第三十二夜:独白する者達
私は、所謂転生者と言う奴だ。名前は結城香奈。
間違って殺しちゃった系のそれでは無く、確実に確定した確信犯として、神が私を殺した。
とか思ってたけど、実際には丁度よく事故って死んだかららしい。何の面白みも無いけど、まぁ大抵人生なんてこんな物だろう。
転生の特典、と言うのはちゃんとくれるらしい。私に選択権なんて無かったけども。
暗器術、時が経つ度に上がる超人的な身体能力、膨大な魔力と気、魔力と気のコントロール、それなりに頑丈な武器。
頑丈な武器でイノセンス製が来るとは夢にも思っていなかったけど、まぁ確かに頑丈なので良し。後、何故か肉体の方にもイノセンスが仕込まれてる。
二つのイノセンスって例外だろうと思うけど、まぁ良いか。得する分には問題無い。
キッチリ転生してから思った事は、一つだけ。
ここ、本当にネギまの世界?
そう思ったのは、小学校高学年の時だった。何せ、原作では行方不明の筈のナギが、敵である筈(しかも死んだはず)のセクンドゥムと仲良さそうに歩いていたし。AKUMAがいるし。
イノセンスは神から貰ったものだから、別に不審にも何も思って無かったけど。
神から一応いろいろ聞いてはいたけど、転生だーやったー、みたいな感じで対して話を聞いて無かったのは失敗だったなぁ、と今更ながらに思う。
少なくとも、暗器術は使える様に頼んでおいたのは正解だった。身体能力とか魔力や気の量とコントロールは天賦の才で誤魔化すって言ってたし。
ちなみに説明。『暗器術』と言うのは、所謂武器を隠し持つ技術の事だ。私は神から貰ったスキルだけど、刹那は純粋に技術で暗器術を扱える。本当、才能って怖いよね。
年が経つにつれて、段々と身体能力が化物染みて来ていた。中学に入る頃には、すっかり咸卦法も使えるようになっていたし、素の身体能力だけで相当強かった。天狗になってたのは多分間違いじゃ無い。
でもまぁ、刹那にその自信はへし折られた訳だけど。
それについては何時か述べるとして、現状はどうなっているか。それを簡潔に纏めよう。
目の前で、知らない誰かがバイオリンを弾いている。場所は麻帆良の世界樹前の広場だ。
黒髪黒眼で、正直に言えば球磨川禊に似てる気はする。まぁ、気がするだけで全然違ったんだけども。
その隣には、同じ様にバイオリンを弾いている女性。こっちはポニーテールに黒髪を纏めた女性だ。身長は高いし胸は大きいし、見た目的に高校生から大学生位かな。
その二人が、麻帆良女子中等部近くの公園でバイオリンを弾いていた。
最初に気付いたのは鳴滝風香ちゃんで、そこから3-Aのみんなもそれ以外のクラスの人達も集まってきて、一種のコンサートみたいになってる。
「……それにしても、凄い上手だねー」
「そうだな」
隣で刹那が簡潔に返事をする。それを聞きながら、ちょっと離れた場所でブランコに腰を下ろした。
あんな人たち、原作にいなかったと思うんだけどなー。赤松先生が出して無いだけ、って可能性が無い訳じゃないんだけど。一応この世界は並行世界で、元の世界とは関わりが無いとはいえ、あの神の言う事を本気にするなら、余計な事をしない限り原作と同じ道を辿る筈なんだけど。
まぁ、それはつまり。私以外にもイレギュラーが居るって訳で。刹那の性格が違うのも、木乃香の隣に雪音ちゃんがいるのも、多分そう言う訳なんだろう。
中学に入って最初に驚いたのは、エヴァちゃんとさよちゃんが居ない事かなぁ。クラスの人数は平均的になる以上、原作通りであれば其処に私が放り込まれる可能性は少なかったんだけど。
まさか、原作キャラで居なくなる人物がいるとはね。さよちゃんなら成仏した可能性はあるけどさ。
エヴァちゃんにしても、ナギが戦力として数えている為に呪いをかけられなかった、って可能性もある。敵にまわってたら最悪だね。
AKUMAが居るならノアもいる。刹那は執拗にノアに関しての情報を求めてるけど、進展は無い。
……まぁ、ネギ君が来て原作が始まって、これからは嫌が応にも会う事になるんだろうけど。分からないけど、何故かそんな気がするし。
ネギ君と言えば、二つ上に姉がいると言うのも驚いた。この世界はとことん私の知っている世界とはズレている。知識は既に当てにならないと捨てる事に決めた。大枠以外は。
そんな事を考えていた時、どこかから声がした。
「おーい、香奈ちゃーん」
