第2話 入学は騒動と共に
学園都市の第7学区にある柵川中学校。
ここでは本日、入学式が行われる。
そこの校門前では中学校の制服に身を包んだ男女2名と、スーツ姿の女性1名が立っている。
「ねぇ、アリサ。聞きたいことがあるんだけど」
「ん? なあに」
「アリサって
「そうよ」
タローの質問に、小学生時代よりは発育した胸を張って答えるアリサ。
「で、その
「え? タローと一緒に通うためよ」
何当たり前のことを聞いてるのよと言いたげなアリサ。
その答えにタローはため息をつく。
アリサはそんなタローを見て微笑む。
「それで他には何かないの?」
そう言ってモジモジしながら、髪の毛をいじるアリサ。
そしてタローのことをチラチラと見る。
「ん? 他には……髪型がショートカットになって、更に可愛いくなってるのは昨日からだし……」
その言葉に顔を赤くしつつ、頬を膨らませる。
「なんで昨日から気がついてるのに言わないのよ! 気が付いてないかと思ったじゃない!」
「あぁ、今まで長かった髪の毛をバッサリ切ったから、触れちゃいけないのかと思ったよ。どおりで昨日は髪の毛をいじってる回数が多いと思ったんだよね」
「もぉ……そう言うのは気がついて欲しい合図でしょ」
「アリサのことは毎日見てるから、髪型をあんなに一気に変えたら気が付くってば」
「むぅ〜、何だか納得行かないけど、嬉しいことも言われたから複雑……」
そう言いつつもニコニコ笑いながらタローの腕をつねるアリサ。
それを普通に受け入れるタロー。
と言うより痛くないのかな?
「綺麗な長い髪の毛を切った理由は教えてくれるのかい?」
「……少し燃えちゃったの」
ぼそっとアリサはつぶやく様に答える。
タローは小さな声でも聞き逃さないが、その先の説明を促す。
「え、なんで?」
「むぅ……。発火能力を専攻としている小萌先生って人に言われて、炎の翼を作って飛行してみたのよ。その時に制御がまだ上手く行かなくて、髪の毛が少しだけ燃えたの……」
アリサは恥ずかしそうにソッポを向いて答える。
「怪我とかはしなかった?」
「大丈夫よ。飛ぶのも問題なかったんだけど、その時に……ね」
「怪我をしなかったんなら良いんだよ。髪の毛は仕方がないけど、新しい髪型も似合ってて素敵だよ」
そう言ってタローはアリサの髪を撫でる。
アリサはその仕草に照れつつも、気持ち良さそうに目を細める。
「さ、そろそろ行こうか」
「うん」
そう言って2人は仲良く歩いて行く。
それをずっと黙って撮影していたイレインをスルーして……。
「ご主人様にお嬢様……可愛い……」
この機械人形……性格変わりすぎだ。
入学式を無事に終え、各クラスで自己紹介が始まる。
このクラスの自己紹介だが、全く集中出来ていない。
クラスメイトの視線は全てたった1人に集まっている。
その視線の先にいるのは……。
「学園都市の外。海鳴市にある私立聖祥学園から来ました。アリサ・バニングスです」
当然
この、柵川中学校は
そんな中学校に
入学式の最中ですら、校長以下教員一同がアリサを注目していたぐらいだ。
「イキナリ
そして深々と頭を下げる。
タローはキャラじゃないな〜なんて思ってるが、アリサは下積みもなくこのレベルになっていることに不満を覚える人が多いと考え、丁寧な挨拶をしている。
その自己紹介を受け、クラスメイトは拍手で応える。
やっかみの視線もあるが、挨拶が丁寧なため、クラスには受け入れられたようだ。
さり気なく拍手を一番最初に始めたのが、タローなのは言うまでもないだろう。
アリサは休み時間になるとクラスメイトに囲まれ、色々と質問をされている。
ニコニコと最初は応えていたが、段々質問がプライベートなものになってきた。
「好きな人のタイプは?」
「彼氏はいるの?」
「俺と付き合ってください!」
「
アリサはそんな質問にイライラし始めるが、気が付いているクラスメイトは誰もいない。
タローだけは気が付いているようだが、隣の席でみんな邪魔だなーぐらいにしか思ってないだろう。
アリサはそんなタローをチラっと見て、助けもフォローもないことに余計イライラが募る。
「その辺の質問は、全部まとめて答えをあげるわ!」
そう言い、立ち上がり隣の席にいるタローの腕を組む。
クラスメイトは驚きタローを見るが、タローは全く気にしていない。
「あたしの好きなタイプはタローよ! だけどまだ付き合ってないから彼氏も居ないし、他の人と付き合う気もないわ!」
その言葉にクラス中が驚きの声で包まれる。
「ちょっと、この人誰?」
「
「私のクラスの人に教えてあげなきゃ!」
「
アリサの好きな人がタローということは、あっという間に柵川中学校に広がった。
タローはやれやれと慣れたものだが、アリサは顔を真っ赤にしつつご機嫌だ。
実は私立聖祥学園時代にもそう言って、告白してくる男子をアリサ達は断っていた。
お陰でタローは学園内で安らぎはなかった……が、本人は気にしてないので全く変わらない。
そして数日が経ち、やっと騒ぎも収まって来た。
アリサは授業態度や成績も良く、クラスメイトに限らずアドバイスや質問に答えていたので、クラスの中心的な人物になっていた。
タローは男から嫉妬や殺意の視線にさらされ続けているが、全く気にせず野球部に入部して毎日練習に励んでいる。
