第二十四夜:墓守人の決戦 Ⅲ
「来れ 」
エヴァの右手に握られていた仮契約カードが光り、固有アーティファクトが出現する。
それは一枚のステッカーの様なもので、大きさは掌程度。青を基調に、幻獣である麒麟 の絵が描かれていた。
エヴァはそれを左側の胸元に付け、魔力を通す。
これ自体が、一つの魔法となっているのだ。ステッカー自体が魔法陣、回路の様なものであり、魔力を通す事でそれが具現化する特殊なアーティファクト。
発動した次の瞬間には、元帥の攻撃が弾かれた。
「チッ! 面倒な事になったな、おい!」
金髪の元帥──ローレンス・ダイオンは、手に持ったイノセンス、『神狂い 』を手に、叫ぶ。
二つのノコギリの様なものが輪に対して対称についており、掌を起点として高速で回転している。近づいてくるAKUMAをいとも簡単に両断し、血を払った。
「罰せられるべき吸血鬼め。そうまでして我らに刃向かうか!」
黒髪の元帥──フェルディナン・ベルリオーズは、エヴァに対して苛烈な殺意を抱きながら、槍型のイノセンスである『矛刃 』を構える。
「ふ、罰せられるべき吸血鬼、か。やってみろ、聖職者 !」
エヴァは右手に『断罪の剣』を構え、戦闘態勢を整える。
一瞬の静寂。
魔力を高め、精神を集中させ──地面をけったのは、ローレンスだった。
「オラァァァッ!!」
高速回転する『神狂い 』をエヴァの『断罪の剣』にぶつけ、派手な音と火花が散る。
同時に、死角になる角度からフェルディナンが矛刃で突きを繰り出す。気配で気付かれるとはいえ、素手で受ければまず間違いなく負傷は免れない。
しかし、エヴァは振り向き様に、左腕で『矛刃』を逸らす様に受け流した。
刃に触れているにも関わらず、肌には傷一つ無い。代わりに刃の触れた所に小さな罅 があるだけ。だが、それも数秒して無くなる。
そのまま振り向く回転の勢いでフェルディナンを蹴り飛ばし、ローレンスと相対する。
『矛刃』で防ぎきったフェルディナンは、再度攻撃を仕掛けようとするも、足元からチャチャゼロが攻撃してきた事によって動きを止められた。
「俺トヤロウゼ、元帥サンヨォ!」
大振りのナイフを振り回し、小柄な体を活かして立ち回る。
「おいおい、テメェの肌はどうなってんだよ。魔力でコーティングしたってそうはならねぇぞ、おい!」
考えられるのは一つだけだろう。胸元にある一枚のステッカー。アーティファクトとして出た以上、それに何かしらの効果がある事は明白だ。
『神狂い 』と『断罪の剣』を何度もぶつけ合い、火花を散らす。クレアは辺りのAKUMAが戦いの邪魔しない様破壊している。
フェルディナンは隙を窺うように動き、死角である場所からの襲撃を繰り返していた。
それに対し、チャチャゼロが機動力を生かして槍での攻撃を逸らす。唯、元々の能力の違いと言う事もあってか、全てを逸らしきる事は出来ない。
だが、それでも十分過ぎる。
「……堂々巡りね、流れを変えないと若干不利かしら」
二人がかりでようやくまともに相手取れる敵だ。吸血鬼の膂力を侮る事は出来ない。現状でさえ優位に立てているとは限らないのだから。
背後、死角からの攻撃を難無くかわし、防ぐその反応速度。それを成し得る膂力。どれをとっても、確実にトップレベルの実力者。
現状は持ってこそいるが、何がきっかけでやられるか分かったものではない。
「……『|望みの幸運 』」
水瓶から勢いよく聖水が噴き出す。
聖水は一直線にエヴァに向かって行き、その背中に突き刺さった──かの様に見えた。
「クレアは水を扱うのだったな。ならば、私との相性は最悪ではないか?」
エヴァの笑みが見える。その背中に突き刺さっている筈の水の刃は──エヴァの背中に触れた時点で、凍っていた。
『青の聳孤 』と呼ばれるアーティファクトの力だ。
能力は氷結。単純な能力だが、エヴァの様に膨大な魔力を持つ者が使えば、それは強力な武器となる。
「様子見は終わりにしようか。お前等程度では私には勝てん。諦めろ」
「がぁっ!」
踏み込み、左手で殴り飛ばす。
たったそれだけの単純な動作だと言うのに、エヴァの膂力を持ってすれば人一人を簡単に吹き飛ばせる。咄嗟にイノセンスを盾代わりにしたが、至近距離からの一撃をまともに受けた。衝撃を殺し切れていない為、多少はダメージが残る。
ローレンスの腕は、少しの間痺れが取れないだろう。
「チィッ!」
高速で肉薄するエヴァと、フェルディナン。高速で拳を振るうエヴァと、それらを『矛刃』で受け流すフェルディナン。
『矛刃』には、明確な第二解放と言うモノが存在しない。
代わりに、イノセンスの中でもトップレベルの頑丈さを誇る。生半可なことでは傷さえつかない様な武器だ。
それが、凍っている 。
正確に言えば、エヴァと触れた部分が徐々に凍っていくのだ。余りにも速いその氷結速度は、液体窒素にも匹敵するだろう。
「『紅き焔』!」
エヴァが爆炎に包まれた。背後からローレンスが放ったものだ。
しかし、直撃した筈の爆炎を受けても、エヴァの肉体には傷一つ無い。
普通ならば、当たった時点で火傷を負うだろう。だが、肉体の表面を氷でコーティングしている為、爆炎などでのダメージは受けない。
流石に広域殲滅魔法などを使われれば防ぎきれないが、それをやらせないと言う自信が、エヴァにはある。
「『魔法の射手 連弾・氷の十七矢』」
