注意点なのですが、この物語りは勘違い系です。
一体全体、意味がわからない——表その弐
—小林氷咲side—
開け放たれた入口から、陽気な風が吸い込まれて、俺達の間をそっと通り抜けていく。
京都の名もなき路地裏。歴史の重厚さを感じて止まない建物が並び立ち、絶え間なき、陽光が差し続けていた。
おおよそ、随分と昔に建てられたのではないだろうか。
木製だからか、茶店の内壁は所々くすみ、味わい深い雰囲気を滲ませている。
俺と茶々丸さんはというと、仲良くも顔を合わせ、テーブルを挟み椅子に座っていた。
自然の温かみを感じずにはいられない、木製のテーブルと椅子。その身体には、幼き日頃に書き殴った迷路のような、年輪が刻み込まれている。
ある種、穏やかな世界観に、正に情調といった感慨に捕らわれた。
ああ、なんという、至福の一時なのだろうか。
冥界という言葉など、どこ吹く風、穏やかな一時。片思いせざるを得ない、花の妖精と比喩せざるを得ない、少女とのデート。
ふと、思う。
これほどまでに、有頂天かつ、心が踊り狂い、とてつもない足捌きを見せた事があっただろうか。
即座に返答出来よう。いや、ない、と。
だが、それは確かに、俺の視点の話しである。
彼女はそうは思っていないという、世にも恐ろしい視点もあり得るだろう。
だが、しかしだ。
これは将来の優劣を決定づける、重き第一歩、なのだと言えよう。
それならば、血液の脈動を模したかのような、内心の揺らめきもまた必然と言えた。
早朝よりかは、調子を取り戻してきたと思える茶々丸さんに、笑みを向けた。
お皿に盛り付けられた、草の串団子を一本摘む。
ヨモギの望郷を蘇らせる独特な匂いが、優しく鼻腔をくすぐった。
「茶々丸さんも、一つどうかな?」
茶々丸さんが一拍の後、青空を彷彿とさせる澄み切った瞳を見せた。
「ありがとうございます。
ですが、私には必要ありませんので」
必要ないとは、一体。
頭を悩ませたが、直ぐに気づけた。
所謂、世の女性達の性。ダイエットに励んでいるのかも知れない。
途端に、心配になった。
過度なダイエットは、身体に悪いと聞いていたからだ。
それに、茶々丸さんのどこに、そのような事をする必要性があるというのか。
名のある彫刻家が彫ったかのような、プロポーション。短所を言えと尋ねられたならば、俺は即座にこう答えるだろう。
逆に、こちらが聞きたいよ、と。
即座に止めるよう言おうとしたのだが、口が開かれる事はなかった。
こう、聞いた事があったのだ。
おせっかいな男は、酷く嫌われてしまう、と。
少々、不安には思いながらも、何事もなかったかのように串団子を口にふくんだ。
和の香りが、口一杯に広がっていく。それに呼応するように、驚愕の早朝の記憶が蘇っていった。
京都に置いての早朝。それは、意味不明という言葉が我が物顔で闊歩していく時間帯。
受けた被害は、正に甚大だった。
なんという、事だろうか。
心の中の小さな分身が、太陽の絵ごと、木っ端微塵に吹き飛ぶという憂き目に遭ってしまったのである。
確かに、誰が悪い訳ではない。明確に誰が悪い訳ではないのだが、その時の俺を形作る細胞全ては、クエスチョンマークで構成されていた事と思う。
今でも、鮮明に浮かび上がる言葉。
「こ、小林さん。
あの……私もお、兄さん、と呼んでも……」
「こ、小林先輩。
お、お兄ちゃんって呼んでも、良い、ですか?」
恥ずかしそうに指を絡めながら、頬を朱に染めて、である。
正にアブノーマルヒサキを地で行く騒動には、神の存在を疑ってしまったほどだ。
昔、道端によくいる占い師に、こう言われた事があった。
「あなたは、全知全能の神々に、血を分けた息子かのように愛されています」
その時の俺は不運続きであったし、何を言っているのかと内心、憤っていた。
だが、しかしである。
今ならば、信じられる。信じられるのだ。
神々の愛し方が、少々、道を外れてはいるが、何らかの大いなる力が働いているとしか思えなかったからだ。
俺は、余りの予想外の事態に固まった。
脳裏には、まさかここまで慕ってくれているとはと、落涙を禁じ得なかった。
だが俺は、程なくして、断腸の想いで決断を下した。
それは、否という、神々を冒涜するかのような響きだった。
確かに、心は痛んだ。その親愛的な感情に浸れという、内心のざわめきは多々あった。
だが、こう、思えたのだ。
