第二十八夜:家族
目の前で人形が稼働し始める。
白い髪と肌。開けられた箱の中には、そのような容姿をした少年がいた。
少年は目をゆっくりと開け、周囲の状態を確認し、目の前の人物をハッキリと認識する。
「おはよう、
少年の視線の先にいるのは
「
「うむ。あれから八年……正確には七年と半年が経った。世界の為……働いて貰うぞ、テルティウム」
造物主に続け、セクンドゥムが言う。
「お前はまだ起動したばかりで未調整故、まずは私の命令に従って貰う。異論は無いな?」
「ハ……」
テルティウムの返事に納得し、用意した服を渡す。セクンドゥムも着ている学生服の様なモノだ。
手早く服を着たテルティウムを連れ、部屋の外で待っている二人……
低い身長に褐色の肌、金髪の少女の姿をしている、火のアートゥルのニ代目、
白いコートを着て、長い髪で目が確認できない女性。角の生えた亜人の姿をしている、水のアダドーの十七代目、
そして、大戦の時から変わらない姿のセクンドゥムとデュナミス。現状はこの四人で行動していた。
「さて、少しずつだが戦力も増強している……
造物主の紡ぐその言葉と同時に、飛び出す。
●
瓦礫が辺りに落ちている。火災が其処彼処で起こり、怪我人も多い。その中で、セクンドゥムは指示を出していた。
「セブテンデキムは救助活動、ニィは救援物資を届けろ。テルティウムは治癒魔法で治療を。私とデュナミスは瓦礫の撤去をやる……私達はMMに面が割れている。あまり派手に動く訳にはいかん。手早く済ませろ」
混乱の地。大戦の影響やAKUMA達の所為で経済が傾いた都市に、造物主の使徒達は居た。
基本的にAKUMAに襲われた町等に出向き、エクソシストがいればエクソシストと共に、エクソシストがいなければ自分たちでAKUMA達を殲滅している。
怪我人は多く、AKUMAの攻撃やその二次災害によるもので死者も多い。
「……駄目だな、この怪我ではもう助からん。……『
寝せていた魔法世界人へと、その魔法を使う。
瞬く間に肉体が花弁の様に散り、無表情で消えていくその者をみるセクンドゥム。
「……まるで、
「それは違うぞ、テルティウム」
テルティウムの放つ言葉に対し、セクンドゥムが立ち上がりながら言葉を返す。その言葉は、感情という感情が感じられないほどに冷たい。
「我々のやっている事は『救済』だ。
魔法世界人は幻だ。『
『
あまりにもふざけている。
●
「ナギが賞金首?」
「そうだ。世界の生贄となる筈だったアリカ女王を庇った
セクンドゥムと共に、テルティウムが歩き続ける。
浮遊して移動した方が速いのだろうが、この村の中でそんな行動を取れば直ぐ様攻撃を受ける羽目になってしまう。余計な事はしない方が良い。
「
足を止めたのは、とある家の前。年期が入っている訳ではなく、そこそこ新しい家だ。
新しく建てたのだろう。周りとは少しばかり外装が異なっている。と言っても、大した違いは無い。唯、よくよく観察すれば分かると言うだけだ。
ノックをして出て来たのはナギ。その後ろにはアルビレオも居る。
「よう。来てくれたのか、セクンドゥム。で、そっちは?」
「呼びつけたのはお前だろうが、鳥頭。こっちは新しい使徒のテルティウムだ。土のアーウェルンクスで、プリームムの後継機とでも思えば良い」
「そうか。じゃ、中へ入れ。紅茶でよけりゃ出すからよ」
そのまま中へと入り、テーブルへと着いてナギの持って来た紅茶(アルが淹れたもの)を
「で、呼び出した理由はなんだ? 新しい情報でも入ったのか?」
「違う違う。そう言う事じゃねぇんだな、これが」
終始ニコニコと笑っているナギ。アリカの姿が見えない事と言い、アルビレオがずっと口元を隠して笑っている事と言い、何やら嬉しい事があったらしい。
無表情で紅茶をすするテルティウム。個人的にはコーヒーが好みだが、別に飲めない訳ではない。
勿体ぶって言わないナギに対し、痺れを切らし始めたセクンドゥム。ナギもナギで何やら言いたいらしく、随分と顔が笑っている。
「実はな──」
と、ナギが口を開いた途端、どこかから泣き声が聞こえた。
力いっぱい泣く、赤ん坊の泣き声だ。それを聞いた瞬間、納得がいったとばかりにセクンドゥムがニヤリと笑う。