牽制の意味を含め、ローレンスへと無詠唱の魔法の射手を放つ。放った直後の隙を狙ってフェルディナンが高速で突きを繰り出すも、チャチャゼロが横から攻撃する事で防いだ。
長年共に戦ってきたため、その息の合い様は一つの芸術の様でさえあった。
「『魔法の射手 連弾・火の十七矢』!」
「『闇の吹雪』!」
ローレンスは無詠唱の魔法の射手を放ち、相殺させる。同時にクレアが詠唱していた『闇の吹雪』を、エヴァへと向かって放つ。
それはフェルディナンとエヴァの間を通り、距離を開けさせることに成功する。
一旦大きく後退し、クレアの隣に並ぶローレンスとフェルディナン。
「ロー、フェル。あんた等、アレに勝つ自信ある?」
「難しいな、おい。アイツ相当強いぜ、おい」
「どの道倒すしか無かろう。ノアで吸血鬼ならば、神の敵に他ならん」
「……なら、多少リスク負ってでも倒すしかないわね」
どの道、最後には戦う事になる。エヴァの実力は伯爵に次ぐほど。なら、此処で倒せれば伯爵達の戦力は大幅に低下する事は間違いない。
「二人とも、これ飲みなさい」
水瓶の中に入っているのは、『最高な幸運 』と呼ばれる聖水。これを飲めば、一時的に肉体が活性化され身体能力が上がる。そうなれば、エヴァに喰らい付く事は出来るだろう。
「ああ」
「承知」
一息で飲み干し、数秒置いて、肉体に漲 る力を確かめる。
魔力で更に身体能力を上げ──駆けた。
先ほどよりもさらに速い速度で、エヴァへと肉薄する。
「ほう、面白いじゃないか」
今までやっていた事と変わらず、薄皮一枚を滑らせるように攻撃を受け流すエヴァ。触れた部分から凍りついていくが、元帥二人は気にした様子が無い。
溶かせないのなら、壊してしまえば良い。
そう言う考えで、フェルディナンとローレンスはイノセンスを地面に叩き付けて氷を破壊する。ノアの力でしか壊せないイノセンスだからこそ出来る芸当だろう。
「『闇の吹雪』!」
背後からクレアの援護する魔法が放たれる。周りのAKUMAを抑えている彼女は、エヴァとの戦闘に参加できない。
能力的に、一対一よりも一対多の方が向いているのだ。
エヴァはそれを避け、右手の『断罪の剣』を使って斬りかかる。ローレンスはそれを正面から受け止め、二つの力がぶつかって衝撃波が発生する。
フェルディナンは常にローレンスの対角線上になるように動き、物理的にも心理的にも死角から攻撃しようとするが、チャチャゼロが邪魔をする。それと斬り結び、エヴァの死角から離れてしまう。其処までは先ほどと同じだ。
だが、多少の怪我を覚悟してでも、更に一歩踏み込む。
大振りのナイフが頬を掠る。だが、その程度で臆する元帥では無い。
チャチャゼロの動きの大半を見切った上で、更に、更に、更に奥へ踏み込む。チャチャゼロの小さな体から振るわれるナイフは致命傷を避け、エヴァの真後ろまで踏み込んだ。
そして、其処から自身の繰り出せる最速の『突き』。
槍とは、薙ぐよりも振るうよりも、突く方が速く、威力がある。
その事を身を持って良く知っているフェルディナンは、エヴァの心臓目掛けて突きを繰り出した。
チャチャゼロが止めると思い、判断が一瞬遅れた。この僅かな隙が、明暗を分け、死に至らしめる。
少なくとも、フェルディナンはそう思っていた。
しかし、
「『王の水瓶座 』ッ!」
横から、クレアがフェルディナンへと 攻撃した。
イノセンスによる攻撃の為か、クレアに攻撃の意思が無かった為か、フェルディナンに傷は無い。しかし、決定的なチャンスを逃した。
激昂し、フェルディナンはクレアへと罵詈雑言をぶつけようとして、気付く。
(──あれは、何だ?)
地面の下から、フェルディナンが先ほど攻撃しようとしていた場所の斜め後ろの地面から──槍の様なものが生えていた。
「チッ、気付いたか。勘の良い奴だ」
エヴァはローレンスと斬り結びながらも、クレアの方へと舌打ちをする。ギリギリで気付いていなければ、恐らく心臓を貫かれていたのはフェルディナンの方だっただろう。
エヴァは『色』のノアであり、『万物への変身』という能力を持つ。それは文字通り万物へと変化する事が出来ると言う事であり、体を液体化させたり、固体化さえたりも意のままだ。
そして、エヴァの足元からは何かが生えて、伸びている。槍の様なものが地面の下へと戻り、エヴァの足元へと戻っていくのを見て、正体を知る。
(──あれは、奴が肉体を変化させたものだったのか)
殺し合いに置いて、正々堂々等と言う言葉は存在しない。常に生き残った者が勝者であり、敗者は死ぬ。方法の是非は問わず、確実に生き残る方法を選ぶのは当然ともいえるだろう。
その状況で、フェルディナンは先ほどは確実に『敗者』になる所だった。
「……何とか、間に合ったみたいね」
一歩離れて見ていたクレアだからこそ、その状況に気付けた。これは僥倖と呼ぶべきだろう。
「フン──まぁ、別に良いか。どの道生かそうと殺そうと同じだろうしな」
ローレンスを弾き飛ばし、一歩離れた所で、伯爵の方へと視線を向ける。そこでは、既に準備を終えた伯爵が、傷だらけのナギや詠春達を相手取っている所だった。
直にここは封じられる。倒そうと倒すまいと同じなのだ。
「だが、このまま終わらせるのも少しばかりつまらんな。やはり殺して──ッ!?」
違和感がある。視界がハッキリしないのだ。目に触れてみれば、其処は濡れていた。
