22話 眠れる森のヴァルムロート
カトレアさんの手術についての考えをまとめた俺はまず今の時点で出来ることを始めることにとなった。
そこでまずカトレアさんの治療に必要な“全身麻酔”に代用できそうな『スリープクラウド』について調べることにした。
まず家にある魔法関係の本で『スリープクラウド』について調べたのだが、どの本も同じようなことしか書いていなかった。
その内容は要約すると・・・
『スリープクラウド』は青白い雲を発生させ、頭を包んだ相手を眠らせることの出来る魔法である。
・・・それだけだった。
『スリープクラウド』による眠りが外的刺激で起きるようなものなのか、どれ位の時間相手を眠らせる事の出来るものなのかなど詳しいことはどの本にも書いていなかった。
まあ、普通戦いの場で相手を眠らせたら後は殺すか、捕えるかの二択だろうから相手が起きるとかどれ位経ったら起きるとかはあまり関係はないのだろう・・・取り敢えず相手が行動不能になればいいのだから。
しかし俺がこれからカトレアさんに行おうとする手術において外的要因で眠りが妨げられないかどうか、どれ位の間眠っているかを知ることは重要なことだ。
何せ、外的刺激で起きる程度のものだったらそもそも手術を開始した時点で起きてしまって話にならないし、どれ位の間眠らせる事が出来るのか分からずに手術してしまって、手術中に起きてしまったらそれこそ手術失敗で最悪カトレアさんを死なせることになるだろう。
数日かけて魔法の本を読みあさったが『スリープクラウド』に関してはこれといった収穫はなかったので、魔法の練習の時間にレイルド先生に聞くことにした。
「『スリープクラウド』について教えて欲しい、ですか?・・・いいですよ。では、今日は水系統について教えることにしましょう。」
俺が魔法の練習を始める前に「『スリープクラウド』について教えて下さい。」と言うと、レイルド先生はあっさりと承諾してくれた。
俺は喜んだが、隣にいるキュルケは少し不満そうな顔をしていた。
「ねえ、先生?ダーリンは水系統の適正が高いからいいのかもしれないけど、適正の低い私もその話を聞いたほうがいいのかしら?もし、意味がないのだったら火系統の魔法を練習してもいいかしら?早くダーリンに追いつかなきゃ!」
キュルケがそういうとレイルド先生はキュルケの言いたいことは分かるが、と言いたそうな少し困ったような顔をした。
ツェルプストー家は火の系統魔法を得意とするメイジの家系でキュルケもその例に漏れていない。
その反面キュルケの水系統への適正は低く、初級魔法の『コンデンセイション』が辛うじて出来る位だ。
・・・まあ、そもそも火系統と水系統は相性が悪く、その二つの系統が共に高ランクになる可能性を持ったメイジは極めて珍しいらしい。
そういう意味では俺やレイルド先生はメイジとしてはかなり珍しい分類で、さらにその中でスクウェアの才能を秘めている俺は「100年に一度の才能を持ったメイジだ!」とか周りに言われている。
その才能も扱いきれなければ意味は無いのだけど。
因みに系統の相性については魔法関連の本には次にように書いてあった。
火と水、風と土がそれぞれ相性が悪く、逆に火と土、水と風が相性がいい、と。
・・・土への適正が微塵もない俺は一体・・・。
な、なので普通は自分がもっとも得意とする系統を重点的に鍛えて、相性がいい系統がライン以上になる可能性があるときに補助としてそこそこ鍛えるという風に魔法を訓練するとも書いてあった。
キュルケの場合は火系統が将来的にスクウェアになれる可能性を秘めているが他の系統はドット止まりらしいので本人は火系統のみを重点的に上げていくつもりのようだ。
ただ、キュルケの火系統の現在のランクはラインであり、これは同年代のメイジと比較すれば出来すぎている程なのだが俺が秘密特訓とかで現在トライアングルランクになっている為、「早く追いついてやる!」といつも言っていて、魔法の練習に精を出しているので先程のような言葉を言ったのは理解出来る。
秘密特訓についてはキュルケには当然内緒だ。
