関曹 黄巾五
関羽と曹操の食事会は大いに盛り上がった。
情報交換を始めとして戦術、戦略、はては政治の話まで広がり、少し愚痴ったり、趣味に関して話したり、曹操が用意したデザートを食べて賛辞を送ったりした。
そしてそろそろお開きか、と関羽が思い始めた頃に――
曹操は動いた――
「ねぇ関羽、貴女が欲しい」
その時が来た。
曹操の声には特に変化がなかった。
しかし、明らかにその気配は今までにないものを纏っていた。
覇気。
妖気。
そして――色気。
ちょっとした仕草……それこそ瞬き一つにも色気を醸し出す。
これを受けた大体の者は少なくとも動揺し、情があればそういう展開になることだろう。
しかし――
「ありがとうございます。ですがそのお誘いにお答えすることはできません」
関羽の返答は一刀両断。
迷いもみせず、即答だった。
そんな反応が返ってくるとは思わず曹操は固まってしまう。
この返答には関羽は庶民であることが関わっている。
そもそも同性同士の愛というのはその始まりは帝と宦官の関係が始まりであり、それが(色々な意味で)昇華し、上流階級の嗜みとなった。
逆にそうでなければ子が産まれず、人口の減少が社会問題となっていただろう。
つまり、関羽にとって同性愛というものには縁がないために曹操の言葉は妙な威圧感?を纏った引き抜きに過ぎなかった。
それに袁術の下では色っぽい話は皆無であることも影響しているだろう。蜂蜜(黄金)っぽい話がほとんど……いや、書類仕事と戦っていることがほとんどか……なのでそもそもそういう話も疎いのだ。
「それに曹操殿は本当に私を勧誘することはできないはずです」
「そんなこと――」
「お嬢様」
「――ッ」
言うまでもなく関羽は袁術の家臣である。
関羽を引き抜くなら当然袁術と話し合う必要が出てくる。だが、それ自体は――
「美羽なら――」
「私が頷けば快く見送ってくれる、ですか」
「ええ、そうよ」
「そのとおりでしょう。お嬢様なら私の意思を尊重するでしょう」
「ええ――」
「まぁ移る前に仕事が十倍ほどやらされる程度でしょう」
後に曹操はこの時の関羽の目は地獄を見た者の目だと語ったそうな。
「それなら私が美羽に――」
「曹操殿――ならお嬢様に何を支払うのですか」
「ッ」
「私をお嬢様から譲ってもらうのですか」
「……」
「お嬢様の中にある私の価値を払えますか」
蜂蜜を渡せばあるいは……と言っておいて思った関羽と蜂蜜でなんとかなりそうなんだけどと思った曹操だったが、さすがに空気を読んだ。
袁術は基本やりたいことをやっている。
その関係で袁術に対価を用意するとなると難易度はかなり上がる。金は自力で揃えれるし地位は既に太守、それ以上は望まない……というより望まず、ただその望みが小さい存在にしたいして何を与えられるのか、果たして関羽と釣り合う何かとはなんなのか。
「そして何より……お嬢様から真名を預かっているのに……後悔しませんか」
ここで初めて曹操の心が大きく揺らぐ。
脳裏に映ったのは母親が亡くなり、自身を自身で守らなくてはならなく(大人に)なった時の……真名を預かった時の袁術の表情だった。
そしてダメ押しに引きづられるように一緒に過ごしてきた光景が過る。
「関羽、貴女自身の意思を知りたいわ」
「失礼ですが回答は変わりませんよ、曹操殿。貴女が手に届かない理由がある」
「なにかしら」
「私の忠義がそんなに移(うつ)ろいやすいなら貴女は幻滅するでしょう?」
「フフッ……そのとおり、ということにしておきましょうか」
正直なところ曹操にとっては些細なことだったが、少なくとも今回は関羽の引き抜きを諦める曹操だった。
(そうね。関羽を心置きなく手に入れるためにも美羽とは何らかの決着をつけないといけないわね……私自身のためにも)