第二十五夜:墓守人の決戦 Ⅳ
「……ジョイドが死んだ、か」
先ほどと変わらず、涙を流し続けるエヴァ。だが、これは自身の意思で泣いている訳ではない。
これは、ノアが死んだ事で自身の中のノアが泣いているのだと、エヴァは解釈していた。
数百年、伯爵と共に数多くのノア達を看取って来たエヴァは、涙の意味を一瞬で理解していた。
驚きで動きが止まっている元帥達を尻目に、止まる事の無い涙を拭う。
「ゴ主人、誰カヤラレタノカ?」
「ああ、千年公はあそこで戦っているのが見えるし、可能性としてはジョイドが一番高いだろうな」
チャチャゼロの問いに対し、あくまで冷静に答えるエヴァ。
元帥達はその会話を聞き、そのもう一人と戦闘をしていたであろう神谷の事を思い浮かべる。
可能性として一番高いのは勝利。相手が死んでいることが分かるのだから、ある意味当然の可能性。
もう一つの可能性としては、相打ち。互いに倒れている可能性もまた、捨てきれないのだ。
だが、"セカンド"と言う事を考えれば、相打ちの可能性は低い。だからこそ、元帥達は武器を構えて今にも跳びかかろうとしている。
(……神谷、か。いつか、私の手で殺してやるとしよう)
家族を殺された仇討ちとして、と思考するエヴァ。
右手に『断罪の剣』を構え、流れ続ける涙を左腕で拭って、戦いを再開させる。
跳びかかって来たのはフェルディナン。『矛刃 』を持って低く構え、鋭く突きを放った。
それを体を捻って避け、表面を滑らせるようにして『断罪の剣』を当てにかかる。
しかし、その攻撃は後ろに跳んで避け、ローレンスが追撃する。その間に、フェルディナンは一旦下がった。
回転させた『神狂い 』を振りまわし、エヴァを殺そうと肉薄する。
「オオオオオォォォォォォッ!!!」
雄叫びの様に声を上げ、重く速い攻撃を繰り出していく。
しかし、『断罪の剣』で受け切り、更には掠っても表面の氷に切れ目が入るだけでダメージが入らない。
時間が無い。
その事実が、元帥達に焦りを与えていた。
伯爵が儀式を発動させてしまえば、魔法世界が封じられる。そうなれば、エクソシスト達は実質敗北したも同然なのだ。
「『魔法の射手 連弾・闇の百九十九矢』」
黒い魔法の射手が吹き荒び、背後から援護するクレアの魔法とぶつかる。
フェルディナンとローレンスは一旦下がってクレアと肩を並べ、短く相談を始めた。
「どうする。もう時間が無いぜ、おい」
「我らとて、伯爵の下に行きたいのだがな」
ちらりと伯爵の方を見れば、ナギ達と造物主達がAKUMAを退けつつ伯爵と戦闘していた。だが、伯爵が動いたことから考えても、儀式発動まで十分も無いだろう。
時間が無い、と再度思考する。
「……フェル、アンタだけでもあの吸血鬼抜けられる?」
「……行けん事は無いが、どうするつもりだ?」
エヴァは元帥達の邪魔をするだろう。生半可に抜けようとすれば、背後から攻撃を受けるのが落ちだ。
「私とローで何とかするわよ。それ位出来るわよね?」
「舐めて貰っちゃ困るぜ、おい。強力なのブチかませばいいんだろ?」
『神狂い 』を構えて、ローレンスが薄く笑う。
「それじゃ──行くわよ」
地面を蹴る。
フェルディナンが高速で突っ切り、エヴァの懐へ入って突きを繰り出す。エヴァが避けたのを良い事に、そのままエヴァの横を抜けて伯爵の方へと移動する。
その途中でチャチャゼロが邪魔をするも、攻撃の必要は無く、避けてすり抜けるだけならば不可能では無い。
一瞬の交差の間に数度刃を交える音が響くも、直後にはチャチャゼロを振り切って伯爵の元へと移動し出した。
「行かせると思って──ッ!」
「『神狂い ・火葬舞 』!!」
ローレンスの放った『神狂い 』が、高速回転してエヴァへと直撃する。
咄嗟に『氷楯』を張って防御した為、ダメージは無い。だが、フェルディナンは既にナギ達の元へと向かって行った。
「……まぁいい。千年公ならどうにでも出来るだろう」
