19話 突撃!カトレア動物王国!
俺達はついにヴァリエール家に到着した。
正門にいた兵士に招待状を見せて、門を通る許可を得た。
そのヴァリエール家の正門をくぐると両側に綺麗に整えられた庭が広がっており、その向こうに城と見間違うような建物が建っていた。
「・・・家もでかいけど、ヴァリエール家はなんか城って感じですね。」
家もかなり大きな家だがヴァリエール家とは趣向が違っているようだ。
それぞれの家を例えるならば家は旅館でヴァリエール家はホテルといった感じだろうか。
「あいつは公爵だからな。それなりの家構えもするだろう。」
馬車が正門に止まったところ、執事であろう人が出迎えてくれた。
「遠路はるばるようこそいらっしゃいました。貴方様がツェルプストー辺境伯様で間違いないでしょうか?」
「いかにも。本日はカトレア嬢の誕生会に招待されて来た。こっちが妻のマリーナと息子のヴァルムロート、娘のキュルケだ。」
「今日は御越し頂きありがとうございます。こちらが会場になります。」
「うむ。」
執事の人は踵を返して歩き出したので俺達はその後を付いて行った。
馬車の方では別の執事の人達が俺達の荷物を受け取っていた。
一晩予定なので泊まる部屋に荷物を持って行ってくれるのだろう。
こうして屋敷の中の会場に案内された。
さすが公爵家の娘の誕生日会だということか結構人も多いし、それに20歳前後の若い人も目立っている。
そういえば今回カトレアさんは17歳の誕生日でハルケギニアでは結婚適齢期に入っているから、カトレアさんに近づこうとする人が多いのかな?
「これはツェルプストー辺境伯様、マリーナ様、キュルケ様、ヴァルムロート様、本日は私カトレア・イヴェット・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの誕生会に参加して頂き、ありがとうございます。」
「お誕生日おめでとうございます、カトレア嬢。」
「カトレアさん、お誕生日おめでとうございます。」
「カトレア様、お誕生日おめでとうございます。どうぞこれを受け取ってください。」
「カトレアさん、お誕生日おめでとうございます。これ誕生日プレゼントです。」
俺達はカトレアさんの前に行って挨拶をして、それぞれプレゼントを手渡した。
「まあ、キュルケ様、ヴァルムロートさん、ありがとうございます。後で開けてみますね。」
そう言ってカトレアさんはニコッと微笑んだ。
「長年因縁の関係にあった両家が・・・」
「やはりヴァリエール家とツェルプストー家の仲が友好になったという噂は本当だったのか?」
「ううむ、この光景を見ればそれも頷けるか・・・。」
俺達が挨拶を交わしている間、周りの貴族がざわついていたようだった。
この後つつがなく誕生会は進んだが、途中でカトレアさんは体調を考慮して、自身の部屋に戻ったようだった。
カトレアさんはいなくなるまで、周りの若い貴族が何度も話かけていたが、すぐに離れていった。
貴族達が離れていく時にちらっとカリーヌさんを見る人がいたので、どうやらカリーヌさんの纏う圧力にも似た雰囲気に耐えられなくなったのかも知れない。
誕生会がそろそろ終わるという時、ヴァリエール公爵とカリーヌさんが話しかけてきた。
「ツェルプストー辺境伯、今日は楽しんでいただけたかな?」
「ああ、存分に楽しませていただいた。それに周りの貴族に両家の友好具合を見せつけることもできただろうからな。」
「そうだな。これで無駄に両家を刺激しようと考えるものは少なくなっただろう。・・・それにしてもかなり警備が厳重のようだがいつもこうなのか?」
確かに俺達の誕生会を開く際にもある程度の警備は行うが、このカトレアさんの誕生会での警備は家の時の警備数を遥かに上回っていた。
ダンスホールの中には壁沿いに一定間隔に着飾った兵士を配置しているし、ここに来るまでの通路にも多くの兵士を見かけた。
実際に見たわけでは無いが、恐らく他の場所にも多くの兵士を配備しているのだろう。
「まあな。仮にも長年睨み合っていた所の貴族が来るのだから、これ幸いと何かを仕出かす輩がいないとも限らん。そんなものに折角結んだ友好を壊されたらかなわないからな。」
ヴァリエール公爵が少し険しい顔をしてそう言うと、父さんも少し考える仕草をした後に「そうだな。」と頷いていた。
「それで、ツェルプストー辺境伯よ。今日は家に泊まっていくのだろう?」
「ああ。手紙でも伝えていたが一晩世話になるな。」
