第二十二夜:墓守人の決戦 Ⅰ
一年半。一年半だ。
正史であれば、完全なる世界との半年にわたる死闘の後に、世界最古の都、王都オスティア空中王宮最奥部『墓守り人の宮殿』にて決戦が行われた。
しかし、AKUMA及びノア達千年伯爵一派の暗躍などがあり、戦争を終わらせる事が難しくなったアリカ達は、まず足元から固める事を始める。
連合、帝国、アリアドネー。その他小国の王侯貴族等、味方になってくれそうな者達は片っ端から当たって行った。
背中を任せる味方は慎重に慎重を期して選び、何度も何度も説得を試みて味方につけていった。
その間にも戦争は終わらず、戦死者は膨大な数へと膨れ上がってしまった。
これでは伯爵の思うつぼだと、『完全なる世界』と『紅き翼』はとある作戦を立てる。
即ち、『仮想の敵』を作り上げること。
完全なる世界が戦争の原因として暗躍していた。そう各国に伝え、悪役として紅き翼に倒される。上手く行けば、これで戦争は終わるだろう。
伯爵が戦争で利益を得ていると知ってはいるが、原因だとは知らない。だからこそ出来る策だ。
それを知っているのは紅き翼と完全なる世界、エクソシストのみ。情報の秘匿を優先した結果、それ以外のどこにも漏らす事はしなかったし、漏らそうともしなかった。
全員が、これが最大で最後のチャンスだと思っていたからだ。
しかし、此処まで持ってくるのに一年半を費やした。被害の大きさは計り知れないし、増えたAKUMAの数も計り知れない。
そして、現在。
「…………」
ナギは沈黙し、唯墓守り人の宮殿を見つめる。宮殿の周りには大量の召喚魔がおり、宮殿を守る様にして配置されている。
体の調子は最高。戦闘にはうってつけのベストコンディションだ。
「……ナギ」
「分かってる。そろそろ時間だろ」
アルのかけた言葉に反応し、後ろに控えるセラスを見る。神谷は一時期共に行動していたが、いつの間にか居なくなっていた。行方は知らないが、死ぬ事は無いだろうと紅き翼の全員が思っていた。
剣士としての実力は、技術では詠春、膂力では神谷と言ったところだろう。だが、ルール無用の殺し合いとなれば、神谷に軍配が上がる。
セラスは一歩踏み出し、ナギへと報告する。
「ナギ殿、帝国・連合・アリアドネー混成部隊、準備完了しました」
「おう。あんた等が外を抑えてくれてりゃ、俺達が本丸へ突入できる。……わかってると思うが、優先命令は絶対に死ぬな、だ」
「はい。皆さんもお気を付けて」
アリアドネーのエクソシストを纏めるセラスも、この戦いの事を知っている。
始めから勝敗が決まっている出来レース。正規軍で無いとはいえ、紅き翼が勝利すればその情報は瞬く間に各国へと流れていき、終戦の『流れ』が出来るだろう。
それさえ出来てしまえば、後は這い上がるだけ。各国は軍事費などで金が必要となり、国力は疲弊しきっている。これ以上戦争を続けさせるわけにはいかないのだ。
『決戦を遅らせる事は出来ないか? 連合の正規軍は、まだ説得に時間がかかりそうだ。帝国のテオドラ皇女とタカミチ君も同じだろう』
「それは無理です、ガトウ。分かっているでしょう?」
「既にタイムリミットだ。連合と帝国は正規軍では無いが、十分だろう」
この作戦が始まるのが遅ければ、『完全なる世界』の目的である世界を封じると言う行為の第一段階、魔法消失現象が起こらない事に疑問を抱かれる。
初期段階ならまだ止めようがある。だからこそ、紅き翼が止めたと思わせる必要があるのだ。
「よぉーっし、ナギ、行こうぜ!」
