第17話 フレッグの舞踏会
フレッグの舞踏会に参加する前に、アリサは学院長に呼び出され報告に行ってしまった。
エルザは最近仲の良いシエスタのお手伝いと言って、調理場付近でゆっくりしているみたいだ。
あまり人が多いと面倒だし、貴族はやっぱり好きじゃないようだからね。
そんな訳で僕は報告には邪魔なようなので、パーティー会場で先に食事をして待つことに……。
「タローおかえり」
食事しようと会場の端にあるテーブルに近付くと、そこには先客がいた。
黒いパーティードレスを身にまとい、大量の料理と格闘しているタバサだ。
「ただまい。何か報酬貰えた?」
「精霊勲章の授与を申請して貰えた」
「うん。それが何だか良く分からないけど、良かったね」
僕の言葉に小さく頷き、目の前の料理を食べ始める。
その横に並んで僕も料理を食べ始めるけど、何も文句が出ないから良いのかな?
「タバサ、踊らないの? あら、ついでにタローもお帰りなさい」
「ただいま」
複数の男を引き連れたキュルケがやってきた。
そして僕の服装をジロジロと上から下へと値踏みするように見る。
「タローの服装……変わってるわね。貴方の国の正装なの?」
「ん? これって普通のタキシードだけど……変かな?」
そういえばこっちの服って持ってないから、良く分からないな。
正直、地球の服の方が作りとか丁寧でしっかりしていて、わざわざこっちでは買ってないんだよね。
「タキシードっていう名前なの? 地味な色合いね」
「タローのそれは似合っている」
キュルケの言葉にタバサがかぶせるように呟く。
そんなタバサをキュルケは珍しげに見ると、ニヤニヤしながらタバサに耳打ちをする。
「折角の舞踏会なんだから、タバサも踊りなさいよ。そこで暇をしている男性がいるじゃない」
「……タロー?」
「そうよ。アリサが居ない今ならチャンスよ!」
耳打ちと言っても僕には聞こえてしまうんだけどね。
キュルケの言葉にタバサは僕のことをジーっと見ている。
踊りたいのかな?
「アリサが来るまで僕は暇だけど……」
僕が口を開くと、窓から灰色のフクロウが1羽、タバサの元へやってきた。
タバサの表情が少し硬くなって、フクロウの足から書簡を取り出した。
アレが伝書フクロウってやつなのかな?
「……タバサ、また任務かい?」
僕の言葉に小さく頷き、食事を止める。
そしてバルコニーの方を向き、そっちに歩み始める。
「僕の手伝いはいるかい?」
その言葉にタバサは振り向き、僕の元へ歩いてくる。
そしておもむろに僕に抱きつく。
「えっ、タバサがそんなことを!?」
キュルケの驚きの声が聞こえるけど、タバサは全く気にしない。
「タローに頼りすぎてもダメ。だから、今はこれだけでいい」
「そっか、引き止めちゃってごめんね」
タバサの背負っているものや覚悟は良く分からないけど、自分で決めたなら応援してあげなきゃね。
僕が頭を優しく撫でるとタバサは気持ち良さそうに目を細める。
しばらくすると満足したのか、タバサは自分から離れバルコニーの方へ走って行く。
「気を付けてね」
小さく頷きバルコニーから飛び降り、シルフィードに乗って行ってしまった。
せっかくの舞踏会なのに大変だな。
タバサが行ってしまったので、キュルケも男を引き連れてどこかへ行ってしまった。
僕はのんびり食事をしながら、左腕に巻いてある腕時計型のデバイスから1本のバットを取り出す。
ここに召喚された時……約2週間ほど前に破損したが、本日をもって完全復活した素材不明なバット。
「これが直ったからには、次元の壁を打ち抜いて帰れるんだよね……」
「あら、それなら帰るの?」
僕の呟きに返事をするのはいつも聞き慣れた声。
バットをデバイスに仕舞い、声の方を振り向くと、薄いピンクのパーティードレスに身を包んだアリサがいた。
「いつものスーツと色合いは変わらないのに、タキシードってだけで随分と雰囲気が変わるわね」
「アリサはいつも通り、どんな服を着ても似合っていて可愛いよ」
「あ、当たり前でしょ!」
アリサは僕の言葉に頬を赤らめる。
地球やミッドではパーティーなんてなかなか無いから、アリサのドレス姿は新鮮だな。
「な、何よ……」
思わずジロジロ見てしまったみたいで、アリサが訝しげな顔をする。
「いや……普通に見惚れてただけだよ」
「もぉ……ばか」
そう言ってアリサは僕に抱きついてくる。
恥ずかしいのか、顔は僕の胸に埋めてしまった。
「それなら、今年はまだ無理としても来年には優勝して、そのパーティーでいくらでも見せてあげるわよ」
「そうだね。それにはちゃんと帰らないとダメだね」
僕の腕の中でアリサがコクリと頷いた。
「それよりも、今は僕と踊っていただけますか。姫」
僕はアリサから離れ、恭しく頭を下げて片方の手を差し伸べた。
「それと、ダンスのエスコートしてくれると嬉しいな」
「良いわよ。小学校では引っ張られ、中学校でやっと並んで、高校になってやっとあたしが引っ張れるようになったんだもん。しっかりとあたしがエスコートしてあげるわ」
アリサは笑顔で僕の腕を引っ張り、ダンスホールの方へ向かって行く。
初めてのダンスだけど、相手の呼吸を読むのは苦手ではない。
いつも一緒に居るアリサが相手だから、上手く踊ることが出来たかな?
