第二話
スラムと聞くと無法地帯、もしくはマフィアやヤクザのような組織が幅を利かせるというイメージだろう。
それはある意味正しく、ある意味間違いだ。
無法地帯にも法があり、マフィアやヤクザのような組織は幅を利かせるが諍いは少ない。
派手に違法行為を行えば建国から7年という新米国家ジオン共和国のまだまだ青いが熟した国家特有の腐敗していない腰の軽い警察や軍などが出てくるからだ。
しかし、それはリスクを知る大人達の話であって子供達は若さと無知を武器に無謀な行動を起こすことが多い。
明日も見えぬ身ならばある意味仕方ないとも思えるが、スラムの歪んだなりの秩序が乱されるのを防ぐには教育と食事が必要なわけで、その教育を私が担っている。
なぜこうなったか語ると長くなってしまうので簡単にまとめると、スラムについた私は当面の資金があった(父のへそくりが現金で200万円ほどあった……なぜかは不明)ので信用できる大人を探し出して資金を出して社会復帰させた。就職させたのはパン工場だというのはもちろん狙ったものだ。
ただ、未だに私がスラムにいることでわかると思うが、その社会復帰させた男を利用してスラムから抜け出してはいない。
なぜそうしないかというと、成人ならともかく、子供の私が共同生活をするとなると私のことも色々調べられてしまうからだ。
家出した子供を部屋に住まわせるなんて犯罪以外の何物でもない。隠れて住むこともできただろうが、発覚した時に大人……ニックが可哀想過ぎる。
「あのままだったら野垂れ死にしてただろうから別に俺が捕まる分にはいいんだけどよ」
ちなみに差し入れを持ってきてくれたのはこのニックであり、現在は私の収入源兼食料源である。
パン工場で働いているだけあってよくパンをもらってきてくれたり、社員割引で安く買ってきてもらっている。
そしてこれが原因でスラムの子供達と知り合って(強盗)、お話(返り討ち)して友達(子飼い)になったのでパンを分けて(労働の対価)あげることにした。
子供の労働力で何ができるのかとか考える前に、大人が子供の世話をしないと駄目だろ(使命感)という思いで動いたのだが……精神はともかく身体的には当時9歳の子供なのだから結構まとめるのが大変だった。
途中からガキ大将的に動けばいいということがわかって少し楽になったが、ガキ大将を演じるのはそれはそれで大変だった。
色々ニックから聞いた結果、サイド3は、というよりコロニーでは割と金属が安いことを知り、そこから推測して金属系の家具や家電のリサイクル業を始めた。
もっとも元々金属が安いからリサイクルするより新規を作る方が手軽であるゴミとして捨てられているものをリサイクルするという形なのでそれほど利益はない上にスラムはスラムらしく許可など得ていないため利益は二束三文にしかならないが子供達の労働としては十分な実入りができた。
そして食が確保できればまとめるのもたやすく、まとめ続けるのに欠かせないのは最低限の規律、規律とは教育である。
で、教育を施していたらスラムの子供が集まってきた。それはまだ想定内だったのだがなぜか大人達まで絡んできて大変だった。
幸い、ニックのような不幸に不幸と更に不幸が重なって落ちた人間が割といたので2人ほどバックアップして社会復帰させ、逃げられることもなかったので減った資金は生活に使ってもゆっくり回復するぐらいの収入にはなっている。
「とはいえ、このままスラム生活というわけにはいかないだろうな」
スラム生活はかなり不安定だ。
明日になったら消えている子供がいるかもしれない。
実際この1年の間に2人の子供が行方不明になり、絡んできたが不採用にした大人が1人が死んでいるのを確認している。
そして大人は死んでいたのは間違いなく他殺、しかも撲殺されてギリギリ誰かわかるほどのひどいものだった。
さすがスラム、怖い場所だ。
「何か打開策を検討しなければ……しかし、何か行動を起こすにしても未成年ではな」
転生してからというもの、1度死んだせいなのかそれとも未だに今の自分を受け入れられていないのかはたまた転生という現象を経験したからなのか知らないが、死生観に変化があった。
以前なら子供が行方不明になった、深い知り合いではないにしても顔を知っている人の死体を直視したなら少なくない……はっきり言えばしばらく寝れないほどの動揺、そしてトラウマとなっていただろう。
前世では人の死や殺人事件どころか動物の死や万引きなどの軽犯罪すら関わらずに死んでしまったからな。間違いなくトラウマ確定だと断言できる。
しかし、今の私は動揺することはなかった。
心境の変化がなく、それどころか冷静に対応策を検討し始めた自分に驚いたほどだ。
少し人間として大事な部分を欠けてしまった気がする。
「ところでカリウス、良いもん持ってきたぞ」
ほれ、と渡されたのは1枚のチラシだった。
「これは……」
そこに書かれていたのはジオン共和国の国防隊の志願兵募集だった。
これの何処が良いものなのか。
「これの条件を読んでみろ」
言われるがまま読んでみたが、この募集は幼年から働き盛りの中年まで広く募集がされているようだ。
……ん?
「もしかして……これは親の承諾無く入ることができるのか」
「正解だ。聞いた話じゃ愛国心ある者は何人たりとも阻むべきではないんだと」
「……無茶苦茶だな。大丈夫か、ジオン共和国」
「これを主導しているのはザビ家って話だからな。ジオン首相がこんなことせんだろ」
「なるほど。ところでニック、これを私の下に持ってきたということは私に入れと?」
ああ、そのとおりだ。とうなずいて肯定したニックは更に言葉を続ける。
「カリウスの問題を解決できるはずだ」
「……話が見えないが?」
「お前の最大の壁は両親だろ」
ニックには私の事情を前世のことを除いて話しているのであくまで確認のために聞いてきたのだろう。実際間違っていないので肯定する。
「実際あった話なんだが、その志願兵になったやつの中にもほぼ同じ問題を抱えたやつがいた。それで逃げるように志願兵になったわけだがその後そいつの両親は軍に呼び出されて説得(圧力)されたそうだ」
「なるほど、たしかに私の問題は解決されるかもしれないな」
しかし、現金を持ち出したことは問題にならないだろうか。
普通に考えれば犯罪だが10歳の子供が己を守るために持ち出したとなれば情状酌量の余地はあるはず、むしろ正当防衛的な意味で勝利ももぎ取れそうではある。
だが、国防隊か……独立の防衛を目的で結成したんだろうけど、明らかに地球連邦とやり合うつもりにしか思えない。
現状ジオン共和国と地球連邦は軍事力の差なんて一般市民どころかスラムの私ではわからないが、国家予算の差を見れば国力差は一目瞭然である以上、戦争は下策なのはまず間違いないのでおそらくないはずなんだが……この兵士育成に掛ける情熱はどう考えても戦争準備のそれだ。
「まぁ今の連邦と共和国の関係を考えたら警戒するのもわからんでもないが、勉強して頑張って数年勤めりゃやめりゃーいいんだよ。ついでだから他の坊主達も一緒に入っちまえば飯にも困らんだろ?」
「それはそうだが……」
どうも私の危惧しているのはことはニックにとってあるかもしれないけどないであろう未来のようだ。
しかし、子供達の未来が多少でも明るくなるなら軍人という道もありかもしれないとは思う。
戦争になれば殺し殺されの世界だが、そんなものはスラムでもそう変わらない。
むしろ日常的に殺し合いをしていると言っても過言ではない。なら軍人になる方がまだ未来があるだろう。
まぁ結局本人の意思次第なのだが。
……さて、私はどうしたものかねぇ。