおかしい気もするが、それは置いておくとして。
「得意で一番使う機会があるであろう『千の雷』を、ですか。AKUMAに対して、確かに有効ですからね」
強力無比なその一撃は、Lv3のAKUMAでさえ容易く破壊する。それを使うまでにあんちょこを使って、敵から目を離すようでは勝てない。
だからこそ、この魔法をあんちょこ無しで詠唱出来る様にしたのだ。
「さて、安心しな。俺達が全部終わらせてやるからよ」
未だアスナの傍にいる男に、そう告げる。
「な、しかし。敵の数を見たのか!? お前たちに何が……」
「俺を誰だと思ってやがる、ジジイ」
一瞬溜めて、男の前に降り立つ。
「俺は、最強の魔法使いだ! ……魔法学校だけは中退だがな」
最後にぼそっと付けたしつつも、その気迫に男は尻すぼみする。
「フフ……どれだけあなた個人の力が強かろうと。一人では世界を変える事など到底……」
「あーあー、るせーよアル。俺は俺のやりたいようにやるだけだ。伯爵も俺がぶっとばしてやるよ」
アルの、何かいい含んだ様な言葉に対し、ナギはそれを聞き流す。
その時だった、ナギの眼は、口元から血を流す女の子の姿──アスナを捉えた。
ゆっくりと傍まで歩き、鎖を壊して目の前にしゃがみ込む。
「よう、嬢ちゃん。俺はナギ。嬢ちゃんの名前は?」
「名前……? アスナ、アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフォシア」
名前くらいならいいか。と判断し、アスナはナギにそう告げた。
「アスナか、良い名前だ。なげーから覚え切れねーけどな」
笑いながら、アスナの口元を手でぬぐう。逆の手でアスナの頭を撫で、じっと眼を見る。
●
まるで普通の子供の様に扱われる事に、アスナは少し驚いた。王国の人間には兵器としてしか扱われず、家族としては扱うのは同じノア以外いなかったからだ。
一人の人間として、"人間"に扱われたのは、初めての経験だった。
だが、
(……でも、人間は嫌い)
今まで兵器の様に扱ってきた人間、魔法使いは、アスナとしては好きになる事は無いのだろう。ノアであれば、魔法使いは許容範囲なのだろうが。
イノセンスが無ければ、まともにAKUMAと戦う事さえ出来ない、弱い人間。
神に選ばれたと勘違いして、喜々として武器を振るう。
ノアは千年伯爵によって覚醒する。だが、千年伯爵は神の使いであり、それに選ばれたのは神に選ばれた事と同義だ。少なくとも、ノア達は皆そう考えている。
「よし、アスナ、ちょっと待ってな。いくぞ、詠春! アル! 敵は雑魚ばっかりだ。行動不能で十分だぜ!」
勇ましく棟の端に立ち、杖を構えて二人を激励する。
やれやれ、フフフ、とそれぞれ反応しながらも、ナギの後を追う。
棟の端から飛び立ち、敵を次々に落としていくその様は、正に英雄と呼ばれる存在と遜色ない光景であった。
「……ほう、随分と面白い事になっているようだ」
「エヴァ、来てたの?」
いつの間にか、先ほどまでいた白い服の男が、先ほどとは打って変わり、清廉とした気配を放っていた。
見た目は変わらないが、分かる。ノアは互いに小さく意識に干渉しているからだ。
誰かノアが死ねば他のノアは悲しんで涙を流し、新しいノアが誕生した時も喜びに涙を流す。そう言った類の"縁"とでも呼ぶべきモノが、ノアの間には存在している。
「最強の魔法使いを自称するだけはある、か。豪 く適当なやり方で、随分と強力な魔法が使えるモノだ」
「適当なやり方?」
「ああ、魔法は本来きちんとした術式に魔力を流す事で発動する。詠唱は術式を構成する為のモノだな。それが適当……というより、出鱈目なんだよ、あのガキ」
普通なら十の魔力必要な魔法に十五の魔力を込める事で、術式が適当でも発動している。
魔力のロスが激しいが、膨大な魔力を持つゆえに出来る事だろう。
「お前はきちんと覚えろよ。あんな美学が無いのは駄目だ」
力押しもいい所。詠唱をきちんと覚えたからといって、術式まできちんとしているとは限らないと言う事だろう。
そもそも、普通なら簡単なモノから順々に覚えていくものを『雷の斧』から数段飛ばしどころかエレベーターで昇って『千の雷』を覚えている様な奴なのだし。
