第6話 図書館島に潜む
一歩踏み出すと、カチと言う音と共に無数の矢が飛んでくる。
それを全て紙一重で避けながら前に進んで行く。
「うん、なかなか面白いね」
笑顔でそう1人呟くと、また無造作に罠の発動するポイントを触れ、さらなる罠に襲われる。
高速で槍が飛んで来たのを指で摘み、それを回転させることによって、その後から飛んで来る槍を全て弾き飛ばす。
しかし弾き飛ばされた槍は尽く罠のスイッチに当たり、さらなる大量の罠が発動して行く。
「おっと、つい調子に乗りすぎたかも?」
突然無くなる足場。
ドミノのように倒れてくる本棚。
頭上から襲いかかる落石。
「この程度でグローブを着けたら練習にならないよね」
無くなる足場と落石を最小限の動きで舞うように避け、右手で倒れてくる本棚を戻す。
それを目をつぶった状態で行い、全ての罠を躱すとフゥと一息つく。
ここは図書館島地下……危険なトラップがひしめく場所で、本来は中学生は地下3階までしか入れない。
だが、人の認識できない速度で司書の目を掻い潜り、タローは1人やって来たのだった。
「とりあえず地下9階まで来たけど、やっと歯ごたえが出てきたなー」
腕を組んでウンウンと頷く。
そして
「でも、ちゃんと罠を自分で発動させないとイマイチなんだよね。まぁ、ここからは階段すらなくなるみたいだから、期待しても良いかな?」
ジャージ姿のタローは、茶々丸に教えてもらった図書館島地下で、トレーニングソロツアーを実施中。
しかもワザと侵入者避けのトラップを発動させながらも、どんどんと奥に進んでいる。
「今度は湖かー。これって本が湿気で悪くなっちゃうと思うんだよね。全く非常識な……」
そう言いながら水面をスタスタと歩いて行く。
むしろその行為の方が非常識と言うことに、この場にタロー以外誰も居ないため、ツッコむことが出来ない。
「さて、次は随分と降りるのか。まあ、足場なんて山ほどあるから平気だね」
本来はロープなどを使用して降下して行く場所だが、ツルツルの壁面ではなく所詮は本棚の壁を降る行為だ。
本棚に隙間は無数に点在するため、そこに指を1本引っ掛けることも可能だ。
つまり、ロッククライミングの要領で降りていける訳だが、命綱は用意しておくべきだと思う。
まぁ、常識が通用しないタローは命綱がないことなぞ気にもせず、普通に地下10階まで到着してしまった。
「さて、今日はこの階層でやめにして戻るとしようかな」
当初の予定通り地下10階まで到着すると、またもやその辺の罠を無造作に発動させて行く。
しかし、この階層まで来ると罠も規模が増大されており……。
「おっ!? そうそう、罠って言ったらこれだよね」
巨大な丸い岩が道を塞ぐように転がってきて、それに追いかけられながら笑顔で呟く。
そして岩に追われながらも更に罠の発動を重ね、地下10階をタップリと満喫したタローであった。
◇
茶々丸がいつも猫に餌をやる場所にて、茶々丸が猫に餌をあげていた。
しかしいつもと違う事が1点ある。
「にゃんにゃん」
「にゃーにゃー」
「はい、そうなんですか。それは大変ですね」
「にゃー」
「にゃん」
茶々丸にはアタッチメント装備の“ワンとにゃんダフル”が装着されており、それによって猫とコミュニケーションを取っていたのである。
「ブチさんやミケさんと話が出来るようになったのは良いのですが、私に装備されているのが犬耳と犬の尻尾というのは、猫さんとお話するには少しおかしな感じがしますね」
「いや、凄い似合っているから良いんじゃ無いかな」
「!?」
茶々丸が疑問に思ったことを呟いたところ、後ろから突然声が聞こえたので驚く。
自分のセンサーには先程までは誰も反応がなかったが、茶々丸の耳に届いた声は紛れもなく……。
