その頬を伝うものは——裏
—神楽坂明日菜side—
夜遅く、学園都市を走っていた。
エロオコジョからネギが無謀にも一人で、エヴァンジェリンに戦いを挑んだと聞いたからだ。
バカだと思った。
あいつはまだ十歳のガキなのに、格好ばかり付けて。
辺りは薄暗く、何かが出そうな気配がした。
だけど、余計なことは考えずに前だけ見て走り続ける。
少しでも早く、ネギの下に行ってあげなければ。
でもそれを邪魔するかのように、右肩に居座っていたカモが上空を指差した。
「あ、姐さん!あれは!」
「なによ、うるさいわね」
雲間から星がかいま見える空へと視線を移して、固まった。
そこに、いた。浮いていた。
後ろ姿だけで、何者なのか把握できた。
闇色のローブの端が舞い踊るようにヒラヒラと揺れていた。身体中から紫色のオーラが溢れ、夜風に惑うように消える。
この麻帆良にそんな人物を目撃したとして、思い当たる人物は、記憶の中で一人しかいなかったからだ。
それは先日の広場にて出会った、死神紛いの人物に他ならなかった。
浸透していくように思う。
この徐々にさざめきだす恐怖心は、なんなのだろうか。
ネギが、言っていた。
「あの死神さんは茶々丸さんを気まぐれで助けただけだったんです。僕たちに危害は及びませんし、敵対する必要もありません」
あっそう。と私は気になどしていないというふりをしたけれども、内心は怖い、と思う。
最近、魔法関係に関わった私には、目前の死神は、少々刺激が強すぎた。
死神は、闇夜に紛れて浮かび、なにかに導かれるように移動していた。
その姿はまるで、血眼になって獲物を物色している猛禽類のように見えた。
明確に残る記憶。逆さまの状態で、愉しそうな笑みを隠さずに、艶やかな白銀の鎌を振るう姿が呼び起こされた。
背筋に冷たいものが走った。
これは、絶対に関わってはならない。住む世界が、まるで違う。
息を潜めた。体制を低くして通り過ぎようとすると、エロオコジョがとんでもないことを言い放った。
「そうだ。姐さん。
死神の旦那にも、助太刀してもらいやしょー!」
唖然とした。一瞬、意味がわからなかった。
この小動物はなにを言っているのだろうか。
「は?」
「だからー!
いまの戦力はネギの兄貴と姐さんだけですぜ!
これだけでは、あのエヴァンジェリンに勝つには心許ない!
ここに死神の旦那が加われば、怖いもんなしでさー!」
未だに唖然としたままだったが、取り合えず行動した。
「だからー」の部分に、異様に腹が立ったからだ。
それに気づかれたらどう責任を取るつもりなのか。
カモの両頬を力一杯捻り上げると、そのまま空中に吊した。
「あ、あんたバカじゃないの!」
「ひへへー!はんふは!」
「敵だったらどうするのよ!」
「ははははほ!」
少しの間体罰をくわえていたが、さすがにカモがなにを言っているのかわからなかった。名残惜しかったが、仕方なく指を離した。
カモが頬をさすりながら、こちらを怨みがましい目で見てきた。
それから私とカモの口喧嘩が続いた。
結果を言えば、話しかけてみることになった。
カモ曰く、このままなにも行動しないで向かったらエヴァンジェリンに勝てる見込みはない。
ならばここで賭けに出て、死神を仲間に出来れば良いし、例え襲われたとしたら運がなかったと諦めよう。
なにも行動しないにせよ、賭けに負けるにせよ、結末は一緒だと言うことだった。
ネギが危険なため深く考える余裕もなかったし、カモの言うことには確かに頷けた。
身体は強張っていたけど、死神の背中に恐る恐る声を放った。
「す、すいませーん」
死神の動きが、急に停止した。
私の身体が、恐怖心からビクリと動いた。
気づかれた。
だけど、振り向く気配はしない。
カモを見やると、もっと言えとばかりに何度も死神に指を差していた。
その真剣な顔が、無性に腹が立った。
もう、破れかぶれよ。
「ちょっとー!」
だけど死神は、夜に紛れ込むように身動きをとらない。
「姐さん!もっと大きく!」
こいつ、あとで吊すわ。
「すいませーん!死神さーん!」
カモは声の大きさがお気に召したのか親指を立てた。
あとで、絶対に剥ぐ。
激情に駆られていると、ゆっくりと死神が振り返り、こちらを見つめた。
薄暗いためその瞳は見えない。
だけどそう思えた。
内心怯えながらも、ここまで来てしまっては退けない。
「こっちですー!」
死神が音もなく、静かに降りてきた。
そして、瞳が露になった。
無機質な淀みが見えた。
唐突に笑みを浮かべた。
なにかを測られている気がして、居心地が悪くなった。
「こんな夜更けにどうした?」
その声色には、有無を言わさぬ迫力があった。
私は小さな声を上げた。
不穏な雰囲気にのまれて、重要なことを忘れていた。
焦って、何度も頷いた。
「そそそ、そうなんです!