「……なるほど、
それを聞いて、照れた様に頭をかくナギ。アルビレオは相変わらず笑っている。
「まぁな。一ヶ月くらい前に生まれたんだ。詠春とこの子供とは三つ違いだが、同じ女の子でな」
きっとでかくなったら美人になるぜ、だの、俺みたいな天才魔法使いかもしれねぇな、等と楽しそうに話し出すナギ。
その様子を見ながら、セクンドゥムは小さく嘆息して告げる。
「取りあえず、私はお前の子供がお前と同じ性格で無い事を祈るばかりだよ」
お調子者で馬鹿。出来れば性格はアリカに似た方が良いのだろう。二代目
しかし、ナギはそんな言葉が耳に入っていないのか、ずっと饒舌に話し続けている。
「(……コイツ、随分と親馬鹿の様だな)」
「(おや、分かりますか。まぁ、メルディアナの校長……ナギの父ですが。彼も破天荒なナギが此処までなるとは思わず、かなり驚いていましたよ)」
セクンドゥムとアルビレオが小声で話す。
家を飛び出した子供が英雄になって亡国の女王と駆け落ちし、戻ってきて子供を産んだ。これだけで一冊の本が出来そうだ。
「……その子供は、可愛いのかい?」
「バッ、テルティウム! それを言ったら……」
セクンドゥムが焦った様に言うが、時すでに遅し。ナギはそれを聞き逃さなかった。
「お? 興味あるのか? 生まれた年ではお前と同い年なんだよな。戦友だからって俺のガキに手ぇ出すようなら、一発殴るぞ」
「出さないよ……」
呆れた表情でテルティウムが言う。
立ち上がったナギは、セクンドゥムとテルティウムを促して二階へと行った。それに続く様に、二人が階段を上がって二階の部屋に入ると、其処にはアリカと一人の赤ん坊がいた。
アリカの表情は正に母親のそれであり、その隣に立つナギと合わせて見れば、幸せな家庭を築いた一つの家族の様だ。
いや、実際に幸せな家庭を築いた家族なのだろう。
「セクンドゥムと、テルティウムだっけか? こっちに来て赤ん坊を見て見ろよ。可愛いぜ?」
頬を突きながらナギが言う。やり過ぎて赤ん坊がぐずり、アリカに怒られたのは余談である。
歩いてアリカの近くへと行き、赤ん坊を見る。
薄らと生えている髪は金髪で、肌は白く、アリカの腕の中ですやすやと眠っていた。
「ちなみに聞くが、この子の名前は?」
「ベル。ベルフローレ・スプリングフィールドだ」
名付けたのはナギの父らしく、二人ともそれに納得している様だった。
ベルを見ながら、アリカがぽつりと呟く。
「せめてこの子には、妾達の様な人生は歩んで欲しくないものじゃな」
「ああ、こいつらが大人になる頃には、俺らで伯爵を倒さなきゃならねぇ。また一つ、理由が増えただけだ。大した事じゃねぇよ」
子供たちに幸せな人生を送ってほしいと思うのは、親の性と言うモノだ。それが分かったからこそ、ナギ達は、負けられないと気合いを入れ直していた。
●
浮遊術で空を飛ぶ。
テルティウムは、空を飛びながら考えていた。
魔法世界を救う為、AKUMAを倒し、代替エネルギー案を考えなければならない。仮に伯爵を倒せたとしても、AKUMAがいなくなれば魔法世界にある魔力はいずれ枯渇して消えてしまう。
ここ数年の間に魔法世界を研究して分かった事だ。
……だが、テルティウム本人としては、魔法世界の事を考えるよりもナギなどと戦っていた方が余程楽しかった。
自身を道具と蔑んでも、これだけは変わらない事実だ。
……やはり、僕はおかしいのか? 道具たる分際でこの様な事を考える等。やはり主にもう一度調整を……。
そう考えていた時、不意に胸を突く様な痛みが走る。
核に何かしらの異常が生じたのだろう。痛みを伴って異常を確認し、なすすべなく落ちて行った。
●
目覚めた場所はどこかの家屋だった。
服装は学生服では無く、寝巻の様なものだ。誰かに着替えさせられたのだろう。
寝ぼけ眼で辺りを見回し、此処がどこか認識しようとする。
「……ここは……?」
どこか分からない。取りあえず外に出て見よう、と考えている時、部屋の扉が開いて誰かが入って来た。
「あ、あの……大丈夫、ですか?」
そこにいたのは、腰まである長い金髪の女性と、その後ろに隠れる様にしてテルティウムを見ている少女だった。