「ああ、任せておけ。それで、だな・・・。」
「分かっている。カトレア嬢のことだな。」
「うむ。前の会談から時間がかかってしまったがヴァルムロード君には明日カトレアの診察を頼みたい。」
「そのことはすでにヴァルムロードにも話してある。いけるな?ヴァルムロードよ。」
父さんはそう言って視線をヴァリエール公爵から横にいる俺に移した。
その視線に釣れられてヴァリエール公爵も俺を見た。
二人の視線を受けた俺はパーティーを楽しんでいる顔から真剣な顔へ表情を変えた。
今回来た目的の半分はカトレアさんの診察をするためなのだから問題なんてあるわけがない。
「はい!問題ありません!・・・あ、そうだ。ヴァリエール公爵様、1つ御聞きしたいのですがいいですか?」
俺が診察するのは構わないが、やはり事前にこれまでのカトレアさんの状態などを知りたいと考えていたので俺はヴァリエール公爵にあることを聞いてみることにした。
「なんだ?」
「明日カトレアさんの様子を診るのは私だけなのですか?」
「いや、カトレアの誕生日の後は毎年高名な水メイジにカトレアの様子を診てもらっている。一応今年も呼んでいるぞ。」
「そうですか。」
やはり主治医的な存在のメイジがいたようだ。
その人からこれまでのカトレアさんの状態などを詳しく聞きたいものだ。
情報があればあるだけ、カトレアさんの病気に対する有効な手も考えられるというものだろう。
・・・まあ、俺に分かればいいのだが。
「なんなら別々に行うか?」
俺が僅かに考え込んでいるのをヴァリエール公爵は戸惑いと感じたのか俺に気を使ってくれていた。
「いえ、ヴァリエール家が私にも治療を頼んだことはあちらも知っているでしょうし、別々にカトレアさんを診るとなるとあちらが良い気がしないでしょう。それに私はそのメイジに聞いてみたいこともありますので、一緒で構いません。」
「そうか?では、そのように行うとしよう。」
「しかしヴァリエール公爵様。カトレアさんは誕生会の途中で自室に戻ったみたいですけが、大丈夫なのでしょうか?今からでも様子を見に行ったほうがいいのではないでしょうか?」
もし体調が悪くなっているのであれば、明日なんて悠長なことは言っていられないだろう。
「いや、それにはおよばんだろう。」
そう言ってヴァリエール公爵は顔を近づけて、他の人に聞こえないように小さな声で話し出した。
「・・・実はカトレアの調子は全く悪くなっていないのだが、明日の診察の為に早目に部屋に戻らせたのだ。」
「そうだったのですか?少し安心しました。」
「ふむ・・・。それは悪いことをしたな。心配が無くなったところで改めてパーティーを楽しんで欲しい。」
ヴァリエール公爵はそう言うと姿勢を正して父さんに声をかけた。
話が終ったことで一息付いて喉を潤そうとグラスに伸ばした手を横にいたキュルケが握った。
「話は終ったようね。じゃあ、ダーリン!ダンスを踊りにいきましょう!」
そう言ってキュルケは俺の手を掴んだまま、ホールの中心へと僅かに駆け足で歩き出した。
母さんが行ってらっしゃいと言わんばかりに手を軽く振っていた。
キュルケが止まって俺の手を離すと、そのままドレスのスカート部分を軽く持って少し持ち上げる仕草をした。
俺はここまで来たからと覚悟を決めると、笑顔を作ってキュルケに手を差し出した。
俺の手にキュルケの手が添えられた。
キュルケの腰に手を回すと音楽に合わせて踊り出した。
「・・・では、ヴァリエール公爵、今日は世話になるな。」
「いや、こちらから頼んだことだからな。ゆっくり出来るように気を配ろう。」
それから父さんとヴァリエール公爵が二、三言葉を交わすと、ヴァリエール公爵は他の貴族に挨拶をしに行った。
そしてパーティーが終わり、俺達はヴァリエール公爵が用意してくれた部屋に行って、ゆっくり休むことになった。
「で、ここはどこだ?」
ちょっとお手洗いを探していたら、自分の部屋がどこか分からなくなった。
「これは・・・迷子ってやつか!でかい家なんだから標識くらいあればいいのに!」
俺が廊下をウロウロしながら独り言を呟いていると後ろから声をかけられた。
「・・・あんた、なにやってるの?」
ピンクの長い髪とピンク色のネグリジェという全身ピンクが印象的な小さな女の子がそこにいた。
「え!?・・・えっと、ルイズ?で合ってるんだよね?」
こんな夜遅くに会うとは思ってなかったという驚きと独り言を聞かれたという恥ずかしさから少しシドロモドロになってしまった。