助けて下さい!」
死神が首を傾げた。
それはそうだ。
焦りすぎて、きちんと説明することができなかった。
カモが見兼ねたのか助け船を出した。
ここにきてやっと役に立ったわね、この小動物は。
「死神の旦那ぁー!
助けて下せぇー!
ネギの兄貴が大変なんでさー!」
死神の鋭い瞳が、私の肩口に突き刺さった。
カモがその殺気に固まり、小さく呻いた。
私は他人事と、内心これは良い薬だと思っていた。
カモに興味が薄れたのか、死神がまた首を傾げた。
「ネギの兄貴…?」
そうだった。
唐突に名前を出されても、理解できるはずがない。
咄嗟に答えた。
「こ、この前広場であなたが踏んだ子供です!」
死神の瞳が揺れて、唐突に怒りを表情に表した。
紫色のオーラが、暗闇に煌めいては消えた。
まずい。
死神は私達を覚えてはいなかったんじゃないか。
いまの言葉で思い出したんじゃないか。
先日、死神と私達は敵だったことを。
脳裏に映像として、ネギが顔面蒼白で駆けてきたことが思い出された。
死神さんの正体を明かしてはいけません。
明かせば、殺されてしまいます。
どうして、こんな大事なことを忘れていたのだろうか。
その圧倒的な迫力に、私は押し黙った。
恐怖に心が侵され、目を反らすことさえできなかった。
肩口の震えを感じた。
それはカモの身体の震えだろうと思われた。
身体がすくんで、逃げることもできそうにない。
死神にとって、私達とは、さながら死刑判決を下される罪人と同価値に成り下がってしまったんだろう。
死神の口が開いていく。
そこから、どれほど凶悪な毒を吐くんだろうか。
「早く行こう」
「え?」
固まった。
空気さえ、止まったように感じた。
何度も、反芻する
早く行こう。
死の世界、にだろうか。
だけどその声音は、優しさを孕んでいるように思えた。
いや、でも。
夜風を切り裂くように、その声は放たれた。
「助けに行くんだろ!」
反射的に頷いた。
その真剣な声音で気づかされた。
この死神さんは、ネギを助けようとしてくれているんだと言うことを。
「は、はい!」
「あ、ありがとうごぜぇーます旦那ぁー!」
怒ってなどいなかったんだ。
私達の勘違いだった。
ただ真剣に、考えてくれていただけなんだ。
死神さんの、不穏なイメージが音を立てて崩れていった。
カモも理解したのか、へこへこと土下座までしていた。
私の身体中に巻かれていた恐怖心という鎖が、徐々に解けていくのを感じた。
見ず知らずのネギを助けてくれようとするなんて、なんてお人よしな人なんだろうか。
しかも、相手は相当に強いらしいエヴァンジェリンだ。
死神さんがその強さに気づいていないはずがない。
先日の広場で、茶々丸さんを助けたのは気まぐれだと聞いた。
多分、ネギも気まぐれで助けてくれるんじゃないだろうか。
同時に思う。
だけどそれは、強くなければできないことだ。
だけどそれは、優しくなければできないことだ。
こんな人も、いるんだ。
「事態は急を要する。
すまないが」
思考に囚われていた私は、唐突にも死神さんに抱えられた。
しかも、お姫様抱っこという恥ずかしい形でだ。
い、いきなりなに!
唖然としながらも、力一杯身をよじった。
訳がわからなかった。
だけど、死神さんの拘束から逃れることはできなかった。
この細い腕のどこに、これだけの力が隠されているんだろうと思った。
「ち、ちょっとー!」
死神さんが、一切の表情を表さずに瞼を閉じた。
直後、フワリと視界が浮き上がった。
と、跳んでるの?
徐々に視界が、開けていく。
月が大きく、町並みが小さく見えた。
意図が理解できた。
ネギの危機をなるべく早く救うために、走るよりも飛んで行くつもりなんだ。
ネギのことをきちんと考えてくれているのが、良くわかった。
初めての飛行体験で、しかも遊園地のように安全レバーもないと言うのに、恐怖心は微塵もなかった。
死神さんが、優しく抱いてくれているためかも知れないと感じた。
だけどこれは、人生の中で五指に入るだろうほど恥ずかし過ぎた。
見上げれば、そこには死神さんの凛々しい顔があった。
息遣いさえ聞こえてくるほど近くにだ。
俯き顔を隠した。
それは必然的に、胸に顔を埋めることになった。
死神さんの心臓の鼓動が、微かに聞こえた。
不思議と、嫌じゃなかった。
「当てはあるのか?」
羞恥心から、答えることができなかった。
カモが直ぐに答えた。
「向こうですぜ旦那!」
「向こうだな」
その声を聞いて、ふと瞼を開いた。
さながら、空気を切り裂いていると思えるほどの速度で飛び、風景が目まぐるしくも通り過ぎていった。
紫色のオーラが私の身体を包み込んでいた。
風圧を感じないことから、守ってくれているように思えた。
力強い瞳は、ネギがいるだろう方向を捉えていた。
この人は、本当に良い人だったんだ。
前方に大きな橋が見えて、小さなネギの身体を確認できた。
頭を振って、気を取り直す。
よし、やってやるわよ!