大量の水を浮遊させ、周りに置いて制御するクレア。
手元で動きを止めている武器を、肩に担いでエヴァを視ているローレンス。
エヴァの隣で大振りのナイフを構えるチャチャゼロ。
そして、『断罪の剣』を右手に、アーティファクトの能力をさらに引き出し、周りの水分を凍らせ始めるエヴァ。
一瞬の静寂の後、四つの影は交差した。
●
黒い閃光が目の前で弾ける。
真っ黒な力の塊が、容赦無くプリームムの肢体を抉り取った。
「────ッ!」
声を上げる間もなく、セクンドゥムが雷を走らせる。雷光、稲光が空気を引き裂き、雷鳴を発生させながら伯爵へと近接戦闘 を仕掛ける。
雷化という技術は、自身を精霊と同化させる事だ。故に、まともな方法で攻撃を当てることは不可能。
しかも、造物主の使徒達は元から多重展開された障壁も存在している。相手が並のレベルであれば、ダメージなど入ろうはずが無い。
だが、雷速に達している筈の速度を見切られ、腕を掴まれて地面へと叩きつけられる。
そのまま追撃する様に掌をかざし、その上には黒い球体が浮かんでいた。
不味い、と思うも、腕は掴まれていて避けるにしても完全には不可能。ならば、と掴まれていない方の腕で雷撃を放つ。
至近距離からの雷撃を受ければ、伯爵でも防がざるを得ないと思ったからだ。だが、その予想は甘いとしか言えなかった。
雷撃を黒い球体で防いで尚、球体のそれは力を失っていなかった。
直後に放たれた造物主からの攻撃が無ければ、セクンドゥムもまたプリームムの様にやられていただろう。
「オ、ラァァァァ!!」
ナギとラカンが伯爵へと肉薄した。
『雷の斧』を初撃として目晦ましに使い、挟む様に動いてからの同時攻撃。体に見合わず機敏な動きをする伯爵に対し、ナギとラカンも引けを取らない。
だが、それでもなお、実力の差は歴然だった。
後ろに侍る様にして構えていたAKUMAが、伯爵に剣を手渡す。
ナギのイノセンスである二つの白い刃を弾き、ラカンの体勢を崩す様に黒い球体を当て、再度ナギへと向かう。
ただし、剣はナギの首を確実に刈り取るコースへと動いて。
●
明確な死への感覚。剣の動きがコマ落ちした様な速度に見える。
不味い不味い不味い不味い不味い。
頭の中で警鐘が鳴る。避けろ、かわせ、防げ、守れ。そんな考えが意味も無く頭をめぐる。
首の肉を削ぎ取り、少しずつ内部へと刃が侵入していく。
切り落とされる。本能的にそう考えた。どうやった所で、この状況からの脱出は不可能だ。首を落とされて──死ぬ。
ラカンや詠春、造物主達がナギの方を見て、どうにかしようとするが、距離がある為、間に合わない。
死ぬ──唯々単純に、それだけが脳内で反復される。
それでも──タダでは、死なない。
咄嗟に右腕を突き出し、其処から生えている二枚の刃を伯爵へと突き刺すように動かす。最低でも、相打ちに持ちこむ為に。
しかし、それは敵わない。ナギの刃が届く前に、首に食い込んでいるこの刃はナギの首を切り落とすだろう。
だが、
「生きる事では無く、死んででも殺そうとするその意気や良し」
代わりに響いた金属音と共に、ナギの首から刃が離れた。
●
ギリギリだった。
フェルディナンは、隣で首から血を流しているナギを視る。大分深く首を抉られているが、死んではいない。治療すればまだ間に合うだろう。
そして、治癒魔法を使える魔法使いが、この場にはいる。
「元帥ですカ。少々厄介ですねェ」
口ではそんな事を言っているが、本心ではどう思っているのか分かったものでは無い。
「元帥が此処にいることも驚きですガ。まさか彼らにイノセンスを渡す為だけ、という訳ではないでショウ?」
「ふん。貴様にくれてやる言葉など在りはせん。我らが神の名に置いて、貴様を殺してやる」
「出来るものなラ」
一瞬の交錯。それだけで、何度刃を交えたか。それはまともな人間では分からない。
だが、この場にいる全員、その攻防が見えている。誰もかれもが確実に世界最強クラスの実力者たちだ。視えていない筈が無い。
