第二十一夜:歴史のズレ
クーデターが終わり、一週間後。
一旦隠れ家へと足を運び、休養と作業の報告に移る事にした一同。だが、アリカはクーデターによる王位の継承などの作業がある為、オスティアに残っている。
流石に城の外でAKUMAと戦闘する事は無かったようだが、それでも兵士の何割かはやられた様だ。
クーデターを起こす可能性を考えていたのだろう。今までの政治的手腕からは考えられない位に、兵を上手く配置してあった。
アルヴァとギュスターブは、それぞれエクソシスト本部へと情報を流しに向かっている。一晩休んで直ぐに発ったため、今頃本部について情報を流している事だろう。
それよりも、ナギやラカンなどは気になっている事があった。
「お前……確か、神谷って言ってたっけ。何でセクンドゥムと一緒だったんだ?」
「ちょっとした質問をする為に生かしてやった。おかげで一回死ぬぐらいの傷を負ったがな」
そう言う神谷の体には、どこにも傷があるようには思えない。包帯を巻いている場所も無ければ、傷らしい傷さえ見当たらないのだ。
ジロジロトみる紅き翼の面々に向かって、面倒臭そうにしながら告げる。
「俺の体は『特別性』でな。そんなに簡単に死ぬようなものじゃない」
表情を変えず、ぶっきらぼうにそう言った。首元を隠す様にして赤黒いマフラーを動かし、左手では腰に差している『六幻』を無意識に触れていた。
「……特別性、ね。というか、セクンドゥムは何で一か月以上も連絡寄越さなかったんだ?」
「私はあの時瀕死でな。助けてくれたのは良いが、コイツ、治癒魔法を扱えなかったんだ。核が破損していなかったから良かったものの、破損していればあのまま死んでいただろう」
アーウェルンクス等、造物主が作った人形には『再生核』と呼ばれるものがある。
これが存在する限り、魔力も肉体も時間をかければ元通りになるのだ。とはいえ、セクンドゥムが負ったダメージは酷く、一カ月以上も使って漸く完治した訳だが。
「さて、改めて紹介しようか。こっちのエクソシストは神谷蓮。イノセンスは腰に差してる刀型のもので、銘は『六幻』。実力はナギは見ただろうが、Lv3となら真正面から戦える。ノア三人相手に、私を連れて逃げた位だしな」
三人のノアから逃げ切ると言う時点で、既に実力のほどはわかるだろう。もっとも、トライド一人が獲物を逃すまいとしていただけなので、実質一対一ととっても良いのだが。
現状紅き翼でイノセンスを持つのは詠春だけだが、まだ上手く扱えておらず、Lv3相手に簡単に勝つと言う事は難しい。
「そういや、伯爵が神谷の事を"セカンド"とか言ってたけどよ、アレはなんだったんだ?」
「それは──」
「お前等は知らなくて良い事だ」
セクンドゥムが話そうとした所へ、神谷が鋭い眼光を向けながら言う。
「"アレ"の事は知らなくて良い。思い出したくも無いしな。実験は既に凍結されてる筈だし、知っている人間は俺が片っ端から殺してる」
その眼に浮かぶのは、憎悪。忌々しげに表情を歪め、思い出したくも無いとばかりに頭を振る。
殺していない者もいれば、殺せない者もいるのだが。
その様子を見て、ナギ達は根掘り葉掘り聞くのを躊躇う。
「……そういや、お前どこの組織にも属して無いんだろ。イノセンス持ったままじゃ狙われるだろうし、味方が居ないんじゃ辛いんじゃねーの?」
「そうでも無い。人が多い所には基本的には近づかないしな。それに、自分から近づいてくる奴は全て敵だと疑ってる」
イノセンスを持つゆえに、AKUMAに狙われる。渡せばいいと思うかもしれないが、神谷にとって六幻は最も使いやすい武器だ。これ以上に手に馴染んだ武器は他に無い。
だからこそ、多少の危険性を持っていても六幻を手放さない。