「合ってるわよ。あんたは・・・ヴァルムロートだったわね。」
「まだ1回しか会ってないのに良く覚えてたな。」
「名前を覚えるのも貴族にとって大事なことよ。」
あんまり人の名前って覚えが良い方じゃないん俺にとってはルイズの言葉が少し耳に痛い。
「すごいな、ルイズは。」
「ふ、ふん!当然のことよ。・・・でも、なんで名前が呼び捨てなの?」
腕を組んで少し照れた顔を背けた後、思い出したように少しむくれた顔をしてそう言った。
俺がルイズを呼び捨てにしているのはアニメの登場人物の同級生達が皆呼び捨てだったのでついそう呼んでしまったからなのだがダメだったのだろうか。
「いやだった?今度からルイズ様って言おうか?」
「それでもいいけど。なんか・・・気持ち悪いわね。」
ルイズは少し考えた後そう言い放った。
気持ち悪いってなぜそんなことを言われなくてはいけないんだろうかとルイズの言葉に俺は少しショックを受けた。
・・・かなり仲良くなってから聞いたのだが、この時気持ち悪いと言ったのは長年犬猿の仲だと思っていた相手からフレンドリーな態度でそう言われたら何か裏があるんじゃないかと疑っていたという理由だったらしい。
提案を断られ、さらに追加効果でショックを受けた俺はダメージを負いながらもルイズがどうしたいのかを聞いてみた。
「・・・じゃあ、どうすればいいかな?」
「そうね・・・やっぱり、ルイズでいいわ。その代り、私もあんたのことヴァルムロートって呼ぶから。」
結局は最初の呼び方に戻った。
先程受けた俺のダメージは一体何だったのかと思うと少し悲しくなった。
「・・・分かったよ、ルイズ。」
「それで最初に戻るけど。ヴァルムロート、なにやってたの?」
「え?・・・あ、そうそう。お手洗いに来たら、自分の部屋が分からなくなったんだ。」
俺がそう言うとルイズは可哀想なモノを見る目を俺に向けた。
「・・・迷子なのね。そんなの誰がに聞けばいいじゃない。」
「でも、周りに誰もいないんだけど。」
俺とルイズは廊下の右を見て、それから左を見たが長い廊下には俺達しかいなかった。
普通ならここまでの間に使用人の一人や二人と出くわしてもいいはずなのだが、なぜか誰一人としてすれ違うことがなかった。
「今日はもう遅いし、それにちぃ姉さまの誕生会の後片付けで忙しいのかしら?・・・しょうがないわね。付いてきなさい。」
そう言うとルイズは俺に背中を向けてトコトコと歩き出した。
「案内してくれるの?ありがとう、ルイズ。」
ルイズに部屋まで案内してもらって分かったことだが、どうやら俺はトイレから出て部屋とは反対の方向に行っていたようだ。
「ここよ。」
「ありがとう、ルイズ。本当に助かったよ。」
そう言ってドアノブに手を伸ばした時、ルイズの方から視線を感じたのでドアノブから手を引いてルイズの方に向き直した。
「・・・ヴァルムロート。明日ちぃ姉さまの様子診るって本当?」
ルイズが真剣な目をして俺を見ていた。
「うん。そうだよ。」
「診察だからってちぃ姉さまに変なことしたら許さないんだからね!」
この間までいがみ合っていた家の人が行うことだからそう言われてもしょうが無いかなと俺は思った。
しかしルイズの何かを強く訴える目を見ているとこれまでの家の関係とかは関係無く、ただルイズは本当に心からカトレアさんの事が心配なんだなと感じた。
「変なことなんてしないよ。信じて欲しい。」
「・・・じゃあ、絶対にちぃ姉さまの病気を治してよね。」
「うん。診てみないと分からないし、今すぐは無理でも治せるように頑張るから任せておいて!」
俺は胸を張って、そして自分の胸を軽く叩いて任せておけ!ということをルイズにアピールした。
「・・・そう。が、頑張ってよね。絶対だからね!」
「ああ、任せろ!それじゃあ、明日頑張る為にももう寝るよ。おやすみ、ルイズ。」
「・・・おやすみ、なさい。」
そう言って、俺は部屋の中に入った。
これまではカトレアさんの病気を治せたらいいなと思っていたが、さっきのルイズを見て考えを改めた。
カトレアさんの為だけじゃなくて、ルイズやカトレアさんのことを好きなヴァリエール家の人達の為にもカトレアさんの病気を絶対に治してやる!と意気込みを新たにした。
そして明日の診察を万全の体調で望むために眠りについた。
翌日、朝食を頂いた後、早速カトレアさんの様子を診ることになった。
なので俺は今カトレアさんの部屋にいます。
そう・・・カトレアさんの部屋、つまり、カトレア動物王国です。
いろんな動物がいます。