だけど、その決意は空回ることになった。
なんと死神さんは橋を追い越し、そのまま飛んで行ってしまったからだ。
え、ええー!
内心、目を見開き驚いていると、カモが慌てて突っ込んだ。
「死神の旦那!
通り過ぎちまいましたぜ!
さっきの橋です!」
「なに!」
死神さんが、慌てて転身し橋に向かった。
死神さんでも、失敗することがあるのね。
私は苦笑しながら、多大な親近感を覚えていた。
強く優しく、時折天然で可愛くもある人なんだ。
程なくして、橋の上のネギが倒れ込んでいるのが見えた。
エヴァンジェリンが、覆いかぶさり吸血しようとしていた。
側で茶々丸さんが、静かに佇んでいた。
カモが珍しく真面目だった。
「死神の旦那!あそこに寄って下せぇ!」
「任せろ」
これから戦いが始まる。
だけど、怖くなかった。
死神さんの存在が、勇気づけてくれているからだと思えた。
独りでに、顔が動いていた。
胸元に埋めたまま思う。
この人が側にいるならば、負ける気がしない。
それほどに死神さんへの信頼感は、私の心に力強く根付き始めてていた。
「姐さん!姐さん!何してんでさぁ!」
「う、うるさいわね!わかってるわよ!」
顔を胸元に埋めているのをカモに見られて、私は恥ずかしさから叫んだ。
カモが今から目をくらます光を発生させるはず。
だからは私は目を隠しているだけで、他意はない。
心の中で呟いた。
急停止する気配がした。
カモが肩口から離れた気配がして、叫び声が聞こえた。
「いくぜぇ!
オコジョフラァーッシュ!」
瞼を閉じていてもわかるほどの光りを捉えた。
説明を忘れていたはずなのに、死神さんには全くと言って動揺している気配がなかった。
さすがに違う、と思った。
私をまるで壊れ物を扱うように優しく地面に降ろしてくれた。
お礼だけは言わないと。
照れながら口を開いた。
「あ、ありがとう」
声は返ってこなかった。
少しだけ落ち込んでいる自分に驚きを感じた。
光が次第に納まっていき、瞼を開いた。
視界に、ネギが死神さんを見つめて小刻みに震えているのを捉えた。
怯えているのだろうか。
「し、死神さん…!」
死神さんは意に介さず、優しげな笑みを返した。
ネギは信じられないのか、怯えていた。
笑って言った。
私だって、初めは信じられなかったものね。
いつの間にか肩口に居座っている、カモも笑った。
「ネギ、この人は助けに来てくれたのよ」
「そうでさぁーネギの旦那!」
ネギは唖然としたあと、理解したのか瞳を輝かせた。
「そ、そうなんですか!?
あ、ありがとうございます!」
「構わないよ」
死神さんが優しい声音で笑いかけた。
これから戦いに赴くと言うのに、その余裕さは、こちらまでどこか楽しい雰囲気になった。
だけどここは戦う場だと、カモが痛いほどに示した。
「ささ、ネギの兄貴!
ここは死神の旦那に任せて仮契約を!」
この人なら大丈夫だと思うが、どこか後味の悪さが残った。
だけど、今の私では、死神さんの力とはなれない。足手まといだと言うことは、十分過ぎるほどに理解できていた。
仮契約をすることによって、死神さんの負担を少しでも軽減できるならば嬉しい。
高くそびえ立つ橋脚の陰に走りながら叫んだ。
「ネギ、こっちよ!」
「そ、そうですね!