「ふーん。じゃあ次の質問だ。六年前の大規模なんちゃらって伯爵が言ってただろ。アレ、なんか知ってるみたいだったが。何だ?」
「……アレは──」
●
大規模イノセンス争奪戦。
「あれは酷い戦いだったな。辺り一面血の海で、酷い腐臭がした」
ワイズリーが気持ち悪いものでも見たかのように鳥肌を立て、言う。
晴れ晴れとした空は青く、日が照らすそこは花や木々に囲まれた農園の様だ。木陰に隠れる様にして作業をしているのは、デザイアス。
こういった事をするのが好きらしい。デザイアス曰く、人間よりも植物は余程好感を持てるとの事。
「確か、トライドも戦闘したんだろう?」
相変わらず土いじりをしながら、デザイアスが尋ねる。
「そうじゃな。ワタシも彼と戦闘したが、一カ月以上前に会った時は驚いた。──何せ、六年前と容姿が 変わって無かった からのう」
「彼はセカンドの中でも極少数の"成功した被検体"だからね。かつて何度か成功した者もいたみたいだけど、完全とは言えなかった。神谷蓮は完全に成功し、その能力を使いこなしている、と言う訳さ」
伯爵が紅茶を飲みながら、ゆっくりとそう言う。
「容姿が変わっていないのも其処が原因だ。連合も良くやるよ。戦いで死んでしまうなら、蘇らせれば良い とは。流石の僕でも驚いたね」
口元に小さく笑みを浮かべながら、紅茶をテーブルに置く。
気持ちの良い風が吹き、足音がしたと顔を向けてみれば、其処にはエヴァがいた。金色の髪を風になびかせながら、近づいてきた。
「ここにいたのか。いつも通り暇だな、デザイアス」
「そう言わないで欲しい。私も執務から逃れられて清々しているよ。好きな事が好きなだけ出来るからね」
椅子に座り、用意してあるポットからカップへと紅茶を注ぐ。
「それで、随分と興味深い話をしていたようだが?」
「まぁ、ある意味においてはエヴァに無関係と言える話じゃないからね。と言っても、方式を変えた結果が『神谷』という被検体な訳だけど」
それだけでどんな話か確信が持てたのか、エヴァが小さく呟く。
「やはり"セカンド"の話だったか」
「そう。そして、彼が連合を抜ける切っ掛けとなったのが『六年前』の争奪戦だ」
ワイズリーが当時の事を思い出そうと目を瞑り、リラックスする。
「……新旧両世界の組織が、イノセンスを手に入れようと大規模な戦闘が勃発。死者は合計で数百人とも言われていたな」
「それだけ本気だったと言う訳さ。僕にとっては願っても無い展開だけどね」
人が死ねば死ぬだけ、AKUMAが増える事になる。人が少なくなると言う事は、調査をする人間も少なくなるし、役割ごとの仕事量が増えると言う事。
そうなれば、より危険を冒してでも情報を手に入れる必要が出てくる。となれば、後は彼らにとっての悪循環だ。
どこかから人材を引きいれても、死亡率の高さに変わりは無い。抜けようとする者も出てくるし、それを処罰や始末しようとする者も出てくる。
最終的にそのイノセンスは連合が手に入れたが、損失は大きかった。
「それ以前から、彼は連合に対しての不信感を抱いていたのだろうね。あの事件でそれが爆発したのか、元老院を数名殺して逃げた。彼自身の身体能力の高さもさることながら、異常なまでの回復力も脅威だろう」
寿命を削って回復力を跳ね上げる。それが本来の"セカンド・エクソシスト"計画。
だが、どこかで誰かが言ったのだろう。「これでは駄目だ」と。
結果として、初期よりも強力な回復能力と身体能力を得て、イノセンスの適合権が移譲される事も判明した。
しかし、それを満たすにはいくつかの条件が必要不可欠であり、通常ではまずセカンドに成る事は無い。
「彼自身、どちらかと言えば、僕らよりも連合の方を嫌っているんじゃないかな」
