第19話 未来へ
なんとなく有耶無耶に解決となってしまった、通称“闇の残滓事件”から1ヶ月がアッサリと経過した。
最後は次元野球で盛り上がったので、僕にとっては楽しかった思い出にしかなってない。
ちなみに僕が1番センターで出場したんだけど、空が飛べない僕にとって上空でやるのは大変でした。
クロノに足場を作ってもらっていたんだけど、毎回はやてのディスペル・マジック……魔法解除によって足場が消され、遥か下の海に何度も落とされたのは、今後の課題となってます。
「ふっふっふ、飛べないタローはただのタローや!」
「いや、はやて……それ意味がわかないよ」
「飛べないタローがイカンのや!」
「はやてちゃん……普通、魔法の使えない人は飛べませんよ」
「シャマル……タロー相手に普通と言う言葉が虚しく感じねぇーか?」
「シャマル……ヴィータの言う通りだぞ」
「ヴィータちゃんもシグナムも酷い……くはないかしら?」
「お前ら、せめて本人の聞こえんとこでやってやれ……」
あぁ……守護騎士達の言葉が酷い……。
しかも、ザフィーラの言葉がフォローに聞こえない……。
まぁ、良いか。
1ヶ月も経つと夏休みも終りが近付いて来ている。
ちなみに事件中に氷漬けになったグレアムさんや、サークレットを外されて倒れたクライドさんは、現在聖王教会の病院に入院中。
闇の残滓事件が闇の書のデータ流出が原因として起きたとされ、その責任を取るためにグレアムさんは時空管理局を引退した。
「元々、老い先の短い私の人生だが……最後に楽しめたよ」
「いや、まだそこまでの年齢じゃ……」
「私は一般企業を退職するぐらいの年齢だよタロー君」
「そうなんですけどね」
「退職後の楽しみもあるんだ。ここいらで勇退とさせて貰えんか?」
「ほら、タロー。そんなに無理言わないの」
「アリサまで……。まぁ、僕が兎や角言う事じゃないですよね。分かりました……本当に長い間お疲れ様でした」
僕がそう言って頭を下げると、グレアムさんとアリサは顔を合わせて笑う。
「別にこれで別れでもあるまい」
「逆に良く会うことになるかもしれないんだからね」
はて、この2人は何を言っているんだろう?
クライドさんは意識を取り戻すと、しばらくの間は記憶の混乱があった。
それもそのはず、11年前に闇の書の暴走に飲み込まれたあの日から、クライドさんの時間は停止しており、しかもその後はサークレットによってドクターに支配されていたのだから。
管理局の見解として、クライドさんはM.A.I……作戦行動中行方不明となっていたので、この復活は管理局にかなりの衝撃を与えた。
記憶が落ち着いた時にはクライドさんの先輩や後輩、元部下などがこぞって見舞いに来て、病院で騒ぎになったほどだ。
「それでアナタ……本当に管理局を退職するの?」
「あぁ。偶然助かったとはいえ、私は1度死んだ身だ。そんな者が管理局にもう1度在籍するのは混乱を起こすだろう」
「だけど、父さんを慕ってお見舞いに来てくれた人が、あんなにたくさん居たじゃないですか!」
「そうだな。だがその反面、私に対して疑惑の目を向ける者も居る。更に言えばこの闇の残滓事件……管理局が全く関わっていないとは私は思っていない」
「「!?」」
「私がその真実を掴んでおり、それを交渉材料にして……なんて考える者も出てくるかもしれない。だからこそ逆に退職し、管理外世界でゆっくり過ごす事によって、私だけでなくリンディやクロノに対する警戒を和らげておこうと思ってね」
「アナタ……」「父さん……」
自分の家族を守るため、あえて舞台から降りて見守る。
そんな方法をクライドさんは取ろうとしているんだけど……。
「それでなんで僕は、ハラオウン家の家族会議に混ざってるんでしょうか?」
「あら、そういえばいたのよね」
「なんでタローがここにいるんだい?」
「いや、本当に最初から居たんだけど、居る意味なかったんじゃないかなと……」
リンディさんとクロノの冷たい言葉に若干凹む。
「タロー君は私が呼んだんだよ。お礼を言いたくてね」
