第二十夜:舞い戻る
──イノセンス、第二解放。
アルヴァは弓を構え、イノセンスの力を解放する。
具体的に何かしら外見が変わる訳ではない。唯、雰囲気が変わるだけ。
より集中し、より自身をイノセンスと同調させる。それによってイノセンスの力を引き出す事、それが第二解放と呼ばれるものだ。
イノセンスの持つ力を、更に強く引き出す。その能力はイノセンスによって様々だが、大抵が武器そのものの力を強化する事や、武器の力をサポートする能力を発動できる。
そして、アルヴァの持つ『悠久の弓』は前者だ。
肩辺りまであるボサボサの金髪が揺れる。視界の先にいるのは、ナギを引き留めているLv3とLv2。
狙うべきはLv2だ。3の力は強大で、アルヴァが第二解放を使っても勝てるとは限らない。それほどの相手。
弓を引き絞り、狙いを定め、そして──放つ。
引き絞られた矢は高速で飛来し、仮面を付けているAKUMAへと当たり、爆発を起こす。破壊されたAKUMAの破片が飛び散るが、気にしている暇は無い。
続けて放たれる矢は雷撃を纏い、いともあっさりとAKUMAのボディを貫いた。
これが、アルヴァのイノセンスの第二解放──"特性付与"。
番えた矢に爆発、貫通、雷撃等の特性を付与する事が出来、元の威力も格段に上がる。Lv2に苦戦する様な能力では無い。
「この、クソエクソシストがァッ!!」
辺りに蜘蛛の糸を張り巡らせた状態で、AKUMAが殴りかかってくる。
それに対し、アルヴァは弓を分解してククリ刀の様に扱い、周りの蜘蛛の糸を斬って避けた。
距離を取った所で繋げ直し、矢を放って両腕を吹き飛ばす。それでも、AKUMAは喰らい付こうと走る。
動く必要は無い。敵が動くからと自分も動いては、矢が外れるだけだ。精神を集中させ、正確にAKUMAの頭を打ち抜いた。
「アルヴァ!」
ギュスターブの声がしたと思えば、反射的にククリ刀に変形させ、横から殴ってくるAKUMAに対応する。
筋力の問題もあるし、体勢の問題もあった。故に、大きく飛ばされて部屋の壁に当たってしまう。一瞬息が止まるが、それでも体を鞭打つように動かして迫りくるLv3の攻撃を避ける。
「ギュスターブ、抑えきれなかったのか!」
「仕方無いだろ! 俺のイノセンスは、お前ほどの攻撃力は無いんだよ!」
怒鳴り合う様にして会話を続ける二人。それでも、目はAKUMAから離さない。
ギュスターブの『魔滅の眼 』は、どちらかと言えば戦闘よりもAKUMAと人間を見分ける為の力と言うところが大きい。
戦闘力もあまり高い方では無く、単体で戦っても精々倒せるのはLv2が限度。多少無理をすれば、Lv3を倒せない事は無いかもしれない、と言う感じだ。
だが、今無理をした所でどうにもならない。イノセンスの力でLv3の動きを阻害しながら、アルヴァに倒させるしかないだろう。
むしろ、隣でLv3とイノセンス無し(それも素手)で戦っているナギが異常なのだ。
(いや、今はそれよりも──ッ!?)