知ればキュルケも一緒にやると言うだろうが、俺がやっているのはガンダムやグレンラガンなどのロボットの技の再現なのでキュルケに「どうしてそんなことを知っているの?」と聞かれたら何て答えたらいいか分からないので秘密にしている。
それに危険なこと(火だるまになったりとか)も多いのでキュルケはそういうの無茶しそうだから、そういうことも考えると絶対言えないしバレてもいけないと思う。
しかし、なぜ毎週のように虚無の曜日に秘密特訓しているのにキュルケが疑問に思わないのかというと、キュルケも毎週のように虚無の曜日に街に姉さんや母さん達と買い物出かけており、その際に俺も誘われるが本を読むといって断った後で森に出かけているからだ。
勿論、本も読んでいるがその為に少々睡眠時間を削ってしまうのが難点かな。
そんなことを考えていたらレイルド先生が真剣な顔をしてキュルケに言った。
「キュルケ様、確かにキュルケ様には水系統への適正があまりございませんがそれでも話だけは聞いて頂きます。もし戦いの場にてメイジと対峙した時に相手メイジが自分の苦手とする系統を使ってくるメイジだった場合、その系統にどんな魔法があるのか知っていれば何らかの対策が立てられますが、知らなければふいを突かれて負ける可能性が高くなります。」
「でも、火系統は四系統の中でもっとも高い火力を誇るのでしょう?それがあれば殺られる前に殺れるわよ!」
レイルド先生の言葉にキュルケがそう反論した。
「確かに火系統は火力でいえば虚無を除いた四系統中で最高を誇りますが・・・戦いというものは火力だけで決まるものではないのです。例えば、水系統の『スリープクラウド』ですが・・・これには攻撃力は全くありません。」
レイルド先生は『スリープクラウド』のスペルを唱え、少し離れたところに青白い雲を発生させた。
「キュルケ様、もしこれがご自分の周りにあったとしたらどうしますか?」
「どうするも・・・攻撃力はないのだから放っておけばいいんじゃないの?」
レイルド先生に尋ねられたキュルケはそう答えた。
「キュルケ様、実はあの雲で頭を覆われた者はすぐさま眠りについてしまうのです。もし戦いの場でキュルケ様が今言ったような行動を取っていたら眠らされて何も出来ずに負けているでしょう。」
レイルド先生の言葉にキュルケがすぐさま反論した。
「それはさっきまでの話でしょう?もし戦いの場でこの雲を出したらすぐに払いのけてやるわ!」
そう言ってキュルケはその青白い雲に向って『ファイアーボール』を放った。
『スリープクラウド』の青白い雲は『ファイアーボール』と火の玉が動く空気の流れで簡単に霧散した。
その様子を見てキュルケは少し得意そうに胸を張った。
キュルケのその様子にレイルド先生はニッコリと笑って答えた。
「そうです。『スリープクラウド』と思われる怪しい雲がありましたらすぐさま払うのが適切な対応です。『スリープクラウド』は人を眠らせて行動不能にする怖い魔法ですが先程のように魔法で簡単に払いのけることが出来ますし、自然に吹く風にも影響されるような弱々しい魔法でもあるのです。しかし、キュルケ様が今のような対応が出来たのも“『スリープクラウド』が人を眠らせる”と知ったから出来た対応ですよね?」
得意げな顔をしていたキュルケは一転して少し気まずそうな顔になった。
「ま、まあ、そうね・・・。」
「今のでお分かりになったと思いますが、適正の低い系統について知っておいて損はないということです。」
「わ、分かったわ。私も水系統の話を聞くわ。・・・まあ、ダーリンと一緒だからよしとしましょうか。」
キュルケの理由にレイルド先生は少し苦笑いをした。
「・・・それでヴァルムロート様、『スリープクラウド』について聞きたいこととは何でしょうか?」
やっと本題に入れるようだ。
「それはですね・・・」
俺は本では分からなかったことを早速聞いてみたがレイルド先生もそういうことを気にしたことはなかったようで「お力になれずに済みません」と言っていた。
でも分からなければ“今から”分かれば何の問題もない。
俺は先生に聞いても分からなかった時のことも考慮してある作戦を考えていた。
