オッサンと青年のファンタスティック奇行文
ぷろろーぐ
地元の商店街を歩きながら俺は今、猛烈に悩んでいる。
これは恐らく、全国に住む主婦のほとんどが経験する悩みではなかろうか。
だが、悩みすぎていてはこの問題は解決しないまま、良くない方向へと走りだす。
それ故に、至急事態を収拾させるしかない。
そう、今俺は……!!
「あー……今日の飯、何食べようかね」
夕飯の献立に悩んでいた。
いっそ給食のように誰か1ヶ月の献立を考えてくれと言いたくなる。
近くのスーパーを眺める。
しかし今日は料理をする気分ではない。すぐにその場を後にする。
コンビニにも場所にも立ち寄るが、結局冷やかしで終わってしまう。
あれは面倒、これは気分じゃない。
そんなことを考えていたら、商店街の外れまで来てしまった。
「はぁ……もう1往復するのも面倒だ。最寄りの店で適当に買っていってしまおう。
あれば食べるだろ、多分」
止めていた足を再び動かそうとしたが、何故だか踏み出す気になれなかった。
不審に思い、ふと辺りを見回す。少し動かした視線の先には、路地裏がある。
商店街の表通りから外れた路地裏なだけあって、人の気配が全くしない。
漆黒の闇が、広がっている。
だが何故だろう、俺の中に眠る何かがこの裏路地に呼ばれている気がするのは……
しかしこの先へ行ったら、二度と戻って来ることが出来ないような気がするのは……
「馬鹿な……!! そんな馬鹿な……!!」
そこまで感じたところで、俺は愕然とした。
今まで心の奥底に沈めてきた思いが再び浮かび上がってくるような感覚。
だがそれは、俺にとっては既に忘れ去りたい感覚。
「俺……今……厨二病チックな事を考えていた……?」
漆黒の闇(笑)?
俺の中の何かが路地裏に呼ばれている?
二度と戻れない?
ハイハイワロス。
路地裏に行って戻れないのならば今や世界は失踪者で溢れかえってるよJK。
だが、あえて叫ぼう。
「俺は……断じて違う!!
ここからも、無事帰ってみせる!!
うおおおおおぉぉぉぉぉぉおおお!!!」
そう、俺はつい最近、厨二病を抜けだしたんだ。
真っ当な人間になれたんだ。
こんなところで、患者に戻ってたまるものか!!
渾身の力を持って裏路地に向かい走り出す。
誰も俺を止めることは出来ない!
ふははははははっ!!!
……何故だろう、何かとてつもない馬鹿な事をしている気がする。
○ ● ○ ● ○ ●
どうしてこうなった。
「兄ちゃん、夢、あるかい?」
今、俺の目の前にはローブに身を包んだ推定50代後半のオッサンがいる。
路地裏を爆走していた俺に突然話しかけてきたのだ。
さっきからしきりに、夢はあるか?と聞いてくる。
意味不明。
いや、路地裏爆走してた俺も意味不明だけどさ。
「というかどちら様ですか?」
「兄ちゃん、夢、あるかい?」
「どっかでお会いしましたっけ?」
「兄ちゃん、夢、あるかい?」
聞いてよ、俺の話……
こいつはあれだ、DQとかで街の入り口にいる、「ここは〇〇の村です」を連呼するキ印か。
あ、違うな。
あいつは何を言っても結局は〇〇の村ですとしか言わないから、これはゲームでよくある無限ループという罠に違いない。
無限ループのキ印だ。
リアルにいるんだなそんなやつ。
つまり、夢を語れと。語らないと進展はないと。
無視したり暴言吐いたら暴れられるだろうなぁ……それは面倒だ。
仕方ない、語ってやろうかかつての俺の夢。
そしてさっさとこの場を去る!
「そーだね、じゃあまずツヨーイ肉体が欲しいね。
後は色々魔法とか、気とか、何かそういうのが使えるようになりたい。触媒とか発動体とか無しにね。何も持ってないのによく分からない力が使えるとか憧れるよね。
後は、どっかの八雲さん家の色の名前がついた狐さんのような九尾になってみたい。
もち男で。あのモフモフ、自分についてたら幸せそう」
……あれ?
そもそも俺って厨二病じゃねーってここに来たんじゃなかったっけ?
何でこんな封印していた記憶を紐解いて、初めて会った見知らぬキ印に語ってるんだ。
妄想に溺れて溺死しろ、俺。
てかむしろ進行形で溺死してるよ、俺。
という訳で訂正。
「あ、やっぱ今の無しで、綺麗な嫁さん貰って退廃的に暮らしたいです」
うん、やはりパンピーな夢はこれだろう。
退魔師見習い煩悩あふれる高校生もたまにはいいこと言うよね。
告げると、にやっと笑うオッサン。
「夢、叶えてやるよ」
マジでか!!
やったねたえちゃん!
これで俺にも嫁ができる!!
……なわきゃないだろ。
「はいはい、ありがとうね。
じゃあもういい?
俺もう帰りたいんだけど」
「あぁ、なかなかに面白い奴だな。まぁ楽しんでこい」
楽しんでこい?
なんぞ?