凄まじい速度で刃を交え、火花を散らし、交錯する二人。イノセンスの力をより引き出す事が出来ている為に、本来ナギ達に劣るであろう身体能力が底上げされている。
だからこそ、伯爵と此処までまともに戦える。
互いに強烈な一撃をかまし、距離を取った。もう一度構え、再度ぶつかろうとした時。
「──伯爵様。お時間です」
背後にいた水色の髪の少女が、伯爵へと告げた。
「おや、もう準備が出来ましたカ。意外と速かったものですねェ」
まぁ、予想の範疇ですから良しとしましょウ。と続け、同じ様に背後に来たレロへ剣を収納する。
その行動を見て面食らう造物主達。何せ、目の前で戦闘を放棄する様な行動を取り始めているのだから、面食らうのも当然と言えるだろう。
しかし、ある意味では予想できたことでもある。
魔法世界を封じたとしても、伯爵も封じられてしまっては意味が無い。当然、方舟で魔法世界から脱出を図るだろう。
元帥数人とナギ達の犠牲を持って、伯爵とエヴァを魔法世界に封じ込める、と言う事も出来ない訳ではない。
だが、仮に出来たとしても"封じた"だけだ。AKUMAは依然として活動を続けるだろうし、残ったノア達は伯爵がやろうとしていた様に世界を終焉へと導くだろう。
それに、封印が解けないとも限らない。何らかの方法で魔法世界を復活させる事が出来る可能性も、存在しない訳では無いのだから。
それは、余りにリスクが高過ぎる。
倒す事も、封じる事も、まともな怪我を負わせることすら、出来ない。
「クッソ、がァァァァァァァッ!!!」
それでもなお、ナギは挑む。どんな状況でも、逆境でも、諦めずに戦う。
だからこそ彼は、主人公 足り得る存在なのだ。
魔力を振り絞り、過負荷が掛かりながらもイノセンスを使い、血塗れになっても関係無く、伯爵へと攻撃を仕掛けていく。
「やる気は認めますガ、ちょっとばかり力が足りない様ですネェ」
腹部へと一撃、強烈な攻撃をぶつける。それだけでナギの体は容易く吹き飛び、造物主達の所まで押し戻された。
ラカン達も構え、戦いを止めまいとするが、伯爵は既に方舟へと一歩踏み出していた。
「逃がさんぞ、千年伯爵ッ!!」
追撃する様に放たれた造物主の最後の一撃は、伯爵の背後に控えていたエコーによって防がれる。
「伯爵様が何も仰らないので見逃すつもりでしたが、"敵"だと言うのであれば容赦をするつもりは微塵もありません」
造物主の放つ黒い閃光を受けても、ボディを"換装 "する必要が無い。それだけの力を持っているのか、はたまた能力によるものか。
無表情のまま、戦闘に移ろうとして、伯爵が制止の声をかける。
「エコー、戦闘の必要はアリマセン。ラストルには既に伝えてある筈ですシ、此処にいる理由は無いでしょウ」
「了解しました」
黒い壁の様に出現していた方舟の"門 "は、伯爵とエコー、残ったAKUMAが入った時点で、地面へ溶け込むようにして閉じた。
●
辺りは氷結していた。
氷と爆炎がぶつかり、凄まじい水の激流がエヴァを飲み込む。
その激流さえ、内側から凍らせて破壊し、脱出する。更には素手でそれらを砕き、強力な握力で無理矢理掴んで──高速で、投げた。
破壊された氷は槍の様に鋭い棘を持ち、クレアを刺殺しようと迫る。
だが、避ける素振りすら見せずに圧縮された水で氷を粉々に破壊し、高水圧のレーザー──ウォーターカッターの様にエヴァへと向かう。
超圧縮された水は、ダイヤモンドさえ切り裂く程の力を秘めている。
本来距離が離れれば威力が減衰するそれも、イノセンスの力を持ってすれば威力を保ち続けることが可能となる。それが直撃すれば、幾らエヴァとて無事では済まないだろう。
しかし、
「俺ヲ忘レテ貰ッチャ困ルゼ!」
クレアの集中を乱す様に、真横からチャチャゼロが襲撃をかけた。
「こっちも同じことが言えるんだぜ、おい!」