その作戦とは、まず俺自身に『スリープクラウド』の魔法をかけてもらい、俺が寝ている間に誰かに俺を起こすようにいろいろ手を打ってもらい、その結果でカトレアさんの手術に使えそうかを考えるというものだ。
「と、言う訳で先生。僕に『スリープクラウド』をかけてみてくれませんか?」
「・・・本当にかけないといけないですか?」
レイルド先生はあまり乗り気ではないようだが、今後を左右することなのでさらに言葉を付け足した。
「レイルド先生!この『スリープクラウド』の詳細を調べることが今後のツェルプストー家とヴァリエール家の運命を決める重要なことなんです!お願いします!」
俺が真剣な顔でそういうとレイルド先生も徐々に真剣な顔になっていった。
「そのような重要なことだったのですね!わかりました!では、早速・・・」
「あ!ちょっと待って!」
俺はスペルを唱え始めたレイルド先生を慌てて止めて、俺が寝ている間に俺を起こそうとする人の役目も頼もうかと話していたらキュルケが横から抱きついて来た。
「もう!ダーリンってば水臭いわね!そういうことは私にま・か・せ・て!」
そういってウインクをしたキュルケに一抹の不安を覚えたが無下に断る必要もないので任せることにした。
「あ、ああ・・・。お願いしよう、かな。」
キュルケには頬をつねるのでもビンタでも何でもいいからとにかく俺を起こすようにと言っておいた。
「それでは先生。お願いします。」
俺がレイルド先生にそういうとレイルド先生は頷いてスペルを唱えた。
俺の頭の周りに青白い雲が出現し、同時に抗えない眠気が襲ってきた。
「お休みなさい、ダーリン。」
俺の意識が完全に途切れる前にキュルケの声が聞こえた。
静かな寝息をたてるヴァルムロートの頬をキュルケは指で突いた。
「・・・ダーリン、起きてる?・・・反応はないわ。ちゃんと眠ってるわね。」
「ええ。『スリープクラウド』にちゃんとかかったようですね。」
「それじゃあ、まずは大声を出してみましょうか。すぅ〜、ダ」
大声を出すために大きく息を吸い込んだキュルケをレイルドは慌てて止めた。
「待って下さい!キュルケ様!このまま大声を出すと他の人に何事かと思われるので周りに『サイレント』の魔法をかけます。」
「もう、面倒ね。早くお願いね。」
レイルドは『サイレント』のスペルを最速で唱えた。
「・・・これでよし。キュルケ様もう宜しいですよ。」
キュルケやレイルドの周りに目には見えない『サイレント』の壁が出来た。
レイルドが『サイレント』を発動したことを確認したキュルケは大きく息を吸ってからヴァルムロートの耳元に顔を近づけた。
「ダァアアアリィイン!!!起ぉおきぃいてぇええええええ!!!」
キュルケの大声にレイルドは耳を抑えた。
しかし耳元で大声を出されたヴァルムロートは相変わらず静かな寝息を立てていた。
「・・・起きませんね。というか、耳元で叫んでいるのにピクリともしませんね。」
「もう!私がこんなに気持ちを込めてるのに起きないなんて!」
キュルケが頬を膨らましながら文句を言っているのをレイルドはヴァルムロートを擁護するように少し苦笑いしながら言った。
「まあ、魔法で眠らされてますから・・・。」
「じゃあ、次は鼻をつまんでみましょう。えい!」
むずっとキュルケは寝息を立てるヴァルムロートの鼻をつまんだ。
ヴァルムロートは身動きはしなかったが段々と顔色が変化してきていた。
それを見たレイルドは本来なら息苦しくて起きているのだろうが今は魔法で眠っているのでそれが出来ていないのではないかと思い、同時にすぐにキュルケを止めた方がいいのではないかと考えた。
「・・・ああ!顔色が赤くなって来ましたよ!?キュルケ様、もう止めた方がいいのでは!?今度は青く!?は、早く手を離した方が!」
さすがに顔色が青くなってのを見てキュルケも急いで鼻から手を離した。
するとすぐにヴァルムロートの顔色が元通りになっていき、キュルケとレイルドはほっと胸を撫で下ろした。
「う〜ん。普段なら起きない時にこれをやったらすぐに起きるんだけどな。」
