「教授お久しぶりです」
そう呼んだのは九峪雅比古18歳、服装は高校の制服で片手に学校指定の鞄を肩に担ぎ姫島教授の方へと足を進める。
「いらっしゃい、九峪君」
姫島教授はここ…九州の福岡県の耶牟原遺跡開発現場の総責任者で九峪の親父の親友と同時に育ての親でもある。
父親は姫島教授と同じで考古学の教授だった。
九峪が幼稚園に通っていた頃、親父は何かを発見したようで滋賀県へ出張に出かけると姫島教授に言い残すと共に九峪を預けて行った…そして…そのまま行方不明となった。
九峪は父親を探す為に、色々勉強をした。
父親が残した資料を漁り、姫島教授の手伝いなどを積極的にしている。
最初は父親を探す為に勉強していたのだが高校に入る頃に九峪自身も興味を持ち始め色々な歴史を学び、実際の戦闘に興味を持ち、数多くの流派の剣術や槍術、柔道、空手、少林寺、合気道など様々なものを習った。
たくさんの流派で修行したので時々どれがどの流派のものか分からなくなる事があると言うのはナイショの話である。
もちろん父親を探す事も諦めてはいないてはいないのだが生活も大事…というかそれが第一である。
今でこそ一人でそれなりにやっていける様にはなったが姫島教授には学費や習い事、生活費、アルバイト先まで色々な面で援助してもらった。………え?高校通いながらできるアルバイトで生活ができるようなものがあるかって?……ご想像にお任せします。
「親父殿は見つかったかね?」
「そんなに簡単には見つかったら苦労しないよ」
九峪は肩を竦めて笑うと姫島教授も一緒になって笑った。
昔は確認する為だけに言われていたやり取りだったが今となっては、これは二人が会った時の挨拶みたいなものとなっていた。
「久しぶりじゃのう。元気にしておったか?」
「ええ、おかげさまで風邪一つ引かないぐらいに元気ですよ」
胸を叩いて身体が丈夫である事を示すような動きをする。
「早速だけど何か見せたい物があるって事だったけど?」
「ああ、そうだ。今から案内するから付いて来てくれ」
そう言って連れてこられた場所は、少し汚れたプレハブだった。中には展示用のケースに入った状態の色々な物があった。
九峪はそのほとんどに見覚えがある。
それもそのはず半分近くが九峪が発掘したものなのだ。まだ姫島教授の世話になっていた頃…九峪が十四の頃に父親が残していった資料と姫島教授の資料を全て読破して知識と手伝いで培った発掘作業の腕前はプロの姫島教授より上回らんとする勢いである。
その中で幾つか見覚えが無いものがケースに包まれ立ち並ぶ。その中でも一際大きく頑丈そうなケースに入っている銅鏡が一際目立つ。
「これか…確かに変わってるな」
ケースに近づきじっと眺めた。
今までの銅鏡と違って綺麗な形に残っているし、他の銅鏡とは異なった作り方で作られているのは見るだけで分かったが自分の感が何かあると告げている。
「なんだったら触ってみるかね?」
何気ない一言に期待を込めた顔が見えるように首を180度回す様は半エクソシストである。
「えっ!?いいのか?」
「怖いからやめなさい!…別に九峪君ならかまわないだろう、それにワシはここの総責任者だぞ」
「職権乱用…」
首を元の位置に座らすと頭を回し具合を確かめる。
「じゃあ触らなくていいんだね?」
「いや、ぜひお願いしますです、はい」
「ちょっと待っておれ」
教授は軽く笑いながら鍵を取りに行く。
まだ輝きを失っていない銅鏡に映っている自分が見える。
しばし待つ事数分、教授が鍵を持って現れた。
「待たせたな」
ケースの鍵を開け手袋をして銅鏡を取り出した。九峪は教授が鍵を取りに行っている間にもう既に手袋をしていた。
「くれぐれも落とさないでくれよ」
慣れている九峪に注意するのはそれほど貴重な物だということである。
そして銅鏡を受け取ろうとした…そこで、ふと変な事に気づいた。
さっき覗いた時は自分の姿が見えた…なのに教授の顔は銅鏡に映らなかった。
もう一度確認するように九峪は銅鏡を覗いた…すると自分の顔がはっきり映っている。
『ミツケタ…ヤット…』
「な?!」
変な声が聞こえたと思ったら変な模様が銅鏡に映り続いて閃光が走るり九峪の身体を包み込む。
「いったい何が!!九峪君!!」
