第四十六夜:奪還作戦
結局のところ、千年伯爵の目的はなんなのか。
木乃香をさらってリョウメンスクナノカミを復活させて、それでどうしようというのだ。イノセンスがそこに封印されているのであればまだ行動の意味もわかるが、封印されている状態ではイノセンスの有無さえわからない。
目的が見えない。だからこそ恐ろしい。
そう考えながら、関西呪術協会の総本山を襲うAKUMAをあらかた片付けたフェイト。
次の一手を考えなければならないが、まずは詠春と戦っている女をどうにかしなければならない。相手はノアではないようだが、手こずっているのであれば奇襲して沈めたほうがこちらとしても余裕ができる。
だが、その前にアスナが現れた。
服や頬に血がついているあたり、彼女も生き延びることに必死だったのだろう、とフェイトは思考しながら話しかけた。
「……無事だったようだね、君も」
「そっちもね。ボクはAKUMAとの戦いじゃ役立てないから隠れてるしかなかったけど」
「君はイノセンスを持たない以上、仕方のないことだ。京都に来ているほかのエクソシストたちに連絡はとれるかい?」
「祐奈たちは泊まっている宿が遠いから、ちょっと時間がかかると思う。ほかに二人、救援に来てるエクソシストがいるけど……こっちは連絡先が分からない」
「……そうか。わかった、僕は近衛詠春の手助けをしたのち、近衛木乃香の救出に向かう。それまでに集まった人員をまとめてほしい」
「いいけど、あの子たちはどうするの?」
ちらりと視線を向けた先には、ネギとベルの二人。それに、AKUMAのことを未だよく知らないであろう雪音と……一般人である、クラスメイトたち。
さてどうしたものか、と頭を悩ませる。協会の生き残りの術者が結界で守り通してくれていたようだが、これだけ派手にやりあっていれば異常に気が付かない方がおかしい。
状況の説明をしなければならないだろう。あるいは、記憶の改ざんをおこなわなければならない。
どちらにしても手が足りない。まずは先に苦戦している詠春を助けなければ、と考えて口を開く。
「僕は先に近衛詠春の手助けを──」
「いえ、それには及びません」
フェイトを押しとどめる声がした。
いたるところに傷を作り血塗れとなりながらも、無事な様子で詠春が現れた。耳を傾けてみれば、先ほどまで派手に響いていた戦闘音が止んでいる。
ノアが去ったことと周囲のAKUMAが目減りしたことで、彼女も分が悪いと判断して退いたのだろうとフェイトは判断した。
詠春はイノセンスを片手に警戒心を解いていない状態で、部下であろう巫女たちが集まってきて治療を始めている。完全な治癒は難しいだろうし、第一時間が許さないだろう。
詠春はフェイトと同じ考えなのか、治療を受けながら「すぐに追いかけるべきでしょう」と告げた。
「理由はどうあれ、彼らが木乃香をさらったことは間違いありません……向かった方向からして、おそらくはリョウメンスクナノカミの封印されている湖へと」
「でも、そのリョウメンスクナをなんで復活させようとしてるのか、ってところまではわかんないよねー」
「単純な戦力強化のため、ではないのか」
「うーん……伯爵側が欲しがるほど強力な存在だったら、もっと前に動いてもよさそうだけど……木乃香っていう制御装置が必要だった、ってことなのかな」
周囲のAKUMAを破壊して合流した香奈と刹那が、詠春の言葉を聞いて小さく会話を交わす。
詠春もその言葉に頷き、「操るため、あるいは封印を解くためには木乃香が都合がよかったということでしょう」とこぼした。
伯爵の目的について思考を巡らせるも、判断材料が少なくどうにもわからない。結局のところ、木乃香の救出をするにはどうしたって戦わなければならないのだから関係ないといえば関係ないのだが。
ともあれ、やることは決まっている。
「私は生き残りをまとめ上げ、すぐに後詰めとして向かいます。テルティウム…フェイトは先に向かって偵察を」