犬とか猫はまあ普通、鳥やキツネみたいなのはいいとして、
「なんで虎とか熊がいるんですか!?」
初めてこの部屋に入った俺は虎や熊に襲われないかびくびくしている。
「なんでって、怪我しているのを助けたら、懐いたの。それでも一緒にいるのよ。」
カトレアさんはベットに腰掛けながら虎の頭を優しく撫でて、虎は嬉しそうに喉を鳴らしている。
「カトレアさんは大丈夫だとしても、僕達が襲われたりはしないのですか?」
「あらあら、心配しなくても大丈夫よ。皆優しい子達よ。」
ニコニコしながらカトレアさんが答えてくれた。
いま、ここにいるのは俺、カトレアさん、ヴァリエール公爵、カリーヌさん、そしてさらにもう一人、カリーヌさんと同年代と思われる女性のメイジだ。
このメイジの人は俺が部屋に入った時からカトレアさんの側にいたのでこの人がカトレアさんの主治医みたいな人だろうと思った。
「あ。はじめまして、私ヴァルムロート・シュテルン・フリードリヒ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと申します。今回からカトレアさんの治療に加わりました。水メイジとしてはラインランクですが、よろしくお願いします。」
「そう、貴方がツェルプストー家の。私はソフィア・メイガス・ル・ネートです。水のスクウェアメイジで主に回復魔法に精通しています。よろしく。」
ネートさんはそう言うと俺の方に歩み寄ってきて右手を出してきた。
「ミス・ネート、よろしくお願いします。」
俺はその手を握って握手をした。
改めてお願いしますと言うとソフィアさんはニコッと小さく微笑んだ。
優しそうな人で良かったと率直に思った。
水メイジとして高名な人だと聞いていたので排他的というか自分の治療に他のメイジと手伝わせるなんて!っていうタイプかと思っていたので良い方に当てが外れてよかった。
それにしてもネートさんの様子からすると、ヴァリエール公爵さんからの事前の話ですでにネートさんも俺が手伝うことに納得してくれているように思う。
これから協力してカトレアさんの治療を行なっていきたいので友好的な態度は大歓迎だ、と握手を交わしている時に俺が思っていると、いきなりカトレアさんの部屋の扉が開いた。
その音に驚いて俺とネートさんは同時に手を離した。
そして俺達と部屋の動物たちは何事かと一斉に開いた扉の方を見た。
そこには金髪のネガメをかけた美人さんが走ってきたのか少し息を切らしながらカツカツッとハイヒールから音をたてながら部屋の中に入ってくるところだった。
「お父様!お母様!ツェルプストーにカトレアを診させるというのは本当なのですか!」
「エレオノールか、昨日手紙に記した通りだ。というかお前、研究所はどうした?前は忙しくて今回のカトレアの誕生会に参加するのは無理だと言っていたではないか?」
「確かに忙しいのですが、あんな手紙だけで言われても私はカトレアをツェルプストーに治療させることに納得していません!だからこうして急いで戻ってきたのではないですか!」
エレオノールと呼ばれた金髪の女性がヴァリエール公爵と口論しているのを見て、そう言えばルイズとカトレアさんの姉がいたんだったなと他人事のようにその様子を眺めていた。
「でも、エレオノール。あなたもカトレアの病気が治った方がいいでしょ。」
「そうですけど・・・。でも、よりによってなぜあのツェルプストーなんかに!これまでたくさんの高ランクのメイジでも無理だったんですよ!」
カリーヌさんの言葉に一瞬たじろいだが、また激しく口論を始めた。
「・・・エレオノール。ヴァルムロート君はヴァリエール家とツェルプストー家の長年の因縁を断ち切って、両家の仲を友好にさせようと提案するような奇抜な考えを持っている。彼は水のラインメイジかもしれんが、もしかしたら以前話した時のようにカトレアの治療についてもなにかいままでにない考え方を出してくれるかもしれん。」
以前の話とは恐らく会談のときの過呼吸を治療した事だろう。
エレオノールさんもその話を聞いていたようで何か思うところがあるのか激しい口論が止んだ。
「・・・でも、それでカトレアが良くなるとは限りませんわ!」
「しかし、今よりもカトレアが治る可能性が上がるかもしれん。それにカトレアもヴァルムロート君に診てもらうのに賛成している。」
ヴァリエール公爵がそう言うとエレオノールさんは少し驚いたようにカトレアさんを見つめた。
「・・・そうなの、カトレア?」
