第1話 クリスマスの出会い
深々と雪の降るクリスマスイヴの夜。
少女と見間違えるほどに精巧に作られたガイノイドは、とある場所に向かって歩いていた。
彼女の名前は
そして向かっている場所は、茶々丸がいつも野良猫に餌を上げている場所。
こんなに雪が降ってしまっては野良猫たちがどうなったか心配で、自分の主であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの許可を得て見に来たのである。
そんな、心配するなどという感情プログラムなんて、茶々丸には組まれていないのに……。
「そんなところで何をやっているのかと貴方に訪ねます」
その場所に到着した茶々丸は、冷たい地面に寝そべっている少年を見つける。
そしてその少年の顔を上から覗き込みながら、感情の篭っていない声をかけた。
「あはははは、ちょっと力尽きちゃってさ。ホント、困ったもんだよ」
感情の篭っていない声、上から見下されるなどと言ったものを全く気にも止めず、全身汚れや傷だらけのユニフォームの上にベンチコートを着込んだ少年は、そう笑いながら答える。
そして彼のベンチコートの中から「ニャーニャー」と言った猫の鳴き声が聞こえてきた。
「この子たちのご主人様かい?」
「ニャー」
「あぁ、餌をいつもくれる友達か。この子たちが寒そうにしていたから、一緒に暖まっていたんだ」
自然に猫と会話しながら彼はベンチコートの前を軽く開ける。
そこからベンチコートの中で暖を取っていた数匹の子猫たちが顔を出す。
その猫の姿を見ると茶々丸はほんの少しだけ、例えば自分の主や製作者ですら気が付かない程度だが、表情を緩めた。
「あぁ、良かった。これでこの子たちは大丈夫だね。ちょっと僕は動けないから、この子たちだけ暖かい場所に連れて行って貰えるかな」
「何故貴方は動けないのですか?」
表情を元に戻し、彼女は疑問点を口にした。
大体、何故こんな雪の降る夜に、彼は冷たい地面に寝そべっているのか?
彼女の持つデータ……それ以前に、普通はその行動を理解できない。
「いやぁ……さっきまで野球やっていて、それの帰る途中だったんだけどね。チームメンバーが揃った嬉しさに、加減も残りの体力も考えずやっちゃったんだ。そのお陰でこんな場所で一歩も動けないのさ」
そんな言葉の意味を茶々丸は理解できずに首を傾げる。
彼はいつもと変わらぬであろう笑みを浮かべたまま、ゆっくりと目を瞑り始める。
「それじゃ、この子たちはよろしくね」
「貴方はどうするのですか?」
「このまま寝て体力を回復させるよ。それじゃおやすみ……」
茶々丸のデータでは……いや、常識的に考えてこんな気候の中、外で寝たら体力が回復する以前に死んでしまう。
しかし、既に彼は寝息を立てて寝ている。
「意味不明、理解不能です。対象のデータ照合……」
茶々丸は自分のデータ領域にある、麻帆良学園に属する全ての人物の情報から、ここで無防備に寝始めた彼のデータを探し出す。
「麻帆良学園男子中等部2年A組在籍……名前は一之瀬太郎」
茶々丸は見つけ出したデータを口に出して行く。
「1年生の2学期より転入してきたが、出席日数は限りなく少ない。成績は中の下、運動能力は極上。今年行われた第77回麻帆良祭クライマックスイベント、学園全体を使用した“アルティメット鬼ごっこ”にて優勝?」
あまりにおかしなデータに茶々丸は首を傾げた。
確かこのイベントは1万人の死傷者が出たと言う噂もある。
そんなイベントに優勝者が居たのであろうかと。
いや、その前に鬼ごっこで優勝ってどういう意味だろう?
