20話 領地経営始めました!二年目
ヴァリエール家から帰ってすぐに紙を作ってみせた。
作っている最中、父さんは終始感心していたようだ。
出来た紙に『固定化』の魔法をかけて、近いうちに皇帝陛下にこれを進呈するとか言っていた。
それ、マジだったのか・・・。
数日後、いろいろ用件があるので数人のメイジを連れてヴァイスの視察に出かけた。
ヴァイスに着いて、村長の家の前に馬車を止めると家の中から村長が出てきて俺達に挨拶をした。
「これはヴァルムロート様、ようこそいらっしゃいました。」
「こんにちは、村長。」
「お話は手紙で大体把握しております。お連れの方々はどうされるのでしょうか?中に粗茶であはありますが用意してありますが・・・。」
「そうですか。では貴方達は僕の用が済むまで村長宅で待っていてください。」
「はい。分かりました。」
一緒に来たメイジ達に俺の用が済むまで村長宅で休んでもらうことにした。
俺の用は“視察”すること。
村や畑の様子を見ると共にヴァイスが出来てから一年経ったのでこの一年の成果と今後のことについて話をすることだ。
メイジ達にお茶を出しに行った村長が戻ってくるのを待っている時にそこから村を見渡してみる。
村の中心部分には家は建っておらず、広場といえば聞こえは良いがただ中央に井戸があるだけのただっ広い空間があるだけだ。
ただその広場を子供たちが元気いっぱいに走り回っていた。
その広場を取り囲むように村人の家が十数軒同じ形の家が建っている。
ヴァイスはほんの一年前に新たに開拓された村だ。
人を誘致するにあたって家をこちらで用意する際にメイジによって家が建てられたことが同じ形の家が並んでいる理由だ。
時間にすると数分だったのだろうがそんな風にボーっと村を眺めていると、井戸に水を汲みにやってくる人が俺に気がついて慌てて頭を下げるということが何度かあった。
メイジ達にお茶を配り終えた村長が家の中から小走りで俺の元にやって来る。
「お待たせしてすみません。」
「いえいえ、構いません。それでは行きましょうか。」
そうして村や畑の様子を見る為に俺と村長は歩き出した。
「以前、来た時と違って臭いが無くなっていますね。普段もこのような感じですか?」
俺は村を回るのに広場を反時計周りで歩きながらそう村長に聞いてみた。
以前来た時は家の窓の下のところに糞尿がそのまま捨てられていた。
しかし、今は肥溜めを作っているので窓の下のところに糞尿は見当たらず、風が運んでくる空気も清々しいものだ。
「はい。村の中の臭いはかなり改善されました。村の中の空気もさわやかになった気がいたします。以前居た町ではこのようなことはなかったですね。」
どうやら肥溜めをちゃんと利用してくれているようで安心する。
・・・まあ、貴族に言われてそれに従わない平民は稀、というかほとんど居ないけどね。
「そうですか。それは良かったです。肥溜めを作ったかいがありますね。」
「そうですね。しかし肥溜めや肥料作りをしている場所の周りはやはり・・・臭いですね。」
村長が悪いわけではないのだが、村長は申し訳なさそうにそう言った。
肥溜めは畑の向こう側の村から少し離れた場所に作ってあるので臭いがここまで来ることは無いが、近くにいくと恐らくひどいアンモニア臭を漂わせているのだろう。
それにしても臭いの対策か・・・何か消臭出来るものがあればいいのだが、とりあえず臨時の処置として“臭いものに蓋”でもしておくか。
「肥溜めの周りが臭いはしょうがないですが・・・穴の上に蓋でもしてみますか?」
「そうですね!私もそう思っていたとこです!早速蓋を作って、それでしばらく様子をみてみます!」
村長の声のトーンが一気に上がったのをみると、もしかしたら村人からそういう要望が強く有ったのかも知れない。
これは早いうちに消臭に関することを調べてみる必要があるな、とテンション高く肥溜めの臭いについて不満があったことを語る村長を見てそう思った。
広場をぐるっと回ってあそこの人は働き者だ、とか、あっちの家の嫁さんは平民には珍しく文字の勉強をしているだ、とかいう村人に関する話を聞きながら、俺達は畑の方に向って行った。
畑は収穫を終えていて、今は次の収穫の為に村の男性達が土を耕しているところだった。
耕し終わった畑では、女性達がすでに次の作物の種を巻き始めていた。
そんな畑の向こう側に肥溜めが見える。
そう言えば・・・肥溜めを作った理由の一つ、肥料の方はどうなっているだろうか?