「はい、お姉さま。私はヴァルムロートさんなら大丈夫だって信じてますから。」
そう言ってカトレアさんはニッコリと笑った。
「それはいつもの勘?」
「はい。」
ニコニコしているカトレアさんをしばらく見つめていたエレオノールさんは肩の力を抜くように、はぁ〜とため息をついた。
「・・・カトレアが納得しているのなら、私がいくら言っても始まらないわね。分かりました。ツェルプストーか治療に参加することにもう何も言いません・・・が、私もここで見させて頂きます!いいですよね、お父様?」
「ああ、問題ないだろう。」
ヴァリエール公爵から許可を貰ったエレオノールはカリーヌさんの隣に立つと何も言わずにじっと俺を見つめてきた。
見つめた、というよりは俺の一挙一動を見張るように睨みつけていると言ったほうが正しいのかも知れない。
敏感にその視線を感じたのかエレオノールさんと俺との間にいた動物たちはそそくさと移動していなくなっていた。
そんな突き刺さるような視線の中、カトレアさんの診察を始めることになった。
「では早速カトレア様の様子を診させて頂いてもいいですか?」
「ああ、頼む。」
「ではミスタ・ツェルプストーも御一緒に。」
「はい。」
「「『ディテクトマジック』」」
俺とネートさんカトレアさんの体を『ディテクトマジック』で診る。
この間もちょっと診たけど、やはりカトレアさんも右肺に袋状のものがあった。
さらに前回の時は時間が無くて診れなかったお腹の部分、つまり胃や腸などの内臓もよく診ることが出来た。
その結果、肺のところ以外に病気の原因になるような異常があるものは見つからなかった。
「ふう。今は体調の方はいいみたいね。でも、やっぱり胸の中の空気が入るところに普通では存在しない袋状のものがあるわね。」
はやりネートさんもその存在に気づいていたか、というか気づかない人はいないかな?
「ミス・ネート。カトレアさんのこの異常はいつからあるんですか?」
「そうね。私が初めてヴァリエール家に呼ばれた時からあったわね。」
「ミス・ネートは何時呼ばれたんですか?」
「もう十二、三年位前になるわね。」
おお、結構前だな。
「そうなんですか。では、なぜその時にミス・ネートは呼ばれたのですか?」
「確か最初に私が呼ばれたのはカトレア様がひどい熱と咳を出されて、その治療を他のメイジが行った際に熱は下がって咳も止まったけれど、この空気が入るところの異常な部分が治らなかったからなの。」
なるほど・・・普通のメイジでも風邪か何かの体調不良は治療出来たけど、肺に出来ていた袋状のものがそのメイジでは治らなかったからもっと高ランクのネートさんが呼ばれたのか。
「ミス・ネートもそこの部分を治そうとしたんですよね。」
「ええ、秘薬の中でも最高とされる『水の精霊の涙』を使っての回復魔法で治療を試みたけど、ダメだったわ。熱が出た時などはすぐに下げることが出来るのだけど・・・。」
・・・最高ランクの水メイジしかも回復特化が最高の秘薬を使ってだめなら、魔法の正攻法ではこの病気は治すことが出来ないんだろう。
「そうですか。ミス・ネートでだめらな、僕が同じようにやっても無駄ですね。」
「・・・そ、そうね。」
「あ、そうだ。さっき仰ってましたが、カトレアさんって頻繁に熱が出たりするのですか?」
「そうね。頻繁というか年に一回か二回あるかどうかですけど。」
「ミス・ネート自身はカトレアさんが熱を出しているに治療を行ったことがありますか?」
「ええ、あるわね。」
「そのときはこの異常な部分はどんな感じでしたか?」
「そうね・・・。そう言えば、異常な部分は普段と少し違っていたような?破れていたのかしら?そしてそのときの体の異常で特にこの肺の異常な部分がひどかったわように思うわ。でも、熱を治した後は肺の異常なところもいつの間にか破れていたのが元に戻っていたはずよ。」
話を聞く限り、熱が出るのは異常な部分が原因かな?
でも異常な部分が回復魔法で一緒に治るのか、それじゃあやっぱり通常の回復魔法では手の出しようがないな。
今度はカトレアさん自身に体の調子のことを聞いてみよう。
「カトレアさんにも聞きたいのですが、どういう時に体に変調がありますか?」
「そうね。いつもより体を動かした時に咳が出たり、魔法を使うと体の具合が悪くなったりするわね。」
咳が出るのは異常な部分が肺を圧迫してるからか?
魔法を使うと具合が悪くなるのは・・・精神力を消費したことによるストレスで体の免疫機能が低下したからか?