ローレンスがチャチャゼロのナイフを防ぎ、ウォーターカッターは勢いを弱めずにエヴァへと直撃した。
だが、エヴァはそのウォーターカッターを逸らす様に氷を厚く張り、右手一本で防いでいる。
「舐めるなよ、小娘」
空いた左手をクレアへと向け、始動キーと共に呪文を詠唱し始める。
その時だった。
「ノア様、お時間です。方舟へとお戻りください」
AKUMAの一体が、エヴァへ深々と頭を下げて告げた。エヴァは顔だけをそちらへ向け、了解の意を示して帰らせる。
チャチャゼロを近くまで呼び戻し、一歩離れて呪文を放った。
「『氷神の戦鎚』!」
巨大な氷塊が上空へと現れ、クレアとローレンスの視界を埋める。水流と回転する鋸 で氷塊を破壊し、エヴァを探す。
エヴァは上空で方舟へと半身を入れており、最後に振り返って二人へと言葉を告げる。
「まぁ、そこそこ楽しめた。また会う機会があれば、その時は決着を付けたいものだな」
笑い声と共に、エヴァは方舟の中へと消えた。
●
ナギ達は焦っていた。
伯爵が撤退したまでは良い。だが、撤退すると言う事はつまり、儀式が完成したと言う事でもある。
直ぐ様儀式場まで移動し、造物主が何とか出来ないかと策を巡らせる。
しかし、一旦発動した以上、それを止める事など出来はしない。例え造物主の力を持ってしても、この状態から止める事は無理だろう。
一人であれば 、だが。
「世界の始まりと終わりの魔法……このままでは、世界が無に帰してしまいます。こうなっては、幾ら我々が最強と嘯 こうとも、出来る事は何もありません」
アルが、悔しげに唇を噛みながら告げる。
「造物主 ! アンタは、何か止める方法をしらねぇのか!?」
「……止める方法が無い訳では無い。だが、準備に時間がかかってしまうし、何よりも此処までなってしまっては唯の時間稼ぎも難しいだろう」
段々と大きく展開してく光球を見つつ、造物主はナギへと言った。
造物主とて、最悪の事態を考えて儀式を止める方法を用意していなかった訳では無い。
伯爵がそれらの策を全て見破った上で、AKUMA達に妨害されている。これから準備しようものなら、確実に時間切れで世界が封じられるだろう。
「こうなってしまっては、どうしようも──」
諦めの言葉を発するアル。それに対し、激怒した様な声が聞こえた。
『馬鹿者!! 諦めるな、アルビレオ・イマ!!』
●
墓守り人の宮殿、外部。
外から視認できるほど光球は大きくなっており、地表全てを覆い尽くすのに後数分と言う時。
彼ら、彼女等は、現れた。
「広域魔力減衰現象を確認。これまでに観測されたものの比ではありません! 世界を飲み込む勢いです!」
報告を聞きながら、アリカは映像を確認する。
光球を見た上で、状況は理解しているのだろう。そして、造物主とは別の方法で"これ"を止める為に動いていた。
幾つもの空中艦隊が集まり、墓守り人の宮殿を取り囲む。
「こちらメガロメセンブリア国際戦略艦隊旗艦。スヴァンフヴィート艦長、リカード! 助太刀するぜ!」
映像を見ながら、アルへと念話で伝える。
「世界の危機とあっちゃ、敵も味方も関係ねぇぜッ!!」
「その通りじゃ!」
メガロの艦隊とは逆方向から現れたのは、帝国軍北方艦隊。
乗っているのは、帝国第三王女テオドラ及び連絡役として使わされていたタカミチ。
「全艦隊、光球を取り囲み、抑え込め! 魔導兵団、大規模反転封印術式展開! 全魔法世界の興廃はこの一戦にあり。各院全力を尽くせ、後は無いぞ!!」
アリカが指示を飛ばすとともに激励する。
それに合わせ、メガロと帝国の艦隊が光球を取り囲んでいき、抑えつけ始める。
「よろしいのですね……女王陛下」
ガトウが陰鬱な表情をアリカに向けながら、問うた。傍にいるクルトは、唯その光景を黙って見ているしか無い。
アリカは目の前の手摺りを強く握り、これしか出来ない地震の歯痒さの所為か、強くかみしめた唇から血が滴り落ちる。
(……これは、MM元老院の、罠……!)