アリサと2曲ほど踊ってから、先ほどのテーブルに戻る。
それを見て我先にと声をかけてくる貴族達だが、アリサは全てやんわりと断る。
むしろ、僕と腕をずっと組んでるのに声をかけてくるって、使用人としか見てないんだろうな。
「やあ、タロー。美しい薔薇を独り占めとはやるじゃないか」
モンモランシーとケティを左右に従えたギーシュが声をかけてきた。
フラれたと思ってたんだけどな……。
「そう言うギーシュは両手に花だね」
「あぁ。タローと決闘してから色々あってね。今では2人と仲良くやってるよ」
そう言って2人を見るギーシュ。
まぁ、仲良くやってるなら良いんだけどさ。
「それよりも、もう1人の薔薇がお出ましだ」
ギーシュの視線の先を見るとホールの扉が開いており、ルイズがやって来たところだった。
「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~り~~!」
門に控えた呼び出しの衛士が、白のパーティードレスに身を包んだルイズの到着を告げた。
しっかし長い名前だな……。
ルイズが歩き出すと男たちが群がり、盛んにダンスを申し込み始めた。
「ルイズが功績を得たからって、みんなの態度があからさまに変わりすぎね」
「おっと、その言葉に僕は耳が痛いから、ここで立ち去らせてもらうよ。それじゃ、パーティーを楽しみたまえ」
アリサが呆れたように呟くと、ギーシュは戯けたように耳を塞いで、モンモランシーとケティを連れて去って行く。
随分と余裕がある男に変わったけど、一体どうなってるんだろうね。
そして、アリサの呟きの通り“ゼロ”のルイズと蔑んでいた人達は何処へ行ったのやら……。
何だか僕まで呆れてしまうね。
「2人共、楽しんでるみたいね」
ルイズは誰の誘いも断り、僕達の方へ近寄ってきた。
そしてアリサと一言二言話をすると、ルイズは僕の方を向き顔を赤らめながら口を開く。
「わたくしと1曲踊ってくれませんこと。ジェントルマン」
多分ルイズは勇気を出して僕に言って来たんだろう。
それに対してどうしようか悩むまでもない。
「こちらこそ、よろしく。レディ」
僕がルイズの手を取り、ホール中央に向かう。
その際アリサの方を見るけど、行ってらっしゃいと言う風に手を振っている。
曲に合わせて、そしてルイズの呼吸に合わせて踊り始める。
「タローって平民なのにダンスも出来るのね」
「いや、これはルイズの呼吸に合わせてるだけだよ。だからルイズが止まると僕も動けなくなるからよろしくね」
「……相変わらず訳が分からないわ」
そう言ってルイズはため息をつくけど、すぐに僕の顔を見つめる。
「あのね、アリサに言われたことがあるの……」
「ん、なに?」
「私の魔法の事とかよ……」
そしてルイズは僕にしか聞こえないぐらい小さな声で話し始める。
ルイズの魔法系統は“虚無”であると推測できるとのこと。
理由は色々あったけど、僕には理解できなかった。
「虚無に目覚める方法は良く分からないわ。これから私はそれを調べて行こうと思うの」
「うん。虚無とか良く分からないけど、ルイズの行くべき方向が決まったなら良い事なんじゃないかな」
「これも全部タローを召喚出来たからよ……。本当にありがとう」
そう言ってルイズは飛び切りの笑顔を僕に向けてくれる。
僕も微笑んでそれに応えるけど……。
「僕がやったことはほんの少しだよ。あくまで全ての切っ掛けは、ルイズが“サモン・サーヴァント”を諦めなかったから。これからもそうあり続けて欲しいな」
「……うん。それでも、タローにはお礼を言いたいの。ありがとう……」
ルイズはお礼を言うと、今度は俯いてしまう。
はて、どうしたのかな?
