第四十三歩
私は幻術発動と同時に全力で走り出した。
恐怖が体を強張らせ、動かす邪魔をする。
けど絶対に足は止めない。
足を止めれば上からの狙撃によりお陀仏なのだ。
私は足を止められない。
だから全力で駆け抜ける。
「射出」
私はナイフに合図を送る。
ナイフはその命令に従い、弾丸のごとく速さで相手に飛んでゆく。
私はナイフがちゃんと動作してくれることに、少なからず安心感を覚える。
いまこの場で、唯一私を守ってくれる武器。
あちらのビームの前では無力なのだとわかっていても少なからず頼もしさを感じる。
そして、ナイフは相手の杖を弾き飛ばした。
その数、二本。
防がれて残るのはのはまだ想定の範囲内だ。
だから焦らない。
フェイトの前には謎の丸い壁。
原理はまったくもって謎だが、あれは見るからに盾だ。
本当に危険なのはここからだ。
私は警戒レベルを限界まで高める。
あの盾が消えた瞬間、予想が正しければ間違いなく反撃があるはずだ。
私は、フェイトのビームの射線上に黒い青年が入るように弧を描くように走る。
そうしていると、とうとうフェイトを攻撃していたナイフが、へし折れ消滅する。
それと同時にあの盾も消滅する。
すぐに回避行動が取れるように集中力を高める。
しかし、フェイトからはビームが飛んでくる気配はない。
私は一気に青年との距離を詰める。
そして、青年のとこまでたどり着いた。
だがまだ気を抜くことはできない。
私は急いで青年を引っ張り、フェイト達の後ろに移動する。
これでフェイトはビームを打てないはずだ。
自分との位置関係、そして撃てば確実にこの青年を巻き込むのだから。
まあこれは相手がこの少年を捨て駒として扱わないことと、あのビームが全方位に射撃可能ではなければの話だが。
しかし、相手の考えなんてこちらにはわからない。
だから私は身を守るために打てる手はすべてうつ。
「ナイフ1〜6番
①空中停滞
②首から5cmの距離を維持」
私はナイフを召喚し、2本ずつ3人の首に突き付ける。
距離は常に維持されるため、絶対に傷つけることがないとわかっていても、やはりいい気分じゃない。
いや、むしろ罪悪感に心が押しつぶされそうになる。
今の自分は人として最底辺の行動をとっている。
人にナイフを突き付け、これから、この3人を人質に相手を脅すのだ。
この3人を無事に返してほしければ、ここから立ち去り、二度とこちらに干渉するなと。
本当に人間としてどうかしてると思う。
だが、こちらに少しでも有利な状況でなければ、間違いなく私には勝ち目なんてない。
思い出すのは小学生の時に見たあのビームを放つ光景。
今思い出すだけでも恐怖で体が震える。
あれが今自分に向いているのだと思うと怖くて、足が震える。
プレッシャーで胃の中のものを今にも出してしまいそうだ。
けどもうここまで来た時点で後戻りなんてできなくなっている。
目の前の3人には幻術をかけている。
3人がどんな幻覚を見ているかは分からない。
けど少なくとも私では想像することなどできないような過酷な内容なのだろう。
だってこの幻術は、実際のところ、虫が苦手と少しでも感じたら、虫風呂に無理やり放り込むようなレベルとまではいかなくとも、一度は頭をよぎった最悪な内容を否応なしに、引きだして見せてくるのだ。
効果検証のために自分に同じ条件で一度かけたが、3分と待たずに解除したくなった。
実際、そんなものものをかけてしまった時点で、もう後戻りなんて考える段階を過ぎてしまっている。
だから、もう私は覚悟を決めた。
「高町なのは、上から見ているのはわかっている!
仲間の命が惜しかったら降りてこい!
こちらには、交渉を行う準備もある!!
武装を解除し、ただちに降りてこい!!!」
私は先ほど、ナイフで確認した位置を凝視し、叫んだ。
ここからは本当の意味で、気を抜くことはできない。
さらに最悪の場合も考えて、なのはに対しては幻術を確実に温存しなければいけない。
武装はナイフ4本。
残り時間がどんどん減っていく。
そしてなかなかなのはは降りてこない。
さすがにここでの時間消費はまずい。
「高町なのは!
10秒待つ。
10秒たったらこの3人の幻術を致死性のものに切り替える!
カウンタダウンをはじめる。
10・9・8・7・6・・・・・・・2・」
「待って!」
高町なのはが下りてくる。
杖を持ち、まるで飛べることがあたりまえだというようにふわっと舞い降りる。
落ち着いてこの4人の服装をみていると、やはり殺しに来たとは思えない。
まるでただのコスプレ集団だ。
しかし、あの杖はあのビームを出すための端末なのだということで間違いない。
おそらく、このデザインもこういう油断をさそうためのものなんだろう。
そう考えるとあの恰好は趣味としては最悪だ。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
ここからは、少しでも精神的に優位に立った方が間違いなく勝利する。
だから少しでも、優位立つために言葉を紡ぐ。
より醜悪に、より不安をあおるように。
そしてより威圧的に。
「遅いよ、なのはさん。
後1秒遅かったら、死体が3つできちゃうとこだったじゃないか。
そんなことになったらそっちも処理するの大変でしょ?
まあ間に合ったんだからいいけど。
武装を解除して。
そんなものを持っていたら話し合いも何もないでしょ?
それにそんなものを向けられたら、あまりの恐さに、幻術とかナイフがこの3人を襲っちゃうかもしれないよ?
ほらはやく。」
ここから始まる。
本当の意味での最後の戦い。
私は手に入れる。
勝てば自由を、負ければ死を。
じゃあ始めよう。
お話をする時間だ。