死神さん少しの間、お願いします!」
ネギも足早についてきた。
カモが魔法陣を書いている最中、私は死神さんをこっそりと覗いてみた。
死神さんは、エヴァンジェリンと茶々丸さんと対峙していた。
一対二だと言うのに、その背中から緊張感は漂っていない。
まさに自然体。
さながら、ここに遊びに来たと言わないばかりの余裕さだ。
これが、時間を稼ぐために身体を粉にして戦う男の背中なんだろう。
まるでアクション映画のワンシーンのようだった。
歳は少ししか離れていないはずなのに、その背中は、往年の名俳優のような哀愁や渋さを感じさせられた。
—エヴァンジェリンside—
気持ちが高ぶっていた。
十五年に渡る忌ま忌ましき呪いが、いま解ける。
ネギが倒れ込み、いまにも泣き出しそうに怯えていた。
これまで苦渋のときを想い、ゆっくりと首筋に牙を突き立ててようとしたときだった。
茶々丸が警戒の声を上げた。
「マスター、闖入者です」
一時、牙を戻し、前方の暗闇を見つめた。
「やっと来た、か」
そこには、さながら気高さを冠した烏が在った。
漆黒のローブから紫色の魔力の波動を撒き散らし、こちらに向けて鎌を振るう所作をした。
暗闇に、愉悦の笑みがこぼれていた。
「ほう、まさに絶妙なタイミングでのご登場だな」
ネギを助けにきたのだろうことは、明白だった。
なぜならその胸元には、神楽坂明日菜が抱えられていたからだ。
それは神楽坂明日菜が、麻帆良の死神こと小林氷咲に助けを求め、受諾したことを物語っていた。
「私と言う絶対の強者を相手どってなお、万が一にも勝てぬ弱者の側に立つ、か」
呟きが、辺りに沈んだ。
それはつまり、小林氷咲は私と敵対することを選んだのだ。
まさに気高く、途方もなく優しき大馬鹿者なのだろうか。
言葉では言い表せないほどの、不器用な愚か者。
しかし、それは同時に美しくもあった。
心に深い傷を負った一羽の烏が目前まで来ていた。
笑みを浮かべながら、戦闘態勢を整えた。
茶々丸に目で警戒を促す、その瞳が微かに揺れているように感じた。
ネギはこちらの手元。
簡単に返してやってもいいが、それでは面白くない。
さあ、小林氷咲。
どうやって奪い返すのだ。
辺りの空気を纏い、小林氷咲が目前で急停止した。
一瞬、その速度から発生した突風に片目の視界を奪われた。
神楽坂明日菜の肩口から、白いなにかが飛び出した。
「いくぜぇ!
オコジョフラァーッシュ!」
突如、まばゆい閃光が放たれて、一時的に視力を奪われた。
傍らの茶々丸が言った。
「マスター!」
口許に笑みを浮かべた。
自らが最大限の囮となり注意を引き付け、本命はオコジョ妖精と言う奇策か。
もう足元に、ネギのぼうやの身体は消えているだろう。
さすがと誉めてやりたいほどの戦略だ。
「大丈夫だ。
小林氷咲の狙いは奇襲ではない。真の狙いは、ぼうやの保護」
確信できた。
なぜなら、小林氷咲には微塵も殺気を感じない。
これは挨拶。
真の戦いは、これより始まる。
光源が消え去り、静かに瞼を開いた。
ネギ達が頼もしそうな目で、小林氷咲を見つめていた。
小林氷咲は、これから私との戦いが始まると言うのに、自然体でそこに立っていた。
それは歴然の強者にしか表せられない風格。
しかし小林氷咲は、自らと私との圧倒的なまでの実力差は重々承知しているだろう。
それでもなお、小林氷咲は弱者の側に立ち、さも自然体だと、さも余裕だと振る舞うのだ。
擬態を用いて自らをより高みに見せる。
それは小林氷咲の類い稀なる戦略の一端。
ネギと神楽坂明日菜が、私とは正反対に駆けて行くのを視界に捉えた。
何を言ったかは知らんが、小林氷咲の入れ知恵があるかも知れん。
茶々丸に、目だけでネギ達を警戒せよと伝えた。
茶々丸が、どこか緊張感を漂わせて頷いた。
一人残った小林氷咲が、ローブの端を遊ばせて振り返った。
表情は一転、固かった。
それは戦う男の双眸だと言えよう。
実力差を痛いほど理解しながらも、弱者のために命を賭けられる一人の男、か。
それはさながら、獅子のように雄々しい。
先ほどの余裕しゃくしゃくな笑みは、ネギ達を勇気づけるための擬態なんだろう。
まさしく美しき愚か者だ。
私は笑みを浮かべた。
「小林氷咲よ、今宵の月は綺麗だと思わんか?」
小林氷咲が、声を発さず、頷きだけで返した。
私も、小林氷咲も、自然に夜空を見上げた。
月が身体の半分ほどを雲に遮られていた。
月光が仄かに、私達を染め上げていた。
停電復旧まで、まだまだ時間はあった。
その気になれば、五分もあればネギから血を吸うことは可能だと言えよう。
ならば、この愉しくも相応しい舞台に、もう少しだけ踊るとしよう。
「ではお前に選択肢を与えるとしよう。
答えはYESか、NOだ。
単刀直入に言おう。
小林氷咲。
お前、私のものになれ」
私と小林氷咲の関係は、一言で言うなら奇縁だ。
煩わしい説明会話など、一切必要ではない。
私が保護したいと申し出ることは、小林氷咲のプライドをへし折る行為だ。
ならば上下関係をはっきりさせるだけでいい。
ただ、どちらが上か。
勝った方が負けた方を守るという、さながら動物のような主従関係。
それだけでいいのだ。
小林氷咲の双眸が、微かに揺れたのを察知した。
逡巡しているのだ。
それは心の深淵から出ようとする、鈍痛に似た揺らぎ。
守られたい。
愛されたい。
本質がそう甘く囁く。
小林氷咲が、瞼を閉じた。
そして、開いたとき揺らぎは消えていた。
奴の不器用さが、その揺らぎをまた心の深淵に閉じ込めたのだろう。
しかし、声色にだけ、その苦渋の揺らぎは姿を現した。
「すまない。
魅力的な誘いだが…それを受けることはできない」
気高き獅子だ。
俺を従わせたいなら、屈服させてみろ。
小林氷咲の、生い立ち故の不器用な心はそう言っているのだ。
そのあくなきプライドは、魔族故か。
諸手を上げて高笑った。
「ハーハッハッハッ!