「普段は普通の眠りの状態ですからね。今とは状況が違いますよ。」
「次は頬をつねってみましょうか。ダーリンもやってみてって言っていたし。・・・それっ!」
ぐいっとキュルケは眠っているヴァルムロートの右の頬をつねった。
今でも十分に痛いはずなのだが、全く起きる様子を見せないヴァルムロートにキュルケはつねっている力を強くした。
その様子をハラハラしながら見ていたレイルドはさっきのこともあり、早々にキュルケを止めなければ大変なことになってしまうのでは無いかと思った。
「きゅ、キュルケ様!?あまりやり過ぎないように気をつけて下さいよ!?・・・ああ!つねったところが赤くなってますよ!」
その言葉にキュルケはつねるのを止めた。
さっきまでキュルケがつねって赤くなったところをキュルケは優しく撫でていた。
「起きないものね・・・。」
撫でていた手をピタリと止まると、キュルケがヴァルムロートの上に馬乗りになり、右手をゆっくりと顔の横まで上げた。
「じゃあ、次もダーリンのリクエストでビンタね。・・・えい!ダーリン!起きて!えい!それ!」
眠っているヴァルムロートの左の頬をキュルケの右手が叩き、その直後に振り上げていた左手でヴァルムロートの右の頬を叩いた。
パン!パン!と頬を叩く音が何度も続いていることを不安に思ったレイルドはキュルケに尋ねた。
「きゅ、キュルケ様?い、いつまでビンタをし続けなさるのですか?」
レイルドの質問にキュルケはヴァルムロートの頬を叩きながら答えた。
「ダーリンが!起きるまで!ビンタを!止めない!わ!」
キュルケの答えに不安的中と思ったレイルドは三度キュルケを止めるために慌てて声をかけた。
「ええ!?キュルケ様!?も、もうこれ以上はお止め下さい!ヴァルムロート様の顔が腫れ上がってひどいことになっていますよ!?」
その言葉に手を止めてヴァルムロートの顔を見たキュルケはしばし言葉を失った。
ヴァルムロートの顔、というか両頬は何度も叩かれたことによって大きくそして真っ赤に腫れ上がっていた。
「・・・ちょっとやり過ぎちゃった、かな?回復をお願いできるかしら?」
キュルケはヴァルムロートの上から横に退くとレイルドにヴァルムロートの回復を頼んだ。
「ええ!直ちに!秘薬はこれを使って・・・『ヒーリング』!」
レイルドは懐から一番高価な秘薬を取り出してヴァルムロートの顔に『ヒーリング』をかけた。
回復魔法によりヴァルムロートの顔の腫れは引き、外見上は眠る前と同じになった。
「さて、次はキュルケ様のお手をお貸しください。」
そう言ってレイルドはヴァルムロートを叩いて真っ赤になっていたキュルケの手に回復魔法をかけた。
「ありがとうね。でも、ここまでしても起きないなんて・・・これは最後の手段ね!」
キュルケはレイルドにお礼を言うと、すぐにヴァルムロートを見つめた。
その時のヴァルムロートを見つめるキュルケの目は肉食獣が獲物を見つけた時のように怪しい光りを放っていた。
「キュルケ様!?」
キュルケの様子に気が付いたレイルドが声をかけると、キュルケは微笑んだ。
「大丈夫!これ以上体を痛めつけるようなことはしないわ。」
キュルケはこれ以上ヴァルムロートが傷つくことはしないと笑顔でそう言った。
しかし笑顔を向けられたレイルドはどうしても不安を拭い切れないでいた。
「では一体何を?」
「うふふ。眠り姫を起こす方法はいつも一つだけってことよ!・・・あ、この場合は眠り王子かしら?」
「ま、まさか!?」
慌てた声を出すレイルドをシリ目にキュルケはヴァルムロートの顔を包むように両手を添えた。
「うふふ・・・これで起きたらどうしようかしら!」
レイルドの制止する声を無視してキュルケはヴァルムロートの顔に自身の顔を近づけていった。
「・・・う、う〜ん。」
瞼を閉じていても光りを少しずつ感じることに気付き、俺は自分の意識が覚醒に向かっていることが分かった。
ゆっくり目を開けるとキュルケの胸越しにやけにニコニコしたキュルケの顔が見える。
頭の下に何やら柔らかいものがあることを考えると、どうも俺はキュルケに膝枕されているようだ。
・・・ん?膝枕?
