第二十三夜:墓守人の決戦 Ⅱ
墓守り人の宮殿、外部。
ここでは、セラス率いる連合・帝国・アリアドネーの混合部隊が召喚魔相手に奮闘していた。
魔法世界人に対しては無類の強さを誇る召喚魔だが、生憎と本物の人間であればその強さは発揮しえない。
戦艦からの砲撃、個人での魔法攻撃。それらが辺り一帯で行われており、派手な爆発音は止む事が無い。
そんな時だった。
「召喚魔が……退いていく……?」
突如として、無数の召喚魔達が墓守り人の宮殿内へと飛んで行ったのだ。追撃をしようと動く者達もいたが、それらを制して止める。
内部に入れば、紅き翼と完全なる世界の事がバレてしまう。それは避けなくてはならない。
故に、内部へと殺到する召喚魔達を見つめ続けるだけしか出来なかった。
他の部隊や追撃しようとする者達には、紅き翼の戦闘の邪魔になるだけと告げ、負傷した者たちの救護に向かわせる。
「一体、何が……?」
セラスの呟きには、返答は無いと思っていた。しかし、代わりに誰かの声が聞こえた。
「あら、出遅れちゃったみたいね」
「のろのろと移動するからだ。間に合わなかったではないか」
「それよりも、中ではかなり厄介な事になってるようだぜ、おい。ぶっ潰しに行くんだろ? おい」
いずれも金色の装飾が施されているローズクロスのコートを着ている。それが示す意味は、即ち──エクソシスト元帥であるということ。
それを知っているセラスは、敬礼をしながら三人へと話しかける。
「元帥……何故、こんな所に!?」
「あ? ……確か、アリアドネーのセラス、だったっけか? おい」
金髪の元帥が顎を撫でながら思い出すように言う。その隣で、別の元帥が問いに答える。
「我等は紅き翼の協力者よ。旧世界に存在するイノセンスに対し、未だ適合権があるかは見ていないと言うのでな、態々持ち出してやった……ん?」
黒髪の元帥の一人の懐が光っている。まるで、何かに反応している様だ。
二つ の淡く光を発するそれを見て、少しだけ笑みを浮かべる。やはり、とでも言いたげな表情だ。
「行ってやれ」
そう声をかければ、二つの物体は高速で飛んで行く。真っ直ぐに墓守り人の宮殿へと行き、その姿は見えなくなる。
「フフ、やっぱり当たりだったみたいね」
「そうだな。なれば、此処で死なせる訳にもいくまい」
既に内部で何かが起こっている事は分かっている。ここまで来たのはイノセンスに適合出来るか調べる為だが、AKUMAに殺されかかっているとなれば話は別。
三人もまた、聖職者 だ。悪魔 が目の前にいて、破壊しない理由は無い。
「…………」
その間、後ろでずっと黙っている男──神谷は、唯墓守り人の宮殿を見ていた。
彼の目的は知れない。何をしたいのか、何をするつもりなのか、それは誰も知らない。
だが、此処にいて、イノセンスを持つ以上は敵となる者達が居る。ならば、戦うだけだ。それを拒否するだけに理由も無いのだから。
「じゃ、行くわよ」
クレアがイノセンスを発動させる。水の表面を凍らせ、その上に乗って移動するつもりなのだ。
全員が何を言うでもなく、水の竜の上に乗って移動を始める。
目指すは、墓守り人の宮殿内部だ。
●
大量のAKUMAが視界を埋め尽くしている。どちらを向いても敵、敵、敵。
圧倒的な数の暴力を相手に、紅き翼と完全なる世界の者達は疲弊するだけだった。
「クソッタレ、敵が多過ぎるぞ!」
「イノセンスに認められたのが詠春だけ、ってのはちとキツイな」
ナギとラカンが傷を負った状態で、背中合わせにそう話す。背後からの奇襲を気にする必要がある為、この状態が都合がいいのだ。
「あっちじゃアルの奴がノアと話しているみたいだしよ……今回ばかりは、不味いかも知れねぇな」