そちらを向いてみれば、木乃香がこちらに手を振って歩いて来ている。
「木乃香。どうしたの?」
「いや、なんか音楽が聞こえてきてな、それが気になって来てみたんよ。雪ちゃんとアスナも一緒に」
木乃香の後ろには、腕を掴まれて一緒に来ている雪音と、走って来た所為か崩れたショートカットの髪を直しているアスナの姿がある。
……アスナも、ショートカットになってるとは思わなかったなぁ……高畑先生は若いし。恋心なんて抱いている様には見えないし。それ以前に記憶失って無いみたいだし。何だこの世界。
「なんか、コンサートみたいなのがあってるらしいよ。もう少し近づけば良く聞こえると思うけど」
「そっか。分かったえ。ありがとな、香奈ちゃん」
「いえいえ、どういたしまして。またね、木乃香、雪音ちゃん、アスナ」
三人とも、私と刹那に手を振って何処かへ行く。いや、雪音ちゃんの眼には刹那が映っている様には見えないけど。
刹那にしても、雪音ちゃんの姿は見て無い。というか、見ようとしてないし、見ても無視している。相当な徹底ぶりだ。
この二人、相当深い因縁でもあるんだろうか。前世で殺し合ったとか。流石に無いだろうけど。
一度雪音ちゃんの事を刹那に聞いてみたら、「あの愚妹は何も知らずに、お嬢様を守る為だと剣を振るっている。私とは方向性が全く違う奴だ」って言ってたもんなぁ。
方向性、って言うのは、要は『守る為』か『殺す為』かの違いだと思う。何の為に、誰を殺そうとしているのか。いつも肌身離さず持ち歩いているマフラーと刀をみれば、大体想像がつく。
暗器術が無かった時は、小学校の教師を視線だけで黙らせて認めさせたらしいし。
無茶苦茶だよ、本当。春夏秋冬関係無く、いつでもどこでも持って歩いている。汚さない様に最大限気を使ってはいるみたいだけど。
暗器術を覚えていない時、新田先生とガチで睨み合いしてたから驚いたものだ。たじろいでたし、先生。
「……終わったようだな」
「あ、本当だ」
考え事してたらいつの間にか終わっていた。
結構上手なので聞き入っていたけど、考え事し始めてからは余り聞いていなかった。残念。
「で、どうだった?」
「少なくとも、血の臭いはするな。裏に関係しているのは間違いなさそうだ。業界で知っている人間がいるかも知れん」
『業界』と言うのは、刹那が殺し屋関係の事を話す際に使う言葉だ。魔法使い達とはまた違う、裏の世界の住人達の住む世界らしい。
割と強い人も多いし、何度も戦っていれば強くもなる。刹那の強さに納得がいったものだ。
単純な戦闘力だけでは測れない人も多いけど。
「そっか。じゃあ、また来るようなら気にかけておいた方が良いかもしれないね」
「そうだな。警戒はしておいた方が良いだろう」
一度だけ、バイオリンを弾いていた男性を見る。あちらもこっちの視線に気づいたのか、こちらの方を向いた。何を考えているか分からない目。
少しばかり距離が空いているが、関係は無い。バイオリンを直して帰ろうとしていた彼は、私の眼を真っ直ぐに見てくる。
私と彼は、一度だけ視線を交わした。
●
バイオリンを弾きながら考える。
最早体に染みつき、意識的に止めようと思わなければ止まらない演奏を続け、辺りに居座るギャラリーへと目を向けた。
学園側の連中は僕を怪しがっては居ないようだ。学生服の様な物を着て、バイオリンを弾いているだけなら、特に警戒をする気も無いのだろうか。
まぁ、何かあっても対処できるだけの戦力が、この場に集まっていると言えない訳でも無いからね。
明石裕奈、神谷刹那、近衛木乃香、龍宮真名。3-Aの中で、エクソシスト関連において確実に人生が変わった者達。
桜咲雪音、結城香奈。本来の史実では、3-Aに居ない筈の者達。
相坂さよ、エヴァンジェリン。本来の史実であれば、3-Aに居た筈の者達。
超鈴音。未来世界から来た以上、何かしらの事実を知っている可能性がある者。本来の世界の未来から来た可能性も否めないが、楽観視する事は良くない。
その中でも、僕が最も警戒しているのは、桜咲雪音と結城香奈の二人。
本来史実に存在していない筈の人物である彼女達は、僕と似たような存在である可能性が非常に高い。特に、結城香奈の方は伯爵として僕の事を知っている様でもある。
本来の姿は知らない様だけどね。そうでなければ、僕が此処にいる時点で何かしらのアクションを起こしている筈だ。