「安静にしていたら体の調子はいいのですか?」
「そうね。比較的いいわね。」
比較的、ということは少し息苦しさのようなものを感じているのかも知れないな。
「でもね、ミスタ・ツェルプストー。異常な部分がちょっとずつだけど大きくなってるの。最初に診た時よりも倍くらいの大きさになっていると思うわ。」
「そうなんですか!」
倍か、それは大きくなったものだな・・・と思っているとヴァリエール公爵が心配そうに声をかけてきた。
「どうだ?ヴァルムロート君。何かいい考えが浮かびそうかね?」
ヴァリエール公爵に言われたからではないが、ここまでの情報をまとめてみることにした。
まずカトレアさんが五歳位のときに初めて病気が発覚、つまり症状には現れなかったがそれ以前から患っていた可能性が高いと思われること。
肺の異常な部分が傷つくが破れると高熱と咳が出ること・・・肺炎か?
しかもこの異常な部分は年々大きくなってること。
しかし、先程の『ディテクトマジック』による診察で肺以外に異常が見られないこと。
上記二つから考えて、年々大きくなっているのに他の場所への転移がないということは少なくても悪性腫瘍、つまり癌では無い可能性が高く、恐らく良性の腫瘍であること。
最後にこの異常な部分は現在考えうる実現可能な最高の回復手段でも治療は不可能であること。
・・・と、まあ、こんな感じかな?
「そうですね・・・。すでにミス・ネートが試していますが、現状の回復魔法ではカトレアさんを治すのは無理のようですね。」
俺がそう言うと皆それぞれ違った反応を返した。
「・・・そうか。」
ヴァリエール公爵は落ち込んだ。
「・・・ヴァルムロートさん、諦めるのですか?その時は・・・」
カリーヌさんはなにやら背後に嫌な感じを纏わせている。
「やっぱりツェルプストーなんかにはカトレアの治療なんて無理なのよ!」
エレオノールさんはそれ見ろ!と言わんばかりだ。
「そうね。悔しいけど・・・無理だったわ。」
ネートさんは悔しそうに俯いている。
「あらあら、そうなの?」
カトレアさんが一番ショックを受けているはずなのに一番明るい声を出していた。
もしかしたらこれまでもたくさんのメイジが治療しに来て、それで諦めて帰っていったのだから変にショックを受けることに慣れてしまったのかもしれないと思うと少し遣り切れない気持ちになった。
カトレアさん以外が落ち込んでいる中、カリーヌさんが嫌な感じを纏ったまま腰に下げた自分の杖に手を延そうとしていた。
え!?命云々は冗談だったんじゃ・・・。
「カ、カリーヌ様!僕はまだ諦めるとは言っていませんよ!」
慌てて叫ぶようにそう言うとカリーヌさんは杖に手を伸ばすのを止めてくれた。
「・・・しかし、先程カトレアの治療は無理だと言ったではないですか?」
若干冷たいカリーヌさんの視線に俺は少したじろいだ。
「あ、あくまで“現在の回復魔法では”と申し上げたのです。」
俺がそう言うと皆同じように首を傾げた。
「「「「「どういうことだ(ですか)?」」」」」
皆の頭の上にハテナマークが浮かんでいるようなので俺は自分の考えを話し始めた。
「カトレアさんの病気の原因になっているのは胸の中の空気が入るところの異常な部分と分かっていますが、しかしこれには回復魔法は効きません。」
「なぜ回復魔法が効かないのかしら?体にとって異常な部分なのに。」
長年いろんな人に回復魔法をかけてきて初めて遭遇した事例なのだろネートさんが首を傾げながらつぶやいた。
「それは恐らくカトレア様の異常な部分は生まれつきのものだからだと考えられます。」
これは本当に恐らくなんだけど、年々大きくなる腫瘍で五歳でそこそこの大きさだったとすると生まれたばかりから存在したと仮定してもおかしくはないと思う。
・・・まあ、急激に大きくなったとも言えなくはないが、十数年で倍の大きさなのでそこまで急激な成長をしたとは考えにくい。
もしかしたら、成長スピードが落ちただけかもしれないが・・・まあ、今はそんなことを考えている場合ではないだろう。
「生まれつきの病気・・・そんなものがあるのか?」
ヴァリエール公爵が信じられないといった顔をしている。
「はい。確率はかなり低いですが。普通なら生まれてすぐか、精々2〜3歳で謎の病気として、またはその病気によって二次的に引き起こされた他の病気、例えば高熱が出て激しい咳が出る病気などで死んでしまうでしょう。しかし、カトレア様は貴族で十分な治療を受けてこれたので大丈夫だったのだと思われます。」