てか初めて「夢はあるか?」以外の言葉を喋ったなオッサン。
だがもう会うこともないだろう。
会いたくもない。
そしてこの記憶は、見知らぬ誰かに俺の厨二満載な夢を一瞬でも語ってしまったという黒歴史の1ページに新たに書き加えられる事だろう。
最近やっと抜け出せたのに。
……欝だ。
暗いオーラを纏ってオッサンのもとを去る。走ってきた方へ。
冷静になったし、早く戻ろう。
そして夕飯買って帰ろう。
飯食って風呂入ってさっさと寝よう。
今日の事は忘れよう。
…………………ここはどこだろう。
今後の事に思いを馳せていたらいつの間にやら森の中。
今俺、来た道を戻ってきただけだよね?
どうやったらあの商店街から四方数キロは植物しか無さそうな森の中に居れるのでしょうか。
まぁここで取り乱さないのは俺クォリティー。
商店街がないなら、路地裏に戻ればいいじゃない。
後ろを振り向く。
……何も無い。
いや、森がある。
なんでさ。
そして今、振り向いたとき何かが視界の端に写った。
何かいる!?
やめてよ、俺そういうの苦手だから。
とか思いつつキョロキョロする。
その度に視界に何か入る。
これは……
「……尻尾?」
そう、フカフカした、綺麗な黄色の尻尾が9本。
俺の尻に繋がっている。
……なんだって?
「なっ……じゃ、じゃぁまさか頭には……」
そう、そこにはあの八雲さん家の九尾さんのような狐の耳が……!!
かどうかは分からないが、頭の上に耳があるのは間違いにぃ。
だって頭の上とか見えないもん。
でも何かそれっぽい感触のモノがある。
何がどうしてこうなった。
……あのオッサンか?
俺は、嫁さん貰って退廃的に暮らしたいと、それが夢だと言っただろダラズ。
何故黒歴史な夢を叶えたし。
てか何故叶えられる。訳が分からん。
一般の人なら見知らぬ土地、見知らぬ尻尾、ここで発狂してもおかしくはないだろう。
だが俺は過去に訓練された変態の称号を得た者。
冷静に状況を分析する。
とりあえずあれだ。
「飯、どうしよ」
○ ● ○ ● ○ ●
森を彷徨うこと多分1時間。
歩き始めた時間が分からないから携帯あっても経過がわからない。だから多分。
てか圏外とか鬼畜にも程がある。
にしても、森の中を1時間歩き続けていても全く疲れないとは何という体力。
まさにツヨーイ肉体。
でもいくら肉体が強くても景色が木ばかりで暇なので、歩きながら尻尾をモフモフしてみることに。
だが、自分の尻に尻尾がついているとモフモフすることが出来ないことが判明。
腰を180度捻れるなら話は別だが。
リアルに我が骨子を捻れ狂わせたくはない。
意気消沈せざるを得ない。
更に30分は歩いたかな。
歩けど歩けど木・木・木・木・木。
木が3本あれば森になるとかよく言ったものだ。
今は5本だから森林か。
携帯によると既に時間は夕飯時。
マイ腹時計も早くスイッチを切ってくれとスヌーズ機能まで搭載して鳴り響く。
よしよし、泣くな。俺も辛いから。
「そこの人、止まってください!!」
突然、後ろからここしばらく聞かなかった人の声。
人がいるということは森から抜け出せるかもという事で。
あまりの嬉しさに体が跳ねた。
決して突然過ぎてビビった訳ではない。
ゆっくり後ろを振り返る。
……誰もいない。
「ちょ、ま、え、マジで?
誰もいない……だと?」
ふ……
誰か助けて!?
ダメダメマジでだめなんだってそういうホラー系誰か一緒にいるなら多少大丈夫だけど1人とかマジダメうひはーって涙ながして鼻水垂らして逃げ惑うしか……
「あの、上です」
キョロキョロして軽く混乱していると空から声が聞こえてきた。
訓練された俺を驚かせるとは大した奴だ。
鼻水の部分までやってしまったじゃないか。
ふと見上げる。
白い服を纏い、赤い珠を先端につけた棒を持った、茶髪でサイドポニーの女の人が少し困った顔をして浮いていた。
浮いていた。
浮いて……?
「やっぱり出た——————!!」
再び鼻水から先の事を実行しようとするが踏みとどまる。
そう、今の俺は強い体を得ているではないか……!!
怖がる物などない。
サイドポニーをしっかりと見据え、叫ぶ。
「ふ、ふはははは!!
俺に取り憑く気だないい度胸だ!!
いつもならムー大陸の入り口を探しに押入れに入るが今日はそうもいかねー!
きっと俺は今オッサンの力で最強になっているはずだ。
イコール今の俺に敵はいねぇ。幽霊なんて目じゃない。
いくら服の下がスカートで、中の白い何某が丸見えだとしても俺に勝てるはずg……」
あれ……視界が……ピン……ク…………
○月○日
微弱な次元震を観測した場所の調査の為出動。
目的地には黄色い何かを背中一面に広げた男が、何かをブツブツつぶやきながら歩きまわっていた。
呼び止め、事情聴取を行おうとしたところ調査員を挑発。
攻撃性有りと判断したので、抵抗される前に無力化。
機動六課に連行することにする。
備考
黄色い何かは9本のフカフカな尻尾だった。
耳も頭の上についていた。
デバイスかもしれないので、しばらく動けないように尻尾の上に乗って調べてみた。
……すごくイイの。
機動六課部隊長への報告書より一部抜粋
ぷろろーぐって難しいですね。
というか一人称を続けるのも難しいです。
こんなのに反響アルノカナー
あ、初めまして。
改:色々本文以外のところを訂正。