第七話
人の未来とは見通せないものだというのはわかっているつもりでいた。
しかし、いざ起きてみれば無神論者すらも神に祈りたくなるような衝撃があるのは間違いない。事実今の俺がそれに当たる。
サハリン家の当主夫妻……つまりギニアスとアイナの両親が死んだ。
表向きでは事故死ということになっている。
本当のところは事件、もっといえば殺人事件だ。しかし、ザビ家を支援するサハリン家が殺されたとなればザビ家を支援する他の家が離れる可能性があるため隠蔽した……とギレンさんから聞いた。
ちなみに犯人は逮捕しており、今は死なせてくれと懇願するほどの状況にいるらしい。
そして問題なのは背後関係を洗い出しに成功したのだが、どうやら直接的に後ろにいるのはジオン派なのだが、舞台を整えたのは地球連邦というつくづく世界は魑魅魍魎が跋扈しているんだと実感する。
さて、その手の話は俺には関係ない。問題は残されたギニアスとアイナだ。
2人は殺害対象になってなかった……というわけではなかったようだが、ギニアスは授業があったため(実質研究だったようだが)留守番となり、なんだかんだ言ってブラコン気質のアイナも付いて留守番(監視とも)していたので巻き込まれなかった。
そんな2人はかなりショックを受けている。当然といえば当然だが、それにつけ込もうとする者達も存在する。
サハリン家の当主の座や財産を狙う親戚、それも遠い遠い親戚からも参戦しているし、その中でジオン派とザビ家派で骨肉の争いが勃発しているというのだから救いがない。
そしてギニアスとアイナはその渦中にあるのもまた当然だ。
まず、士官学校で取り巻いていた自称側近達は居なくなり、逆に腫れ物でも扱うように広々とした空間が約束されるようになった。
サハリン家がどう扱われるのか分からず判断に困って距離を置いたようだな。沈む船には誰も乗りたくないし、火中の栗を拾うのもごめんだということだろう。火中の栗は拾えれば美味い場合があるがどうもそんな猛者はいなかったようだ。
他はともかく、俺は友人としてどうにか力になってやりたいとは思うんだがなにせ何をするにしても16歳に過ぎない。士官学校デギン派代表なんてものでは力も発言力も足りない。
それでも――
「力になれることなら言ってくれ」
言葉にしないわけにはいかんだろう。
「なんだ。お前もアイナが狙いか!!」
「そう見えるか?」
「……すまん」
「気にするな。どういう状況かわかっているからな」
1番狙われているのは女性であるアイナだ。
なにせギニアスを排斥してアイナと結婚すれば容易く乗っ取ることができるのがサハリン家の現状だ。
そしてその輩は日に日に増しているし、あの手この手で縁談を画策している。
ついでに言えばギニアスもその対象になっている。だが、こちらは若く綺麗な小鳥を飼いたいオバサマ連中が猛禽類のような目で見ている……らしい。
俺、こんな世界で生きていくんだよな?将来、狂わんだろうか……。
そんな中でギニアスが荒んでしまうのも理解ができる。まぁさすがに何度も本気で疑われるようならちょっときついだろうけどな。
「それで何か対策はしているのか」
「私が当主の座につく」
「それで何か変わるのか、認められると思っているのか」
「……」
こう言ってはなんだが、サハリン家の当主の座というのは未成年の子供が宣言しただけでなれるものではない。厳密に言えば周りが認めなければ当主として認められない。
そのことが本人もわかっているようで悔しそうに押し黙るに留まっている。いや、本当に15歳とは思えない聡明さだ。
「後援が必要だろうな」
そういうと思って解決策はある程度用意している。
「……」
「いや、そんな目で見るな。心配しなくても俺んちじゃないって」
発言力、経済力、人脈、どれをとっても俺んちは全てを満たしているのは事実だ。
だが、ギニアスの懸念しているアイナに関してはアウトだ。間違いなく俺の嫁に……なればいい方で最悪、妾や側室、愛人などということになりかねん。
ギニアスと義理兄弟になる以上にそれはいかんぞ。自身の心情的にもギニアスに毎日暗殺されないかというストレスで殺される前に死にかねない。……これぞ完全犯罪か?!