伯爵自身、六年前の事に関しては余り知らないのだ。AKUMAを回収に向かわせはしたものの、数名のエクソシスト相手に戦闘して破壊され、情報はほとんど手に入っていない。
ワイズリー達が唯一の情報源だ。
「……連合も面倒なものを作り出してくれたもんじゃのう」
「そうでも無い。結局の所、強化された人間に過ぎないからね。体力の消耗や人体の構造は変わらないんだ。多少の犠牲に目を瞑れば倒す事は出来るさ」
尤も、今はその時期ではないとして、襲うつもりも無い。
「──伯爵様」
方舟の"門 "が開き、エコーが資料を持ってでてくる。エコーはそれを伯爵に手渡し、ポットに紅茶を継ぎ足しに行った。
伯爵はそれをパラパラとめくり、流し読みをする。中身はアリカのクーデターに関しての各国の動きだ。
「……うん。予想以上に早く動いたらしい」
「どうなったんだ?」
「簡単に言えば、今までアリカ姫──いや、もうアリカ女王と言った方が良いかな──と紅き翼が集めて来た、協力者の一部が離反したよ」
小さく笑みをこぼしながら、資料をめくって中身を読み取る。
「出来は予想以上だ。貴族や国王達は、僕らに協力することが相当嫌らしい」
資料をエヴァに渡し、エコーが新たに持って来た紅茶を、伯爵のカップに注ぐ。
「……なるほどな。私達との協力関係を疑われ、その結果がこれか。アリカは国を取り戻した代わりに、戦争を終わらせる事が難しくなったな」
「一度証拠が出れば、覆す事は難しい。人間、負の方向に関しては一度信用してしまえば疑念は残るだろうからね」
これで、アリカ達は動く事が難しくなった。エクソシストの中にも、もしかすれば敵かもしれない、と考えるものが出てくる可能性がある。
ここから挽回する事は難しい。しかも、場合によってはオスティアの民まで、その被害を受けるかもしれないのだ。
彼らは慎重に動かざるを得なくなる。
「ここから、僕等はしばらく傍観だ。彼らには何も出来やしないさ。無力な人間は、無力だと嘆きながら諦めていればいい」
第三者が居れば、伯爵の瞳に狂気が宿っている事に気付くだろう。それほどに、歪。
家族であり、ノアであるエヴァ達はそれを異常と扱わない。人間を見下しきった彼らは、その他大勢の人間などどうでもいいのだ。
「後は、……造物主達かな。彼らも彼らで戦争を終わらせようとしているみたいだし、多少妨害をかければ良いだろう」
「アスナはもう彼らの下に?」
「いや、まだ塔の中にいる。アーウェルンクス達も、計画の初期段階で攫う事はしなかったみたいだ。最終段階に入る直前。その辺りで動くだろう」
「なら、私達はそれを妨害すればいいのか?」
「ちょっと違うかな。それは放っておいていい。予想の範囲内だし、プランとしては次善の策だ」
紅茶に口を付け、一息つく。
「最善は、彼らがそれをやる間もないほどに早く、各国の国力が低下する事。其処まで行けば、戦争が終わっても終わらなくても死者は勝手に増えていくからね。戦争で経済が良くなる場合もあるけど、敗戦国はそうはならない。仮に終わったとしても、しばらくは戦争の残り火もあるだろうし、犯罪も増える。悪循環と言うのは、そう簡単に良くはならないものだよ」
デフレーション。経済において、賠償金や領地の譲渡を行えば、敗戦国は国力の低下を強いられる。
そうなれば、国を動かす為の金が無くなり、税が増え、結果として民が辛酸をなめる事となる。
戦争とは、往々にして得るモノなど存在しない。勝利国にしても、どの道同じ世界にいる以上は敗戦国の事をどうにかする必要が出てくるのだ。
長い目で見れば、唯無駄に兵を減らし、疲弊させただけの下らない戦い。そうだと知っていてもなお戦う事を止めないのは、目先の利益にとらわれた者が居るからだろう。