エヴァの頬を、涙が伝っていた。
「泣いている──?」
「どういう事だ?」
元帥達は困惑の表情を隠せない。敵が、戦闘中に泣くなどあり得ない事だ。
エヴァは何処かへ視線を向け、呟く。
「ジョイド──?」
●
「速いな、お前」
「褒められるほどじゃねぇよ」
ジョイドと神谷。二人は凄まじい速度で攻防を繰り返していた。
神谷の驚異的な身体能力を更に補助するイノセンスに加え、戦闘経験の多さから動きを予測するセンス。ハッキリ言えば、相当な強さだ。
単純な対人戦ならば、元帥にも後れを取らない。
一歩踏み込む。そして小さくコンパクトに振り下ろし、ジョイドはそれを十字の楯で受ける。
周りには蝶が飛び交い、隙を見せれば神谷を焼こうとレーザーの様な物を放っている。だが、それさえ反応する神谷は難無く避けていた。
「六幻、災厄招来『二幻刀』」
二つ目の刀を持ち、両手に刀を構えた神谷は、更にジョイドへと肉薄する。
右手の刀で切り上げ、蹴り、右手の刀で薙ぎ払い、左の刀で切り下げ一歩下がって刀を振るった。
「ニ幻『八花蟷螂 』!」
八つの飛ぶ斬撃。それらがジョイドの身を斬り裂こうと迫っている。
対し、ジョイドは空中へと飛んで八つの斬撃を回避し、そのまま空中で身を止める。『万物の選択』が可能なジョイドにとって、『空気を踏みつける事』は簡単な事だ。
「強い。流石に老体にあの速度はきついぞ、セカンド」
「なら、さっさと死ねよ。今ならサクッと殺してやるからよ」
聖職者 の放つ言葉とは思えないが、神谷は自分の事を殺人者と呼んだ。エクソシストなどと言う役割は、自分には合わないと思っているのだろう。
(……流石に、ノアか)
神谷は一旦動きを止めながら、先ほどまでの交戦を思い返す。
少なくとも、一撃一撃は殺す気でやった。だが、それは避けられ、あまつさえ反撃まで入れられている。
打撃で血が出ていない為にわかり辛いが、神谷が攻撃する際にカウンターで一撃貰っていたのだ。老練のノア。戦闘経験は豊富だろうし、それは無駄ではないと言う事か。
此処で死ぬ気は無い。だが、このまま戦ってもジリ貧だし、勝たなければどの道終わるらしいからな、と神谷は考えていた。
一息つく。
遊ぶ気も無い。死ぬ気も無い。だが、殺す気はある。なら、方法は一つだけだ。
「──ニ幻、昇華! 俺の命を吸い高まれ。禁忌"三幻式"!」
神谷の目尻に罅 が入り、瞳孔には三つの文様が浮かび上がっている。
そして、地面踏み抜き、駆ける。
先ほどよりもより速度を上げた状態で、ジョイドへと斬りかかった。
「お……っと。まぁ、妥当な判断ではあるな」
難無く三幻式の刃を防ぎ、距離を保ちつつ蝶 を外へと出していく。自身は後方へと飛び、蝶 を掌へと出してレーザーを放った。
レーザーをかわし、瞬動で距離を縮めて斬りかかる。十字の楯で防がれるのも構わず、速度を生かして攻撃する。
真正面から斬り、防いだ所で横へと回って横に薙ぎ払う。
徐々に当たり始めた。
(──っと! 不味いな、これは)
速度が更に上がっていく。余計なモノを削り落した速度。単純に直線で肉薄し、反応するよりも速く斬りかかる。
今のところは薄皮一枚で済んでいるが、更に速度上がればどうなるかは分からない。
「……殺すか」
そもそも生かして置く理由も無い。ノアならば、エクソシストは殺すべき対象だ。
トン──と、空中へ跳ぶ。
「素晴らしいな。素晴らしい。セカンドとは此処までの力を持っているのか。なるほど、吸血鬼化を諦めたかと思えば、オスティアの秘術 に目を着け、更には諦めきれないからと多種の改造を施した人造の人間」
「…………」
神谷は何も言わない。唯、ジョイドを見つめ続けるだけ。
「さて、お前──何度殺せば 死ぬんだ?」
「……さぁな」
知った事では無いし、自分でそんな事が分かる筈も無い。
「ふむ、そうか。ならば、死ぬまで殺すしか無いな」
ジョイドの口元には笑み。そして、背後には五芒星が浮かび上がり、神谷はその『不味さ』を肌で感じ取る。
拒絶、拒絶、拒絶、拒絶、拒絶。
「万物を選ぶって事は、こういう事も可能と言う事だ。覚えておけ」
神谷に向けられた右手から、強烈な拒絶された空気の弾丸が放たれる。
凄まじい勢いで放たれた拒絶された空気の弾丸は神谷へと直撃し、その着弾点から直径四メートル程度に真空状態を作り上げた。
宮殿のその部分が瓦解し、外が見える。
ジョイドはその中へと入り、体が締め付けられて動けない神谷を見る。
「苦しいか? 空気を排除したから、息が出来ないのは当然だ。もちろん、私はこの中でも自由だがな」
笑みを浮かべながら、念話を繋いで神谷に語りかける。
その手には未だ六幻が握られており、眼は諦めていないとばかりにジョイドを睨みつけていた。
(……クソッ、やられた)
ノア一人一人が強力な固有の能力を持っている事は知っていた。だが、トライドは使っていないし、ワイズリーは脳を覗くだけ。実質的な被害を受けた事は無く、油断があったのも間違いないだろう。
意識が揺らぐ。
真空の状況で肉体は締め付けられ、呼吸が出来ずに意識が朦朧 としていく。
(クソッタレ……ここで、死ぬのか……?)
薄れゆく意識の中、そんな事を考える。人よりも死ににくい体とはいえ、死なない訳ではない。限界を超えればいずれ死に至るだろう。
(俺は……ここで……?)