「弱気になってんじゃねーぞ、ナギ! 俺達は最強の集団、『紅き翼 』だろーが!」
弱気な発言をするナギに対し、ラカンが激励する。
だが、この状況であれば誰でも悲観的 な感情を抱く事はまず間違いない。ラカンがあまりにも楽観的 過ぎるのだ。
それでも、ナギにとってはありがたい。折れかけた気持ちを持ち直し、再度魔法を使おうと魔力を生成し始める。
「……そうだな、俺らしくも無かった。さぁ、ぶっ壊して──って、は?」
「あん? どうし……」
勢い良く飛び出そうとした最中、ナギの目の前に光の球体が現れる。同じ様なものがラカンの周りを回っており、何かを求めている様でもあった。
神秘的な光は、その場が戦場だと言う事を忘れさせてしまいそうなほど、ナギとラカンにとって注意を惹くものだった。
惹かれる。二人は、それぞれその光の球体へと手を伸ばし、"意志"を感じた。
これは──自身を適合者と認めたイノセンスだ、と半ば本能的に悟った。惹かれあう様にして近づき、適合者になるか否かを試す様にして球体が止まる。
「──は、上等だ。イノセンス、お前が俺を使い手だと選ぶんなら、力を寄越せ。こいつ等ぶっ壊せる位の力を、俺に寄越せ──!」
ナギは、ニヤリと笑って更に手を伸ばす。ソレは右手へと飛んで行き、ナギはそれを掴んだ。
直後、激痛が走る。
「がぁあっ!?」
右手に鈍痛が走った。ソレは分かる。だが、今のは普通の怪我の仕方では無い。何か、異物が強引に入ってくるようで、気持ち悪い。そんな感覚だった。
そして、数十秒ほどで痛みの収まった右腕を見れば、白く変化していた。
真っ白だ。人間の腕とは思えないほどに白く、それでいて人間の腕の形をとっている。普通に使う分には困らないだろう。
動かす分には問題無く、強いて挙げれば感覚が鈍い、と言う事位だろうか。その位ならば、現状は問題無い。
一方、ラカンもまた、同じ様にイノセンスに啖呵を切っていた。
「この俺様に使われる事を、喜びやがれイノセンス!」
ラカンが掴もうとするが、空ぶった。しかし、イノセンスは二つに分かれ、両腕に巻きついて手首にリングの様なものが出来上がる。
ナギの様にはならなかったが、確かにそれからはイノセンス特有の不思議な力を感じる。
間違いなく、イノセンスが形を変えた物だった。
「よぉーし。んじゃ、早速お披露目と行こうぜ、ナギ!」
「ああ、いくぜ──」
力を込め、魔力を込め、叫ぶ。意志を込めて、力を求め、英雄となるべく。
『──イノセンス、発動!!』
……と、此処までは良かった。だが、予想に反して何も起こらない。肩すかしを喰らった気分に成り、ラカンがジッとイノセンスを見ていた。
「……おい、これどうなってんだよ。壊れてんじゃねーのか?」
「馬鹿! イノセンスはシンクロしないと使えないんだ! まして、今手に入れたばかりのイノセンスとシンクロなんて無茶だぞ!」
詠春がまた一体AKUMAを破壊し、一歩退いてから言う。
それに、寄生型のインセンスを手に入れたナギと違い、ラカンは装備型。対AKUMA武器に改良さえしていない。そんな状態では、上手く発動した所で扱えないのがオチだろう。
周りのAKUMAも、ジリジリと近寄ってナギ達を今の内に倒そうとしている。この状況では、不利なのは変わらない。
「だー、畜生! どうなってんだよ、これ!」
ナギが自棄になって魔力を馬鹿の様に込め始める。シンクロの感覚を掴めないが、それでもなお諦めず、イノセンスを発動させようと力を込めた。
ラカンも同じ様にイノセンスとシンクロしようと試みるも、上手くはいかない。
「隙だらけだよ、バーカ!」
