第11話−異動
「……そうか、当面無理か」
マリンフォードの元帥の部屋。
コング元帥の部屋に、サカズキ中将が訪れていた。他にはセンゴク大将も来ている。センゴクが来ているのは、次期元帥として既に内示は出ているからだ。
マリンフォードに帰還後、サカズキ中将は即効で、軍医にかかった。
無論、厳重に口止めした上で、信頼出来る相手に、だ。
その上で、その結果が判明した時点で、コング元帥に面会の約束をとったという訳だ。
「はい、サカズキ中将の検査を行った結果、命には別状は御座いませんが、水銀による中毒症状が発生しており、現場での作業は当面困難……より正確には、艦船での激しい実務は医者の観点からはお勧め出来ません」
「ふむ……長時間の艦船勤務は困難か……まさか、このような事になるとはな」
ふう、と溜息をついたのはセンゴク大将だ。
精々あと数年で引退確実と言われるコング元帥に対して(事実、金獅子のシキの海軍本部襲撃の際もセンゴク大将とガープ中将の両名に任せきりだった)、これから海軍を担っていかねばならないセンゴク大将からすれば、ここでのサカズキ中将の前線勤務からの離脱は痛かった。
アスラ大尉をサカズキ中将の下に配置したのはセンゴク大将だったから、その辺もある。
「仕方ありませんな。アスラの奴が気付いて止めようとしたのに、無視して強引に続けた儂のミスです」
とはいえ、サカズキ中将自身は責任は自分にある、との主張を崩さない。
無論、コング元帥やセンゴク大将とてアスラ大尉を罰するつもりはない。今回の件は、犯罪ではなく、事故だからだ。それも、被害者に最大の責任がある、だ。
例えるなら、停止していた車に自分からバイクが突っ込んで怪我をした、といった所か。
「……復帰は可能なのだな?」
「時間はかかりますが……自然系の能力者なのが幸いしました」
実は極端な解決方法を試してみている。
ピカピカの実の能力者であるボルサリーノ中将のレーザーでもって、頭部から胸部を吹き飛ばす、という荒療治だ。水銀が入り込んでいるなら、これで一掃出来るはず、というこの作業で実際に症状が改善したのだから、医者としては、もう悪魔の実(自然系)は出鱈目というしかない。
完全に完治しなかったのは、おそらく軽い症状が出ていたのを既にサカズキ中将が認識していた為、破損部の再生の際もその認識の元に再生してしまったのだろう、と判断されている。
これが、超人系や獣人系であれば、ここまでの派手な治療(?)は出来なかったから、不幸中の幸い、といった所だろう。
「……ふむ、数年は後方勤務。時折、緊急出撃時のみ様子を見ながら出動要請に応じる、という所か?」
「それが妥当でしょう」
完治する、という保障はない。
だが、とりあえずはこれでいくしかない。
「ふむ、そうなると軍艦が一隻あくな……それとアスラ大尉はどうする?」
これには全員が押し黙った。
アスラ大尉は大尉という階級では足りない程に強い。それはサカズキ中将自身が確認した。サカズキ中将曰く『実力的には既に大佐、いや少将ぐらいまでなら、やりあった所で遅れはとらんでしょう』、との事だった。
無論、悪魔の実の力も込みでの話だが、そこら辺は皆了承している。
とはいえ、まだ荒削りな部分も多分にある。
出来る事ならば、もう少し、あと1年ぐらいは鍛えてやりたい。使い潰すのではない。あくまで、今後のおそらくは数十年の間海軍の重要な立場で働けるであろう人材だけに、若い内に鍛えておきたいのだ。
「……クザンの下につけるか」
コング元帥が発言したのは、しばらくしてからだった。
「クザンの下に、ですか?」
「そうだ。高熱を発する相手はサカズキ中将が既にその身で実証済みだ。後は逆に低温の場合、どうなるのか。クザンはサカズキとは勤務態度も真逆だからな、その辺の経験を積むという意味合いもある」
最初は首を傾げたセンゴク大将やサカズキ中将だったが、確かにそれなら納得いかないでもない。
水銀は融点が摂氏でマイナス38.83度。
つまりは、クザン中将の攻撃を受ければ、固体化する。そうでなくとも、北の海の極北地域やグランドラインの一部地域ではそれを下回る気温も発生する事がある。
固体化した時、これまで同様の事が出来るのか?