姫島教授の問いに九峪は返事をしようとするが、声が出ない。
「九峪君!返事で…く…に君…だぃ…」
必死に叫ぶ姫島教授の声はだんだんと遠のき、そして完全に聞こえなくなり、視覚もぼんやり見えていた姫島教授の影も真っ白になり…意識を失った。
光が強すぎ教授は直視できなくなり、顔逸らし目を瞑る。
リィーーーーーン、リィーーーーーーーン……どこからか鈴がなっていた……
光は徐々に消えていき、姫島教授は目を開く。
プレハブに残っていたのは姫島教授だけで銅鏡も九峪も消えてしまっていた。
教授は腰を抜かして膝を落し呟く。
「九峪君…」
姫島教授の声は虚しく弱弱しくプレハブに響く。
九峪は横たわっていた。そして目を覚ました。
まず目に入ったのは雲一つない青い空。
僅かに積もった落ち葉を落としつつ上半身を起こし辺りを見回した。
周りには、木…また木…そしてまた木が辺りを覆いつくしていた。
どう見てもプレハブじゃないし耶麻台国遺跡の近くでもない。
「あれ?…教授は?しかも、ここどこだ?」
「ここは三世紀頃の九洲だよ」
声が聞こえてきた方向を見ると変な生き物が宙に浮いていた。
普通の人間なら驚いたりするだろう。だが九峪はちょっと違う。
「ほう…お前か俺をここに連れてきたのは」
目にも留まらぬ速さで手を伸ばし、空中を浮かんでいる妙な物体を捕らえる。
「そ、そそそそそそうだよ、ボ、ボボクが連れてきたんだけど…と、ととりあえず放しくれないかな?」
「放してもいいが…逃げるなよ…逃げる素振りしたら……殺す」
普通に殺せるものかはさて置き九峪の発する殺気を受け、キョウはコクコクと頷く。
そして力を入れていた手を抜きキョウを開放する。
「神器の精たるボクがなんでこんな目に…」
九峪の耳にかすかに届いたが完璧には届かなかった。
「何か言ったか?」
怪訝な声を聞いたキョウはまた何かされるのではないかと慌てて答えた。
「い、いや、なんでもない」
「…まあ、いいけどとりあえず説明を頼む」
「えっと…とりあえず僕は天魔鏡の精、キョウて呼んで!」
「俺は九峪だ…天魔鏡ってのは、この銅鏡の事か?」
片手には草の絨毯の上に置かれていた銅鏡が握られていた。
「うん、そうだよ」
納得したように頷いてそれ以上何も言わず話を続けるように、と無言で促すと察したかのようにキョウは説明を始める。
「ここはね、さっきも言ったけど三世紀頃の九州じゃ無くて九洲って書くんだけど」
地面に字を書いて説明するキョウに九峪は無表情でただ黙って頷く。
「九洲は元々耶麻台国が治めてたんだけど、同盟を結んでた狗根国が突然攻めてきて…十四年ぐらい前に耶麻台国は滅ぼされちゃって、九洲は狗根国の支配下になっちゃってるんだ」
「なんで同盟国が突然攻めてきたんだ?」
九峪はこの手の話は得意なので、話の飲み込みは早かった。
「それは…わかんない…もしかしたら火魅子がいなかったから好機とみたのかも…」
「卑弥呼??」
「『卑弥呼』じゃないよ『火魅子』こんな漢字」
器用に木の枝を使い、地面に火魅子と書く。
「……漢字が違うところを見ると過去に戻った、と言うことじゃないみたいだな…過去じゃなくて別の世界と言う事か?」
自分の推測が正しいかキョウに確認するように言う。
「うん、そうなんだ!」
理解が早すぎる九峪に驚きを覚えながら、キョウは次々と説明を始めた。
「それでね。九峪の世界とは違う世界が他に五つあるんだ。天界、仙人界、今ボク達がいる人間界、魔界、魔獣界って呼ばれてるんだけど天界には天空人、仙人界には名前通り仙人、魔界には魔人、魔獣界には魔獣って感じで分けられてて火魅子の由来とする姫魅子は天界から降り立った天空人で耶麻台国の初代女王なんだ。そんな事で火魅子になる為には資質を持った子じゃないといけないんだ。どうやって見分けるかと言うとボク…天魔鏡には火魅子の資質を持った子を見分ける能力があるんだ」
(よく息継ぎなしでそこまで言えるもんだ)
話を真面目に聞いているのだが変なところを感心していた。
「俺は映ったが?」
「ああ、あれはあっちの世界…九峪の世界では復興に必要なだけの能力を持つ人格的に適している者しか映らないんだよ」
