第7話 節分
「今日は節分ネ」
——そうですね。
「そんな訳で超包子で節分大会を開くヨ」
——はぁ……。
「超さんの言うとおりです! この私が開発した“鳩が豆鉄砲くんグレート”さえあれば、タローさんも
——節分でタローさんをイチコロにする意味が分かりませんが……。
「まぁ、イチコロは“一撃でコロリと倒れる”の略語ですので、けっして一殺ではありませんからね」
——別にそんなことは聞いてません。
「あれ、超りん達じゃん。何やってんの?」
超包子営業開始時間前、屋台の前で楽しそうに話す超と、メガネを光らせくらい笑みを浮かべたハカセ、そしてその2人をどうすれば良いのか困って後頭部にどデカい汗をかいている五月の元に、3人のクラスメイト……
——朝倉さんも2人をどうにかして下さい。
「んー、どういう事?」
「おぉ、朝倉! いいところに来たネ。実は……」
五月の言葉も気にせず、超は朝倉に耳打ちを始め、それを聞くと朝倉はニヤニヤとし始める。
「……と言うことネ。ついでに折角だから懸賞品も出そうと思ってるヨ」
「うんうん。イイね、イイね。確かに私も“アルティメット鬼ごっこ”の優勝者がどれほどのものか知りたいところだったんだよね」
朝倉は自分の情報メモを開きながら頷く。
彼女は報道部の突撃班であり、“まほら新聞”記者。
そして人間データベースで、情報収集能力に長けているため“麻帆良パパラッチ”とも呼ばれる、非常に迷惑な人物だ。
「それにこの私が開発したこの装備を役立てれば、きっと実力の程も分かります!」
「なんだか良く分からないけど、ハカセもやけに協力的だね。まぁ、身体能力だけならウチのクラスはトップなのに、優勝者がウチのクラスじゃなかったのが、前から気になってたんだよね」
彼女たちが所属する2-Aは、常に学力テスト最下位ぶっちぎりではあるものの、武道四天王や運動部仲良し4人組などが所属しており、身体能力だけならぶっちぎりで上位クラスなのだ。
そんなクラスメイトが誰1人として逃げきれなかったアルティメット鬼ごっこの優勝者であり、鬼役であった一ノ瀬太郎。
ここいらでその辺をハッキリさせておくのも悪くはないと朝倉は密かに思う。
「じゃあ、各所々への連絡は任せて。開始時刻は16時から20時までの4時間って所で良いかな?」
「勿論です。今、研究室に連絡して武器を用意させますね」
——ハカセさん……今、明らかに武器って言いましたよね。
「誰が勝っても負けても、このイベントが終わった後に超包子で夕飯を食べてくれると、売り上げ的には美味しいネ」
——はぁ……あまり無茶はし過ぎないようにしてくださいね。
結局最初から最後までスルーされっぱなしの五月。
だが、彼女は決して嫌がっているわけではなく、みんなが楽しんでくれているのなら問題ないとは思っている。
タローの扱いをもう少し良くしてあげれば良いのに……とは思っているが。
まぁ、タロー本人はそんなことを全く気にはしていないと言うより、気が付いていないと言ったほうが正しいのであろう。
◇
ピンポンパンポーンと軽快なリズムが麻帆良学園の敷地内に響き渡った。
その音を聞いて、誰もがこの先に流れてくる言葉に耳を傾ける。
「こちら麻帆良学園“イベント企画部”です」
その言葉を聞くと、生徒たちはにわかにざわめき立つ。
麻帆良学園イベント企画部と言えば、この学園に存在する多数のイベントを取り仕切り、突発的なイベント開催までも手を出すという、学園長公認の部活である。
その規模は大きく、各種イベント……例えば麻帆良祭など……の実行委員会を全て取り仕切っているほどだ。
「皆さんも知っての通り、本日は節分です。そのため、イベント企画部では節分に関する突発イベントを開催したいと思います!」
ノリの良い生徒たちはその言葉に「おー!」と声を上げ、テンションを高めて行く。
そうでなくても、お祭り騒ぎが大好きな麻帆良学園の生徒たち。
どんなイベントが開催されるのかと、放送の続きを楽しみに待っている。
「節分といえば豆まき。それに伴い今回のイベントは“鬼は外”とさせて頂きます」
ガヤガヤとざわめく生徒たち。
このイベント名だけでは、どんな内容なのか分からないから当然であろう。
「このイベント、単純に鬼に豆をぶつけて厄を祓おうと言ったものになるのですが……豆をぶつけやすい鬼では、イベントの意味がありませんよね」
勿体付けるように言葉を区切るイベント企画部。
気の早い生徒はその時点でスーパーに豆を買いに走りだしたりする。
「鬼と言えば鬼ごっこ。そしてその優勝者こそが、鬼の中の鬼であることは間違いないでしょう。ですので今回の鬼は外……ターゲットはアルティメット鬼ごっこ優勝者である麻帆良学園男子中等部2年A組在籍の“一ノ瀬太郎”となります」
その言葉に生徒たちは沈黙する。
アルティメット鬼ごっこは噂だけが先行しており、死傷者が出たとの噂もあるぐらいで、真実を知るものは参加者ですら少ない。
その優勝者が今回はターゲットとなれば、実力の一端を見極めることが出来るのではないかと……。
「ルールは簡単。一ノ瀬太郎に付けられた鬼のお面に豆をぶつけた人が入賞者。お面を破壊した人が優勝者となります。ただし、使用出来る豆は自分の年齢プラス1個まで! 制限時間は本日18時までとなりますので、行動に移す方はお早めにお願いします」
アルティメット鬼ごっこの参加者が多数在籍している、武闘系の部活や運動系の部活はその言葉に盛り上がる。
まさに今回はリベンジチャンスと!