突然武器が壁を破って現れる。驚きはするものの、咄嗟に避けてその武器の群から離れる。
膨大な量の武器群。それらは空中に浮遊し、上空に漂っている。まるで、何かに操られているかのように。
操っているのは、デザイアス。指揮をするかの様に指を振り、何かの力で武器を動かし、ここまで持って来たのだろう。
「さて、さようなら、アリカ」
デザイアスがそう言うと同時に、武器が動いた。
刃を持った武器は刃を、刃を持たない武器はより範囲の大きい面を向け、アリカへと向かう。それに気付いたナギは咄嗟に動き、武器を叩き落とそうとするも、Lv3に阻まれてそれが出来ない。
アルヴァ、ギュスターブも同じだ。Lv3との戦闘中に、他の所へ意識を向けるなど自殺行為でしか無い。
動きがスローモーションで見えた。まるで、その部分だけ切り取って映像で見せられている様に。ゆっくり、動きの一つ一つまでもが鮮明に見える。
高速で飛来する大量の武器は、アリカの体を貫くかに思われたその時。
──窓を破壊し、二人の人物が部屋の中へと侵入してきた。
●
窓が割れる音がすると同時に、大量の武器がはたき落される。
動きは速く、少なくともアリカの眼では捉えられないほどの速度で動き回っていた。
そして、全ての武器が叩き落とされたかと思えば、次の瞬間には目の前に一人の男が立っていた。
「──お前、セクンドゥム、か?」
「何だ、しばらく会わない内に私の顔を忘れたか?」
アリカの方に目を向け、雷化した状態でシニカルに笑うセクンドゥム。それでも、警戒は怠らない。敵がノアである以上、警戒を緩める理由などどこにも無い。
死んだはずのセクンドゥム。ノア三人を相手に一人で戦い、ついぞ戻らなかった人形。それが、今目の前で立っている。
「──おい。白髪」
「セクンドゥムだと何度言えば分かる。……何だ、神谷 」
神谷と呼ばれた男が、右手に刀を持ったままアリカ達の近くまで来る。
ナギ達と戦っていた筈のAKUMAは既に全て切り裂かれており、一瞬で倒した神谷の実力がうかがえる。
凄まじい技量と力を持つ人物だと、アリカは判断した。
神谷の容姿はとして一番に目に入るのは、腰まである無造作に伸ばされた長い髪。縛る事さえしておらず、切らずに放っておいたらこうなった、とでも言えるような状態だ。
身長は高く、筋力も見える範囲ではかなりついている。左手に鞘を、右手に刀を持ち、その真っ黒な瞳は全てを飲み込むかのように黒い。
首に巻いた赤黒い色のマフラーが特徴的な、女のように見える男。
「この女が、お前があの時生きたがっていた理由か?」
アリカの顔を覗き込むようにして、神谷はセクンドゥムに問う。
それに対し、セクンドゥムは目を向ける事さえ無く答えた。
「確かに原因の一端ではあるが、私はあくまでも我が主の命令に従っただけだ。何度も言わせるな」
「……そうか。人形なら、生きる意味は人形遣いが与えるものだろうしな」
そういう神谷とセクンドゥムの周りには、また大量の武器が浮かんでいた。狙いは当然、アリカ含む三人。
「……君、確か……」
デザイアスは、神谷の顔を見て何か思いだそうとする。
だが、
「おっと、危ないですねェ」
派手な金属音が響いた。神谷の刀と伯爵の剣がぶつかり合った音だ。
神谷はデザイアスの話など最初から聞く気は無く、ノアと判断し、敵と判断し、斬る事を選んだ。
今この場所にAKUMAは居ない。だが、AKUMAなんていうものは幾らでも呼び出す事は可能だ。AKUMAなど腐るほどいるのだから。
方舟の"門 "が開く。其処から現れたのは、大量のLv3のAKUMA達。部屋の中で所狭しと現れるその姿は、気味が悪いとしか形容出来ない。
「チッ、面倒な」
舌打ちをしつつも、手近に居る一体から切り裂き始める神谷。動きは速く、あっという間に数体を切り裂いて行く。
だが、あまりにも数が多い。鞘を腰に付け直し、右手に持つ刀を握り直して、更に力を引き出す。
「六幻──災厄招来"二幻刀"」
淡い光を帯びた刀。その光は左手まで伸び、其処から刀が現れる。この力を使えば、一時的に二つの刀を扱う事が出来るのだ。
「八花蟷螂 」