出来るだけ警戒心を抱かせない様、柔らかい口調で話しかけるテルティウム。
「此処は何処だい?」
「帝国の外れにある小さな村です。貴方が空から落ちてくるのを見たもので……丘の向こうに倒れていたので、家まで運んだんですが。怪我がない様で良かった」
テルティウムは相当な高さを飛んでいた。其処から落ちたとなれば、相当なダメージを負っていると思っていたが、どうやらその心配は杞憂だったらしい。
無意識に浮遊術を使って落下の衝撃を減らしたのか、それとも単純に障壁などで落下の衝撃が減ったのかは分からない。だが、運は良かったのだろう。
「身体の調子が戻るまで、ここでゆっくりしていってくださいね」
屈託の無い笑顔を向けながら、その女性はテルティウムに告げる。
しかし、テルティウムは手元の布団をどけながら、起き上がって立とうとする。
「いや、その必要は無いよ。行かなければ……ありがとう、村娘さん」
それだけで終わり、テルティウムと彼女は二度と会う事は無い筈だった。だが、テルティウムは目眩がしてふらつき、倒れ込む所を村娘に支えられた。
「だ、大丈夫ですか!? やっぱり体調がすぐれないのでは……?」
「いや、問題無い。少し目眩がしただけだ」
「ちょ、ちょっと……」
ふらつきながら立ち上がり、何処かへと歩いていこうとするテルティウムを見て、村娘が制止の声をかける。
やはり調整に問題があるのか? こんな事で任務に支障を……。
そんな事を思い、ガタガタと言う物音に気付く。視線の先には、村娘の妹がいた。
肩まである金髪の髪が特徴的な少女。少女は、テルティウムの顔を見て頬を赤く染めながら、恥ずかしがって隠れようとしていたらしい。
それを見ている間に、村娘に介護されてベッドに戻され、おとなしくするように念を押された。
「一体、どうしてこんな事に成ったんですか?」
「……覚えていない」
「覚えて無い……? あ……それなら」
「え?」
「手を出してください」
問いかける村娘に対して、テルティウムはありのままを話す。すると、手を出せと言われたので、言われたとおりに右手を出す事にした。
村娘は手の甲にキスし、何かを確認する様に一度テルティウムを見る。
訝しげにそれを見るテルティウム。数秒も経たずに、彼女は疑問の声を上げた。
「あら……? おかしいわね、あなたって一体……」
「……何か?」
「いえ、ごめんなさい。なんでも無いんです。それより、何か飲みますか? お水でも、お茶でも……」
「いや、出来れば珈琲を……」
言って数分のうちに用意された珈琲を飲んで、小さく驚きの声を上げた。
「……! ……美味い」
その言葉だけで、村娘は小さく笑った。
「良かった」
●
三日間。その間、テルティウムは村娘の世話になった。
出歩けるようになったり、珈琲を飲んだり、多少なり家事の手伝いをし、珈琲を飲み、珈琲を飲んで過ごした。
取りあえず異常は無くなり、動けるまでに回復した為、一度造物主の元へと帰る必要があると判断したのだ。その為には、何時までも此処にいる訳にはいかない。
「もう良いんですか?」
「ああ、三日間も世話に成ったよ……礼はいずれまた訪れる事があった時にでも。じゃあ」
それだけ言って、背後を向いて飛び立とうとするテルティウムの背中に、村娘が告げる。
「あ、あの、それじゃあ……美味しい珈琲を入れてお待ちしてますね。いつでもいらしてください」
笑いながら、面識の薄い人と話す事に慣れて無いのか、言葉に詰まりつつも告げた。
それを聞いて、テルティウムは空へと飛び上がった。
「杖も無しに空へ飛んで行ったー……あの人って一体ー……?」
「お姉ちゃんでも分からなかったねぇ。でも……珈琲の好きな人だったね」
「んー! 一日十杯も飲んだもんねー」
テルティウムを見送りながら、村娘とその妹は楽しげに会話を続けていた。
●
「調整に問題がある?」
とある湖に浮かぶ墓守り人の宮殿を望遠鏡で見ながら、造物主は問い返す。
「ハッ……私の任務に
「よい。捨ておけ」
「ハ?」
造物主の言葉に、テルティウムは目を丸くして驚く。鳩が豆鉄砲を喰らった様な、と言うのがしっくりくるだろう。