いくらキュルケとは姉弟といっても膝枕をされていると、なんだか恥ずかしいやら嬉しいやらで顔が熱くなった。
俺が起きたことに気が付いたキュルケは少し膨れ面をした。
「あ!ダーリンってば、やっと起きたわね!」
「あ、ああ・・・お、おはよう。」
そう言って俺は体を起こし、少し名残惜しいがキュルケの膝枕から離れた。
「それで結果はどうだった?・・・まあ、さっきのキュルケの言葉で大体わかったけど。」
俺を起こす役目をキュルケに頼んで、起きた時に膨れ面をしていたことを考えると俺は眠っている間、何をされても起きなかったのだろうと予測は出来た。
「はい。お分かりになったということですが、報告させて頂きます。ヴァルムロート様はキュルケ様に何をされても起きませんでした。」
やっぱり・・・と思いつつ、何をされたのか聞いてみた。
「え、ええっとですね・・・耳元で大声、鼻をつまむ、頬をつねる、何度も頬を叩く・・・く、口付けをするということをキュルケ様はヴァルムロート様に行いました。」
レイルド先生はどこかバツが悪そうな様子で俺がされたことを教えてくれた。
そしてその報告の中に聞き間違いかと思う点があったのでちゃんと間違いではないか確かめた。
「・・・今、口付けとか言わなかった?僕の聞き間違いかな?」
「そう!それでもダーリンは起きなかったのよね〜。」
俺の質問にレイルド先生が答える前にキュルケが残念そうに答えていた。
それを聞いた俺は視線をゆっくりレイルド先生からキュルケに移動させて、少し遅れて顔もキュルケの方に向けた。
「それでも起きなかったって・・・本当に口付けをしたのかキュルケ?」
「ええ、本当よ。」
俺は冗談であって欲しいと思いながら言葉を口にしたがキュルケの言葉であっさりと破られてしまった。
どうして寝ている人を起こすのにキスをするのか分からず俺は軽いパニックに陥った。
そして同時にキュルケとキスしたのかもしれないと思うと顔が火照ってくるのを感じた。
「な、なんで!?」
「眠っている人には目覚めのキスが効果的でしょ!ほら、よく物語とかでもそういう展開あるじゃない?」
動揺している俺にキュルケは当然と言った感じで答えた。
「それのほとんどは作り話だろう!?」
「まあ、そうかも知れないけど。ダーリンは言ったわよね。“何でもいいから起こしてくれ”って。」
キュルケもおとぎ話は大体は作り話ということは分かっているようだったが、眠る前に俺の言った言葉を守るためにやったいう風に言った。
確かに俺は『スリープクラウド』の効果を見るために“何でもしていい”とは言ったがまさかキスするとは考えていなかった。
キュルケの行動は驚くものだったがそれを許したのが俺自身だと思うと言葉が詰まった。
「うっ・・・。」
「だからダメで元々で試してみたのよ。・・・まあ、ダメだったけどね。」
そう言ってキュルケは少し残念そうにうつむいた。
キュルケも年齢相応に夢を見る年頃といっては失礼かもしれないが、なんだが夢を壊してしまったかのように思えて少し不憫に思えた。
いろいろ思うところはあるがキュルケが俺の為にしてくれた行為だということと思うことにした。
「・・・まあ、いろいろ試してくれたみたいだし、今回のことはいいことにしよう・・・。」
俺がそういうとキュルケは途端に明るい表情で俺に抱きついて来た。