八つの飛ぶ斬撃。容易くとは言わないが、それでも十分。Lv3のAKUMAを切り裂けるだけの威力を誇っているのだから。
とはいえ、攻撃を受けたのは一体。今この場には、数えるのが億劫なほどの膨大な数のAKUMAがいる。
これこそ、AKUMA達の真骨頂だろう。例え一体一体が弱くとも、圧倒的かつ絶対的なまでの数で戦う。数の暴力を典型的に現した存在。
しかし、ここで戦う事に意味は無い。
「……ここで戦っても、あまり利はありませんねェ」
伯爵達にとって、これは一種のデモンストレーション。これだけの戦力を誇っているという力の誇示にも近い。
そして、もう一つの目的──即ち、アベル王が伯爵側であると言う事をバラす事。その目的は既に達成されている。
何故、こんな事をするのか。理由を上げるとすれば、アリカの国際的な立場における信用の低下だろう。
兵士たちは殆ど死んでいる。だからこそ、アリカが裏でAKUMAと繋がっているのではないかと言う噂が流れれば、それだけでアリカの味方をする者は居なくなる。
一時的に雇った傭兵が生き残り、正規兵が死んだと言う事も問題だ。傭兵ならば、金を積めば黙っていてくれるかもしれないし、その後別の誰かに依頼して口封じをする事も容易だろう。
アベルが伯爵側の存在──ノアである事も、既にエクソシスト側にはバレた形となる。これにより、敵の情報は共有されて広まり、どこかから漏れて他の国のトップなどに伝わる事かもしれない。
それらがもし漏れれば、可能性として推測される事──つまり、アリカも伯爵側であり、クーデターも形だけのものだったのではないか、と言う事。
噂の域を出ないかもしれない。だが、伯爵の脅威を知っている者達からすれば、それだけで十分。
アリカの味方をする者は少なくなり、戦争を終わらせる為に動く事が難しくなるだろう。戦争が長引けば、それだけAKUMAを増やす機会が増える。伯爵としてはそちらの方が好都合だ。
あくまでも上手く行けば、と言う話。流石にアリカが元老院の手で処刑されるような可能性は、『現時点では』無い。
ここでAKUMAの数を減らすのも、得策とは言えない。唯の時間の無駄だ。
「引き上げますヨ、デザイアス」
「ん? 退くのか、千年公?」
椅子に座ったまま思考に没頭するデザイアスに声を掛け、そのまま方舟の中へと歩いて行く。
伯爵に続く様にしてデザイアスも方舟の"門 "へと向かい、まだ何か思いだせないと改めて神谷の顔を見る。
「何をしているんですカ? 行きますヨ、デザイアス」
「ああ、うん。……あの黒髪のエクソシスト、確かワイズリー達が言ってた奴だろう? 名前も思いだせないが、彼らが呼んでた名も思いだせなくてね」
手を顎にやり、考え込む表情を見せるデザイアス。考え過ぎるのはこの男の悪い癖だと、伯爵は溜息をつく。
「……"セカンド"神谷蓮 。思いだしましたカ? 六年前の大規模イノセンス争奪戦でワイズリー達と戦った筈ですヨ」
「ああ、そうそう、"セカンド"だ。中々思いだせなくてね。すっきりした気分だよ」
「そうですか。では、帰るとしましょうかネ」
背後からはAKUMAの破壊される音や、派手な爆発音が聞こえてくるが、この二人はそんな事は気にしない。
「それでは諸君。また会おう」
デザイアスは、最後に大量の武器を雨の様に降り注がせ、方舟へと入る。
セクンドゥムはそれらを弾き、セクンドゥムの攻撃から漏れた武器をナギ達が弾く。
AKUMA達はその間に方舟の中へと入って行き、ゲートは消え去った。
「……終わった、のか?」
ナギが、小さく呟く。AKUMAの血がそこらじゅうについており、正規兵に何か尋ねられれば、誤魔化すのは難しいだろう。
それでも、この国を取り戻す事には成功した。今は、それだけで十分だ。後の事は後で考えればいい。少なくとも、ナギはそう考えていた。
「……それで、これからどうするつもりなんだ?」
セクンドゥムが問いかける。AKUMAとの戦闘で疲弊したエクソシスト二名は、息を整えつつ、その問いに答える。
「俺達は、今からでも本部へ戻ってノアの情報を伝える必要がある。……まぁ、ファニーならみてる可能性は高いんだが」