ラカンが気合いを入れる為にナギに呼びかける。ナギはそれに一度頷き、後ろに控える全員の方を向く。
「ああ──行くぜッ!!」
杖を右手に持ち、それを掲げて鼓舞し、紅き翼を筆頭に飛びだす。
仮初 の決戦は、幕を開けた。
●
扉を破壊し、墓守り人の宮殿内部へと侵入する。
奥へ奥へと走り、その視界の先にアーウェルンクス達を見つけた。
「やぁ、良く来たね。儀式は直前で止めてある。後で確認した時、発動の痕跡すらないのでは怪しまれるからね」
プリームムがナギに並び、同じ速力で最奥部へと道案内をする。
最奥部にはセクンドゥムやデュナミスなど、造物主の使徒達は全員が揃っている。だが、ノア達との戦闘でかなり数を減らされ、残ったのは五体だけ。
新たなシリーズを作る事も考えてはいるが、出来ていないのが現状だ。
「……ここだよ」
最奥部。その扉を開く。
実は、ナギ達は造物主に会った事が無い。連絡を取るだけならアーウェルンクス達を使えば良いし、自身が出る事も殆ど無い。
とどのつまり、会う機会が無かった、と言う事だ。
扉を開け、視界の先に居たのは金髪の女性。黒いローブを羽織り、アスナの近くに佇んでいる。
「……アンタが造物主 か?」
「そうだ。私が造物主 と呼ばれる存在。女であることがそんなに奇妙かね?」
金髪を三つ編みにして後頭部に巻いている。その風貌は、どこかアリカに似た顔立ちだ。ただし、雰囲気は全くと言って良いほどに違うのだが。
笑みを浮かべている造物主に対し、首を横に振って否定するナギ。
「いや、そんな事はねぇ。……それより、姫子ちゃんは大丈夫なんだろうな?」
「案ずるな。彼女はあの中にこそいるが、被害を受ける心配は無い」
何か透明な結晶の様な物の中に閉じ込められているアスナ。それを見て、心配そうに尋ねるナギ。
彼女を巻き込むつもりは無かった。だが、儀式には『黄昏の姫御子』の力が必要だ。最低限の安全等を確保を約束に、アスナがこの儀式に使われる事を"是"とした。
造物主は一度視線をアスナに向け、自身の末裔としての力をもつその子を、視る。その視線に、造物主のどんな感情が込められているかは分からない。
視線をナギへと戻し、告げる。
「流石に怪我の一つも無く、魔力が感じられないと言うのも不味いだろう。軽く戦闘でもして魔力消費を──」
造物主は、最後まで言う事が出来なかった。
何故なら、カシャン──という音と共に、視界の先に奇妙な扉が現れたからだ。
扉はゆっくりと開き、中から誰かが出てくる。
シルクハットに白いコート。ぽっちゃりとした体形で、その肩の上にかぼちゃの頭がついた傘が居る。
「貴様は──千年伯爵か」
「始めましテ。この幻想世界の作り手、造物主 」
右手を添え、お辞儀をする。だが、目上の者に対する様なものでは無い。紳士として挨拶しただけの事であり、それ以外の意味などどこにも含まれてはいない。
その仕草をしている間にも、その場にいる全員が戦闘態勢を整える。
「私が、この魔法世界を作ったと知っているのか」
「ええ、もちろんですヨ。亜人は全て人類とは別の生き物ですからねェ。とは言え、イノセンスは亜人も適合者と認める様ですガ」
二人の間には、濃密な敵意が渦巻いている。造物主には、伯爵の目的が分からない。
何をする為にここに来たのか。まさか戦いに来たと言う訳でもないだろう。イノセンスは、この場では詠春しか持たない。エクソシスト達の本部を襲えば、もっと大量のイノセンスがある。破壊するならそちらを狙う筈だ。
ならば──何故?