AKUMAが、高速で殴りかかる。イノセンスを発動され不意をつかれる危険性を考慮し、近づかずに様子を見ていたが、発動できないと知って攻撃を仕掛けたのだ。
幾ら魔力で強化しているとはいえ、AKUMAの一撃を真正面から受ければタダでは済まない。
「ええい、何でもいいから力を貸しやがれ、イノセンス──!!」
ナギが叫んだ瞬間、閃光が炸裂する。
炸裂した閃光が止んだ後、ナギが見たのは、自身の右腕から生えている二枚の白い翼の様な、鋭利な刃だった。
背後では、ラカンが同じ様にイノセンスを発動させ、両腕に銀色の光が纏われている。
「おおっ、気合いで何とかなるもんだな!」
「チィッ!」
イノセンスに弾かれたAKUMAが、忌々しげに舌打ちする。
出鱈目だ。出鱈目過ぎる。こんな事があり得る筈が無い。シンクロするのが幾らなんでも早過ぎる。
適合には、本来時間をかけて馴染んでいくものだ。いきなりやれと言われて出来る人間は居ないだろう。だから、可能性があるとすれば──
「……イノセンスめ、そこまでして吾輩達の邪魔をしますカ」
伯爵が一連の流れを見てそう言う。自身はアスナの傍で儀式を進める為に動けず、AKUMA達に処理させようにも、アーウェルンクスや造物主が出張って邪魔をしていた。
儀式が完成し、後は発動するだけとなれば、伯爵も戦えるだろう。そうなれば、紅き翼と完全なる世界はそこで終わりだ。
●
造物主が発動の準備は整えていた為、伯爵はそれを発動させるだけ。膨大な量の魔法の知識や技術を必要とするが、それこそ千年を生きる伯爵にとっては造作も無い。
アスナの力を使い、魔法世界を封じる為に儀式を発動させようとする。
それを見ていた造物主は、あらゆる手段を使って邪魔をしていた。
アーウェルンクス達の攻撃、自身の膨大な魔力と力による攻撃でAKUMA達を退けながら戦い、伯爵へと牽制を放つ。
しかしながら、時折起こる衝撃波や振動に目を瞑れば、伯爵の策はほぼ予定通りに進んでいた。中には巨人形態のAKUMA達もいて──本来の大きさと比べれば、およそ半分以下の大きさだが──召喚魔やアーウェルンクス達を押さえつけ、造物主もまたAKUMAとの戦闘に足を取られていたからだ。
破壊のレーザーが彼らの身を焼き、破壊の限りを尽くす。
そんな中でも、伯爵は気にする事無く儀式を進めていた。
「……キリが無いな。このままでは我々の負けだろう」
「では、どうしますか、主よ」
セクンドゥムが背後で構えながら問う。決めるのはあくまで主である造物主だ。人形である彼らは、それに従うのみ。
「伯爵 を倒す以外にあるまい。どの道、全ての原因は伯爵に通じている。アレがいなければ、此処まで戦争が激化する事も無かっただろう」
出来る限り感情を排除した声で、造物主はそう言う。そうしなければ、自身の生み出した、言わば子に近い存在をAKUMAにする為の材料にされて来たのだ。
怒りはあって当然だろう。むしろ、抑えている方とも取れる。
「……彼らは?」
「イノセンスと適合し、一応は力を使えている様です」
プリームムが報告し、周囲の状況を把握する。エヴァと元帥の戦いが激し過ぎる、近寄れば命は無いと思わせるほどに、その戦いは過激だ。
「……ならば、彼らに託すしかあるまい。元帥達は我が娘 を抑えるので精一杯だろうからな。そう伝えろ」
セクンドゥムは直ぐに移動し、プリームムもまた、戦いに身を投じる。
魔力も体力も、相当削られている。このままでは物量で負けるだろう。むしろ、イノセンスの数とノアが居ると言う状況を考えれば、奇跡に近い状況だ。
実力の高さと運が良かったと言う事。元帥がいなければ、恐らくは直ぐにでも潰されていただろう。