キョウの説明を聞き納得はしたが周りはただの森で確認する事はできないので真実として信用するかどうかを考えていた九峪だったが目の前にいるキョウがそれを実証しているようなものなので信用する事にした。
最初に捕まえられて脅された時は自分の能力を疑ったキョウだったが話を始めたら理解力や思考力はかなり高い相手だった事にキョウは安心した。
「なるほどな、確かに無能な奴とか性格上問題あるな奴とか連れてきたら面倒なだけだからな」
辺りを見渡すと近くの草むらに自分の鞄が落ちているのを見つけて拾い上げ中身を確認を始める。
「幸い荷物は無事か…それでキョウの能力は火魅子の資質を持った人間を見分けらるんだよな?と言う事は火魅子の資質を持った人間がまだ存在すると言う事だよな?」
「う、うん!耶麻台国が滅ぶ前に逃がしたんだ。その当時は、もう兵力の差が圧倒的で勝ち目がなかったんだ。それに火魅子候補の子達も最年長で6才だった事も理由かな」
(なるほど、いくら火魅子の資質を持ってても子供じゃあ国はまとめれないだろうな)
「それで?俺に耶麻台国を復興しろとでもいうのか?」
いきなり核心を突かれ肯定の言葉しかでない。
「ま、まさにその通り。火魅子の資質を持つ子を見つけて一緒に戦って欲しいんだ」
「…わかった。その事は色々言いたい事があるがそれは後で聞くとして、キョウは神器って言うからには偉いんだろうけど…俺の自己紹介の時はどうするんだ?まさか異世界から来た学生です、とでも言うか?」
すでに冗談が言えるぐらいまで世界観を理解していた。
「それなんだけど、九峪には『神の使い』を名乗って欲しいな…ボクが連れてきた人物が普通の人じゃ色々不都合もあるし…」
「わかった。確かに神器の精であるキョウが十数年の間一人で行動するってのも違和感があるよな…それにしても大変な事に巻き込まれたな〜
九峪は困ったように言っているが、実のところ結構楽しんでいるように見えた。
キョウは、ずっと違和感があった。それが何かはわからなかったが、今分かった。
「九峪…君は…元の世界に帰りたくないのかい?」
そう、九峪は状況の説明や理由などは聞いてきたが帰る方法は一度も聞いてこなかった。
「いや…そんな事はないぞ」
(姫島教授…心配してるだろうな…親父も探さないといけないし…)
それ以外に、現代に思い残す事は特にない九峪だった。
(意外とここに居てもあまり問題がないか?)
自問自答をしてみるが答えはでなかった。
「…帰る事は…今はできないけど、耶麻台国を復興させて女王火魅子を立てれば帰れるよ」
どうやら、表情が暗いように見えたのだろう。キョウは励ますように明るく話しかけてくる。
「ああ…じゃあ頑張ってみますか」
やっと状況が大まかにわかった事で心を落ち着かせる九峪を見て安堵するキョウだった。
「とりあえず…これからどうしたらいいんだ?」
「まずは…他の神器を探知してみるからちょっと待ってて」
そう告げると小さな精霊は天魔鏡へと入って行く。それを見送り手近にあった座るに丁度いい岩を見つけ腰を掛ける。
キョウが出てくるまで、考える事は色々あるので情報を整理する事にした。
考え事に集中していた為かそれほど時間が経っていないように感じたがキョウが天魔鏡
に戻ってから10分ほど経ちキョウが出てきた。
「居場所がわかったよ、蒼龍玉…神器の一つなんだけど、それと共鳴してるから今持ってる人がこっちに来てるよ」
喜んで報告した…が少し不安を覚えているような瞳をしているキョウを見て察した九峪はそれを確認する。
「その蒼龍玉を持っている人はわかってるのか?」
不安に思っていることを的確に突いた。
「昔は…耶麻台国の副王…王の弟の伊雅が持ってけど…今はわかんない」
自信がないのだろう、肩を落として声に元気がなかった。
「まあ、しかたないな。もう昔の事だろうし敵だったら何とかするさ」
十四年も前のことなのだから、わからなくて当然の事だと九峪は言っているのだ。
「とりあえずここの近くに宿泊できる…とまではいかなくても良いから雨風をしのげる所はないか?」
そんなこんなしている間にもう日が沈もうとしている。
「ここからちょっと行った所に廃棄された神社があるから、そこまでがんばれる?」
「わかった、じゃあ早速行くか」
この日より平和な日常が終わり新しい苦難の毎日が始まるのであった。