ジョイドを睨みつけながらも、肉体は動かない。
ゆっくりと、神谷は意識を手放していく。同時に、イノセンスとのシンクロが切れて六幻の輝きが失われていく。
●
『諦めるの?』
●
(……今の、は……)
幻聴だ。ここには空気が無い。声が聞こえる筈が無い。
だが、今の声には聞き覚えがあった。
『レン。私はさ、あんたのおねーさんなの。だからわかる。アンタはやれば出来るのよ。根拠は無いけど出来るのよ!』
とある少女。記憶の奥底にある、忘れたと思っていた記憶 。
こんな時に思い出すのか、と笑う。
(死ぬ訳には、いかねぇ)
自身が今、生きている意味を探す。それだけの為に連合を離反し、元老院を殺し、AKUMAを殺して、セクンドゥムを助けた。
『あ? 私が生きたいと思っていた理由を話せ? そんな物、やるべき事があるからに決まっているだろうが』
セクンドゥムは使命を持ち、その為に生き残ろうとしていた。
『俺が生きている理由? んー……アレだ、俺にしか出来ない事をやる為だ……AKUMAを破壊するのはエクソシストでも出来るし、偽善かもしれねーけどよ。それでも俺はやりたいんだよ。人を救うんだ』
ナギは、自身が思った道を行っていた。戦争に参加した理由は下らないモノだが、伯爵達の事を知った後の理由は『救う』為だと言っていた。
(俺は、まだ答えを得ていない……死ぬわけには、いかねぇんだよ──ッ!)
六幻を握る手に力を入れ、再度イノセンスを発動して
「何かしようとしている様だが、無駄だ。その前に殺してやる」
ジョイドが神谷のすぐ傍まで来て、体の内部で心臓を握り潰す。激痛が走り、吐血するが、それでも六幻は手放さない。
(……禁忌……"四幻式"……ッ!)
眼の中に四つの文様が浮かび上がる。そして、ジョイドのこの空間を斬り裂こうと更に力を引き出す。
(……まだ、まだだ……"五幻式"……!)
瞳孔に五つの文様が浮かび、刀身や髪が浅い紫色に染まる。六幻に命を注ぎ込み、魂を昇華している代償の様なものだ。
だが、この程度なら気にする必要は無い。刀を振りかぶり、振るう。
(五幻・裂閃爪 !!!)
雷を伴った幾つもの刃が、空間を引き裂く。
●
派手な音が響き、宮殿の中に降り立った神谷は、肺が痛くなるほどに思い切り空気を吸い込む。
「……ハァ……ハァ……」
先ほどの攻撃、アレで神谷は死んでもおかしくなかった。心臓は再生して問題無く機能しているが、痛みまでは完全に治せない。
だが、十分。腕も動くし脚も動く。
そして、神谷は空中にいるジョイドに目線を向けた。
「……驚いたよ、全く。あの空間から脱出するとはな」
ジョイドの服は破け、所々切り傷が出来ている。
恐らくは、五幻式まで昇華した六幻の力だろう。刀を振るえば斬撃が飛び、斬った後も雷撃が襲う。代わりに、急激に寿命を減らしていく。
だが、神谷は寿命の事など気にしない。使わなければ、どの道あの時点で殺されていたのだ。
ならば、寿命を削ってでも殺してやる。神谷は、そう考えた。
浅紫色の刀身を前に、刀を構える。
「……行くぞ」
地面をけった。
唯それだけの動作で、凄まじい速度が出る。これも五幻式の恩恵だろう。命を削る代わりに力を得る。それが六幻の力だ。
「──ッ!」
十字の楯で防ぐも、続いて来る雷撃と衝撃で吹き飛ばされる。
壁にぶつかり、一瞬息が止まるが、それを悠長に何とかしている暇は無かった。
「オ、ッラァ!」
神谷が追撃して来ている。直ぐ様壁を抜けて、先ほどと同じ様に拒絶したエネルギー砲を放つが、神谷はそれを正面から受けずに避けた。
刀を振るって斬撃を飛ばし、ジョイドの肉体に傷がついてきている。
万物の選択が出来るノアと言えど、イノセンスは選択できない。
だからこそ此処までダメージを負っているし、通り抜けて避けようともしないのだ。
「五幻・裂閃爪 !!」
ジョイドの速度を上回り、神谷は肉体が悲鳴を上げるのにも構わず刀を振り続ける。八つの刃はジョイドの肢体を切り裂き、その肉体から血を失わせていく。
ジョイドもダメージが溜まっているのか、動きが徐々に鈍くなっていく。だが、それでもノアの一人。唯でやられるような真似はしない。
近距離から放たれる斬撃の瞬間に、こちらもダメージを負うのを覚悟でカウンターを仕掛けた。
腕を切り裂き、内臓を傷つける攻撃。普通ならば、この時点で戦いは終わる筈だ。
しかし、神谷は普通のエクソシストでは無く、"セカンド"と呼ばれる存在。回復能力には目を見張るものがある。
それも、現状は命を吸う速度が速く、ダメージの回復は其処まで速くは無い。
切り裂き、貫かれ、斬り、貫かれる。
体は血塗れで、足元には大量の血が流れている。死んでいないのが不思議な位だ。
「ク、ソがぁぁぁッ! 拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶!!!」
連続で放たれる拒絶された空気の弾丸。それらは宮殿を破壊し、真空の領域を幾つも作り出す。
だが、それらが邪魔となって神谷が視界から消えた。手当たり次第に拒絶された空気の弾丸を放とうと構え、目の前で真空の空間が切り裂かれた。
これら自体、ノアの力で構成されたものだ。イノセンスの力を持ってすれば、破壊する事は不可能ではない。
「お、おおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
複数の斬撃と、拒絶された空気の弾丸がぶつかり、消失した。
「……が、は……ッ!」
そして、そのまま神谷は刃を振るい、六幻はジョイドの肉体を大きく袈裟切りに切り裂いた。
「これで……終わりだ……!」
おぼつかない足取りのまま、神谷は六幻を構え直し、ジョイドの肉体を再度大きく切り裂く。
