23話 『フライ』の速度=原付の制限速度
「ヴァルムロート様は『フライ』で飛ぶのがかなり速くなりましたね。」
「ああん。ダーリン待ってえ。」
(キュルケ、お前は何変な声出してるんだ。)
「はい。練習のたまものです。」
今の俺の『フライ』の飛行速度は50m走をやると大体6秒で飛ぶことが出来る。
ただこれ以上は今のところ早くなる様子は無いな。今の『フライ』の飛行速度は俺が全力で走るのとほぼ同じなので、俺の脚がもっと早くなれば少しくらいは早くなるかもしれないが、あまり意味は無いかもそれない。
時速でいうと今が約30km/hなので、それが約32~33km/hになったところでさほど変わらないだろうからな。馬には勝てないし。
「・・・しかし、この『フライ』をやっている間は他の魔法が使えない、というのはちょっと不便だよな。」
『フライ』は基本的に移動しか出来ない魔法だ。しかも人が移動する速度とほぼ同じ。ドラゴンボールみたいに空中で高速戦闘のレベルを要求するわけじゃないけど、まあ、出来るならやるけど、空を飛びながら魔法を使えたら、それだけで手数が増えそうなんだけどね。
「いや・・・ちょっと待てよ。確かこの前・・・。」
俺はつい最近魔法を同時に使っていたという記載を見たことをすぐに思い出した。
あれは『スリープクラウド』の効果を調べていた時のことだ。
かなり古いもので保存の為の『固定化』の魔法も切れかけの誰も読まなさそうな本で文字が走り書きのようにかなり汚かったので流し読み程度しか出来なかったがその中に“昔のメイジは同時に二つの魔法を使うことが出来たと聞いたことがある。”と書いてあった。
そしてその本の中で著者が実際に同時に魔法を使ってみたが見事に失敗したとそのすぐ後に書いてあり、“良い子は真似しないようにね!”とテレビのテロップのようなことが最後に書いてあったっけな。
もしかしたら本などの書物に記録が無くても口伝のような感じでそのことについて何か分かるかな?と思いレイルド先生に尋ねてみた。
・・・まあ、魔法は一つずつしか唱えられないとうことは初級編の魔法の本にも書いてあることなのでダメ元だったのが。
「ヴァルムロート様!?その事をどこでお知りになったのですか?」
レイルド先生の予想外の反応に尋ねた俺も少し驚いた。
レイルド先生の大声に離れたところを飛んでいたキュルケも「何々?」と言って近くにやって来た。
驚いているレイルド先生に俺は書庫にあった古い本でそのことを知ったと答えると先生は腕を組んで悩み始めた。
考えていることに余程集中しているのか『フライ』の高度が見る見るうちに下がっていき、地面に足がついてもバランスを取ることができすに後ろに倒れて尻もちをついていた。
「痛た・・・。しかし、う~ん。ヴァルムロート様やキュルケ様にこれを御教えして良いのか、少し戸惑いますが・・・。そこまで知って居られるならお教えしておいた方がいいでしょう。」
レイルド先生はすくっと立ち上がると、パンパンとマントに付いた土を払いながらそう呟いた。
「せ、先生?」
レイルド先生の様子がただ事ではないことが分かり、俺は地面に降りてレイルド先生に声をかけた。
キュルケも何かを感じてか俺の後に黙って付いてきて地面に降りていた。
「・・・『フライ』の途中に系統魔法を使うことは、一応出来るのです。」
(なん・・・だと・・・)
「・・・え!?出来るのですか!」
「うそっ!?2つの魔法を同時に使うことは出来ないのではなかったのかしら?」
俺はてっきり本にあったように魔法を同時に使うことは出来ないと思っていたので、レイルド先生もそういうかと思ったのだが違ったようだ。
「はい。『フライ』を含めたいくつかの魔法はその魔法を使っている間も他の魔法を使うことが出来るのです。」
(おお、まじか!)