それだけは踏み越えてはならない、絶対の領域なのではないか、と。
なぜならば、ある由々しき未来予想が、脳裏を殴りつけたからであった。
皆からは、自意識過剰の愚か者と、厳しく罵倒されてしまうかも知れない。
極めて、低い可能性ではある。低い可能性ではあるのだが、こう考えて見て欲しい。
その親愛という感情は、不変なものなのか、と。
ベクトルが恋愛へと向かう事は、絶対にないと言い切れるのか、と。
ある少女との騒動で、俺は思い知った。そして、その恐ろしさを十分に味わってもいるのである。
少女に深い傷を残してしまった故の、罪悪感というトラウマを。
それならば、今だ。今、なのだ。今、線引きを明確に誇示するべき、なのだ。
だからこそ、断腸の想いで断った。
彼女達の将来を、本当の意味で思うのならばこそ、そう考えて。
彼女達は、やはり残念そうな顔をした。そして、茶々丸さんを不思議そうに見やった。
その湧き上がる疑問も、当然と言えよう。
だが、それで良いのだ。
小林氷咲に取って、絡繰茶々丸さんという女性は、特別な存在だという事実も誇示する必要があったからである。
真剣に、頷く。
すると、彼女達は拍子抜けしてしまうほどに、いとも簡単に納得してくれた。
俺は、苦笑を隠せなかった。
安堵すると共に、自らの自意識過剰ぶりに、自嘲めいた笑みが浮かび上がっていたからだった。
そして、今に至っているという訳である。
それならば、当然の如く、ある疑問符が浮かぶ事となるのは容易く想像出来よう。
おいおい、依頼はどうしたのか、と。
またやりやがったなお前、と。
それを説明しなければならない状況に置かれるのならば、これからの顛末でご理解頂ける事だろう。
時は、再度、早朝に遡る。
俺は安堵しきり、自然な笑みが浮かび上がっていた。
心癒される空間。後ろ髪ひかれてしまう感はあったが、俺には準備を整えるという大切な用事があった。
快く、別れの挨拶をした。
「みんなと話せて楽しかったよ。
だけど、すまないが帰らせて貰う。
少々、色々とやらなければならない事柄があってね」
どうして、だろうか。
静寂が訪れる中、桜咲さんは言葉を返した。
不思議な事に、その表情には決意が燃えていた。
「いえ、これ以上、小林さんが動かれる必要はありません。
この件は私に、いえ、私達に任せて下さい。
必ず、やり遂げて見せますから」
その燃え盛るかのような瞳に、他の皆も一斉と、決意に燃えた声を上げていく。
俺はというと、正直に面喰らっていた。
全く持って、意味がわからなかったからである。
皆と俺の視線が、自然と交錯した。
何やら、重苦しき雰囲気をつくりあげていく最中、やっと俺は気づけた。
そうか。そういう事だったのか。
俺の、依頼。ネギくんを見守るという大切な依頼を、肩代わりすると申し出てくれているのだろう。
だが、即座に俺は首を振った。
なぜならば、これは俺が承った依頼、なのだから。より良い男と一皮向けるための、為さねばならぬ試練と言えよう。
それなのにも関わらず、皆に任せてしまうなど、してはならない事だと高らかに言えた。
だが、しかしだ。
俺の口が、開かれる事はなかった。
ふと、思えたのである。
果てなく強き決意、意思に水を差しても良いのだろうか、と。
皆が、やる気になっている。ネギくんも、やる気満々の表情なのである。
それならば、その向上心こそが、正に肝要なのではないか。
ネギくんの、皆の、確かな成長に繋がっていくのではないかと思えたからだった。
ふと、茶々丸さんを見やった。
茶々丸さんならば、どのような結論を導き出すのかと、疑問に思ったからだった。
茶々丸さんは、静かに口を開いた。
ここは、皆さんに任せましょう、と。
その言葉が、心の内に吸い込まれていくような感がした。
それから皆と別れ、学園長に連絡を取った。
そこはやはり、さすがの学園長という事なのだろう。
類い希なる、慧眼。未来を容易に予測してしまう、その崇高なる頭脳。
学園長はなんと、そうなる事がわかっていたかのように、二つ返事で快諾してみせた。
その上、その上である。
わざわざ、俺を労う言葉までかけて頂けた。そして、今日一日を好きに使いなさいとまで仰ってくれたのである。
全く持って、なんという、学園長なのだろうか。
前々から、こう考えてはいた。
毎朝の日課として、心の鍛錬として、拝まさせて頂かなければ、と。