ノアは完全に殺さなければならない。イノセンスの力を持って、始めてノアは殺せるのだ。
「この程度で……私が、死ぬわけが……無いだろう……」
なおもジョイドは立ち上がろうとし、虚ろな目で神谷を見続ける。
「ノアは……不死だ……あ……」
神谷の最後の一撃。縦に真っ二つになる様に、斬った。
直後、ジョイドの肉体は砂となって消え、その場には静寂が訪れる。AKUMAはこの辺りにはいない。ジョイドとの戦闘に巻き込まれない様に離れ、遠くでクレア達を相手にしていたからだ。
フラフラとしていた神谷はイノセンスの発動を解き、その場に倒れ込む。
「ハァ……ハァ……勝った、か」
生き残った。誰が何と言おうと、これは神谷の勝利だ。少なくとも、しばらくは動く事は出来ないだろうが。
それでも、神谷にとっては価値がある。
目的を遂げる為に、また歩き続ける事を決めたのだから。
「
エヴァの右手に握られていた仮契約カードが光り、固有アーティファクトが出現する。
それは一枚のステッカーの様なもので、大きさは掌程度。青を基調に、幻獣である
エヴァはそれを左側の胸元に付け、魔力を通す。
これ自体が、一つの魔法となっているのだ。ステッカー自体が魔法陣、回路の様なものであり、魔力を通す事でそれが具現化する特殊なアーティファクト。
発動した次の瞬間には、元帥の攻撃が弾かれた。
「チッ! 面倒な事になったな、おい!」
金髪の元帥──ローレンス・ダイオンは、手に持ったイノセンス、『
二つのノコギリの様なものが輪に対して対称についており、掌を起点として高速で回転している。近づいてくるAKUMAをいとも簡単に両断し、血を払った。
「罰せられるべき吸血鬼め。そうまでして我らに刃向かうか!」
黒髪の元帥──フェルディナン・ベルリオーズは、エヴァに対して苛烈な殺意を抱きながら、槍型のイノセンスである『
「ふ、罰せられるべき吸血鬼、か。やってみろ、
エヴァは右手に『断罪の剣』を構え、戦闘態勢を整える。
一瞬の静寂。
魔力を高め、精神を集中させ──地面をけったのは、ローレンスだった。
「オラァァァッ!!」
高速回転する『
同時に、死角になる角度からフェルディナンが矛刃で突きを繰り出す。気配で気付かれるとはいえ、素手で受ければまず間違いなく負傷は免れない。
しかし、エヴァは振り向き様に、左腕で『矛刃』を逸らす様に受け流した。
刃に触れているにも関わらず、肌には傷一つ無い。代わりに刃の触れた所に小さな
そのまま振り向く回転の勢いでフェルディナンを蹴り飛ばし、ローレンスと相対する。
『矛刃』で防ぎきったフェルディナンは、再度攻撃を仕掛けようとするも、足元からチャチャゼロが攻撃してきた事によって動きを止められた。
「俺トヤロウゼ、元帥サンヨォ!」
大振りのナイフを振り回し、小柄な体を活かして立ち回る。
「おいおい、テメェの肌はどうなってんだよ。魔力でコーティングしたってそうはならねぇぞ、おい!」
考えられるのは一つだけだろう。胸元にある一枚のステッカー。アーティファクトとして出た以上、それに何かしらの効果がある事は明白だ。
『
フェルディナンは隙を窺うように動き、死角である場所からの襲撃を繰り返していた。
それに対し、チャチャゼロが機動力を生かして槍での攻撃を逸らす。唯、元々の能力の違いと言う事もあってか、全てを逸らしきる事は出来ない。
だが、それでも十分過ぎる。
「……堂々巡りね、流れを変えないと若干不利かしら」
二人がかりでようやくまともに相手取れる敵だ。吸血鬼の膂力を侮る事は出来ない。現状でさえ優位に立てているとは限らないのだから。
背後、死角からの攻撃を難無くかわし、防ぐその反応速度。それを成し得る膂力。どれをとっても、確実にトップレベルの実力者。
現状は持ってこそいるが、何がきっかけでやられるか分かったものではない。
「……『|望みの
水瓶から勢いよく聖水が噴き出す。
聖水は一直線にエヴァに向かって行き、その背中に突き刺さった──かの様に見えた。
「クレアは水を扱うのだったな。ならば、私との相性は最悪ではないか?」
エヴァの笑みが見える。その背中に突き刺さっている筈の水の刃は──エヴァの背中に触れた時点で、凍っていた。
『青の
能力は氷結。単純な能力だが、エヴァの様に膨大な魔力を持つ者が使えば、それは強力な武器となる。
「様子見は終わりにしようか。お前等程度では私には勝てん。諦めろ」
「がぁっ!」
踏み込み、左手で殴り飛ばす。
たったそれだけの単純な動作だと言うのに、エヴァの膂力を持ってすれば人一人を簡単に吹き飛ばせる。咄嗟にイノセンスを盾代わりにしたが、至近距離からの一撃をまともに受けた。衝撃を殺し切れていない為、多少はダメージが残る。
ローレンスの腕は、少しの間痺れが取れないだろう。
「チィッ!」
高速で肉薄するエヴァと、フェルディナン。高速で拳を振るうエヴァと、それらを『矛刃』で受け流すフェルディナン。
『矛刃』には、明確な第二解放と言うモノが存在しない。
代わりに、イノセンスの中でもトップレベルの頑丈さを誇る。生半可なことでは傷さえつかない様な武器だ。
それが、
正確に言えば、エヴァと触れた部分が徐々に凍っていくのだ。余りにも速いその氷結速度は、液体窒素にも匹敵するだろう。
「『紅き焔』!」
エヴァが爆炎に包まれた。背後からローレンスが放ったものだ。
しかし、直撃した筈の爆炎を受けても、エヴァの肉体には傷一つ無い。
普通ならば、当たった時点で火傷を負うだろう。だが、肉体の表面を氷でコーティングしている為、爆炎などでのダメージは受けない。
流石に広域殲滅魔法などを使われれば防ぎきれないが、それをやらせないと言う自信が、エヴァにはある。
