第76話 続・俺たちの夏
夏休みも半ば、ギーシュが自分の家に商いにやってきた商人から買ったという宝の地図をもってヴァリエール家にやってきた。
ギーシュがヴァリエール家にやってきた目的はルイズやカトレアさんではなくサイトだった。
どうしてサイトを誘ったのかとギーシュに尋ねたところ、「宝の地図を手に入れたものの一人で探しに行くのは面白くないから」と言っていたが、一人では心細いというのがあったのかもしれない。
「なあ、ギーシュ。他の男子生徒は誘わなかったのか?マリコルヌとか。」
「勿論、近くのやつは誘ったさ。でも、他のやつは討伐についていってたり、領地経営のことを学ぶのに忙しくてそれどころじゃないらしいね。」
ギーシュは残念そうに俺の質問に答えていた。
そんなギーシュにルイズが少し呆れたように尋ねた。
「ギーシュはグラモン家の人間でしょう?貴方こそ忙しいんじゃないの?」
「確かに僕はグラモン家の人間だが、そうそう討伐にいくような案件があるわけではないからね。領地経営の方は兄様がやっているからね。四男坊ってのはこういうときは気楽なものさ。」
そう言ってギーシュは笑っていたが、言葉の裏に「嫡男ではない貴族はそのうち身の振り方を考えないといけないんだよね……」という気持ちがあることを何となく察した。
「それでどうだいサイト?一緒に宝を探しに行ってみないか?」
そうギーシュに誘われたサイトは目を輝かせて二つ返事をしたのだった。
「それにしてもお父様やお母様がこんなにあっさり宝探しにいくことを許してくれるなんて思わなかったわ。」
森の中にある洞窟の前でルイズはぽつりとそう呟いた。
ルイズとしてはサイトがギーシュと宝探しにいこうが特に問題はなかったがメイジとして使い魔の監督責任からルイズも同行せざるを得なくなり、そのことをお義父さんとお義母さんに言いに行くとお義父さんは「そう言えば、私も学生の頃に行ったものだな…」と懐かしそうな表情を浮かべ、1週間の外泊をあっさりと許可した。
そして、そんなルイズの護衛兼ギーシュとサイトのお目付け役として俺が宝探しに同行することになった。
お義母さんはすでに俺との模擬戦を数回行って今回は満足しているのか魔法の訓練を欠かさないことを条件に渋々といった感じだが承諾してくれた。
さらにルイズが行くならとカトレアさん、俺が行くならとキュルケが加わり、合計6人とそれぞれの使い魔4匹のそこそこ大所帯となっていた。
ギーシュが商人から購入した宝の地図はいくつかあり、それらの宝の位置はヴァリエール家から全て西側に存在しているようだった。
まあ、ヴァリエール家がゲルマニアと国境を接しているからトリステインではかなり東寄りだからというのもあるのだろう。
そんなわけで外出できる時間も限られているのですぐに近いものから探し始め、すでに3日が経っていた。
今は俺たちは位置的には丁度トリステイン魔法学院を過ぎたところら辺にある森の中にある洞窟を捜索しているところだ。
洞窟といっても入口は人一人がようやく入れる位の大きさの小さなものなので中に入っているのはギーシュとサイトの2人だけど。
ギーシュとサイトが洞窟に入って小一時間、外をお茶をしながら待っている俺たちの耳に洞窟の中から悲鳴のような声が響いてくる。
異変を察した俺たちは杖を洞窟の方に向かって構えた。
「……うわあああああっ!」
ギーシュとサイトが息を切らしながら慌てて洞窟から飛び出してくると少し遅れて何かが洞窟から出てきた。
洞窟から出てきたのは体長は1メイル位で頭にはトサカがあるトカゲのようだが、そして足は6本生えているバシリスクと呼ばれるモンスターだった。
それが洞窟からわらわらと湧いて出てきて、俺たちの方に向かっ口を大きく開けてて威嚇行動をとっていた。
どうやらこの洞窟はバシリスクの巣になっていたようだ。
魔法を使えば一掃することはそう難しいことではないが、そうする前にカトレアさんがバシリスクたちの前へ出た。
「ごめんなさい。ここが貴方たちの巣だとは知らなかったの。もう貴方たちのことを刺激することはしないから、ここは大人しく戻ってくれないかしら?……ね。お願い。」
カトレアさんにお願いされたバシリスクたちは1匹また1匹と威嚇行動を止めると洞窟の奥へと戻っていった。
「ふう……素直な子たちでよかったわ。そうそう、ミスター・グラモン、使い魔君。あの子たちに噛まれなかったかしら?弱いとはいえ毒があったりしますからね。」
「ミス・カトレア、僕もサイトも辛うじて噛まれたはしていませんのでご安心を。」
「ああ、そうだな。囲まれそうになった時はやばかったけどデルフが事前に知らせてくれたおかげで何とかなったぜ。ありがとな。」
「イイッテコトヨ。殺気トハマタ違ッタガ怒リノ感情ナラモンスターノ方ガ分カリヤスイカモナ。」
「全くもう気をつけなさによね!それにしても、ちい姉さまは本当に凄いです!起こっていたモンスターをあんなに簡単にいい聞かせてしまうなんて!」
「そうかしら?確かにあの子たちは自分たちの巣に入ってきたことに起こっていたけど、私たちをここで威嚇していたのはまた私たちが中に入ってくるのではないかと思ってたからの行動だと思うから、もう入らないことを伝えればよかったのよ。でも、それを伝えて理解してくれたっていうことはあの子たちがいい子だったからなんだけどね。」