小林氷咲、やはりお前は不器用な生き方しかできんようだな。
私たちは、少々プライドが高いところがあるからな。
本当に、お前という男は気高いな。
お前の気持ちは痛いほどにわかったよ。
ならば…無理矢理にでも私のものにするだけだ。
茶々丸、手を出すな。
こいつは、私の手で屈服させねば意味がない」
「了解しました」
小林氷咲は、まるで闇に紛れるように無言を貫いた。
交渉、いや命令は決裂。
もう会話する必要はない。
戦いの中で感じあい、絶対的な力で屈服させ、小林氷咲を保護するのだ。
不敵に笑うと、夜風に吹かれながら始動キーを呟く。
「行く、ぞ。
魔法の射手(サギタマギカ)
連弾(セリエス)氷の17矢(グラキアーリス)!」
開戦。
小林氷咲に幾多もの氷の矢が降り注ぐ。
小林氷咲は避けようとする素振りを見せない。
さながら生命を持ち得ない人形のように。
そして、小林氷咲は絶対絶命の瞬間に動いた。
極限まで無駄を省いた動き。
音もなく鎌を突き出した。
呼応するように鎌が怪しく輝き、紫色の魔力を帯びていく。
鎌へ、我先にと氷の矢が降り注ぎ、その魔力ごと消滅した。
風圧の音だけが、空中に響き渡った。
一瞬、唖然としたが、笑みを返した。
小林氷咲に驚かされることなど、いい加減に慣れ始めていた。
「その鎌はなんだ?
魔法無効化能力でも付加されているのか?
面白いじゃないか」
これが私を相手に、小林氷咲が露にせざるを得なかった力の一端か。
見極めてやろうではないか。
その魔法無効化能力が、本物か、紛い物かを。
魔法の射手を、息をつく暇さえ与えずに放ち続けた。
小林氷咲はローブを翻し、抑揚のない表情で舞うように鎌を振るい続けた。
閃光、冷風、紫色の魔力の波動。
闇を裂く、爆発音。
鎌はまさしく本物だった。
その上、撃ち込めば撃ち込むほど鎌が怪しく輝いていく。
魔法無効化能力ではなく、魔法吸収能力なのか。
どちらにせよ切りがない。
こんな弱々しい攻撃では、小林氷咲を屈服させるには遠く至らない。
辺りを静寂が支配した。
小林氷咲は、苦しそうな表情を表していた。
しかし、それは攻撃の対応に追われ続けた故の疲れではない。
この戦いの意味を問い、自らの本質との葛藤が表に出ているだけだろう。
もしくはそれは天才的なまでの擬態であり、なんらかの策略の下準備という可能性、か。
どちらにせよ構わない。
どんな劣勢や窮地においても、勝ち続ける者を絶対の強者と呼ぶのだ。
ならば、これで楽にさせてやろうではないか。
小林氷咲の苦渋に歪んだ顔は、面白くはない。
無理に笑みを浮かべた。
「そうだな。
やはりこの程度ではお前は倒せんか。
さすが私が認めた男、か。
フッ。
次は少々、力を入れるぞ。
生き残れ。小林氷咲!
