第三十夜:アナザー・ワン
やはり女子中だからか、ナギの姿が相当目立つ。それを気にせずに学園長室まで辿りつき、ノックをして入った。その後ろには、教室に向かおうとして、何故か着いて来るように、と言われたアスナと木乃香の姿もある。
中には、異様に後頭部が長い学園長が居た。ナギは何度も会った事がある為、今更驚くと言う事も無い。
「よう。久しぶりだな、学園長」
「ふぉっふぉっふぉ。久しいのう、ナギ。そっちの二人が、今回此処で修行をする事になったのかの?」
「まーな。ウチのガキどもだ。贔屓目しなくて良いから、しっかりやらせてやってくれ」
「大丈夫じゃよ。修行に関してはキッチリやるから、親馬鹿のお主は安心しとれ」
顎鬚を撫でつつ、学園長がそう言う。アスナも木乃香も会話の意味は分かっているらしく、特に疑問の言葉を挟もうとはしない。
「いや、親馬鹿って言うなよ。此処に来るまでに何度言われたと思ってるんだ、それ……」
若干凹み気味になりながら、ナギが呟いた。アスナがそれを聞いて、思いついた様に言う。
「ナギは心配性だからじゃないの?」
「そうかぁ? 親なら子供の事を心配するのは当たり前だと思うんだが……」
頭を捻りながら唸るナギ。それを見て木乃香が苦笑している。子を心配する親と聞いて、他に心当たりがあるのだろう。
もしくは、英雄と呼ばれながらも子供には甘い親を知っている可能性もある。
「それはさておき、ネギ君とベルちゃん。修行の為に日本で学校の先生をやる事になったんじゃろう? 今日から此処で働いて貰うからの。とは言っても、最初は教育実習生として、じゃがな。今日から三月までじゃ」
「はい。よろしくお願いします」
礼儀正しく挨拶するネギと、腕を組みつつ話を聞いているベル。その反応を見て一度頷き、続ける。
「まぁ、タカミチ君も時間がある時はサポートについてくれるし、困った事があったらワシを頼って貰っても構わん。……ネギ君、ベルちゃん。この修行は大変じゃぞ? 駄目だったら
タカミチにも出張等の仕事はあるが、タカミチ自身はエクソシストでも無い上に『完全なる世界』が味方である以上、其処まで海外に派遣される事は多くない。更にはガトウも居る為、どちらかと言えば情報収集と言った方が良いのだろう。
と言っても、NGOの仕事がある為、海外に行かなくても良い。と言う訳ではないのだが。
故に、普通の先生よりも少し出張が多いだけ、と言う事になる。それでも十分多い為、担任から外される事になったが。
「はいっ! もちろんです。やらせてください!」
「当然よ。私に出来ない事は無いわ!」
ベルの性格が若干ナギ似な事を確信しつつ、学園長は二人の様子を見て笑う。
「うむ。それでは、指導教員のしずな先生を紹介しよう」
学園長が名前を呼ぶと、後ろの扉から眼鏡をかけた巨乳の女性が入って来た。しずな先生と呼ばれたその人は、ネギとベルの近くに行って握手をする。
「よろしくね」
それに対し、握手を返しながら返事をする二人。その様子を見ながら、学園長がアスナと木乃香に言う。
「それともう一つ。アスナちゃん、木乃香。しばらくの間、ネギ君を二人の部屋に住まわせてくれんかのう?」
えっ? と驚いた顔をする二人。
ソレは流石に聞き流せなかったのか、ナギが口をはさんだ。
「おいおい学園長。そいつは流石にやべぇんじゃねぇか? 幾ら十才って言ってもネギは男だぜ? 女子寮に一緒に住むってのは駄目だろ」
ナギが常識を語ると、どうしても説得力が欠ける様な気がするが、それは置いておく。
学園長にとっても住む場所の事は想定外だった様で、小さく溜息をついて続ける。
「とは言っても、住む場所が無いんじゃよ。予定では今日までに職員寮が空く筈だったんじゃが、急遽出る筈の先生が留まる事になっての」
「……なら、どこか空いてる所はあるのか?」
「女子寮の管理人室なら、予備の部屋があるのう。管理人自体は居るから仕事は無いが」
うーん……と唸るナギ。修業先の事に口出しはするなとアリカに釘を刺されているが、住む場所位はどうにかしたいものだと思っており。
ナギが悩んでいるその横で、ベルが合意の声を上げた。
「良いわよ。どうせネギとは一緒の部屋が都合が良いでしょうし、仕事が増える訳でもないしね」
「……まぁ、ベルがそう言うなら良いか」
「なら決定じゃな。スマンの、ベルちゃん、ネギ君」
いいえ、と告げて、ベルたちの修行の話は終わった。