「ここからは彼ら次第だ。戦争をどれだけ早く終わらせる事が出来るか、見物だね」
クーデターが終わり、一週間後。
一旦隠れ家へと足を運び、休養と作業の報告に移る事にした一同。だが、アリカはクーデターによる王位の継承などの作業がある為、オスティアに残っている。
流石に城の外でAKUMAと戦闘する事は無かったようだが、それでも兵士の何割かはやられた様だ。
クーデターを起こす可能性を考えていたのだろう。今までの政治的手腕からは考えられない位に、兵を上手く配置してあった。
アルヴァとギュスターブは、それぞれエクソシスト本部へと情報を流しに向かっている。一晩休んで直ぐに発ったため、今頃本部について情報を流している事だろう。
それよりも、ナギやラカンなどは気になっている事があった。
「お前……確か、神谷って言ってたっけ。何でセクンドゥムと一緒だったんだ?」
「ちょっとした質問をする為に生かしてやった。おかげで一回死ぬぐらいの傷を負ったがな」
そう言う神谷の体には、どこにも傷があるようには思えない。包帯を巻いている場所も無ければ、傷らしい傷さえ見当たらないのだ。
ジロジロトみる紅き翼の面々に向かって、面倒臭そうにしながら告げる。
「俺の体は『特別性』でな。そんなに簡単に死ぬようなものじゃない」
表情を変えず、ぶっきらぼうにそう言った。首元を隠す様にして赤黒いマフラーを動かし、左手では腰に差している『六幻』を無意識に触れていた。
「……特別性、ね。というか、セクンドゥムは何で一か月以上も連絡寄越さなかったんだ?」
「私はあの時瀕死でな。助けてくれたのは良いが、コイツ、治癒魔法を扱えなかったんだ。核が破損していなかったから良かったものの、破損していればあのまま死んでいただろう」
アーウェルンクス等、造物主が作った人形には『再生核』と呼ばれるものがある。
これが存在する限り、魔力も肉体も時間をかければ元通りになるのだ。とはいえ、セクンドゥムが負ったダメージは酷く、一カ月以上も使って漸く完治した訳だが。
「さて、改めて紹介しようか。こっちのエクソシストは神谷蓮。イノセンスは腰に差してる刀型のもので、銘は『六幻』。実力はナギは見ただろうが、Lv3となら真正面から戦える。ノア三人相手に、私を連れて逃げた位だしな」
三人のノアから逃げ切ると言う時点で、既に実力のほどはわかるだろう。もっとも、トライド一人が獲物を逃すまいとしていただけなので、実質一対一ととっても良いのだが。
現状紅き翼でイノセンスを持つのは詠春だけだが、まだ上手く扱えておらず、Lv3相手に簡単に勝つと言う事は難しい。
「そういや、伯爵が神谷の事を"セカンド"とか言ってたけどよ、アレはなんだったんだ?」
「それは──」
「お前等は知らなくて良い事だ」
セクンドゥムが話そうとした所へ、神谷が鋭い眼光を向けながら言う。
「"アレ"の事は知らなくて良い。思い出したくも無いしな。実験は既に凍結されてる筈だし、知っている人間は俺が片っ端から殺してる」
その眼に浮かぶのは、憎悪。忌々しげに表情を歪め、思い出したくも無いとばかりに頭を振る。
殺していない者もいれば、殺せない者もいるのだが。
その様子を見て、ナギ達は根掘り葉掘り聞くのを躊躇う。
「……そういや、お前どこの組織にも属して無いんだろ。イノセンス持ったままじゃ狙われるだろうし、味方が居ないんじゃ辛いんじゃねーの?」
「そうでも無い。人が多い所には基本的には近づかないしな。それに、自分から近づいてくる奴は全て敵だと疑ってる」
イノセンスを持つゆえに、AKUMAに狙われる。渡せばいいと思うかもしれないが、神谷にとって六幻は最も使いやすい武器だ。これ以上に手に馴染んだ武器は他に無い。
