第1話 進学は突然に
一之瀬太郎達の通っている私立聖祥大附属小学校は共学だが、中学になると女子校になってしまう。
そのため、タローは両親と1年以上話し合い、進学先の中学校を決めた。
その中学校がある場所は、東京西部に位置する完全独立教育研究機関。
あらゆる教育機関・研究組織の集合体であるが、学生が人口の8割を占める学生の街。
いや、ここを現すには1番適している言葉がある。
超能力開発機関。
そこを人は学園都市と呼ぶ……。
とある球技の
「それではホームルームを終わりにします。皆さんは進路希望の紙を後で忘れずに提出してくださいね」
6年生になり、担任教師からそんな言葉を貰い、帰りのホームルームが終わる。
本日は始業式だから授業もなく、進路希望の紙を持ち、仲の良い友達同士で集まる。
「みんなはこのままエスカレーター式に進学だけど、タロー君はどうするの?」
お淑やかそうなお嬢様風の少女、月村すずかが隣に座る男の子に話しかける。
その言葉を聞いていた他の4人の少女達も興味深い表情で集まってくる。
茶髪でツインテールの高町なのは、金髪で勝気なお嬢様のアリサ・バニングス、金髪で若干天然が入っているフェイト・テスタロッサ、茶色髪の毛にバッテン印の髪留めをした少女の八神はやてと、燃えるような赤い髪の毛をしたヴィータ・八神。
この6人を一般生徒は称して私立聖祥大附属小学校6女神と言う。
話し掛けられた男の子はそんな事を言わず、六人娘と略しているが……。
「ん、僕は1人暮らしになるのかな? 学園都市って所に行くよ」
「え!? タローは風芽丘学園やないの? てっきりそこなら私もって……」
「はやて……そんな事考えてたんかよ」
タローの言葉にみんなが驚く。
はやての発した言葉の最後は小声で、真横にいるヴィータ以外には聞こえないものではあったが、タローの聴力には関係ない。
「タローがいなくなるのは寂しいよ」
逆にみんなに聞こえる声でストレートに言うのはフェイトだ。
なのははそれを聞き苦笑いをしている。
「にゃはは、フェイトちゃん直球なの」
「え? 私、ボール投げてないよ」
何とも言えない空気が流れる……。
フェイトだけは分かっておらずオロオロしているが。
その空気を断ち切るようにはやてが言う。
「学園都市……学生全員を対象とした超能力開発をしているところやな。あそこの科学技術はこっちの10年先を進んでると言う話や。タローは超能力者になるんか?」
「いや、あえて一般人として入るよ。それが出来るように知り合いの監督夫婦にお願いしているところ」
その言葉にみんな首を傾げる。
「タロー君は学園都市に何をしに行くの?」
「ん、当然野球だよ」
すずかの質問に一瞬の迷いもなくタローは答える。
「だって、相手が超能力を使ってくるんだよ。魔法を使ってくるミッドの野球をやる前に、そこで3年間みっちりと学ぼうと思ってね」
要するにタローは野球バカなのだ。
実は以前知り合った管理局の魔導師、今は引退しているが、ギル・グレアム氏に中学校を卒業したら管理世界の野球、メジャーリーグに誘われている。
まだ、チーム自体はないが、管理世界ごとのチームに対抗した、管理外世界の連合チームを作るべく、グレアムは働きかけている。
既に動き始め2年の歳月が過ぎ、チームの認可は間もなく取れる。
管理外世界の企業などの協力を得て、ホーム球場などを建設中でもある。
そんな話をタローから聞かされた4名は驚き言葉も出ない。
そんな中、1人静かに話を聞いていた人物がいる。
それはアリサである。
アリサの父親であるデビッドはこの管理外世界連合チーム、……仮称ではあるが次元の海を現しマリナーズと呼ばれている、それに協力している企業の一つだ。
しかも、グレアムがこの球団を作るきっかけとなったのはアリサである事は、誰も知らないアリサだけの秘密である。
その後タローは帰宅途中も、フェイトとはやての質問攻めにあっていた。
最後はタローが決めた事であり、残りの1年間にいっぱい思い出を作る約束と、適度な連絡、長期休暇での海鳴市への帰宅などなど大量の約束をして納得したようだ。
まぁ、タローは人からのお願いは断る事をほとんどしないので、良いように約束させられた感じもするが……。
そして月日は流れ……小学校を卒業して、学園都市へタローは引越して行く。
超能力開発を断ったタローは何とか色々なツテ、……ノムさんとサッチー、により無能力者扱いで学園都市にある柵川中学校に入学することとなった。
引越し先は無能力者なので大した場所ではないハズなんだが、メモ紙に書かれていた場所に行くと、超高級マンションがあった。
完全オートロックの指紋、網膜認証を終え中に入り、指定された部屋の前に辿り着いた。
鍵を差し込みドアを開け、室内に入ると……。
「お帰りなさいませご主人様」
メイド姿のイレインと
「遅かったわねタロー。今日からよろしくね」
小悪魔的に微笑むアリサがいた。
「えっ……あ、その……な、なんでアリサとイレインが?」
「やっとタローを完全に驚かすことが出来たわ」
「お嬢様、おめでとうございます」
「タロー、あんたが
「え、アリサ?」
「まだ理解出来てないわね。あたしはタローと一緒にいるために、学園都市に来たのよ。しかも、ちゃんと能力者になったの!」
そう言ってアリサは手を動かす。
そして炎が現れる。
「そして検査の結果、
エヘッと言いながら舌を出してウインクするアリサ。
タローは可愛いな〜なんて思いつつ、やっと話を理解できた様だ。
「えっと、
「うん。あたしが7人目の
そう言い胸を張るアリサに、調子をあわせて拍手をするイレイン。
タローを度々呆れさせたのは、後にも先にもアリサだけだろう。
「……まぁ、いいか」
「そうよ、良いのよ! これから3年間よろしくね」
「よろしくお願いしますご主人様」
こうして学園都市でタローとアリサ、イレインの可笑しな共同生活が始まった。
はたしてどんな事件に巻き込まれるかは不明。
タローはゆっくり野球ができるのであろうか!?