歯ぎしりをしながら、クルトは光球を押さえつけていく光景を目に焼き付ける。
これによって、世界は確かに救われるだろう。そして、世界を救った『紅き翼』は英雄となる筈だ。
「まぁ、こんな力じゃ。代償の一つや二つはあるじゃろう」
不意に、近くから声がした。
その声に聞き覚えがあるアリカは、直ぐ様振り返り、其処にいる人物を見て驚愕の表情を表す。
「貴様……は……ッ!」
「久しいのう、アリカ女王? 一度会ったきりじゃし、覚えておるかもわからない所だったが。まぁそれはどうでもいい事だのぅ」
目深に帽子を被っていて、メガロメセンブリアの軍服を着こなしている青年。肌は浅黒く、眼が五つある 。
「これは警告だ。ワタシ達が本気を出せば、魔法世界を封じる事は出来た」
それをしないのは、単純に『此処で勝っても意味が無い』からだ。
AKUMAが増えるという『意味』。人類終焉へのシナリオは、此処で終わる様なものでは無い。
「まぁ、精々足掻くんじゃな……どの道、最後に勝利するのはワタシ達だ」
後ろを向いて操舵室から出て行き、姿が見えなくなる。隣にいたリカードは、動かない。
「……ッ! 私達の世界を救おうとする行動でさえ、伯爵の掌の上だと言うのかッ!!」
ダン!! と強く手摺りを叩き、憤怒の表情で画面を強く睨む。
──この時、確かに世界は一度救われたと言うのに。
「……ジョイドが死んだ、か」
先ほどと変わらず、涙を流し続けるエヴァ。だが、これは自身の意思で泣いている訳ではない。
これは、ノアが死んだ事で自身の中のノアが泣いているのだと、エヴァは解釈していた。
数百年、伯爵と共に数多くのノア達を看取って来たエヴァは、涙の意味を一瞬で理解していた。
驚きで動きが止まっている元帥達を尻目に、止まる事の無い涙を拭う。
「ゴ主人、誰カヤラレタノカ?」
「ああ、千年公はあそこで戦っているのが見えるし、可能性としてはジョイドが一番高いだろうな」
チャチャゼロの問いに対し、あくまで冷静に答えるエヴァ。
元帥達はその会話を聞き、そのもう一人と戦闘をしていたであろう神谷の事を思い浮かべる。
可能性として一番高いのは勝利。相手が死んでいることが分かるのだから、ある意味当然の可能性。
もう一つの可能性としては、相打ち。互いに倒れている可能性もまた、捨てきれないのだ。
だが、"セカンド"と言う事を考えれば、相打ちの可能性は低い。だからこそ、元帥達は武器を構えて今にも跳びかかろうとしている。
(……神谷、か。いつか、私の手で殺してやるとしよう)
家族を殺された仇討ちとして、と思考するエヴァ。
右手に『断罪の剣』を構え、流れ続ける涙を左腕で拭って、戦いを再開させる。
跳びかかって来たのはフェルディナン。『
それを体を捻って避け、表面を滑らせるようにして『断罪の剣』を当てにかかる。
しかし、その攻撃は後ろに跳んで避け、ローレンスが追撃する。その間に、フェルディナンは一旦下がった。
回転させた『
「オオオオオォォォォォォッ!!!」
雄叫びの様に声を上げ、重く速い攻撃を繰り出していく。
しかし、『断罪の剣』で受け切り、更には掠っても表面の氷に切れ目が入るだけでダメージが入らない。
時間が無い。
その事実が、元帥達に焦りを与えていた。
伯爵が儀式を発動させてしまえば、魔法世界が封じられる。そうなれば、エクソシスト達は実質敗北したも同然なのだ。
「『魔法の射手 連弾・闇の百九十九矢』」
黒い魔法の射手が吹き荒び、背後から援護するクレアの魔法とぶつかる。
フェルディナンとローレンスは一旦下がってクレアと肩を並べ、短く相談を始めた。
「どうする。もう時間が無いぜ、おい」
「我らとて、伯爵の下に行きたいのだがな」
ちらりと伯爵の方を見れば、ナギ達と造物主達がAKUMAを退けつつ伯爵と戦闘していた。だが、伯爵が動いたことから考えても、儀式発動まで十分も無いだろう。
時間が無い、と再度思考する。
「……フェル、アンタだけでもあの吸血鬼抜けられる?」
「……行けん事は無いが、どうするつもりだ?」
エヴァは元帥達の邪魔をするだろう。生半可に抜けようとすれば、背後から攻撃を受けるのが落ちだ。
「私とローで何とかするわよ。それ位出来るわよね?」
「舐めて貰っちゃ困るぜ、おい。強力なのブチかませばいいんだろ?」
『
「それじゃ──行くわよ」
地面を蹴る。