「吾輩が此処に来た事が、そんなに不思議な事ですカ?」
「当然だ。お前が狙うであろうイノセンスなら、この世界の他の場所に──」
其処まで言って、気付く。この魔法世界に、イノセンスは幾つある? 少なくとも、両手の指では足りない程度にはあるだろう。そして、伯爵を打倒し得る唯一の武器。
そして、現状。儀式こそ発動していないが、この場で魔法世界を封じる 事が出来る。
つまり、伯爵の狙いは──
「不味い、奴を倒せ──ッ!!」
造物主が目的に気付いたと、そう悟ったのだろう。伯爵は大きく開けてある口を愉悦に歪め、左手を掲げる。
そして、パチン──と音を鳴らした。
瞬間、伯爵の背後に巨大な黒い壁が現れた。『方舟』の"門 "だ。其処から更に──膨大な数のAKUMAが、姿を現していく。
視界が黒く染まるほどの数。ふざけた数を相手に、全員が構える。
「イノセンス──発動!!」
詠春がイノセンスを手に、その能力を発動する。
刀型のイノセンスであり、銘は『雷刃 』。雷を刀身に纏い、青白く発光する。元々神鳴流は雷撃を扱うことも多い為、このイノセンスとの相性は良い。
夕凪を振るうよりも容易く、Lv3のAKUMA達を葬っていく。とはいえ、一体一体が相当な実力を持つ。一騎当千の無双劇という訳にもいかないのだ。
「チッ、どうなってる!」
「恐らく、奴の目的は魔法世界を封じる事にある」
「あぁ!? どういう事だよ!」
「この魔法世界には大量のイノセンスが存在している。適合者もいるし、対AKUMA武器になっていないイノセンスもある。だが、この魔法世界を封じると言う事は即ち──それら全てが、使い物にならなくなると言う事を示す」
イノセンスがある世界そのものを封じ込め、イノセンスを使用不可とする。ノアの力で破壊出来ない為に、ハートがあるかは判断がつかないが、それでも戦力差はさらに開く事に成るだろう。
どの道、ハートが使い物にならないのなら、この戦争は伯爵が勝ったも同然なのだから。
更に言えば、ナギ達『紅き翼』、造物主達『完全なる世界』をもこの世界に閉じ込める事になる。そうなれば、最早エクソシスト達に勝ち目は無い。
「クソッタレ……そう言う事かよ!」
武器を振るい、魔法を放ち、AKUMAをまた一体破壊する。
だが、たかが一体倒した程度ではどうという事は無い。あり得ないほどの数の差。幾ら一騎当千の英雄とて、この状況を前に打開できる方法があるとは考えにくい。
大規模殲滅魔法を使おうにも、この状況では味方まで巻き込んでしまう。第一、呪文詠唱の時間が無いのだ。
「デュナミス! 召喚魔を全て此処へ呼び戻せ! 外の連中は放っておいていい、今はこちらが最優先だ!!」
セクンドゥムが叫び、AKUMAを殴り飛ばす。
デュナミスは直ぐに『造物主の掟 』を使い、大量の召喚魔をこの場へと呼びもどす。
しかし、一体一体の実力が違い過ぎる。ナギとほぼ同レベルのLv3に対し、中級魔法で倒せる様な召喚魔では時間稼ぎが関の山だ。
「殺セ、殺セッ!」
AKUMAの声が聞こえる。次々に召喚魔達を薙ぎ払い、叩き潰していく。
そんな時だった。
「何だ、もう始まってるのか」
「ダラダラと準備するからだろう。それに、奴等がこのAKUMAの大軍を相手に、どうにか出来るとも思えんしな」
方舟のゲートから出て来たのは、二人。エヴァ とジョイドだ。
「ケケケ、少ネーナ。斬リガイガネーゼ」
チャチャゼロがエヴァの肩の上で笑う。大振りのナイフを持つ殺人人形は、戦いたくてうずうずしているらしい。
「あなたは……エヴァンジェリン、ですか?」
アルが、驚いた様な顔を向ける。その視線の先にいるのはエヴァ。
「あん? ……お前、アルビレオか。久しいな。まだ生きいてたのか、古本」
「おかげ様で。昔会った時は十才くらいの可愛い女の子だったと記憶していますが、その姿は幻術ですか?」
