第16話 マチルダ
「アリサ、本当に私達は先に帰っていいの?」
シルフィードタバサとキュルケが跨っており、その横で“破壊の杖”を抱えたルイズがアリサに話しかけている。
「良いのよ。学院へ報告は早いほうが良いでしょうし、馬車で帰る途中に野党にでも襲われたら大変でしょ。フーケから取り返したのに、また盗られたら面倒よ」
「それならアリサ達も一緒に乗って……」
「シルフィードにそこまでの人数乗るのは大変でしょうし、馬車だって持ち帰らなければいけないのよ。それに……帰りはタローとデートになるんだから、あたしの代わりに報告をお願いね」
なかなか納得の行かないルイズに対して、アリサはそんな理由を付ける。
渋々頷くルイズだけど、代わりに反応した子がいるんだけど……。
「それは興味深い。私も一緒に馬車で帰る」
「それじゃ誰がシルフィードを操るのよ! この子が賢いと言っても、ご主人様の言葉ぐらいしか理解しないでしょ!」
「……それは残念」
シルフィードから降りようとしたタバサをキュルケが止める。
その子は言葉を理解するどころか喋れるんだけどね。
まぁ、その事は秘密と言われている以上、僕は黙っておこう。
「学院の問題を解決したのは学院の生徒の方が良いでしょ。あたし達のことは良いから、しっかり報告して報酬を受け取りなさい。これでゼロのルイズなんて言う人はいなくなるでしょ」
「アリサ……」
アリサの言葉をルイズは噛み締め、笑顔で強く頷いた。
そしてシルフィードが上空へ舞い、学院の方へ飛んで行く。
みんなが見えなくなると、アリサと顔を見合わせる。
「それでタロー。ロングビル……いえ、フーケはどこなの?」
「うん、さっきの小屋に居るよ。多分意識は失っていると思うけど……」
「多分って何よ……。もう、仕方がないわね」
アリサは僕に微笑み小屋に向かって歩き出すので、僕も後を付いて行く。
そして小屋の扉を開けて中に入ると、僕が運び込んだままの状態で意識を失っているフーケがいた。
「タロー、気絶した人ってどうやって起こすのかしら?」
「とりあえず45度の角度から叩いてみるとか、逆さにして振ってみるとか?」
「それ、絶対違うわ……」
だけど、僕とアリサの会話が煩かったのか、フーケがゆっくりと目を開ける。
そしてフーケは周りを見渡し、僕達を見つける小さく悲鳴を上げた。
「そこまで怯えなくても良いと思うけど、アリサはどう思う?」
「あー。タローが助けたとはいえ、あたしの炎を間近で見たら……ねぇ」
ポリポリと頬をかくアリサ。
そんなに怖いものでも無いと思うんだけど、明らかに怯えてるよね。
「ま、まぁ、怯えてるなら、ある意味丁度いいわ。キリキリと話して貰おうかしら」
「えっと……アリサ?」
「ただの強盗なのかしら? それとも何か理由があるんじゃないの? これでもあたしは人を見る目は確かなのよ」
うーん、いつもアリサは頼りになるなー。
指先に火を灯すとフーケは更に怯えながらも何とか口を開く。
「お、脅されても話すことはないよ。私はただの盗賊……世間を騒がしている“土くれ”のフーケ様だよ!」
「んーっと、そこまで強情に言い張られると、余計に裏があるって言っているようなものよ。別に話し次第じゃ助けてあげられると思うんだけど……」
「貴族に同情されるほど私は落ちぶれてないよ! 王宮に引き渡すなら引き渡せば良いさ!」
アリサの言葉にフーケは語尾を強くする。
貴族嫌い……この世界は貴族主義だから色いろあるんだろうなー。
「アリサ……話したくないみたいだから、もう良いんじゃない?」
「そうね。言いたくないなら無理に聞いても仕方がないわね」
そう言ってアリサは小屋から出て行くので、僕もその後を付いて行く。
「へ? 私はどうするんだい!」
フーケが後ろから声をかけてくるので、僕は足を止めて振り返る。
「えっと、フーケことロングビルはアリサの炎で、跡も残らず消し炭になったんだ。だから“破壊の杖”は取り戻したけど、犯人は死体すら届けられないんだよ」
僕の言葉にフーケは呆気にとられる。
「もう“土くれ”のフーケは死んだってこと。だから、どこかで静かに暮らして下さいな。そして、出来れば盗賊家業からは足を洗ってくれると嬉しいんだけどね」
「な、何を言ってるんだ?」
「フーケ……は死んだし、ロングビルも同じで使えない名前だね。えっと、僕よりは年上だからお姉さんで良いか」
僕はそう言って自分の頭をかき、お姉さんの顔を覗き込む。
「お姉さん、アリサは貴族じゃないから意味もなく嫌わないで欲しいな」
「なんなんだい!? 大体あの子は異国の貴族で、アンタはその使用人なんだろ!」
「秘密とは言われてないから言うけど、僕とアリサはこの世界の人間じゃないんだよ。“サモン・サーヴァント”で異国ではなく異世界から呼び出されただけなんだ」
「!?」
僕の言葉にお姉さんは驚いた表情になる。
「偶然魔法のような現象をアリサが起こせるから、勝手にメイジと勘違いしたんだよ。正確にはアレは魔法じゃなくて超能力だしね」
「超……能力?」
「うん。だから杖もいらなければ呪文もいらない。仕草すら全く必要としないんだ」
「それじゃ先住魔法よりも恐ろしいじゃないか!」
先住魔法って……なに?