波乱万丈な中学生活の幕開けであった……。
「さ、これから一緒に住むにあたって、部屋割りを決めるわよー!」
ご機嫌でノリノリなアリサに、それに合わせて拍手をするイレイン。
このマンションは4LDKなので、1人1部屋でも問題がない。
アリサはタローを奥へ誘い、部屋へ案内する。
そこには“タロー”と表札の貼ってある部屋があった。
ちなみにその隣の部屋には“アリサ”と表札が張ってあるのは、誰でも想像がつくことだろう。
「さ、タローはこの部屋ね。早く荷物をおいて買い物に出かけるわよ」
「え、あ、うん」
「さー急いで急いで。イレインは食料品とかの買い出しお願いね」
「はい、お嬢様。後はお2人でごゆっくりどうぞ」
イレインはそう言うと玄関から出て行く。
その言葉にアリサは笑うのを我慢している。
心の中では「タローと2人きり〜♪」と言いながら踊っているようだが……。
「僕の荷物は鞄しかないから、アリサが良ければいつでも出られるよ」
「え、あっ、そうなの? って、他に何も持って来てないの?」
「いや、そういう訳ではないんだけど……。アリサだから知ってるはずだけど、これに入ってるんだよ」
そう言い左腕につけている腕時計をアリサに見せる。
「あー、それって!」
「そうそう、プレシアさんが作ってくれたデバイスだよ」
初代は魔法を使える人に充電してもらわなければ使えなかったが、今では大気中にある魔力素を自動的に集め、充電不要で使える品になっている。
初代に比べ拡張領域も大きく、某龍玉のホイポイカプセルを超える便利さだ。
初代は身内に配布してあるが、アリサとイレインは学園都市では魔力を持ってる人がいないので、置いてきたようだ。
最新型は現在1つしか存在しておらず、タロー専用となっている。
「ちょっと離れてね。荷物出すから」
タローの腕時計からダンボールが何個か出てくる。
これにてタローの引越しは終了。
「ホント便利よね〜」
「うん、僕が学園都市に行くって話になってから、プレシアさんとリニスが必死に作ってくれたんだ。ありがたい限りだよ」
「あたしのも作ってくれれば良かったのに……」
ちょっとむくれるアリサの頭をタローは撫でる。
「学園都市に進学することを両親以外に言ったかい? 基本的に魔力持ちがいる海鳴市では必要ないよね」
「そうだけど〜」
「そういう事。じゃあ買い物に行こうよ」
そう言ってアリサを撫でるのをやめて玄関に向かうと、アリサは残念そうな表情になる。
だが、早く買い物に行きたいのか、気を取り直してタローの後を追う。
小学生も卒業し、新しい中学校生活に期待を胸に秘め、街を1人で歩いてた佐天涙子は後悔していた。
住んでいる場所から中学校へ行くショートカットコースを探して歩いていたら、暗い路地裏で3人の男性に絡まれてしまった。
新たな発見とかそんな事を考えていた数分前はどこかへ行き、今では何でこうなったんだろうと泣きたくなっている。
「おいおい、お嬢ちゃん。俺らの話を聞いてますか〜?」
あぁ、大通りだけで通学するべきだった……なんて考えて現実逃避している場合じゃないようだ。
「兄貴は優しいから、慰謝料を払えば見逃してやるって言ってるんだぜ」
「でも、私は普通に歩いていたのに……」
「あぁん! 普通に歩いていても、俺らとぶつかっただろうが!」
そして男に肩を掴まれ、壁に詰め寄られてしまった。
佐天の表情は恐怖に染まる。
「しかし、なかなかイイ体だな……」
「たまらねぇっすね。慰謝料も体で払って貰いやすか」
「ひぃ!?」
男3人に詰め寄られ、佐天は泣きながら助けを求める。
「誰か助けてーー!!」
「おいおい、こんな路地裏に誰か来るはずねぇだろ」
「そうだぜぇ。大人しく諦めちまいなよぉ〜」
その言葉に佐天の顔に諦めの色が浮かぶ……。
「大の男が女の子を囲んでなにしてるんだい?」
全員が突然の声に驚き振り返る。
そこには顔すら見えないぐらいの大量の荷物を抱えている男と、その横に仁王立ちで腕組をしている金髪の女がいた。
当然だが、買い物途中のタローとアリサの2人だ。
「学園都市ってのは随分治安が悪いな……。ちょっとショックだよ」
「こんな路地裏に来れば何処も一緒なんじゃないの?」
「でも、ロボットとかいるから、警備とかすごいのかなーって」
「タローは夢を見過ぎよ。どこでもこんなチンピラはいるものよ」
アリサの言葉に男たちは色めき立つ!