「了承した。彼女たちも連れていくけど、構わないね」
「はい。なるべく早く向かいますが、どうしても時間はかかると思います」
「わかっているさ。君たちはすぐに準備を……アスナは、彼女たちへの説明を頼みたい」
香奈、刹那、明日奈は各々返答し、動き始めた。
●
「復活までどれくらいかかる」
「急ぎますが、1時間弱はかかるものかと」
「チッ……仕方ねえか」
湖の中心から少しばかり離れた祭壇にて。マーシーマは舌打ちして懐からタバコを取り出し、火をつけて煙をくゆらせる。闇夜に白い煙が揺れて消えていく。
過去に暴れた巨躯の大鬼を千六百年もの間封じ続けた結界だ。そう易々と解けるものではない、ということだろう。千年伯爵の魔力を以てすれば封印の解除も不可能ではないはずだが、本人はさして興味を抱いている風でもない。
従えるために封印を解こうとしているわけではないのだ。
今回の最大の目的はエクソシスト狩りだ。イノセンスの疑いがあるリョウメンスクナの復活はそのついでに過ぎない。
優先目標として上位にはいる近衛詠春は、援軍として来ている剣帝に任せればいいだろうと判断して──今はまだ、アーウェルンクスとの戦闘で疲弊した己の力の回復に努めるのみ。
●
エクソシスト組の準備ができるまでに、出来るだけ手短な説明をした明日奈。
内心面倒くさがって「演技って大変だなー」などと考えながら、怪しまれない程度に親切に。
本来ならば時間稼ぎをしたいところだが、この状況でそれは悪手だ。詠春の準備が終わる前に出発させ、生徒たちがいる宿から移動中の真名や祐奈たちが合流する前に戦闘に入るように。エクソシスト側の戦力は出来るだけ小分けに、逐次投入する形にしておきたい。
足手まといがいるならなおさら良い。
流石に一般人を連れていくことはないと思うが、ネギとベルは連れていく可能性は十分にある。
「──と、エクソシストと伯爵の関係と、まぁ今の状況がそんな感じかな」
「……千年伯爵にAKUMA、エクソシストにイノセンスかぁ」
「まるでホラー小説のようなのです」
「否定はしないよ。でも、実際にそんな状況なの。エクソシスト組は木乃香を追うし、ボクとパルたちは残るとして……ネギ先生たちはどうする?」
「行くわ。生徒を放ったままにはしておけないもの」
知らない世界のことを聞かされてもなお、生徒のために動こうとするベル。その心意気は立派だが、ことはそう簡単にいかないと止める者がいた。
父親と母親の知り合いであり、危険にさらすわけにはいかないとフェイトはベルの意見を却下する。
「君たちでは未だ力不足だ。エクソシストの援軍も来る。生徒が大切だというのなら、ここに残って彼女たちを守ることも重要だろう」
「相手が近衛さんをさらうことが目的だっていうなら、彼らはそれを達成しているわ。ここにまた攻め込む可能性は限りなく低いと思うけれど」
「それでもだ。はっきり言って、イノセンスも持たない君たちでは足手纏いになる」
対立する二人の意見に、ネギはあわあわと両者を見ていた。
どちらも正しい意見ではあるのだろう。だが、この逼迫した状況で悠長に意見を交わしている時間はないと、明日奈が切り出す。
もちろん、理由などわかり切っている。
「連れていくべきだよ、フェイト」
「……君は、こちら側の意見だと思ったのだけど」
「本音を言えば連れて行かないほうが望ましいけど、彼女たちはボクと違って魔法が使えるからね。イノセンスなしでも、AKUMAと戦えないわけじゃない」
「だが、」
「戦力が足りてないのは事実だよ。エクソシストは援軍合わせて総勢七人だけど、二人とは連絡がつかない。相手の数は膨大でリョウメンスクナをよみがえらせようとしてる」
香奈、刹那、真名、祐奈、長門、アルヴァ、詠春。これにフェイトがいたとしても、AKUMAは膨大だ。