来れ氷精 爆ぜよ風精 氷爆(ニウィス・カースス)!」
小林氷咲の足元の地面から、鋭利な氷柱が突き出した。
小林氷咲は、桜通りのときのように高く跳躍した。
氷柱の尖った先を蹴り上げて高く飛ぶ。
だが、虚空瞬動で回避することは予測の範囲内だ。
目を懲らして小林氷咲の姿を逃さず、奴が奇襲しようと無防備になるその一瞬の隙をつき、止めを打ち込んで終わりだ。
だが、正に予想外。想定外の事態が起こった。
「力を取り戻している私の目でも、捉えきれんだと」
小林氷咲の姿が、忽然と消え去ったのだ。
紫色の魔力の波動を、氷柱の上に残して。
即座に周囲に目を凝らした。
魔力の波動が微かに感じれることから、近くにいることを察知できた。
しかし、さながら闇に溶け込んだのではないかと思えるほどその姿はない。
ならば、諦めよう。
小林氷咲が次に移る行動は奇襲で間違いない。
それを狙い撃つ戦法に切り替えよう。
姿の見えないネギたちの動向も気にかかった。
臨戦態勢を整えた。
茶々丸にも周囲を警戒させた。
視界の隅にある人影を捉えた。
—ネギside—
僕は今まで、アスナさんに迷惑をかけないように、巻き込まないようにと行動してきました。
でも、アスナさんやカモくん、死神さんが助けにきてくれたときに気づいたんです。
僕はまだ弱いって。
アスナさんやカモくん、死神さんの協力がなければ、エヴァンジェリンさんを更正することはできないって。
だから僕はアスナさんやみんなと協力して、必ずエヴァンジェリンさんを倒します。
仮契約を終え、僕たちは足早に戦いの場に向かいました。
月下に、無数の爆発音と閃光が明滅しています。
エヴァンジェリンさんの魔法の射手の連弾を、死神さんが鎌を振るい打ち消していました。
一方がただ放ち続け、一方がただ打ち消し続ける。
そんな単純に思える攻防ですが、まだ僕はその領域に片足も踏み出していません。
それはさながら二人だけの優雅な舞踏会。
エヴァンジェリンさんの頭の中には、僕など思考の隅にもいないのでしょう。
挫けそうになりましたが、走ることは止めませんでした。
微力なことは、痛いほど理解しています。
ですが、僕達のために戦ってくれている優しい死神さんの助けになりたいんです。
こんなに弱い僕の側に立ってくれて、あんなに強いエヴァンジェリンさんと敵対してくれた死神さんの助けになりたいんです。
アスナさんも同様の気持ちなのか、真剣な顔を表に出していました。
次の瞬間、戦慄が走りました。
突如、死神さんの足元から、鋭く先の尖った氷柱が、身体を貫けとばかりに幾重にも突き出たんです。
最悪な結末の予想が、映像として脳裏に流れていきました。
ですが僕は、僕達は唖然とした面持ちを隠す事が出来なくなりました。
死神さんはその魔法攻撃を、鋭い予知にも似た観察眼で読み切っていたんです。
焦りさえなくその場で高く跳躍し、難無く氷柱を蹴り上げて、その場から忽然とかき消えてしまいました。
一連の流れは淀みなく一定であり、まるで未来を知ってでもいたかのような動作。
これが本当の、戦いと呼ばれるものなんだ。
先を読みあい、化かしあって、相手の裏を取り合う。
戦いは力だけじゃない。
戦略次第で、自らより強い者にも対抗できる。
氷柱に残されたまま漂っている紫色の魔力の波動が、そう教え示してくれているように感じられました。
心からの声が出ました。
「これが……死神さんの戦い」
アスナさんが唖然として、目を見開いていました。
こんなハイレベルな戦いを見せられては、無理もありません。
ですが、不思議に思いました。
死神さんが、一向に姿を現さないんです。
これも戦略の一つなのかも知れないと思えました。
それと同時に、時間稼ぎという役目を終えて、これからの僕の戦いをどこかから見守ってくれているのかも知れないとも思えました。
あのエヴァンジェリンさんでさえ、死神さんがどこに姿を消したのかわからないようです。
頻りに茶々丸さんと、辺りを見回していました。
なんて凄い人なんだ。僕も死神さんのように強くなりたい。
そう、素直に思えました。
エヴァンジェリンさんの視線がこちらを捉えました。
ですが、もう怖くなんてありません。
僕は、一人じゃない。
仲間がいるんだ。
どこかで死神さんが見守ってくれているんだ。
「ネギ先生。
お姉ちゃんと一緒だと勇ましいな」
エヴァンジェリンさんの軽口には耳を貸しませんでした。
真剣な目で、アスナさんとカモくんに言いました。
「アスナさん、カモくん、もう一度お願いします。
協力して下さい」
「バカね。
当たり前じゃないの」
「へへ!当たり前でさー!」
その優しい言葉を飲み込んでから、エヴァンジェリンさんに言いました。
「エヴァンジェリンさん!