「『魔法の射手 連弾・氷の十七矢』」
牽制の意味を含め、ローレンスへと無詠唱の魔法の射手を放つ。放った直後の隙を狙ってフェルディナンが高速で突きを繰り出すも、チャチャゼロが横から攻撃する事で防いだ。
長年共に戦ってきたため、その息の合い様は一つの芸術の様でさえあった。
「『魔法の射手 連弾・火の十七矢』!」
「『闇の吹雪』!」
ローレンスは無詠唱の魔法の射手を放ち、相殺させる。同時にクレアが詠唱していた『闇の吹雪』を、エヴァへと向かって放つ。
それはフェルディナンとエヴァの間を通り、距離を開けさせることに成功する。
一旦大きく後退し、クレアの隣に並ぶローレンスとフェルディナン。
「ロー、フェル。あんた等、アレに勝つ自信ある?」
「難しいな、おい。アイツ相当強いぜ、おい」
「どの道倒すしか無かろう。ノアで吸血鬼ならば、神の敵に他ならん」
「……なら、多少リスク負ってでも倒すしかないわね」
どの道、最後には戦う事になる。エヴァの実力は伯爵に次ぐほど。なら、此処で倒せれば伯爵達の戦力は大幅に低下する事は間違いない。
「二人とも、これ飲みなさい」
水瓶の中に入っているのは、『
「ああ」
「承知」
一息で飲み干し、数秒置いて、肉体に
魔力で更に身体能力を上げ──駆けた。
先ほどよりもさらに速い速度で、エヴァへと肉薄する。
「ほう、面白いじゃないか」
今までやっていた事と変わらず、薄皮一枚を滑らせるように攻撃を受け流すエヴァ。触れた部分から凍りついていくが、元帥二人は気にした様子が無い。
溶かせないのなら、壊してしまえば良い。
そう言う考えで、フェルディナンとローレンスはイノセンスを地面に叩き付けて氷を破壊する。ノアの力でしか壊せないイノセンスだからこそ出来る芸当だろう。
「『闇の吹雪』!」
背後からクレアの援護する魔法が放たれる。周りのAKUMAを抑えている彼女は、エヴァとの戦闘に参加できない。
能力的に、一対一よりも一対多の方が向いているのだ。
エヴァはそれを避け、右手の『断罪の剣』を使って斬りかかる。ローレンスはそれを正面から受け止め、二つの力がぶつかって衝撃波が発生する。
フェルディナンは常にローレンスの対角線上になるように動き、物理的にも心理的にも死角から攻撃しようとするが、チャチャゼロが邪魔をする。それと斬り結び、エヴァの死角から離れてしまう。其処までは先ほどと同じだ。
だが、多少の怪我を覚悟してでも、更に一歩踏み込む。
大振りのナイフが頬を掠る。だが、その程度で臆する元帥では無い。
チャチャゼロの動きの大半を見切った上で、更に、更に、更に奥へ踏み込む。チャチャゼロの小さな体から振るわれるナイフは致命傷を避け、エヴァの真後ろまで踏み込んだ。
そして、其処から自身の繰り出せる最速の『突き』。
槍とは、薙ぐよりも振るうよりも、突く方が速く、威力がある。
その事を身を持って良く知っているフェルディナンは、エヴァの心臓目掛けて突きを繰り出した。
チャチャゼロが止めると思い、判断が一瞬遅れた。この僅かな隙が、明暗を分け、死に至らしめる。
少なくとも、フェルディナンはそう思っていた。
しかし、
「『
横から、クレアが
イノセンスによる攻撃の為か、クレアに攻撃の意思が無かった為か、フェルディナンに傷は無い。しかし、決定的なチャンスを逃した。
激昂し、フェルディナンはクレアへと罵詈雑言をぶつけようとして、気付く。
(──あれは、何だ?)
地面の下から、フェルディナンが先ほど攻撃しようとしていた場所の斜め後ろの地面から──槍の様なものが生えていた。
「チッ、気付いたか。勘の良い奴だ」
エヴァはローレンスと斬り結びながらも、クレアの方へと舌打ちをする。ギリギリで気付いていなければ、恐らく心臓を貫かれていたのはフェルディナンの方だっただろう。
エヴァは『色』のノアであり、『万物への変身』という能力を持つ。それは文字通り万物へと変化する事が出来ると言う事であり、体を液体化させたり、固体化さえたりも意のままだ。
そして、エヴァの足元からは何かが生えて、伸びている。槍の様なものが地面の下へと戻り、エヴァの足元へと戻っていくのを見て、正体を知る。
(──あれは、奴が肉体を変化させたものだったのか)
殺し合いに置いて、正々堂々等と言う言葉は存在しない。常に生き残った者が勝者であり、敗者は死ぬ。方法の是非は問わず、確実に生き残る方法を選ぶのは当然ともいえるだろう。
その状況で、フェルディナンは先ほどは確実に『敗者』になる所だった。
「……何とか、間に合ったみたいね」
一歩離れて見ていたクレアだからこそ、その状況に気付けた。これは僥倖と呼ぶべきだろう。
「フン──まぁ、別に良いか。どの道生かそうと殺そうと同じだろうしな」
ローレンスを弾き飛ばし、一歩離れた所で、伯爵の方へと視線を向ける。そこでは、既に準備を終えた伯爵が、傷だらけのナギや詠春達を相手取っている所だった。
直にここは封じられる。倒そうと倒すまいと同じなのだ。
「だが、このまま終わらせるのも少しばかりつまらんな。やはり殺して──ッ!?」
違和感がある。視界がハッキリしないのだ。目に触れてみれば、其処は濡れていた。
エヴァの頬を、涙が伝っていた。
「泣いている──?」
「どういう事だ?」
元帥達は困惑の表情を隠せない。敵が、戦闘中に泣くなどあり得ない事だ。
エヴァは何処かへ視線を向け、呟く。
「ジョイド──?」
●
「速いな、お前」
「褒められるほどじゃねぇよ」
ジョイドと神谷。二人は凄まじい速度で攻防を繰り返していた。
神谷の驚異的な身体能力を更に補助するイノセンスに加え、戦闘経験の多さから動きを予測するセンス。ハッキリ言えば、相当な強さだ。