「てめぇ! 俺らをチンピラ扱いしやがって……」
「女連れで調子こきやがって! その女も俺らが貰ってやるよ!」
「えっと、僕じゃなくてアリサがチンピラ扱いしたんだけど……。まぁ、いいか」
ため息をつきながらタローは荷物を下に置こうとする。
しかし、それをアリサが止める。
「タロー、あちらはあたしをご指名なのよ」
「でも……」
「今までのあたしと違って、守られるだけじゃないってことを見せてあげるわ」
アリサは腕組をしたままタローの前に立ち、男たちを睨みつける。
それを見て佐天から2人の男が離れ、アリサの方へ歩いてくる。
「おいおい、お嬢ちゃんが相手してくれるのか?」
「金髪の美人だなんて俺らついてるな」
それを見てアリサは鼻で笑う。
「あら、チンピラ風情じゃあたしの相手には不十分よ」
そう言うといきなり男2人の服に火がつく。
男たちは驚き、慌てて火を消すために地面に転がる。
「地面に這いつくばるのは良いけど、スカートの中とか覗いたら全部焼きつくすわよ!」
「ロングスカートだから普通じゃ見えないだろうに……」
タローの呟きをあっさり無視してアリサは腕組をやめ、佐天の肩を掴んでいる男を指差す。
その瞬間、男の髪の毛に火がつき、慌てて男は佐天の肩を掴んでいた手を離し、地面に転がり火を消そうともがく。
「だから、あんたたちじゃ相手にならないって言うのよ」
佐天に対しておいでおいでと手を振るアリサ。
それを見て慌てて佐天はアリサの元へ駆け寄る。
「全部燃えちゃえ!」
アリサの言葉で、服にしか火がついていなかった2人は髪の毛に、髪の毛しか火がついていなかった男には服が燃え始める。
「「「ぎゃー、あっちちち」」」
3人は地面を転がり一生懸命、火を消そうとする。
しかし、そんな簡単に消えれば苦労はしない。
それを見てタローはため息をつく。
「アリサ、やりすぎだよ。もう、お仕置きはこれぐらいにしておこうね」
そう言いタローが脚を見えない速度で動かすと突風が起き、男たちについていた火が全て消えた。
「次はないからね。もう少しまじめに生きるんだよ〜」
「「「ひぃ〜〜」」」
火が消えたのを確認し、男たちは走って逃げて行く。
アリサがどう加減したのか分からないが、男たちは火傷を一切負っていない。
これもレベル5の力なのか……。
そして、アリサはタローの方に振り返る。
「ごめんね。初めて使うから加減が分からなくって……」
「次からは気をつければ良いんじゃない? それよりも、そこのキミは大丈夫だったかい?」
タローの言葉で我に返る佐天。
慌てて2人に対してお辞儀を何度も繰り返す。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
「別に大したことしてないから。キミが無事なら良いんだよ」
「あたしは少しやり過ぎちゃったから反省ね」
そう言って路地裏に背を向け2人は歩いて行く。
何事もなかったように。
2人が去ってから佐天は気が付く。
「お礼は言ったけど、名前聞いてなかったーー!!」
佐天の絶叫が路地裏に響き渡る。
そしてまだ自分が路地裏にいることに気が付き、走って大通りに出て行く。
今後路地裏には気をつけようと心に誓いながら。
「そう言えばタロー」
「なんだいアリサ?」
買い物に戻ろうと歩いているとアリサからタローに話しかける。
「見たでしょ」
「何が?」
「突風を起こした時に、捲れ上がったわよね」
「うん」
タローの返事を聞いて顔を赤くするアリサ。
「じゃ、じゃあ、見えたでしょ」
「……純白」
「バカー!!」
その後、タローをポカポカと叩くアリサの姿があった。
そして、それを受けつつ、荷物を落とさないように頑張っているタローであった。