「残念だったな、ロリコン。私のこの姿は本物だ」
若干軽蔑する様な眼をアルに向け、そう話す。口元には笑みが浮かんでおり、酷く妖艶に見える。
アルはそれを無視し、真剣な顔付きになって問いかけた。
「それにしても、あなたがノアだったとは……私と会った時、既にノアだったと言う訳ですか?」
「いや、違うな。ノアになったのはお前と会ってからしばらくした後だ。知らんのは当たり前だろう」
どうにも、二人は古い仲らしい。それでも、この状況では敵と言う事に変わりない。
エヴァは魔力を高め、紅き翼達を見る。
「どっちに行く?」
「私はどちらでも構わんよ。イノセンスを持ってるのはあの男だけだろう? なら、どちらが相手でも同じだ」
ジョイドは大量の蝶を出現させながら、そう言う。イノセンス以外では傷一つ付かないのだ、誰が相手でも同じだろう。
両腕の外側には、十字の楯の様なものが現れている。白髪が多少垂れる位は気にしないようだ。
しかし、次の瞬間。殺気と共に、刀が振り下ろされる。
「──なら、俺と戦って貰おうか」
真横からの一撃。高速の斬撃を危なげなく防ぎ、攻撃してきた相手を見る。
「お前は──セカンドか。良く此処で何かあると分かったな?」
「俺を此処に連れて来たのは、元帥の野郎どもだ。だがまぁ、どうでもいい。ノアは殺す。AKUMAも殺す……そして、元老院もな」
六幻と鍔迫り合いをしながら、ジョイドは笑う。元老院を毛嫌いしているのは知っているし、イノセンスを持つからと襲ってくるノア達を嫌っているのも知っている。
「なら、決着をつけようじゃないか、エクソシスト」
「俺は聖職者じゃねぇよ。唯の人殺しだ」
イノセンスとノアの力がぶつかり、衝撃波で地面が揺れる。
●
「……派手に遊んでいるな、ジョイドの奴」
「なら、こっちも遊ばせて貰おうじゃない」
エヴァの目の前にいるのは、一人の女性。右手には水瓶があり、服装は金色のローズクロスが入ったコート。
不敵に笑うその女を見て、エヴァもまた、唇を吊り上げて笑う。
「ほう、元帥が相手をしてくれるのか。これは楽しみだな」
「残念ながら、この場にいるのは私だけじゃないのよね」
「……何?」
周りのAKUMAが次々に破壊されていく。爆破の音に紛れて、武器を振るう音や高速で地面を踏みぬく様な音、詠唱の声が聞こえてくる。
粉塵をかき分け、現れるのは二人の男。どちらも金色のコートを身に纏い、敵意をエヴァに向けている。
「ノアが居るなぁ、おい。じっくりたっぷり、遊ばせて貰おうじゃあねぇかよ、おい!」
「遊ぶ様な真似などせん。奴は此処で殺す。異教徒、否、神の敵は我らが手で消し飛ばすのみよ!」
金髪をオールバックに纏めた男と、短い黒髪の男。どちらも手にはイノセンスを持っており、AKUMAを易々と壊す事から実力が測れる。
金髪の男の身長は高く、筋肉質である事が一目でわかる。男は手に持ったその武器を振りながら、悠然と歩く。
黒髪の男の身長は金髪の男ほどでは無く、およそ百六十位だろうか。こちらもまた、筋肉質な腕が露出している。
「……クク、中々に楽しめそうな面子じゃないか。私に多少は本気を出させろよ、エクソシスト共」
計三人の元帥。それに対し、一人のノア。これだけを見れば、元帥側が圧倒的に有利だろう。
しかし、数で多少上回った程度では、エヴァは倒せない。
胸元から一枚のカードを取り出し、三人に見せる。
「それは──仮契約 カード?」
仮契約カード。それは、主従の契約を結ぶ二人の間に出る、証とも呼べるカードだ。主の力量によっては強力なアーティファクトと呼ばれるものが出る事もあり、ある意味において主の力量が試される。
「そう、これは仮契約 カードだ。当然だが、主は千年公。この意味がわかるか?」
伯爵は普段使わないだけで、かなりの魔力量を秘めている。もし、それが仮契約に顕著に表れていたとしたら?