野球部ではどんな扱いかと言うと……。
「タローが野球部に入ってきた時は、何度殺そうか悩んだが……まさかマネージャーとして、アリサさんが入部してくれるとは思わなかった」
「しかもマネージャーとして優秀! そして美人!」
「アリサさんと一緒にいようとして、他の女子がマネージャーとして一気に入部してくれました」
「こんなにマネージャーが増えてくれるなんて……俺、生きてて良かったっす!」
「もう、あの炎に焼かれたい……」
そんな感じに野球部では受け入れられている。
もちろんマネージャーだけでなく、普通に入部する男子も増えたので、一気に運動部として最大勢力になってしまった。
人数が増えても能力者のレベルが低いので、他校と試合するとあまり勝てず、相変わらず弱いままですが……。
そんな弱い野球部でもチームメイトのモチベーションは高く、タローは楽しく野球をやっているんですけどね。
入学式から早一ヶ月、ゴールデンウィークを終え、入学した生徒たちは初々しさが消えて行く。
6月という国民の休日のない酷い月が終わり、夏が到来する7月に入って行く。
そしてこの時期になると、柵川中学校は他の学校に注目されており、知らない人が居ないぐらいの知名度になっている。
ただでさえ低レベルの子ばかりが通う中学に
勝率はまだ2割前後だが、
当然1番打者であるタローは難なく打ち、超能力野球を楽しんでいるのは想像がつくであろう。
しかしタローだけでなく、他の
毎日夜遅くまで泥まみれになって練習し、マネージャー達による相手チームの分析も加わった結果が出てきたようだ。
正直、変化する魔球は変化が多ければ多いほど急速は落ち、盗塁し放題になるし、燃える魔球はキャッチャーが保たないとか、ちゃんと良く見て芯で当てればボールは炎に関係なく飛んでいくとか……。
それにより色々工夫してみると、何とか低レベル者でも高レベル者に食らいついていけるスポーツであるという認識が広まって来た。
それでも
高級マンションのリビングで、今注目の柵川中学野球部の選手であるタローと、マネージャーであるアリサがのんびりと寛いでいる。
「さ、超能力野球を楽しんだから、そろそろアリサの投げる球を打ちたいんだけど」
「あたしの投げる全力だと、さすがのタローでも厳しいんじゃない?」
「それを打ちたいんだから仕方がないよ」
「もぉ……本当に仕方がないわね……」
タローの言葉にアリサが呆れながらに答える。
そしてアリサがどこかへ連絡を取る。
「タロー、7月の能力測定試験の時に協力してくれるって小萌先生が言ってくれたわ。あたしの投げる全力の球を取れる人を用意してくれるそうよ」
「それは嬉しいね。でも、小萌先生って僕は会ったことがないけど平気かい?」
「うん、大丈夫よ。生徒のためなら全力を尽くしてくれる人だから。年齢と外見が全然一致しないけどね」
そして、能力測定試験の日。
研究室ではなく、小萌先生が教師をやっている、とある高校へタローとアリサは行く。
校庭を進入禁止区域に設定し、アリサの能力測定が始まる。
何もないところから炎を呼び出し、身にまとう。
火球を飛ばす。
炎の翼を背負い、空を飛ぶ。
このとある高校も柵川中学と一緒で、高レベル能力者は居ないので、教室の窓からみんな物珍しそうに見ている。
「あれが今噂になっている
「かわええ中学生やね。是非ともお友達になりたいわ〜」
サングラスに金色のネックレスをつけた怪しい学生と、長身で青髪にピアスをした男たちは窓から外を見ながら会話をしている。
土御門元春と青ピアスの2人だ。
「小萌先生の専攻が
「そう言えば、カミやんは?」
「あそこにいるにゃー」
土御門が指をさす先には、能力測定をしている小萌先生の横に座っているカミやん……上条当麻がいた。
「なんや! またカミやんだけ美味しい目に遭うんか!?」
「いや、今回はあの
「うーん……フラグ構築はともかく、美少女中学生の炎に焼かれるなんて、すごい羨ましいやんか〜」
相変わらずブレない青ピアスの言動に頭を抱えるフリをしつつ、
「それじゃー能力試験はこれで終わりです! 上条ちゃん、用意してくださーい」
「本当にやるんでしゃうか……」
「上条ちゃんなら大丈夫です! 先生が保証しちゃいます!」
「それならイイですけど……。不幸だ……」
上条はプロテクターに身を包み、キャッチャーミットを付けて捕球体制に入る。
そしてバッターボックスには金属バットを持ったタローが入る。
「すいません上条さん。こうでもしないと全力が出せない子なので……」
「気にすんな……と言いたいところだけど、少しだけ気にして勘弁して欲しい……」
「終わったら同居人が作ったお弁当が待ってますので、それでどうか勘弁して下さい」
その言葉に目を光らす上条。
「よし、3球で済むなら、飯のために頑張るか。だけど、打てるのか?」
「さあ、やってみないと分かりませんから、余計にやってみたくなるものですよ」
「男の子だな」
「はい、男の子です」
そして2人はピッチャーマウンドに立つアリサを見る。
「じゃあ、タロー。最初から全力で行くわよ」
「ありがとう」
タローの返事を聞くとアリサの身体が炎に包まれる。
その炎を球に込めて行き、全力で投げる!
