第69話−休暇(大参謀つる)
大参謀つるの朝は早い。というか、仮にも長い事軍人をやってきた人間が朝寝坊するはずもない。
朝起きると、まず、おつるさんは亡くなった夫と息子の遺影に手を合わせる。
退役大佐だった夫は普通に病気でぽっくり逝ったが、息子は海賊との戦闘で逝った。
息子は結婚していたが、嫁も海軍軍人で現在は孫ともども南の海だ。おつるさんの権限があれば、マリンフォードに呼び寄せる事も出来たが、夫の死の原因となった海賊を捕らえるまでは、と現在も南の海にいる。
グランドラインに入ってこようとする動きは1度ならず見せていたが、その度に嫁の率いる部隊との戦闘で決着がつかず押し返されているという。
先日には手紙が来た。
向こうも幾度となくこちらに阻まれた為に苛立っている。おそらくは次こそが決戦になるだろうと。
『無論、勝利するつもりで戦いますが、それでも駄目だった時は、後をよろしくお願い致します』
そんな手紙が届いたのは、つい先日の事だ。
勝って欲しいとは思う。
けれど、正義が必ず勝つのはお話の世界だけだ。
現実には海軍が敗北し、或いは海軍が堕落する事も多々あるのが現実だ。大体、海軍が必ず勝てるのならば、大海賊時代なぞと呼ばれたりはしていない。
遺影に手を合わせ、勝利を願う。
その後は午前中は仕事に出る。
だが、休暇中という事もあり、その量は少ない。
手早く片付けると、書類の山に埋もれる黄猿や青キジ、他の中将達に挨拶して一足先に帰る。なんだか、半死半生にも見えるが、まあ大丈夫だろう、これまで私ら4人で片付けてきた仕事だ。
「それじゃ、先に上がるよ、しっかりな」
さて、それじゃとりあえず晩御飯の材料でも買って帰るかね。
材料を買っての帰り道、幾人かの知り合いと会い、話をする。
……けど、こうしてみると、随分と昔馴染みも減っちまったねえ。長生きすると、どうしてもね。
ふと、自宅に戻り、茶を啜りながら、これまでを振り返ってみる。
自分の場合は、まだ随分とマシだったのだろう、とふと思う。
夫も子も、嫁も孫も皆海軍だ。
そう、孫もまた海軍に入った。今は確か、嫁共々決戦に向かっている頃だろう。そのぐらいの都合ぐらいは海軍本部中将であってもつけてもいいだろうしね。
だが、こうして、身内が皆海軍というのは恵まれている。
革命軍という世界政府に真っ向喧嘩を売る組織を立ち上げ、尚且つ成功させているドラゴンという息子を持つ、ガープの所は最たるものだが、実の所真面目で正義感が強い者程、現実に出くわした時、その反動から極端に走ってしまう者が出る。
海軍は『正義』を背負う。
だが、正義とは何か、それは重い話だ。
ある者にとっての正義は、別の立場の者には正義ではない。
海軍と海賊の正義が合わないのは無論だが、時には民衆の正義と海軍の正義が合わない時もまた、ある。
そうなった時、どうするのか?
答えは簡単だ、世界政府はただ押し潰すのみだ。
橋の上の国、テキーラウルフでは単なる犯罪者のみならず、諸々の理由から世界政府への加入を拒んだ国の人間もまた強制労働で働かされている。
果たして、それは正しいのか?
今、革命軍が落とした国とて、表向きは世界政府に所属しているままなのも、そこに理由がある。革命軍は次第に規模を拡大しつつあるとはいえ、まだまだ発展途上。その落とした国全てを海軍から守りきるだけの戦力は未だ、ない。
その一方で、海軍は海軍で新世界で勃興してきた大海賊達、四皇らへの警戒を強めている。
グランドラインへと革命軍が本格的に勢力を伸ばしてきた時、その時こそが本当の意味での世界政府と革命軍の戦いが始まるのだろう。……そして、それは親と子の戦いが始まるという事でもある。
革命軍のトップを務めるドラゴンは、ガープの子だ。
当然、海軍にも多数の知り合いがいた。
真剣に語り合い、真剣に夢を語り、真剣に悩み……親とは異なる道として今、革命軍に加わっている者はドラゴンだけではない。それどころか、親子共々革命軍に加わった者さえいる。
(……心の内に確たる恥じる事のない正義を持つからこそ、海軍と戦う道を選ぶ。世の中何とも救えないねえ)
彼らの正義は堂々と誇りを持って語れる正義だ。
果たして、天竜人の、世界政府の力で押し潰す正義と比べた時、果たしてどちらが後世において正義と判断されるのか……。
(いや……愚問だったね)
正義は所詮、相対的なものだ。
世界政府が勝利すれば、今の正義が正義として残り、革命軍は悪となるだろう。逆もまたしかり、革命軍が勝利すれば、これまでの行為が行為だ、世界政府の悪行が公になり、世界政府は一夜にして悪となるだろう。
無常ではあるが、それが世の常、という奴だ。
そんな事を思った、翌朝の事。
またしても、午前中は何時ものように、と海軍要塞へとやって来た、おつるさんの所へ走ってきた海兵がいた。
「つる中将閣下!電報が2通届いております!」
「ああ、そうかい」
礼を言って、受け取ったつるは、中身を見て、少し顔をほころばせる。
その様子を、同じく仕事とばかりに通りがかったセンゴクが見かけた。
「おや、どうかしたのか?」
「なに、嫁と孫からだよ」
ああ、と納得した様子のセンゴク元帥を横目に、にこやかな笑顔で、つるは仕事へと向かう。
懐に収められた2通にはそれぞれ短く。
『勝ちました!』
『勝ったよ!』
万感の思いを込めて、それだけが送られていた。
晴れた空を見上げて、おつるさんは思った。
(今日はいい気持ちで仕事が出来そうだねえ)