「それでもモンスター相手に話し合いで解決してしまったちい姉さまは凄いです!」
「あらあらルイズったら。」
カトレアさんは何でもないことのように言っているがそもそもモンスター、特に野生のモンスターに言葉が通じることはまずない。
使い魔は使い魔の契約によって人の言葉を理解しているし、使い魔ではないがメイジに使役される風竜などの竜種やワイバーンなどの騎乗目的のモンスターや幻獣は主として認めさせたり、躾を行わないといけない。
まあ、稀に言葉が通じたような状況になったりもするかもしれないが、それをさらっとやってしまうカトレアさんはやはり凄いというしかない。
「ねえ、それで洞窟の中にお宝はあったのかしら?」
「んー、たぶん?コレのことかと思う?」
一息ついたところでキュルケがサイトたちに尋ねるとサイトが手に持っていたものを見せてきた。
「あいつらの囲まれそうになったところに箱があったから中身は見てないけど適当につかんで持ってきたのがコレだ。」
「……短剣?」
サイトが見せてきたのは刃渡り20サント位の短剣だった。
古そうなものに見えるが鞘や柄の装飾は豪華なものではなく、しかも錆びているので価値は低そうだった。
「ただの短剣なのかしら?ねえ、ギーシュ。確か宝の地図にどういう名前の代物か書いてなかったかしら?」
「ああ、確かに書いてあったと思う。ちょっと待ってくれ……」
そう言ってギーシュは宝の地図を確認した。
「何て書いてるの?」
「……闇の短剣。」
「え?」
「宝の地図にはここには“闇の短剣”があると書いてある。」
「じゃあ、これがその闇の短剣なの?」
「た、多分……」
「ふむ……闇の、という割にはただの短剣のようだな。」
俺は短剣にマジックアイテム的な何か特殊な処置が施させていないか『ディテクトマジック』を使って調べてみたが何も施させていなかった。
「じゃあ何が闇なのかしら?」
「強いて言うなら洞窟が真っ暗でギーシュの魔法で中を照らさないと何も見えなかったな。」
「真っ暗闇なところにあったから闇の短剣って名前を付けたの?もしそうならこの宝の地図を作った人のセンスを疑わ。」
そもそもどうしてこんな場所にただの短剣を隠し、それを宝の地図に記したのかが謎だ。
もしかしたら愉快犯的なものだったかもしれない。
いや、洞窟内はバシリスクの巣なのだから悪意のあった悪戯なのかもしれない。
「センス、ね。そうかもしれないわね。前の宝だって岩の中に竜の骨が埋まっていただけだったわけだし。」
宝の名前は“岩に封じられし竜”でルイズの言う通り、前の宝の地図が記した場所には岩に埋まっていた竜種の骨、というか化石があった。
この世界は考古学とかはあまり発たちしていないし、興味ない人にとってはただの岩だが、ほぼ完全な形の竜種の化石なんて好きな人だったらかなりの値打ちものだっただろう。
しかし、持ち運ぼうにも全体で10メイル位の大きさになるものでルイズをはじめとする女性陣にはあまり好評ではなかったので放置したのだった。
その前の前は“昼の星”という名前の宝で洞窟内に暗闇で発行するキノコの群生地だった。
「ねえ、ギーシュ。まだ宝探し続けるつもりなの?どれもいまいちの宝ばかりじゃない?」
ルイズの言葉に言い返す言葉が見つからないのかギーシュはバツの悪そうな表情をしていた。
皆に宝探しが終わるかも、といった雰囲気の中俺はその雰囲気を打破するために宝の地図の束から一枚の地図を取り出す。
「まあ、まだお義父さんから許しを得ている期間はまだ5日もあるんだ。この宝なんてどうだ?村の近くにあるようだし、村に滞在しつつ捜索すれば食事や宿など色々と楽だし、見つかった後も旅行気分で少し滞在も出来るんじゃないか?」
そう言って俺は皆の前に地図を広げた。
その地図に記された場所はここから馬車で2日くらいの距離があった。
地図には“竜の羽衣”と宝の名前が記されていた。
それから途中の村で一泊し、次の日には宝の近くにある村タルブへと到着した。
時はすでに夕刻、夕食と今日宿泊するための宿屋を探していると始めてきた村なのに聞き覚えのある声に呼び止められた。
「え?さ、サイトさん!?それにミス・ルイズや他の方たちまでどうしてここにいらっしゃるのですか?」
声のかけられた方に振り向くとそこには魔法学院でメイドとして働いているシエスタの姿があった。
「あれ?シエスタじゃないか!シエスタこそどうしてここにいるんだ?」
サイトは少し驚きながらもシエスタに質問を返していた。
シエスタは俺たちがここにいることに驚きながらもサイトの質問に答える。
「私はこの村の生まれでして。今は魔法学院は長期休暇ということで少しお休みを頂いて実家へ帰ってきていたところだったんですよ。」
「なるほど。里帰りか。」
「はい。それで……サイトさんたちはどうしてタルブに?私が言うのも何ですが、この村には特に何もないですよ?」
「ああ。それがさ……」
サイトが俺たちがここに来た理由を説明しようとした時、サイトの腹の虫が空腹に耐えかねて鳴き出した。