「来れ 」
「不味いな……やらせるなッ!」
二人の元帥がぶつかりに行き、一人の元帥が遠距離からの攻撃をする。
そして、ノアとエクソシストがぶつかり、衝撃で墓守り人の宮殿が揺れた──
一年半。一年半だ。
正史であれば、完全なる世界との半年にわたる死闘の後に、世界最古の都、王都オスティア空中王宮最奥部『墓守り人の宮殿』にて決戦が行われた。
しかし、AKUMA及びノア達千年伯爵一派の暗躍などがあり、戦争を終わらせる事が難しくなったアリカ達は、まず足元から固める事を始める。
連合、帝国、アリアドネー。その他小国の王侯貴族等、味方になってくれそうな者達は片っ端から当たって行った。
背中を任せる味方は慎重に慎重を期して選び、何度も何度も説得を試みて味方につけていった。
その間にも戦争は終わらず、戦死者は膨大な数へと膨れ上がってしまった。
これでは伯爵の思うつぼだと、『完全なる世界』と『紅き翼』はとある作戦を立てる。
即ち、『仮想の敵』を作り上げること。
完全なる世界が戦争の原因として暗躍していた。そう各国に伝え、悪役として紅き翼に倒される。上手く行けば、これで戦争は終わるだろう。
伯爵が戦争で利益を得ていると知ってはいるが、原因だとは知らない。だからこそ出来る策だ。
それを知っているのは紅き翼と完全なる世界、エクソシストのみ。情報の秘匿を優先した結果、それ以外のどこにも漏らす事はしなかったし、漏らそうともしなかった。
全員が、これが最大で最後のチャンスだと思っていたからだ。
しかし、此処まで持ってくるのに一年半を費やした。被害の大きさは計り知れないし、増えたAKUMAの数も計り知れない。
そして、現在。
「…………」
ナギは沈黙し、唯墓守り人の宮殿を見つめる。宮殿の周りには大量の召喚魔がおり、宮殿を守る様にして配置されている。
体の調子は最高。戦闘にはうってつけのベストコンディションだ。
「……ナギ」
「分かってる。そろそろ時間だろ」
アルのかけた言葉に反応し、後ろに控えるセラスを見る。神谷は一時期共に行動していたが、いつの間にか居なくなっていた。行方は知らないが、死ぬ事は無いだろうと紅き翼の全員が思っていた。
剣士としての実力は、技術では詠春、膂力では神谷と言ったところだろう。だが、ルール無用の殺し合いとなれば、神谷に軍配が上がる。
セラスは一歩踏み出し、ナギへと報告する。
「ナギ殿、帝国・連合・アリアドネー混成部隊、準備完了しました」
「おう。あんた等が外を抑えてくれてりゃ、俺達が本丸へ突入できる。……わかってると思うが、優先命令は絶対に死ぬな、だ」
「はい。皆さんもお気を付けて」
アリアドネーのエクソシストを纏めるセラスも、この戦いの事を知っている。
始めから勝敗が決まっている出来レース。正規軍で無いとはいえ、紅き翼が勝利すればその情報は瞬く間に各国へと流れていき、終戦の『流れ』が出来るだろう。
それさえ出来てしまえば、後は這い上がるだけ。各国は軍事費などで金が必要となり、国力は疲弊しきっている。これ以上戦争を続けさせるわけにはいかないのだ。
『決戦を遅らせる事は出来ないか? 連合の正規軍は、まだ説得に時間がかかりそうだ。帝国のテオドラ皇女とタカミチ君も同じだろう』
「それは無理です、ガトウ。分かっているでしょう?」
「既にタイムリミットだ。連合と帝国は正規軍では無いが、十分だろう」
この作戦が始まるのが遅ければ、『完全なる世界』の目的である世界を封じると言う行為の第一段階、魔法消失現象が起こらない事に疑問を抱かれる。