クライドさんはそう言うとベッドからわざわざ降りて、僕の正面に立って頭を下げる。
「私を救ってくれて本当に有難う。キミのお陰でまた妻と息子に会うことが出来た」
「えっと……良く分からないけど、はい」
「それにこのまま行けば孫も抱けるかもしれない。これは本当に感謝すべき事なんだよ」
クライドさんはそう言って病室のドア……の外にいるエイミィさんに視線を送る。
僕は気配で分かっていたけど、クライドさんも知っていたんだね。
その後は慌てるクロノとからかうリンディさんに我慢できなくなり、病室にエイミィさんが乱入し、後で看護師さんに怒られてしまった。
そしてこの事件……騒動の中心に居た紫天一家の4人だけど、海鳴市に新たに家を購入したグレアムさんと住むこととなった。
一応魔力封印はされているけど、管理局員3名の許可で解除できるという簡単なもの。
この海鳴市には管理局員がかなりいるので、あってないような封印だよね。
とりあえず一般教養と言うか、常識を覚えた後に学校に通う事となったみたいなんだけど……。
「それで我にこの老人の介護をしろというのか!」
「まぁまぁ、ディアーチェ。私達が生きて行くには必要なことですから」
「王様ー。ジーちゃん優しいから、僕は好きだよー」
「私も家事は出来ますので、特に問題はありません」
「ぐぬぬぬ……貴様ら、王である我よりもそのジジイの肩を持つのか!」
怒るディアーチェを必死になだめるユーリ。
そして特に問題無さそうなレヴィとシュテル。
「まぁ、これからは家族になるんだから、諦めて一緒に過ごすしかないんでしょ。それともディアーチェって家事とか裁縫とか出来ないの?」
「貴様馬鹿にするなよ! この王に出来ぬことはないわ!」
「うーん、言うだけなら誰でも出来るし……。それに僕、ディアーチェの料理とか食べたことないからなー」
「クソ、今作ってやるから待っておれ! 食ってその言葉を泣いて取り消すが良い!」
僕の言葉にディアーチェは怒って台所へ行ってしまった。
「流石、野球選手ですね。ディアーチェを説得するなんて……」
「へー、野球選手って凄いんだー。他にもタローはヒーローだから、もっと凄いのかなー?」
「ユーリ……あまりレヴィに変なことを教えないで下さい」
「変なこと? それとも変な人?」
「簡単に言うとタローのことです」
「あはは、タローは変な人だー」
何だか酷いことを言われているんだけど……。
そんなやり取りを安楽椅子に座っているグレアムさんが、ニコニコとしながら見ているのもなんだかな~。
あ、料理はすごく美味しかったから謝って褒めたよ。
お陰でこの家の食事はディアーチェが作ってくれることとなったんだけど、結果オーライってやつだね。
※
「それであたしに話したいことがあるってなに?」
夜中、バニングス家のアリサの部屋にお邪魔している。
ここには僕とアリサしか居ないし、アリサの家族や使用人たちも気を使ってくれたのか、部屋には近寄らないと言ってくれた。
「うん。僕にとってはちょっと言い難い事なんだけどさ」
「言い難いこと?」
僕の言葉にアリサは問うけど、語尾が上ずっている。
「うん。それにとっても大事なことなんだ」
「だ、大事な……こと!?」
更に吃り、頬を赤らめてしまっているんだけど……。
「アリサ、大丈夫?」
「にゃ、にゃにがよ! あ、アタシはいつでも沈着冷静で大丈夫よ!」
「そう? どっちかって言うと、アリサは結構喜怒哀楽が激しい気がするんだけどね。まぁ、沈着冷静よりもその方が僕は好きなんだけどさ」
「!?」
ボンっと言う効果音が聞こえそうなほどに、一気にアリサの顔が真っ赤になる。
そして周りをキョロキョロと見ていて、僕に視線を合わせてくれない。
まぁ、アリサならちゃんと聞いてくれるだろうと思って、僕はゆっくりと口を開く。
「あのねアリサ」
「は、はい!」
「僕には……前世の記憶があるんだ」
「……はい?」
僕の言葉を発すると、アリサは僕に視線を合わせてくれた。
だけど、次の言葉で首を傾げてしまう。
やっぱりこれって、突拍子もない事なのかな?
