第一話
転生というものが実在するかどうかは個々によって信じるかどうか分かれることだろう。
私は信じていなかった。
いなかった。
過去形だ。
今では信じている。
信じているというより……今まさに転生して新たな人生を歩んでいる最中だ。
しかも驚いたことに私が住んでいるのは宇宙に浮かぶ人工の大地、スペースコロニーであるというのだから驚きだ。
ただ、1つ気になるのはなんでスペースコロニーなんて未来的な建造物があるのに車やパソコンやケータイなどのデザインが前時代……昭和感が、しかも昭和初期から中期のような雰囲気なのはなぜなのだろうか?流行には周期があるというし、そのあたりなのだろうか?
スペースコロニーというのは私の心配をよそに、思っていたよりも快適な環境だ。
前世の頃の宇宙での生活といえば金属と緩衝材と機械で構成された宇宙ステーションのイメージだったのだが、終生の時を過ごすには不便なのは想像するまでもない。
もしそのようなところだったなら前世の記憶がある私はおそらく発狂していただろう。
……空に大地があることや四季がないことや天候がコントロールされていることに違和感は拭えないがな。ずっとエアコンの中にいるような感覚といえば伝わるだろうか?
ただし、スペースコロニーの環境とは裏腹に私の生活は控えめに言って良好なものとは言えないのが残念だ。
前世では都内に持ち家を持つ程度には裕福だったが、そのギャップゆえの苦労ではないと思う。
まずは私が5歳になった頃に母が死んだ。
原因は私の出産で感染症に罹り、感染症そのものは治ったものの元々小柄だった関係で出産にはリスクを伴うという話だったそうだ。
ベッドに横たわっていたことがほとんどだったが愛してくれていたのは間違いなく、中身がこんな私であることを謝罪しつつも感謝して見送った。
そして母が死んでからはしばらくは父との生活に変わりはなかった。もちろん母がいる時とは違う日常だったがそれでも家族という関係だった。
しかし、そんな平穏な日々が4年が過ぎて9歳になった頃、変化が起こる。
ドラマや映画などではよくある展開の1つ。
父が再婚し、新しい母ができた。
そこで私は2人目の家族を失った。
新しい母は私を邪魔者と判断され、父はそれを受け入れた。
そして、そこから私の苦行は始まった。
罵詈雑言だけなら本来の年齢である幼子なら病む可能性があったが、精神は既に中年後期に差し掛かっている私なら耐えられる。
だが、暴力は流石に幼体では耐えられない。
普通なら段階を踏んでエスカレートしていくものだと思ったが、最初から既に暴力の域に達したものだった。
助けを求めたが、父が介入することはなかった。
そこで私が取った行動は独り立ち……というよりも家出と言った方が正しいだろう。
私は家にある現金を生活費としてもらって出ていくことを置き手紙に書いて家を出た。
警察に通報することも考えたが、父が私を育ててくれていたのは間違いなく、恩情があり……何より、まだ年齢が2桁にもならない子供が通報したところで、即逮捕とならずに親に厳重注意した上で1度は家に返される可能性がある。
そんなことになってしまえば下手をすると私の命が危ない。
あの女がそれを理由に暴力を緩めるなんて想像ができず、むしろ苛烈になるという想像は容易かった。
頼りになる親戚などは心当たりがない。
となれば、三十六計逃げるに如かず。
ということで現在私は本当の意味で独り身になったわけだが、この選択が思った以上にハードモードだったことを知る。
いや、9歳児が1人で生きていくなんて無謀だとは思ったが、あのまま暴力を振るわれ続けて死んだり障害が残ったりしては生んでくれた母に申し訳が立たないと判断してのことで後悔はしていない。
ただ、難易度が思った以上に高かったのは否めない。
まずスペースコロニーと地球の違いが落とし穴だった。
スペースコロニーでは自然は全て誰かの所有物なのだ。
私の認識では自然なんて木を切り倒したり、農家が育てる農作物に手を出さなければ黙って土地に入り野草を盗る程度なら現行犯でもない限り犯罪となることは稀で、庭先になっている実なんて思い入れや食すことを楽しみにしているだけであり生きるためや資産だと思っている人間は少ない……はず。
それに比べてスペースコロニーでは自然は立派な資産である。このことを失念していたためかなり苦労することになった。
山菜でも採って食費を浮かせようと考えていたのだが、山菜すらも資産。明らかに管理されている植えられ方をしている以上は手を出すと御用になってしまうだろう。
もちろんまだ9歳であることを考慮して責任能力がなく、罪は問われないだろうが親に引き渡されることになってしまう。
ここでまた1つ、計算外なことが発覚する。
それは広大な大地を有するスペースコロニーではあるが地球に比べたら限られた居住空間しかないため、住民登録はほぼ完璧に行われているだろうし、捜索は容易いだろう。
あの2人が私の捜索願いなんて出すかどうか……奪われた金銭を取り返すために出すかもしれないか?
とりあえず、地球に比べれば狭いスペースコロニーではあるが彼らの巣から遠のくことを優先するとしよう。
1年経った。
なかなかに得難い経験を重ねてなんとか10歳となった。
1つ計算外のことがあった。
コロニーにはスラムというものはないと思っていたのだが、普通に存在していた。
当初はコロニーなんて限りある世界があるのだから臭いものには蓋ではないが同レベルの住民で固められているコロニーが存在すると思っていたんだが、そういうコロニーも存在するが、大体のコロニーはスラムが存在するらしい。
まさか自分がスラムに助けられるとは思いもしなかったな。
スラムに踏み込んでみると私みたいな子供は案外多くいることが判明して、割と簡単に生活基盤を手に入れることができた。
やはり広大と言っても限りがあるコロニーに住むためか、それとも時世なのか、経済的な問題よりも精神的な問題で子供を真っ当に育てることができない親が割と存在するらしく、私のような存在も結構いるようだ。
スラムの人達には色々教わることが多い。
例えばこのコロニーはサイド3という地球から最も離れた場所に位置するコロニー群の中の1つなんだとか。
まさかこんなコロニーがそんなにたくさんあるとは思わなかったので驚いたし、棄民する意味も理解できた。
コロニー1つで1億2000万人以上が住むことができる。
そしてサイドと呼ばれるラグランジュポイントに存在するコロニー群は30を超えるサイドもあると聞く。
観光用や商業用、農業用などのコロニーもあるので正確ではないが10あれば12億人、現在はサイド6まで成立していて、各10基あるとすると72億人、前世の2019年の世界人口は76億人、日本とアメリカの人口を差し引いた人口ぐらいが宇宙に捨てられたことになる。
それでも地球にはそれ以上の人口が住んでいたのだから地球への負担は如何程のものか。
「オットー先生さようなら〜」
「さようなら。気をつけて帰るんですよ」
「はーい!」
私は世界が違えど教育を受けた身である。
そしてスラムでは教育を受けていない子供達は多数いて、私は彼らに数学とスラムでも通じる道徳を教えている。
「……カリウス、お前本当に10歳か?とてもそうは見えないな」
「もう1年も付き合いがあるというのにまだ疑いますか?」
「いや、多分どんなに付き合いが長くなってもこの疑いだけは晴れるこたーねぇと確信しているぜ。ほれ、今日の差し入れだ」
「ありがとうございます」
私の名前はカリウス・オットー。
前世では生粋の日本人で、現在は黒人になってしまい肌の色に未だに違和感があるスラムに住む10歳の男子である。