その結論が、今、導き出された。
拝まさせて頂こう、と。
いや、その解釈は間違っている。
拝まさせて頂かなければ、最早、日本男児とは言えないだろう、と。
そして、麗らかな昼時。そこらに妖精が舞っているかと錯覚するようなまでの、今に至る、という訳である。
いつの間にか舞い戻り、正に悪霊かのように肩に居座る死神さんの笑みも、微笑ましいものと感じられていた。
いや、正確には違う。先程、新たな出来事が巻き起こっていたのだ。
それは、来世という事象があるのならば、このような品のある整った顔立ちで生まれたい。
そう、素直に思えるほどの男前、クウネル・サンダースさんという男性がその輪に加わっていた。
言葉を要約するに、彼は学園長に派遣されて、こんなに遠い京都の地にまで来たようであった。
どうしてかは、わからない。わからないが、茶々丸さんは未だに信用をしていないようだ。
色々と一悶着はあったのだが、俺はというと即座に信頼出来ていた。
なぜならば、正に品行方正。柔らかな物腰、穏やかな口調。そして、人を魅了してはばからないと推測出来うる微笑み。
服装の真っ白なロープから清潔感が溢れ、彼の印象を良きものと思わせていた
確かに。京都にロープとはと違和感が残ったが、外国人さんなのである。
すぐさま、納得出来た。
その上、だ。わざわざ俺にまで、敬語を用いてくれる人柄は直ぐに打ち解けられた。
そして、最後の事柄が決め手となっていた。
それは、簡単な事である。
あの学園長が、決断した事なのだから。
学園長が、電話口で言っていたのである。
もう一人だけ、ある人物を派遣したからのう、と。
それならば、俺が口を挟む必要性は皆無となった。愚かにも挟もうとするものは、神に唾を吐く行為に他ならないからだ。
それから、俺は快く頷く事となった。
クウネルさんが、こう切り出したのである。
男同士だけの、会話が出来ませんか、と。
対面に座るクウネルさんの笑みを見ながら、ふと心が痛んだ。
茶々丸さんに、申し訳ない事をしていたのである。
確かに、嬉しくはある。ここまで信頼されていたのかと、感無量の至りだった。
だが彼女は、俺の傍を離れてはくれなかったのだ。
どうにも困り果てたが、長い時間をかけて何とか納得して貰えた。
去り際に、お兄様はやはり男性がと言っていたように思うが、意味についてわからなかった。
古びれた茶店に、男達の声が響く。
クウネルさんが、目を細めて微笑むと口を開いた。
「ほう……昨夜に、そのような出来事が起こっていたのですか。
そして、あなたは、それを演劇の練習だと捉えていると」
先程から、終止、京都で巻き起こった騒動についての質問されていたのだ。
現状を把握するためだろうと、包み隠す事なく全ての全容を語っていった。
「ええ、そう捉えましたが。
どこか、おかしな点でもありましたか?」
不思議に思い、動向を窺った。
一拍の後、クウネルさんは静かに言った。
同性だというのにも関わらず、見惚れるのを拒否できない爽やかな笑みで。
「いえ、違いません。
それは、演劇の練習で間違いないでしょう。
どれだけ考えて見ても、演劇以外のなにものでもないと断言出来ます」
俺は、少々、嬉しくなった。
自らは間違ってはいなかったのだと、そう教え示されたような感慨が湧いたからだった。
笑みを持って、言った。
「やはり、そうですよね。
ここは京都。恐ろしき冥界と言えども、そう簡単に誘拐事件が起きては警察官の皆さんも困るでしょうから」
静かな、静寂が降りた。
「冥界とは一体……?」
俺は、首を傾げると言った。
「冥界、ですか。
学園長が京都は悪が跋扈する街だと仰っていましたので、そのように形容させて頂いたのですが……。
何か、おかしな点でも……」
「いえ、おかしな点などはありません。
私の無知が原因です。何やら聞き慣れない言葉だったもので、少々、不可解に感じてしまったのです」
「ああ、そうですか。
いえいえ、ご謙遜を。僕の方こそがまだまだ、未熟者なんですから」
クウネルさんとの会話は、安らげる一時となった。
もっとも、彼の価値観が自らのものと似通っていた事も、時間を忘れてしまう要因と言えた。
学園長の偉大さなどを語らせて貰ったのだが、彼も同意見のようで、快く頷いてくれたのだ。
学園長を信頼する者に、悪い者はいない。そんな格言が生まれたためになる時間だった。
その途中の事だ。