造物主は右手を掲げ、背後の巨大かつ強力な魔法陣を敷く。それに膨大な魔力を注ぎ込み、黒いレーザーを伯爵へと放った。
しかし、その前には巨人形態のAKUMAが立ちふさがる。
『悪星ギーター……』
巨人形態のAKUMAの背後に円が現れ、その中には五芒星が浮かび上がる。無数のレーザーが放たれ、造物主のそれとぶつかる。
無数のレーザーが墓守り人の宮殿を破壊しつくしていき、足場が不安定になっていく。その中を、ナギとラカン、詠春は駆けて来た。
「準備は良いか? チャンスは一瞬だ。私とアーウェルンクス二人の力で、真正面から突破させる。何が何でも儀式を中断させろ!」
「は、誰にもの言ってやがる。任せろよ、姫子ちゃんは俺達が助けてやる。儀式も止めてやる。アイツの思い通りに何かさせやしねぇ!」
ナギが啖呵を切る。右腕から生えている二つの刃も、それに合わせて蠢いている。
造物主はそれを見て笑い、プリームムとセクンドゥムは詠唱を始めた。
「フ……ならば、任せるとしよう──行くぞッ!!」
巨大な魔法陣を再度展開させ、真正面の一点突破を狙って攻撃を集中させる。
「『雷の暴風』!!」
「『冥府の石柱』!!」
セクンドゥムとプリームムが、それぞれ強力な魔法を放つ。ただし、巻き込む可能性を踏まえ、広域殲滅魔法では無く、あえて道を開ける為に直線に進む雷撃と巨人形態のAKUMAを抑える為の石柱を放った。
頑丈な巨人形態のAKUMAはそれだけでは破壊できない。だが、それでも時間を稼ぐ事は出来る。
横から迫るAKUMA達は造物主達が押さえ、ナギ達三人は伯爵の元へと迫る。
「オ、ラアァァァァァァァッ!!」
ラカンがイノセンスの力を含めて最大の力で、伯爵への道の途中にいるAKUMAへと殴りかかる。それで、伯爵へのルートが開けた。
そして、詠春とナギはその隙を見逃さない。
伯爵は未だ儀式にかかり切りになっており、ナギ達へと意識を逸らす事はしない。ならば、これがチャンスだ。
ナギは魔力を最大限込めて刃を振るい、詠春もまた、気を込めて刃を振るう。
交錯は一瞬だった。
伯爵の右手には一振りの剣。左手には黒い球体。いつもの調子を崩さず、伯爵はやるべき事を終えた。
「さて、最低でもこの二人のイノセンスは破壊しておきましょうかねェ」
剣からは血が滴り落ちる。一瞬の交錯の間に、ナギを剣で切り裂き、詠春を黒い球体で沈めた。
実力差は圧倒的。
それでも、この状況で諦めない人物が、まだ一人。
「オラオラオラオラァァァァァァッ!!!」
ラカンの持つ最大の力を込めた拳のラッシュ。まともな人間なら確実に死にいたる程の攻撃を、躊躇無く打ち込み続ける。
ナギも詠春も、一撃で沈められはしたが死んではいない。現に、視界の先では立ち上がろうと腕に脚に力を込めているのが分かる。
だが、ラカンはそちらに気を配っている余裕が無い。一瞬でも気を逸らせば、伯爵はその隙をついてくるだろう。油断など出来はしない。
しかし、この場にいるのは何もラカンと伯爵のみでは無い。これは一騎打ちでは無いのだ。
「ッ!?」
派手な音を立てながら、ラカンの体が吹き飛ぶ。Lv3のAKUMAが伯爵の援護に回ったのだ。不意をつかれた一撃は、ラカンでさえ避けきれなかった。
そして、伯爵はその隙を見逃さない。
右手に集中されるのは真っ黒な球体。ノアの力を凝縮、収縮させたものだ。まともに当たれば痛いでは済まない威力を誇る。
掌の上に現れたそれを、ラカンへと直にぶつけた。
「──ガ、ハッ……!」
幾ら鋼の様な肉体を持とうと、ダメージがゼロになる訳ではない。しかも、今回はそれを突き抜けた。ダメージは生半可なものではない。