「“虚無”の使い魔は運命によって選ばれる。でも、タローの運命の相手は私じゃない……。だから、私はどうすれば良いのか分からなくなっちゃった」
「運命なんて決まったものはないよ。それならもう一度、今度はルイズだけの運命を手繰り寄せてみたらどうかな?」
「使い魔の再召喚は、使い魔が死んだ時なのよ……。それにタローにはルーンが刻まれてるから……」
そう言ってルイズは僕の手を見る。
確かに身体に入っている異物感はこれが原因なのは分かっている。
それなら……。
「じゃあ、これルイズに返すよ」
「……へっ?」
キョトンとした表情で僕の顔を見上げるルイズ。
丁度良い姿勢なので、そのルイズのオデコに優しくキスをする。
「えっ、あ……。なななな、なにしてるのよ!」
「何って……返品?」
ルイズは顔を真っ赤にしながら、しかし周りに注目されたくないのか、小声で僕に講義してくる。
とりあえずキスで受け取ったものだから、キスで返すぐらいしか方法が思いつかないんだよね。
「疑問形で答えないでよ! ……返品?」
言葉の途中で疑問点にぶつかったようで、ルイズは首を傾げる。
そのルイズに僕は
「うん。上手く行ったみたいだけど、僕の体に入り込んでいた“使い魔契約”と言う名のモノを、送り主のルイズに戻しただけだよ」
「え……何なの……?」
「うーん、説明はアリサじゃないから上手く出来ないけど、その“サモン・サーヴァント”ってのはどういう訳かルイズの運命に作用するものなんだよね」
僕の言葉にルイズは頷く。
「だからその運命から僕を除外しただけさ。もう一度使えばルイズの運命に従って、僕ではない新たな使い魔が現れるよ。……多分」
「今、多分って言ったわよね!」
なかなか目聡いな。
まぁ、気にしないでおこう。
「僕とアリサは数日以内に元の世界に帰るよ。だから、僕達がいなくなったらもう一度“サモン・サーヴァント”をやってみて欲しいんだ」
「えっ……タロー達、帰っちゃうの?」
ルイズは驚いた表情で僕を見つめる。
それに対して僕は小さく頷く。
「こればっかりは申し訳ないけど、元の世界でやらなければいけないことがあるからね。でも、ルイズが望めば僕はまた現れるよ」
「……本当に?」
「うん。僕は出来ないことは言わないし、嘘はつかないよ。何かあったら次元の壁を打ち破って、僕は必ず現れるさ」
その言葉にルイズは俯き悩む。
だけどすぐに顔を上げて……今にも泣きそうだけど、笑って僕を見る。
「タローもアリサもやることあるのよね。それなのに、ここまで付き合わせちゃって御免なさい」
ルイズの言葉と同時に曲が終わる。
そしてそのままルイズは僕に背を向けて歩いて行ってしまった。
「ルイズに帰るって言ったのね」
「うん」
振り向かなくても分かるアリサの優しい声が背後から聞こえる。
「とりあえず向こうへ行きましょ」
そう言ってアリサは僕の腕を引っ張り、外へ歩いて行く。
パーティー会場から少し離れると、喧騒は聞こえるものの、なんとなく寂しく静かになる。
そこまで僕を連れてくると、アリサは振り返り僕の顔を見つめる。
「あたし達はあたし達のやることがあるの。だから帰るのは仕方がないことよ。むしろあたしが邪魔しなかったら、タローは直ぐに帰ってきたでしょ」
「うん」
「そこでまたルイズが“サモン・サーヴァント”を使えば、違った運命の人が現れたかもしれないわ。それに使い魔契約で受け取ったものは全部返したんでしょ」
あれ、なんでアリサがそれを知ってるんだろ?