「ふふ。ご飯まだだったんですね。私の家にご案内……と言いたいところですが、流石にこの人数は多いので宿屋にご案内しますね。ミス・ルイズたちもそれでよろしいでしょうか?」
「ええ。丁度宿を探していたところだったの。案内して頂戴。」
「分かりました。宿屋は貴族の方が泊まられるような立派なものではないのですがそこは我慢して下さると助かります。」
「こんな田舎の村でそんなの初めから期待していないわ。いいから早く案内なさい。もうお腹がペコペコよ。」
「ふふ。では、こちらです。」
ルイズの少し高圧的だがどこか愛嬌のある言葉にシエスタは微笑ましいと感じたのか頬を緩ませていた。
それから俺たちはシエスタに案内されて村に1つしかない宿屋へと到着した。
普段は行商人くらいしか泊まらないであろう宿にこれだけの人数の貴族がやってきたので宿は軽いパニック状態に陥っていた。
「なんだか騒がしいけれど大丈夫なのかしらこの宿……」
「あらあら。何だか宿屋の人たちには申し訳ないことをしてしまったかしら?」
宿の従業員が慌ただしく行き来しているのをみたキュルケとカトレアさんが心配そうにその様子を見ていた。
「あはは……だ、大丈夫ですよ。ただこの宿には滅多に貴族の方が泊まられることはないのでシーツを新品にしたりと部屋の準備にちょっと時間がかかるそうです。ですから、先に食堂の方でお食事をなさって下さい、とのことだそうです。」
「願ってもないわね。メニューは何かしら?」
「聞いてみないと分かりませんが、タルブの郷土料理でヨシェナヴェというものがあるのでそれではないでしょうか?」
ヨシェナヴェ、という言葉を聞いた時俺は少し懐かしい気持ちになった。
元々は“寄せ鍋”だろうが、それにしても久々に日本語っぽい響きの言葉を聞いたものだ、と思いながらそのことはおくびにも出さないようにした。
「ヨシェナヴェ?聞いたことない料理ね。どんなものなのかしら?」
「ヨシェナヴェは野菜や近くの山で採れた山菜や木の根などを煮込んだ一種のシチューですね。」
「木の根って……それって大丈夫なの?」
「はい。木の根と言ってもちゃんと食べられるものを使ってますから。それに意外と美味しいんですよ。」
「ふーん。まあ、期待しないで待っているわ。」
「それでは私はこれで失礼します。」
そう言ってお辞儀をしようとしたシエスタにサイトが待ったをかけた。
「なあ。シエスタも一緒に飯食わねえか?」
「サイト!?」
「サイトさん?」
「別にいいだろう?ルイズ。シエスタにはここまで案内してもらった恩があるし。それにヨシェナヴェってのも初めて食べるんだろ?食べ方を教えてもらった方がいいんじゃないか?」
「確かにヨシェナヴェという料理は初めてだけど、シチューの一種ならそんなに特殊な食べ方はしないでしょう?まあ、確かに近くだったとはいえ、案内してもらったのは事実だけど……」
煮え切らない返事をするルイズが「どうしたらいい」と訴えかける瞳を俺の方へ向けてくる。
そんなルイズに俺は助け船を出した。
「いいと思うよ。それに明日からのことを考えると近くの地理に詳しい地元の人がいるのは何かと助かるから、その役割をシエスタに頼んでみたらどうかな?」
「……それもそれですわね。シエスタ、あなたが食事に同席することを許可するわ。」
「え?あ、ありがとうございます?……それにしても明日からのことって一体何の話ですか?」
俺の言葉にまだ何も説明されていないシエスタが困惑した表情を浮かべた。
「そう言えばまだシエスタには俺たちが何でここに来たのか言ってなかったな。」
「はい。それをサイトさんが言う前にサイトさんのお腹が鳴ってしまったので……」
「ここには“宝探し”に来たんだ!」
「宝探し、ですか?」
サイトのテンションの高さに比例するようにシエスタの困惑は深まっているようだった。
シエスタからすれば「地元に貴族がわざわざ探しにくるような宝なんてあっただろうか?」といったところなのだろう。
しばらくして料理が運ばれてきたのでシエスタに料理や使われている食材の説明を受けながらヨシェナヴェを頂いた。
皆のお腹が満ちてきたころ、シエスタが探している宝について詳しい内容を尋ねてきた。
「竜の何とかって名前だったような……」
「竜の羽衣だよ、サイト。」
宝の名前がうる覚えだったサイトにギーシュが助け船を出す。
「そうそう。竜の羽衣っていう宝を探しに来たんだ。なんでもこの近くにあるって地図には書いてあったと思う。」
「竜の羽衣ですか!それなら私、それがある場所を知っていますよ。」
「マジでっ!?」
シエスタの言葉にサイトは身を乗り出し、他の皆も一気にシエスタの方に顔を向けた。
「え、ええ。サイトさんたちの目的が竜の羽衣なら明日その場所に案内しましょうか?」
「おお!マジで!よろしく頼むぜ!」
「ええ。お任せください!」
サイトに頼まれて少し得意げな表情をするシエスタにルイズが少し不安そうに尋ねた。
「ちょっと聞くんだけど、その竜の羽衣ってショボいものじゃないでしょうね?」
「そうですね……貴族の方がどれくらいのものなら驚くのかは分かりませんが、私は凄いと思いましたよ。結構大きいですし。」
「へえ。これまでの宝はいまいちだったけど、今回はちょっと期待できそうね。ダーリンが選んだだけはあるわね!」