儀式が完全に発動するまで後十数分程度。それまでは遊んでやればいい。どの道、結果は同じ なのだから。
「さぁテ、後はどれだけ持つか、ですかねェ」
ラカンは倒れ伏す。ナギと詠春の前にはLv3が立ちふさがっているのが見える。
伯爵との壁は、圧倒的に高かった。
墓守り人の宮殿、外部。
ここでは、セラス率いる連合・帝国・アリアドネーの混合部隊が召喚魔相手に奮闘していた。
魔法世界人に対しては無類の強さを誇る召喚魔だが、生憎と本物の人間であればその強さは発揮しえない。
戦艦からの砲撃、個人での魔法攻撃。それらが辺り一帯で行われており、派手な爆発音は止む事が無い。
そんな時だった。
「召喚魔が……退いていく……?」
突如として、無数の召喚魔達が墓守り人の宮殿内へと飛んで行ったのだ。追撃をしようと動く者達もいたが、それらを制して止める。
内部に入れば、紅き翼と完全なる世界の事がバレてしまう。それは避けなくてはならない。
故に、内部へと殺到する召喚魔達を見つめ続けるだけしか出来なかった。
他の部隊や追撃しようとする者達には、紅き翼の戦闘の邪魔になるだけと告げ、負傷した者たちの救護に向かわせる。
「一体、何が……?」
セラスの呟きには、返答は無いと思っていた。しかし、代わりに誰かの声が聞こえた。
「あら、出遅れちゃったみたいね」
「のろのろと移動するからだ。間に合わなかったではないか」
「それよりも、中ではかなり厄介な事になってるようだぜ、おい。ぶっ潰しに行くんだろ? おい」
いずれも金色の装飾が施されているローズクロスのコートを着ている。それが示す意味は、即ち──エクソシスト元帥であるということ。
それを知っているセラスは、敬礼をしながら三人へと話しかける。
「元帥……何故、こんな所に!?」
「あ? ……確か、アリアドネーのセラス、だったっけか? おい」
金髪の元帥が顎を撫でながら思い出すように言う。その隣で、別の元帥が問いに答える。
「我等は紅き翼の協力者よ。旧世界に存在するイノセンスに対し、未だ適合権があるかは見ていないと言うのでな、態々持ち出してやった……ん?」
黒髪の元帥の一人の懐が光っている。まるで、何かに反応している様だ。
「行ってやれ」
そう声をかければ、二つの物体は高速で飛んで行く。真っ直ぐに墓守り人の宮殿へと行き、その姿は見えなくなる。
「フフ、やっぱり当たりだったみたいね」
「そうだな。なれば、此処で死なせる訳にもいくまい」
既に内部で何かが起こっている事は分かっている。ここまで来たのはイノセンスに適合出来るか調べる為だが、AKUMAに殺されかかっているとなれば話は別。
三人もまた、
「…………」
その間、後ろでずっと黙っている男──神谷は、唯墓守り人の宮殿を見ていた。
彼の目的は知れない。何をしたいのか、何をするつもりなのか、それは誰も知らない。
だが、此処にいて、イノセンスを持つ以上は敵となる者達が居る。ならば、戦うだけだ。それを拒否するだけに理由も無いのだから。
「じゃ、行くわよ」
クレアがイノセンスを発動させる。水の表面を凍らせ、その上に乗って移動するつもりなのだ。
全員が何を言うでもなく、水の竜の上に乗って移動を始める。
目指すは、墓守り人の宮殿内部だ。
●
大量のAKUMAが視界を埋め尽くしている。どちらを向いても敵、敵、敵。
圧倒的な数の暴力を相手に、紅き翼と完全なる世界の者達は疲弊するだけだった。
「クソッタレ、敵が多過ぎるぞ!」
「イノセンスに認められたのが詠春だけ、ってのはちとキツイな」
ナギとラカンが傷を負った状態で、背中合わせにそう話す。背後からの奇襲を気にする必要がある為、この状態が都合がいいのだ。