フェルディナンが高速で突っ切り、エヴァの懐へ入って突きを繰り出す。エヴァが避けたのを良い事に、そのままエヴァの横を抜けて伯爵の方へと移動する。
その途中でチャチャゼロが邪魔をするも、攻撃の必要は無く、避けてすり抜けるだけならば不可能では無い。
一瞬の交差の間に数度刃を交える音が響くも、直後にはチャチャゼロを振り切って伯爵の元へと移動し出した。
「行かせると思って──ッ!」
「『
ローレンスの放った『
咄嗟に『氷楯』を張って防御した為、ダメージは無い。だが、フェルディナンは既にナギ達の元へと向かって行った。
「……まぁいい。千年公ならどうにでも出来るだろう」
大量の水を浮遊させ、周りに置いて制御するクレア。
手元で動きを止めている武器を、肩に担いでエヴァを視ているローレンス。
エヴァの隣で大振りのナイフを構えるチャチャゼロ。
そして、『断罪の剣』を右手に、アーティファクトの能力をさらに引き出し、周りの水分を凍らせ始めるエヴァ。
一瞬の静寂の後、四つの影は交差した。
●
黒い閃光が目の前で弾ける。
真っ黒な力の塊が、容赦無くプリームムの肢体を抉り取った。
「────ッ!」
声を上げる間もなく、セクンドゥムが雷を走らせる。雷光、稲光が空気を引き裂き、雷鳴を発生させながら伯爵へと
雷化という技術は、自身を精霊と同化させる事だ。故に、まともな方法で攻撃を当てることは不可能。
しかも、造物主の使徒達は元から多重展開された障壁も存在している。相手が並のレベルであれば、ダメージなど入ろうはずが無い。
だが、雷速に達している筈の速度を見切られ、腕を掴まれて地面へと叩きつけられる。
そのまま追撃する様に掌をかざし、その上には黒い球体が浮かんでいた。
不味い、と思うも、腕は掴まれていて避けるにしても完全には不可能。ならば、と掴まれていない方の腕で雷撃を放つ。
至近距離からの雷撃を受ければ、伯爵でも防がざるを得ないと思ったからだ。だが、その予想は甘いとしか言えなかった。
雷撃を黒い球体で防いで尚、球体のそれは力を失っていなかった。
直後に放たれた造物主からの攻撃が無ければ、セクンドゥムもまたプリームムの様にやられていただろう。
「オ、ラァァァァ!!」
ナギとラカンが伯爵へと肉薄した。
『雷の斧』を初撃として目晦ましに使い、挟む様に動いてからの同時攻撃。体に見合わず機敏な動きをする伯爵に対し、ナギとラカンも引けを取らない。
だが、それでもなお、実力の差は歴然だった。
後ろに侍る様にして構えていたAKUMAが、伯爵に剣を手渡す。
ナギのイノセンスである二つの白い刃を弾き、ラカンの体勢を崩す様に黒い球体を当て、再度ナギへと向かう。
ただし、剣はナギの首を確実に刈り取るコースへと動いて。
●
明確な死への感覚。剣の動きがコマ落ちした様な速度に見える。
不味い不味い不味い不味い不味い。
頭の中で警鐘が鳴る。避けろ、かわせ、防げ、守れ。そんな考えが意味も無く頭をめぐる。
首の肉を削ぎ取り、少しずつ内部へと刃が侵入していく。
切り落とされる。本能的にそう考えた。どうやった所で、この状況からの脱出は不可能だ。首を落とされて──死ぬ。
ラカンや詠春、造物主達がナギの方を見て、どうにかしようとするが、距離がある為、間に合わない。
死ぬ──唯々単純に、それだけが脳内で反復される。
それでも──タダでは、死なない。
咄嗟に右腕を突き出し、其処から生えている二枚の刃を伯爵へと突き刺すように動かす。最低でも、相打ちに持ちこむ為に。
しかし、それは敵わない。ナギの刃が届く前に、首に食い込んでいるこの刃はナギの首を切り落とすだろう。
だが、
「生きる事では無く、死んででも殺そうとするその意気や良し」
代わりに響いた金属音と共に、ナギの首から刃が離れた。
●
ギリギリだった。
フェルディナンは、隣で首から血を流しているナギを視る。大分深く首を抉られているが、死んではいない。治療すればまだ間に合うだろう。
そして、治癒魔法を使える魔法使いが、この場にはいる。
「元帥ですカ。少々厄介ですねェ」
口ではそんな事を言っているが、本心ではどう思っているのか分かったものでは無い。
「元帥が此処にいることも驚きですガ。まさか彼らにイノセンスを渡す為だけ、という訳ではないでショウ?」
「ふん。貴様にくれてやる言葉など在りはせん。我らが神の名に置いて、貴様を殺してやる」
「出来るものなラ」
一瞬の交錯。それだけで、何度刃を交えたか。それはまともな人間では分からない。