「もう!ダーリンったら、もっと喜んでくれてもいいのに!こんな美女からキスされたんだから!なんだったらも一回・・・!」
俺はキュルケの肩を掴んで迫ってくるキュルケを押しとどめた。
そして思った。
前言撤回。
やっぱり、キュルケは自分の為にしたのかもしれない、と。
「いやいや、姉弟だからね。・・・まあ、嬉しいか嬉しくないかって言われたら・・・嬉しいけど、さ。」
ポロッと小さな声で俺の本心がこぼれ落ちた。
それを聞き逃さなかったキュルケはこれまで見たことないような満面の笑みを浮かべた。
「うふふ!そういうダーリンの素直なところが好きよ!」
さらに迫ってくるキュルケを何とか押しとどめるも、その際に若干12歳にしてすでにその存在感を示し始めた胸に当たったりして俺の顔はますます熱くなっていった。
「わ、分かったからそんなにくっつくなって!」
「え〜、やだ〜。」
「うぐぐ・・・。あ、せ、先生。僕が眠っている間に他に変わったことはしなかったですか?」
キュルケとの攻防がきりが無いと思った俺はキュルケの攻撃を防ぎながら、キスという前例があったのでレイルド先生に他に俺が眠っている間に変わったことをしなかったか聞いた。
「変わったことですか?・・・そう言えば、きゅ」
「私がビンタし過ぎてダーリンの両頬が腫れ上がったから先生が『ヒーリング』をかけた位かしら?」
俺の質問に少し考えた後言葉を発しようとするも、俺にキスをするのを諦めたキュルケがさらっと重要そうなことを言った。
『ヒーリング』という言葉に俺はすぐさま反応した。
「え!?僕に『ヒーリング』をかけたのですか!?」
「え、ええ・・・。あのままヴァルムロート様のお顔を放置していたら起きられた時に大変なことになると思い、回復させていただきましたが・・・。」
「そう言われれば、確かに両頬が少し痛いような・・・。」
そう言われた俺は自分の頬を手で触ってみた。
確かに起きてから妙に両頬が少しじんじんするような熱っぽいような感覚があったが、キュルケの膝枕から始まったのでその性かと思っていた。
「それにしても『ヒーリング』か・・・。」
『ヒーリング』は回復魔法で病気や特に怪我に有効だが、今回のことで『スリープクラウド』には効果がない、もしくはかなり薄いんかもしれないと考えていた。
黙っている俺にレイルド先生は不安そうな顔を向けてきた。
「何かまずかったですかね?」
「そうですね・・・。まずいことはないのですが・・・いや、これはこれで貴重な発見ではありますが・・・。先生、因みに僕はどの位の間眠っていましたか?」
俺はひとまず『ヒーリング』のことは置いておいて今回の目的の一つである効果時間を聞いた。
「そ、そうですね・・・。大体二時間といったところですね。」
「そうそう。もうすぐお昼ごはんだからダーリン早く起きないかな〜って思っていたのよ。」
太陽の位置がほぼ真上に移動しており、木に生い茂る葉の隙間からの木漏れ日が真下にある地面に降り注いでいた。
「そうか、大体二時間位の効果時間なのか・・・確かにそろそろ誰かが呼びにきそうな時間になっているな。」
それにそう言われればお腹が空いていて、俺の体ももうお昼だと主張する直前の状態のようだ。
それにしても『スリープクラウド』の効果時間は約二時間ということだが・・・どうだろうか?
