第70話−バスターコール
これは、あの休暇から1年程過ぎた、原作から4年程前に起きた、ある事件である。
その日、1つの連絡がセンゴク元帥に、世界政府の五老星から入った。
しばらく黙ってその電伝虫からの伝達事項を聞いていたセンゴクは、切れた後、少し考えて要塞内へ召集をかけた。
「…………」
アスラはセンゴクに呼ばれ、執務室へ向け、歩いていた。
その顔は険しい。
現在のアスラの立場は、海軍本部中将として造船総監の任にある。
また、世界政府の外交官とCP長官としての立場はそのままだ。こちらは海軍本部とは命令系統が異なるからだ。
緊急即応部隊と護衛艦隊は、その後赤犬大将の提言に従い、2人の中将に移管された。
これに伴い、アスラの戦艦は新鋭の高速戦艦『メルクリウス』へと変わった。現在は、それを旗艦とし、ドックなどを守る警戒艦隊を率いる形となっている。
センゴク元帥の部屋へと向かう途上で、オニグモ中将が、モモンガ中将が、ヤマカジ中将が、ストロベリー中将が途中で顔を合わせ、合流する。
「一体元帥も何の用かのう」
薄々理解しつつも、ヤマカジ中将がそう呟く。
「ふん、中将5名が揃うとなれば、アレだろうよ」
その言葉を受け、オニグモ中将が呟く。
アレ、の言葉に一同の顔が引き締まり、自然とその視線が一番若く、経験のない者、すなわちアスラ中将へと向く。他の4人を代表する形でモモンガ中将が口を開いた。
「アスラ中将、分かっていると思うが……」
「ご心配なく……お忘れですか、俺のもう1つの役職はCP長官ですよ?」
言外、既に事態を把握している、そう言われて、一同はそれ以上何かを言う必要がないと悟った。
それから先は誰も口を開く者はいなかった。
センゴク元帥は、部屋に中将5人が揃うと、厳しい表情を崩さず告げた。
「既に5人の中将が招集された、という時点で気付いている者もいると思う。——バスターコールの可能性がある」
バスターコール。
5人の中将と10隻の軍艦によって行なわれる集中砲火だ。
発令は元帥と3人の大将が行なうのが基本だが、ゴールデン電伝虫が誰かに預けられていたり、世界政府からの直接命令で下される事もまた、ある。
「今回は、後者だ」
世界政府の五老星からの直接命令で、待機状態に置かれるという。
おそらくは、何らかの交渉なりが行なわれているのだろう……もし、まとまらねば……その時は、という事だ。
「よろしいでしょうか」
一同を代表して、オニグモ中将が手を挙げる。
彼は中将の中でも年長に属し、こうした場合では代表としての立場となりやすい。
そのオニグモの問いとは、どこに対して何故かを聞いてもいいか、という事だった。まあ、ある意味当然の質問だ。時には何も言う事は出来ない、ただ黙って従え、という事もある。
ただ、今回はそうではなかった。
ただ、言うのはセンゴクではなかったが。
「もっともだ。アスラ、説明を」
頷き、前に出る。
一同もこの時点で、情報を掴んだのがCPだと理解する。
「歴史の本文(ポーネグリフ)、ご存知だと思いますが、その情報が一部洩れた可能性があります」
一同の顔がピクリ、と動いた。
「どうやら、反世界政府組織の1つが、それを手に入れたらしく、記載されていたと思われる兵器を作っている、という話です」
「……本当に、そんなものが作れるのか?」
歴史の本文(ポーネグリフ)は解読自体が極めて困難だ。オハラのような考古学の権威とて、長い時間がかかった。
ましてや、世界政府に知られれば、即殲滅されかねない代物だ。センゴクの疑念は当然と言えるだろう。
「分かりません。ただ、不完全だとしたら、却って危険な可能性があります。……誰も、きちんと作られていない、素人がマニュアルを見ながら作った大砲を使いたいと思わないでしょう?」
アスラの言葉に一斉に渋い表情になる。
確かに、誰もそんなものは使いたくない。というか、さっさと廃棄処分にしてしまいたい所だ。
成る程、不完全な情報に基づき、訳の分からない物を作っているならばとっとと早めに消してしまおうという所か。
「事情は分かったな?それでは出撃せよ」
……結果から言えば、バスターコールは発動された。
ただ、1つアスラにも想定外だったのは、民間人に多数紛れている可能性があった為に、というか反世界政府組織とは大半が一般市民をその主体とする為、見分けがつかない。
それ故に島から脱出する全ての船に対して、バスターコールが命じられた事だった。
……すなわち、皆殺し命令。
おそらく、事前に把握している情報から判断すれば、今自分の船が撃沈した大型の商船に乗っていた人々の内、実際に反世界政府組織に加わっていた者の割合は10分の1以下だろう。
「クロコダイルめ……」
そもそも、この情報はバロックワークスへの内偵の中から浮かび上がってきたものだった。
クロコダイルは本当に、戦力の充実を図る方針に切りかえたらしく、あれから1年、表立った動きは見せていない。
だが、こちらを掻き回すつもりなのか、それともこちらの動きを探っているのか、自分の組織とは関係ない不満分子に情報を或いは奪われるという形で、或いは裏組織を通じて、流している。
今回もそうした一件の1つ。
正体不明の情報をニコ・ロビンに解析させ、その情報を流した。
本当に使える物ならそれで良し、ロビンが嘘をついているなり、或いは危険過ぎて取り扱いが困難なりで、爆発なり起こしたならそれもそれで何かに使える。
今回流された情報は、おそらく歴史の本文の写しの写し、或いはもっと間に入るかもしれない。
クロコダイルでなくとも、危なすぎて使う気になれないだろう。実際、今回に関してはロビンに解析はさせたものの、使い物にならないだろうと判断していた。
だが、海軍としては、僅かでも可能性があるのならば、動かねばならない。
それが本当に動くかどうか、が問題なのではない。動く可能性が、失敗して大爆発する可能性がある事が重要なのだ。
今、また新たに船が撃沈された。
投げ出された人々は必死に泳いでいるが、そこへ容赦なく砲弾が降り注ぎ、彼らもまた単なる肉塊へと変わっていく。
幾人もの上げる呪詛の声は、軍艦まで届く。
一部の海兵には吐く者や、顔を真っ青にして手を止めてしまう者、これ以上撃ちたくないと拒否する者もいる。
それを或いは叱り飛ばし、或いは命令し、或いは殴り飛ばし、砲撃を続けさせる。
アスラは地獄の光景をしっかりと目に焼き付ける。この光景は自らの命令の結果として、世界政府の知る所となり、今、こうして全てが業火の中に消え去ろうとしている。
その事実から目を逸らしてはならない。自分の息子と同じぐらいの子供が必死に手を伸ばし、けれど何も掴めず海に引きずり込まれようとも、これもまた海軍の最高責任者の1人が負うべき責務。
怨まれて当然、憎まれて当然。その全てを正義の名の元に、背負う。故に、彼らの背に負う、正義の文字は重い。
この日、また地図から1つの島が消えた。