ファニーのイノセンスは蟲を操る。それらを使ってこの状況を見る事も、難しくは無いだろう。
だが、ナギやアリカはそれよりも先ほどから気になっている事があった。
「……お前、誰だよ」
「神谷と言う。一応イノセンスを使うが、エクソシストとは呼ぶな。俺はそう言う立場じゃ無い」
神谷は、静かにそう言う。
連合からは行方不明のエクソシストとされているが、本人は抜けているつもりなのだ。連合のエクソシストであるギュスターブは、いろいろと複雑そうに神谷を見る。
「蓮、お前──」
言葉を紡ごうとしたギュスターブの首元に、六幻が突き付けられる。
「俺のファーストネームを呼ぶな。斬るぞ」
静かに、しかし殺気を込めてそう言う。ギュスターブはそれに若干引きながらも、変わらねーなぁ、と小さく漏らす。
「……ともかく、クーデターは終わりだ。ここの処理もせねばならん。忙しくなるぞ」
国際的な地位が落ちようとも、例え女王となるアリカが何と言われようとも。
アリカにとって、この国は守るべき対象だ。だからこそ、伯爵の手から取り戻せた事に安堵する。無くしたものがあろうと、それは取り戻せばいい。権力なら幾らでも後で取り戻せる。
──こうして、クーデターの夜は終わった。
──イノセンス、第二解放。
アルヴァは弓を構え、イノセンスの力を解放する。
具体的に何かしら外見が変わる訳ではない。唯、雰囲気が変わるだけ。
より集中し、より自身をイノセンスと同調させる。それによってイノセンスの力を引き出す事、それが第二解放と呼ばれるものだ。
イノセンスの持つ力を、更に強く引き出す。その能力はイノセンスによって様々だが、大抵が武器そのものの力を強化する事や、武器の力をサポートする能力を発動できる。
そして、アルヴァの持つ『悠久の弓』は前者だ。
肩辺りまであるボサボサの金髪が揺れる。視界の先にいるのは、ナギを引き留めているLv3とLv2。
狙うべきはLv2だ。3の力は強大で、アルヴァが第二解放を使っても勝てるとは限らない。それほどの相手。
弓を引き絞り、狙いを定め、そして──放つ。
引き絞られた矢は高速で飛来し、仮面を付けているAKUMAへと当たり、爆発を起こす。破壊されたAKUMAの破片が飛び散るが、気にしている暇は無い。
続けて放たれる矢は雷撃を纏い、いともあっさりとAKUMAのボディを貫いた。
これが、アルヴァのイノセンスの第二解放──"特性付与"。
番えた矢に爆発、貫通、雷撃等の特性を付与する事が出来、元の威力も格段に上がる。Lv2に苦戦する様な能力では無い。
「この、クソエクソシストがァッ!!」
辺りに蜘蛛の糸を張り巡らせた状態で、AKUMAが殴りかかってくる。
それに対し、アルヴァは弓を分解してククリ刀の様に扱い、周りの蜘蛛の糸を斬って避けた。
距離を取った所で繋げ直し、矢を放って両腕を吹き飛ばす。それでも、AKUMAは喰らい付こうと走る。
動く必要は無い。敵が動くからと自分も動いては、矢が外れるだけだ。精神を集中させ、正確にAKUMAの頭を打ち抜いた。
「アルヴァ!」
ギュスターブの声がしたと思えば、反射的にククリ刀に変形させ、横から殴ってくるAKUMAに対応する。
筋力の問題もあるし、体勢の問題もあった。故に、大きく飛ばされて部屋の壁に当たってしまう。一瞬息が止まるが、それでも体を鞭打つように動かして迫りくるLv3の攻撃を避ける。
「ギュスターブ、抑えきれなかったのか!」
「仕方無いだろ! 俺のイノセンスは、お前ほどの攻撃力は無いんだよ!」
怒鳴り合う様にして会話を続ける二人。それでも、目はAKUMAから離さない。
ギュスターブの『
戦闘力もあまり高い方では無く、単体で戦っても精々倒せるのはLv2が限度。多少無理をすれば、Lv3を倒せない事は無いかもしれない、と言う感じだ。
だが、今無理をした所でどうにもならない。イノセンスの力でLv3の動きを阻害しながら、アルヴァに倒させるしかないだろう。
むしろ、隣でLv3とイノセンス無し(それも素手)で戦っているナギが異常なのだ。
(いや、今はそれよりも──ッ!?)