初期段階ならまだ止めようがある。だからこそ、紅き翼が止めたと思わせる必要があるのだ。
「よぉーっし、ナギ、行こうぜ!」
ラカンが気合いを入れる為にナギに呼びかける。ナギはそれに一度頷き、後ろに控える全員の方を向く。
「ああ──行くぜッ!!」
杖を右手に持ち、それを掲げて鼓舞し、紅き翼を筆頭に飛びだす。
●
扉を破壊し、墓守り人の宮殿内部へと侵入する。
奥へ奥へと走り、その視界の先にアーウェルンクス達を見つけた。
「やぁ、良く来たね。儀式は直前で止めてある。後で確認した時、発動の痕跡すらないのでは怪しまれるからね」
プリームムがナギに並び、同じ速力で最奥部へと道案内をする。
最奥部にはセクンドゥムやデュナミスなど、造物主の使徒達は全員が揃っている。だが、ノア達との戦闘でかなり数を減らされ、残ったのは五体だけ。
新たなシリーズを作る事も考えてはいるが、出来ていないのが現状だ。
「……ここだよ」
最奥部。その扉を開く。
実は、ナギ達は造物主に会った事が無い。連絡を取るだけならアーウェルンクス達を使えば良いし、自身が出る事も殆ど無い。
とどのつまり、会う機会が無かった、と言う事だ。
扉を開け、視界の先に居たのは金髪の女性。黒いローブを羽織り、アスナの近くに佇んでいる。
「……アンタが
「そうだ。私が
金髪を三つ編みにして後頭部に巻いている。その風貌は、どこかアリカに似た顔立ちだ。ただし、雰囲気は全くと言って良いほどに違うのだが。
笑みを浮かべている造物主に対し、首を横に振って否定するナギ。
「いや、そんな事はねぇ。……それより、姫子ちゃんは大丈夫なんだろうな?」
「案ずるな。彼女はあの中にこそいるが、被害を受ける心配は無い」
何か透明な結晶の様な物の中に閉じ込められているアスナ。それを見て、心配そうに尋ねるナギ。
彼女を巻き込むつもりは無かった。だが、儀式には『黄昏の姫御子』の力が必要だ。最低限の安全等を確保を約束に、アスナがこの儀式に使われる事を"是"とした。
造物主は一度視線をアスナに向け、自身の末裔としての力をもつその子を、視る。その視線に、造物主のどんな感情が込められているかは分からない。
視線をナギへと戻し、告げる。
「流石に怪我の一つも無く、魔力が感じられないと言うのも不味いだろう。軽く戦闘でもして魔力消費を──」
造物主は、最後まで言う事が出来なかった。
何故なら、カシャン──という音と共に、視界の先に奇妙な扉が現れたからだ。
扉はゆっくりと開き、中から誰かが出てくる。
シルクハットに白いコート。ぽっちゃりとした体形で、その肩の上にかぼちゃの頭がついた傘が居る。
「貴様は──千年伯爵か」
「始めましテ。この幻想世界の作り手、
右手を添え、お辞儀をする。だが、目上の者に対する様なものでは無い。紳士として挨拶しただけの事であり、それ以外の意味などどこにも含まれてはいない。
その仕草をしている間にも、その場にいる全員が戦闘態勢を整える。
「私が、この魔法世界を作ったと知っているのか」
「ええ、もちろんですヨ。亜人は全て人類とは別の生き物ですからねェ。とは言え、イノセンスは亜人も適合者と認める様ですガ」
二人の間には、濃密な敵意が渦巻いている。造物主には、伯爵の目的が分からない。
何をする為にここに来たのか。まさか戦いに来たと言う訳でもないだろう。イノセンスは、この場では詠春しか持たない。エクソシスト達の本部を襲えば、もっと大量のイノセンスがある。破壊するならそちらを狙う筈だ。
ならば──何故?