ノアがいることと詠春と同格の相手がいることを考えれば、エクソシスト側の戦力が多くて困るということもない。
これらの建前で、明日奈はベルとネギを連れていくべきだと主張する。
何より。
「ナギの息子と娘だから、危ないところに行かせたくないってだけでしょ。子守は嫌だっていうならボクもついていこうか?」
「……いや、それはやめてくれ。君にまで何かあったら、僕はナギたちに合わせる顔がない」
「別にボクの保護者はナギってわけじゃないんだけどね」
決まりだ、と明日奈はベルとネギの方へ顔を向ける。
これから香奈、刹那、フェイトとともに木乃香を奪還するために湖へ向かう。残りのエクソシストは追々合流して、出来ることならリョウメンスクナが復活する前に取り戻さねばならない。
あとは、と明日奈が視線を向けたのは桜咲雪音。
おそらく、彼女は何も言わずとも勝手についてくるだろう。木乃香が目の前で何もできずにつれていかれた以上、このまま黙って待っているとは思えない。
フェイトに視線を合わせれば何も言わずとも頷き、香奈の方に視線を向ければ右手で丸を作られ、刹那には無視された。
こっちも決まりだね、と雪音についていくようジェスチャーで合図する。彼女も意図を汲んだようで、刀を背負いなおしてしっかりと頷いた。
「よし、それじゃあ行きますか!」
他の面々の準備が整ったことを確認し、香奈は気負うことなくいの一番に走り出した。
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月詠と小太郎は森の中を走っていた。
時折現れるボール型のAKUMAを狗神で牽制し、切り伏せ、時に身を隠しながら。
本山襲撃の折に月詠が小太郎を助け出したはいいものの、AKUMAは月詠と小太郎にお構いなしに弾丸をばらまいており、危うく死ぬところだった。実際にほかの過激派の面々は流れ弾で死んでいるところを目撃している。
その際、かすっただけにも関わらずバラバラになって死ぬところさえも。
この時点で付き合いきれないと千草を見切ったはいいものの、月詠としては刹那と戦いたい。小太郎はあそこまでコテンパンにやられた以上再戦の意思はないが、月詠に助けてもらった以上は付き合っている、といった状況だ。
「なぁ、どうするんや月詠の姉ちゃん。このままやったってキリないで」
「そうですなぁ~……うちとしては刹那先輩か雪音先輩と切りあえればいいんですけどー」
「強いやつと戦いたいんやったら、あの剣帝ってやつはダメなんか?」
「……それもありやけど、まだ勝てないから挑むのはちょっと厳しいなぁ」
実力差は身に染みてわかっている。一度剣を合わせただけだが、それだけでわかるくらいに彼我の差は隔絶していた。
戦うにしても、今やったって面白くはない。
うーん、と悩むように月詠は顔をしかめる。
戦いたいが、この状況で邪魔されずに戦うのは難しい。かといってこの場を逃せば戦うのは難しい。
「なら、あいつらの手助けしてやればええんちゃうか?」
「……?」
小太郎の発言に首をかしげて疑問を呈する月詠。
対して、妙案を思いついたとばかりに胸を張ってどや顔で説明を始める小太郎。
「つまりやな、俺らがネギたちを手助けしてやれば、罰も軽くなるやろうし一緒の組織に入れていつでも喧嘩し放題って寸法や!」
「……あー」
肩を並べて戦えばその瞬間から味方理論である。ついでに恩赦も狙っているらしい。
だが、あながち悪い考えでもなさそうな気がしてくる。さっきから切り伏せているボール型の敵はいくらでもいるし、これらと戦っているのなら戦力はいくらあってもいいだろう。
月詠としても、強い相手との戦いは望むところなのだし。
なんとなく穴だらけな作戦の気もするが、まぁなるようになればいいかと月詠は気軽に考えて、また一体敵を屠る。
「それで行きますかー」
「おう!」
かくして、二人は刹那たちと合流すべく、本山へと再び足を向けた。