「なお、優勝者や入賞者には今回のイベントスポンサーである超包子さんより、豪華景品が用意されています。また、ロボット工学研究会の協力により、豆を投げるのが苦手なアナタでも簡単に取り扱える“鳩が豆鉄砲くんグレート”のレンタルもありますので、ご利用される方は研究室の方へお立ち寄り下さい」
運動の得意ではない文化系の部活に属する生徒たちは、その言葉を聞いて研究室の方へ向かって移動していく。
ちなみに“鳩が豆鉄砲くんグレート”とは、豆を弾丸のように高速で打ち出す鉄砲であり、高等部以上の年齢が使用推薦の一気に出るショットガンタイプ、ご高齢者専用のマシンガンタイプ、お子様でも普通に使える拳銃タイプなど幅広く用意されている。
「今回のイベントは報道部に取り仕切って頂きますので、ここから先はよろしくお願いします。以上、イベント企画部の放送を終了いたします」
ピンポンパンポーンと下がって行く音が聞こえ、放送が終了すると同時に祭りは始まった……。
※
イベントの放送より数分前、タローはいつもの様に、いつもの場所で猫にじゃれられていた。
当然その横には、ワンとにゃんダフルを装着した茶々丸もおり、せっせと猫に餌を上げている。
「今日も平和だねー」
「タローさん。その言葉は指一本で逆立ちしながら、全身に猫さんを纏わりつかせて言う台詞ではありません」
「でも、平和っぽいでしょ」
「そこで指一本でポンポン跳ねてなければ、概ね同意致します」
妙な運動方法をしつつ、猫のジャングルジムとして大活躍のタローをジト目で見つつ、こっそりため息を吐いている茶々丸。
こんな表現豊かな茶々丸をハカセが見たら「科学の進化が!」と言いつつ狂喜乱舞しそうではあるが、超包子のバイト中では中々見れないため、記憶領域を漁られない限りはそんなことは起きない。
「おっと電話だ」
そう言うと、逆立ちを止めて大人しく地面に座り電話をとるタロー。
「もしもし?」
「もしもしタロー君? すずかだけど、今平気かな?」
電話の声は海鳴市にいる小学生からの友人、すずかの声であった。
「うん、猫に遊ばれてただけだから平気だよ」
「うん、良く分からないけど平気なら良いんだ」
タローとの付き合いも長いせいか、訳の分からないことは軽くスルーしつつ言葉を続けるすずか。
これがはやてだと思わずツッコんでしまい、話があらぬ方向に行ってしまうのだが、この辺は流石すずかと言ったところか。
「今日は節分だけど、こっちに帰って来なかったから心配したんだよ」
「節分……そういえばそうだね」
「……忘れてたんだね」
はぁ、と言うすずかのため息が電話口から漏れる。
「それなら仕方がないけど、バレンタインデーの時にはこっちに戻って来るよね? クリスマスから年末年始、そっちに居たからアリサちゃん怒っちゃってるんだよ」
「あー、年末年始は補習とバイトで忙しかったんだよね」
「うん、チームメイト探しで勉強出来ない環境だったのも分かってるし、タローくんが勉強できないのもよく知ってる」
次元野球のチームを作るために管理外世界を飛び回っていたタロー。
そのため欠席も多く、補習やら課題やらが溜まる一方であった。
出された課題は一緒に管理外世界を飛び回っていたアリサに手伝ってもらえば直ぐに終わりそうなものだが、意外とそう言うところは自分1人でしっかりやっていて、間に合わなかったという微妙に意味のない行為をしていたのだ。
「とりあえず、タローくんが次は帰ってくるように催促の電話だけだったから、特に内容とかはないんだ。後でみんなでやる節分パーティーの写真送ってあげるね」
「節分ってパーティーやるようなものだっけ?」
「イベントはなんでも楽しまなアカン! って燃えてるはやてちゃんは止められないよ」
すずかのはやてのモノマネが微妙に似ていて、思わずタローも吹き出す。
「あー、でも良いの?」
「ん? なにが?」
「夜の一族って吸血鬼みたいなものだよね。鬼なのに鬼は外やって……」
タローはその言葉を最後まで口にすることは出来なかった。
電話越しに笑顔なんだけど、黒いオーラをまとったすずかが見えたからだ。
「なにが?」
「うん、なんでもない。なんでもないよ」
「そう? それなら良いんだ」
昔は夜の一族ということで随分と悩んでいたすずかだったが、正直タローのほうが非常識で人間離れしており、しかも転生者とか言うイレギュラーということ知ってからは、夜の一族って普通なんだなと流すようになっている。