当の造物主はテルティウムに視線さえ向けず、疑問に対してすらすらと答えを述べていく。
「私がそう調整した。……いや、敢えて調整しなかったと言うべきか。テルティウム、お前にはプリームムやセクンドゥムの様な、私に対しての忠誠心や目的意識を設定していない」
「しかし、それでは……」
「よいのだ」
反論しようとするテルティウムを静かにさせ、語る。
そもそも、セクンドゥムやプリームムに忠誠心を設定したのは裏切らない為だ。だが、同時に人形としての側面も強く出ている。
その為、プリームムやセクンドゥムとは違った性格に成るだろう、と造物主は踏んでいる。
「お前からは諸々を取っ払ってある。まぁ、いわゆる素焼きと言う奴だな。と言っても、お前以外の使徒までするつもりはないが」
最終的にどんな行動を取るか、造物主にも分からないのだ。イレギュラーが発生する可能性もある為、出来れば避けたい。
テルティウムから取っ払ったのは、ある意味で実験の意味合いも強いのだ。それでも、伯爵の事を考えれば裏切る様な真似はしないだろうと考えていた。
「まぁ、道具の身に目的が無いのでは不具合も出ようが、お前はそれで良い。思う通りに動いてみよ」
ついぞ視線を向ける事無く、造物主は会話を終えた。
●
村が燃えている。赤い火は夜の中で目立ち、場所をはっきりと映し出している。
「あの村は……」
空を飛ぶテルティウム。夜で見えにくい為か、軌道は低い。
草の生い茂る大地に足を下ろし、辺りを見回す。火の手は回っていない様だが、直ぐにでも火の手が回ってもおかしくは無い。
直ぐにでも探し人を見つけようと足を動かし、数分で見つけた。
つい数日前に、自身を助けてくれた村娘とその妹。妹の方は怪我は無い様だが、姉の方は腹部に傷が出来ている。
まるで、何か大きな弾丸に撃たれた様な傷跡。貫かれているのではなく、掠った様な形ではあるが、当たっている事に変わりは無い。
「……息はある」
脈を測りながら、小さく呟いた。妹の方に傷は見当たらない。ショックか何かで気絶しているのだろう。
「……あ、……れ……あな、た……は……」
息も絶え絶えに、彼女は何か言葉を告げる。腹部からは少しずつ
「すみま、せん……今日、は……珈琲は、ちょっと……」
「いや──」
毒が少しずつ回り始め、半身を覆ったところで、どこかから声がした。
「『
瞬間、花弁のように散る村娘の肉体。『
ザッ、ザッ、と草原を歩いて近づき、テルティウムの目の前まで来た所で──思い切り、殴り飛ばした。
「……貴様、今、何をボケっと見ていた?」
その口調には怒気が混ざっている。普段は見せない、怒りの表情。
「言った筈だな、テルティウム。我々のやっている事は『救済』だと。さっきの女はAKUMAの
ならば、何故『
「確かに『
造物主は未だに健在。ならば、多少の無理はきく。
『
だが、死んでしまえば話は別。
一度死んでしまえば、それはもう造物主の手でもどうにも出来ない。それを防ぐために、造物主の使徒達は居るのだ。
セクンドゥムはテルティウムの胸ぐらをつかみ、告げる。
「貴様、あの女を死なせたかったのか? 我々は一人でも多くの犠牲者を救う為にいる。お前には、その目的が無いのか? ならば──」
──お前は、何の為に戦っているのだ?
セクンドゥムの問いに、テルティウムは答える事が出来なかった。
目的の無い人形。だが、意志もあれば人格もある。それは、人間と何ら変わりの無い事だ。
「……人間も人形も、目的が無ければ力を発揮する事は難しい」
ナギは、また戦う理由が増えたと言った。セクンドゥムは、魔法世界人の為に戦うと言う。
──ならば、自分は?
チラリと村娘の妹を見る。名前を聞いた気がするが、咄嗟には思い出せない。
あの子の姉は、一度肉体が分解されて再度構成されるだろう。ならば、また襲われるという可能性は否定できない。
この村は、強力な肌接触による読心が、伯爵に脅威だとみなされて襲撃されたのだから。
また襲われるだろう。──ならば、自分が戦う。
あの子の姉が淹れてくれた珈琲が、また飲みたい。唯それだけの理由だ。それ以外に理由など無い。
理由など何でもいい。唯、伯爵に対して戦い続ける為の理由があれば、それで良いのだ。