先程、臭いについては村長がポロッと言っていたが現在の進行状況はどうなっているか聞いた。
「今肥料作りの方はどうなっていますか?」
「肥料ですか、順調だと思います。最初ヴァルムロード様から聞いた時は臭いだけで何の益にもならないと思っていた糞尿が畑の栄養になるとは半信半疑でしたが・・・実際に森の土や枯れ葉などと一緒にしておくと糞尿が土になることが分かって村の者も皆驚いておりますよ!」
臭いが無くなったということは発酵が進んでアンモニアも分解されたのかな?
ただ話を聞いていると、最初の頃は乾燥させてしまってダメになったり、森の腐葉土との割合が上手くいかずに臭いが酷くなったりしていたようだが、一年やっていて最近ようやくコツを掴んできたのか臭いがほとんどしなくなる割合を見つけたと村長は話していた。
「そうですか、土になりましたか。その出来た土が肥料というものです。」
「あれが肥料ですか。でもすごいですね。あんなに臭かった糞尿が肥料になるとほとんど臭わなくなりましたよ。最初作っている時はこの臭いものを畑に撒いて大丈夫なのか?と村人から言われましたが、もうその心配はなくなりましたね。」
「そうですか。それはなによりです。次はこの肥料を使って作物を育ててみてください。ただ、肥料をどのくらい使えばいいのかは分からないので、畑の一角を使わせてもらって実験的に肥料の量を変えて同じ作物を育ててみてください。その際に育てる作物は数種類用意しておいてください。」
実験用の畑を新たに開拓してもいいかもしれないな、と付け加えた。
村長の方も畑の作物は大事な納税品であり、収入源であり、食料でもあるのでどちらかと言うと新たに実験用の畑を開拓する方に話が進んでいった。
「分かりました。それでは次の作付けの際に行います。育てる作物は小麦、トウモロコシ、ジャガイモなどでいいでしょうか?」
どれもどこででも作っている代表的作物で主に主食になるような作物だな。
なので、これが上手くいけば他の地域でも同じように行う事が出来るだろう。
「いいと思います。他にも試したいものがあれば試してみてください。」
「そうですね・・・他にも候補を考えておきます。」
この時話に出たのはトマトやきゅうりやキャベツなどの野菜だった。
「お願いします。そう言えば作物の収穫量や作物の質はどうでしたか?ちゃんと納税されたのは分かっていますが、これまで居た場所との違いはありましたか?例えば、開拓したばかりで土がイマイチだったとか・・・。」
俺がそう聞くと、村長がじっと畑の方を見てから話し始めた。
「・・・そうですね。ここの畑で育てるのは今年が初めてですが、他の場所と比べても作物の質も他の場所と同じくらいでした。特にここが劣っていたり、優れていたりしたところは無いですね。」
可も無く不可も無く、普通の土地って感じってことだな。
ただこの村で試したことを他の町や村に対応させていくと考えるとモデルケースとしてはいい場所だったと言えるのかもしれない。
「そうですか。来年も同じくらいできれば、それがここの平均的な収穫量と質ということになりますか?」
「はい。そうだと思います。問題がなければ今年と同じくらいの収穫量と質が見込めると思います。」
まあ、二年でその土地の平均収穫量を決めるのはかなり強引だが、今年作った肥料を来年は少数で試して、上手くいったものを再来年本格的に試していくことになるし、急なのはしょうがないかな?