「吾輩が此処に来た事が、そんなに不思議な事ですカ?」
「当然だ。お前が狙うであろうイノセンスなら、この世界の他の場所に──」
其処まで言って、気付く。この魔法世界に、イノセンスは幾つある? 少なくとも、両手の指では足りない程度にはあるだろう。そして、伯爵を打倒し得る唯一の武器。
そして、現状。儀式こそ発動していないが、この場で
つまり、伯爵の狙いは──
「不味い、奴を倒せ──ッ!!」
造物主が目的に気付いたと、そう悟ったのだろう。伯爵は大きく開けてある口を愉悦に歪め、左手を掲げる。
そして、パチン──と音を鳴らした。
瞬間、伯爵の背後に巨大な黒い壁が現れた。『方舟』の"
視界が黒く染まるほどの数。ふざけた数を相手に、全員が構える。
「イノセンス──発動!!」
詠春がイノセンスを手に、その能力を発動する。
刀型のイノセンスであり、銘は『
夕凪を振るうよりも容易く、Lv3のAKUMA達を葬っていく。とはいえ、一体一体が相当な実力を持つ。一騎当千の無双劇という訳にもいかないのだ。
「チッ、どうなってる!」
「恐らく、奴の目的は魔法世界を封じる事にある」
「あぁ!? どういう事だよ!」
「この魔法世界には大量のイノセンスが存在している。適合者もいるし、対AKUMA武器になっていないイノセンスもある。だが、この魔法世界を封じると言う事は即ち──それら全てが、使い物にならなくなると言う事を示す」
イノセンスがある世界そのものを封じ込め、イノセンスを使用不可とする。ノアの力で破壊出来ない為に、ハートがあるかは判断がつかないが、それでも戦力差はさらに開く事に成るだろう。
どの道、ハートが使い物にならないのなら、この戦争は伯爵が勝ったも同然なのだから。
更に言えば、ナギ達『紅き翼』、造物主達『完全なる世界』をもこの世界に閉じ込める事になる。そうなれば、最早エクソシスト達に勝ち目は無い。
「クソッタレ……そう言う事かよ!」
武器を振るい、魔法を放ち、AKUMAをまた一体破壊する。
だが、たかが一体倒した程度ではどうという事は無い。あり得ないほどの数の差。幾ら一騎当千の英雄とて、この状況を前に打開できる方法があるとは考えにくい。
大規模殲滅魔法を使おうにも、この状況では味方まで巻き込んでしまう。第一、呪文詠唱の時間が無いのだ。
「デュナミス! 召喚魔を全て此処へ呼び戻せ! 外の連中は放っておいていい、今はこちらが最優先だ!!」
セクンドゥムが叫び、AKUMAを殴り飛ばす。
デュナミスは直ぐに『
しかし、一体一体の実力が違い過ぎる。ナギとほぼ同レベルのLv3に対し、中級魔法で倒せる様な召喚魔では時間稼ぎが関の山だ。
「殺セ、殺セッ!」
AKUMAの声が聞こえる。次々に召喚魔達を薙ぎ払い、叩き潰していく。
そんな時だった。
「何だ、もう始まってるのか」
「ダラダラと準備するからだろう。それに、奴等がこのAKUMAの大軍を相手に、どうにか出来るとも思えんしな」
方舟のゲートから出て来たのは、二人。
「ケケケ、少ネーナ。斬リガイガネーゼ」
チャチャゼロがエヴァの肩の上で笑う。大振りのナイフを持つ殺人人形は、戦いたくてうずうずしているらしい。
「あなたは……エヴァンジェリン、ですか?」
アルが、驚いた様な顔を向ける。その視線の先にいるのはエヴァ。
「あん? ……お前、アルビレオか。久しいな。まだ生きいてたのか、古本」
「おかげ様で。昔会った時は十才くらいの可愛い女の子だったと記憶していますが、その姿は幻術ですか?」
「残念だったな、ロリコン。私のこの姿は本物だ」
若干軽蔑する様な眼をアルに向け、そう話す。口元には笑みが浮かんでおり、酷く妖艶に見える。
アルはそれを無視し、真剣な顔付きになって問いかけた。