だからこそ、多少の危険性を持っていても六幻を手放さない。
「ふーん。じゃあ次の質問だ。六年前の大規模なんちゃらって伯爵が言ってただろ。アレ、なんか知ってるみたいだったが。何だ?」
「……アレは──」
●
大規模イノセンス争奪戦。
「あれは酷い戦いだったな。辺り一面血の海で、酷い腐臭がした」
ワイズリーが気持ち悪いものでも見たかのように鳥肌を立て、言う。
晴れ晴れとした空は青く、日が照らすそこは花や木々に囲まれた農園の様だ。木陰に隠れる様にして作業をしているのは、デザイアス。
こういった事をするのが好きらしい。デザイアス曰く、人間よりも植物は余程好感を持てるとの事。
「確か、トライドも戦闘したんだろう?」
相変わらず土いじりをしながら、デザイアスが尋ねる。
「そうじゃな。ワタシも彼と戦闘したが、一カ月以上前に会った時は驚いた。──何せ、
「彼はセカンドの中でも極少数の"成功した被検体"だからね。かつて何度か成功した者もいたみたいだけど、完全とは言えなかった。神谷蓮は完全に成功し、その能力を使いこなしている、と言う訳さ」
伯爵が紅茶を飲みながら、ゆっくりとそう言う。
「容姿が変わっていないのも其処が原因だ。連合も良くやるよ。戦いで死んでしまうなら、
口元に小さく笑みを浮かべながら、紅茶をテーブルに置く。
気持ちの良い風が吹き、足音がしたと顔を向けてみれば、其処にはエヴァがいた。金色の髪を風になびかせながら、近づいてきた。
「ここにいたのか。いつも通り暇だな、デザイアス」
「そう言わないで欲しい。私も執務から逃れられて清々しているよ。好きな事が好きなだけ出来るからね」
椅子に座り、用意してあるポットからカップへと紅茶を注ぐ。
「それで、随分と興味深い話をしていたようだが?」
「まぁ、ある意味においてはエヴァに無関係と言える話じゃないからね。と言っても、方式を変えた結果が『神谷』という被検体な訳だけど」
それだけでどんな話か確信が持てたのか、エヴァが小さく呟く。
「やはり"セカンド"の話だったか」
「そう。そして、彼が連合を抜ける切っ掛けとなったのが『六年前』の争奪戦だ」
ワイズリーが当時の事を思い出そうと目を瞑り、リラックスする。
「……新旧両世界の組織が、イノセンスを手に入れようと大規模な戦闘が勃発。死者は合計で数百人とも言われていたな」
「それだけ本気だったと言う訳さ。僕にとっては願っても無い展開だけどね」
人が死ねば死ぬだけ、AKUMAが増える事になる。人が少なくなると言う事は、調査をする人間も少なくなるし、役割ごとの仕事量が増えると言う事。
そうなれば、より危険を冒してでも情報を手に入れる必要が出てくる。となれば、後は彼らにとっての悪循環だ。
どこかから人材を引きいれても、死亡率の高さに変わりは無い。抜けようとする者も出てくるし、それを処罰や始末しようとする者も出てくる。
最終的にそのイノセンスは連合が手に入れたが、損失は大きかった。
「それ以前から、彼は連合に対しての不信感を抱いていたのだろうね。あの事件でそれが爆発したのか、元老院を数名殺して逃げた。彼自身の身体能力の高さもさることながら、異常なまでの回復力も脅威だろう」
寿命を削って回復力を跳ね上げる。それが本来の"セカンド・エクソシスト"計画。
だが、どこかで誰かが言ったのだろう。「これでは駄目だ」と。
結果として、初期よりも強力な回復能力と身体能力を得て、イノセンスの適合権が移譲される事も判明した。
しかし、それを満たすにはいくつかの条件が必要不可欠であり、通常ではまずセカンドに成る事は無い。
「彼自身、どちらかと言えば、僕らよりも連合の方を嫌っているんじゃないかな」