単純な対人戦ならば、元帥にも後れを取らない。
一歩踏み込む。そして小さくコンパクトに振り下ろし、ジョイドはそれを十字の楯で受ける。
周りには蝶が飛び交い、隙を見せれば神谷を焼こうとレーザーの様な物を放っている。だが、それさえ反応する神谷は難無く避けていた。
「六幻、災厄招来『二幻刀』」
二つ目の刀を持ち、両手に刀を構えた神谷は、更にジョイドへと肉薄する。
右手の刀で切り上げ、蹴り、右手の刀で薙ぎ払い、左の刀で切り下げ一歩下がって刀を振るった。
「ニ幻『
八つの飛ぶ斬撃。それらがジョイドの身を斬り裂こうと迫っている。
対し、ジョイドは空中へと飛んで八つの斬撃を回避し、そのまま空中で身を止める。『万物の選択』が可能なジョイドにとって、『空気を踏みつける事』は簡単な事だ。
「強い。流石に老体にあの速度はきついぞ、セカンド」
「なら、さっさと死ねよ。今ならサクッと殺してやるからよ」
(……流石に、ノアか)
神谷は一旦動きを止めながら、先ほどまでの交戦を思い返す。
少なくとも、一撃一撃は殺す気でやった。だが、それは避けられ、あまつさえ反撃まで入れられている。
打撃で血が出ていない為にわかり辛いが、神谷が攻撃する際にカウンターで一撃貰っていたのだ。老練のノア。戦闘経験は豊富だろうし、それは無駄ではないと言う事か。
此処で死ぬ気は無い。だが、このまま戦ってもジリ貧だし、勝たなければどの道終わるらしいからな、と神谷は考えていた。
一息つく。
遊ぶ気も無い。死ぬ気も無い。だが、殺す気はある。なら、方法は一つだけだ。
「──ニ幻、昇華! 俺の命を吸い高まれ。禁忌"三幻式"!」
神谷の目尻に
そして、地面踏み抜き、駆ける。
先ほどよりもより速度を上げた状態で、ジョイドへと斬りかかった。
「お……っと。まぁ、妥当な判断ではあるな」
難無く三幻式の刃を防ぎ、距離を保ちつつ
レーザーをかわし、瞬動で距離を縮めて斬りかかる。十字の楯で防がれるのも構わず、速度を生かして攻撃する。
真正面から斬り、防いだ所で横へと回って横に薙ぎ払う。
徐々に当たり始めた。
(──っと! 不味いな、これは)
速度が更に上がっていく。余計なモノを削り落した速度。単純に直線で肉薄し、反応するよりも速く斬りかかる。
今のところは薄皮一枚で済んでいるが、更に速度上がればどうなるかは分からない。
「……殺すか」
そもそも生かして置く理由も無い。ノアならば、エクソシストは殺すべき対象だ。
トン──と、空中へ跳ぶ。
「素晴らしいな。素晴らしい。セカンドとは此処までの力を持っているのか。なるほど、吸血鬼化を諦めたかと思えば、
「…………」
神谷は何も言わない。唯、ジョイドを見つめ続けるだけ。
「さて、お前──
「……さぁな」
知った事では無いし、自分でそんな事が分かる筈も無い。
「ふむ、そうか。ならば、死ぬまで殺すしか無いな」
ジョイドの口元には笑み。そして、背後には五芒星が浮かび上がり、神谷はその『不味さ』を肌で感じ取る。
拒絶、拒絶、拒絶、拒絶、拒絶。
「万物を選ぶって事は、こういう事も可能と言う事だ。覚えておけ」
神谷に向けられた右手から、強烈な拒絶された空気の弾丸が放たれる。
凄まじい勢いで放たれた拒絶された空気の弾丸は神谷へと直撃し、その着弾点から直径四メートル程度に真空状態を作り上げた。
宮殿のその部分が瓦解し、外が見える。
ジョイドはその中へと入り、体が締め付けられて動けない神谷を見る。
「苦しいか? 空気を排除したから、息が出来ないのは当然だ。もちろん、私はこの中でも自由だがな」
笑みを浮かべながら、念話を繋いで神谷に語りかける。
その手には未だ六幻が握られており、眼は諦めていないとばかりにジョイドを睨みつけていた。
(……クソッ、やられた)
ノア一人一人が強力な固有の能力を持っている事は知っていた。だが、トライドは使っていないし、ワイズリーは脳を覗くだけ。実質的な被害を受けた事は無く、油断があったのも間違いないだろう。
意識が揺らぐ。
真空の状況で肉体は締め付けられ、呼吸が出来ずに意識が
(クソッタレ……ここで、死ぬのか……?)
薄れゆく意識の中、そんな事を考える。人よりも死ににくい体とはいえ、死なない訳ではない。限界を超えればいずれ死に至るだろう。
(俺は……ここで……?)
ジョイドを睨みつけながらも、肉体は動かない。
ゆっくりと、神谷は意識を手放していく。同時に、イノセンスとのシンクロが切れて六幻の輝きが失われていく。
●
『諦めるの?』
●
(……今の、は……)
幻聴だ。ここには空気が無い。声が聞こえる筈が無い。
だが、今の声には聞き覚えがあった。
『レン。私はさ、あんたのおねーさんなの。だからわかる。アンタはやれば出来るのよ。根拠は無いけど出来るのよ!』
とある少女。記憶の奥底にある、忘れたと思っていた
こんな時に思い出すのか、と笑う。
(死ぬ訳には、いかねぇ)
自身が今、生きている意味を探す。それだけの為に連合を離反し、元老院を殺し、AKUMAを殺して、セクンドゥムを助けた。
『あ? 私が生きたいと思っていた理由を話せ? そんな物、やるべき事があるからに決まっているだろうが』
セクンドゥムは使命を持ち、その為に生き残ろうとしていた。
『俺が生きている理由? んー……アレだ、俺にしか出来ない事をやる為だ……AKUMAを破壊するのはエクソシストでも出来るし、偽善かもしれねーけどよ。それでも俺はやりたいんだよ。人を救うんだ』
ナギは、自身が思った道を行っていた。戦争に参加した理由は下らないモノだが、伯爵達の事を知った後の理由は『救う』為だと言っていた。
(俺は、まだ答えを得ていない……死ぬわけには、いかねぇんだよ──ッ!)