しかも無造作に言われた言葉に、モーターの回転数が上昇し、少しだけ体内の温度調節が狂う。
「……タローさん?」
「やあ、茶々。こんにちは」
「あ、はい。こんにちはです」
『にゃーにゃー』
茶々丸が体内機能を元通りにしてから振り向くと、いつもの様に微笑んでいるジャージ姿のタローが立っていた。
そしてそのタローの挨拶に合わせて、周囲の猫が一斉に鳴き始める。
「はいはい。みんなもこんにちはだね」
『にゃー』
タローの言葉に猫達は喜び、タローの上に乗っかろうとしがみついてくる。
それを別に嫌そうな顔一つせず、猫達が登りやすいようにタローはその場に座り込む。
タローのそんな自然な動きに、思わず茶々丸は微笑んでしまう。
「僕のトレーニング後に茶々がここにいるなんて、今日は遅かったんだね」
「はい。本日は茶道部の方に顔を出しておりましたので。それにしてもタローさん。あのトレーニングは続けているのですか?」
「うん。ホント、茶々にはお礼をしきれないよ。あれから毎日行っても、ちゃんと罠が補充されてるんだもん」
「は、はぁ……」
図書館島地下のトレーニングはタローの日課になっていた。
初日は10階までしか潜っては居ないものの、その後もその階層を全て制覇してみたり、日々どんどん深い場所を彷徨っている。
タローが行った場所を全て地図に起こせれば、図書館島地下の完全マップが完成するのだが、生憎そう言う事には全く興味のないタローであった。
「それにしても図書館島は不思議がいっぱいだね。水に浸かっていたのに本がフヤケてなくて、それが普通に読めるんだもん」
「そ、それは……」
茶々丸はタローの言葉に悩んでしまう。
本来魔法とは秘匿するものであると言われているが、超やハカセはあの通りタローに対しては気にしてない。
更に言えば自分のマスターは正義の魔法使いとは対極の位置にいるため、そんなルールに縛られることもない。
だが、タローが知ってしまえば学園に目をつけられてしまうのではないかと、
「まぁ、この学園自体が不思議だからあまり気にしないで良いか。さよみたいな子も普通にいるぐらいだしね」
「はぁ……」
茶々丸の心配を他所にタローはいつも通りのマイペースだ。
実はタローが茶々丸が知っている以上に魔法に関わっており、それ以上の現象が普通に起こせる事をまだ茶々丸は知らない。
所詮はこの次元世界までの知識しかない者と、他の次元世界を知ってる者の違いなのかも知れないが……。
※
図書館島に1ヶ月以上入り浸っているタローだったが、それだけの時間があると幻の地底図書室には軽く辿り着き、さらなる奥地へ歩みを進めてしまっていた。
その結果が……。
「グルル……」
「うーん、さすが図書館島……こんなペットも飼っているんだね」
タローの目の前には巨大なドラゴンが、よだれを垂らし唸り声を上げながら立ち塞がっている。
しかし、タローは驚きもせず、あくまで自然体でドラゴンを観察していた。
「ギャオーーー!!!」
ドラゴンは雄叫びを上げ、口から炎を吐き出し、タローを立っていた場所周辺ごと燃やし尽くす。
岩が溶融してしまうぐらいの高温のブレス……人が食らえばひとたまりもないだろう。
「うーん、さすがにジャージだと燃えちゃいそうと言うか、繊維が溶けそうだよね」
ドラゴンにとっては炎に巻き込まれたはずの人間が自分の足元におり、溶融した岩などを見て呟いているなんて想像できなかった。
しかし、視認した以上は攻撃態勢に移り、タローを爪で引き裂こうとする。
「大きい割に動きが早いんだ。流石はドラゴンって言えばいいのかな?」
当然タローは黙って鉤爪を喰らうはずもなく、ピョンピョンと跳ねて攻撃を避け続ける。