その辺の訓練と、サボリ癖のある上官をどう働かせるか、或いはそうした上司を持った際、下がどう苦労するのかを実地で体験させる、という意味合いがある訳だ。
「……正に逆の発想ですな」
「アスラは将来的には確実に上にくる。それなら、自分がサボれば、下がどれだけ苦労するかを知っておいてもらうのは意味がある」
サカズキのある種呆れたような声に、コング元帥がそう答える。
センゴク大将も了承し、サカズキ中将の後方勤務とアスラ大尉の異動がこうして決まった。
この結果を受けたアスラには水銀中毒の事は隠された。
正確には、水銀中毒症状は確認されたが、軽度のもので、完治可能。ただ、大事を取って当面後方勤務になる、という事だけが伝えられた。まあ、医師からもそう告げられて、どことなくほっとした様子だったという。
そうして、アスラが新たな船に乗り込んで出航したのとほぼ同時刻。片手に花束を持ち、サカズキ中将は静けさが支配する場所を訪れていた。片手に杖を持っているのは、やや平衡感覚の異常が発生しているので念の為に、だ。
そこはマリンフォードの一角に設けられた墓地だった。
そうした墓の一つの前でサカズキ中将は足を止める。
そこには嘗ての彼の家族が眠っていた。
嘗て、まだ自身がこのグランドラインの海軍本部ではなく、地方の支部にいた頃の話。
海賊の非道によって惨殺された我が子と、それを守ろうとして犯され、そして殺された妻。その時自身は軍務に出ていて、襲撃を知ったのは、帰還してからだった。
加えて、それを行ったのは、彼が『もう、しない』『海賊を止めて、田舎に戻る』と哀れに訴えるが故に見逃した海賊達だった。
それから、我武者羅に、如何なる相手でも犯罪者には容赦せず軍務に専念してきた。
海賊を許せず、見つければ、殲滅してきた。
その中で、その力を見込まれて、海軍本部へと招致され……その際に妻子の墓地もまた、ここに移されていた。
「久しぶりじゃのう……長い事来れんですまんかったな」
墓に花を添える。ここに来る時は、嘗ての誓いを思い返す為、そうしてこれまで戦ってきた。
今回の件は、これまで我武者羅に戦ってきた故に一時的に休みを貰ったようなもの、と本人は認識している。
必ず、復帰してみせる。
それは、自身の誓いの為だけではない。
「息子みたいな奴が出来たんじゃ。あいつに罪の意識を背負わせる訳にはいかんでのう」
だから、その為にも必ず自分は復帰してみせる。
誰かに言うつもりはない。この事は全て自身がその胸の内で誓っておけばいい事だ。
『これから当分は、これまでより来れそうじゃ』、そう告げると、杖をつきながら、サカズキは墓地を立ち去った。後には花束が静かに風に揺れていた。
「……そうか、当面無理か」
マリンフォードの元帥の部屋。
コング元帥の部屋に、サカズキ中将が訪れていた。他にはセンゴク大将も来ている。センゴクが来ているのは、次期元帥として既に内示は出ているからだ。
マリンフォードに帰還後、サカズキ中将は即効で、軍医にかかった。
無論、厳重に口止めした上で、信頼出来る相手に、だ。
その上で、その結果が判明した時点で、コング元帥に面会の約束をとったという訳だ。
「はい、サカズキ中将の検査を行った結果、命には別状は御座いませんが、水銀による中毒症状が発生しており、現場での作業は当面困難……より正確には、艦船での激しい実務は医者の観点からはお勧め出来ません」
「ふむ……長時間の艦船勤務は困難か……まさか、このような事になるとはな」
ふう、と溜息をついたのはセンゴク大将だ。
精々あと数年で引退確実と言われるコング元帥に対して(事実、金獅子のシキの海軍本部襲撃の際もセンゴク大将とガープ中将の両名に任せきりだった)、これから海軍を担っていかねばならないセンゴク大将からすれば、ここでのサカズキ中将の前線勤務からの離脱は痛かった。
アスラ大尉をサカズキ中将の下に配置したのはセンゴク大将だったから、その辺もある。
「仕方ありませんな。アスラの奴が気付いて止めようとしたのに、無視して強引に続けた儂のミスです」
とはいえ、サカズキ中将自身は責任は自分にある、との主張を崩さない。
無論、コング元帥やセンゴク大将とてアスラ大尉を罰するつもりはない。今回の件は、犯罪ではなく、事故だからだ。それも、被害者に最大の責任がある、だ。
例えるなら、停止していた車に自分からバイクが突っ込んで怪我をした、といった所か。
「……復帰は可能なのだな?」
「時間はかかりますが……自然系の能力者なのが幸いしました」
実は極端な解決方法を試してみている。
ピカピカの実の能力者であるボルサリーノ中将のレーザーでもって、頭部から胸部を吹き飛ばす、という荒療治だ。水銀が入り込んでいるなら、これで一掃出来るはず、というこの作業で実際に症状が改善したのだから、医者としては、もう悪魔の実(自然系)は出鱈目というしかない。