「タローのやることぐらい分かるわよ。それはともかく、タローはルイズの運命を信じてあげなさい。運命は自分で手繰り寄せるものなんだから……」
そう言ってアリサは僕の両頬を手で挟む。
「それに……これはタローがルイズに言ったことでしょ! 自分で一回言った事を不安にならないの! いつも自信満々に何かやらかす癖に、たまに弱気になるのよねー」
「アハハハ、ごめんね」
アリサの言葉が自分で言った言葉だとやっと理解する。
「それがタローの可愛いところだし、あたしにしか見せないんだから良いわよ」
「アリサにはかなわないな……」
「タローの事だもん、誰にも負けないわ。……後はこれで元気を出しなさい!」
そう言ってアリサは僕の両頬を掴んでいた手で、自分の方へ引き寄せる。
お互い自然に目を閉じ、2つの月明かりの中、僕たちはキスをした……。
▼
数日後にタローとアリサだけでなく、同行を希望したエルザを連れて、タローによって次元の壁を撃ち抜き、その穴を通り彼らは元の世界に帰って行った。
国に帰る旨は学院長以下、僕達と接点を作った全員に伝えたが、本当のことを伝えたのはルイズとタバサだけだ。
心の底から望めばいつでも戻ってくるとタローは2人に伝えていたが、そんな事が無いことを彼らは望んでいるだろう。
タローによって少しだけ学院は変わった。
ルイズとタバサは仲が良くなり、キュルケを含めた3人で一緒に居るところを良く見るようになる。
タローの人外に恐れをなしたのか、平民に対して少しだけ優しくなった貴族。
ギーシュはモンモランシーとケティと言う2名と付き合っているものの、他の子に対する浮気は鳴りを潜めた。
タロー達が元の世界に戻り、しばらく不在だった件を友人たちに説明して回るが、その大半が「いつものことだね」で済ますのはタローの影響だろう。
タローだけが不服そうだが、自分の事を理解していないのはいつものことだ。
エルザは夜の一族でも発言力の高い月村・綺堂・氷村の現当主である、すずかとさくら、遊の口添えがあり、問題なく迎え入れられた。
まずは一般常識を習い、それから日常に紛れて暮らす事になるだろう。
その後のことについては、自分の世界を広げてからゆっくりと決めて行くことになる。
もう、復讐に捕らわれていない彼女は自由なのだから。
▼
学院から少し離れた場所に、ルイズはデルフリンガーを両手で抱え1人で来ていた。
「おいおい、嬢ちゃんよぉ。本当にやるんかい?」
デルの声にルイズは強く頷く。
「あのタローが私を信じているのよ。それにアリサが言うには、私は“
デルはルイズの瞳に宿る強い意志を見ると、カタカタと柄を動かし笑う。
「そうだな。あの無茶苦茶なタローのご主人様になれたんだ。次もきっとビックリな奴を召喚出来るさ!」
デルの言葉を聞き、ルイズは目をつぶり集中する。
脳裏に浮かぶのは異世界に帰ったタローとアリサ。
その友人達の姿を心に秘め、瞳を開き詠唱を始める。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。我の
それにより起きる爆発。
爆発によって起きた土煙が晴れると、そこには1人の少年が座り込んでおり、ルイズを見つめていた。
「ここ……どこ?」
「ここはハルケギニア。多分貴方の住んでいた世界とは違う世界」
ルイズの言葉の意味を少年は理解していないのか、首を傾げている。
「私の名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。長いからルイズで良いわ。貴方の名前を教えてくださる?」
「お、俺の名は平賀才人」
「おれっちの名前はデルフリンガー。デルって呼んでくれや相棒」
「け、剣が喋った!?」
こうして新たに出会った2人と1本の剣。
虚無と彼らの冒険はここから始まる……。
これにて「(背番号)51の使い魔」は終了です。
まだまだゼロの使い魔としては最初なのですが、ここから先はアリサとタローではなくルイズとサイトの物語。
皆さんのお声次第では続編があるかも知れませんが……。
しかし、原作者様がお亡くなりになり、僕なりの完結まで持って行くのも申し訳ないような気も……。
最初は拍手用のネタでしたが、驚きの反響で連載として書き始めることとなりました。
その時から原作1巻分の予定でした。
アリサを連れて行く気はなかったけど、気が付いたら同行していました。
ホント不思議だなー?
たった17話と言う短い連載でしたが、最期まで読んで頂きありがとうございました。