「それはともかく、ここに置いて行くのは危険と判断します」
そう言うと茶々丸は片手で子猫を全て抱き上げ、片手でタローを担ぎ上げる。
しかし、担ぎ上げられても全く目を覚ます気配を見せぬため、茶々丸はそのまま歩いて行く。
猫アレルギーである自分の主と、合理的な科学者である自分の製作者、どちらならタローを見てくれるかと悩みつつ……。
◇
ここはロボット工学研究会の研究室。
その室内に取り付けてあるモニタから外の様子を見ている。
「おや、茶々丸が来ましたね」
前髪を後ろに回して三つ編みにして、オデコがチャームポイントというべきメガネをかけ白衣を纏った少女は、チャイナ服を着てお団子を2つ付けた髪型の少女に伝える。
メガネをかけた少女は
2人ともロボット工学研究会に所属する、麻帆良学園中等部2年A組の生徒だ。
「雪が降てるから、餌をあげてる猫でも連れてきたカ?」
モニタを見ずに、超は研究室の奥から大きめのダンボールを持ってくる。
そのダンボールの中には
「超さん。猫だけじゃないんですよ」
「アイヤ、他にもいるのカ。ダンボールはまだあた筈ヨ。毛布はないが、新聞紙とかあるから大丈夫ネ」
「い、いえ……」
「ん? どしたネ」
超の言葉に返事を濁すハカセ。
その言葉が気になり超はモニタを見るが、すでに茶々丸は建物の中に入っており、モニタには写っていない。
「茶々丸は猫以外に何を拾て来たネ?」
「そ、それは……」
超の質問にハカセが答えようとすると、研究室のドアがノックされる。
「ハカセ、
「あ、うん。居るから入って良いよー」
「はい、それでは失礼します」
ノックをしたのが茶々丸なので、超には説明するよりも直接見て貰った方が早いと、ハカセは茶々丸の入室を許可した。
超も一体何を拾ってきたのかと、ドアから入ってくる茶々丸を待っている。
「…………」
茶々丸が抱えているものを見て、超は言葉を失う。
片手に抱える子猫たちだけなら問題はないのであろうが、もう片方の手でタローを担いでいる姿を見れば誰でも言葉を失うだろう。
「茶々丸……その人はどうしたの?」
「はい。雪が降り冷えた路上で寝てしまったので、さすがに命の危険と判断し、ここへ連れてきました」
「流石に人間を拾て来るとは思わなかたネ」
ハカセの問いかけに茶々丸は淡々と答える。
超は呆れているが、人間を拾ってきた茶々丸に対してなのか、この寒い外で寝たタローに対してなのかは分からない。
◇
「んー、良く寝た」
何事もなかったようにクリスマスの早朝、タローは呑気な声とともに目を覚ます。
そして辺りを見渡し首を傾げる。
「ここ、どこ?」
ここは室内で、パソコンやら工具やら訳の分からない機械が乱雑に置かれており、ソファーに寝ていた様だ。
タローの脳内では雪を布団にして寝た所で記憶が途切れている。
それだけ体力の消耗があったと言う訳なのだが……。
「あー、目を覚ましたんですね」
この部屋にはタロー以外に2人の少女が居た。
メガネをかけているものの寝ぐせだらけでボサボサの頭に、裸に白衣を羽織っただけという露出度の高い……いや、そう言うよりはダラしないだけの格好をしたハカセは、頭を掻きながらそう言った。
「ハカセ、男の前でその格好は良くないネ。もうすぐ朝食できるから、とりあえず着替えるヨ」
「ふぁーい」
もう1人の少女である超にそう言われると、眠そうにハカセは返事をして、タローの視線を気にせずその場で着替え始めてしまう。
タローの前で着替えるのでは意味が無いような気もするが、一応タローは目を背ける努力をするぐらいの成長はしている。
「それよりアナタ、どうなってるネ。全身ボロボロだったのに、寝たら服ごと綺麗になってるなんて……」
その言葉にタローは自分の服装を見る。
着慣れた野球のユニフォームは、現在傷一つない状態で、掛け布団の代わりにベンチコートが身体に被さってる。
寝た時はボロボロだったユニフォームのことを、超は言っているのであろう。
「野球選手にとってユニフォームは肉体の一部だからね。しっかりと休めば、身体と一緒にユニフォームも直るでしょ」
「「いや、それはおかしい(ネ)です」」
タローの言葉に2人の少女は、思わず声を合わせてツッコミを入れる。
しかし、そんなツッコミを物ともせず、タローは口を開く。
「それより自己紹介が遅くなってゴメン。僕の名前は一之瀬太郎……」
タローはソファーから立ち上がり、掛け布団代わりにしていたベンチコートを羽織る。
「……野球選手さ!」
「「意味がわからない(ネ)です」」
相変わらず息の合ったツッコミを入れる、呆れ顔の少女2人であった……。
その後、朝ごはんを食べながら2人の少女に、自己紹介と状況の説明をタローは受ける。
「聡美と鈴音だけでなく、茶々丸にもお礼を言わないといけないね」
タローはナチュラルに彼女たちをファーストネームで呼び捨てだ。
そんなタローに対して2人とも戸惑うが、同級生なので深く気にしない方向で気持ちを落ち着ける。
「そう言えば、タローは野球をやって力尽きたと聞いたが、どれだけの事をやったネ」
ふと思い出したかのように、超はタローに問いかけた。
この麻帆良学園には一般人だけではなく、魔法生徒や魔法先生と言われる者達がいる。
情報ではタローは普通の生徒ではあるが、それの裏を確定すべく少しでも情報を得ようとしているのだ。