突然武器が壁を破って現れる。驚きはするものの、咄嗟に避けてその武器の群から離れる。
膨大な量の武器群。それらは空中に浮遊し、上空に漂っている。まるで、何かに操られているかのように。
操っているのは、デザイアス。指揮をするかの様に指を振り、何かの力で武器を動かし、ここまで持って来たのだろう。
「さて、さようなら、アリカ」
デザイアスがそう言うと同時に、武器が動いた。
刃を持った武器は刃を、刃を持たない武器はより範囲の大きい面を向け、アリカへと向かう。それに気付いたナギは咄嗟に動き、武器を叩き落とそうとするも、Lv3に阻まれてそれが出来ない。
アルヴァ、ギュスターブも同じだ。Lv3との戦闘中に、他の所へ意識を向けるなど自殺行為でしか無い。
動きがスローモーションで見えた。まるで、その部分だけ切り取って映像で見せられている様に。ゆっくり、動きの一つ一つまでもが鮮明に見える。
高速で飛来する大量の武器は、アリカの体を貫くかに思われたその時。
──窓を破壊し、二人の人物が部屋の中へと侵入してきた。
●
窓が割れる音がすると同時に、大量の武器がはたき落される。
動きは速く、少なくともアリカの眼では捉えられないほどの速度で動き回っていた。
そして、全ての武器が叩き落とされたかと思えば、次の瞬間には目の前に一人の男が立っていた。
「──お前、セクンドゥム、か?」
「何だ、しばらく会わない内に私の顔を忘れたか?」
アリカの方に目を向け、雷化した状態でシニカルに笑うセクンドゥム。それでも、警戒は怠らない。敵がノアである以上、警戒を緩める理由などどこにも無い。
死んだはずのセクンドゥム。ノア三人を相手に一人で戦い、ついぞ戻らなかった人形。それが、今目の前で立っている。
「──おい。白髪」
「セクンドゥムだと何度言えば分かる。……何だ、
神谷と呼ばれた男が、右手に刀を持ったままアリカ達の近くまで来る。
ナギ達と戦っていた筈のAKUMAは既に全て切り裂かれており、一瞬で倒した神谷の実力がうかがえる。
凄まじい技量と力を持つ人物だと、アリカは判断した。
神谷の容姿はとして一番に目に入るのは、腰まである無造作に伸ばされた長い髪。縛る事さえしておらず、切らずに放っておいたらこうなった、とでも言えるような状態だ。
身長は高く、筋力も見える範囲ではかなりついている。左手に鞘を、右手に刀を持ち、その真っ黒な瞳は全てを飲み込むかのように黒い。
首に巻いた赤黒い色のマフラーが特徴的な、女のように見える男。
「この女が、お前があの時生きたがっていた理由か?」
アリカの顔を覗き込むようにして、神谷はセクンドゥムに問う。
それに対し、セクンドゥムは目を向ける事さえ無く答えた。
「確かに原因の一端ではあるが、私はあくまでも我が主の命令に従っただけだ。何度も言わせるな」
「……そうか。人形なら、生きる意味は人形遣いが与えるものだろうしな」
そういう神谷とセクンドゥムの周りには、また大量の武器が浮かんでいた。狙いは当然、アリカ含む三人。
「……君、確か……」
デザイアスは、神谷の顔を見て何か思いだそうとする。
だが、
「おっと、危ないですねェ」
派手な金属音が響いた。神谷の刀と伯爵の剣がぶつかり合った音だ。
神谷はデザイアスの話など最初から聞く気は無く、ノアと判断し、敵と判断し、斬る事を選んだ。
今この場所にAKUMAは居ない。だが、AKUMAなんていうものは幾らでも呼び出す事は可能だ。AKUMAなど腐るほどいるのだから。
方舟の"
「チッ、面倒な」
舌打ちをしつつも、手近に居る一体から切り裂き始める神谷。動きは速く、あっという間に数体を切り裂いて行く。
だが、あまりにも数が多い。鞘を腰に付け直し、右手に持つ刀を握り直して、更に力を引き出す。
「六幻──災厄招来"二幻刀"」
淡い光を帯びた刀。その光は左手まで伸び、其処から刀が現れる。この力を使えば、一時的に二つの刀を扱う事が出来るのだ。
「
八つの飛ぶ斬撃。容易くとは言わないが、それでも十分。Lv3のAKUMAを切り裂けるだけの威力を誇っているのだから。
とはいえ、攻撃を受けたのは一体。今この場には、数えるのが億劫なほどの膨大な数のAKUMAがいる。
これこそ、AKUMA達の真骨頂だろう。例え一体一体が弱くとも、圧倒的かつ絶対的なまでの数で戦う。数の暴力を典型的に現した存在。
しかし、ここで戦う事に意味は無い。
「……ここで戦っても、あまり利はありませんねェ」
伯爵達にとって、これは一種のデモンストレーション。これだけの戦力を誇っているという力の誇示にも近い。