ドラゴンからタローが離れると、ドラゴンはその間合いを利用してまたもや炎のブレスを吐く。
今回は更に後ろに向かってタローは飛び避け、ブレスの効果範囲よりもさらに間合いを広げた。
「あまりジャージ溶かすと勿体無いから、とりあえず着替えるとしよう」
そう呟き腕時計型のデバイスから野球のユニフォームを取り出し、一瞬で身にまとう。
そして手にしているのは木製バットだ。
「さ、キミには今日のトレーニングに付き合ってもらうよ」
「アンギャー!!」
人間の言葉を理解した訳ではないが、タローの言葉はどんな生物にも届く。
お陰で挑発されたと勘違いしたドラゴンは大きく息を吸い込み、先ほどよりも効果範囲が大きい炎のブレスを吐き出す。
それに対してタローは回避するわけではなく、バットを構えて高速の素振りを行う。
一閃。
炎をまるでモーセの十戒で有名なあのシーンの様に真っ二つに切り裂く。
当然、バットには焦げ1つ付いておらず、タローも無傷だ。
「うん、中々イイね。さ、もう1発お願いするよ」
タローは挑発しているつもりなんて毛頭ないが、ドラゴンにとってはそうではない。
全力でもう1度、炎のブレスを吐き出す。
タローはそれに対し今度は軽い素振りを数度繰り返した後に、スタスタと炎の中に進んで行く。
「うんうん。あのバットじゃなくて、普通のバットでも出来るようになったみたいだね。良かった良かった」
タローがやった行為は、素振りによって創りだした空気の壁を身に纏っただけ。
それによって身を守り、炎のブレスの中を普通に歩いて進んだのであった。
炎の中、無傷で近付いて来るタローに対し、ドラゴンは再度鉤爪で攻撃をする。
「よっ、ほっ」
それを躱しながら、徐々に躱す距離を狭めて行き、紙一重と言うレベルに近付けて行く。
ドラゴンにとってはまたもや挑発行為と取れるタローの行動に、鉤爪だけでなく尻尾や噛み付きなどといった別の攻撃を織り交ぜ始める。
突然リズムが狂い、複数種類の攻撃に晒されたタローは、攻撃を掠らせてしまい野球帽が飛ばされた。
「おっと、ビックリ。だけど、問題ないかな」
その野球帽を空中でキャッチし、無造作にかぶる。
空中で回避行動なんて起こせないはずのタローに対し、ドラゴンは炎のブレスを吐き出す。
しかし、タローはいつもの様にホコリを足場にして空中を走り抜けて、炎の効果範囲から抜け出してしまう。
「うんうん、ドラゴンだから知能が低いかと思ったら、そんな事は無さそうだね。しっかりと頭を使って狙って攻撃してきて欲しいな」
「アンギャー!!」
タローの言葉にドラゴンは熾烈を極める攻撃を続ける。
一撃でも当たれば普通の人間はミンチになるか、炭となるまで燃やし尽くされてしまう。
だけどタローはドラゴンが息切れするまでの時間、全ての攻撃を躱していなし続けるのであった。
◇
「んー、やっぱり外の空気は美味しいなー」
タローは満足行くまでドラゴンとトレーニングをして、動けなくなったドラゴンの頭を撫でて地上に戻って来た。
目の前まで無造作に近寄られてしまったドラゴンだが、さすがに噛み付いたりブレスを吐く余裕もなかった様だ。
いや、もしかするとその後に続いたタローの「今日はありがとう。また来るから宜しくね!」の言葉に呆れただけかもしれない。
まぁ、そんなこんなあったが、タローは満足している。
「おや、アレは危なそうだね」
そう呟くタローの視線の先には、大量の本を抱えて階段を降りてくる少女の姿があった。
積まれた本は15冊程度……それは少女の視界を遮り、思わずタローが呟くほど誰が見ても危なそうだ。
さすがに目の前で人が怪我するのは見過ごせない様で、タローはその少女の側まで歩みを進める。
「そんなに持って大丈夫? 少し持たせて貰っても良いかな」