――じゃなくて。
「ザビ家……デギンさんに頼むんだよ」
「それは私も考えた。しかし、彼らには私でないといけない理由がない」
「まぁそうだな」
ギニアス以外の人間を当主にすることで操り人形とすることも造作もないだろう。むしろ正当な血筋のギニアスよりも遠縁の後ろ盾をする方が弱みを握れて楽まである。
正当性があるばかりに操りにくい、というのは歴史上あるあるだな。
「そこで俺よ」
それなりにザビ家とは普通の親戚以上には親しくしているケラーネ家、そして個人としてもギレンさんと機会は少ないけど多少はデギンさんと付き合いがある俺、交渉役としては完璧じゃね?
「しかし、そんなことしてお前になんの利があるんだ」
「利ばかりに生きる人生なんてつまらない。多少の不利益でも自分が楽しめる方が人生に潤いがある」
「ほう、私に貸しを作ることが多少かね」
ギレンさんとギニアスが同じことを言うのはやはり天才というのはある程度辿る思考が似通うということなのかね。
「大した貸しではないと思っているんですけどね」
「その根拠は?」
「元々ザビ家は随分サハリン家に恩があるでしょう?」
「そうだな」
「それに報いるのは人情……なんて言っても権力者には通じづらいでしょうね」
「そのとおりだ」
「というわけで俺がここに来たわけです」
「どういうことかな」
「俺がギレンさん、ひいてはザビ家に貸しを作ることで小さな首輪が着けることができる。そしてサハリン家の兄妹の友人である俺を通して恩を返すと同時に間接的にサハリン家に首輪が着けることができる。しかもそれがただザビ家が発言するだけでできるという代償の少なさ。それが得られるのですから貸しとしてはそれほど大きくないでしょう?」
ちょっと自分を高値で売りつけている気もするが、度々ギレンさん直々に訪れてくれることからそれなりに買ってくれていると思うので問題ないだろう。
「しかし私が動くだけの利と言えるのかな」
「では逆にお聞きしますが動かない不利益をお考えになっていますか」
「無論」
「本当に?」
「……私が何か見落としているとでも」
「俺の予想ではおそらく1つだけ」
「ほう、ぜひ伺おうか」
視線で、見当違いなことを言ったらてめぇわかってんだろうな?と語っているがここはふてぶてしい態度で返しておく。
「俺が言いたいのはデギンさんのことです」
「ふん、何を言い出すかと思えば父上のことか」
「ええ、デギンさんはなんと言っているのです」
「この件に関しては私に任せると」
「やっぱりそうですか」
「……」
どうやら俺の言動で見落としている部分が朧気に見えてきたようでギレンさんの視線が若干俺からズレ始めている。
「元々ジオン首相は理想を掲げることで求心力を得、デギンさんは三現主義(現場、現物、現実)と人脈によって地盤を得た。そして三現主義と人脈というものには欠かせないものがある。それは――」
「――人情か」
「Exactly」
おそらくデギンさんはギレンさんが自身とは違う道を歩むことはわかっているだろう。しかし、それでも親として子に残そうとするものが、教えがある。子が望むものであるかどうか、生きていく上で必要かどうか、正しいかどうかはわからなくとも。
今回のサハリン家の後継者問題はそれに当たるのではないか、と俺は考えている。
そうでなければ逆に不自然なんだ。デギンさんがこの状態を放置しているのは。
デギンさんならまず間違いなく即断でギニアスを擁護する動きをしているはずだ。なにせ理想はジオン首相、人はデギンさんというなら品格をサハリン家、経済をケラーネ家……と言うには少し誇張が入る(実際は四天王とか5本の指に入るという感じに少し格が下がる)が、そんな家が混乱に陥るようなことを見逃すはずがない。
おそらくだがデギンさんはギレンさんがこのまま進んでしまえばどこかで大失敗をしてしまうのではないかと危惧しているのだろう。
人情というのは奥が深いからなぁ。
などと考えているとギレンさんが口を開いた。
「……言い分はわかった。検討しておこう」
と濁したように言っているが、既に結果は見えていた。
間違いなく、ギレンさんは動く。しかもギニアス達を擁護する形で。
もしその気がないならこんな濁した言い方はせずに俺に不敵な笑みを浮かべ、嫌味の1つでも言って反対に舵を切ると確信している。
「よろしくおねがいします」
ここで頭を下げておくことが最後のひと押しだ。
「……お前は昔から優秀だと思っていたし、今もそれは変わらん。励め」
「ありがとうございます」
言外に今回のことは評価する、つまりギニアス達を悪いようにしないと告げていた。
……ところで言葉はありがたいがなんで苦笑いとため息が漏れそうな表情をしているんだ?俺なりに精一杯誠意を尽くしたつもりなんだが。