まぁ、『千の雷』を覚えきれたと言う事は、後はそれより簡単なモノが殆どなのだ。速いうちに大体の魔法を詠唱出来るようになるだろうとアルも判断している。
「所で、エヴァはどうしてここに? ボク聞いてないけど」
「そりゃ言って無いからな。ここに来たのも唯の暇潰しと、あの集団を一度見ておきたかったからだ」
「ナギ、って言ってた。あれがどうかしたの?」
「何、いずれ分かるさ。千年公のシナリオ通りに事が運べばな」
見た目は初老の爺だと言うのに、雰囲気はまるで十代のモノ。小さく浮かべた笑みは見た目よりもずっと若く見える。
最も、『万物への変身』という能力を持つエヴァ相手に、見た目がどうこう言っても仕方がないのだが。
「まぁ、今しばらくは傍観と洒落込もう。もうじき餌も釣れるだろうしな」
あれから一カ月が経った。
元帥であるクレアはあの後直ぐに、
「ちょっと派手に暴れ過ぎたから、連合に目を付けられるかもしれないし、ここでお別れよ」
と言って去って行った。連絡を取れるようにしておいたので、恐らくまた会う機会があるだろう。
目的は同じ。千年伯爵を倒す事。
イノセンスを使わずにLv3を倒せるナギ達は、戦力としては申し分ない。クレアからしても三人は掘り出し物だった。
その三人は町の宿で休み、連合からの指示を受けて何度か戦場で戦い、名を馳せた。AKUMAとも何度か戦い、その度にボロボロになりつつも勝利していた。
その中でエクソシストとも知り合いとなり、連絡を定期的に取る位仲の良くなった者達もいる。
戦場では高速で戦闘を終わらせ、出来得る限り最低限の人的被害に抑えようと動いていた。
そして、連合からの連絡を受けて、ナギ達はオスティアへと向かっていた。
帝国が『聖地奪還』と称して侵攻を行っている事はナギ達の耳にも入っている。
今はまだ連合が戦っているだろう。だが、ひとたびそれが崩れる事になれば、あっという間にオスティアは落ちる。
原因は国力の違いでもあれば、兵力の違いでもあるし、王であるアベルが違和感を持たれない程度に戦術などを帝国に流しているから、と言う事も含めてだ。
死人を増やす事が伯爵が戦争を起こした目的と取ってもいいのだ、出来得る限り戦闘を長引かせ、兵力を互いに削ぎ落す必要がある。
連合の兵を増強して送る、という事も、紅き翼は連絡を受けていた。
だが、安心は出来ない。元々亜人と唯の人間では地力に差がある上に、場所が場所。グレート・ブリッジまで攻め落とされれば、後は帝国のなすがままにされるだけだ。
正規兵もいれば、義勇軍の様に招集した者達もいる。戦場はオスティアだけではないが、今世界で一番注目されているのはオスティアだった。
そして、現在。
遠くに見える戦火を忌々しく思いながら、ナギは更に速度を上げる。
「オイ、飛ばし過ぎだ! 幾らなんでもばてるぞ!」
「だが、いそがねぇと完全に落とされるぞ!!」
詠春の言葉に、怒鳴り散らす様にナギが返す。
多数の鬼神兵に戦艦。精霊砲を積んだ最新鋭の魔道兵器だ。恐らく帝国が連合の壁を突破して侵攻を始めたのだろう。
「ですが、今急ぎ過ぎて着いたときにバテバテでは、役に立つ者も立ちませんよ」
冷静に、アルが告げる。血が上った頭を冷やせと、言外に告げる言葉だ。
「……分かってる」
数日前まで、連合が駐屯しているからと楽観視していた自分が恨めしい。人が死ねば、それだけAKUMAが作られる可能性があると言うのに。
「クソッ、気にいらねェぜ……」
苛立ちを抑え、魔力を確実に使えるように練り上げながら、ナギは呟く。
その時、前方で放たれた精霊砲が"何か"にかき消された。
帝国の通信が夜空に響き、遠く離れたナギ達にまで聞こえてくる。情報の秘匿など考えていない。圧倒的な量で攻め落とす気でいる。
『精霊砲全弾消失!』
『消失だと!? 王都の魔法障壁では無いのか!? まさか……!』
『広域魔力減衰現象を確認……減衰速度加速中、間違いありません。"黄昏の姫御子"です!!』
帝国の連絡が聞こえたナギは、それに疑問を抱く。
「黄昏の姫御子……なんだってそんなモン!?」
「歴史と伝統が売りの小国では他に手は無いでしょう」
「だが王族だろ? まだ小さな女の子だって聞くぜ」
苛立ちが増す。そんなことまでして、自分の命を守ろうとしているのか、と。