今度こそ僕が、僕達が勝ってサボタージュと悪いことを止めて貰います!」
エヴァンジェリンさんが愉しそうに笑うと、身体中から殺気を放ちました。
「ならば来るがよい。
ネギ・スプリングフィールド。
本当の強者と言うものを、その身に教えてやる」
—エヴァンジェリンside—
ネギのぼうやは、良くやったと誉めてもいい。
手加減しているとはいえ、ここまでついてこれるとは思っていなかった。
やはり、あの「サウザンドマスター」の子供と言えよう。
しかし、もう終いだな。
私とネギの間に、同種の魔法がぶつかり合い拮抗していた。
闇夜に輝く棒状の光線が、橋を微かに揺らしていた。
魔力比べだ。
潜在能力は認めてやってもいいが、まだ私の領域に足を踏み入れるには百年早かったな。
少しだけ魔力を籠めた。
それだけでネギは苦しそうに呻いた。
だが、その瞳は死んでいなかった。
諦める気などは更々ないと言わないばかりに唇を噛むと、徐々にまた押し返してきた。
「ほう、やるではないか」
茶々丸が神楽坂明日菜と闘いながら、時刻が迫っていると目で知らせてきた。
ならば、早めに終わらせよう。
未だに姿を現さない小林氷咲が不穏であるから、決められるときに決めるべきだろう。
死なない程度ではあるが、ネギには到底跳ね返せないであろう魔力を籠めた。
光線の中心、拮抗している部分が膨れ上がった。
ネギの下へと、徐々に速度を上げて向かっていく。
ネギの目は諦めていないようだが、しかし、現実は総じて無情だ。
私に当て嵌めた場合、善が勝つことはないのだ。
勝利を確信した。
しかし、それは、驕りとなった。
「なに……!」
唐突にも、上空に闇に紛れて不穏な人影が姿を現したのだ。
その死神のような姿は、まさしく小林氷咲であった。
姿を消し、この瞬間を虎視眈々と狙っていたのだ。
いま身動きを取れば、ネギの魔法が全て私に向かう。
私が全力を挙げて押し切ろうとしても、小林氷咲の攻撃に間に合わない。
私が身動きを取ることのできない、この機を狙っていた。
ネギのぼうやにこう戦うように言っていたのかも知れない。
苦しくも諦めようとしない瞳は、これを待っていたのか。
ならば私は、小林氷咲の掌で踊らされていたとでも言うのか。
まさに悪魔のような戦略。
類い稀なる異才。
圧倒的なまでの実力差がある私を相手に、いま、小林氷咲は勝利をその手に手繰り寄せようとしていた。
茶々丸を見るが、神楽坂明日菜と対峙しているため動けない。
やはり小林氷咲の策略なのだろう。
万策、尽きたと言えた。
小林氷咲は落下速度を利用してその鎌を、私に突き刺すだろうと容易に想像できた。
しかし、そうはならなかった。
小林氷咲は、魔力が拮抗している光線の中心に鎌を突き刺したのだ。
鎌が魔力を吸収して盛大に輝いた。
そして、吸収しきれなかった魔力が、私に向かい逆流した。
その衝撃に、小さな呻き声を上げながら空中に投げ出された。
なんとか回転して体勢を立て直した。
ネギは、小林氷咲は、どうなった。
と言うかなぜ、小林氷咲は私に鎌を。
「マスター、停電から復旧します!
修正予想時間よりも早い!」
愕然とする暇もなかった。
電力が復旧し、忌ま忌ましき封印結界までも発動してしまったのだ。
身体中に電流が荒れ狂った。
力が抜けていく。
橋が遠くなっていくように見えた。
そうか、私は落下しているのだろう。
混濁した脳裏に、走馬灯のようにある記憶が駆け巡った。
「危なかったね」
「おい、なぜ助けた?」
「さあ」
「おい貴様。私のものにならんか?」
「私は貴様を気に入っているのだ。貴様がうんと言うまで地の果てまで追って行ってやろう」
「まあ、心配しないで。あんたが卒業する頃にはまた、帰ってくるから」
「本当だな……?」
「……嘘つき」
独りでに口が開いていた。
万感の想いが、その言葉を吐かせた。
衝撃で頭が覚醒した。
何かに両手を捕まれたのだ。
瞼を開いた。
そこには大馬鹿者が、二人もいた。
真剣な表情で、それでいて必死にだ。
さながら、手首が火傷したように熱かった。
心が、まるで夜風に踊らされるススキのように揺らいだ。
ネギが杖に跨がろうとして叫んだ。
「魔力が安定しないんです!
