第八話
「今回のこと、感謝しておる」
ザビ家はギニアス達を当主とすることを支持すると発言したことで状況は一変した。
今まで当主の座を巡って争っていたサハリン家の親戚達は静まり返り、どこかへと去っていった……これは俺が知らないだけだがな。
とはいえ、まだ未成年であるのには変わりないギニアス達に代わり、資産管理は弁護士が行うこととなったがそれは仕方ないことだろう。
そして、俺が今いるのはサイド3で安全性という意味では上から数えて片手以内と言って差し支えないデギンさんの邸宅にお邪魔している。厳密に言えば招待されて。
であるなら当然今の言葉はデギンさんから発せられたものでもあった。
「いえ、ご教育にいらない口を挟んでしまっていないか気がかりでしたがそう言っていただけるのなら幸いです」
「心配せんでもギレンは君の忠言を聞き入れた。私としてはそれだけでも満足だよ……君のその視点はどこから来るものなのか気になるがね」
おっと年不相応にして俺の経歴にそぐわない発言が多くし過ぎたか。
特殊な記憶以外は至って普通なそこらへんに転がっているボンボン息子だからな。俺は。
まぁいくら調べられたところで理由が突き止められるはずがないが……このことは誰にも話すつもりはないからな。
しばらくデギンさんと世間話をしていると意外と親馬鹿なことが発覚。
ギレンさんには他にも兄妹がいることは知っていたが、実は俺が面識あるのはギレンさんのみだ。
その理由がそれぞれ別のサイドに留学中だと聞いている。
まぁザビ家の人間であるなら留学と言う名の人脈作り、取り込み工作の一環だろう。
その兄妹もまた優秀らしくデギンさんは嬉しそうにしている。それぞれがそれぞれ違った才能を持ち将来スペースノイドのために、ザビ家の繁栄させていくだろうと。
親が子に期待するのはいつの時代でも変わりないということか。
ちなみに最後に締めくくりとして――
「ただ、兄妹が違う才能を持つことでお互いを理解ができないことも多くあるだろう……決定的な不和の種とならねばよいが……」
と心配もしていた。
そしてそろそろお開きの時間となり、席を立った――その時――
「父上!」
そこに飛び込んできたのはいつもの良くも悪くも不敵な面構をしているはずのギレンさんが初めて見る表情……驚き、焦り、興奮、悲しみなど複雑な色合いが混ざった表情になっている。
簡単にまとめれば取り乱しているとも言えるだろう。
「どうしたギレン。お客様の前で騒々しいぞ」
その落ち着いた態度は間違いなく、父親デギン・ソド・ザビではなく、宰相デギン・ソド・ザビのものだ。
だがデギンさんも何処か声が固く。
おそらくギレンさんは日常的にこれほど感情を表に出す人間ではないのだろう。それが表に出てくるだけの何かがあったということなのだから声も固くなるのも当然だ。
「ユーリか、なら聞いていくがいい。しかし、今日は口外を慎むようにな」
慎むと柔らかく言っているがその口調は命令に近いものになっていた。
「ジオン首相が亡くなった」
…………聞こえているのに脳が処理できない、という現象が本当にあるとは思いもしなかった。
「………………事実確認は」
俺よりも早く立ち直った……立ち直ったというより反射的にというべきか、デギンさんがギレンさんに確認を取る。
だが、ギレンさんがこんな重大事を確認もせず、あんなに慌てるわけもなく――
「取れていいます。間違いありません」
希望はない。
「それと……」
その上まだ何かあるようだ。
「これは警察と検死を行った医師の話ですが、不審な点がいくつか上がっているそうです」
確かにこれはおいそれと口外できるようなないようではないな。
「父上……やりましたか」
「やるわけがなかろう。お前ではないのか」
「私がやるならこのタイミングではありません。少なくとも私の基盤が安定してからか、キシリアがものになってからにします。軍もこちらが抑えている現状で慌てる必要性がありません」
おい、いきなり物騒なやりとりするなよ。
「それに私ならもっと抜かりなくやりますよ。こんな無意味な死で首相を失ってはメリットがない」
ここに俺がいるってこと忘れてないか?!敢えて聞かせているならなお怖いんだが?!
「であろうな」
そんな会話をあまり長々とされたくはないので話に割って入る。
「ところで父には知らせてもいいでしょうか」
「それは問題ない。そうだな、これも持っていくといい」
そう言って渡されたのはジオン共和国の国旗とザビ家の紋章が刻まれたカードだ。
「それをユーリの父上に見せれば事態もちゃんと伝わるだろう」
さすがに事が事だけに俺が言っても信じてもらえるか怪しいので助かる。
ジオン首相の死なんていくら自身の信頼できる息子が言っていたからと鵜呑みにできることではないからだ。
それにしても……これから大変なことになるだろう。
ジオン共和国という船はジオン・ズム・ダイクンという船長を失い、あらたな船長が必要だ。
十中八九ではなく、十中十、今まで副船長だったデギンさんがその後を継ぐことになる。
しかし、問題も数多い。
まずジオン首相の不審死。
実際はどうあれ、まず間違いなく疑われるのはザビ家、もしくは地球連邦だろう。
ザビ家を疑う者は内乱が、地球連邦を疑う者は報復を叫ぶだろう。
最悪は組織内で争いつつ地球連邦と戦争なんてことも……どう考えても戦争どころかデモの規模にもならない。せいぜい威勢よく空中分解するのが関の山だ。
となると不安を取り除くことになるのだが地球連邦を取り除くなど無理な話で、残されるのは――
「ザビ家が政界から退くか、大規模な粛清か……か」
味方同士で血を流すというのは馬鹿らしい話だ。だからといって話し合いで解決が全てできるわけもない。
もしできるのなら最初からジオン共和国なんてものはできていないのだから。
だからといってザビ家が退いたところでジオン共和国をまとめる人間がいないのもまた事実だ。