「あっちじゃアルの奴がノアと話しているみたいだしよ……今回ばかりは、不味いかも知れねぇな」
「弱気になってんじゃねーぞ、ナギ! 俺達は最強の集団、『
弱気な発言をするナギに対し、ラカンが激励する。
だが、この状況であれば誰でも
それでも、ナギにとってはありがたい。折れかけた気持ちを持ち直し、再度魔法を使おうと魔力を生成し始める。
「……そうだな、俺らしくも無かった。さぁ、ぶっ壊して──って、は?」
「あん? どうし……」
勢い良く飛び出そうとした最中、ナギの目の前に光の球体が現れる。同じ様なものがラカンの周りを回っており、何かを求めている様でもあった。
神秘的な光は、その場が戦場だと言う事を忘れさせてしまいそうなほど、ナギとラカンにとって注意を惹くものだった。
惹かれる。二人は、それぞれその光の球体へと手を伸ばし、"意志"を感じた。
これは──自身を適合者と認めたイノセンスだ、と半ば本能的に悟った。惹かれあう様にして近づき、適合者になるか否かを試す様にして球体が止まる。
「──は、上等だ。イノセンス、お前が俺を使い手だと選ぶんなら、力を寄越せ。こいつ等ぶっ壊せる位の力を、俺に寄越せ──!」
ナギは、ニヤリと笑って更に手を伸ばす。ソレは右手へと飛んで行き、ナギはそれを掴んだ。
直後、激痛が走る。
「がぁあっ!?」
右手に鈍痛が走った。ソレは分かる。だが、今のは普通の怪我の仕方では無い。何か、異物が強引に入ってくるようで、気持ち悪い。そんな感覚だった。
そして、数十秒ほどで痛みの収まった右腕を見れば、白く変化していた。
真っ白だ。人間の腕とは思えないほどに白く、それでいて人間の腕の形をとっている。普通に使う分には困らないだろう。
動かす分には問題無く、強いて挙げれば感覚が鈍い、と言う事位だろうか。その位ならば、現状は問題無い。
一方、ラカンもまた、同じ様にイノセンスに啖呵を切っていた。
「この俺様に使われる事を、喜びやがれイノセンス!」
ラカンが掴もうとするが、空ぶった。しかし、イノセンスは二つに分かれ、両腕に巻きついて手首にリングの様なものが出来上がる。
ナギの様にはならなかったが、確かにそれからはイノセンス特有の不思議な力を感じる。
間違いなく、イノセンスが形を変えた物だった。
「よぉーし。んじゃ、早速お披露目と行こうぜ、ナギ!」
「ああ、いくぜ──」
力を込め、魔力を込め、叫ぶ。意志を込めて、力を求め、英雄となるべく。
『──イノセンス、発動!!』
……と、此処までは良かった。だが、予想に反して何も起こらない。肩すかしを喰らった気分に成り、ラカンがジッとイノセンスを見ていた。
「……おい、これどうなってんだよ。壊れてんじゃねーのか?」
「馬鹿! イノセンスはシンクロしないと使えないんだ! まして、今手に入れたばかりのイノセンスとシンクロなんて無茶だぞ!」
詠春がまた一体AKUMAを破壊し、一歩退いてから言う。
それに、寄生型のインセンスを手に入れたナギと違い、ラカンは装備型。対AKUMA武器に改良さえしていない。そんな状態では、上手く発動した所で扱えないのがオチだろう。
周りのAKUMAも、ジリジリと近寄ってナギ達を今の内に倒そうとしている。この状況では、不利なのは変わらない。
「だー、畜生! どうなってんだよ、これ!」
ナギが自棄になって魔力を馬鹿の様に込め始める。シンクロの感覚を掴めないが、それでもなお諦めず、イノセンスを発動させようと力を込めた。
ラカンも同じ様にイノセンスとシンクロしようと試みるも、上手くはいかない。
「隙だらけだよ、バーカ!」