「レイルド先生、『フライ』以外にも魔法を同時に使えるものがあるのですか!?」
「ええ、私も教えてほしいわ。」
「その前に“火”“水”“風”“土”の4系統の中でどれが一番強いと一般では言われているか知っていますか?」
魔法を二つ同時に使えるという話なのにレイルド先生はいきなり四系統の最強論をふっかけてきた。
その質問にキュルケが即座に答えた。
「そんなの“火”の系統魔法に決まっているわ!すべてを燃やし尽くせる火に敵うものなんてないわ!」
(キュルケ・・・なんか原作でもこんな会話聞いたような気がする。)
「“風”、ですよね?」
俺は少し苦笑いをしながら正解と思われる系統を口にした。
「ちょっとダーリン!なんで“風”なのよ!“火”は最高の威力を持つ魔法があるのよ!」
「まあ、そうなんだけどね。それで先生どうなんですか?」
キュルケは俺が“火”と言わなかったことにご立腹のようで頬を膨らました。
「キュルケ様には残念かもしれませんが、一般には“風”の系統が一番強いと言われています。」
「先生!それはなぜなんですか!納得がいきません!」
「これにはいくつか理由があります。まず1つは風系統の魔法には攻撃魔法の他に補助系魔法が多数あります。相手を拘束したり、防御のための魔法も存在します。」
「う、確かに“火”の系統魔法は攻撃魔法がほとんどで補助系魔法はほとんどないわ。でも、魔法一撃の強さでは『火』の方が強いはずよ。」
「確かに1対1で戦えば、他の系統でも“風”に勝てるでしょう。」
「だったら!」
「しかし、その1対1が途中で1対2や3、それ以上になった時は勝てる見込みはほとんどないでしょう。」
「どういうこと?途中で仲間でも呼ぶのかしら?そんな卑怯なものに負けたくはないわ!」
「いいえ、1人が2人や3人、それ以上に増えるのです。」
「どういうこと?」
「それは風系統には『ユビキタス』という魔法が存在し、それが自分の分身を作り出す魔法だからです。この魔法はスクウェアスペルの魔法なのでめったに見ることは無いでしょうが、この『ユビキタス』が風系統を最強たらしめているのです。」
「『ユビキタス』、ね・・・確かに1対複数はきついわね。」
「しかし、『ユビキタス』自体を使うメイジはそうはいません。いや、使えるメイジ自体が少ないと言ったほうが的確でしょうか。私が知る限りでは“烈風カリン”が使っていたと聞いたのが唯一ですね。なかなかスクウェアクラスのメイジはいませんし、スクウェアメイジになったとしても必ずしも『ユビキタス』が使えるようになるわけでは無いですから。」
(『ユビキタス』・・・偏在か、もし敵が使ってきたら厄介だな。・・・って!ワルドって偏在使うんじゃなかったけ!?)
「レイルド先生。その『ユビキタス』で増やせる人数は無限なんですか?」
「いいえ、そうではないようです。私も聞いた話なのですが、どうやらそのメイジが持つ魔法の潜在能力で何人作れるかが決まるそうです。スクウェアクラスで『ユビキタス』が出来るメイジは2~3人作るのが普通らしいですね。」
「そうなんですか。」
「ええ、そうなんです。・・・なんでこの話をしたのでしたっけ・・・あ、そうそう。『フライ』の他に2つ同時に使える魔法があるという話でしたね。今話したように『ユビキタス』の魔法を使っていながら、その魔法を使ったメイジや分身した存在はその後普通に魔法を使うことが出来るのです。」
「なるほど、2つ同時に使うことが出来る魔法があるということは分かりました。最初に戻るのですが、なぜレイルド先生は僕にそのことを教えるのをためらったのですか?」
「それはですね・・・『ユビキタス』はほとんど利点しかないような魔法なので良いのですが、『フライ』で他の魔法を使うことが出来るのが問題なのです。」
「?どう問題なのですか?」
「そうね、どういうことかしら?」
「これには主に2つの問題があります。1つは“飛ぶ速さ”です。先ほどお二人に『フライ』を行ってもらいました。確かに『フライ』で飛ぶのはお二人ともなかなか早い方だと思います。」
「あ、ありがとうございます。」
「しかし、早いと言ってもそれは人が『フライ』で飛んだ場合です。飛ぶのなら、ワイバーンや風竜を使った方がもっと早く飛ぶことが出来るのです。『フライ』で飛んでいては良い的になってしまうでしょう。」
「なるほど。」
「もう1つは“集中力”です。たださえ『フライ』という魔法を使っているの別の魔法を使うとなるとかなりの集中力を必要とします。もし、何かの理由、例えば相手からの攻撃など、で途中で集中力が切れてしまった場合、『フライ』も維持できなくなり、そのまま地面に落ちてしまうでしょう。」