まぁ、説明されても良く分からないから、そのうちアリサに聞くとしよう。
「まぁ、それは体験したお姉さんが一番良く分かるんじゃないかな? そう言う訳で僕たちは貴族の義務もなければ、学院の命令に従う必要もないんだ。とりあえず頼まれた“破壊の杖”は取り戻したしね」
そう言って僕はお姉さんに背中を向けて、小屋から出て行く。
「マチルダよ」
「ん?」
小屋から出るところで聞こえたお姉さんの声に振り返る。
「私の名前よ。マチルダ・オブ・サウスゴータ。出来ればこの世界の人間には言わないで欲しいもんだね」
「うん、分かったよマチルダさん。僕の名前は……」
「タローだろ。アレだけ呼ばれてれば覚えるさ。それにこれでも学院長の秘書だったんだよ」
マチルダさんは何だか吹っ切れた笑顔を僕に向けてくれた。
「そうだったね。それじゃ、また機会があれば」
「そうだね。そうそう機会は無さそうだけど、今度会ったらこの借りは返すよ」
そう言ってマチルダさんと別れ、僕が小屋から出ると不機嫌そうに腕組をしているアリサが待っていた。
僕の姿を確認すると、すたすたと馬車の方へ歩いて行くので、すぐにその横に並んで歩く。
「……遅かったじゃない」
「ごめんね」
「盗賊にあそこまで話してあげなくても、別に良かったんじゃないの?」
僕がマチルダさんに気を使ったことが嫌だったのかな?
「でも、アリサだって自分のお金を置いてきてあげてたじゃない。それこそ、そこまでしなくても良いんじゃないかな?」
「!?」
僕の言葉にアリサが驚いて振り向く。
「僕がアリサの事で気が付かないことはないよ」
「……ばか。髪型が変わってもすぐに言ってくれないくせに、なんでこう言うのは直ぐに言うのよ!」
「さあ? 何だかんだとお人好しで優しいアリサが好きだからかな」
「……もう、知らない!」
そう言ってアリサは歩みを早める。
僕は直ぐに横に並んで、アリサの腰に腕を回す。
「あんまり森の中を急いで歩くと危ないよ。整地されてないんだから転んだら大変だ」
その言葉にアリサは僕の顔を覗きこんで微笑む。
「その時はタローが助けてくれるんでしょ」
「当然だよ」
「それなら大丈夫でしょ。でも安全のために、この腕でしっかりと支えていて欲しいわ」
そして馬車のところまで歩き、そのまま一緒に乗って帰る。
アリサの希望で、その間もずっと腰を抱いたままね。
僕とアリサが学院に帰って来た時には日も暮れ始めていた。
しかし、なぜか学院は熱気を帯びており、平民の人達が慌ただし気に走り回っている。
「あ! タローさん、アリサさんおかえりなさい」
そんな慌ただし気に走り回っている平民の1人、シエスタが僕達を見つけて駆け寄ってくる。
「ただいま。今日は随分と慌ただしいけど何かあったのかい?」
「はい、今日は“フリッグの舞踏会”なんですよ! 今はそのパーティーの準備に大忙しです」
「そっか、忙しいところ引き止めちゃってごめんね」
「いえいえ、それではこれで失礼します」
シエスタは慌ただし気に頭を下げて行ってしまう。
そして僕の視線はアリサに向かう。
「はいはい。確か“フレッグの舞踏会”って言うのはこの学院の伝統ある祭典で、生徒や教師の枠を超え、さらなる親睦を深めることが目的のものよ」
僕の視線だけで言いたいことを理解して、ちゃんと説明してくれるアリサってすごいなー。
「それと……一緒に踊ったカップルは将来結ばれるという言い伝えがあるんだけど……」
そう言って僕の顔をチラチラと見るアリサ。
心なしか顔も赤くなってる気がするね。
「じゃあ、後で一緒に踊らないとね。僕はダンスとか分からないから、エスコートしてあげられないから、申し訳ないけどさ……」
「ううん! タローと踊れるならなんでも良いわ。タローの代わりにあたしがエスコートするから平気よ」
僕の言葉を遮るようにアリサは嬉しそうに話をしてくる。
ダンス自体踊ったこと無いんだけど、アリサの呼吸に合わせればなんとかなるもんかな?
「それにしても、破壊の杖が盗まれたからやらないかと思ってたんだけど、取り戻したからルイズ達を主役にして盛大にやるのかしらね」
アリサは笑顔のまま、そんな事を呟いていた。
失態は小さく、功績は大きくって事だから仕方がないんじゃないかな?
これでルイズも肩身の狭い思いをしなくて済みそうだ。