第八話
小休憩のつもりががっつり2時間寝ちまった。
そして、湿布の威力がやばい。
あれだけの振動や衝撃を受けてれば運動不足気味の俺だと軽い筋肉痛にはなると考えていたけどまったくない……いや、まったくないどころか加齢による体の違和感(28でも20の頃と比べれば違和感ぐらいはある)が綺麗さっぱり消失していた。
いつも以上に動く体が嬉しくてついつい任務を3回ほど回ってきてしまった。
幸い、参加報酬は参加毎に1万の減少の方だった。つまり最大で96回参加することができるということだ。……そこまでやる意味があるかどうか疑問だが、現代で考えれば1万でだったとしても20分と掛からずそれが手に入るなら時給にすれば美味しい仕事だ。
「それに目薬も思った以上の効能だった」
特に動体視力向上はなかなかいい。
わかりやすいところではジャンプの頂上の時や着地の時にスラスターを吹かすタイミングが以前より確実に掴みやすくなった。
それに目薬の効果だとはっきりは言えないけど、操縦自体がスムーズにできていた。これはおそらく視野拡大のおかげなんだろう。
視野が狭いとどうしても顔を動かす必要がある。そうなると自然と動作が大きくなってしまい、隙も遅延も発生する。
それが解消された……のだと思う。
正直、自分自身では分かりづらいので何度か検証する必要がある。検証方法は皆目見当がつかないが。
思ったよりも早く操縦に慣れたこととアイテムのドーピングのおかげもあって2回目(全体でみると3回目)でランクBを得ることができた。おそらくだけど1回目はギリギリCってところだと思う。
1回目と2回目ではタイムに10秒程度の誤差があったが、その10秒はちょうど分(ふん)を跨ぐものだったためBランクに届かなかったんだろう。
おかげでBランク報酬100万がもらえた。
それとは別に特別報酬もあった。
報酬内容は……報酬というよりは授与が正確だな。無事二等兵を卒業し、一等兵へと昇格することができた。
ただ、1日で昇格できたあたり二等兵は本当に下っ端っぽい。
これで給料は55万にアップした。結局二等兵の間に給料がもらえなかったな。
それと開発ゲージがCランクは5だったのにBランクだと10も増えた。
てっきりランク1つ上がるに付き+1だと思っていたけど、どうやらそうとは限らないようだ。
そして——
「…………1000万…………簡単に超えたなぁ」
戦力ゲージと日本円がほぼ等しい金額ということは現在1000万円が手元にあるということだろ?すげー稼いだような気がする。
安いレンジぐらい購入してもいいんじゃ……なんて誘惑に駆られてしまう。弁当を食べ続けるのはいい加減寂しいのにその冷たさは容赦なく心を攻めてくる。
「娯楽なんてないからなぁ。あっちではそんなに気にしなかったけど」
今思えば独り身で飯はスーパーや弁当屋の弁当に頼り、食べる時は大体テレビを見ながらかスマホを見ながらかパソコンで動画を見ながらというだらしない生活だった。
だけど、それで寂しいなどと思ったことはなかった。だが、それはただ余裕がなく、手近な道楽で心を麻痺させていただけなんだろうな。
環境が変わってその麻痺が解かれ、痛みを感じ始めた……そんなところか?どうやら俺は俺が思っている以上に弱っていたらしい。
ただし、麻痺が解かれただけで治療されているわけではないのだから悪化する一方な気がする……があえて辛い現実からは目を逸しておく。
なにせ早送りやスキップ機能なんていう便利なものがないこのゲームは、今からファースト終了までの4年、下手をすると逆襲のシャア終了の18年後……いや、F91の48年後まで1人で……独りで戦い抜かないといけないという嫌な予感は当たって欲しくはないな。
そして不穏なのはアンチエイジング効果があるとされるサプリの効能に若返りという不穏なものがあることだ。
まさかVとか∀までやらせようとか言わないよな?
∀なんて勝てる気がしないぞ。ナノマシン兵器って理不尽過ぎるだろ。絶対無理……せめてサテライト・キャノンぐらいよこせ……あ、更に嫌な予感が……まさかとは思うがXとかWとかSEEDに出張しないよな?しないよな?フリじゃないぞ?!
「やっぱりストレス解消方法を考えないといけないか?」
仕切り直すとして、最短の一年戦争集結ですら4年と歴史的に見れば短い、人生においてもそこそこ長いが、この密室で過ごすにはかなりの長丁場だ。
ストレス、密室、命のやり取り、これは精神を狂わせるには十分過ぎる。賽の河原や穴を掘ってまた埋めさせるという拷問に通ずるものがある。
ここに来てから独り言が多いのも精神的にキている証拠と言えなくもない。
まぁそれは置いといてやっぱりあの操縦席は不便だ。座席前に動かないモニターが生えてるとか乗り降りはもちろん、脱出するのにも阻害する。
というわけで——
「陳情でレポート提出……ん?」
メニューから陳情をクリックするとメール作成を行うような画面が出てきた。
件名、内容、陳情に関しての注意点——
「テンプレート文章、音声入力、それに校正までしてくれるのか。なんでここの運営はこういうところだけ親切設計なんだろうな」
陳情の注意点は前の説明通りの内容とそれに付け加えて1度の陳情で記載することができるのは1つの案件のみと書かれていた。
関連内容ならある程度は許容されるみたいだけどあまり広げすぎると問答無用で却下されるらしい。
まぁ長々と書くつもりはないからいいけど。
却下されても痛くないしそ簡単な報告書程度でいいだろ。
——んでテキトーに連邦の戦いでは量では勝てないので質の向上が必須で、そしてその戦力の土台となるのがパイロットであり、熟練のパイロットの重要性、パイロットの生存こそが重要だということを書いて送信したらなんとメールのアイコンが増えて点滅していた。
クリックしてみると1通のメールが届いた。その差出人はなく、『陳情された件につきまして』という件名だけが表示されていた。
内容は——
『貴重なご意見ありがとうございます。前向きに検討させていただきます。討議のうえ、改めてご連絡させていただきます。引き続きご愛顧の程、よろしくお願いいたします。』
って返信が来たんだ。
どこのテンプレだ?!それにご愛顧なんてしてねぇよ!しかも前向きに検討って大体駄目なパターンだろ!(誠信調べ)
まぁ、この陳情が通ったところで反映されるのは先のことだろうけど。
「さて、今度こそ小休憩してもう1度任務に行くかな」
あれから2回ほど任務を熟した……が、2回ともBランクでAランクには到達できなかった。
6回しか操縦していないんだから当然と言えば当然だけど、何がいけないのか……せめてもっと余裕をもって練習できたらなぁ。時間制限がある環境じゃ満足に——
「ん?練習、か」
あることに気づき、もう1度任務を受けて待機所も早々に通り過ぎて格納庫へ、そしてザクのコクピットへ行き、出撃——はしない。
「よし、動く」
よく考えたら、ター子さんにお願いしなければ出撃しないんだから好きなだけ使えるじゃないかと思い至った。
ただし、使えるのは操縦桿やレバー、ボタンを動かしたり押したりするだけだ。実際にザクを動かすことはできない。
それでも直接操縦桿を握って動かすことができれば多少は訓練になる……はずだ。
「しばらくはイメージトレーニングだな」
普通なら任務で慣れるまで繰り返せばいいだけなのかもしれない。でも俺が納得いかない。
任務というからにはそれは真剣なものであり、練習をするのが目的ではない。何より何度も何度もBランクを取るのはイラつく。(本音)