「えっ?」
当然人の話を聞かない……訳ではないが、タローはその少女の返事も待たずに、積まれている本を10冊程度上から取る。
お陰で少女の視界が広がり、タローの顔を認識した。
「えっ、あっ、その……」
この少女の名前は
しかもスポーツは苦手な上に男性恐怖症。
つまり、新切で手伝ってくれるタローに対しても、怯えるように一歩後ろに下がってしまう。
「あっ!?」
「えっ?」
そこが平地なら問題はなかったのかもしれない。
だがここは階段で手すりなどはなく、内気な少女は階段の端を歩いていた。
つまり一歩後ろとは階段の端……何もない空中に向けて足を降ろしてしまったのだ。
◇
階段から離れた場所を少年は歩いていた。
この少年の名はネギ・スプリングフィールド……9歳で本日から教員を務めることになった者だ。
「あれは27番の宮崎のどかさん……たくさん本を持って危ないなあ」
ネギの視界に入ったのは本を大量に持って、ヨロヨロと危なそうに階段を降りているのどかの姿。
そしてそんなのどかに話しかけてきた少年……タローの姿だ。
「へー、本を持ってあげるなんて優しい人なのかな?」
イギリス紳士として女性には優しくを心がけているネギには、タローのその姿に感心する。
しかし、のどかは何を思ったのか一歩後ろに下がり、バランスを崩して階段横から落ちてしまった。
「やっぱし!」
タローが本を持つ前の姿を見ているネギは、それを予想していた様で、驚きながらも声を上げる。
そして背負っていた白い布が巻きつけられている長い棒を一瞬で取り出し、のどかに向かって構えた。
「きゃあああああ!」
のどかが落下するよりも早く、ネギの杖から風が舞い、のどかと地面の間に空気のクッションを作る。
そして今度は自分を加速するように風を舞わせ、のどかと地面の間に滑りこむ。
ほんの一瞬の出来事……空気のクッションが出来たのに気が付いたのは、それを見ていたタローと、近くを歩いていたもう1人の少女だけであった。
「アタタタ。だ、大丈夫? のどかさん……」
のどかを抱きしめ、無事を確認するネギ。
器用にのどかが持っていた
そしてそれを見てしまった
「あ、あんた……」
「あ……いや、あの……その」
「あ……先生……?」
目を開けたのどかを他所に、明日菜はネギを抱えて走りだす。
その場にぽつんと残されたのどかは、一体何が起きたのか理解できないでいる。
「大丈夫かい?」
「えっ、あっ……」
「僕が余計なことをしたみたいだ。ごめんね」
階段から降りてきたタローは、座り込んでいるのどかに手を差し伸べた。
のどかは少しだけ悩んでしまったが、その手を掴み立ち上がる。
「えっと……」
「うん、怪我とかなくって良かった。あの子に感謝するんだね」
「……はい。あっ、ありがとうございます」
立ち上がりタローの手を離してから、のどかは頭を下げる。
そしてタローが自分の持っていた本を
「あっ……その……本」
「うん、これで全部だよね。図書館島に返すのかい?」
「は、はい……」
タローの言葉におずおずといった表現が似合うぐらい、下を向いて答えるのどか。
「それじゃ、代わりに僕が返しておくよ」
「えっ……で、でも……」
「また転んだら危ないもんね」
一旦は断ろうとするが、タローの言葉にのどかは納得する。
確かにもう1度転んでしまったら……ネギが助けてくれなかった状況を想像してしまう。
「……はい。お、お願いします」
「気にしない気にしない。それじゃーねー」
「はい、本当にあるがとうございます」
丁寧に頭を下げるのどかにタローは微笑んで去って行く。
タローが去って行くのを見届けたのどかは、慌てて自分の部屋に向かって走る。
ネギにどんなお礼をしようか悩みつつ……。