ネギ、ベル、アスナ、木乃香、しずなは扉からぞろぞろと出ていき、教室へと歩いていく。ナギはそれについていかず、学園長室に残っている。
扉がキチンと閉められた事を確認したうえで、学園長の方へと向き直る。
「……さて、認識阻害も張ったし、此処からは俺の本題だ」
「分かっておる。麻帆良にはAKUMAが入れない様に結界が張ってあるし、ノアに関しても十全に対策を敷いておる。エクソシストも数名常駐しておるし、少なくとも安全は保証できるぞ」
「なら良いんだがな……それと、アルの奴は?」
「アルは魔力が満ちる学園祭の時ぐらいしか出て来んのう。本が体じゃし、魔力を供給せねば辛いから、余程の時以外はまともに実体化をしようとはせんじゃろう」
やっぱりそうか、とナギ言う。やっぱり、という辺り、何かしらの原因があると言っている様なものだ。
「それでも、一応問題は無い訳だな。……なら、大丈夫か」
「学生の中にもエクソシストがおる。元帥が偶に寄って指導をしているからのう。安心せい……それよりも、これを聞きたいんじゃが」
学園長が取り出したのは、ベルに関してメルディアナから送られて来た資料だった。
それをパラパラとめくり、中を見て、言う。
「……あの子、飛び級するには全然問題無い成績じゃったろ? 何で飛び級しようとせんかったんじゃ?」
「……本人曰く、『教師に悪戯したいから』だそうだぜ」
沈黙が場を支配した。
タカミチと学園長が見たベルの資料には、殆どがネギを超えて一番の成績を叩きだしているが、授業の態度などで減点され、ネギに負けている。
その為、首席はベルでは無く、ネギになっていたのだ。
「……まぁ、流石に修業先で悪戯をする様な真似はしない……と、思いたい」
苦笑いをしながら、ナギは呟いた。
●
ネギ達は廊下を歩いていた。
二人はクラス名簿を見て顔と名前を覚えつつ、授業の準備をしている。とは言っても、教科書やノート等を用意するだけなのだが。
「ネギ先生とベル先生、だっけ? ボクらは先に行ってるから、また後で教室でね」
「あ、はい。分かりました、神楽坂さん」
ネギ達をしずな先生に任せ、アスナと木乃香は先に行き、教室の扉を開けて中へと入る。
途端、アスナの腹部へとタックルしてくるものが約一名。
「おーそーいー。何やってたのさ、アスナー!」
「は・な・れ・な・さ・い。しがみつくなっつーの!」
少し言葉使いが乱暴になりつつも、しがみついていた女の子を引き剥がす。
黒く長い髪が特徴的な女の子。胸はそれなりに大きく、中学生とは思えないほど発達している。その為か、いろいろと嫉妬の視線にあてられることも多い少女。
出席番号二十八番。スタイルはハイレベル揃いの3-A内でもトップクラス。そして、刹那のルームメイトである。
「それに、誰か来たの? なんか、朝に誰かと話してたみたいだけど」
「まぁね。昔の知り合いだよ」
ふーん、と興味が無さそうに返し、先生がそろそろ来そうな為、席へと戻る香奈。
刹那の隣へと席を下ろし、入ってくるであろう教師の事を考えて笑みを浮かべる。
「さてさて、どうなるのやら。楽しみだね、刹那」
「ふん。興味無いな。教師なんて、資格を持ってるなら誰がなっても大して変わらんだろう」
サイドテールに纏めた白い髪と紅い目が特徴的な少女は、腕を組んで教師が入ってくる扉を見つめている。その瞳に興味の色は無い。
「やれやれ。クールぶっちゃってこの子は」
仕方無いなぁ、と言う風に肩を竦めながら言っていると、隣から圧力を感じた為、直ぐに止めた。
そうしている間にも、教師が扉を開けて入ってきていた。最初に入ったネギが黒板消しトラップに引っ掛かり、チョークの粉でむせ込んでいる。
「っ! げほっ、げほっ!」
最初の黒板消しトラップを手始めとして、おもちゃの矢だったリバケツだったリと言う類のトラップにことごとく掛かっているネギ。
それを見て爆笑している香奈と、ジッと見ている刹那。
その後ろからベルが悠々と入ってきて、ネギの引っかかったトラップを取り外して立たせる。ベルが入ってきた辺りで、香奈が笑う事を止めた。
「……どうした?」
「……ううん。何でも無い」
香奈の顔に浮かんでいるのは、驚きと高揚感だろうか。怪訝に思いつつも、刹那は視線を子供二人へと向ける。
クラスメイト達に囲まれていて、この位置からでは良く見えない。
「えーっ! 子供!?」
「君、大丈夫!?」
「ゴメン、てっきり新任の先生かと思って」
「いいえ、その子があなた達の新しい先生よ。さ、自己紹介してもらおうかしら。ベルちゃん、ネギ君」