だが、この場にいる全員、その攻防が見えている。誰もかれもが確実に世界最強クラスの実力者たちだ。視えていない筈が無い。
凄まじい速度で刃を交え、火花を散らし、交錯する二人。イノセンスの力をより引き出す事が出来ている為に、本来ナギ達に劣るであろう身体能力が底上げされている。
だからこそ、伯爵と此処までまともに戦える。
互いに強烈な一撃をかまし、距離を取った。もう一度構え、再度ぶつかろうとした時。
「──伯爵様。お時間です」
背後にいた水色の髪の少女が、伯爵へと告げた。
「おや、もう準備が出来ましたカ。意外と速かったものですねェ」
まぁ、予想の範疇ですから良しとしましょウ。と続け、同じ様に背後に来たレロへ剣を収納する。
その行動を見て面食らう造物主達。何せ、目の前で戦闘を放棄する様な行動を取り始めているのだから、面食らうのも当然と言えるだろう。
しかし、ある意味では予想できたことでもある。
魔法世界を封じたとしても、伯爵も封じられてしまっては意味が無い。当然、方舟で魔法世界から脱出を図るだろう。
元帥数人とナギ達の犠牲を持って、伯爵とエヴァを魔法世界に封じ込める、と言う事も出来ない訳ではない。
だが、仮に出来たとしても"封じた"だけだ。AKUMAは依然として活動を続けるだろうし、残ったノア達は伯爵がやろうとしていた様に世界を終焉へと導くだろう。
それに、封印が解けないとも限らない。何らかの方法で魔法世界を復活させる事が出来る可能性も、存在しない訳では無いのだから。
それは、余りにリスクが高過ぎる。
倒す事も、封じる事も、まともな怪我を負わせることすら、出来ない。
「クッソ、がァァァァァァァッ!!!」
それでもなお、ナギは挑む。どんな状況でも、逆境でも、諦めずに戦う。
だからこそ彼は、
魔力を振り絞り、過負荷が掛かりながらもイノセンスを使い、血塗れになっても関係無く、伯爵へと攻撃を仕掛けていく。
「やる気は認めますガ、ちょっとばかり力が足りない様ですネェ」
腹部へと一撃、強烈な攻撃をぶつける。それだけでナギの体は容易く吹き飛び、造物主達の所まで押し戻された。
ラカン達も構え、戦いを止めまいとするが、伯爵は既に方舟へと一歩踏み出していた。
「逃がさんぞ、千年伯爵ッ!!」
追撃する様に放たれた造物主の最後の一撃は、伯爵の背後に控えていたエコーによって防がれる。
「伯爵様が何も仰らないので見逃すつもりでしたが、"敵"だと言うのであれば容赦をするつもりは微塵もありません」
造物主の放つ黒い閃光を受けても、ボディを"
無表情のまま、戦闘に移ろうとして、伯爵が制止の声をかける。
「エコー、戦闘の必要はアリマセン。ラストルには既に伝えてある筈ですシ、此処にいる理由は無いでしょウ」
「了解しました」
黒い壁の様に出現していた方舟の"
●
辺りは氷結していた。
氷と爆炎がぶつかり、凄まじい水の激流がエヴァを飲み込む。
その激流さえ、内側から凍らせて破壊し、脱出する。更には素手でそれらを砕き、強力な握力で無理矢理掴んで──高速で、投げた。
破壊された氷は槍の様に鋭い棘を持ち、クレアを刺殺しようと迫る。
だが、避ける素振りすら見せずに圧縮された水で氷を粉々に破壊し、高水圧のレーザー──ウォーターカッターの様にエヴァへと向かう。
超圧縮された水は、ダイヤモンドさえ切り裂く程の力を秘めている。
本来距離が離れれば威力が減衰するそれも、イノセンスの力を持ってすれば威力を保ち続けることが可能となる。それが直撃すれば、幾らエヴァとて無事では済まないだろう。
しかし、
「俺ヲ忘レテ貰ッチャ困ルゼ!」
クレアの集中を乱す様に、真横からチャチャゼロが襲撃をかけた。
「こっちも同じことが言えるんだぜ、おい!」
ローレンスがチャチャゼロのナイフを防ぎ、ウォーターカッターは勢いを弱めずにエヴァへと直撃した。
だが、エヴァはそのウォーターカッターを逸らす様に氷を厚く張り、右手一本で防いでいる。
「舐めるなよ、小娘」
空いた左手をクレアへと向け、始動キーと共に呪文を詠唱し始める。
その時だった。
「ノア様、お時間です。方舟へとお戻りください」
AKUMAの一体が、エヴァへ深々と頭を下げて告げた。エヴァは顔だけをそちらへ向け、了解の意を示して帰らせる。
チャチャゼロを近くまで呼び戻し、一歩離れて呪文を放った。
「『氷神の戦鎚』!」
巨大な氷塊が上空へと現れ、クレアとローレンスの視界を埋める。水流と回転する