さっきのレイルド先生が集中力を切らして地面に落ちたのがいい例ってことか。
「それは・・・いやね。」
「この2つの理由から『フライ』を行っている時に別の魔法を使うことはお勧めできないので、お二人にお教えするのを迷ったのです。特にヴァルムロート様は好奇心旺盛でいらっしゃるので教えると必ず実行すると思いました。」
(良く分かってるな。)
「あははは・・・」
俺は笑いながらつい目線をよそへ向けてしまった。
それを見たキュルケが一言。
「確かにダーリンは絶対にやるわね。」
レイルド先生も俺のそんな様子をみて複雑な表情をしていたが、真剣な顔をして念を押してきた。
「・・・まあ、危険が無いところで行うのは特に問題は無いですけどね。くれぐれも危険がある場合でしようとは思わないでくださいね。そういう時は素直にワイバーンや風竜などの飛べる幻獣に乗るか、船を使ってください。」
「・・・その二つが無くて、他に方法がない場合はどうしましょうか?」
「・・・はあ、その時は仕方ありませんが、なるべくその様な場合にならないようにして下さい。」
「そうですね。分かりました。」
「・・・でも、ダーリンはそういう場合になりそうな気がする。」
(原作を知ってる分、あまり笑えないな・・・)
「あはは、まさか。」
原作での移動はもっぱら馬かタバサのシルフィードだった気がするし、そういう場面がないとは言い切れなかった。
でも、原作ではタバサは大体付きっきりだし、戦争でも起きない限りは問題ないはずだ。
「大丈夫じゃないですかね。ゲルマニアとトリステインは今は停戦条約が結ばれていますし、他の国も特に動きは無いようですし。」
「そうよね。最近は大きな戦争もないし、大丈夫よね。」
(そういえば、タバサの父さんが殺されるのって何時だろう?というかジョゼフはもう王に即位してんのか?)
「レイルド先生、ゲルマニアの南側はガリアに接していますが、ガリアでは何か動きは無いのですか?例えば・・・そう、ガリアの王が変わったとか。」
「ガリアですか?いえ、そのような話は聞いたことはありませんが。」
俺の質問に首を傾げながらレイルド先生はそう答えてくれた。
隣国、しかもハルケギニア最大の国のの王が変わったら、ゲルマニアであってもすぐに情報が駆け巡るはずだろう。
ということはまだジョゼフは王になってないし、タバサの父さんもまだ殺されてないってことかな。・・・まあ、殺されるのが分かってても俺には何も出来ないのだけど。
「そうですか。ガリアはハルケギニアで最も大きな国なのでその動向には気を付けていなければいけない、と領地経営で教わったので聞いてみました。」
そう返答することで俺がガリアの王のことを聞いたのを自然にできたはずだ。
「そうですか。ヴァルムロート様は御立派ですね。」
「いえ、そんなことは無いですよ。」
「・・・御謙遜なさるのも良いですが、他の貴族がいる時にあまり謙遜がいきすぎると下に見られますよ。時には誇ることも大事ですよ。」
「そうですか・・・今後気を付けますが、これは性分なのでなかなか変わらないかもしれないですね。」
「そうね。必要以上に威張らないのがダーリンの良いところだけど、時にはもっと積極的になってほしいわね。ね!」
「え、ヴァリエール家のことや魔法や剣術の訓練とか結構積極的だと思うんだけど、他になにかあったけ?」
「もう!ダーリンのいけず!・・・私のことはどう?」
「え?キュルケのこと?・・・確かに最近は虚無の曜日に一緒に買い物に出かけることが少なかったかも、今度買い物に行く時は付いて行くよ。」
「本当!じゃあ、次の虚無の曜日に町に行って買い物をしましょ!」
「ああ、分かったよ。」
「・・・コホン。お話は終わりましたか?」
「「あ、すみませんでした。」」
「まあ、今日はもう時間ですし、いいですよ。それでは、また明日。」
「「ありがとうございました。」」
「・・・そうか、2つ同時に使える魔法があるのか。今度いろいろ試してみないとな。」
そう言って無意識にニヤリとした。
「ん?ダーリン、何か言った?」
キュルケが振り向く瞬間、俺は自分の口元が上がっていることに気がついてすぐさま普通を装った。
「いや、何でもないよ。」
「そう?ならいいけど、あまり私に隠し事をしないでよ。」
「わ、分かったよ。」
・・・すでに秘密の特訓をしている身には厳しい言葉だな。
キュルケに教えても不思議がられないようなことは教えていった方がいいのかもしれないなとキュルケの言葉を受けてそう考えるようになった。
「まずは『フライ』でどこまで出来るのか、だな。」