これは回復魔法をされての効果時間だから、回復魔法の何かしらの影響が出ていないとも限らない。
これは改めて全く何もしていない状態のデータを得る必要がある。
しかも魔法というのはそもそも個人差があるの。
そこで多くの人を使って平均的な効果時間や回復魔法や肉体へのダメージを与えた場合などで効果時間に差が出るかどうかなどもそのうち調べる必要がある、ということを今回『スリープクラウド』を実際に受けて考えた。
そんなことを考えている間にも会話が進んでいたようで——主に昼食の話だったようだが——今日の魔法の練習は終わるようだ。
「ええ。今日はこれで魔法の練習は終わりにしましょう。」
「って言っても、ほとんど何もしてないけわね。ダーリンに至っては寝てただけだし。」
「アハハ。まあ、『スリープクラウド』がどんなのもかということがよく分かったということでいいのではないでしょうか。これからも魔法の練習は行うのですから、たまにはこんな日があってもいいでしょう。あ、ちゃんと『スリープクラウド』のスペルを覚えておいて下さいね。キュルケ様も! ですよ。」
「わ、わかってるわよ。」
キュルケは少し嫌な顔をしたが素直に頷いていた。
「それでは先生、今日は僕のわがままを聞いて頂きありがとうございました。キュルケもありがとうな。」
今日は俺のせいで予定を変更していたのだろうから、俺のわがままに付き合ってくれたレイルド先生とキュルケにお礼を言った。
「いいのよ!だってダーリンの頼みですもの!それに・・・うふふ。」
・・・今度からはキュルケに何か頼みごとをするときには十分に考えてからしないといろんな意味で危ないかもしれない。
「いえいえ、また何か疑問に思うようなことがあればどんどん聞いて下さい。その為の私ですからね。・・・おや、昼食の準備が出来たようですね。では、また明日。」
「「ありがとうございました。」」
レイルド先生が俺達にお辞儀をしたので俺とキュルケもレイルド先生にお辞儀して、俺達は屋敷にレイルド先生は兵舎の方に別れた。
昼食を食べるために食堂に向かっている間、つい視線がキュルケに口元にいってしまい、慌てて目を背けることが何度かあった。
(ううっ、キュルケの顔を見る度に顔が熱くなる。)
このままではキュルケの顔を見る度に顔が熱くなってしまうのは喜ばしくない。
(・・・あれは、ノーカンだ。俺は寝てたし、それに実験の為の行為だからノーカン、ノーカン・・・ノーカン、だよな?)
俺はそう思い、なんとかキスしたという事実を別のことに置き換えようとしたが実際の記憶があるわけではないのでイメージだけがどんどん膨らんでいった。
昼食中も何かとキュルケに目がいってしまい、食事どころでは無くなりそうなので今日は怒られることも覚悟で昼食を急いでかきこむと食堂から飛び出した。
(・・・やっぱ無理だ!くそ!眠っていたのが悔やま・・・いや!こんな煩悩なくさなきゃいけない!)
俺は休みもそこそこに兵舎へと走った。
兵舎の扉を勢い良く開けると、中で椅子に座っているカズハット隊長を見つけて、一直線に近づいた。
「カズハット隊長!今日はいつもより厳しくお願いします。」
開口一番にそう言った俺にカズハット隊長は目を丸くした。
「ま、まあ、厳しくするのは構いませんが・・・どうかなされたのですか?」
そう言われた俺は少し目線をずらし、頭をポリポリとかきながら、アハハと乾いた笑いをしてつぶやいた。
「・・・煩悩を退散させるには思いっ切り体を動かしたほうがいいかなっと思いまして。」
俺がカズハット隊長にしか聞こえないくらいの声を出した後、カズハット隊長は何かを考えた後ポンと手を打ってガハハッと笑った。
「そういうことですか!ヴァルムロート様もお年頃なのですから別にいいと思うのですがね!」
立ち上がると笑っていた顔からいつもの真剣な顔に変わっていた。
「・・・しかし!一度厳しくと言ったからにはいつも以上にビシバシ行きますよ!」
「・・・お、お願いします。」
やけに張り切っているカズハット隊長を見て、俺は少し早まったかもしれないと思うのだった。
その夜、ヴァルムロートは午後の剣術の稽古でヘトヘトになりすでに眠っている頃、キュルケはベットに横になったまま朝のことを思い出していた。
「もう!ダーリンったら!あんなに顔を赤くして可愛いんだから!・・・でも、あそこまで反応があるってことは脈ありってことよね!これは・・・イケるわ!!」
そういってキュルケはぐっとガッツポーズをした。
後書き
移転してからの初めての最新話投稿です。
まあ、なんていうか・・・遅くなって済みません。
しかも、ポケモンもまだ十分に終わっていない(ストーリはクリアしましたがまだ行ってないところ多数)うちから今度はルーンファクトリー4が発売して、さらに9月の終わりにはGジェネ最新作のオーバーワールドがでて、確定ではないですが冬には第2次スパロボOGが出るかもという・・・何この新作ラッシュ?去年はやりたいゲーム1〜2個しかなかったのに。
と、言う訳で更新は遅くなでしょうが少しづつ更新していきたいと思います。・・・気長にお待ちください。