エヴァは上空で方舟へと半身を入れており、最後に振り返って二人へと言葉を告げる。
「まぁ、そこそこ楽しめた。また会う機会があれば、その時は決着を付けたいものだな」
笑い声と共に、エヴァは方舟の中へと消えた。
●
ナギ達は焦っていた。
伯爵が撤退したまでは良い。だが、撤退すると言う事はつまり、儀式が完成したと言う事でもある。
直ぐ様儀式場まで移動し、造物主が何とか出来ないかと策を巡らせる。
しかし、一旦発動した以上、それを止める事など出来はしない。例え造物主の力を持ってしても、この状態から止める事は無理だろう。
「世界の始まりと終わりの魔法……このままでは、世界が無に帰してしまいます。こうなっては、幾ら我々が最強と
アルが、悔しげに唇を噛みながら告げる。
「
「……止める方法が無い訳では無い。だが、準備に時間がかかってしまうし、何よりも此処までなってしまっては唯の時間稼ぎも難しいだろう」
段々と大きく展開してく光球を見つつ、造物主はナギへと言った。
造物主とて、最悪の事態を考えて儀式を止める方法を用意していなかった訳では無い。
伯爵がそれらの策を全て見破った上で、AKUMA達に妨害されている。これから準備しようものなら、確実に時間切れで世界が封じられるだろう。
「こうなってしまっては、どうしようも──」
諦めの言葉を発するアル。それに対し、激怒した様な声が聞こえた。
『馬鹿者!! 諦めるな、アルビレオ・イマ!!』
●
墓守り人の宮殿、外部。
外から視認できるほど光球は大きくなっており、地表全てを覆い尽くすのに後数分と言う時。
彼ら、彼女等は、現れた。
「広域魔力減衰現象を確認。これまでに観測されたものの比ではありません! 世界を飲み込む勢いです!」
報告を聞きながら、アリカは映像を確認する。
光球を見た上で、状況は理解しているのだろう。そして、造物主とは別の方法で"これ"を止める為に動いていた。
幾つもの空中艦隊が集まり、墓守り人の宮殿を取り囲む。
「こちらメガロメセンブリア国際戦略艦隊旗艦。スヴァンフヴィート艦長、リカード! 助太刀するぜ!」
映像を見ながら、アルへと念話で伝える。
「世界の危機とあっちゃ、敵も味方も関係ねぇぜッ!!」
「その通りじゃ!」
メガロの艦隊とは逆方向から現れたのは、帝国軍北方艦隊。
乗っているのは、帝国第三王女テオドラ及び連絡役として使わされていたタカミチ。
「全艦隊、光球を取り囲み、抑え込め! 魔導兵団、大規模反転封印術式展開! 全魔法世界の興廃はこの一戦にあり。各院全力を尽くせ、後は無いぞ!!」
アリカが指示を飛ばすとともに激励する。
それに合わせ、メガロと帝国の艦隊が光球を取り囲んでいき、抑えつけ始める。
「よろしいのですね……女王陛下」
ガトウが陰鬱な表情をアリカに向けながら、問うた。傍にいるクルトは、唯その光景を黙って見ているしか無い。
アリカは目の前の手摺りを強く握り、これしか出来ない地震の歯痒さの所為か、強くかみしめた唇から血が滴り落ちる。
(……これは、MM元老院の、罠……!)
歯ぎしりをしながら、クルトは光球を押さえつけていく光景を目に焼き付ける。
これによって、世界は確かに救われるだろう。そして、世界を救った『紅き翼』は英雄となる筈だ。
「まぁ、こんな力じゃ。代償の一つや二つはあるじゃろう」
不意に、近くから声がした。
その声に聞き覚えがあるアリカは、直ぐ様振り返り、其処にいる人物を見て驚愕の表情を表す。
「貴様……は……ッ!」
「久しいのう、アリカ女王? 一度会ったきりじゃし、覚えておるかもわからない所だったが。まぁそれはどうでもいい事だのぅ」
目深に帽子を被っていて、メガロメセンブリアの軍服を着こなしている青年。肌は浅黒く、
「これは警告だ。ワタシ達が本気を出せば、魔法世界を封じる事は出来た」
それをしないのは、単純に『此処で勝っても意味が無い』からだ。
AKUMAが増えるという『意味』。人類終焉へのシナリオは、此処で終わる様なものでは無い。
「まぁ、精々足掻くんじゃな……どの道、最後に勝利するのはワタシ達だ」
後ろを向いて操舵室から出て行き、姿が見えなくなる。隣にいたリカードは、動かない。
「……ッ! 私達の世界を救おうとする行動でさえ、伯爵の掌の上だと言うのかッ!!」
ダン!! と強く手摺りを叩き、憤怒の表情で画面を強く睨む。
──この時、確かに世界は一度救われたと言うのに。