「ああ!楽しみだな!」
最後に当たりの宝がきそうな雰囲気に若干嬉しそうにするキュルケに大げさになり過ぎないように注意しながら返事をした。
どんなものかは知っているが実物は初めて見るので楽しみだというのは本心だった。
食事を終え、シエスタに改めて明日の案内役を頼むと彼女は快く受けてくれた。
シエスタが自分の家に戻った後、俺たちも宿の人に準備が終わった部屋へと案内された。
明日も早いということで真新しいシーツに交換されたベッドですぐに休むことにしたのだった。
「皆さん、おはようございます。」
宿で朝食を食べ終えたところにシエスタがやってきた。
シエスタによると竜の羽衣までの道のりはきちんと整備はされていないものの、歩いていくのに特に問題はないとのことだった。
宿の人から昼に食べるバスケットを受け取り、俺たちはピクニックに出かけるように宿を出た。
「それにしてもバスケットを用意しているなんて準備いいわね。」
宿の人に俺たちが何も伝えていなかったのにお弁当を用意してくれていたことにルイズは感心するも疑問に思ったことを発した。
そんなルイズにバスケットの1つを持ったシエスタが答えた。
「昨日、帰る前に宿の人に頼んでおいたんですよ。道のりは悪くないですけど、距離はそれなりにありますから。」
「ふーん。なかなかなるじゃない。」
「ありがとうございます。」
それから俺たちはすぐに村の裏手側にある山に入る。
シエスタの言っていた通り、山道と言っても勾配は緩やかなもので道も何度か人が通っているのか獣道のように山の中に筋が出来ていた。
「なあ。シエスタ、竜の羽衣ってどんなお宝なんだ?」
サイトの質問にシエスタは少し困ったような顔をする。
「そうですね。私からしたらお宝というものではないのですが……。竜の羽衣が村にやってきたのは60年くらい前だったと聞いています。」
「やってきた?それに60年くらい前ってそんなに古いものでもないんだな。」
「そうなんです。伝えられている話だと、ある日耳をつんざくような鳴き声と共に2匹の奇妙な姿の竜が空を横切ったそうなんです。そして1匹は1つに重なった月へと姿を消し、もう1匹がしばらく空を飛んでいた後村の近くに降りてきたらしいのです。」
「へー。じゃあ、その降りてきた竜が後に竜の羽衣と呼ばれるようになったってことか。」
「そうなんです。」
「……でもそれって変じゃない?」
サイトたちの話を聞いていた俺たちの中でキュルケが疑問を口にした。
「変、とはどういうことでしょうか?」
「だって初めは奇妙な竜と思っていたんでしょう?それなのにどうして竜の“羽衣”っていう名前になったのかしら?」
「それはですね。その奇妙な竜に乗っていた人が“これは竜ではない”と言ったからだそうです。でも人を乗せて空を飛べるのはグリフォンや竜種ぐらいですから、竜の羽衣と村の人は呼んでいるんですよ。」
「なるほどね。それにしても竜騎士なのに乗っていたものが竜ではないって本当はなんなのかしら?」
「その人はもう亡くなっているので分からないですね。あ、因みにその人は私の曾祖父なんですよ。」
「……。」
「「「「「えええっ!?」」」」」
シエスタの何気ないカミングアウトにその言葉を理解するために僅かに時間がかかったのか一瞬の静寂の後にカトレアさん以外が声を出して驚いていた。
大声を出していないといってもカトレアさんも驚いていないわけではなく口に手を当てて驚いた表情をしていた。
俺はというと、シエスタの曾祖父が日本人であることをすでに知っていたのだが俺だけ驚かないのは不自然になってしまうと考えたので皆が驚くタイミングに合わせるために戦闘で培った気配を読む能力を駆使して驚いたリアクションを完全に一致させたのだった。
「そういうことは最初にいいなさいよ!」
「す、すみませんミス・ルイズ。」
「まあ、いいわ。それにしても竜の羽衣の竜騎士があなたの曾祖父ならもっといろんなことを知っているんじゃないの?」
「そうは言われましても曾祖父なので直接会ったことはないのですよ。ですから竜の羽衣については親や村の人から聞いた口伝くらいしか分かりません。」
「そう……それは残念ね。」
「でも、曾祖父のことは少し聞いていますよ!」
「そうなの?」
「ええ。サイトさんってニホンという国から召喚されたんですよね?」
「え?ああ。そうだけど?」
「これは祖父から聞いたのですが、実は私の曾祖父は自分のことを“ニホン人”と言っていたそうなんですよ。」
「えっ!?そうなのか!?」
「はい。私の髪って黒いですよね。このあたりでは黒い髪の人は私の家系以外ではいないんですよ。それも曾祖父が黒髪だっからなんですよね。」
「なるほど……どおりで最初シエスタを見た時、なぜかホッとする気持ちになったんだけど、顔つきが日本人に近かったからなんだな。」
「そうだったんですか?曾祖父のおかげでサイトさんと親しくなれたのなら感謝しなくてはいけませんね。あ、そうそう。実は昨日皆さんが食べたヨシェナヴェも曾祖父がこの村に伝えたものらしいんです。食べられる木の根っこのこともその時に教わったみたいですね。」
「あ、やっぱりあれって木の根っこじゃなくてゴボウだったのか。それにヨシェナヴェって寄せ鍋がなまった言い方だったのかな?」
