第四十四歩
私は、今までに感じたことがない緊張に、多分体が若干震えていた。
視界も少し明滅しているような気がする。
呼吸もなぜかうまくできず、頭がふらつく。
もし、学校でこんな状況になったら、間違いなく保健室に行っただろう体調だ。
しかし、今の自分は保健室に行って休みますなんて言える状況ではない
いやむしろ、選択肢をひとつでも間違ったら、二度と保健室どころか、落ち着いて食事をとることなどできなくなるだろう。
良くて、監禁、悪くて葬式。
本当になぜこんあ状況になってしまったのだろう。
まあ、そんなことを考えても仕方がないので、私は思考を打ち切った。
そして、私は目の前のなのはをにらみつけるように見据え、次に言うべきことを考える。
少しでも、自分が有利な状況で話せるように、また、少しでも早く交渉を終わらせるために。
しかし、考えれば考えるほど、気付かされてしまう。
多分、私はここで殺される。
幻術はおそらく発動から15分は経過した。
もし、幻術が解除されて、入れ替わるように目の前のなのはに幻術をかけたとしても、おそらく組織のためとして一人を切り捨てる覚悟で私を殺しに来るはずだ。
今の私にはこの交渉の失敗は直接の意味で死を意味している。
もしこれが、こんな命がけの交渉ではなく好きな女の子に告白する場面だったらどれだけ良かっただろう。
私は、今の思考にデジャビュを感じ、思考はすぐに切り捨て、また策を絞り出す努力をする。
そうして私は、考え付いた言葉を口にする。
先ほど発した脅しと同じような態度で。
「こちらからの要求は2つ。
1つは、目の前の3人を回収し、すぐに自分の目の前から消えろ。
2つ目は、二度と自分に関わろうとするな。
要求は以上だ。
どうだ、簡単だろ?
もし要求が拒否されたら、この場に、きれいな死体を4つ作る。
けど、まだなのはさんだってそうはなりたくないだろ?
それと、2つ目だが、自分は関わっていないとか、屁理屈こねて、そっち側の人間が近づいてきたら、そいつはもちろん、おまえに関わる人間を皆殺しにする。
言いたいことはこれで終わりだ。
あとはおまえが、黙ってこちらの要求にこたえるだけだ。
時間は5分。
今から自分がナイフを召喚する。
そのナイフはちょうど5分で消滅するから、それが消えるまでに決めてくれ。
もし答える前に、ナイフが消えちゃったら、目の前の3人は死んじゃうから時間はかけすぎないようにしないとね。
じゃあスタート。」
私はそう言って、ナイフを召喚する。
実際のところ、5分は今の自分の状況を考えると絶望的なまでに長かった。
5分といえば、おそらく幻術の残りの効果時間のおよそ3分の1ぐらいだろう。
そう考えるだけで焦りで目の前が真っ白になりそうになる。
一瞬でも気を抜いたら倒れてしまうんじゃないかと錯覚する覚える。
ここまできて素直に自分のメンタルの弱さが恨めしく感じた。
けどそれももう終わる。
あと5分。
この5分で私を縛る全ての物から解放されるのだ。
そう考えると少しだけ気分が楽になったような気がしないでもなかった。
「ねえ、裕也君、教えて。
何が君をそこまで追いつめているの。
そんなに体を震わせて、そんなに辛そうな顔をしてまで何と戦おうとしているの。
私には裕也君が恐怖に縛られていることはわかる。
でもなんで裕也君がこんな無理矢理な方法であんな要求を通そうとしているのかはわかんないよ。
ねえ、答えてよ!」
予想はしていた。
おそらくなのはは時間ぎりぎりまでは何かしてくるだろうと。
けど今私は素直に安堵した。
自分はてっきり、戦術的に、この仲間を捨て駒に私を一気に殲滅にかかってくると予想していたのだ。
だがなのはの行動は予想に反し、説得のような物。
おそらくこちらが何か答えると、同情を引くような話か何かで時間を稼ぎ、増援を呼ぶ事が狙いだ。
だがしかし、そんな分かり切ったやすい手には乗らない。
ならばむしろこちらの打つべき手は、時間を意識させ、相手の行動を抑制すること。
「時間稼ぎのつもりだろうけどそうはいかない。
おそらくあと2分でナイフは消える。
あんまり悪あがきをして、こちらの心証を悪くすると時間を待たずにこの3人を殺すよ?」
「そんなつもりで聞いた訳じゃない!
ねえ、裕也君。
黙ってたんじゃ何も伝わらない。
言葉にしなきゃ伝わらないこともあるんだよ!!」
なのはがそう叫んだときだった。
この交渉を破綻させるのには十分すぎる出来事が起きた。
いや、起きてしまった。
おそらくそれは、私がどれだけ気をつけたとしても回避することはできなかったと思う。
なぜなら私にはこの3人がどんな幻覚を見ているのかは私は知らないのだから。
そして、もうひとつ。
重大ミスともとれる原因があった。
それは私は、タイムアウトと、私の意志での解除以外の幻術の解除条件を知らなかったことだ。
そうその出来事とはとある一人の幻術が解除されたのだ。
3人の内の一人が動き出したのだ。
いや動いたとは少し語弊があった。
正しくはこうだ。
その一人は、まるで糸の切れてしまったマリオネットのようにその場に崩れ落ちたのだ。
「えっ・・・・・?」
私は思わず声を漏らししてしまった。
そうつまり私の想定は甘かったのだ。
相手にとって最悪の状況を再現すると言うことは、最悪その本人が死ぬところを再現する可能性も少なからずある。
しかも私の幻術は、触感すらも偽装する。
つまり、目の前の状況はこういっているのだ。
私は相手を殺した。
もしくは、よくて相手を気絶させた。
どちらにしても、私はなのはに言ってしまっているのだ。
この3人を幻術で殺すと。
目の前のなのはにはおそらく私が殺したように見えただろう。
私は理解した。
私はここで死ぬんだと。
目の前のなのはは倒れた相手に駆け寄りから涙を目の縁にためながら必死に呼びかけていた。
「・・・・・・はやてちゃん?
ダメだよ、はやてちゃん。
早く起きないとみんな心配しちゃうよ。
ねえ、起きてよ、はやてちゃん!!」
気づくと手元のナイフは消滅していた。
次回は受験終了後になるのでしばらく先です。
それでも良ければお願いします。