リスクの高い賭けだが、エヴァが隣にいる状況で、尚且つ一般人がいる町中であれば問題は無い。一般人を巻き込むようなら、そこから大規模な戦闘に巻き込むだけだ。
そして、桜咲雪音。彼女が今いる『位置』は本来、桜咲刹那が居た場所だ。
桜咲──いや、神谷刹那の双子の妹。AKUMAの存在を知らないようだが、それがミスリードでは無いと言う確証は無い。
近衛詠春の得物であった『夕凪』を袋に入れて持ち運び、少なくとも神鳴流の剣士の中では高い実力を備える少女。
近衛木乃香にしても、AKUMAの存在は父親から教えられていないらしい。それでも、有事の際の為に陰陽術を習わせているのは当然の判断と言うべきか。
そのおかげで、本来の世界であれば不仲である筈の関係も修復されている。神谷刹那とは、元々普通の友達程度の関係の様だ。
部屋も変わっており、結城香奈は神谷刹那と仲が良い。何やら変な技術も教えている様だし、動きは引き続き監視をしていた方が無難かもしれない。
引き続きと言っても、麻帆良の外でブローカーを殺している時に、AKUMAに監視させているだけなんだけど。
演奏を終え、エヴァと共に手を止めた。
同時に、拍手喝采が僕等に浴びせかけられる。一息ついてそれに手で答えつつ、バイオリンを直し始める。
AKUMAは、この学園内では上手く動く事が出来ない。何故、と言えば、この学園に張ってある結界が動きを阻害しているからだろう。
エヴァにしても、この学園内では百%の力を使う事は出来ない。それでも、最悪の事態になれば対処できる様にはしてある為、問題は無い。
とはいえ、AKUMAのレベルが高くなれば、この学園に覆われている結界の影響も少なくなっていく。少なくなると言うより、耐えられる様になる、と言った方が良いかもしれない。
相坂さよに関しては、語る事は特にない。僕は少なからず関係しているが、もう興味は無い。
バイオリンを直していると、目の前に録音用のレコーダーを持った少女──朝倉和美が現れた。
「はじめまして。私は報道部の朝倉って言うんですけど、どうして此処でバイオリンを弾いていたんですか?」
初めて話しかける相手だと言うのに、彼女は物怖じをしない。
ある意味一番危ない性格をしているとも取れるが、僕には何ら関係の無い事だ。
「どうもこうも無いさ。僕等は麻帆良の外から来てね。静かでいい場所だと思ったから演奏の練習をしていただけだよ」
「演奏の練習って事は、どこか音楽学校にでも通ってるんですか?」
「そう言う訳でも無い。単純な趣味の領域だよ。ここへ来たのは、まぁ、知り合いがいたからかな」
「知り合い、ですか?」
「そう。知り合い。其処の双子と背の高い子のね」
指差したのは、鳴滝風香と史香、長瀬楓の三人だ。
「少し前に町で知り合ってね。何時か麻帆良で演奏して欲しいと頼まれていたんだよ」
「いや、確かに言ったでござるが……まさか本当に来るとは思わなかったでござるよ」
苦笑しつつ、長瀬楓が答えた。僕はそれに対し、手をひらひらと振りながら言う。
「僕は基本的に暇だからね。態々彼女も連れて来て、
僕の言葉に引っかかる所があったのか、朝倉和美が目を輝かせて問いかけた。
「あの人は彼女さんなんですか?」
エヴァの方を見ながら、朝倉和美は言う。まぁ、傍目に見ても今の彼女は和服美人と言う感じだ。気にはなるのだろう。
「妹だよ」
妹!? と驚きを隠さずに叫ぶ者達。名乗っていないし、正直そんなに似て無いしね。驚くのも無理は無い。
それらを放っておき、帰り支度を整えた僕とエヴァは、広場から出て行こうとする。
名残惜しそうにするも、手を振って挨拶してくる少女たち。そこから少し離れた場所にいる少女が、こちらを見ていた。
ジッとこちらを見つめる瞳は、僕の事を
僕と彼女は、一度だけ視線を交わす。
ほんの数秒の時間、視線を交わした後、僕は目を逸らして広場から出ていく。
……そう言えば、居ない筈の人物はもう一人いた。ネギ・スプリングフィールドの姉であり、こちらも僕に近い存在である可能性を持つ少女。
「あら、皆ここで何してるの?」
声がした方を見れば、金髪の髪をなびかせて、赤毛の少年と共に歩いている少女がいた。
ベルフローレ・スプリングフィールド。
彼女達の力も、動きも、思想も何も分からない。だが──
「初めまして。噂は聞いているよ。麻帆良の子供先生方?」
──そろそろ、一度仕掛けてみるのも、有りかも知れない。