サイトはヨシェナヴェのことをなまった言い方と思っているようだが、恐らく少し違うと思う。
サイトは召喚されたからこの世界の言葉を恐らく日本語として認識しているだろうし、サイトも本人は日本語を発しているつもりなのだろう。
だけど、実は俺たちが話している言葉は英語やフランス語に近いものだし、サイトが話している言葉も俺の耳には英語やフランス語に近い言葉に聞こえている。
しかし、正式に召喚されたサイトとは違い偶然にこの世界へとやってきたシエスタの曾祖父は最初言葉の壁にぶち当たったのだろう。
その後、生活していく中で徐々に言葉を覚えて意思疎通ができるようになったとしてもちゃんとした発音で伝わったとは考えにくい。
まあ、伝わった後に徐々に変わっていった、なまっていったということもあるだろうが。
そんな感じで1時間ほど山道を歩いていると山の中腹付近の開けた場所に出た。
「皆さん、あの建物が目的地です。あの中に竜の羽衣があります。」
シエスタがそう言って少し離れた場所に建っていた建物を指さした。
俺たちは草は生えているがこれまでの山道と違い、どこか整備されたような平らになっている場所を約200メイル歩いてその建物の前へとやってきた。
「とうとう……竜の羽衣にたどり着いたんだね。」
そう言って感極まっている様子のギーシュを他所にシエスタが建物の扉にかかっていた鍵を外していた。
そして、そのまま扉を開こうとするもびくともしない。
建物の側面とほぼ同じ大きさの扉の重さゆえか、はたまた扉を動かす金具部分がさび付いているためかにシエスタでは力が足りないようだった。
サイトもシエスタを手伝って少しずつ扉を開ける。
扉は観音開きだったのでサイトとシエスタが片方の扉を開けている間に俺はもう片方の扉を『レビテーション』を使って動かした。
扉を開けた瞬間、少し埃っぽい空気が外に流れ出る。
「こほっ。さ、サイトさんありがとうございます。……これが皆さんが探していた竜の羽衣ですよ!」
窓がなく、薄暗い建物の中には確かに人よりも大きい存在感を放つ何かがそこにあった。
扉側からの光に照らされて、中心に大きな赤い丸が描かれた緑色の躯体はハルゲギニアでは決して目にしない奇怪な形をしていた。
しかし、地球で生きていた俺やサイトにはよく知る形であった。
「こ、これって飛行機か!?それにこれって実物は見たことないけどゼロ戦ってやつか?」
「ゼロセン?」
「なあサイト。これは竜の羽衣ではなくてゼロセンというのが本当の名前なのかい?」
興奮してゼロ戦に駆け寄るサイトにルイズがその名前をオウム返しする。
小屋の中へと足を踏み入れたギーシュが中の埃っぽい空気を吸わないようにとハンカチで口を押えながら尋ねた。
「ああ。これは竜の羽衣という名前ではなくてゼロ戦というのが本当の名前だ。」
「サイトがこれについて知っているということはこのゼロ戦とやらはサイトがいた世界のものということかな?」
「間違いないと思うぜ。ゼロ戦は俺の国が昔戦争した時に使っていたものの一つだからな。だからシエスタの曾祖父が日本人っていうのも本当っぽいな。それにしても何十年も前に放置されてたはずなのにかなり状態が良さそうにみえるな?」
サイトの疑問にいつの間にかサイトの隣に立っていたシエスタが答えた。
「それはですねサイトさん。曾祖父が亡くなった時にそれまでの村への貢献を感謝を示すために貴族様にお願いして『固定化』の魔法をかけてもらったらしいんです。」
「へえ。でも、貴族に頼むとしても平民からしたら結構金額が高かったんじゃない?」
「なんでも村の皆でお金を出し合ったそうです。」
「皆に慕われていたのですね。」
「すごいじいちゃんだったんだな。それにしてもこれだけ状態が良かったら、実はまだ動くんじゃねえの?」
「ソウ思ウナラ、触ッテミタラドウダ?」
「何言ってんだデルフ。パイロットでも整備士でもない俺が触っただけで分かる訳ないだろう。」
「オイオイ。自分ガ“ガンダールヴ”ダッテコト忘レテルンジャネエダロウナ、相棒?」
「忘れてねえけど……」
「“ガンダールヴ”ハドンナ武器モ自身ノ手足ノヨウニ扱エルンダゼ?ゼロ戦ッテヤツモ戦争ニ使ワレタ“武器”ナンダロウ?」
「ゼロ戦は確かに戦争の道具だったかもしれないけど、剣とか弓とかとは次元が違い過ぎると思うけどな。なあ、シエスタ。ゼロ戦に触っても大丈夫か?」
「ええ。大丈夫だと思いますよ。」
シエスタの許可を得たサイトはデルフの言葉に半信半疑になりながらもゼロ戦に触れた。
皆も少し不安そうにサイトを見つめた。
「……あ。」
僅かの沈黙の後、サイトは小さく声を上げた。
「どうサイト?」
「どうだいサイト?」
「ドウダ?」
「すげえなガンダールヴ。確かにゼロ戦のことが分かるぜ。」
「と言うことは動かせるのかい?」
「ちょっと待って。」
そう言ってサイトは慣れたような足取りで機体の上へと登り、コクピットを覆っている窓のところを開けて、その中へと乗り込んだ。
コクピットに乗り込んだサイトは中の計器を見回したり、レバーを握ったりしながらゼロ戦の現状を確認した。
「うーん。機体自体に特に問題はなさそうだけど、ガソリンがないみたいだな。」
「ガソリン?」