死神さん!」
小林氷咲が頷いた。
私とネギを、軽々と両手で抱えた。
落とさないようにだろう、ゆっくりと上空に浮かび上がった。
疑問が口をついて出た。
「お前たち…なぜ助けた」
二人が爽やかに笑って、颯爽と言った。
「だって人を助けるのに、理由はいらないじゃないですか」
「人を助けるのに、理由はいらないからね」
古い記憶の中の嘘つき男と、二人の笑顔が繋がった。
こいつらは、馬鹿だ。
馬鹿、過ぎる。
「貴様ら…」
空中を散歩させられながら、ふと気づいた。
小林氷咲がなぜ、私に鎌を突き立てなかったのかを。
こいつは、私を攻撃できなかったのだ。
思えば、そうだったな。
桜通りで出会ってから、小林氷咲は一度も私に攻撃していない。
先ほどの戦いだってそう、小林氷咲は防御するだけで攻撃はしなかった。
小林氷咲と言う男は、私という同類に、ただ救いを求めているのだ。
不器用であまのじゃくだから、自らの考えと逆に行ってしまうこともある。
だがこいつは、私を信頼してくれているのだ。
橋に降り立った。
茶々丸が安心したような表情をこちらに向けた。
茶々丸、心配かけてすまないな。
神楽坂明日菜が、邪気無く笑っていた。
小林氷咲がネギをゆっくりと下ろした。
ネギが神楽坂明日菜に、叩かれていた。
私は胸元に抱えられたまま、感慨深げに呟いた。
「私は、お前を全ての災厄から守ろうとしたのだが…。
結果は私の負け…か」
小林氷咲の胸元が、微かに震えているように思えた。
「こんな俺を…守ろうと…」
「ああ、当たり前だろう…。
私とお前は同類…。
ど、どうしたんだお前!」
言いながら小林氷咲の顔を見上げて気づいた。
瞳から、一筋の滴が流れているのを。
その頬を伝うものは、男の弱さの象徴である涙。
軟弱だとは思わなかった。
それは美しかった。
小林氷咲が涙を拭い、爽やかな笑顔を向けた。
「エヴァンジェリンさん。
ありがとう。
守ろうとしてくれて」
その言葉に、盛大に心が暴れて揺れた。
これは小林氷咲の素顔だ。
魔族と言う生い立ちに穢されることなく生き残った素顔。
この素顔を、一体、何人が見たことがあるのだろうか。
少ないように思えた。
そして、小林氷咲は呼んだのだ。
エヴァンジェリンさん、と。
心を許しお礼をする、普通の人間には当たり前にできる。
しかし魔族の小林氷咲に多大な勇気がいることだっただろう。
そうか。
全てが無駄にはならなかったということか。
少しでも、小林氷咲の苦悩を解消することができたか。
無性に守ってやりたくなる感情に囚われた。
愛らしいと言う感情が沸き起こった。
気持ち良く笑った。
「いいんだ。
私は全部わかっているからな」
私の呪いは解けなかった。
構わないとは言えないが、小林氷咲という少年の呪縛が少しでも解けたならば、それで良いと思えた。
夜空の星が、煌めいた。
胸の苦しさが、跡形もなく消えていった。
—高畑・T・タカミチside—
僕は煙草に火をつけた。
瞳が滲んでいくのを感じた。
橋の上の一部始終を、橋脚の陰に隠れて見ていた。
ネギくんの元気な声とエヴァの怒った声が聞こえてくる。
アスナくんの笑った声と、氷咲くんの笑った声までも聞こえてきた。
吐き出した煙りが、夜風に乗って消えた。
「学園長……氷咲くんをエヴァに任せたのは正解でしたね」
学園長が言っていた。
氷咲くんには、人をひきつけて止まないなにかがある。
それが良い方向性に向かわせてくれたら、と。
本当にその通りになった。
エヴァは氷咲くんの苦悩を解消した。
氷咲くんは、エヴァに笑顔を取り戻した。
氷咲くんの優しい行動で、ネギくんとアスナくんは成長することができた。
子供さえいないのに、親心のような感情に気づき苦笑した。
僕は、小林氷咲という魔族の少年の涙を一生忘れることはないだろう。
素顔に浮かべた笑みを忘れることはないだろう。
エヴァだからできて、僕には到底できないことだから。
煙りをもう一度吐き出して、その場を去った。
今日は学園長ととことん話したい気分だ。
涼しい夜風が頬を撫でて、僕は気持ちよく笑った。
—桜咲刹那side—
ことの一部始終を、私は離れた木々の間から見ていた。
見回りを兼ねた鍛練中、小林さんの魔力の波動を感じて辿りついたのだ。
小林さんの頬に涙が伝うのを見つけたとき、瞳が滲んで前が良く見えなくなった。
魔の類いである小林さんが、こぼした涙。
それは美しかった。
純粋に感動した。
良かった。
本当に良かった。
しかしそれと同時に羨望の眼差しを、エヴァンジェリンさんに向けることになった。
私の前では優しく強い男の象徴のような小林さんが、エヴァンジェリンさんの前でだけその弱さを見せたのだ。
心をまるで、か細い針で小刻みに突かれているような痛みを感じた。
首を振った。
そんな感情を抱いてはいけない。
どうしてそんな感情が現れるのかも理解できなかった。
小林さんは幼い頃から不遇の時を過ごしてきたであろう。
やっと心のよりどころとなり得る人物を見つけたのだ。
喜ばなければならない。
しかし、私は静かにその場を離れた。
後悔や羨望と言った、悪い感情ばかりが噴出した。
勇気を出していれば、あの橋の上にいたのは私だったのだろうか。
自らを嫌悪して、胸が苦しくなった。
何度試してみても、どうしてか、笑うことはできなかった。
全第十部となった第一章はこれで終わりです。
ここまで読んで下さった皆様に感謝を申し上げます。