そして、もう一つの目的──即ち、アベル王が伯爵側であると言う事をバラす事。その目的は既に達成されている。
何故、こんな事をするのか。理由を上げるとすれば、アリカの国際的な立場における信用の低下だろう。
兵士たちは殆ど死んでいる。だからこそ、アリカが裏でAKUMAと繋がっているのではないかと言う噂が流れれば、それだけでアリカの味方をする者は居なくなる。
一時的に雇った傭兵が生き残り、正規兵が死んだと言う事も問題だ。傭兵ならば、金を積めば黙っていてくれるかもしれないし、その後別の誰かに依頼して口封じをする事も容易だろう。
アベルが伯爵側の存在──ノアである事も、既にエクソシスト側にはバレた形となる。これにより、敵の情報は共有されて広まり、どこかから漏れて他の国のトップなどに伝わる事かもしれない。
それらがもし漏れれば、可能性として推測される事──つまり、アリカも伯爵側であり、クーデターも形だけのものだったのではないか、と言う事。
噂の域を出ないかもしれない。だが、伯爵の脅威を知っている者達からすれば、それだけで十分。
アリカの味方をする者は少なくなり、戦争を終わらせる為に動く事が難しくなるだろう。戦争が長引けば、それだけAKUMAを増やす機会が増える。伯爵としてはそちらの方が好都合だ。
あくまでも上手く行けば、と言う話。流石にアリカが元老院の手で処刑されるような可能性は、『現時点では』無い。
ここでAKUMAの数を減らすのも、得策とは言えない。唯の時間の無駄だ。
「引き上げますヨ、デザイアス」
「ん? 退くのか、千年公?」
椅子に座ったまま思考に没頭するデザイアスに声を掛け、そのまま方舟の中へと歩いて行く。
伯爵に続く様にしてデザイアスも方舟の"
「何をしているんですカ? 行きますヨ、デザイアス」
「ああ、うん。……あの黒髪のエクソシスト、確かワイズリー達が言ってた奴だろう? 名前も思いだせないが、彼らが呼んでた名も思いだせなくてね」
手を顎にやり、考え込む表情を見せるデザイアス。考え過ぎるのはこの男の悪い癖だと、伯爵は溜息をつく。
「……"セカンド"
「ああ、そうそう、"セカンド"だ。中々思いだせなくてね。すっきりした気分だよ」
「そうですか。では、帰るとしましょうかネ」
背後からはAKUMAの破壊される音や、派手な爆発音が聞こえてくるが、この二人はそんな事は気にしない。
「それでは諸君。また会おう」
デザイアスは、最後に大量の武器を雨の様に降り注がせ、方舟へと入る。
セクンドゥムはそれらを弾き、セクンドゥムの攻撃から漏れた武器をナギ達が弾く。
AKUMA達はその間に方舟の中へと入って行き、ゲートは消え去った。
「……終わった、のか?」
ナギが、小さく呟く。AKUMAの血がそこらじゅうについており、正規兵に何か尋ねられれば、誤魔化すのは難しいだろう。
それでも、この国を取り戻す事には成功した。今は、それだけで十分だ。後の事は後で考えればいい。少なくとも、ナギはそう考えていた。
「……それで、これからどうするつもりなんだ?」
セクンドゥムが問いかける。AKUMAとの戦闘で疲弊したエクソシスト二名は、息を整えつつ、その問いに答える。
「俺達は、今からでも本部へ戻ってノアの情報を伝える必要がある。……まぁ、ファニーならみてる可能性は高いんだが」
ファニーのイノセンスは蟲を操る。それらを使ってこの状況を見る事も、難しくは無いだろう。
だが、ナギやアリカはそれよりも先ほどから気になっている事があった。
「……お前、誰だよ」
「神谷と言う。一応イノセンスを使うが、エクソシストとは呼ぶな。俺はそう言う立場じゃ無い」
神谷は、静かにそう言う。
連合からは行方不明のエクソシストとされているが、本人は抜けているつもりなのだ。連合のエクソシストであるギュスターブは、いろいろと複雑そうに神谷を見る。
「蓮、お前──」
言葉を紡ごうとしたギュスターブの首元に、六幻が突き付けられる。
「俺のファーストネームを呼ぶな。斬るぞ」
静かに、しかし殺気を込めてそう言う。ギュスターブはそれに若干引きながらも、変わらねーなぁ、と小さく漏らす。
「……ともかく、クーデターは終わりだ。ここの処理もせねばならん。忙しくなるぞ」
国際的な地位が落ちようとも、例え女王となるアリカが何と言われようとも。
アリカにとって、この国は守るべき対象だ。だからこそ、伯爵の手から取り戻せた事に安堵する。無くしたものがあろうと、それは取り戻せばいい。権力なら幾らでも後で取り戻せる。
──こうして、クーデターの夜は終わった。