「ガソリンはゼロ戦を動かすために必要な燃料のことなんだけど、この世界にはないのか?」
「それってフネを動かす風石とかじゃ駄目なのかしら?」
キュルケがゼロ戦が空を飛ぶ乗り物だということでこの世界で同じように空を飛ぶ乗り物であるフネを飛ばすのに必要な風石を代案として挙げる。
「いや、ガソリンは液体だから石じゃ無理かな。」
しかし、キュルケの提案もコクピットから降りてきたサイトに当然のように却下された。
まあ、ゼロ戦とフネでは飛ぶ原理が違い過ぎるのでしょうがないのだが。
「そのガソリンというのは聞いたことない名前だが、サイトの世界にしかないものじゃないのかい?」
「いや。ガソリンっていうのは植物なんかが土の中で長い時間かかってできるものだから俺の世界にしかないっていうことはないんじゃないか?」
「そうなのかい?じゃあ、このハルゲギニアにもあるかもしれない、ということかな?」
「ああ。この世界でも植物はあるわけだし、竜の化石もあったわけだからガソリンがないってことはないと思うぜ。」
「竜の化石とは宝の地図でみつけたアレのことだよな?どうしてそれが関係しているんだい?」
「ガソリンは俺の世界では化石燃料とも言われているものだからな。」
「なるほど。この世界にもあるものなら『錬金』ができるかもしれないね。」
これまでサイトに質問していたギーシュの口から思いもよらない言葉が出てきたのかサイトは驚いた。
「え!?ガソリンを作れるのか?」
「ま、まあね。」
「流石、魔法!すげえな!」
「ただ『錬金』をするにもそのガソリンというものを実際に見ていないことには何とも言えないのだけど……」
「そうなのか……」
喜びも束の間、続いたギーシュの言葉にサイトは肩を落とすもすぐに何かを思いついたように機体の胴体横のある部分に小走りで近づいた。
「確かここにあるはず……あった!」
胴体に20サント四方の小さな扉があり、それをサイトは開けた。
さらにその中にある蓋を外し、さらに奥へと腕を突っ込んだ。
「……ん?あったあった、よかったー。まだ完全になくなったわけじゃなかったみたいだ。なあ、ギーシュこいつでガソリンを『錬金』できるのか?」
そう言ってサイトは突っ込んでいた腕を引き抜き、黒い液体が付いた指先をこちらに向けた。
ギーシュがサイトの指に付いた液体に顔を近づけたと思った瞬間、貴族が決して出してはいけないような奇声を上げた。
「な、な、なんだいそれは!?は、鼻がおかしくなる!」
そのギーシュの言葉と行動に興味をそそられたのかルイズやキュルケ、そしてシエスタが次々にガソリンに顔を近づけ、そしてギーシュと似た反応をしてサイトから距離をとった。
「そうか?ガソリンってこんなものじゃないかな?」
風に乗って漂ってくる匂いを嗅がないようにするためかルイズたちは先程まで埃を吸わないようにと口を覆っていたハンカチで鼻を塞いでいた。
俺は特に気にすることもなく、漂ってくるガソリンの匂いに懐かしさを覚えるのだった。
「なあギーシュ。それでこれでガソリンを『錬金』できるのか?」
「そ、そうだな。初めて見るものだし、なんとも言えないな。これがただの黒くて臭い液体なら『錬金』は簡単だったかもしれないが、これが風石の代わりにこのゼロ戦とやらを空に飛ばす力を持っているとすると僕では難しいかもしれないな。」
「そっか。残念だな……」
「ま、まあ、でも今の僕にできないのは知識がまだまだ足りないからに過ぎない。僕が今よりももっと知識を蓄えたなら、すぐにでも『錬金』できるはずさ。」
「でも、今は無理なんだろ?」
「そ、そうだな。」
「あ。そうだ!ヴァルムロートなら知識あるだろうし『錬金』できるんじゃねえの?」
ギーシュが無理と分かって残念そうに肩を落としたサイトが俺の方に希望の灯った目を向けた。
「すまないサイト。僕は土の系統魔法はなぜか全く使えないんだ。」
「そっか。使い方が分かっても燃料がないんじゃあ、どうしようもないな。」
最後の希望!とばかりにサイトは俺に期待していたようだが、それが叶わないと分かったのか、がっくりと肩を落とした。
そんなサイトに俺は声をかける。
「ここにいる人では無理なら他の人に頼んでみるのがいいだろう。例えば、学院のミスタ・コルベールはどうだろう。」
「ミスタ・コルベールか。確かにあの先生は火と土が得意だとは聞いているが……普段おかしな実験や道具を作っている人だぞ?」
俺の提案にギーシュが難色を示す。
それも仕方ないことだろう。
なぜならコルベール先生は独学で科学をやろうとしている人だからだ。
この魔法至上主義の世界においては異質極まりないだろう。
しかし、だからこそ、だ。
「しかし、もしかしたらそのおかしな実験が役立つかもしれない。おかしな実験を多く行っているということは、同時に色々なものを調べたり、作っているということだからな。」
「まあ、ヴァルムロートの言うことも一理あるか。確かに今の状態ではどうしようもないのだから、ミスタ・コルベールを頼ってみるのも手だな。」
「コルベール先生に頼んだらどうにかなりそうなのか?」
「そうだな。可能性は0ではない、と言ったところか。」
「可能性は0じゃない、か。じゃあ、それに賭けてみるか!」