クラスメイト達が謝ったあと、しずな先生の言葉で驚く。
ネギとベルは教壇に立ち、堂々とした雰囲気で自己紹介を始めた。
「ベルフローレ・スプリングフィールドよ。担当教科は英語。一応クラスの担任になるわ」
「ネギ・スプリングフィールドです。担当教科は同じく英語。クラスの担任になります」
「二人はまだ子供だから、合同で担任業務をこなして貰うわ。高畑先生も偶に来るから、心配はありません」
しずな先生が最後にそう言って締めくくり、クラスの反応を見る。当のクラスメイト達は一瞬で爆発し、大半の生徒が「かわいい」と叫んでネギとベルを抱きしめにかかった。
「あ、ずるーい! 私もー!」
「…………」
ダッシュで抱きしめに行った香奈を放って、刹那はこの騒がしい部屋の中で軽く溜息をついた。
長谷川千雨がしずな先生に本当かどうか確かめに行く辺り、驚きは相当なのだろう。そもそも子供が先生になること自体、あり得ない様な事なのだし。
もっとも、刹那にとって担任や教師が誰であろうと、大して興味も無ければ関係も無いのだが。
●
その後直ぐにしずな先生が静め、漸く授業を始める事が出来る二人。
今回はベルが授業を受け持つようで、教卓に教材を置いて黒板に板書を始める。
「じゃあ、128ページを開いて」
チョークを滑らかに動かして書き始め、生徒たちはノートに板書された内容を書き写す。
例文等を当てて訳をさせ、分からなければ訳の仕方をレクチャーして教える。単語が分からないようなら辞書を引かせて調べさせるなど、普通の授業をしている。
当てるのは日付で適当に。当たらない人が出てくるので、そこから縦横に適当に回している。
「──ここが重要な点だから、赤ペンか何かで印を付けておいてね」
重要部分の下に線を引いて目立たせ、簡単な問題を生徒にあてて授業を進めていく。分かりやすいのか、親しみやすいのか、授業中に寝ている生徒は居ない様だ。
その様子を見ながら、ネギはベルの授業の仕方を見て学んでいた。
ある程度は事前に研修を受けているとはいえ、流石に本物の生徒がいるのといないのでは全然違う。
その中でも怖気づいたりする事無く、キッチリ遅れる人が出ない様に授業を進めているベルをみて、純粋に尊敬していた。
その内に授業終了のチャイムが鳴り、復習しておく場所を教えた後、教室を出る。
ネギもそれに続いて教室を出て、ベルの後を追いかける。
「お姉ちゃん、凄いね。あそこまで堂々と授業を進められるなんて」
「フフフ、アンタだってやろうと思えば大体の事は出来るわよ。要は自分が出来ると思っているか思っていないかの差ね。能力はあるんだから、心配しないの」
二人は笑いながら、職員室へと歩を進めていた。
●
一日の授業が全て終了し、外へ出ていた香奈。
買出しを頼まれた為、メモに沿って商店街やらコンビニやらを回ってお菓子やジュースを買いこんでいた。
中身を確かめながら歩いていると、どこかから悲鳴が聞こえてきた。
そちらへと足を進めて見ると、ネギが微妙に魔法を使って宮崎を助けていた。
微妙、と言うのは、魔力を感じたからこそ判断できたことであり、ネギ自身は宮崎の下に体を入れて落下の衝撃を和らげている。
「……へぇ」
驚いた様子で、香奈が小さく呟いた。
隠蔽は万全。見た目にも不思議な所はほとんど無く、強いて言うなら宮崎の落下速度とネギの移動する速度が若干合わない事だろうか。魔力を使ったにせよ、それを感じ取れる人間でなければ分からない。
(……やっぱり、私が知ってるのとは全然違うみたいね)
いろいろと考えを巡らせつつ、ネギの所へ行く。まるで今来たと言わんばかりに、笑顔を向けながら。
「ネギ先生、何してんの?」
「あ、結城さん。宮崎さんが階段を踏み外したみたいで……足を捻った訳ではないみたいなんですけど」
「ご、御免なさい。私、運動神経良くないから……」
「あー、仕方無いって、本屋ちゃん。どこも痛い所無いの? 本当に大丈夫?」
ペタペタと足首などを触りつつ、香奈が問う。
「う、うん。大丈夫」
ゆっくり立ち上がり、何ともない所をアピールする。はた目から見ても異常は無い様なので、香奈は一度頷いて「オッケー」と言う。
「良し。それじゃ、ネギ先生。教室に行こうか」
「え? 何でですか?」
「いいからいいから。ほら、本屋ちゃんも一緒に。知ってるでしょ?」
「うん。分かってるけど……」
じゃ、行こう。と手を引かれ、ネギと宮崎は3-Aの教室へと足を運ぶ。