今飲も怒ったポーズなだけ……と、すずかは思っている……なんだが、実際あの黒いオーラはちょっと怖いんだよなとタローは思っている。
「もう、吸血鬼だって節分は楽しめるんだからね。それじゃ、あとで写真送るからー」
「うん、ごめんごめん。それじゃ楽しみにしてるね」
「うん。またねー」
「またー」
そう言って2人は電話を切る。
盗聴する気はなかったが、高感度センサーが仇となっているのか、タローとすずかの会話は全て茶々丸に聞こえていた。
「タローさん……今の会話は?」
「ん? あー、地元の友達だよ」
「ですが、吸血鬼と言う単語が……」
「??」
遠慮がちに聞く茶々丸だが、それがなんでなのか全く理解していないタロー。
だが、数年間のアリサによる指導によって、少しだけ相手の常識が分かるようになってきて……いれば良いな。
「あー、もしかして吸血鬼とかって気にするもんなの? 他にも人外な友人が沢山居るから吸血鬼だろうが、機械人形だろうが、幽霊だろうが僕にとっては気にしてないんだけどなー。ほら、個性みたいなものでしょ」
「いえ、種族は個性ではありません」
「そなの?」
「一般的には」
「ふーん」
やっぱり普通とか一般的と言ったものを理解しきれていないタロー。
だが、本当に心からそう思っていると
「ん? 誰か走ってくるね」
「そのようですね」
2人の元に向かって走ってくる人影を……その前に足音の時点で……感知した2人は、そっちに顔を向ける。
ちなみに茶々丸は誰かが近く来た時点で、こっそりワンとにゃんダフルを外している。
「朝倉さん、こんにちは」
「こんにちは」
そこには息を切らせ走って来た朝倉の姿があった。
タローは知らない人だが、茶々丸が挨拶したので釣られて挨拶をしている。
「はぁ、はぁ、はぁ。こ、こんにちは」
とりあえず挨拶だけして、息を整える。
そして息が整うと同時に、紙を広げタローに書面を見せた。
「これ、イベント企画部からの協力依頼書。参加、オッケーだよね」
「ん? 麻帆良学園イベント鬼は外?」
タローが書面をざっと読むと、イベントの内容……つまり豆まきの鬼役をやって欲しいということが書いてあった。
「まぁ、鬼ごっこの逆ヴァージョン。1人が逃げてみんなが豆をぶつけると言う簡単な内容だよ。ほら、サインしてしてー」
朝倉はノリノリでペンをタローに差し向ける。
書面を横から見ていた茶々丸は、少しだけタローを心配気に見ているが、そんなことに全く気がついていないタローはあっさりとサインしてしまう。
「ほいほいっと。これで参加決定っと。後で放送が流れるから、このお面を着けて逃げまわってくれれば良いからね。んじゃ、面白い活躍期待してるからねー」
そう言って朝倉は、タローの言葉も聞かず走って去って行く。
「台風みたいな子だったけど、茶々の知り合い?」
「はい。朝倉和美さんは私のクラスメイトです。それよりも参加してよかったのですか?」
「んーっと、細かいことは気にしてないから良く分からないね。とりあえず放送が入ってから18時まで逃げれば良いだけだから、軽い運動になるんじゃないかな。1発も当たらなければ超包子1年間フリーパス券も貰えるみたいだし」
しかし、代わりに1発でも当たれば何も無しというのは、随分とハイリスクな報酬内容である。
この麻帆良学園には何人の生徒がいて、それが全員自分の年齢プラス1の豆を投げてくるというのに……。
「さて、早く始まらないかなーっと」
そんなことを気にもせず、自分の体にまとわりついていた猫を丁寧に一匹一匹降ろしていく。
軽くその場で柔軟を始め、鬼のお面を付けるタロー。
「かなり大変かと思いますがご武運を」
「茶々にそう言われたら頑張るかな。まずは茶々からの豆を避けるところからだろうけどね」
「隠れたりしないのですか?」
「なんで? 出来る限り学園内を走り回ったほうが面白そうだし、みんなも喜ぶでしょ。それにいっぱい豆を投げてくれれば、鳥とかその辺の動物の餌がいっぱいになるわけだしね」
タローの考えは本当に茶々丸に入力されている常識には当てはまらない。
しかし、タローさんなのでと言うエラー回避文字を心に打ち込みながら、茶々丸はタローのことを理解しようとし続けるのであった。
参考までに、当然イベント企画部というのは作者のオリジナルです。
でも、この規模の学園で、各種様々なイベントがあるなら、それを統括する場所があっても良いかなーって。
ついでに言うと、トトカルチョの元締めだったり……なんてね。