そう。
可能性は0ではない、つまり100%だ。
まあ、それもどうなるか知っているから言える言葉か。
「では、ガソリンのことはミスタ・コルベールに頼むとしようか。」
「そうね。まあ、あまり期待しないでおいた方がいいでしょうけどね。」
ひとまずガソリンの複製をコルベール先生に任せる、ということに話が落ち着いた。
とりあえず、今後のことは一旦村に戻って考えることとなり、その場を後にすることとなった。
「あ、あのっ!」
小屋から出ようとしていた俺たちをシエスタの声が呼び止める。
「シエスタ?どうかしたのか?」
「あ、あのサイトさん!それに皆さん!」
「ん?」
「お願いがあるのですがお時間少しよろしいですか?」
俺たちはこのまま村に戻るだけだったので時間もあまりかからないということなのでシエスタのお願いを聞くことにした。
シエスタのお願いというのは小屋のすぐ近くにある、とある場所にいくことだった。
「ここです。」
シエスタに案内されたのは草が定期的に刈られているのか他の場所よりも草の背丈が低くなっている場所だった。
そしてその中心にはいくつかの四角い石が積み重ねられていた。
「何ここ?四角い石があるだけみたいだけど?」
「ん?何か表面に刻まれているようだけど・・・これは何かの模様?」
「うーん。模様にしては統一感なくてセンスないわね。」
その光景の意味をハルケギニア出身のルイズやギーシュ、キュルケたちは分からないようだった。
しかし、サイトはその光景の意味を当然理解したようで神妙な面影で石に近づいていった。
「“海軍少尉佐々木武雄、異界ニ眠ル”」
「サイトさん!やはりこの文字が読めるんですね!」
「ああ。これは日本語、俺の国で使っている文字だからな。これはシエスタの曾祖父のお墓か。」
「はい。そうです。」
シエスタの言葉を聞いてしゃがんで石に向かって手を合わせるサイトをルイズたちは不思議そうに見ていた。
サイトが墓に手を合わせているときにルイズがシエスタに疑問を投げかけた。
「それでシエスタ。あなたがここに私たちを連れてきたのはあなたの曾祖父のお墓をみせるためだったの?」
「そうです。そして曾祖父の遺言でもあります。」
「遺言?」
「このお墓の石に刻まれている文字を読める人が現れたら竜の羽衣を渡すように、と。」
「なるほど。それで同じニホン人である俺をここに連れてきたのか。それにしても本当に竜の羽衣、ゼロ戦を貰ってもいいのか?」
「はい。勿論です。実はサイトさんたちが来る前にサイトさんのことを話したんですよ。そしたら村長は保管するのも大変で私たちには動かせないただの置物だからこの墓石の文字が本当に読めるならいいだろうと言っていました。」
「そっか・・・なあ、ルイズ。貰っていいかな?」
シエスタの話を聞いたサイトはすでに村の許しもあるということで貰うことに抵抗はなさそうだが、すぐには返事をせずにルイズに目を向けた。
自分には関係のない話だと思っていたルイズだが、不意に声をかけられて少し驚いた様子で返答する。
「な、なんで私に聞くのよ?」
「一応、ご主人様だし?」
「そうね・・・まあ、いいんじゃない?くれるって言うなら貰っておけばいいのよ。」
「そうだな。じゃあ、頂くよ!」
「はい!・・・あ、そう言えば、もう1つ遺言がありました。」
「なんて?」
「なんとしても竜の羽衣を陛下に返して欲しい、だそうです。」
「陛下・・・天皇のことだよな。まあ、帰る方法があればいいけどな。」
「そうですよね。でも、その時はお願いしますね。」
「ああ。」
その時、俺は2つのことを考えていた。
1つは俺自身生まれはハルケギニアだが、魂は日本人の転生なので墓石の文字が読めたということ。
すでにウェールズ皇太子の命を助けていることもあり、これ以上原作と違うことを行って次の展開が読めなくなるのをなるべく避けるために黙っておいた。
そしてもう1つ。
それは、実は帰る方法はすでにここにくる道中にシエスタが話していたのだが誰1人としてそのことに触れなったことだ。
まあ、そのすぐあとにシエスタの曾祖父がサイトと同じ日本人だったという事実が明らかになったのでそのことで皆その前の話を失念しているのかもしれない。
もし、ここにタバサがいればその時に指摘していただろう。
ここで俺がそのことを指摘してもいいが、それはサイトに残酷なことを告げることにも繋がってしまうのだ。
どうしようかと考えていたが、恐らくコルベール先生にゼロ戦の経緯を話したところで指摘されるだろう。
ショックなことはなるべく早い方がいいだろうと思い、そのことを俺はサイトに告げた。
「なあ、サイト。実は帰る方法は1つあったんだが。」
「ええっ!?ま、マジでか!?」
「お義兄様!?それはどういうことなんですか?」
「皆、ここに来る前のシエスタの話をよく思いだしてごらん。最初は空に2匹の竜の羽衣が飛んでいたけど、残ったのはシエスタの曾祖父だけ、という話だ。」
「た、確かに・・・もう1機消えたゼロ戦がいたことになるな。なあ、シエスタ!消えたゼロ戦はどこに行ったんだ!?」
「え、ええっと、1つに重なった月に姿を消したと聞いていますけど・・・」
シエスタの言葉にサイトは空を見上げた。
空には月が2つ浮かんでいる。