完全に完治しなかったのは、おそらく軽い症状が出ていたのを既にサカズキ中将が認識していた為、破損部の再生の際もその認識の元に再生してしまったのだろう、と判断されている。
これが、超人系や獣人系であれば、ここまでの派手な治療(?)は出来なかったから、不幸中の幸い、といった所だろう。
「……ふむ、数年は後方勤務。時折、緊急出撃時のみ様子を見ながら出動要請に応じる、という所か?」
「それが妥当でしょう」
完治する、という保障はない。
だが、とりあえずはこれでいくしかない。
「ふむ、そうなると軍艦が一隻あくな……それとアスラ大尉はどうする?」
これには全員が押し黙った。
アスラ大尉は大尉という階級では足りない程に強い。それはサカズキ中将自身が確認した。サカズキ中将曰く『実力的には既に大佐、いや少将ぐらいまでなら、やりあった所で遅れはとらんでしょう』、との事だった。
無論、悪魔の実の力も込みでの話だが、そこら辺は皆了承している。
とはいえ、まだ荒削りな部分も多分にある。
出来る事ならば、もう少し、あと1年ぐらいは鍛えてやりたい。使い潰すのではない。あくまで、今後のおそらくは数十年の間海軍の重要な立場で働けるであろう人材だけに、若い内に鍛えておきたいのだ。
「……クザンの下につけるか」
コング元帥が発言したのは、しばらくしてからだった。
「クザンの下に、ですか?」
「そうだ。高熱を発する相手はサカズキ中将が既にその身で実証済みだ。後は逆に低温の場合、どうなるのか。クザンはサカズキとは勤務態度も真逆だからな、その辺の経験を積むという意味合いもある」
最初は首を傾げたセンゴク大将やサカズキ中将だったが、確かにそれなら納得いかないでもない。
水銀は融点が摂氏でマイナス38.83度。
つまりは、クザン中将の攻撃を受ければ、固体化する。そうでなくとも、北の海の極北地域やグランドラインの一部地域ではそれを下回る気温も発生する事がある。
固体化した時、これまで同様の事が出来るのか?
その辺の訓練と、サボリ癖のある上官をどう働かせるか、或いはそうした上司を持った際、下がどう苦労するのかを実地で体験させる、という意味合いがある訳だ。
「……正に逆の発想ですな」
「アスラは将来的には確実に上にくる。それなら、自分がサボれば、下がどれだけ苦労するかを知っておいてもらうのは意味がある」
サカズキのある種呆れたような声に、コング元帥がそう答える。
センゴク大将も了承し、サカズキ中将の後方勤務とアスラ大尉の異動がこうして決まった。
この結果を受けたアスラには水銀中毒の事は隠された。
正確には、水銀中毒症状は確認されたが、軽度のもので、完治可能。ただ、大事を取って当面後方勤務になる、という事だけが伝えられた。まあ、医師からもそう告げられて、どことなくほっとした様子だったという。
そうして、アスラが新たな船に乗り込んで出航したのとほぼ同時刻。片手に花束を持ち、サカズキ中将は静けさが支配する場所を訪れていた。片手に杖を持っているのは、やや平衡感覚の異常が発生しているので念の為に、だ。
そこはマリンフォードの一角に設けられた墓地だった。
そうした墓の一つの前でサカズキ中将は足を止める。
そこには嘗ての彼の家族が眠っていた。
嘗て、まだ自身がこのグランドラインの海軍本部ではなく、地方の支部にいた頃の話。
海賊の非道によって惨殺された我が子と、それを守ろうとして犯され、そして殺された妻。その時自身は軍務に出ていて、襲撃を知ったのは、帰還してからだった。
加えて、それを行ったのは、彼が『もう、しない』『海賊を止めて、田舎に戻る』と哀れに訴えるが故に見逃した海賊達だった。
それから、我武者羅に、如何なる相手でも犯罪者には容赦せず軍務に専念してきた。
海賊を許せず、見つければ、殲滅してきた。
その中で、その力を見込まれて、海軍本部へと招致され……その際に妻子の墓地もまた、ここに移されていた。
「久しぶりじゃのう……長い事来れんですまんかったな」
墓に花を添える。ここに来る時は、嘗ての誓いを思い返す為、そうしてこれまで戦ってきた。
今回の件は、これまで我武者羅に戦ってきた故に一時的に休みを貰ったようなもの、と本人は認識している。
必ず、復帰してみせる。
それは、自身の誓いの為だけではない。
「息子みたいな奴が出来たんじゃ。あいつに罪の意識を背負わせる訳にはいかんでのう」
だから、その為にも必ず自分は復帰してみせる。
誰かに言うつもりはない。この事は全て自身がその胸の内で誓っておけばいい事だ。
『これから当分は、これまでより来れそうじゃ』、そう告げると、杖をつきながら、サカズキは墓地を立ち去った。後には花束が静かに風に揺れていた。