人間なら、誰しも死ぬ事は恐怖だ。死とは終わりであって、それ以上でもそれ以下でも無い。だからこそ畏怖し、何に変えても自分の命を守ろうとする。
「戦争ですからね……向こうの真の目的も、恐らく。それに少女の年齢も私と同じで見た目通りとは……」
アルがそう言う。兵器として扱われるような存在である以上、それが人間である以上、生き延びる事に必死な物は者は、是が非でもいついかなる時も使える様にしておきたいのだろう。
例え強力無比な精霊砲でも、彼女の力を持ってすれば防ぐ事は容易い。
だが、それは純粋な魔力などを使った魔法攻撃に限ってのことだ。純物理攻撃には意味を成さない。
●
アスナは、心の中で小さくため息を吐く。
"この力"を使うのは、正直言ってあまり気分がいいものでは無い。無理矢理魔法陣で増幅させ、防御結界として展開する魔法無効化の壁。やろうと思えば陣そのものを破壊する事は容易だ。
ここしばらく、暇なときにエヴァから魔法を習っているため、これ位は可能だ。
純粋な物理攻撃に弱いと言う弱点はあるが、それを差し引いても十分にお釣りが来るくらい強力な能力。
代償として、アスナは命を削る事になる。使えば使う程寿命は縮まっていく。
しかし、オスティアの身の保身を考える者達は、それを許さなかった。
犯罪者、死刑囚、奴隷。何でもいい。それらの命を吸い取り、人工的でいて生命のエネルギーとなるそれを、アスナへと移したのだ。
それによって体の成長は止まり、薬で体の調子を整える様な状態を何十年も続けている。
(といっても、この体にダメージが来るだけで、"ボク"自身には何の意味も無いんだけどね)
"夢"のノアであるアスナは、本体がその名の通り"夢"の中にある。メモリーに直にダメージを与える様な攻撃で無い限り、死ぬ事は無い。
今も口から血が流れているが、それだって痛みなど存在しない。傷ついた所で、また直ぐにでも修復は可能だ。人前でそんな真似はしない様、千年公から言いつけられているが。
不審に思われると困る、と千年公は言ってたなぁ。と、迫りくる鬼神兵を見て何ら動じることなく考える。
どうせ痛みなど無い。潰されたとしても、また体を形成すればいいだけだ。人形の様な体に意識をフィードバックさせているに過ぎないのだから。
そう思っていた。だが、次の瞬間には鬼神兵が真っ二つに切られていた。
鬼神兵が手を伸ばした段階で、既に回りにいた者たちは殆ど逃げ出している。最奥の秘密だと言われる黄昏の姫御子を置いて。
「そんなガキまで担ぎ出すこたぁねぇ。後は俺に任せときな」
浮遊術で空中に浮かび、杖を構えて強大な魔力を練る。
「お、お前は、
「そう、ナギ・スプリングフィールド! またの名をサウザンドマスター!!」
「自分で言ったよコイツ」
ナギがカッコつけて杖を振り、役者の様に振り返って叫ぶその様を、詠春は随分と冷めた目で見ていた。
アルはクスクスと笑い、ナギを見ている。
鬼神兵ならば容赦は要らないし、手加減もいらない。
「さぁて、行くぜ。百重千重と重なりて走れよ稲妻 『千の雷』!!!」
膨大な魔力が練られた雷鳴が轟き、爆音が響く。雷撃は鬼神兵たちを薙ぎ倒して破壊し、優勢だった帝国軍を押し返す。
詠春は近くの鬼神兵を斬り裂き、アルは重力魔法で戦艦を緩やかに墜落させる。
「おや、漸く『千の雷』をあんちょこ無しで使えるようになりましたか」
「まぁ、大軍では一番使うだろうしな。後あんちょこ無しで使えるのは『雷の斧』とか位か。『雷の暴風』はまだだ」
明らかに普通とは魔法の詠唱を覚える順序がおかしい気もするが、それは置いておくとして。
「得意で一番使う機会があるであろう『千の雷』を、ですか。AKUMAに対して、確かに有効ですからね」
強力無比なその一撃は、Lv3のAKUMAでさえ容易く破壊する。それを使うまでにあんちょこを使って、敵から目を離すようでは勝てない。
だからこそ、この魔法をあんちょこ無しで詠唱出来る様にしたのだ。
「さて、安心しな。俺達が全部終わらせてやるからよ」
未だアスナの傍にいる男に、そう告げる。
「な、しかし。敵の数を見たのか!? お前たちに何が……」
「俺を誰だと思ってやがる、ジジイ」
一瞬溜めて、男の前に降り立つ。