「肥料を本格的に使用するのは再来年になると思いますが、使った時にこの収穫量や質が上がればいいですね。」
「はい。そう思います。」
本採用は再来年だけど、使っていくうちにいろいろ意見も出てくると思うから他の場所で使うのはまだまだ先になるだろうと、目の前の畑を見ながら思った。
「では次に今度この村で紙の生産を試験的に行うことになったことはすでに手紙で知らせていますが、どうですか?やってみたいという人は集まりましたか?」
結局紙を作った後、父さんの強い勧めもあり和紙もどきの紙をヴァイスで作ることになった。
因みに今回の視察を知らせた手紙に俺の作った紙をサンプルとして入れておいたのでどのようなものを作るのかは分かっているはずだ。
「はい。その件に関しては三組の家族を中心として紙作りをしていきたいと考えています。」
わざわざ三組の家族に任せたのは一組だと独占してしまう可能性があり、二組では対立する可能性があるからだろうか。
・・・三つ巴にならないように注意して欲しいところだな。
まあ、実際には村全体の事業みたいなものなので独占とかは出来ないと思うけどね。
「手紙にも書きましたが“紙製作所”を建てる場所は決まっていますか?」
因みに手紙で、建物の大きさは家を2つ繋げた位で建てる場所は森と水場が近いところが良いという条件を出したのだがいい場所はあっただろうか?
「はい!それなら村の北側が森に近いですし、そちらに建てられてはいかがですか?水場は今は広場の井戸しかありませんが、恐らく建てる近くでも井戸を掘れば水が出てくると思います。万が一、水が出ない場合は少し離れた川から水を引いてくることも可能ではありますが・・・。」
なるほど・・・井戸を掘るか川から水を引かないといけないのか。
とりあえず、まずは井戸を掘ってみよう・・・と、言っても掘るのは俺じゃないけどね。
紙製作所を建てる為に土メイジを数人連れてきてるのでその内の一人に井戸を掘ってもらうことは出来るかな?・・・後で聞いておこう。
「では、そこに紙製作所を建てるとしましょう。」
「分かりました。それで聞きたいのですが・・・紙を作る方法はヴァルムロート様が直接ご指導されるのでしょうか?」
「ええ。最初は私は直接教えますが、後は本に簡単にまとめたのでそれを参考にしてもらいます。」
「本ですか・・・失礼ですが、平民には字の読み書きが出来ない者もおりますのが、どうしましょうか?」
「・・・そうですか。聞きたいのですが、ヴァイスで読み書きが出来る人は何人位いるのですか?あ、読み書きは本が読める程度でいいので。」
俺の質問に村長は少し俯くと右手を握ってぐーの形を作り、そこから親指、人差し指、中指と開いたとこで顔を上げた。
「私を含めて三人が簡単ではありますが読み書きが出来ると聞いています。」
確かに田舎暮らしで農業しかしないのであれば、親から子へ口伝で方法を伝えていけばいいのだし、別に読み書きにはこだわらないということか。
まあ、ヴァイスで人を募った時に集まったのは田舎から来た新天地を求めた若い人が多かったとは聞いていたが・・・。
これが町の方に近づくに連れて識字率が高くなっていくのだろうが、それにしても・・・三人か。
約五十人いて、その内三人しか読み書きが出来ないのかと思うと、少し頭を悩ませた。
「・・・そうですか。では、本は村長が保管しておくとして、出来たらでいいのですが農業などの時間の合間に読み書き出来る人・・・村長を始めとした三人が他の人に読み書きを教えてあげて下さい。今後何かある時に今回のように説明を書いた本を渡すことがあるかもしれませんので。」
「・・・分かりました。出来る限りやってみましょう。」
「お願いします。でも、本業に支障のない程度でいいですから。」
「そうですか・・・分かりました。」
村長は少し難しい顔をしながら肯定的な返事をしてくれた。
ただ、この識字率の低さに関しても今後の事を考えると何らかの対策を考えておいた方がいいのかもしれない。
「あ、そうだ。紙の製作はまだ試作段階でツェルプストー家が管理するので作ったものを勝手に売ったりはしないようにして下さい。他の領地に紙の売り込みたいのですが、その為にも最初は品質を安定させないといけないですからね。粗悪品が出回るとイメージが悪くなってしまいますから。その代り、作った紙の分は家から給料を支払わせて頂きます。紙の製作がうまくいくようになれば、紙製作所の増築などを行い、後々は出来た紙を家を介さずにヴァイス自体で取り扱ってもらいたいと考えています。」