クウネルさんらしくない、ある出来事があった。
それは純真にして清廉なる少女、エヴァンジェリンさんの話題の時に起きた。
話しを聞くに、クウネルさんとエヴァンジェリンさんは古くからの友だという。
内心で、クウネルさんも吸血鬼なのかも知れないなどと推測した事は一先ず置いて置こう。
エヴァンジェリンさんに、こんなにも素晴らしき幼馴染みさんがいたとはと思った事も、そこらの道端に置いておこう。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。そのAKの部分は不死の子猫の意であり、彼女はその名前で呼称される事を最上の喜びとしているという情報も聞けた。
だが、それも、置いておこうではないか。
茶店に不似合いな、重苦しい雰囲気が漂う。
クウネルさんが、真剣な表情で、こう切り出した。
「あなたは、彼女の事をどう思っているのですか?」
一瞬、呆気に取られた。
その質問の裏にある、多大なる感情が透けて見えてしまったからだ。
おおよそ、クウネルさんは、エヴァンジェリンさんの事を大事に想い、案じているのだ。
それは兄が妹に向けるような、親愛という感情。清廉なる純粋な感情。
クウネルさんが緊張からか、お茶を口に含んだ。
俺は、即座に口を開いた。
それは、彼女に対する、並々ならぬ感謝から作用されていた。
「ええ……そうですね。
僕は彼女に、並々ならぬ感謝をしています。それはこれからも、色褪せる事はないでしょう。
強いて言うなら、そう、ですね。……聖母。僕に取っての、正に聖母のような女性だと言えます」
その、瞬間だった。
正に予想外。想定外な事態が巻き起こったのだ。
なんと、なんとだ。
あの沈着冷静を売りにしていると言っても過言ではないクウネルさんが、クウネルさんがだ。
唐突にも、勢い良く咳き込んだ、
口に含まれていたお茶を、まるで、噴水のように吹き出したのだ。
鳶色の水飛沫が、中空で霧と変化して舞い踊る。否応もなく、俺の顔を濡らした。
生暖かい温度を実感しながらも、唖然と固まった。対面では、クウネルさんが苦悶の表情を表し咳き込んでいた。
だが、俺は逆に親近感を覚えていた。
クウネルさんでも、失敗する事があるのだと思えたからだ。
その後、勘違いした茶々丸さんが飛び込んできたりしたが、程なくして、クウネルさんとの楽しきお茶会は終わりを告げた。
さあ、これから、茶々丸さんとの京都観光。有頂天と息巻いているはずだった。
だが、俺の心は微塵も高揚としてはいなかった。
それは、意味深な微笑みのままに放たれた、ある言葉が要因となっていた。
どうしたのだろうか、俺は。
何なのだろうかこの、心に風穴が空いてしまったかのような、さめざめとした切ない感情は。
去り際の言葉は、まるで、開かずの扉を開ける鍵を彷彿とさせていた。
「それでは、最後に一つだけ良いでしょうか。
事の初め、あなたは、私に、見覚えがありましたか?」
古時計が、夜を刻みつけている。
窓の奥には、静まり返る夜の帳が降りていた。
不必要なまでの広大さを誇る、自室。これまた不必要なまでの大きさを誇る、テレビ。
その前に座布団を置いて、俺は今か今かと陣取っていた。ある時を、待ちわびていたのである。
他愛もないCMが、目に付く。だがそれが逆に、心の高揚を増幅させていく結果となっていた。
すると、どこからか、茶々丸さんがやって来て言った。
「お兄様、楽しそうですが、どうかしましたか?」
これは、困った。困ったぞ。
そうか。そういえば、茶々丸さんの許可を取るのを忘れていたのである。
これは、いけない。正に、有頂天と馬鹿をやっていたようだ。
なぜならば、茶々丸さんも他に、鑑賞したいものがあるかも知れないのだから。
恐々と、口を開いた。
「茶々丸さん、本当に申し訳ないんだけど、少々、テレビを見させて貰っても良いかな?」
やはり、そこはさすがの茶々丸さんである。
恐々と戦く、心境を汲み取ってくれたのだろう。
即座に、返してくれた。
「はい。それは構いませんが」
ホッと、安堵の溜め息をついた。
茶々丸さんが、不思議そうな視線をこちらに向けている。
その意味を理解すると、簡単に説明した。
「今から見たいのは、ある人気ドラマの再放送でね。
一部に熱狂的な信者がいて、その熱に煽られたのか、また流すみたいなんだよ。
初回は見たんだけど、これはある詐欺師の生涯を追った物語りなんだ。