「・・・そうなのか?」
「・・・たぶんですけど。」
まあ、必ずしも先天性の病気が死に繋がる病気ってわけではないのだけど、ここでは省いておこう。
「あらあら、私生まれつきの病気だったのかしら?でもヴァルムロートさん。どうして生まれつきの病気だとなぜ回復魔法が効かないのと思うのかしら?」
そう言ったカトレアさんはほんわかした雰囲気を醸しだしており、全くと言っていいほど悲壮感は見られなかった。
「それは回復魔法の回復過程が関係していると思われます。僕独自の考ですが聞きますか?」
「もったいぶらずに、早く話しなさいよ!」
「エレオノール、そんな口のきき方はだめですよ。それで、その考えとはどのようなものですか?」
「はい。まず1つは回復魔法は魔法で怪我を治しているものではない、ということです。」
「「「「「???」」」」」
回復“魔法”なのに魔法ではないと俺が言ったことに再び皆が首を傾げた。
「分かりずらいですよね。これは回復魔法はあくまで自然に怪我が治る補助をしている、と考えてください。つまり、自然に治らないものは回復魔法では治らないということです。」
「ミスタ・ツェルプストー!あなたの考えでは大抵の病気は放っておけば治ることになるわ。しかし、実際に熱を出して、回復魔法を使わなければ、そのまま亡くなる人もいる。それはどう説明するのですか?」
ネートさんは回復魔法を否定されたと感じたのか少し興奮したように疑問を俺に突き付けた。
「はい。それらの場合も本来なら回復魔法無しでも治るものだと思います。しかし、人の体には病気に対する抵抗力があります。しかし、不健康な生活をしたり、気持ちが滅入っていたり、歳を取ったりするなどの原因により体の抵抗力が下がることがあります。回復魔法はこの体の抵抗力を増進することで病気を治すと考えています。」
でも、これではどうやってすぐに治してるかが分からないんだよな。なんだろ、その回復魔法かけてる部分だけ超スピードになってるのかな?
「・・・なるほど。それなら多少理屈が通っていますね。」
「納得して頂きありがとうございます。私がこの考えを持ったのは“無くなった腕は再生しない。”と聞いたからです。もし、回復魔法が万能なら無くなった腕が後からでも再生されるはずですから。まあ、切り離された直後であれば元の腕とくっつけて回復魔法を唱えれば、腕はくっつきますが、それでも高ランクの水メイジの回復魔法と最高級の秘薬が必要だと聞いています。ここまで来ると、自然に治るのは難しいですが。」
・・・まあ、ちゃんと外科的に骨や神経、血管、筋肉、皮膚を繋げれば、時間はかかるけどくっつくんだけどね。
「・・・つまり、生まれつきの病気では自然に治るものではないから、回復魔法も効かない。そう言いたいのですね。」
「はい。その通りです。」
でも後天性でも治らないものもあると思うな・・・癌、とか。
「しかし、ヴァルムロードさん。それでは、どうやってカトレアを治療するのですか?」
ここまで話した限りではカトレアさんの治療はほぼ無理そうに聞こえたのだろうカリーヌさんが具体的な治療方法を訪ねてきた。
「・・・そうですね。今のところ考えられるのは二つの方法があります。一つは“現在の回復魔法”以外の回復魔法を試す。もう一つは異常な部分を取り除くこと、ですかね。」
「その二つの方法はどうやって行うのですか?」
「そうですね。前者の方法ではメイジ以外の回復魔法ですから・・・エルフに頼む、とか?」
エルフの精霊魔法がどんなものか分からないけど、系統魔法よりかなり強力らしいからな。
精霊の力でどうにかならないかな?
「エルフ!そんな恐ろしい奴らにうちのカトレアを任せるものか!」
エルフという言葉にヴァリエール公爵がすぐに反応を示した。
俺自身も言ってはみたもののそれが可能だとは微塵も思ってはいない。
「まあ、そうですよね。それに引き受けるとは考えづらいですし。」
「それならどうするの?」
後者はぶっちゃけ外科的な手術なんだけど・・・大丈夫だよな?あの袋状のもの外に出しても。
現代日本でも薬で治らないものは大抵外科手術だからいけるよな?
ずぶの素人が手術を行うなんて考えられないことだが、他に方法がないと思われる。
「異常な部分を取り除く方向で私達に出来る方法を考えてみます。」
魔法を駆使すればなんとかなるかも知れないし、その方法を考え出そう!