「シエスタ、月が1つに重なる時っていつなんだ?」
「そうですね・・・あっ。」
サイトの期待する目を向けられたシエスタは僅かに考えた後、何かに気が付いたように気まずそうに目を逸らした。
「え?な、なに?」
「それは・・・ですね・・・」
言い辛そうにするシエスタ、それを見て困惑するサイト。
そんな2人を見て話が進まないと思ったのかルイズが一言発した。
「もう終わったわよ。」
「え。」
「1ヶ月位前かしら。」
「え、え?そんなこと何も言ってなかったよな?」
「そうね。2つの月が1つに重なることはあまりいいこととされてないのよ。だから、逆に何もしないの。その日は訓練もお休みで一日中家の中にいたでしょう。それにちゃんと重なってる時間もたったの数分だったみたいね。」
そう、実は2つの月が1つに重なったのは1ヶ月も前なのだ。
というのも、原作では夏休み突入と同時に神聖アルビオン共和国が宣戦布告し、その後1週間後くらいに開戦していたのだ。
しかし、ここでは神聖アルビオン共和国が未だ宣戦布告しておらず、普通に夏休みを過ごすこととなり、俺がゲルマニアに帰国している間に月が重なっていたのだった。
因みにハルケギニアでは2つの月が重なるのはブリミル教では凶兆とされている。
他にも日食なんかも凶兆とされるが、月が2つある分日食の頻度は地球よりも多いので凶兆といっても「ちょっとついてない日」程度の認識だ。
「げっ!?マジかよ。・・・で、次に月が重なるのは?1ヶ月後?2ヶ月後?」
「詳しいことは分からないけど・・・60年後、くらいかしら?」
「はい?60年?」
「恐らく、前回月が重なった時にシエスタの曾祖父が来たのかしらね。だから、次起こるとしたらそれくらい経ってから、ということになるわね。」
「う、うそ、だろ。次は60年後って・・・折角の帰る手掛かりが・・・」
ルイズの言葉を聞いたサイトは膝からガックリと崩れ落ちるように四つん這いになった。
そんなサイトにルイズやシエスタ、ギーシュが心配そうに声をかける。
愕然としているサイトの横にしゃがみこみ、肩に手をおく。
「残念だったサイト。でも、変えることができた人がいるかもしれないことが分かっただけでもかなりの収穫じゃないか。」
俺の言葉にサイトはすぐには反応しなかった。
これはかなりショックを受けているな、と思っているとサイトがすくっと立ち上がった。
「よしっ!他の方法を地道に探すか!」
元気よくそう言い放ったサイトだが未だ落ち込んでいる様子を察することができる。
そんなサイトがカラ元気なことは皆分かっているようで口には出さないがサイトを心配していた。
そんななかルイズがサイトに直球をぶつけていた。
「本当に大丈夫なのサイト?」
「大丈夫!・・・って言ったら嘘になるか。でも、過ぎたものはしょうがねえよ。だったら、他の方法を探した方がいいだろ?」
「そうね。まあ、使い魔の世話をするのはメイジの義務だし、60年後だろうが面倒みてあげるわよ。」
「ははー。よろしくお願いします、ご主人様!」
サイトが若干元の元気を取り戻したところで俺たちは村へと戻った。
そして、シエスタと一緒に村長宅に行き、サイトがニホン人であることやその証明として曾祖父の墓石の文字を読めたことを伝え、ゼロ戦を正式にサイトに譲渡してくれるようにと話をした。
村長はゼロ戦をサイトに譲渡することを快く承諾してくれたのだった。
翌日、ギーシュが手配してくれたワイバーン数頭による空輸によりトリステイン魔法学院へと運ばれることとなった。
空輸されたゼロ戦を追う様にタルブを後にした。
夏季休暇がもうすぐ終わるということでギーシュと途中別れた俺たちは一度ヴァリエール家に戻り、新学期への準備を整えると急いで学院へと向かった。
先に着いていたゼロ戦について学院長や他の教師たちや夏季休暇から戻ってきていた生徒たちが騒いでいるようだった。
特にコルベール先生が興味津々といった様子でゼロ戦を観察していた。
俺たちは学院長に“場違いな工芸品”であるゼロ戦を学院で保管できるように手配してもらうことを、コルベール先生にはガソリンの『錬金』をお願いした。
コルベール先生はその頼みを嬉々として受けてくれ、学院にある自身の研究室へと籠った。
学院長が面倒くさがりながらも王家や王立魔法研究所とやり取りしてくれたので新学期の初日にゼロ戦を学院で保管することの許可が降りた。
そして同日、神聖アルビオン共和国がトリステイン王国に向けて宣戦布告をしたという知らせが入ったのだった。
<次回予告>
夏休みの終わりと同時に神聖アルビオン共和国が宣戦布告してきた。
無期限の休校となってしまう。
ゲルマニアからの留学生である俺はどうしたものかと思っていたが、俺の意思とは別にほぼ強制的にゲルマニアへと帰ることとなってしまうのだった。
第77話『嵐の前』
今年は欲しい新作ゲームが多くて全然書けなくて申し訳ないです。
1月はないと思っていたのですがドラクエビルダーズがダークホース過ぎました。
すぐにスパロボ出るし、これからも欲しいゲームがほぼ途切れなく出てくるので今年に更新するのは難しいかもしれません。
忘れた頃に更新しているかもしれないので思い出したら覗いてみて下さい。