「俺は、最強の魔法使いだ! ……魔法学校だけは中退だがな」
最後にぼそっと付けたしつつも、その気迫に男は尻すぼみする。
「フフ……どれだけあなた個人の力が強かろうと。一人では世界を変える事など到底……」
「あーあー、るせーよアル。俺は俺のやりたいようにやるだけだ。伯爵も俺がぶっとばしてやるよ」
アルの、何かいい含んだ様な言葉に対し、ナギはそれを聞き流す。
その時だった、ナギの眼は、口元から血を流す女の子の姿──アスナを捉えた。
ゆっくりと傍まで歩き、鎖を壊して目の前にしゃがみ込む。
「よう、嬢ちゃん。俺はナギ。嬢ちゃんの名前は?」
「名前……? アスナ、アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフォシア」
名前くらいならいいか。と判断し、アスナはナギにそう告げた。
「アスナか、良い名前だ。なげーから覚え切れねーけどな」
笑いながら、アスナの口元を手でぬぐう。逆の手でアスナの頭を撫で、じっと眼を見る。
●
まるで普通の子供の様に扱われる事に、アスナは少し驚いた。王国の人間には兵器としてしか扱われず、家族としては扱うのは同じノア以外いなかったからだ。
一人の人間として、"人間"に扱われたのは、初めての経験だった。
だが、
(……でも、人間は嫌い)
今まで兵器の様に扱ってきた人間、魔法使いは、アスナとしては好きになる事は無いのだろう。ノアであれば、魔法使いは許容範囲なのだろうが。
イノセンスが無ければ、まともにAKUMAと戦う事さえ出来ない、弱い人間。
神に選ばれたと勘違いして、喜々として武器を振るう。
ノアは千年伯爵によって覚醒する。だが、千年伯爵は神の使いであり、それに選ばれたのは神に選ばれた事と同義だ。少なくとも、ノア達は皆そう考えている。
「よし、アスナ、ちょっと待ってな。いくぞ、詠春! アル! 敵は雑魚ばっかりだ。行動不能で十分だぜ!」
勇ましく棟の端に立ち、杖を構えて二人を激励する。
やれやれ、フフフ、とそれぞれ反応しながらも、ナギの後を追う。
棟の端から飛び立ち、敵を次々に落としていくその様は、正に英雄と呼ばれる存在と遜色ない光景であった。
「……ほう、随分と面白い事になっているようだ」
「エヴァ、来てたの?」
いつの間にか、先ほどまでいた白い服の男が、先ほどとは打って変わり、清廉とした気配を放っていた。
見た目は変わらないが、分かる。ノアは互いに小さく意識に干渉しているからだ。
誰かノアが死ねば他のノアは悲しんで涙を流し、新しいノアが誕生した時も喜びに涙を流す。そう言った類の"縁"とでも呼ぶべきモノが、ノアの間には存在している。
「最強の魔法使いを自称するだけはある、か。
「適当なやり方?」
「ああ、魔法は本来きちんとした術式に魔力を流す事で発動する。詠唱は術式を構成する為のモノだな。それが適当……というより、出鱈目なんだよ、あのガキ」
普通なら十の魔力必要な魔法に十五の魔力を込める事で、術式が適当でも発動している。
魔力のロスが激しいが、膨大な魔力を持つゆえに出来る事だろう。
「お前はきちんと覚えろよ。あんな美学が無いのは駄目だ」
力押しもいい所。詠唱をきちんと覚えたからといって、術式まできちんとしているとは限らないと言う事だろう。
そもそも、普通なら簡単なモノから順々に覚えていくものを『雷の斧』から数段飛ばしどころかエレベーターで昇って『千の雷』を覚えている様な奴なのだし。
まぁ、『千の雷』を覚えきれたと言う事は、後はそれより簡単なモノが殆どなのだ。速いうちに大体の魔法を詠唱出来るようになるだろうとアルも判断している。
「所で、エヴァはどうしてここに? ボク聞いてないけど」
「そりゃ言って無いからな。ここに来たのも唯の暇潰しと、あの集団を一度見ておきたかったからだ」
「ナギ、って言ってた。あれがどうかしたの?」
「何、いずれ分かるさ。千年公のシナリオ通りに事が運べばな」
見た目は初老の爺だと言うのに、雰囲気はまるで十代のモノ。小さく浮かべた笑みは見た目よりもずっと若く見える。
最も、『万物への変身』という能力を持つエヴァ相手に、見た目がどうこう言っても仕方がないのだが。
「まぁ、今しばらくは傍観と洒落込もう。もうじき餌も釣れるだろうしな」