俺は、原作小説からの大ファンでね。
しかも、今日の放送には、好きなシーンがあるんだ」
そう、今でも鮮明に思い出せる。
桜咲さんという、人柄を良く知る事が出来た、原宿にて購入した小説である。
「そうなのですか。
それはどういった、内容なのでしょうか?」
少々、嬉しくなってしまう。
好きなものに興味を持ってくれて、その上、相手が愛すべき人だとするならば、致し方ない事と言えよう。
身振り手振りをまじえて、言った。
「ネタバレになってしまうから、余り内容には触れられないんだけど。
そうだな。まず、世界設定なんだけど、日本と言えば日本なんだけど、俺達の住んでいる日本ではないんだ。
未だに平等のない世界、奴隷制度が色濃く残る日本の物語りだね」
俺は、順を追って説明していった。
主人公は、地位の高い富豪の家計に生まれる。だが、幼い頃に、生活を一変とさせる悲しき結末を迎えた。
青年となった頃、自らの国の政府こそが黒幕であると知ってしまう。
そして、主人公は政府内部に入り込み、裏の顔、権力者達を手玉に取って腐敗を正そうと暗躍するという物語りなのだ、と。
茶々丸さんは、静かに耳を傾けていた。
滑稽にも、熱弁してしまっていた。
だが、茶々丸さんは興味を持ってくれたようだ。
それが、嬉しくて、自然と笑みが浮かび上がった。
もっと興味を持って貰えたらと、俺は立ち上がった。
「今日のシーンは、危機の回でね。
政府内部で暗躍している時に、同じく国を憂う仲間が出来ていた。
だけど、仲間の裏切りにあい、友を殺されてしまう。
その友は、最愛の恋人だったんだ。
仲間達が弔い合戦だと息巻く中で、主人公は一人、こう言い放つんだ」
俺は、茶々丸さんに背を見せた。
ゆっくりと目を閉じると、主人公さながら、真剣な表情をつくる。
小さく、息を吐き出した。
颯爽と振り返ると同時に、片手を前に出す。そして、目を力強く開いた。
「心遣いには、多大な感謝をしている。
だが、無様にも我を忘れて暴走する事が、唯一、強大な敵を倒しうる策と呼べるのか。
違う、だろう。間違っている。間違っていると、わかっているはずだ。
きみたちが今、為さなければならない事は、他にある。
冷静になれ。足下を固めろ。仲間達の顔を見ろ。
そして、俺を信頼しろ。
もう二度と、失いたくはないんだ……!」
「こ、小林……さん」
「小林先輩!」
「ヒ……サキさん」
そして俺は、まるで、生命を持たない彫像のように固まった。
どういう、事、なのだろうか。
確かに、俺は、自室にいた、はずなのだが。
どうして、頭上高く、夜空に星が瞬いているのだろうか。緑の匂いが、鼻につくのだろうか。
尚も脳内のコンピューターは、オーバーヒートしていく。
どうして、所謂、外、にいるのだろうか。
どうして、ネギくんは泥だらけで倒れているのだろうかか。
神楽坂さんは驚愕しきり、こちらを直視しているのだろうか。
見覚えのない場所。
夜風に波紋立つ湖に、周りを覆い込むように屹立する木々、そして、湿気漂う桟橋の上。
ここは、一体、どこなのだろうか。
脳内が、混迷と化した。茶々丸さん、はどこに。
というか、どうして俺は、桜咲さんをお姫様抱っこしているのだろうか。
その時だった。
背後の方向から、目を眩ませるほどの光源が出現したのだ。
首だけ動かして、確認してみる。
それにしても、心の底から、嘘偽らざる心で、思えた。
うん。
意味がわからない。
一体全体、意味がわからない。
そこには見慣れた死神が、浮いていた。肩から離れて、浮いていた。
ヒラヒラと闇色のロープが、踊る。月光を反射し、鈍く光る鎌を、前方に翳していた。
そして、俺を包み込むように、半円形の紫色のバリアのようなものを展開していた。
そこに、見慣れぬ外国人の少年が、直突きを入れていた。
拮抗でも、しているのだろうか。
稲妻が走るような音が響き渡り、闇夜にパチパチと閃光が瞬いていた。
バリアから、風が生まれているのか。
少年の真っ白な髪が、風圧で踊り狂う。
その瞳は、無機質なものに見えた。
「やっと来たようだね。
まあ、これも血筋。因縁なんだろう。
きみの今の名前を教えては、くれないか。
知っていると思うけど、一応、言っておくよ」
何を言って、いるのだろうか。
内心の、全ての世界が惑い始める中、少年は口を開いた。
「きみの父親を殺した憎い仇は、僕だ」