伯爵自身、六年前の事に関しては余り知らないのだ。AKUMAを回収に向かわせはしたものの、数名のエクソシスト相手に戦闘して破壊され、情報はほとんど手に入っていない。
ワイズリー達が唯一の情報源だ。
「……連合も面倒なものを作り出してくれたもんじゃのう」
「そうでも無い。結局の所、強化された人間に過ぎないからね。体力の消耗や人体の構造は変わらないんだ。多少の犠牲に目を瞑れば倒す事は出来るさ」
尤も、今はその時期ではないとして、襲うつもりも無い。
「──伯爵様」
方舟の"
伯爵はそれをパラパラとめくり、流し読みをする。中身はアリカのクーデターに関しての各国の動きだ。
「……うん。予想以上に早く動いたらしい」
「どうなったんだ?」
「簡単に言えば、今までアリカ姫──いや、もうアリカ女王と言った方が良いかな──と紅き翼が集めて来た、協力者の一部が離反したよ」
小さく笑みをこぼしながら、資料をめくって中身を読み取る。
「出来は予想以上だ。貴族や国王達は、僕らに協力することが相当嫌らしい」
資料をエヴァに渡し、エコーが新たに持って来た紅茶を、伯爵のカップに注ぐ。
「……なるほどな。私達との協力関係を疑われ、その結果がこれか。アリカは国を取り戻した代わりに、戦争を終わらせる事が難しくなったな」
「一度証拠が出れば、覆す事は難しい。人間、負の方向に関しては一度信用してしまえば疑念は残るだろうからね」
これで、アリカ達は動く事が難しくなった。エクソシストの中にも、もしかすれば敵かもしれない、と考えるものが出てくる可能性がある。
ここから挽回する事は難しい。しかも、場合によってはオスティアの民まで、その被害を受けるかもしれないのだ。
彼らは慎重に動かざるを得なくなる。
「ここから、僕等はしばらく傍観だ。彼らには何も出来やしないさ。無力な人間は、無力だと嘆きながら諦めていればいい」
第三者が居れば、伯爵の瞳に狂気が宿っている事に気付くだろう。それほどに、歪。
家族であり、ノアであるエヴァ達はそれを異常と扱わない。人間を見下しきった彼らは、その他大勢の人間などどうでもいいのだ。
「後は、……造物主達かな。彼らも彼らで戦争を終わらせようとしているみたいだし、多少妨害をかければ良いだろう」
「アスナはもう彼らの下に?」
「いや、まだ塔の中にいる。アーウェルンクス達も、計画の初期段階で攫う事はしなかったみたいだ。最終段階に入る直前。その辺りで動くだろう」
「なら、私達はそれを妨害すればいいのか?」
「ちょっと違うかな。それは放っておいていい。予想の範囲内だし、プランとしては次善の策だ」
紅茶に口を付け、一息つく。
「最善は、彼らがそれをやる間もないほどに早く、各国の国力が低下する事。其処まで行けば、戦争が終わっても終わらなくても死者は勝手に増えていくからね。戦争で経済が良くなる場合もあるけど、敗戦国はそうはならない。仮に終わったとしても、しばらくは戦争の残り火もあるだろうし、犯罪も増える。悪循環と言うのは、そう簡単に良くはならないものだよ」
デフレーション。経済において、賠償金や領地の譲渡を行えば、敗戦国は国力の低下を強いられる。
そうなれば、国を動かす為の金が無くなり、税が増え、結果として民が辛酸をなめる事となる。
戦争とは、往々にして得るモノなど存在しない。勝利国にしても、どの道同じ世界にいる以上は敗戦国の事をどうにかする必要が出てくるのだ。
長い目で見れば、唯無駄に兵を減らし、疲弊させただけの下らない戦い。そうだと知っていてもなお戦う事を止めないのは、目先の利益にとらわれた者が居るからだろう。
「ここからは彼ら次第だ。戦争をどれだけ早く終わらせる事が出来るか、見物だね」