「そうか!ヴァルムロート君、よろしく頼む。」
「しかし、方法を思い付いても、それを実行するために準備したりとかいろいろ要りますから、最低でも2〜3年はかかると思ってください。」
方法を考えて、いきなり本番!・・・というわけにもいかないからな。
「何!?最低でも2〜3年か・・・。ミス・ネート、カトレアはそれまで大丈夫なのか?」
「そうですね・・・。これまでの感覚から申し上げますと、おそらく大丈夫だと思いますわ。大丈夫だと思いますが、何かあったときに為に今後は常に私が滞在しておきましょうか?」
「本当かね!それは助かる!それではミス・ネート、ヴァルムロート君。カトレアのこと、よろしく頼む!」
その提案にヴァリエール公爵はネートさんの手を両手でしっかりと握手してその喜びを表した。
「御二人とも、私からもお願いしますわ。」
「ツェルプストー!絶対にカトレアを助けなさいよね!」
「よろしくお願いしますね。ミス・ネート、ヴァルムロートさん。」
「「はい!」」
俺とネートさんはその期待に答えるようにはっきりと返事を返した。
昼食を食べたて少し休憩した後、そろそろ家に帰るために馬車に向かっている途中にカトレアさんに会った。
「カトレアさん、どうしたんですか?」
「昨日皆さんからもらった誕生日プレゼントを開けていたら、あなたからのがあったから、お礼を言いに来たの。」
「いいですよ。誕生日プレゼントですから、それにキュルケも贈ってますし。」
「キュルケさんにはもうお礼を言ったわよ。それにしても4つの葉のクローバーなんて珍しいわね。」
カトレアさんは俺が贈った四つ葉のクローバーのしおりを取り出して、不思議そうに眺めた。
「カトレアさん、これは『四つ葉のクローバー』と言って、見つけた人に幸せがくるっていう話があるんですよ。」
「そうなの!?」
「ええ、平民の間に伝わっている話ですけどね。カトレアさんにも幸せが来るようにと願いを込めさせて頂きました。」
「いいの?そんなものを私の誕生日プレゼントとして渡して。」
「いいんですよ。お守りみたいなものだと思ってください。あと、この4つの葉はそれぞれ『希望』・『誠実』・『愛情』・『幸運』を表しているらしいですよ。」
「あらあら、そうなのですか?」
そういうカトレアさんの顔が少し赤くなっていた。
それを見た俺は先程の診察でカトレアさんに少し無理をさせてしまったのかもしれないと思い、早急に会話を切り上げることにした。
「はい。カトレアさんの手の中に『希望』があるので期待して待っててください!」
ちょっとキザっぽいセリフだな。
俺の柄じゃないけど・・・まあ、いいか!
「ええ、期待しています。でも、あまり無理はしないでくださいね。」
「はい。分かりました。カトレアさんこそ無理をしないで下さいね。」
「ダーーリーーン!早くしなさーい!」
キュルケが俺を急かすように玄関ホールから叫んだ。
俺は苦笑いをしながら、カトレアさんにお別れを挨拶をした。
「それでは、カトレアさん、お体に気を付けてください。では、またお会いしましょう。」
「ええ、またお会いしましょう。」
こうして俺の最初のヴァリエール家訪問は終わった。
「ダーリン、なんかカトレア様といい雰囲気になってなかった?」
馬車の中でキュルケがジト目をしながら俺に詰め寄ってきた。
「え?そんなことはないと思うけど?」
「ふーん。」
キュルケはあまり納得していないようだったが、ピッタリと体をくっつけて座り直すとそれ以上の追求はしなかった。
そんな俺達を見ていた父さんは一つ咳払いをしてから俺に話しかけた。
「ヴァルムロート、帰ったら『紙作り』を早速見せてもらうからな。」
そのことをすっかり忘れていたな・・・と思ったが、約束なので素直に返事を返した。
「はい。分かりました。」
俺はそう気楽に返事をしたが、この事がヴァイスを小さな村から町へと発展させる第一歩になるとはこの時は考えもしなかった。
読んで頂きありがとうございます。
カトレアルートを順調に進み中ですね。
因みにこの時点でヴァルとキュルケは11歳、カトレアさんは17歳、ルイズは9歳です。
・・・端からみると、ヴァルはなんてませた子供なんだ。
重大発表!
タバサのヒロイン化決定!
ご意見でもタバサのヒロイン化を望む声も多かったので、ココらへんでちゃんとヒロインとして考えてみようと思います。
・・・まあ、ハーレムにロリがいないっていうのも一因かな?
ただし、ヒロイン的な行動をするのは結構後だと思います。
予定ではアルビオン編が終わって、ガリア編が始まった時位かな?
ご意見・ご感想があれば良ければ書いてみて下さい。