AKUMAが、高速で殴りかかる。イノセンスを発動され不意をつかれる危険性を考慮し、近づかずに様子を見ていたが、発動できないと知って攻撃を仕掛けたのだ。
幾ら魔力で強化しているとはいえ、AKUMAの一撃を真正面から受ければタダでは済まない。
「ええい、何でもいいから力を貸しやがれ、イノセンス──!!」
ナギが叫んだ瞬間、閃光が炸裂する。
炸裂した閃光が止んだ後、ナギが見たのは、自身の右腕から生えている二枚の白い翼の様な、鋭利な刃だった。
背後では、ラカンが同じ様にイノセンスを発動させ、両腕に銀色の光が纏われている。
「おおっ、気合いで何とかなるもんだな!」
「チィッ!」
イノセンスに弾かれたAKUMAが、忌々しげに舌打ちする。
出鱈目だ。出鱈目過ぎる。こんな事があり得る筈が無い。シンクロするのが幾らなんでも早過ぎる。
適合には、本来時間をかけて馴染んでいくものだ。いきなりやれと言われて出来る人間は居ないだろう。だから、可能性があるとすれば──
「……イノセンスめ、そこまでして吾輩達の邪魔をしますカ」
伯爵が一連の流れを見てそう言う。自身はアスナの傍で儀式を進める為に動けず、AKUMA達に処理させようにも、アーウェルンクスや造物主が出張って邪魔をしていた。
儀式が完成し、後は発動するだけとなれば、伯爵も戦えるだろう。そうなれば、紅き翼と完全なる世界はそこで終わりだ。
●
造物主が発動の準備は整えていた為、伯爵はそれを発動させるだけ。膨大な量の魔法の知識や技術を必要とするが、それこそ千年を生きる伯爵にとっては造作も無い。
アスナの力を使い、魔法世界を封じる為に儀式を発動させようとする。
それを見ていた造物主は、あらゆる手段を使って邪魔をしていた。
アーウェルンクス達の攻撃、自身の膨大な魔力と力による攻撃でAKUMA達を退けながら戦い、伯爵へと牽制を放つ。
しかしながら、時折起こる衝撃波や振動に目を瞑れば、伯爵の策はほぼ予定通りに進んでいた。中には巨人形態のAKUMA達もいて──本来の大きさと比べれば、およそ半分以下の大きさだが──召喚魔やアーウェルンクス達を押さえつけ、造物主もまたAKUMAとの戦闘に足を取られていたからだ。
破壊のレーザーが彼らの身を焼き、破壊の限りを尽くす。
そんな中でも、伯爵は気にする事無く儀式を進めていた。
「……キリが無いな。このままでは我々の負けだろう」
「では、どうしますか、主よ」
セクンドゥムが背後で構えながら問う。決めるのはあくまで主である造物主だ。人形である彼らは、それに従うのみ。
「
出来る限り感情を排除した声で、造物主はそう言う。そうしなければ、自身の生み出した、言わば子に近い存在をAKUMAにする為の材料にされて来たのだ。
怒りはあって当然だろう。むしろ、抑えている方とも取れる。
「……彼らは?」
「イノセンスと適合し、一応は力を使えている様です」
プリームムが報告し、周囲の状況を把握する。エヴァと元帥の戦いが激し過ぎる、近寄れば命は無いと思わせるほどに、その戦いは過激だ。
「……ならば、彼らに託すしかあるまい。元帥達は
セクンドゥムは直ぐに移動し、プリームムもまた、戦いに身を投じる。
魔力も体力も、相当削られている。このままでは物量で負けるだろう。むしろ、イノセンスの数とノアが居ると言う状況を考えれば、奇跡に近い状況だ。
実力の高さと運が良かったと言う事。元帥がいなければ、恐らくは直ぐにでも潰されていただろう。
造物主は右手を掲げ、背後の巨大かつ強力な魔法陣を敷く。それに膨大な魔力を注ぎ込み、黒いレーザーを伯爵へと放った。
しかし、その前には巨人形態のAKUMAが立ちふさがる。
『悪星ギーター……』