「それにしても、あなたがノアだったとは……私と会った時、既にノアだったと言う訳ですか?」
「いや、違うな。ノアになったのはお前と会ってからしばらくした後だ。知らんのは当たり前だろう」
どうにも、二人は古い仲らしい。それでも、この状況では敵と言う事に変わりない。
エヴァは魔力を高め、紅き翼達を見る。
「どっちに行く?」
「私はどちらでも構わんよ。イノセンスを持ってるのはあの男だけだろう? なら、どちらが相手でも同じだ」
ジョイドは大量の蝶を出現させながら、そう言う。イノセンス以外では傷一つ付かないのだ、誰が相手でも同じだろう。
両腕の外側には、十字の楯の様なものが現れている。白髪が多少垂れる位は気にしないようだ。
しかし、次の瞬間。殺気と共に、刀が振り下ろされる。
「──なら、俺と戦って貰おうか」
真横からの一撃。高速の斬撃を危なげなく防ぎ、攻撃してきた相手を見る。
「お前は──セカンドか。良く此処で何かあると分かったな?」
「俺を此処に連れて来たのは、元帥の野郎どもだ。だがまぁ、どうでもいい。ノアは殺す。AKUMAも殺す……そして、元老院もな」
六幻と鍔迫り合いをしながら、ジョイドは笑う。元老院を毛嫌いしているのは知っているし、イノセンスを持つからと襲ってくるノア達を嫌っているのも知っている。
「なら、決着をつけようじゃないか、エクソシスト」
「俺は聖職者じゃねぇよ。唯の人殺しだ」
イノセンスとノアの力がぶつかり、衝撃波で地面が揺れる。
●
「……派手に遊んでいるな、ジョイドの奴」
「なら、こっちも遊ばせて貰おうじゃない」
エヴァの目の前にいるのは、一人の女性。右手には水瓶があり、服装は金色のローズクロスが入ったコート。
不敵に笑うその女を見て、エヴァもまた、唇を吊り上げて笑う。
「ほう、元帥が相手をしてくれるのか。これは楽しみだな」
「残念ながら、この場にいるのは私だけじゃないのよね」
「……何?」
周りのAKUMAが次々に破壊されていく。爆破の音に紛れて、武器を振るう音や高速で地面を踏みぬく様な音、詠唱の声が聞こえてくる。
粉塵をかき分け、現れるのは二人の男。どちらも金色のコートを身に纏い、敵意をエヴァに向けている。
「ノアが居るなぁ、おい。じっくりたっぷり、遊ばせて貰おうじゃあねぇかよ、おい!」
「遊ぶ様な真似などせん。奴は此処で殺す。異教徒、否、神の敵は我らが手で消し飛ばすのみよ!」
金髪をオールバックに纏めた男と、短い黒髪の男。どちらも手にはイノセンスを持っており、AKUMAを易々と壊す事から実力が測れる。
金髪の男の身長は高く、筋肉質である事が一目でわかる。男は手に持ったその武器を振りながら、悠然と歩く。
黒髪の男の身長は金髪の男ほどでは無く、およそ百六十位だろうか。こちらもまた、筋肉質な腕が露出している。
「……クク、中々に楽しめそうな面子じゃないか。私に多少は本気を出させろよ、エクソシスト共」
計三人の元帥。それに対し、一人のノア。これだけを見れば、元帥側が圧倒的に有利だろう。
しかし、数で多少上回った程度では、エヴァは倒せない。
胸元から一枚のカードを取り出し、三人に見せる。
「それは──
仮契約カード。それは、主従の契約を結ぶ二人の間に出る、証とも呼べるカードだ。主の力量によっては強力なアーティファクトと呼ばれるものが出る事もあり、ある意味において主の力量が試される。
「そう、これは
伯爵は普段使わないだけで、かなりの魔力量を秘めている。もし、それが仮契約に顕著に表れていたとしたら?
「
「不味いな……やらせるなッ!」
二人の元帥がぶつかりに行き、一人の元帥が遠距離からの攻撃をする。
そして、ノアとエクソシストがぶつかり、衝撃で墓守り人の宮殿が揺れた──