六幻を握る手に力を入れ、再度イノセンスを発動して
「何かしようとしている様だが、無駄だ。その前に殺してやる」
ジョイドが神谷のすぐ傍まで来て、体の内部で心臓を握り潰す。激痛が走り、吐血するが、それでも六幻は手放さない。
(……禁忌……"四幻式"……ッ!)
眼の中に四つの文様が浮かび上がる。そして、ジョイドのこの空間を斬り裂こうと更に力を引き出す。
(……まだ、まだだ……"五幻式"……!)
瞳孔に五つの文様が浮かび、刀身や髪が浅い紫色に染まる。六幻に命を注ぎ込み、魂を昇華している代償の様なものだ。
だが、この程度なら気にする必要は無い。刀を振りかぶり、振るう。
(五幻・
雷を伴った幾つもの刃が、空間を引き裂く。
●
派手な音が響き、宮殿の中に降り立った神谷は、肺が痛くなるほどに思い切り空気を吸い込む。
「……ハァ……ハァ……」
先ほどの攻撃、アレで神谷は死んでもおかしくなかった。心臓は再生して問題無く機能しているが、痛みまでは完全に治せない。
だが、十分。腕も動くし脚も動く。
そして、神谷は空中にいるジョイドに目線を向けた。
「……驚いたよ、全く。あの空間から脱出するとはな」
ジョイドの服は破け、所々切り傷が出来ている。
恐らくは、五幻式まで昇華した六幻の力だろう。刀を振るえば斬撃が飛び、斬った後も雷撃が襲う。代わりに、急激に寿命を減らしていく。
だが、神谷は寿命の事など気にしない。使わなければ、どの道あの時点で殺されていたのだ。
ならば、寿命を削ってでも殺してやる。神谷は、そう考えた。
浅紫色の刀身を前に、刀を構える。
「……行くぞ」
地面をけった。
唯それだけの動作で、凄まじい速度が出る。これも五幻式の恩恵だろう。命を削る代わりに力を得る。それが六幻の力だ。
「──ッ!」
十字の楯で防ぐも、続いて来る雷撃と衝撃で吹き飛ばされる。
壁にぶつかり、一瞬息が止まるが、それを悠長に何とかしている暇は無かった。
「オ、ッラァ!」
神谷が追撃して来ている。直ぐ様壁を抜けて、先ほどと同じ様に拒絶したエネルギー砲を放つが、神谷はそれを正面から受けずに避けた。
刀を振るって斬撃を飛ばし、ジョイドの肉体に傷がついてきている。
万物の選択が出来るノアと言えど、イノセンスは選択できない。
だからこそ此処までダメージを負っているし、通り抜けて避けようともしないのだ。
「五幻・
ジョイドの速度を上回り、神谷は肉体が悲鳴を上げるのにも構わず刀を振り続ける。八つの刃はジョイドの肢体を切り裂き、その肉体から血を失わせていく。
ジョイドもダメージが溜まっているのか、動きが徐々に鈍くなっていく。だが、それでもノアの一人。唯でやられるような真似はしない。
近距離から放たれる斬撃の瞬間に、こちらもダメージを負うのを覚悟でカウンターを仕掛けた。
腕を切り裂き、内臓を傷つける攻撃。普通ならば、この時点で戦いは終わる筈だ。
しかし、神谷は普通のエクソシストでは無く、"セカンド"と呼ばれる存在。回復能力には目を見張るものがある。
それも、現状は命を吸う速度が速く、ダメージの回復は其処まで速くは無い。
切り裂き、貫かれ、斬り、貫かれる。
体は血塗れで、足元には大量の血が流れている。死んでいないのが不思議な位だ。
「ク、ソがぁぁぁッ! 拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶!!!」
連続で放たれる拒絶された空気の弾丸。それらは宮殿を破壊し、真空の領域を幾つも作り出す。
だが、それらが邪魔となって神谷が視界から消えた。手当たり次第に拒絶された空気の弾丸を放とうと構え、目の前で真空の空間が切り裂かれた。
これら自体、ノアの力で構成されたものだ。イノセンスの力を持ってすれば、破壊する事は不可能ではない。
「お、おおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
複数の斬撃と、拒絶された空気の弾丸がぶつかり、消失した。
「……が、は……ッ!」
そして、そのまま神谷は刃を振るい、六幻はジョイドの肉体を大きく袈裟切りに切り裂いた。
「これで……終わりだ……!」
おぼつかない足取りのまま、神谷は六幻を構え直し、ジョイドの肉体を再度大きく切り裂く。
ノアは完全に殺さなければならない。イノセンスの力を持って、始めてノアは殺せるのだ。
「この程度で……私が、死ぬわけが……無いだろう……」
なおもジョイドは立ち上がろうとし、虚ろな目で神谷を見続ける。
「ノアは……不死だ……あ……」
神谷の最後の一撃。縦に真っ二つになる様に、斬った。
直後、ジョイドの肉体は砂となって消え、その場には静寂が訪れる。AKUMAはこの辺りにはいない。ジョイドとの戦闘に巻き込まれない様に離れ、遠くでクレア達を相手にしていたからだ。
フラフラとしていた神谷はイノセンスの発動を解き、その場に倒れ込む。
「ハァ……ハァ……勝った、か」
生き残った。誰が何と言おうと、これは神谷の勝利だ。少なくとも、しばらくは動く事は出来ないだろうが。
それでも、神谷にとっては価値がある。
目的を遂げる為に、また歩き続ける事を決めたのだから。