「前世の死因はトラックが歩道に突っ込んできた交通事故。だけどこの死は神様のミスによって起きてしまったものらしく、謝罪と転生を神様から直接言い渡されたんだ」
「…………」
「輪廻転生とかあるけど、僕のはちょっと違って、前世の知識や記憶を引き継ぎ、新たに能力を授けられてだけどね。そして願った能力は……野球をするためのもの。このバカみたいな身体能力や、僕の引き起こせる奇跡の現象……これは全て貰い物だったんだ」
「……前世のタローはどういう人だったの?」
「30歳男性で妻子ありで職業は消防職員。前世の名前は忘れていたけど、闇の残滓事件で闇に取り込まれた時に、優しい夢とともに思い出したよ。……俺の名前は小野孝助。妻の名は愛美で28歳、子供の名前は明で7歳」
「……子供はあたし達とあまり変わらいのね」
「そうだね」
「…………」
妙な沈黙が部屋を包む。
アリサは黙って俯いているけど、突然僕が前世の記憶を持って転生してきたとか、神様から力を貰ったとか言われても訳が分からないよね。
あと1つ言いたいことがあるんだけど……ちょっとだけ恥ずかしいんだよな。
でも、アリサがこっちを見てないから、このまま言っちゃえ。
「闇に包まれた優しい夢……それは前世の生活だったんだ。妻がいて子供がいて、仕事やって幸せに笑っていた。攻撃性のあるものなら大概なんとかなるんだけど、こういうのには僕は弱かったみたいなんだよね。もう覚えたから平気だろうけどさ」
「……幸せな夢だったの?」
「……そうだね」
「…………」
「でも、それが儚くも悲しい夢だと気付かせてくれたのは、アリサの声だったんだ」
「……えっ?」
僕の言葉に俯いていたアリサは顔を上げる。
その瞳には涙が浮かんでいるんだけど、言い始めたからには最後まで言ってしまおう。
「アリサが僕の名前を呼んで……僕に夢だと気付かせてくれて……僕を起こしてくれたんだ」
「す、すずかも呼んでたわよ。それに、はやてもフェイトも……」
「そっか……それはありがたいな。でも、僕に届いたのはアリサ……キミの声だけだった」
アリサが泣いている。
その涙に光が反射してとても綺麗だ。
「前にアリサに告白された。その前からなんとなく好意には気が付いていたけど、小学生の好意だからと思って気にしてなかった。だって前世の息子の年齢は7歳……つまり今の僕達と大差ないんだからさ」
「……うん」
「でも、僕に届いたのはそんなアリサの声だったんだよ。子供だと思っていた……思っていたかったのは僕の勝手だったのかもねって。まだ、先のことは分からないし、未来の選択肢を少なくするのはどうかと思うから、何とも言えないんだけど……」
僕はアリサの瞳を見つめる。
アリサは僕の瞳を見つめかえす。
「今のアリサの好意を、僕はしっかりと受け止めたいと思う。だからどうだとかじゃなくて、まだ愛とかじゃないだろうけど……」
「うん」
「……アリサが他の子より好きだから」
僕の言葉にアリサはボロボロと涙を流し、両手で自分の口を塞いで嗚咽を抑えている。
あぁ、凄く恥ずかしい。
小学生がこんな告白して、それを普通に理解できるアリサが凄いなと思う。
そんな僕の頭がシッチャカメッチャカになっているんだけど、今は泣いているアリサをそっと抱きしめて僕の胸で気が済むまで泣かせてあげよう……。
その数日後、僕の関係者全てに僕が転生者であることを伝えた。
誰1人として拒絶する人は居なく、逆に言うのが遅いと怒られたぐらいだ。
魔法に染まっていない両親ですら軽く流すぐらいなのは、この海鳴市特有の雰囲気なのかも知れないね。
だけどそれがとても心地よく感じるんだ。
やっと、みんなに対して胸を張って、本心から接することが出来るようになった気がするから。
怪我人も出た闇の残滓事件だけど、僕を自分の心と、思い出と向き合わせてくれた大切な区切り目。
前世は思い出に。
今をしっかり見つめて。
未来へ歩んで行こう。
野球少年?とリリカルなのは 空白期
闇の残滓事件 完
これで空白期が完結となります。
それに併せてこの「野球少年?とリリカルなのは」そのものも完結となりました。
この作品は、にじファンが終了となるにあわせてA’sまで終わらせたのですが、その先の話は漠然としか考えていませんでした。
ぶっちゃけ、そこで完結にしてしまって良かったんではないかなと思っていたぐらいです。
日常編をダラダラと書くつもりで始めた空白期ですけど、僕は先が見えない小説が書けないようで、スランプに陥るハメに……。
お陰でにじファンの最終投稿日平成24年7月18日から今日まで、233日もあったのにたった19話しか書けなかったぐらいですから。
にじファン時代108日間、休まずに108話投稿してたのはどうなった?
まぁ、移転作業だけでなく本文の訂正をしたり、短かった話を合併させたりと色々と作業がありました。
それに他に新しい作品を書き始めたりと、色々あったことはあったんですけど……。
それは所詮言い訳ですね。
僕の初投稿作品にて原点であるこの作品が完結まで辿りつけたのは、読んでくれた皆様、感想を書いてくれた方、書く場所を提供してくれた方のお陰です。
これを糧に懲りずに他の作品を書いて行きたいと思いますので、今後とも宜しくお願いします。
タローは次元野球と共に永遠に不滅です!