巨人形態のAKUMAの背後に円が現れ、その中には五芒星が浮かび上がる。無数のレーザーが放たれ、造物主のそれとぶつかる。
無数のレーザーが墓守り人の宮殿を破壊しつくしていき、足場が不安定になっていく。その中を、ナギとラカン、詠春は駆けて来た。
「準備は良いか? チャンスは一瞬だ。私とアーウェルンクス二人の力で、真正面から突破させる。何が何でも儀式を中断させろ!」
「は、誰にもの言ってやがる。任せろよ、姫子ちゃんは俺達が助けてやる。儀式も止めてやる。アイツの思い通りに何かさせやしねぇ!」
ナギが啖呵を切る。右腕から生えている二つの刃も、それに合わせて蠢いている。
造物主はそれを見て笑い、プリームムとセクンドゥムは詠唱を始めた。
「フ……ならば、任せるとしよう──行くぞッ!!」
巨大な魔法陣を再度展開させ、真正面の一点突破を狙って攻撃を集中させる。
「『雷の暴風』!!」
「『冥府の石柱』!!」
セクンドゥムとプリームムが、それぞれ強力な魔法を放つ。ただし、巻き込む可能性を踏まえ、広域殲滅魔法では無く、あえて道を開ける為に直線に進む雷撃と巨人形態のAKUMAを抑える為の石柱を放った。
頑丈な巨人形態のAKUMAはそれだけでは破壊できない。だが、それでも時間を稼ぐ事は出来る。
横から迫るAKUMA達は造物主達が押さえ、ナギ達三人は伯爵の元へと迫る。
「オ、ラアァァァァァァァッ!!」
ラカンがイノセンスの力を含めて最大の力で、伯爵への道の途中にいるAKUMAへと殴りかかる。それで、伯爵へのルートが開けた。
そして、詠春とナギはその隙を見逃さない。
伯爵は未だ儀式にかかり切りになっており、ナギ達へと意識を逸らす事はしない。ならば、これがチャンスだ。
ナギは魔力を最大限込めて刃を振るい、詠春もまた、気を込めて刃を振るう。
交錯は一瞬だった。
伯爵の右手には一振りの剣。左手には黒い球体。いつもの調子を崩さず、伯爵はやるべき事を終えた。
「さて、最低でもこの二人のイノセンスは破壊しておきましょうかねェ」
剣からは血が滴り落ちる。一瞬の交錯の間に、ナギを剣で切り裂き、詠春を黒い球体で沈めた。
実力差は圧倒的。
それでも、この状況で諦めない人物が、まだ一人。
「オラオラオラオラァァァァァァッ!!!」
ラカンの持つ最大の力を込めた拳のラッシュ。まともな人間なら確実に死にいたる程の攻撃を、躊躇無く打ち込み続ける。
ナギも詠春も、一撃で沈められはしたが死んではいない。現に、視界の先では立ち上がろうと腕に脚に力を込めているのが分かる。
だが、ラカンはそちらに気を配っている余裕が無い。一瞬でも気を逸らせば、伯爵はその隙をついてくるだろう。油断など出来はしない。
しかし、この場にいるのは何もラカンと伯爵のみでは無い。これは一騎打ちでは無いのだ。
「ッ!?」
派手な音を立てながら、ラカンの体が吹き飛ぶ。Lv3のAKUMAが伯爵の援護に回ったのだ。不意をつかれた一撃は、ラカンでさえ避けきれなかった。
そして、伯爵はその隙を見逃さない。
右手に集中されるのは真っ黒な球体。ノアの力を凝縮、収縮させたものだ。まともに当たれば痛いでは済まない威力を誇る。
掌の上に現れたそれを、ラカンへと直にぶつけた。
「──ガ、ハッ……!」
幾ら鋼の様な肉体を持とうと、ダメージがゼロになる訳ではない。しかも、今回はそれを突き抜けた。ダメージは生半可なものではない。
儀式が完全に発動するまで後十数分程度。それまでは遊んでやればいい。どの道、
「さぁテ、後はどれだけ持つか、ですかねェ」
ラカンは倒れ伏す。ナギと詠春の前にはLv3が立ちふさがっているのが見える。
伯爵との壁は、圧倒的に高かった。