でも、ヴァイス自体で紙を売買するってことは商売をするってことなので読み書きだけなく、商売のイロハとか世界情勢とかを学んで欲しいな。
「本当ですか!?それを聞いたら村の者も意気込んで紙作りを行うでしょう!」
「・・・畑の方も疎かにしないでくださいよ。」
紙ばっかり作ってもまだ需要が無いだろうしね。
それに村の食料でもあるし。
「もちろん!分かっております!」
「では今回はここまでですかね。いまから一緒に来たメイジに紙製作所の建設について話し合うので、村長宅に向かいましょうか。」
そう言って俺達は畑に背を向けて、村長の家に向って歩き出した。
「紙製作所ができ次第、中心となる家族に紙作り方を教えたいと思いますが、その時は村長もいらしてください。」
「分かりました。どれくらいで紙製作所ができますでしょうか?」
紙製作所を作るのは土メイジにお任せで時間自体はそこまでかからないらしいのだが、サラリーマンよろしく家からの通いになるし、井戸のことも考えると・・・と頭の中で考えて答えを出した。
「2〜3日あれば出来ると思います。その後で紙の作り方を教えるので、四日後位にはその三家族と村長には時間を作っていて欲しいですね。」
「四日後ですか・・・分かりました。そのように話しておきます。」
「しかし、この四日後というのはあくまでも順調にいった場合なので何らかのアクシデントが起きたら予定がずれることもあります。ですので、それにも対応出来るようにお願いします。」
村長が俺の言葉に頷いたところで丁度、村長の家の前についた。
俺は中でくつろいでいたメイジ達と簡単に話し合い、早速紙製作所建築の作業に取り掛かってもらった。
メイジ達の頑張りで紙製作所は予定通り三日で建てることが出来、井戸を掘ったら水が出たので水の問題も解消された。
材料を事前に持ってきていたといえ、やっぱり土メイジは土木・建築関係ではチートだな。
紙をすくう物は縦30サント、横40サントの紙を作れる位の大きさの物を3つ錬金してもらった。
これもそのうち1から魔法を使わずに作ってもらうつもりだ。
森で紙を作るために木材を切りだして、それを使って紙作りを実戦してみせた。
時間の短縮のため魔法を使ったが、それが時間をかければ魔法を使わなくても出来ることを説明した。
しかし、魔法なしではどれくらい時間がかかるか分からないので、そこはいろいろ試してもらうことにする。
あと、この家族達に近くの森の管理をしてもらうことにした。
あまりに木を切りすぎて森が無くらないように新しく木の苗を植えてもらったり、木が育ちやすいように効率良く光が当たるように調節するなどをしてもらうことにする。
紙作りだけ頼んで給料をあげてたら他の村人から不満が出るだろうし、自然からの搾取だけでは自然破壊に繋がるしな。
一年目の視察だったけどいろいろあったな。
肥料を使った農業も紙作りもまだ始まったばかりだし、もっとこのヴァイスを大きくしていきたいね。
村の収入が増えて余裕が出てきたら、学校か寺子屋を作って村人の識字率をアップさせたいね。
それに識字率だけでなく、他にも経済学とかを学んでもらって商人とかになったら村の発展に大いに貢献してくれそうだしな!
読んで頂きありがとうございます。
今回の改変は大変だった・・・。
規制にかかているものは何一つ無いのに前の時にほぼ会話文しかなかったのでいろいろ付け足したり、改変したりしました。
前のときは部屋の中でひたすらヴァルと村長が話しているだけだったので、今回は視察らしく村の中や畑を見て回っています。
あ、そうそう。前のときはヴァイスに宿があったのですが、五十人位の村に宿は無いだろうと今回は宿はまだ無い設定になっています。
今後村が大きくなれば、いろんな施設(宿やら学校やら)が建っていく予定です。
ハルケギニアの識字率はよく分かりませんが、貴族がほぼ100%なのは確実だとして、平民は以下のような感じかな?と考えています。
城下町などの大きな町の平民:60〜70%
交通の要所になる町:40〜50%
町に比較的近い村:20〜30%
町から遠い村:〜10%
まあ、この分類は大きな町に行くほど文明レベル?が上がって本を読むなどの娯楽が増えていく為です。あと、大きな町ほど商売が盛んだしね。
ただこれはハルケギニアの平均で商業が盛んなゲルマニアではもう少し町部や町に近い村の識字率が高いかもしれないですね。
逆にトリステインだと少し低い感じで、ガリアは平均だけど土地が広い分田舎に行くほど識字率がガクッと下がる感じですかね。
ご意見・ご感想があれば良ければ書いてみて下さい。