業火……剛球……まさにその言葉が似合うかのごとく、火を纏った球はものすごいスピードでキャッチャーミットへ収まる。
炎がものすごい推進力を起こしているようだ。
「ストライーク!」
「おいおい、男の子。流石にこれは無理なんじゃないか? むしろ上条さんが怖くて無理……」
「今のでタイミングは覚えましたから平気です」
審判のコールに沸く窓から見ている生徒たち。
正直、誰もが打てないと信じている。
「行くわよタロー!」
「うん、全力で頼むよ!」
投げた二球目は同じ速度で投げられるが、タローのバットは芯でそれを捉える!
ジュ
しかし、金属バットは溶解し、キャッチャーミットへ球は収まる。
「ストライク・ツー!」
あのスピードに合わせてきたタローに驚いているのか、金属バットを瞬間的に溶解させた威力の球に驚いているのか、観客たちの声は静かになっている。
「さすがに金属バット程度じゃ駄目か……」
「どう? いくらタローでもバットがなければ打ち返せないわよね」
自分の投げた球のスピード程度では、タローは合わせてくると信じており、それに対応すべく最初からバットを溶解させるつもりの魔球であった。
これ、上条以外がキャッチャーをやったら、完全に燃えるんじゃないだろうか……。
「流石はアリサ。僕と一緒に1番居るだけはあるね」
「1番? それとも1晩?」
「そっちじゃ1晩じゃなくて毎晩だろ」
アリサの軽口に笑いながらタローは答える。
そしてタローは、左腕についている時計型デバイスに手を添える。
そこから取り出したのは木製バット。
「タロー、金属が溶解するのに、木製バットじゃ……」
「アリサ、このバットはMIZUMOのバットだよ。それを僕が使うという事を考えてくれ」
そう言って軽く素振りを始める。
その素振りに合わせ、目の前に小さな竜巻が現れては消える。
「本気……って事ね。それならあたしもなのはを見習って、全力全開で行かせてもらうわ!」
アリサがもう一度炎に包まれる。
そして今度は背中に炎の翼を生やす。
身にまとった炎を球に込め、背中の炎の翼を片手に移動させる。
「行くわ! これがあたしの全力全開!!」
炎の翼により、さらなる推進力を得た炎の魔球は、今までよりも更に早いスピードと熱量をもって投げつけられる。
上条の垂れた汗が瞬時に蒸発する。
そんな炎……いや、豪炎の魔球をタローはバットの芯で捉える。
みんなは溶解……または木のバットが燃え尽きる姿を想像しただろう。
ついでに上条の行く末を……。
しかし、木のバット……いや、木には金属と違い生命が宿っている。
たとえそれは切られ、加工されていても……。
その生命にタローの生命力を宿し、活性化させるとどうなる?
けして折れない、不屈のバットとなる!!
カキーン!!
アリサの全力の球をタローが全力で打ち返す。
そしてその打球はどこまでも飛んで行く……。
タローはバットを優しく撫で、ガッツポーズをする。
それにより周りにあった熱気は全て消え去る。
観客となっていた生徒、小萌先生を中心とした研究員たちは、誰も言葉を発することが出来ない。
タローはそんな中、マウンドまで歩いて行きアリサに微笑む。
「アリサ、ありがとう。これでまた上を目指すことが出来るよ」
アリサがタローの顔を見ると、微笑んでいるが汗だくの顔が見える。
それを見てアリサはタローの全力を少しだけでも引き出せ、自分の全力をしっかりぶつけることが出来た。
そんな満足感から笑顔となる。
「次はもっと工夫するからね」
「うん、楽しみにしてる」
「今日は能力測定もやったから疲れたわ」
「じゃあ、立つのに手を貸すよ」
そう言って座り込んでいるアリサの腰に手を回し、支えながら立ち上がらせる。
アリサは迷わずタローの胸に顔を押し付け、満足そうにしている。
「アリサ、今回は僕も汗をかいたから匂いが……」
「う〜ん、タローの匂いね。あたしが歩けるようになるまでしっかり支えてなさい」
「はいはい」
マウンドで明らかに抱き合ってる2人を見て、空気が緩み音が戻る。
その2人を冷やかす声。
名勝負を見ることが出来、それを称える声。
羨ましそうに怨念を込めた罵声を飛ばす似非関西弁。
とある高校はそれらが混ざり楽しそうな声に包まれる。
非公式勝負
アリサ・バニングス
VS
野球少年
一之瀬太郎
勝者、タロー。