「ん? ちょっとだけ違うよ。野球じゃなくて
「「次元野球?」」
タローの言葉に首を傾げる超とハカセ。
「うん。次元野球っていうのは、地球ではなく別の次元で行われているスポーツなんだ」
「他の次元ですか?」
「そうだよ。地球は多次元世界の1つで、他にもいっぱい世界があるんだ」
ハカセの言葉にタローは答える。
その表情は嘘を言っているように見えない。
しかも信じて貰えないかも知れないと言った不安も浮かんでいない。
「は、はぁ……」
「それで次元野球は魔法などが混在した
戸惑うハカセを他所に、次元世界で一番熱いスポーツで、熱狂的なファンも数多くいるなどと、タローは嬉しそうに話し始める。
本来であれば2人は魔法などといった言葉が、タローの口から出たことに驚くのであろう。
しかし、それよりもタローの話を聞く限り、普通の人間では実行不能であると、次元野球の内容に呆れてしまった。
(※次元野球について、詳しくは“野球少年?とリリカルなのは”をお読みください)
訝しげな顔をしている2人に対して、タローは何の警戒を抱かずにデバイスから映像機器を取り出す。
そして映像を流しながら、タローが熱弁を振るう。
「超さん、あれ……」
「あの腕時計……私達の
タローの説明を軽く流しつつ、デバイスを興味深く見つめる2人。
しかし、そんなことを気にせずタローは説明を続けている。
新たなチームで次元野球に参入するためのメンバー集めが先日やっと終了し、20人の選手が集まったのでとりあえず紅白戦と言う流れになった。
24時間も全力で非常識な次元野球を続け、各自の足りないものを見つめ直し、各自トレーニングすることで別れたまでは良かったのだが、麻帆良学園にたどり着いた所で力尽きたと……。
「ってわけなんだけど……あれ、2人共どうしたの?」
「「ありえない(ネ)です」」
軽く流しながら聞いていても次元野球が……いや、タローが非常識の塊であると感じてしまうのは、仕方がないことであろう。
ハカセはジト目でタローを見つめているが、超は面白いものを見つけたと笑っている。
「タローは良く言えば神秘の塊、悪く言えば非常識の塊ネ」
「え? 非常識って褒め言葉じゃないの?」
そんな超の言葉にタローは不思議そうに首を傾げる。
幼少より誰にもそんな事を言われていたため、完全にタローは非常識と言う言葉に対して麻痺しているのだろう。
そう言う反応に対してハカセは俯き、肩をプルプルと震わせている。
「ハカセ……どしたネ」
「納得行きません!」
珍しく声を荒げるハカセに超はビックリする。
ハカセは非科学的なものが嫌いなため、タローの存在そのものが納得行っていない。
しかし、あのように映像で次元野球を見せつけられてしまえば、存在は否定できないのであろう。
「タローさんは私が科学的に証明して見せます!」
「こんなハカセ初めて見るネ……」
妙に燃えているハカセに対して超は若干引き気味になるが、気を取り直してタローに話しかける。
「そう言えばトレーニングをする言てたが、もし良ければ手伝おカ?」
「何かあるの?」
超の意見にタローが反応する。
次元世界だとか次元野球だとかは、“麻帆良の最強頭脳”と呼ばれている超ですら知らないことだ。
そのため超は、自分の知識や記録にないタローという存在に興味を抱いている。
だから折角手に入れた繋がりを安々と手放す気はない。
「例えば装着者に重力負荷をかける機械とか……」
そんな事をおくびにも出さず、超とハカセの発明品を思い浮かべる。
ちなみに今言った“グラビとん君”は、自分にかかる重力を緩和させ、一般人でも飛行できるように開発していたものだ。
しかし上手く行かない上に、失敗して自分の重力を緩和させるどころか、逆に負荷をかけてしまうといった失敗作。
「他には視野が狭くなるメガネ、普通の物よりも重いパワーリストやアンクルもあるヨ」
これも本来“ミエーる君”と言う暗視や赤外線を見るメガネの失敗品で、常に視野を狭く……いや、むしろ目隠しに近いものだ。
当然パワーリストやアンクルも物質の軽量化を狙ったが、失敗して逆に重量が増したもの。
そんな失敗品でもタローのトレーニングには面白いほどに有用になってしまう。
「面白そうだね。でも、僕はあまりお金がないから、バイトでもしてからかな?」
こんな非常識な人間でも、まだタローは中学2年生。
当然バイトもしていなければ、月のお小遣いをやりくりして頑張っている。
「それなら問題ないヨ。私、
超包子……それは学園人気No.1の屋台で、超たちのクラスメイトである
ちなみに五月は料理の達人と言われ、超包子が人気のある理由の1つだ。
「それは嬉しいけど、僕は料理はカレー以外作れないよ。野菜を切ろうとすればまな板ごと切っちゃうぐらいだし……」
「料理は五月がいるから、何もしなくて大丈夫ヨ。ウエイターとか男手として働く宜シ」
タローの言葉に超はウンウンと頷いている。
「それなら……僕で良ければ雇って貰えるかな?」
「ハイ。こちらこそ宜しくネ」
横ではハカセが不気味な笑いをしながら、一心不乱にキーボードを叩いているが、超は気にしない事にして、タローと握手をする。
ちなみにタローはその程度のことは元々気にしない。
若干、身体に電極を張られたりしているのが邪魔だなーとは思っているが……。
それはともかく、タローは超包子の新しい店員となったのであった。